渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

金床(かなしき/かなじき)

2017年05月17日 | 火と土と水、そして鋼



そうか。
普通のトンテンカン好きな人は、トンカチは持っていても本格的な
敷物を持っていない人が多いのかも。つか、普通はこういう大型
は持たないよなぁ。せいぜい小型のアンビル。

おいらが欲しいのはこういうの(^^;




ああ、ほしい(笑)

吹子はね、大型の本物を持ってんだよ。
微調整は必要だけど、少し手を入れるだけで十分現役で行けるやつ。
でも、送風して炉内雰囲気を高く保つけど、結局はあたしの場合、田楽
なんだよね(^^;

こういう炭コンロで鍛造したり焼き入れしたりできますよ。


こんなに炭が大きくては駄目だけど。私は小物扱いなので親指の関節くらい
に切る。そしてまんべんなく刀身を埋める。


ただ、コンロは数回の使用で壊れるから内側を耐火粘土で補強すると
よい。
一番良いのは、ステンレス板で溶接された側枠を持つ構造体の中に
耐火煉瓦を積んだ簡易炉があると超便利なのだけどね。
私はそれをずっと使っていた。
あるとき、工場の若いのが「片付けていいですか?」と言うから、いいよと
言ったら徹底的に形が無くなるまで破壊して片付けやがった(≧∇≦)

七輪でも炭素鋼の鍛造ナイフは焼き入れができます。
ただし、冶金の基本は知っておいてください。
 ・オーステナイト:鉄のγ(ガンマ)鉄に炭素や他の元素が固溶したもの。
  面心立方格子を持つ。強磁性。
 ・マルテンサイト:炭素鋼を安定的なオーステナイトから急冷する事によって
  得られる組織で体心正方格子を持つ。格子の鉄の結晶中に炭素が侵入
  した固溶体で、非常に硬くて脆い組織。
 ・ナイフの形を作ったら一度変態点以上に加熱して焼き鈍しでストレスを
  除去させる(空冷不可)
 ・変態点はA1~A3まである。A1変態点が726℃。これは炭素含有量に
  関係なく固定的である(神が決めた)
 ・加熱時のA1変態をAC1、冷却時の変態をAr1と呼ぶ。
 ・A3変態:鉄の同素変態のひとつで、α 鉄(体心立方晶型) ⇔ γ 鉄(面心
  立方晶型)の変化を言う。鉄のA3変態点は、約910℃である。鉄に炭素
  が含有されれば、量に応じて、A3変態点は、0.85%Cで726℃となる。
  AC3:加熱の際、フェライトがオーステナイトへの固溶の終止。Ar3:冷却
  の際、オーステナイトからフェライトの析出開始となる。
 ・オーステナイトからマルテンサイト変態させるのが焼き入れ。
 ・冷却水が30℃以上ではマルテンサイト変態できない。
 ・焼き戻し:マルテンサイトを含む硬い組織を加熱により靱性を出す熱処理。
  焼き戻しの温度により、内部はいろいろな別組織になる。焼き戻しをして
  初めて鋼は刃物となる。
 ・焼き戻しは焼き入れ後24時間以内に行なうこと。
 ・焼き戻しでは水冷はしない。

刃物作りは赤めて叩いて急冷してまた温める、というだけのことだ、と鍛冶
は言うが、簡単な事ではない。
それは「居合とは、抜いて切って納めるだけのこと」という達人の言に等しく、
一朝一夕にはできない。
それでも、七輪で炭素鋼を赤めて叩いて焼き入れすれば刃ができる。それを
再加熱で粘りを出したら刃物にはなる。
炭素鋼といっても、S45CやS55Cなどでは刃物にはならない。焼き入れ硬度
が高くならないからだ。
45とか55というのは含有炭素量のことで、鋼の硬度は炭素量で決定する。
吸炭させたよりも高炭素鋼を脱炭させながら鍛えたほうが良い刃物になる
ことがある。自作刃物は1.2%炭素量あたりから鍛えるのがよいのでは
なかろうか。

日本刀の場合は包丁のように丸焼きではなく、一部分のみをマルテンサイト
変態させて硬化させている。包丁では無垢鍛えの本焼きが刀と同じ技法が
使われる。
包丁の世界で残っているその「本焼き」という呼称にこそ、日本刀がかつては
どのような構造でどのような焼き入れ法が「本」であったかが窺い知れる。
本来は日本刀は無垢鍛えであっただろう。
やはり、鎌倉末期あたりの戦乱時代から、大量に鋼が必要となり、減量構造
が考案されたのだと思われる。
それと、材料の予め作り置きだ。
玉潰しからそのまま素延べに行くのではなく、水べしして炭素量ごとに分けて
それをそれぞれ鍛えて大量に準備しておく。
下準備は手間がかかるが、炭素量が予めわかっている部材で鍛えた延べ棒
延べ板があれば組み合わせ工法は極めて生産性が高くなる。
日本刀のアンコ芯鉄構造の原初はそうした時代の要請に対応した合理的製造
方法の模索から出たことだろう。
当然にして、従前の物とは鉄質が変わる。
それのターニングポイントが応永だったのではなかろうか。

しかし、鉄質の変化(金属的には良質化だが刃物用として劣化)により、戦国
末期までの工法では折損事故が増加した。
それをなんとかどうにかしようともがいていた時期が江戸新刀期だったと
思われる。工法は各地伝法ではなく、師匠筋の伝法というような一大変化が
日本刀の世界に見られた。
そのため国物で性能等は括れなくなり、どの師匠筋の刀鍛冶かによって
腕の善し悪しが出るようになった。
当時の腕の善し悪しとは、折れず曲がらずよく切れることだった。見てくれが
よくともまったく切れなかったり折れたりする刀は江戸期には相手にされな
かった。
その最たるものが江戸期全般に流行した試し切りで、幕末には刀剣の切れ味
のベスト数百を選出する書物が登場し、ベストセラーとなっている。
それのトップ12については現代においても「最上大業物」として喧伝されて
いる。重要文化財博物館級の作なので現代ではそれらで試し物をすることは
ない。
日本刀の具備要件。それは「頑丈で、曲がりにくい、切れ物」ということは
現代でも一切変化はない。それがいわゆる「折れず、曲がらず、よく切れる」
という日本刀に求められる三要素なのである。

ノロ抜きガス抜きのために高温にするのでなく、別な方法を考えてもっと
低温でやればいいのに、とは私は思うが、素人なので現役の刀工の人たち
に何かを言うなどという失礼僭越はできない。
ただ、なぜ初代康宏においては疵気が多かったのか、というのが高靱性を
もつ頑強無比刀身を造り出せる一つのヒントだとは思うのだが、美術刀剣
的観点からはなかなかそれを直視できないのだろうと思う。
それと、土の作用。水の作用も。トマトジュースで焼き入れしたらいい塩梅
かも知れないよ~、みたいな。カゴメよりデルモンテの塩入りに限るね、
みたいな。冷却水は真水よりも増進剤が役目を持つのは日本刀以外の
冶金の世界では常識なのだが・・・。
嘘のようなホントの話、真水よりも海水のほうがよく焼きが入ったりして。
知らないけど。みたいな話。
第二の斬鉄剣を造り出した藤安将平刀匠は、奇しくも小林康宏と部分的に
複数同じ技法を使っている。これは山を別な登山ルートで登って頂上を
目指すと、頂上付近では互いに距離が近くなるのに似ている。
藤安刀匠のその技法を知った時、私は深々とシャッポを脱いだ。(お会い
してないけど)

初心者が鍛造刃物をやる場合は、鍛打で内部を詰める意味と、火造りと
いう鎚による成形の意味がある。
赤めて金床(かなしき)の上で叩いて(少し浮かしながらが良い)、また
赤める。そして土を塗ったりそのままだったりで加熱して水中にドボン。
あとは焼き戻せば刃物はできる。
こういうのって、面白いよ(^0^)

以前造った鍛造ナイフの下書き。完成品は手元にはない。人にあげた。

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