渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

本家とOEM

2017年07月12日 | 刃物



本家米国ガーバーとOEMで製造を担う日本のガーバー・サカイ。
だが、ガーバー製は1975年から日本の坂井刃物製作所(G.サカイ)
が担当しているので、本家といえども、日本のG.サカイ製という
ことになる。
この画像の二つはどちらも日本のG.サカイ製ということだ。
つまり、本家かOEMかはブランドとしての名目上のことだけで、
本質的には同じであるということである。
このことは、トヨタの軽自動車はダイハツが製造してトヨタ車として
販売、マツダの軽自動車はスズキが製造してマツダが販売している
自動車業界の構造と全く同じといえる。
産業界で広く行なわれているOEMとは、
original equipment
manufacturer の略で他社ブランドの製品を製造することを指す。
日本語では「相手先(委託者)ブランド名製造」、「納入先(委託者)
商標による受託製造」ということになるが、日本語ではほとんど表現
されず、実際の産業界ではOEMと表現される。
従前の製造業や建設業に多く見られる「親と下請け」「下請けと孫
請け」という関係性とは異なるのは、自社製品を製造販売していた
企業同士の製品販売協定契約という形態であることだ。親と下請け
というような従属的契約ではなく、あくまでも商業取引として同列に
ある企業同士のブランド製品共有販売内訳というのが実体である
のがOEMの特徴である。
アメリカンナイフメーカーの多くは、このOEMを導入している。現在
では自社
生産しているメーカーのほうが少ないほどだ。
かつては多くのアメリカンナイフは日本の岐阜県関の小規模刃物
メーカーに製造を委託していた。ブローニングはハットリ、バックと
ベンチメイドはパーカー、といったように、OEMというよりも製造を
担当する下請け的(製造者を前面に公開しない)存在としての
製造販売関係があった。

なぜ日本製のナイフが世界を代表する現代アメリカンナイフの
メーカー物に選ばれたのかといいうと、それは廉価で生産できる
のに品質が超高品質だったからだ。ゼロ戦のミクロ的品質は良く
なかったが、戦前の往時からゼロ戦の設計そのものやマクロ的
総合力は当時としては飛び抜けた高性能なものであったように、
日本人の技術力は現代工業力ではない手工業的分野においては
明治末期以降は世界の頂点に立つものだった。ただ、家内制手工
業的あるいは工場制手工業な生産物から工場制機械工業的な
完璧な現代工業段階において、戦時状態と戦後の生産拠点の
壊滅的損壊によって遅れが目立ったのが日本の産業だった。
だが、それも戦後20年も経たないうちに世界最速にして最高の
安全性を有した高速鉄道の新幹線を開通させるほどの技術と
工場制機械工業の復活を遂げている。
鉄道の前には造船で世界の雄となった日本だが、実は造船も
新幹線も、職人の手仕事が大幅に導入されていたりもした。

日本は戦前から史上最堅牢な戦闘刃物である「軍刀」を生産して
いた。
元々が世界で例をみない世界一の刃物製造技術を保有していた
のが日本の刃物界だったが、明治以降は近代科学技術と早くから
合流し、科学的に化学を採り入れて優秀な鉄と加工技術を保有
するに至っていた。それが産業と国力に繋がり、西欧列強が無視
できない極東アジアの脅威となったのであった。
敗戦後も鉄に関する分野のうち、刃物の製造技術は世界一のまま
だった。刃物というもの自体が大規模工場で工場制機械工業に
頼らずとも製造が可能な物品であったので、敗戦前の生産拠点の
破壊に遭っていても、刃物製造は戦後も継続できたということが
大きかっただろう。
岐阜県関は、戦国末期には実用刀剣の産地として栄え、明治以降
は軍刀の国内一の生産地として大変な隆盛をみた。戦後は軍刀
製造から包丁やナイフなどの日用品刃物の製造にシフトして成功
を収めたという日本の産業の歴史の中でも稀有な地域が岐阜県関
である。
関全体が刃物の町として広範な産業エリアとなっており、それは
戦国時代から現代まで続くという特異な様相を示している。
関の刃物産業は近代産業として息づいているため、伝統工芸(手
工芸品)としては関の刃物は国からの伝統工芸品指定は受けて
いない。打ち刃物として国の認定を受けている地域は以下のみだ。

・越前打刃物(福井県武生)
・越後打刃物(新潟県三条)
・堺打刃物(大阪府堺市)
・土佐打刃物(高知県香美市土佐山田町)
・播州三木打刃物(兵庫県三木市)
・信州打刃物(長野県長野市)

日本刀の産地は全国に及んだが、その後は農具や包丁などの一般
刃物製造へ転化して技術の伝承がなされた地域は少なく、日本刀の
地域的な連綿性は殆どが消滅した。
岐阜県関の場合は、古くから近代化を率先して実行していて成功した
稀有な地域であるといえる。
他には新潟県燕三条市が食器(カトラリー)やキャンプ用品の金属物
の製造で成功し、また包丁では大阪の堺が伝統性を現代でも活かし
て成功を収めている。世界を今リードしている世界の包丁のお手本と
なっている日本の包丁は、堺の国友鉄砲鍛冶が刃物鍛冶に転じて、
江戸中期に形状等を考案した。「堺の包丁」は土産物・特産品として
爆発的にヒットし、江戸末期には日本全国で堺タイプの包丁(アゴが
存在する包丁。それまでは包丁というものは日本刀のような形状
だった)が包丁の形状のスタンダードとなった。

『日本山海名物図絵 巻之三 堺包丁』(平瀬徹斎著/長谷川光信画/
宝暦4年-1754年)




この画像の上のガーバーのC375スタッグは、79年から83年の間に
製造された個体である。ごく短期間のみ、このカスタムシリーズ=モデル
ナンバーCのラインナップにスタッグハンドルモデルが製造されていた。

下のサカイのキャンプスタッグは現在廃番のかつてのG.サカイの人気
機種だった製品だ。



サカイのキャンプスタッグは和式包丁のように片刃である。
この場合の片刃とは、ブレードの左右両方に刃があるダガー
に対する片刃という意味ではなく、面の片面がペッタンコの
平面で、片方に刃が付く断面を持つ形状の刃物を指す。



米国の老舗ガーバーのロゴ。ガーバー・サカイ社でスタンプされている。


G.サカイのロゴ。ロゴというより、ただの刻印フォントだ。
「.」ではなく「・」であるところに、日本語英語の表記習慣が顕れている。
アルファベットにしたならば、本来は「G・SAKAI」ではなく「G.SAKAI」が
正確な英文表記だ。



折りをみてルーターでバフ掛けしてミラーフィニッシュを復活させる
予定だ。まあ、どのみち、オールドガーバーであろうとも、記念モデル
ではないので、私にとってはアウトドアでの使い倒しナイフなんです
けどね。野外で使うために作られたナイフは野外で使うことが正しい
存在理由の在り方だと私は考えている。白手袋をしてナイフを触る
というのはそれは何か違うでしょ?と思うのだ。



青棒はこれ。K-1。ピッカピカの「そこはつるんとしていた」
(by 峰隆一郎)という金属表面の鏡面研磨にはこれです。

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