渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

刀の差し方

2016年10月12日 | 文学・歴史・文化


大小差違の落とし差し。
袴紐の下段の下に通すのは殿中では禁止された。
それは鞘を引いて刀身を出せばすぐに袴紐を切ることができて
長裃を着用させる意味がなくなるからだという。
やがて袴紐下段の外に鞘を出す帯刀法は一般末端武士まで普及
した。
長裃に代表されるように、幕府は元和偃武(げんなえんぶ)以降
さまざまな「武士の牙を抜く」規制を敷いた。
その一つに「正座」という座礼がある。
あれは、足を痺れさせるのと、すぐに起ち上がれないようにする
ためのものだ。
そのため、居て合わせる居合武技においては、正座導入後は
正式正座ではなく、「足を盗む」技法が開発された。
それは、指や足を左右合せることなく、両足の指を重ねない方法
だ。だが、これは正式座礼ではない。武家の登城においては、
さらに足首までも重ねてすぐに動けないような礼法まで規制導入
されている。完璧に長裃の発想と同じ「武装解除」に近似の規制
である。
だが、完全武装解除を強制すると各武士の叛乱が起こることは
必至であるので、幕府は「飴と鞭」の政策を多く普及させた。
こうしたカラクリは武家統治の為にひねり出された工夫だったこと
だろう。
直参旗本などは、大名よりも家格が高いのに扶持米を低く抑え
たり、そうした身分と収入が合致しないような政策をいくつも幕府
は考案して実施した。

鶺鴒差し。一般的な武士の通常差しである。45度の落としでは
ないことに注目。鶺鴒が着地した時の尾の角度である。45度で
あるならば、それの呼称は鷹でもヤマドリでもよい。セキレイで
あるにはセキレイの独特の特徴を指しているからなのである。




膝に死者が額に当てるような三角の膝当てを当てていない。
その理由は、今のところ私には不明。

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