渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

らっぱすっぱの類

2017年07月15日 | 溶解情報



ネットで何でも後付け反論理由探しを得意とする自称武術研究家の
みんみん虫が、刀を足蹴にすることを批判するのであるのならば
忍者が刀に足を掛けたりすることも批判すべきだと大タワケを
書き連ねて「論破した」と思い込んでいるようだ。
本当にとことん頭が悪い。
頭の善し悪し以前に、私に対しても無礼な発言をかつてネットで
ほざいていたので、人格的には相手にはしたくないような論外な
カスではあるのだが、武技に関する事なので私見を言っておく。

忍者という言葉は昭和時代に小説家が発明した単語であるので
歴史上の言語としては使用すべきではないが、忍術使いが刀に
足を掛けることをどう捉えるかということについて。
答えは否である。
武士の剣法、作法ではない。
以上。

考えてもみるがよい。
そういうことを何でも認めていたら、現代式ではあるが「刀礼」も意味
無き事であり、人と人の対人関係の中での礼法や礼儀、作法さえも
形骸化された意味の無いことになる。
刀を杖のようにするのが武士の所作として流派の中にやり方が残って
いるなどとキテレツ奇抜なことを創作発表して、無知な人々の猟奇的
な好奇心と注意を引こうとしているような珍劇団の提灯持ちしている
くらいだから、「公正妥当」な「客観的」な学術的見識や視点、視座など
は持ち得ない自称研究者であり、実体は研究者ではないただの偏頗
なオタであること確定なので、そのような人間にまともな人間としての
見識を求めるほうが間違っている。
なので、いくら客観的事実をここで列挙しようとも、ゆとり得意の「言わ
れたら言い返す」という2チャンネラー特有の脊髄反応しか示さない
(そのくせ慇懃無礼)族であるので、「理解ができる脳の働き」という
ものは持ち合わせていないのが提灯持ちのみん虫なのだが、無い物
を証明する悪魔の証明を求めたり、思考回路が破たんしているので、
何を言っても本人に「理解」はできない。何事についてもだ。
理由は、みん虫のような人間には「最初から答えが用意されている」
からである。理由の後付け探しはあたかも後出しジャンケンを旨とする
詐欺集団の手口と程よく同調し、気持ち悪い蜜月を醸し出している。

武家の武士の武技ではないものは武士は否定する。
それだけのことだ。
刀を足蹴にしたりする所作作法、まして剣技などは武家刀法には存在
しない。
それだけのことである。
刀を担ぐことは武技としては武家武士士族の剣法の中にもある。
だが、足蹴にする技法を武家の武技の中に採り入れていることを私は
知らない。知らないというだけでなく、まずそれは現実的に存在し無い
だろう。
刀を蹴って抜刀を行なう(韓国には存在している)という所作があると
したら、それは武士ではないからやっている、武士の剣法ではない
武士とは違う武士とは関係のない者たちの武技の流れだからやって
いる、ということでしょうね。ごく当たり前に考えて。武士とは関係ない
者、武門の士族の武芸とは無縁の系統だからそういうことができる。
これは実証主義的に「そうではない」などと証明する必要はない。無い
ことを証明する必要などはないからだ。
ではみんみん虫は昨夜コンビニで窃盗を働いた。とされたらどうするか。
犯罪を働いていないのであるのならば、そんなことは証明する必要はない。
窃盗事件があり、それの容疑者とされているのであるのならばともかく、
そうではない常態の状態で「無いことを証明する」などいうのは「悪魔の
証明」であり、不可能な証明など着手する必要はない。
だが、そうではなく、常態の状態の者に店の商品が無くなったから(誰か
に盗まれたとして)盗ってない者に盗っていないことを証明しろという
ようなことをやるのだからタチが悪い。盗んだ容疑者に盗んでないこと
を証明ささせるのではなく、関係ない者たちに証明を迫って、「可能性
がある」とするのであるから、みんみん虫のやり口は非常に悪質だ。
だが、そのような手口で「証明できないのだから可能性はある」とする
のが私のこともネット上で愚弄していたみんみん虫のやり口であり、
タチの悪さこの上ない。ある意味、仮装珍劇団よりも始末が悪い人間
の罪悪の権化の心根の持ち主のようなものだ。
そして「何か大きいことを言う時には誰かに相談なりした方がよい」と
高みから睥睨するように無礼にのたまう。ネット上で私を名指しにして。
みんみん虫とはそういう族なのである。

従って、忍術遣いの刀の使い方がどうであるか、等については、忍術
遣い=忍びの者に対してみん虫が自分で言及なり詰問なりすればよい。
武家や武士の末裔にそれを訊いても意味なし。お門違い。武家には
関係が無いことだからだ。

関係が無い例を無理矢理もってきて、「お前のカーチャンデーベーソー」
的な苦しい言いがかりをつけるのがみんみん虫の毎度の得意技だが、
埒外の
ことであり、論外。
そして慮外であるので、心得違いであり、文字通りのお門違い。立ち
止まる門を間違えている。

自分の勝手な言質を振りまわすのは、自分のお仲間の中でするが
よかろう。
関係のないところに出張ってきてわめくのは虫ゆえみんみん五月蠅い
のであろうが、人の形に似た肉体を持っているのならば、もう少しばかり
人らしい行動をとれないものか。

無理だろうな(苦笑

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