渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

包丁研ぎ

2016年02月21日 | 刃物



よく行くおない年のマスターがやってるたこ焼き兼お好み焼き屋から包丁を
2本ばかり研ぎの依頼で預かって来た。
なんでも町の研ぎ屋に出して、ひどいことになってしまったらしい。

とりあえず、包丁全体を洗浄し、コミの部分の錆は大まかに除去した。
これは更に最終的には研磨するのだが、その前に重大な問題がある。



どこをどう研いだらこんなに形を崩せるのか。なにもかもが出鱈目なことに
されてしまっている。包丁がかわいそすぎる。


作者は盛一だ。包丁が泣いている。




鍛冶盛一は広島の刀工の系譜にある。
(以下、ネットから)
 初代青龍軒盛俊は、江戸の刀匠 長運斉綱俊から刀剣技術の
 免状を取得した後、岩国藩のお抱え刀匠となりました。
 二代目盛俊のところへ、松ケ原村の越水藤一氏が入門したのは、
 明治20年(1887年)でした。
 藤一氏は、ここで9年間、刃物の鍛錬術を体得し、免許を受けて
 松ケ原に帰郷して、刃物鍛冶を開きました。
 明治維新後の廃刀令で、すでに刀鍛冶の需要は減り、生計を
 立てることが難しい時代となっていましたが、彼の作った「盛一」の
 銘が入った包丁は、松ケ原包丁として近郷で賞賛・愛用されて
 いました。
 藤一氏は、大正5年(1916年)に、三代目盛俊の名跡を継ぎ、
 文献・道具なども譲り受けました。昭和9年(1934年)、帝展に
 刀の部が設けられると、三代目盛俊の刀剣が入選し、翌年には
 新作日本刀大共進会で最優秀の総理大臣賞を受けるなど、三代目
 盛俊の名声は一挙に高まりました。
 この刀造りの伝統技術は、現在、三代目盛俊の孫である越水龍雄氏
 によって受け継がれ、「広島県伝統工芸品」にも指定されています。
 (「松ケ原の包丁」より)


刀工の子孫が精魂込めて造った包丁をこんなひどい形にしてしまう町の
研ぎ屋、
度し難く赦せない。こんな研ぎをする和食の包丁人もいるが、
こうした研ぎを続けると、コンコルドになってしまう。包丁の本来の機能
は失われる。出刃には出刃の形状の意味があり、柳刃には柳刃の意味
があるのだ。これらの形状は堺の鉄砲鍛冶が江戸末期に包丁鍛冶に
転身した際に長年研究して料理人からの使用感のフィードバックにより
形成された。日本の伝統たる刃物の文化がそこにある。
それが現在世界の包丁のお手本となっている。お手本となるべき日本人
が日本の包丁の形の意味について心を寄せずに出鱈目な形にしてしまう。
あってはならないことだし、刃物を手掛ける者として恥ずかしさの極みだと
私は確信する。





大幅な外科手術をしないと本来のシルエットは蘇らない。
刃線も真っ直ぐにされてしまい、さらに鎬地の幅がぐだぐだで、鎬も
筋が通っていない。世の中、筋が通らぬことがまかり通る筋合いは
おてんとさまが許さない。

「形をまったく変えられてしまった・・・」と所有者本人も落胆していた。
たまたま友人と飲んでいて包丁研ぎの話になった時、試しに見せて
もらったらあまりにひどいので眩暈がしてきた。ひどいことをするものだ。
そういえば、その研ぎ屋、一度店を覗いたら、ガーッとベルトサンダーと
グラインダーで包丁の面を削っていた。ご近所さんはそこに出す家も
多いようだが、作業を見ていて、私個人は「(あががが)」と思ったが
黙って見ていた。「(それあかんやろ)」と思いながら。お好み焼き屋の
マスターはそれを知らずにそこに研ぎに出したという。

ここは私が無償で補修を請け負うことにした。
但し、ひとつだけ条件がある。必ず、使用感についてレビューを聞かせて
くれ、というものだ。それをまたフィードバックする。おない年で家も近所、
さらにフライマン同士というつきあいだ。研ぎは私が請け負う。

私はプロではないが、ゼニもらって適当な研ぎをくれているそこらの
研ぎ屋のプロ以上にプロらしく研ぎ上げることができる。これは奢りでも
なんでもなく、本当にそれが実現できるのだから仕方ない。嘘ではなく本当
のことであるだけだ。ここまで来る
のに25年ほどかかったが、日本刀は
研げないながらも包丁はまあそこそこ
「狙ったところ」に持って行ける。
史上最良の包丁研ぎを100点とする
ならば、現時点の技術で75点くらいは
行くのではないかと思っている。


こちらの野菜切り用のペティも預かった。


切先が折損しているので、切先を付けてほしい、プラス刃付け希望との
依頼
だ。これも請け負った。




これも安くはないペティだ。8,000円ほどするのではなかろうか。
メーカー広告によると「刃側に超合金コバルト材を芯材とした
三層鋼を採用することで、耐磨耗性、耐靭性、耐久性に優れ、
鋭い切れ味を追求しながら、コストパフオーマンスに優れた包丁
です」とのことだ。

金剛砥と大村砥石と天草砥で直して切先を付けた。
刃は#1000、#1300、青砥、本山で私流の研ぎで刃を付けた。


柔かい。カエリがすぐに出たので刃は付けやすいが、刃先がすぐに
丸まると思われるので、番手を細かくミクロ単位で変える正多角研ぎの
特殊な研ぎで「最初の食い込みを鋭く、その後の過程で切り感が察知
しやすい」という研ぎにした。
家内にテスターになってもらい、刃味の確認をする。

「物凄く切れる。ヌ〜ッと」とのことだ。家内の発言で如何なる刃味かは
認識できる。これはファジーな発言でも、どのようなものか具体的に
分かる(笑)。
例えば、私がかつてマシンをコースインしてピットに戻った時、「最終の
入口ではこうなって出口ではああなるからそこをもうすこしガツンとこう
なるように」という曖昧な言い方をしてもメカニックの人が即座に理解して
セットアップできたような、そういう感じ。
この個体は刃味としてはカミソリのように新聞紙一枚が自在に切断できる
タッチにした。音はチーッという音はしない。無音のように新聞紙一枚が
切れる。最終は皮砥で仕上げた。




ところで、安全な包丁の包み方を公開します。あくまで私のやり方ですが。


まず、くるくると巻きます。


ある程度巻いたら、刃側を折り返す。


それをまた刃の裏側のほうに折り返して、切先が突き抜けないように
二重にする。




柄側も折り込んで、また巻いて行きます。


ぶかぶかではなく、結構きつめに巻きます。


できあがり。私が人に返却する際は、すべてこのようにしてお渡ししています。
これで一丁完成。盛一の出刃はこれからかかるけど、結構、難儀だす。


とこれを書いているそばから例によってこいつらが寄ってくる。
数日ぶりに帰宅したからか、すり寄ってくる。
んが、重いんだよ、おまえたち。


と足をもぞっと動かしたら犬がよけたが、すかさず隙を見て猫が
膝の上に
乗っかる。おもてーってばよ(^^;
スーツ脱いでるからいいけどさ。



おっもて!と、足を動かすと、入れ替わりで今度は犬・・・。あのね・・・。
二匹ともいびきかいてやがんの・・・。

 
盛一の出刃について取り掛かり始めたが、身を押すしか修正法はないので、
結局のところは
包丁が身減りしてしまう。形を一度崩すと包丁を減らすこと
でしか元の相似形のシルエットは蘇らない。いかに出鱈目研ぎが刃物を
駄目にしてしまうかということだ。

上半分の刃先のR出しは金剛砥で押して出したが、鎬地も平面砥石に当てて
みたら
凸凹であり、大村砥とセラミックの低い番手でかなり押して平面を出す
ことになる。しかし、それにしてもひどい研ぎをする業者もいるものだ。



鎬のラインのRは目視で整えるが、鎬幅は目検討でなくノギスを
使用して計測しながら整形していく。修正途中で中央部より先の
鎬線の元のラインがグダグダであることがこの画像から見て取れる。
これを
ビシッとした綺麗なR線に整えて行く。結構厄介だ。なぜならば、
機械で削り込まれてしまって鎬幅がブワッと広くなっているエリアは、
わざと鎬を蹴って鎬幅を整えるように全体を均してミクロン単位で
低くしながら整形していかなければならないからだ。
これらは機械に頼らず、すべて手作業で行なう。鍛冶押しのほうが
まだ楽なのではなかろうかと思える作業になる。

だいぶ出刃らしい形になってきた。




日本刀ではないので、スライトウォペイジというよりもカーヴを砥石で
成形していかないとならない。もっと先1/3部分を反らせないと魚をさばく
時にスキニングしづらいことだろう。これはナイフのスキナーと同じ理論だ。
微妙な刃線の曲がり具合によって身を下ろし易いかどうかが決定してくる。
パン切りでパンを切るのではないのだから、真っ直ぐな刃線で魚が自在に
さばける道理がない。かなりRを付けたが、正常な出刃と比べると中央から
先の反りが少ない。次はこれの修正に入る。ミリほども押さないが、それでも
相当Rが変わる。日本刀の場合、髪の毛1本分の幅の違いで大きくシルエット
が違ってくることは日本刀好きならば誰でも知っていることだろう。包丁という
刃物もごくほんのわずかな差で容姿が変化する。その容姿は常に「切るため」
に特化されて、「切ること」にのみ一直線に存在意義が向かっていないとなら
ない。実用刃物の場合、「切ること」と乖離した研ぎなどは何の意味も持たない。


刃線の反りに手を加えた。どうであろうか。


絶対に蘇らせる。

鎬線も新たに出した。中程に写っている元々削り込まれていた鎬線の
へこみはこれから修正していく。


番手を上げながらどんどんエッジを立てて行く。




もっとも、きちんとした包丁メーカーに送れば、回転水砥石できっちりと
仕上げてくれるのだろうが、それでは芸がない。
鎬のラインも手研ぎでビシッと荒砥の段階で出して行く。


鎬の甘いところをさらに整える。


ガンガン行く。

立てる。ここらから天草に入る。
日本刀研磨師の稀代の名人平井千葉氏は刀の鎬を立てるのに独特
の技法を使ったが、私はそれは再現できない。だが、平井研ぎの刀か
どうかは、私は刀を観れば即座に判る。平井研ぎにはある独特な特徴
が出ているのである。これは一般的な最近の若手日本刀研磨師たちは
ほとんど気づいていない。


地の
平面が出ているかどうか目視確認するため、一度曇りを入れる。
平地の平面はおよそ出ているが、鎬中央部がやや甘いので、全体を
均すようにしながら鎬を立てて行く。


ひと息入れ、しばらく眺めながら、今後の構想を練る。






研磨に入る。


こちら元の状態。


整形研磨後。


でこぼこだった鎬地も平面を出している。歪みは光の反射で見る。


あとは刃を付けて出来上がり。

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