渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

老舗売却

2017年04月19日 | ビリヤード



シカゴの老舗が売りに出されて6,800万円ほどで売却された。

老舗の雰囲気はこんな感じ。


シカゴのオーク・パーク・ビリヤーズの店内。台が渋い!








店内に飾られていた絵も売却されたようだ。




在庫のCDなども。


とても残念だ。といってもシカゴに行くわけではないのだが、老舗が
閉店するというのは国境を超えて寂しいものがある。


周りは感じがよい街並みなんだよね。鉄道の向かいにあった店。


駅前も落ち着いた雰囲気だ。日本の郊外の私鉄沿線みたいな雰囲気。




なかなかよさげな町だ。


日本国内でもビリヤード場はどんどん閉店している。
撞球人口が激減しているからだろう。
これから先もそれは進むだろう。
今の人はお手軽簡単にを何事にも求めるからだ。
ビリヤードは練習をして技術を身に着けないとゲームにならない。
球を転がせば誰でもピンが倒れたり、矢を投げれば的に必ず刺さる
というような簡単なものではない。
だから最近はダーツが大流行なのだろう。とりあえず誰でも刺さるから。
ビリヤードはフライフィッシングと同じで技術がないとそもそも種目が
成立しない。誰でも棒で玉を突けば的玉が穴に入るということは全く
ない。簡単お手軽ということが一切無いのがビリヤードだ。
そのようにある程度技術を身に着けないと成立自体怪しいので、ビリ
ヤードやフライフィッシングは大衆的に流行らないのだ。誰でもできる
種目ではないからだ。訓練した者だけがプレーを行なえる。

1980年代中期の第二次ビリヤード(プール)ブームの時にも、待ち
時間用にダーツなどが置かれている店も多かった。私も結構やったり
したが、ダーツはダーツで面白いのだろうが、私自身は撞球の魅力の
ほうが数千倍大きかった。
最近、撞球をすることをやめてダーツばかりやっている人がかなり増え
ているが、私にはまったくその心境なるものが理解できない。きっと、
それらの人は撞球人ではなかったの
だろう。集客の為にやむを得ず
ダーツを置くのは店側は経営上仕方ないとはいえ、撞球者がキューを
置いてダーツでわいわい?意味が解らん。

私の軸線は初心貫徹で一切ぶれない。剣、撞球、フライフィッシング、
ギター、バイク、ショートホープだ。
ショッポに関しては現在喫煙そのものを停止中だ。3月1日付をもって
喫煙を全面的に停止
している。禁煙などしていない。期限未確定の
停止だ。何が禁煙か。禁じることなど何もない。悪ではないのだから。
己の意思で意志として喫煙を制御下に置くのだ。3月1日からビタリと
吸っていない。。
喫煙などというものはそんなものだ。
私はショートホープを1日40本ほどベリー大昔から吸っていたが、喫煙
停止と自分で決めたら自分で決めたことなのだから停止を実行する。
こんなのは単に意志の問題だ。喫煙外来?私には意味が解らん。空気
を吸うのをやめるわけじゃないのだから。欲に流されて自己制御できずに
タバコをやめたいのにやめられずに吸い続ける、軽いタバコにしながらも
吸い続ける、というのは正直言って実にダサい。生き方としてダサいし
みっともない。そういうことは私は拒否する。

撞球場にはタバコが付き物だが、店内全面禁煙という撞球場もこれから
増えてくることだろう。
副流煙の被害というものはあるにはあるのだろうが、禁煙ファシズムに
何ら抗せずにあたかも「良い事」であるかのような禁煙店舗は、さて
如何なものか。
それが新時代のフォーマットだというのならば、私はそのような物は要ら
ない。
よく散々自分が煙草を吸っていたのに、やめた途端に喫煙者を悪く言う
ような恥知らずがいるが、私はそういう類にだけはなりたくはない。
ただ、撞球場での喫煙は、ボウリング場での禁煙の広がりと同じく、今後
は増えていくことだろう。
コーヒーを飲み、タバコをくゆらせて寛ぐという場所ではなくなる、という
ことだ。

東京都内でも実に多くのビリヤード場が廃業している。
とても寂しいものがある。
 
京都のこの店も25年続いているようだが、ずっと続けてもらいたい店だ。
 


なかなか盛況のようだ。


店の造りで私が一番好きだったのは、歌舞伎町にあった「Point .15
(ポイント・フィフティーン)」だった。この画像の店の超縮小版のような
店舗で、スリークッション1台、ポケット2台だけの店だが、シックな造り
で気に入っていた。90年代初期に廃業。

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