渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

無銘に偽物(ぎぶつ)なし

2017年08月10日 | 日本刀


私の無銘作。江戸初期。高田だとは思うが、石堂かもしれない。
長さ二尺三寸一分三厘、反り五分三厘、元幅一寸四厘、元重二分四厘。
(研ぎ:京都赤川裕実先生。かなり私は個人的には好きな研ぎの方向性)

不思議なことに地金はかなり古い鉄に見える。見方によっては、加州
新刀のようにも見える。
明らかに銘が消されて上位刀工狙いのような加工が過去の業者によって
行なわれたと思われる。


鑢目が特徴的だが、ナカゴの銘が消されているので、
その時に加工されたものかもしれない。錆色が上手
であり、かなり古い時代、もしかすると江戸期に加工
されている可能性もある。

こういうのって、X線で撮影したりすると判っちゃっ
たりするんですけどね(^^;

大磨り上げに銘があったらおかしいが、初中心の無銘
は悪意の作為で偽銘を切る為か、もしくは上位刀工に
極めさせる為の加工であり、非常に刀がかわいそうな
状態ではあるのだが、無銘刀には一つの絶対的定理が
無銘ゆえ作用する。
それは、「無銘に偽物(ぎぶつ)なし」。
私は結構、初中心の無銘刀は好きだったりする(笑)。
無銘刀は、絶対に「本物」であるからだ。
「極め」
という鑑定はあてにならない。鑑定する人に
よって推定作者銘が異なるからだ。
何度も鑑定審査を申請して高額鑑定費用を支払う「お布施」
をしないと上位刀工に上げてくれないという日刀保の
悪しき体質も大昔からずっと継続している。
信じがたいのが、自分たちが出した鑑定を、再鑑定申請
の結果で別な刀工に極めて鑑定書を発行することだ。
そういうことがずっと何十年も行われている。
ここらはお役所仕事的ではなく、過去の自分たちが発した
公示例を平気で現行職員が覆す。
あまりクリーンなことは刀剣鑑定の世界では行なわれていない
というのが現実だ。
なんだか、鑑定に出すと、刀が汚(けが)れるような気が
する。
心底その刀の作者を推定ながらも絞り込むことが目的ではなく、
別な金員収受が目的化している傾向にあるからだ。
そして、やはり自分が「公言」として発行した過去の鑑定結果
を自分で反故にするという精神性がどうもよく理解できない。
昔の時代も江戸期など本阿弥の某氏の鑑定が乱発鑑定だったり、
昭和時代も刀剣界の大家による乱発鑑定書が出されたことも
あったりした。
すべては・・・お金のためなんですよね。
なんだかなぁ・・・。

それでも、無銘に偽物なし。
この定理は揺るがないので、無銘は無銘のままで私は楽しみたい。
日本刀は作者が誰かということも大切だが、それよりも重要な
ことは、その作品個体の出来がどうであるのかだ。
「刀を見る」ということは、その個体の真の姿を見てあげること
なのではなかろうかと思う。

また、研ぎ師の先生が施した技法をどこまで見抜くか、なんて
いうところも、日本刀を鑑賞する時にはかなり面白い。
よく刀剣界では、不世出の名人である故平井千葉氏の研いだ刀
には他の研ぎ師は手を出すな、と言われる。
どんな瑕疵を判らないように隠しているかも知れないからだ。
それほど、補修においても平井氏の手技は超絶技法だった。早研ぎ
なのにそれをやる。下手に他の人が平井研ぎの後から刀を普通に
研いでいたら、バコーッと疵が出てきたりすることがあるのだと
いう。
あるいは、埋め金にしてもまったく分からない同質の鉄のように
同化させて迷彩木の葉がくれのように判別がつかないような
研ぎあげをしていたりするという。
私は平井千葉の研ぎの一つの特徴をある時つかんだ。
他の平井研ぎの作でも確認したら、明瞭にそれがそれと判じられた。
このことをそれとなく幾人かの刀工と研ぎ師に確認したが、その
事実にはまだ気付いていなかったようだ。
これはこれで非常に面白い。
どうやって多くの研ぎの達人たちが「平井千葉の研いだ刀」と
見極めていたのかとずっと不思議に思っていたが、それは秘伝の
類に属する口伝ゆえ世間一般には広まらなかったのだろう。
他の研ぎ師たちは自分たちの仕事の保険のためにも、その見抜き方
を伏せて守秘事項の口伝にしたのかもしれない。
研ぎ師のバーコードのようなサインの部分ではなく、平井先生は
まるでミステリー推理小説的な仕掛けを刀身に残していたのだった。
ぱっと見ではまったく判らないが、それをそれと気づくと瞬間的
に明瞭にそれが見えてくる。
過去のことだが、長船刀剣博物館にある名刀が展示されていて、
その刀剣の説明書きでは研ぎ師の名は紹介されていなかったが、
私はその刀身は平井研ぎの刀身だったと観た。例の明確な平井研ぎ
のサインが出ていたからだ。
私が平井研ぎのそうした特徴を発見したのは、日本刀を本気で
見始めて15年くらい経った28歳の時だった。
発見した時、愕然となった。平井千葉氏は、重ね重ね、とてつも
ない名人だと深く感じ入った。
日本刀へのアプローチは、こうした楽しみ方もある。
各々の方が、自分自身のアプローチで日本刀に接すればよいのでは
なかろうか。


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