渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

ツイッター等の不思議

2017年07月17日 | 溶解情報

不思議に思うのが、ツイッターなどでフォロワーになってるという
ことは何も賛同者でも協力者でもないむしろ反目する連中が
フォロワーになっていたりもすることがあるということだ。
そして、嫌味や揶揄や中傷をことさらに書きに来たりしている
ようだ。
よくそんなのフォローしているなぁと私は思う。

私はSNSはやらない。何か異常な人間同士の関係作りをSNS
には感じているが、現今の巷にあふれる一般的にネットみられる
SNSの人間模様を見ていると、やはり異常な世界としか思えない。
わざわざ人のところにフォロワーとなって嫌な事を延々と書きに
来る。病的な執着と粘着で延々と書き続ける。
それをやっているのは中心部は当然にしてゆとりの低脳世代
なのだが、やつらやっぱり異常。
一種のコミュ障か?とも思われるような連中がずっと粘着して
ネガキャンを張る如く人のところに来て書き連ねるのだ。
これを異様とか異常とか思わない人たちがそういうSNSを続けて
いる。

絶対に頭おかしいってば(笑)

SNSを宣伝や拡散の中心軸に据えている仮装珍劇団などは論外。
社会のクズでありカスではとさえ思う。それの提灯持ちなどはカス
以下なので一体カス以下は何があるのだろうとか思う。
昔バイト君という漫画で地底人の下には最低人というのがいたと
あったが、それ以下のような気もする。珍劇団ご機嫌伺い提灯持ち
の他人の褌野郎も例外ではなくSNS中毒の2ちゃんねらーであり、
やっぱ頭がおかしい種族なのかと、何だか納得できたりもする。

ツイッターが出始めの頃、岡山のサバゲのリーダーが、表面上は
俺と仲良く昵懇のような態度を取っていながら、ツイートで散々ぱら
俺の悪口を書いていたのね。
それ、俺知らなくて、メンバーに教えられて、見たら「なんだこれ?」
となった。
人間の悪意を反映させるツールとしてネットを利用するのって、
なんだか間違ってるなぁと思うと同時に、「親友」だなどと信用する
もんじゃないね、と思った。
他人からは「岡山のやつだよ?あんたは『彼らは違う』とか言って
信用しようとしてるけど、岡山の連中だよ。今に寝首かかれる
ような裏切りをやるに決まってる」と言われても、「いや、そんなこと
ないって」と信用していた。
だが・・・。
一番くっきりしたのは、3.11東日本大震災の時だった。
あれはひどかったねぇ・・・。「どこで誰が死のうが関係ない」てことで、
震災直後のゲーム遊び延期を私が申し入れたら、自分たちの楽しみを
奪う敵対者みたいな感じで反目しての悪口雑言の限りだった。
でもって、そこでもSNSフル活用だったようで、とんでもないえげつない
動きを岡山のサバゲ連中はしていた。2ちゃんでも書きまくりだったしな。

まあ、こういうのは岡山連中だけではないが、何だかね、インターネット
の使い方間違えてる奴ら多すぎるよ。
ヲタってのは、そうした社会的意識とか常識とか、何か人として一番
大切なことについてとんでもなく疎いんだよね。
それとなぜかしら独身が多い。
ま、理由は推して知るべしだろうけどな。社会的に責任を持たなければ
ならない所帯などは持てっこない。
また、所帯を構えて子どもが生まれたりしたら、何を教育するのか。
人だましのやり口や陰でどうやって汚い動き方するかとかを子に教える
つもりなのだろうか、と。
まあ、子どもが歳だけ食った奴らが子どもなどは作っては駄目でしょうよ。
せめてあのヲタ連中がいい歳になっても一人もんのままという状況は、
せめても社会への貢献にはなるという神の采配がある。

SNS中毒者は頭がおかしい。
これって、ガチもんの定理のように思える。
現代病の一つだろうね。

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