渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

土佐英信流の納刀

2017年05月13日 | スポーツ・武道など

20秒からの納刀にご注目ください。


8秒からの納刀にご注目ください。


無双直伝英信流(略称「土佐英信流」)の納刀には三種類
あります。

一、「二の字」納刀
一、「逆『の』の字」納刀
一、「ぶっ込み」納刀

私がこの動画でやっているのは「逆のの字」です。
「二の字」納刀は刀身と鞘が箸のように並ぶ納刀で、様々な
武術的要素があり、基本中の基本となるものです。
ただし、切って右に開く(英信流は横血ぶりとはいいません。
また英信流に血ぶりなし。すべて「血ぶるい」と呼称)位置
から高速納刀で危険時間を短縮するには「逆のの字」の納刀
のほうが素早くできます。

また、「ぶっ込み」納刀は危険なので推奨できませんが、
ぶっ込み
に近い横手よりも先部分の棟のみを左手の手の
親指と人差し指の付け根の閉じたくぼみに直に
最短距離で
当てて納刀することは、私は奥伝では使用したり
します。

いずれの納刀でも共通しているのが、鞘に入る時は刀の向き
と鞘の向きが合っていることは勿論のことですが、英信流の
特徴としては、「身の内に納める」ということです。
つまり、柄頭が体の幅よりも右横には出ない。
抜刀抜きつけの真逆の動作で、トリサシで柄を納めるので、
柄頭が体の幅よりも右に出て、右斜め前方向に刀の柄を持って
行くようなことは絶対にしません。土佐の英信流はそれです。
もし、仮に英信流を名乗る流派で、帯刀姿勢も柄が大きく右を
向いて、しかも抜刀も納刀も右斜め前方向に柄が伸びるような
動作をしているのがあるとしたら、それはニセです。土佐英信流
ではない。土佐直伝英信流では「身の内」に納めます。抜くのも
トリサシで柄頭で敵の目線上の軌道で攻めますから身の内から
柄がはみ出ることはありません。
これは江戸中期以降に編み出された技法だと思います。物理的な
限界があるので、長寸刀は使えません。
英信流でも三尺三寸の教えがありましたが、江戸期に幕法の定寸
の刀を使用する刀法に改められたと考えられます。
長い刀だと、敵に向かって真っすぐに抜くことはできず、どうしても
右方向に抜くことになります。
英信流谷村派ではそれをせずに、敵への最短距離(からやや左)
から真っ直ぐに抜いて行きます。刃は切先が鯉口を飛び出る瞬間
までは上を向けたままです。それが土佐英信流。

私のこの動画では英信流の納刀をしています。
全剣連の場合は、もっと腰骨を反らせて、一切の前傾がないように
しています。古流と戦後創設の全剣連の新居合はまるで所作も
理合(りあい)も異なりますので、英信流の術義では英信流の
運刀法と体のさばきを使い、全剣連居合の時には全剣連居合の
指導要綱に沿った動きをするようにしています。全剣連居合は
そっくり返るというか、上半身は直立したままです。英信流の
場合はその姿勢には拘泥しないどころか、業によっては否定する
局面もあり
ます。これは過去の明治時代の皆伝者の写真などを
みても明らか
です。
全剣連居合は全剣連居合の指導に従い、古流土佐居合は古流土佐
居合の師伝に従うのが筋であり、どちらも互いに侵犯してはなら
ないと私は思っています。
全剣連居合の方法で古流を云々言ってはならないし、古流の動作
や理合から新設全剣連居合のことを云々言うのも間違いです。
両者は別物。動作も細かい所作もまるで異なりますので、やはり
全剣連居合教科書の前文に書かれているように、しっかりと古流
という土台と基礎を作ってから全剣連居合をするのが筋だろう
と思います。そのように全剣連居合教科書の前文にも書かれて
いるのですから。
なので、全剣連所属剣士は、全剣連居合のみとか古流のみとかに
なることなく、両者を同時にバランスよく学ぶことが大切かと
私は思います。

ただ、古流については、土佐英信流の場合は、要義の深いところ
まではともかく、動きのカタチだけは全剣連三段あたりまでに
奥伝のすべて最後までは知っておくことが望ましい。
カタチだけでは居合とはなりませんが、動きを知らないと居合に
ならないのもこれも一理で、とにかく、カタチのみは早い時期
(それでも三段までに3年もあります。中高生は卒業します)に
英信流奥伝の最後までは知っておいたほうがいい。
あとは時間と共に、その各業を深めるだけです。全剣連段位で
「まだ
三段だから」と古流英信流奥伝までも知らないというのは、
英信流の場合
にはあまりよろしくないし、そうした傾向性は
存在しない。初段
の頃からでもどんどん吸収して覚えさせます。
なので中学生で
あろうと、土佐英信流を学ぶ子たちは奥まで
知っているのです。高知の子たちの出来ること出来ること。

つまり、走り幅跳びは年齢学年に関係なくやる。跳ぶ幅が成長
と共に伸びてくる。走り幅跳びは小学校5年以上からだ、という
ようなことはしない、というのが土佐英信流の学習の特徴です。
小学校4年だろうが3年だろうが2年だろうが英会話も教える。
そういうのが土佐英信流なのです。

私は納刀は初段の時から今もまったく変わりません。
納刀は納刀ですから同じです。
ただ、納刀時の周囲への気構えやほかに実に細かい部分では
いろいろな肉付けがされていますが、納刀自体は同じです。

右に開き、鯉口を完全に握る(力は全く入れない)。


逆「の」の字納刀。






全剣連居合の時にはこれほど上体は前傾しません。前傾防止
は柄を左に
鞘なりに出すことで可能となりますが、それは
英信流古流では
ありません。英信流古流には前傾するな
という教えはない。あるとしたら、それは撞木足を嫌うのと
同じく別流派から戦後に導入された見せるための試合居合系
の戦後創作新教義です。







いつでも抜けるレディポジションでもある状態。


土佐英信流の最大の特徴の一つ。鯉口を全部入れ切りません。
こうして固い鯉口に柄頭を握ってゆっくりと刀を押しこみます。
他流で右手を柄頭方向に持って行く動作が見られるのは、この
英信流の技法を形式のみなぞったものだろうと思われ
ます。
「居合ならば土佐居合」というほどに全流派に影響を与えたのが
土佐伝のこの長谷川英信流でした。






ここでも完全に鍔が鯉口とは密着していない。
三種の軽い鯉口の切り方で即抜刀できる。

逆のの字納刀(白い稽古着)と、二の字納刀(黒い稽古着)
真剣刀法 抜刀斬りと納刀 -1993年- 全剣連二段時


刀は上掲動画と全く同じ康宏刀の個体です。
なお、1993年の時のこの動画の白袴は先日康宏日本刀鍛錬所で着用
した上掲画像の白袴です。
24年経っていますが、私は稽古着を7着、紋付を3着持っていて、
稽古着はローテーションで使い回ししていたので、普通の人の7倍
もちます。
なぜそれだけの数を持つかというと、1990年代初期は、週のうち
7日間居合を抜いたからです。真冬でも汗びっしょりになるほどに。
洗っても乾かないので日数分要るということです。汗臭い稽古着を
そのまま使うという剣道着時代のようなことは居合では避けていま
した。夏場などは長時間稽古では、野球のアンダーウェアのように
襦袢を何着か用意し、一日のうちで何度も取り替えることをして
いました。また夏は剣道義と絽を併用し、絽の稽古着によるラジエター
効果で体温上昇を抑えられていたので、夏場の長時間稽古も苦に
なりませんでした。30代前半はとにかく居合の数を抜いた。
私は初段時から真剣を使用していましたが、刀の手入れも毎日朝晩
怠りませんでした。刀身の手入れでだけでなく、不必要な緩みが
ないか、目釘は大丈夫か等のくどいほどの安全点検です。

土佐直伝英信流の剣士で鯉口がスカスカで前屈みになったら刀が
抜け出すような不心得者はまずいないと思われます。

武士の作法、武芸者の刀の在り様を土佐英信流=無双直伝英信流
の流門の剣士たちは墨守しています。
鯉口がスカスカだったり、目釘が傷んで緩んで鍔がカチャカチャ
と音を出していたり、そういうのは武人として下の下の下でして、
心得ある剣士は武具のそうした緩みは己に厳しく戒めます。
そもそもが師匠筋が弟子にそれを許しません。
そうしたことが古流派としての活きた伝承、伝統なのです。
たぶん、こういうことはずっと江戸時代から続いていたのでは
ないでしょうか。
そのように武士の所作、身づくろい、武具への配慮等々は、
武家作法を徹底的に仕込まれた土佐藩士たちによって明治以降
も脈々と残し伝えられ、現代に生きる私たちは往時の武人たち
の心構えに触れてそれを学ぶことができるのです。
そうしたことが「歴史の重み」を噛みしめるということの
ように思えます。
土佐英信流に代表される後世まで残し伝えられた日本の伝統を
私は大切にしたいと思うし、そのような本物の伝承が残し伝え
られていて、それに触れられることを幸せに思うのです。

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