渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

ナイフマガジン

2017年07月11日 | 刃物



かつて、ナイフマガジンというかくも素晴らしい専門誌があった。
1986年10月創刊だ。
私が社会人の正職員一年生目の年である。
当時の記憶は鮮明だ。
その年の10月当時は、毎晩玉撞きばかりしていた。
翌1987年は、ほぼ玉撞きしかしていない。撞球場から職場に通って
いたようなものだ。週末には撞球台の上でキューケースを枕に寝て
いた(笑

さて、1986年はプラザ合意以降とはいえ、日本のバブル経済は
厳密にはまだ始まってはいなかった。
バブルが実体化したのは1987年の年明けからで、1991年の金融引締
によるバブル崩壊後も、実質的には93年〜94年頃まではバブルの
余韻があった。
87年から93年頃までの7年間は尋常ならざる経済状況であり、私の
初任給も13万円だったのがすぐに16万となり、20万、25万、30万と
毎年跳ね上がった。
20代後半で現在の定年前の民間企業の給与とさして変わらない額面
を支給されていた(特殊部隊的配属というのもあったが)。
だが、同期の金融機関に勤める連中は私などは話にならない程の給与
だった。30才位で年収1500万程はザラだったのだ。バブル経済恐る
べし。
今となっては全て泡でござ〜る!(笑

そうした日本経済史上初の狂乱時代の中でナイフマガジンは産声を
上げた。
その頃の世相が異常であることは、このナイフマガジンの広告を見て
ほしい。


はい。
カスタムナイフが一本480万円。
おひとついかがですか?
って、誰が買うんやねん!
とはいえ、こういうのがポンポン売れた。
上野のショールームに飾られたメウチのカスタムキューは1,500万円
の販売金額表示がつけられていた。
かく言う私も57万円のアメリカン・カスタムのキューを普通に使って
いた。
600万円で買わないかと知り合いの不動産屋から薦められた原宿の
ワンルームマンションは、そんな高い物件誰が買うか!と断ったら、
数ヶ月後には6000万円でサクッと売れたようだった。
そういう時代だった。

ナイフマガジンの創刊号では、読者限定で、オマケではなく、カスタム
ナイフの優先販売がなされた。
「限定品」が飛ぶように売れる時代を予見させる企画だった。




ナイフのタイプは当時人気だったジェス・ホーンのデザインだ。
ハンドルはオイルドボーンである。
多分、推測だが、多分このナイフマガジンの限定ナイフはパーカー
カトラリー製なのではなかろうか。

パーカー社ジェス・ホーン・モデルの1980年代初期の製品。




オイルドボーンのハンドルは染めで色を任意に付けられる。
なかなか味がある。


1980年代は、日本だけでなく、世界中が好景気だった。
アメリカも空前絶後の消耗戦となったベトナム戦争で敗北的撤退を
1973年に開始し、1975年にベトナム戦争が終結してからは、国力
立て直しのために米国が戦争介入を控えていた時期が丁度1980年代
だった。
グレナダへの限定的短期侵攻はあったにせよ、米国が1973年以降戦争を
していなかったのが1980年代だったのだ。
局地的国際紛争はあれ、世界は平和だった。

だが、米国の巨大資本は、常に戦争を起こさないと産業が成り立たない
仕組みとなっているので、やはり1990年代には湾岸戦争を開始した。
次は周期からすると10数年後だなと思っていたら、案の定、大嘘大謀略
を仕立て上げて、自らツインタワーを破壊し、自らが育てたアルカイダ
を悪者に仕立て上げて中東に侵攻した。
その後も中東介入で、久しぶりに「世界の憲兵」ジャイアンぶりを
発揮し覇権と睨みを利かせた。
結局、大量破壊兵器などは存在しなかった。
ビンラディン、フセインの次には、カダフィを殺害したが、金正恩は
暗殺しないのだろうか?
まあ、石油はないからね、朝鮮には。米国は何もしないだろう。

中東介入も変化がある。
米国はオイルマネーのために湾岸戦争も中東介入もしてきたが(米国の
戦争は全て金儲けのため)、近年、とんでもない埋蔵量の原油が米国
領土内で埋蔵されていることが発見されたからだ。
中東介入は、別な実質的理由がないと継続できなくなってきているのが
今の状態。
金儲けであまり必要なくなったら、どうするか。

さて、ISISはなぜ潤沢な資金と武器を有して活動を継続していられるのか。
この地球を牛耳って実効支配しているのは、頭が白い鷲が飛ぶ黒い
闇なのである。

平和だった時代に創刊されたナイフマガジンは数年前に廃刊になった。
ナイフマガジンの記事の中身は、一切の政治色を排した中立的な純粋な
趣味の世界を描き出していた。
そうした世界が継続できない世の中に日本もなってきている、という
ことだ。
差別排外主義を前面に出してのうのうと大手を振って生存できるレイシ
ストのネトウヨのような存在は1980年代には存在そのものが許されな
かった。

私は、今の時代こそがおかしい世の中になっていると感じる。
この感覚は間違っているかもしれないが、大きな外れではないように
思える。

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