渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

刀工の工作

2017年05月11日 | 日本刀



先週の刀工小林康宏工房での合宿で、自身の康宏刀を持っている
人たちはそれを誕生地である山梨の鍛練場に全国から持ち寄った。
埼玉の居合の後輩(全剣連。私と同流同系)も出来上がったばかりの
康宏刀を持って来て、それで畳表の初試斬をしていたのだが、拵の
縁頭が現代金具なのになかなか洒落ていた。
実はこれを選んだのには理由があったという。
後輩は時代拵本歌の脇差を持っているのだが、その拵金具とよく似た
大刀用現代金具を探して選んだのだそうだ。見るとソックリ。
(脇差の写真撮らせてもらうの忘れた!)

刀剣観賞会の時にその脇差を見せてもらった。
しびれたね。どうして時代金具というか昔の職方さんはあのような飛び
抜けた技法を持っているのか。
しびれたのは切羽ね。金着せ切羽なのだが、金を着せているのにサイド
部分が縄をねじったような彫金技法で表現されているの。見た人みんな
が唸っていた。
鍔もよかったね。金家かなぁ、奈良派かなぁ・・・。月の色金の象嵌が
良い味で、鉄味と
意匠も風雅で良かった。
その脇差のすみずみまでの再現はできないけれど、縁頭のみは似て
いる物を大刀康宏用に選んだとのことだ。
なかなかやるね(^0^)

昨日も直紀康宏師と電話で銘の件の打ち合わせで話していたけど、
なんかね、みなさんよく知ってるし、いろいろ研究されてるわぁ・・。
康宏師匠も私も驚いてます。


その時代拵に納まる脇差は、私が観る限りでは末古刀の三原物
見えた。美濃物ではなく三原風の特徴がよく出いるように見えた

それに上手(じょうて)の金具をあしらった拵が着せられている。
大切にされてきたものだろう。鎺(はばき)はやはり本歌で、金着せで
太刀鎺風な造形だった。なかなかの逸品。


上:無銘脇差 下:康宏 


左:康宏 右:無銘脇差


この拵は柄が多少ガタがあって、鍔揺れがあったのだが、刀工小林
直紀師が「直してあげるよ」と細工場=「職方部屋」に持って行った。
しばらくすると「はい、できたよ」と持って来てくれた。
ビタッと直っている。工賃ただ(^^;
いや~、こういうのってありがたいねぇ。
私の師匠の刀身も直してくれたし、先輩の刀の疵もすべて表面研磨で
除去してくれた。それは田村先生が厚意で研いでくれたのだが。
不本意に疵つけた最新新作刀のユーザーも直しを康宏刀工自らが
やってくれた。
ただです、タダ!
金額がどうのでなく、その「よし、僕に任せて」というのをサラッとやる。
江戸者だねい、と私は強く思う。
本当に江戸エリア(山手線内)に生まれ育った人たちってそうなんだって
ば(笑
私なんて、そういう人たちと深くずっと接していたから、西日本に転住
したときにぶっとぶほどにビックリしたもの。
なんでも金、かね、カネだから。
そして人に飲食代おごったりとかほぼしない。
ある時、地元の友人とギター弾いていて、当時新型のカポタストをおいら
が使っていて、友人が「これ、初めて使う。いいなぁ」と言うので、ちょと
待ってな、とばかりにサクッと市内の楽器屋行って新品を買ってきて
その随分年下の友人に「はいよ」とあげた。
するとビックリしていた。
こっちがビックリするよ。そういうのって別に普通だもん、東京者は。
あと、使っているピックとかも「いいなぁ、これ」とか言ったら「そう。持って
いきな」てな具合であげたら驚かれたけど、こっちが驚くってば。
江戸者というのは人のため、友人のためには自分の利益の損得勘定
などは関係なくサッと動く。
こうした東京人の、いわば関西人から見たら「アホ」ともいえる特性の
ことを知らないから、東京に住んだことがない西日本の人たちは
「東京などは人の住むところじゃない」なんて言うのだろうね。
馬鹿がつくくらい正直で、「アホなの?」と思える程の性根をふつ~に
持っているのが江戸者の特徴だ。
ただし、頭はあまりよくないので、すぐにトサカにきちゃて湯気ポッポ
だし、とにかく喧嘩っ早い。だけど、気のいいのばっかだよ。古典落語
に出てくるのは、あれホントにあのまんまの人たちなのだから、なかなか
お国柄というのはおもしろい。

かくして、後輩の脇差は、ほぼ完調になってしまったのでした。
めでたし、めでたし。

あの脇差、いらなくなったら、俺にくれ(笑)。
ありゃ、なかなかええわ(笑)。
本物の武士が差していた脇差だろね。

あ。その後輩も東京人だった。今は埼玉に住んでいるけど。
別流派からおいらのすすめもあって、それまで習った先生に許可を
もらって流派を替えておいらの英信流の先輩の弟子になったけど、
先輩も東京生まれの現住埼玉なので、気が合うことだろう。
そういやね、先輩もそうだったよ。昨年も居合人だけのホームパー
ティーに呼ばれたけど、あんだけの御馳走を居合仲間にサッと
振る舞ってたもんなぁ。20人くらい集まって、楽しい時間だった。
先輩はおいらには昔鍔をくれた。まあ、誰でもやるわけではなくて
特別な思いでくれるのだろうけど、結構高級な鍔だった。
その鍔は今でも大切に私は使っている。
もう四半世紀以上になる。
というかですね。私が結婚前のチョンガーの時、半年間も毎週末
飯を食わせてくれた。ご自宅に呼んで、ご飯とビールを飲みたい
だけ飲ませてくれた。先輩は飲酒をしないので、わざわざおいらの
ために毎週買っていてくれたのだろう。
そして家族の中に混じって(息子一人、娘二人)の団らんが楽しかった。
おいら高校一年で親とは別居してるからね~(父親が実家に帰参)。
だから毎週の先輩宅での食事は嬉し過ぎた。
そこでおいらがネタを振るともう大爆笑で、娘さんも息子さんも腹を
かかえて笑いころげていた。毎週。
息子さんはおいらと歳も近く、バイク乗り同士だったのでとても気が
合った。親子で射撃の選手で、息子さんはかなりの腕だった。
でもって、バイクはサーキットも走っていて、タイムは「げ?」となる
くらいに早い人だった。本格的にレースをやればかなり行くのでは?
みたいな。親子で異様に器用な人たちで、先輩などは初段の頃と
七段の今でほとんど変化が無いような居合を抜く(笑)
もう78歳になっちゃったが、知り合った時は先輩が49歳だった。
はぁ。時の流れは早いねぇ。う。おいらも20歳代だったよ。
そういえば小林直紀刀工と知り合った時も、康宏さんは40代だった。
はぁ~。俺の頭がハゲるはずだ(笑

みょ~な縁というかおもろいことがある。
この康宏の大刀と三原の脇差の大小揃いを持つ後輩は、サバゲーマー
だった(笑)。
先週の山行きの時に、おいらのマルイ・グロックを持って行ったのね。
直紀先生は「いや、僕はいいよ」とか言いながら、喜んでパンパン林
に撃って遊んでたけど(笑
そしたら、その後輩がやたら素人っぽくない扱いなので、なんかね~
なんて思ってたら、ゲーマーだった。しかもおいらと同じアタッカー(突撃
して敵フラッグを奪取するポジションのプレーヤーのこと)。
なんとまあ。
それは知らなかったよ~。
游雲会50余名にして、サバゲーマー4名。比率高くない?
もう一人、AKとFALを持っている人一名。合計5名。比率高くない?(笑
でもね、俺なんとなくわかってるんだ。
刀-居合-バイク-銃。
これ共通で好きな人がかなり多い。居合人にはバイク乗りの比率が多く、
また、刀好きは銃好きでもあり射撃をする人もいる。
でもって、刀-居合-バイク-銃という4種総合で趣味としている人も
結構多い。とにかくバイク乗りが多いよ。尾道の高段者の先生もそうだし。
なんというか、何か通じるものがあるのでしょうね。特に男は。
昔私を教えてくれた居合の先生も、「腰にピースメーカーか何かぶっこんで
馬で旅にでもいきてーよな」とかサラッと言ってた。ピーメの名称を知って
いる人って、銃好きじゃないと知らないからね(笑

居合人の定理。車よりもバイク、そして銃が好き。
あと、「高段者助平の法則」というものがあるらしいが、私はよく知らない。

この鍔は今でも大切に使っています。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 刀法について | トップ | 【ボウラード】ひより100... »

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL