渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

汝の心の命が刃(やいば)と共にあらんことを

2017年07月17日 | 刃物





日本刀の研ぎ師の先生が造る洋式ナイフだ。
洋式ナイフというところがいい。
日本刀の刀職なので、ともすれば和式ナイフに行きそうなところ、
あえて洋式ハンティングというところが私は心惹かれる。

そして、ブレードシルエットのデザインのセンスだ。
こればかりは、好みというものがあり、自分の感性に合う合わない
というものがあるので、理論や理屈では絶対に導き出せない答え
がそこにデンと存在している。

刃物についてのこうしたマッチングの可否についての感性は、
それはあたかも異性との出会いにも似ている。
ハッとしてグッときてパッと目覚める・・・となると大昔のトシちゃんに
なるが、その
後に流行った聖子ちゃんが言ってたような「ビビビッと
来た」というのでも同じように(たとえ古くてすまん)、本当にパッと
見て一瞬でグッ
と惹かれる何かがあるかないかということは、刃物の
場合はとても大切なことなのだ。
こういうのはバイクのロードモデルの場合にもある。見ただけで「これ
は走る。俺にはわかるんだ」(by 巨摩グン)ということは確かにある
のである。
日本刀の場合もそれは確実にある。

刀の各五箇伝のうち、私自身全く
興味がわかない伝法の刀工群も
あったりもする。

また、特に日本刀は個体の個別作者にそれが多いが、グッと惹かれ
る刀工もしくは刀工群がいたりする。
洋式ナイフも和式ナイフも、「ぜったいこんなのいやだ」と思う作りの
物もある。私の場合、いわゆる「ダマスカス」などは、焼けだれた肌
のようで大嫌いだし、あの入れ墨のような汚い大肌目のどこがいい
のかよく分からない。また、あれを以って「日本刀の伝統を受け継ぎ」
という宣伝がよく為されるが、日本刀の肌とはまったく異なるもので
あり、嘘捏造を以って宣伝している業者も大嫌いなのである。
日本刀と関係のない製法や材料や物体であるのに日本刀を引き合い
に出して日本刀を利用して人を騙して売り切ろうとする。「ダマスカス」
関連で日本刀のことを口上に出す業者は、私にはまるで詐欺師の
仮装珍劇団と同じような他人の褌利用の人騙しの邪悪な詐欺行為
にしか思えないのである。

刃物は見て透徹感を与える物がいい。透き通る清冽さ。清冽さが神聖さ
を生み出す。
たとえ、肉さばき用の刃物でも、製作者の心が伝わる作りの作にはそう
した清純さが必ず付随し、清さを具備している。
こうしたことを感知できるかできないかというのは、人に対してもその
ような人の澄んだ心が読み取れるか、邪悪な心を邪悪な心として真っ
直ぐに読み取れるか、ということにも繋がる。
刀を観る目を養う、刃物について見える人間になるということは、人の
心の在りかを見抜ける人間になる、ということである。

汝の心の命が刃(やいば)と共にあらんことを。

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