渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

日本刀を観て心が落ち着くか

2012年10月12日 | 日本刀

表題のテーマであるが、果たして日本刀を観て心が落ち着くということが
本当にあるのだろうか。

私の場合、別な回路が働いて、「心が落ち着く」というのとは違った精神
状態になっていくのを自覚する。それは殆ど右脳ではなく左脳で「観察」を
始めてしまうのである。
狭い意味では「心が落ち着く」といことはあるかもしれない。
私の場合、それは地鉄は精良に肌が詰んで直刃の作を観る場合があたる
かもしれないが、それとて、つぶさに肌目や地鉄の潤いを見ようと目が
行くし、直刃の中の刃の変化を見ようとしてやはり左脳が働く。感覚的に
ぼんやりと刀を眺めることは殆どの場合において、ない。

ただ言えるのは、この画像のような志津風の相州伝美濃系加賀派とも
いえる作風は、鉄の変化の働きも多く覇気があることはあるのだが、
「心が落ち着く」というのとは程遠い。変化が多様過ぎて心がむしろ落ち
着かない。

肌物で乱れる刃の作と地鉄が詰んで単調ながら刃中に働きがある作とは
両極にある日本刀の雌雄だが、どちらを好むかというと、私の場合は後者だ。
私にとっては備中青江派のような作がひとつの心の指標なのかも知れない。

(志津兼氏風の作品)


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ですが、縦の画像を併せて貼ります。

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