渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

柄(つか)の大事

2017年07月01日 | スポーツ・武道など

もし仮にシングル・アクションのファースト・ドロウをスポーツと
位置付けるのであるならば、仕様の如何は直接記録に影響
してくる。
ファースト・ドロウとはクイック・ドロウのことであり、いわゆる速く
抜いて撃つ「早撃ち」のことである。
それが競技化して、1960年代からアメリカ合衆国では実銃を
用い、日本国内ではモデルガンを用いて競技が行なわれてきた。
13歳の時の私の渋谷ラボにおけるサミングでのドロウの記録は
0.271だった。
ツーハンド並みの記録なのだが、何度やっても0.27秒台が出た。
0.3秒台などは通常だ。当時にしてはとても速かったのだが、全米
記録からしたら児戯のような記録であり、オハナシにならない。
そんな記録で満足していては、世界レベルでの試合など足許にも
及ばない。マーク・リードはセルフドロウで0.06秒であり、ボブ・
マンデンは0.02秒だった。一般ドロウでも0.1秒台などは当たり前
であった(雷管撃ちのワックスではない実弾射撃ではボブはかなり
遅く安全に抜いていた)。

不思議なもので、0.3秒台と0.2秒台では、自分でも違いが判る
のだ。あ、今のは遅かった、と。
今はシートなので、10代の頃のようなタイムは出ない(笑
先週、久しぶりに抜いてみたらこんな感じだもの(^^;
(私は走るのも14~15歳が一番速かった。50mは5.8秒台だった)
こんなトロいドロウ速度では競技にはならない。早撃ちは銃の居合だ。
誰よりも速く抜いて正確に射撃しなければ意味がない。競技においても
「トップとそれ以外」というのがファースト・ドロウの競技の世界だ。
1かゼロ、それしかない。ライブ・オア・デッド。ザ・クイック・アンド・ザ・
デッドしかない。
元々は剣術の試合と同じで生か死かしかなかったのだから、それは
競技時代となった今も当たり前のことなのだ。準優勝などというものは、
実質的にはあり得ないのだ。競技参加者はそう心得ないと、たとえ楽しい
レジャー風味のファースト・ドロウの競技であろうとも、勝負事に自分の
身を置く意味がない。
先週やってみたこれなどは、とても遅くて話にならないタイムなのだ。
つまり、論外。
       ↓
CMC製ガンベルト=アルヴォ・オジャラ発明のハリウッドスタイルの
一般的リグによるドロウ。
Colt SAA Draw /CMC RIG/ blank-cartridge

ファースド・ドロウ用の是永スペシャルのリグ(2丁用)によるドロウ。
Colt SAA Draw /FD RIG/ blank-cartridge


昨夜、友人が最近購入したCAW(クラフト・アップル・ワークス)のコルト

SAAモデルのグリップについて、絞り込まれていて感じが良いと
連絡をくれた。



うをっ!これはいい感じだ。
このCAWのSAAは国本圭一氏の実銃SAAから採寸して型を作った。
モデルガンのため強度的な問題をクリアする部分は多少実銃よりも
デフォルメしている。

このように絞り込まれたグリップ形状はMGCのモデルガンでしか再現
されていなかった。

MGC-SAA(1967年モデル)。

最初に着いていた黒色のオリジナルグリップは割れてしまったので、
MGC72年型のプラグリップを装着している。


当時はMGCのグリップ周りだけが細く小さかったので、これは大きな
デフォルメであり、六人部登氏が図面を起こした六研-CMCこそが
実銃と同寸なのだろうと世の中の誰もが(MGCスタッフ以外)思い
込んでいた。
だが、それは単なる思い込みであり、写真しか資料がなく、その真横
写真が魚眼効果で横広がりだったままそこから採寸したために六研
-CMC系のSAAは端に行くほど横広がりの寸法にしてしまった、と
いう歴史の真実があった。
その後、CMC系はSAAの3rdジェネレーションをコピーしたからグリップ
周辺が大きいとまことしやかにささやかれるようになったが、それは後
付けの明らかな嘘である。歴史の中にタイムリーに居なかった若い世代
が設えた都市伝説が半ば事実であるかのように喧伝されているだけの
ことだろう。それはまるで Fast Draw を「ふぁすと、どろー」とくっきりと
英語とは似ても似つかぬ日本語発音で発声して平気な顔(よりもむしろ
ドヤ顔)をしていたり、Artillery を「あーて、らりー」と、しかもR発音で
くっきりと「らりー」と呼んだりしている人たちによって広められた嘘だと
思う。
いかに正確な知識でないかは、「ふぁすと、どろー」と「あーて、らりー」の
発音を見ても明白だ。違うことを言っているのであるから。つまりAをBと
言っていながら、ドヤ顔であるということは、知識の精度が極めて低い
ということなのである。
最近、若手のマニアさんたちは、こういう不正確な知識をさも本当の歴史
であったかのように公言してドヤ顔する人が多くて閉口する。

HWS(ハートフォード)SAAのグリップ周りにNGC-SAAの72年型グリップ
を載せてみるとこれほど大きさが異なる。


このMGCのプラスティックグリップは、どういいう材質の物であるのか、
非常によく割れた。簡単に割れた。黒もすぐに割れたが、この新型の
茶色グリップもよく割れたのだった。
MGC-SAAは、内部機構をアクションに特化したものであり、実銃コピー
ではなくオリジナル構造になっており、「壊れないMGC」の名をほしい
ままにしていたのだが、このグリップだけはよく割れた(苦笑
ただ、MGC-SAAはあまりにも内部構造を独自機構にしていたため、
好みがきっぱりと好き嫌い別れたのは確かだった。いわゆる「MGC派」
と「CMC派」が明らかに1970年~1975年頃には存在していたのだ。
私はMGCもCMCもどちらもSAAは好きであり、MGCのMGCでトイガン
としての機能に大きく舵を切った製品作りは大好きだった。
また、CMCは「実銃に近い」との虚像を上手く醸造したメーカーであり、
これは六人部氏を登用してのイメージ戦略が効を奏した。

だが、実際のところ、CMCのオートなどはまったくきちんと作動しなかった
ばかりか、「完璧作動はしない」とメーカー店舗で説明していたほどだ。
CMC製品は、ブローバックを1マガジン分ジャミングなしで発火作動させる
ことはほぼ不可能だった。MGCのモデルガンはバシバシ作動した。
リボルバーにおいても、MGCのSAAなどの滑らかで正確な作動に対し、
CMCの製品はぎくしゃくしたものだったのは確かな歴史上の事実である。
そこにCMCのさらにレプリカであるTRC(東京レプリカ・コーポレーション=
中田商店)がCMCのバックフォローとしてまったく互換性のある部品で
中田SAAを完成させたのだが、実はこの中田製の作動性は抜群だった。
中田のモデルガンは、作動性に関してのクレームが皆無だった。それは
国本圭一氏がすべて調整組み立てを一丁一丁こなしていたからだ。
つまり、中田製モデルガンは、最初からスペシャルカスタムのようなチューン
という調律済みの製品が出荷されていたのである。
私も友人が購入した中田製SAAを手にして驚いた記憶がある。当時最高の
レベルの作動性を確保していたのがTRCのSAAだった。
だが、生産量は非常に少なかった。
友人は小学生ながら相撲取りのような体型だったので、中田製のガンベルト
ではLでもまったく締まらないので、特大の特注ガンベルトを中田に発注して
いた(笑
クラスの男子が20名いたら、10数名がモデルガンのSAAを持っていた
という1972年のことである。

今はMGCのこの個体には、最終型(1981年型)のSAAの木製グリップを
装着している。この木製グリップは別な友人からの頂き物だ。感謝!
右の銃はジャスト50年前のMGCのコルトSAA金属モデルガン。
左は1975年製ウエスタン・アームズ社のSAAプラ製モデルガン。

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