渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

刃物にみる産業文化雑感

2017年07月13日 | 刃物



私のオールド・ガーバーC375。ハイス鋼でできている。
375とは3.75インチのブレード長さということだ。
4インチでも3インチでもないところがミソ(笑
鋼材は工具鋼であるハイス鋼だ。高速度鋼と呼ばれる鋼材で
クロム、タングステン、モリブデン、バナジウムを大量に含有する
高炭素合金鋼である。

鋼材の成分についての効果は以下の通り。
まず鋼材には5大元素というものがあり、これを覚えないと始まらない。
 炭素(C)・・・硬度を決定する。
 ケイ素(Si)・・・耐熱性と耐力に影響。
 マンガン(M)・・・靱性に影響。
 リン(P)・・・加工性に影響。刃物鋼には有害。
 硫黄(S)・・・切削加工性に影響。刃物鋼には有害。

さらに、他の成分元素の働きをみてみる。
 ニッケル(Ni)・・・強度、靱性に有効。
 クロム(Cr)・・・。耐候性、耐食性、耐酸化性向上に有効。
 モリブデン(Mo)・・・焼き戻し脆化を防止。
 チタン(Ti)・・・ごく少量で結晶粒が微細化、靭性向上。
 バナジウム(V)・・・ごく少量で結晶粒が微細化、靱性向上。
 タングステン(W)・・・高温での強度、靱性向上。
 
クロムが10.5%以上混入された鋼のことはステンレス鋼と呼ばれ
ている。
ハイス鋼とは高速度工具鋼のことであり、1868年に英国の金属

工学者のマシェットが発明した。1899年~1990年に米国のペン
シルバニアでテイラーとホワイトが「テイラー・ホワイト鋼」として
実用化に成功している。
日本国内では1913年に安来鉄鋼(現日立金属)がアジアで初めて
高速度鋼の開発に成功した。

ハイス鋼によるナイフは日本でも一時期流行ったが、その後は
軸受け鋼である154CMやそれを国産鋼で再現改良したATS-34
などがナイフ材の主流となった。
それでも一般的に廉価で十分な性能を発揮したナイフ材の王様は
440C鋼だった。
最近では、粉末鋼が高硬度と高靱性から頭角を現してきている。
ハイス鋼でも溶解ハイスだけではなく粉末ハイスも出てきており、
ナイフの世界の鋼材では粉末鋼がその高硬度ゆえの切れ味から
高額ながらも好調な売れ行きを伸ばしているようだ。
やはり、「切れる刃物」を多くの人は求めているのである。
刃物は切れてナンボ。レーシングバイクが見た目が綺麗でもまったく
速度が出ないマシンだったら意味がないように、刃物というものも
本来の存在意義である「切れる」ことと「丈夫さ」が多くの人々が
求めていることの中心幹だ。
日本では、日本刀というものが、刃物はいかにあるべきかという
刃物の究極の存在としてのポジションを保持して来たという長い
歴史がある。世界一切れて頑丈である刀剣が日本刀であり、あの
ような薄くて軽い刀剣で強靭な堅牢さと超絶切れ味を保有している
刀剣は地球上では日本刀しか存在しない。
韓国人が何でも韓国起源説に基づいて日本刀は韓国人が発明した
ものだと捏造したがるのも、日本人が歴史の中で造り上げた日本刀
そのものが地球規模で飛び抜けた性能を持つ刀剣であることを認知
しているからだろう。

日本は明治維新以降、西欧列強に並ぶ
加速度的な産業技術の
成長を遂げており、大正時代にはすでに
世界最先端の鉄鋼技術
を有する国家となっていた。
アジア地域においては、明治から昭和20年までの期間は、日本
のみが飛び抜けて西欧並みの文明
国家となっており、アジアの
周辺地域は前時代的未開国のような
状態であったので、日本が
「アジアの盟主」であるだなどと勘違い
したのも致し方ない。
南アにおいてかつて日本人がバナナ(=外見
は黄色いが中身は
白人)と呼ばれて準白人扱い(ただし南ア人と
日本人の婚姻は法律
で禁止措置)を受けていたのも、日本が西欧
並みの先進国の席次
末端に列していたからといえるだろう。マルクスが自書において
日本を帝国主義国の仲間入りをしようとしている後進国と位置付け
て記したのは明治初期のことで、日本は明治中期に大躍進を遂
げて近代工業国家となっていた。
日本が勘違いをして日本優越主義が日本人の脳を洗脳したのも、

日本がアジア諸国の中で「特異」な存在であり、その卓越した西欧
なみの近代文明を産業面でも明治中期以降保有していたから、と
いうのはゆ
るぎない事実としてあったことだろう。
これは残念ながら、武器兵器においても日本は世界をリードした
という歴史がある。空母を発明したのは日本であるし、迫撃砲を
発明実用化したのも日本だった。過酷な第二次世界大戦での空爆
被害状況がなければ、
下手したら、原子爆弾誕生も日本が開発
成功させていたかもしれ
ない。そうなると、当然日本軍のことだから、
大陸か南洋あたりで
原爆実験とかもやっていたことだろう。

現在の日本の工業力は、世界中のあらゆる分野で最先端技術と
して活躍しているが、どれもが平和産業(軍事転用の可能性の
ある原発を除いて)に貢献している技術が多いため、ある意味健全
ではあるといえる。
刃物などは典型で、現在まで世界の包丁のお手本は日本の包丁
が確立したブレードシルエットが世界標準となっている。

最近はナイフの世界では、人件費の比較にならないほどの安さから
GDPでは日本を抜いて米国の次席の世界第二位の経済大国に
なった中華人民共和国が米国からの依頼の日本のOEM生産分を
根こそぎ日本から奪取した。
余談だが、中国は日本とは異なり、ごく一部の国民が裕福なだけで、
農村部での経済的疲弊は北朝鮮と似たものがある。差別が増幅
され、貧富の格差が拡大する社会主義。そんな「社会主義」を社会
主義
とはマルクスもエンゲルスも規定はしなかった。
日本は差別も貧富の
差もあるとされる資本主義国だが、中国や北
朝鮮のように国家的に
虐げられて貧困にあえぐ国民を造り出すと
いう体制には戦後はない。戦前まではあった。女工哀史のような
凄惨な歴史が日本にもあり、男女同権もなく、教育の機会均等も
なく、選挙権も平等にはなく特定の特権階級のみが選挙権を有し
たのが戦前までの日本の体制だった。女性などは法的に「無能力
者」であり、犬と同列に置かれれていたのが日本の国の現実で、
それは昭和23年まで継続された。
国民は「華族・士族・平民」という族性に分けて戸籍上も記載され、
華族は特権階級として貴族院議員になる資格その他の特権を有
するという階級社会が昭和23年まで継続した。士族は法律上は
平民と同じ扱い(法学的には法の不整合としてあり、大正時代に
国会で士族族称欄記載の撤廃が議論されている)だが、江戸期
の旧体制で藩籍を有した武士階級の末裔であることを戸籍に明記
されており、威張り散らすような層が昭和士族の特徴だった。市内
でバスに乗っても「そこをどけ。そこはわしが座る場所だ」などと平気
で言い放つような意識を持つのが士族たちだった。そうした差別的・
特権階級的増長を許すことを国家的な法制度として保障していた
のが昭和23年までの明治以降の日本の法律であった。
そもそも明治末期に西欧を倣って制定された明治憲法そのものが
そうした身分制度に基づくもので、西欧の立憲君主制度の模倣なの
でかなり法理論的にも無理があった。
だが、戦後の日本は、形の上では戦勝国の欧米(戦勝国のうちソ連・
中国を除く)と同じ「民主主義体制」となった。国家総動員法も治安
維持法も撤廃され、身分制度を固定化させ、主権在民を無視する
大日本帝国憲法自体も破棄されて民主主義西欧国家に準じた
憲法が制定された。
戦後から高度経済成長期初期においては、米国に隷属化していたが、
その後、社会的な国民の活動もあり、医療保険制度や教育システム
の充実、労使問題の法的整備等、多くの民主主義的政策が実行され
るようになった。これは、政権与党だけではなく、社共の革新勢力の
戦後の努力も大きかったのは事実である。労働法関連などではこの
ことは確実にいえる。ソ連や中国や北朝鮮と比べると比較にならない
ほどに社会制度として日本の国情は福利厚生や国家制度と国民生活
の在り方が「社会主義的」に平等で公正なものとなっているのは皮肉
としかいいようがない。
実際には、現政権与党の安倍内閣が打ち出している製作も、共産党
さえも驚くような社会主義的政策さえもあり、こうなると、何が社会主義
的なのかということにもなる。「社会主義」「共産主義」を蛇蝎のように
毛嫌いするのは日本の保守層・右翼層(プラス最近ではネット民という
浮遊層)の特徴だが、実際には日曜日が休日だったり、労働時間が
何時間であるかとか、仕事のオンとオフとか、多くは社会主義的政策
を享受しているのに社会主義を意味も理解せずに毛嫌いしていると
いう「洗脳された」部分がある。そのままでは、映画『キネマの天地』
で皮肉の描写として描かれた、戦前の特高警察が映画撮影所を強制
捜査して喜劇俳優のマルクス兄弟の本を見つけて「こいつ、マルクス
なんて読んでやがる」と言う無知蒙昧さを日本国民が地で行くことに
成りかねない。
マルクスだろうがケインズだろうが、トロツキーだろうがケネディだろうが、
良いものは良いし、良くない者は良くない、という本質的定理をきちんと
見極めないとならないと私は思う。
現政権与党の自民党の政策も、「すべてが良い」「すべてが悪い」と
する捉え方、あるいは野党についても同様の捉え方をすることは、そう
した全体主義的画一視点での物の見方はファシズムを容認する
ことに直結するので、私は忌避したいという思いがある。
安倍政権の政策は良いこともあれば悪いこともある。野党の主張も同じ
である。

現在では、日本の体制は、教育
も就労も中国・朝鮮とはほんとうに比べ
ようがないほどに充実している。日本には北朝鮮のように飢餓のため
土を食って死ぬ国民もいない。
「この世の楽園」とは、虚像で固められた北朝鮮のことではなく、真実
日本のことではなかろうか。
1960年代、北朝鮮の実情を西側には正確に伝わっておらず、南北朝鮮
のうち、農業国で後進国だった南朝鮮韓国に比べて工業国で先進的だっ
た北朝鮮は、差別も貧困も存在しないこの世の楽園、と海外に宣伝され
ていた。日本でも、北朝鮮に帰国する在日朝鮮人の国家建設事業に
賛同して理想国家建設に強力を惜しまない人たちが多くいた。
これは当時の映画を観ても、若山富三郎が「戦争でひどいめにあって、
ようやく自分たちの国を作れるということになった。応援したろうやんけ」
という台詞を言ったり、また、『キューポラのある街』で朝鮮への帰国
事業に涙で別れの手を振る埼玉県川口の人々を描いたり、それはもう
「北朝鮮は人類の理想郷」のようなイメージが定着していたし、多くの
日本人は支援した。
だが、実際には北に帰国した朝鮮人たちは、本国で徹底的に差別的
待遇を受け、疑問を呈するとすぐに強制収容所送りで廃人にされる
ようなそんな国家が北朝鮮だったのだ。西側の日本人たちは全く
それの実態を知らなかった。
日朝の交流団は文化的な交流も為していて、1965年の日韓条約締結
以前に、私も北朝鮮の歌劇団の講演を藤沢市民会館に観に行ったが、
とんでもなく感激した記憶がある。同時期、中国歌劇団の歌劇も観劇
したが、朝鮮の舞台のほうが鮮烈に印象に残ってる。私は日本人だが、
朝鮮の歌劇を観ながら、まだ幼稚園児だったが涙が止まらなかった
記憶がある。それほど、朝鮮の民族歌劇はすばらしい舞台芸術だった
のだ。

だが、そうした民族的な伝統芸術と国家体制は必ずしも一致はしない。
今は日本人も北朝鮮の実態をよく知っている。「騙されていた」とまで
は言わないが、私も幼いころから「北朝鮮は清く正しく美しく素晴らしい
理想国家」というイメージがあったことは確かだった。私が知る在日の
友人たち(とりわけ共和国の人たち)も心が綺麗な人たちばかりだった。
だが、国家としての本国の現実が見えてくるのは、すぐに見えるような
時代がやってきた。
私以外の多くの日本人たちも、北朝鮮本国の実態を今ではよく知る
ことだろう。
ただし、それは親祖父母の代から日本で生まれ育った在日朝鮮人の
人たちとは関係のないことだ。本国があのような国であるのは、今日本
で生まれ育った在日の人たちのせいではない。
冷戦のせいで朝鮮という国は南北に分断され、別国家体制と仮の
姿にさせられている。
日本の運転免許証には今は国籍欄の記載がないが、かつてはあった。
そこに在日朝鮮人の人は「朝鮮」とだけ記載された。
在日朝鮮人は、自分の意思で北朝鮮=共和国籍にするか南朝鮮=韓国
籍にするか選択できる。元々(というか本来は)一つの国であるからだ。
体制上の国家体制がたまたまソ連・中国と米国のせいで二国に分断
されているだけの状態が現状だからだ。(北朝鮮と南朝鮮は法規上は
現在も戦争継続状態)
だが、南北朝鮮に朝鮮半島が分断された状態も、在日朝鮮人の人たち
のせいではない。これはソ連・中国と米国が第二次大戦の戦勝国同士
の戦後の覇権争いで朝鮮半島を巻き込んで戦争を開始したために、
朝鮮半島が主戦場となり、南北分断されて国家が築かれたのだ。
これと同じことはベトナムとドイツにおいて行なわれた。
ベトナムはすべての外国の侵略を排除して社会主義国で1975年に
統一され(ベトナムはすべての海外の帝国主義国・社会主義国の軍事
侵略を排除した地球上で唯一の国)、ドイツは1989年に東西ドイツが
統一されて自由主義国になった。
朝鮮だけは21世紀になった今も南北に国が分断されている。
日本でいうならば、琵琶湖を境に国境線が設けられて国が分断統治
(しかも南北いずれも外国勢力の思惑によって)されているようなものだ。
朝鮮半島統一は、朝鮮民族の悲願でもあることだろう。
日本が政府としては、朝鮮民主主義人民共和国と国交を結んでおらず
国家として北朝鮮を認めていないのは、これは明らかに米国を同盟国
とする「米国側の旧西側一員」だからである。ただそれだけのこと。
朝鮮自体は一つの国であるので、本来は北も南もない。ただ、現行の
国家体制が、第二次大戦後の大国間の分捕り合戦のために半島が
二分された、ということである。現在のように二国の「国家」があること
自体が仮の姿であり、同じ民族同じ土地を互いに有するのにおかしい
ことであるのだ。朝鮮は朝鮮であり一つである。

歴史的に、アジア周辺における「日本の優位性」というものは、経済力
や教育の機会均等性
や医療制度だけではなく、産業部門における
製品の品質の高さ、
それも通常程度の高さではない「超高度の品質」
というクオリティを
日本の製品が有している、という点が特徴としてあげ
られる。(だからといって偉いとか偉大だとか王様だとか崇拝すべきだ
とか思ってはならない。その勘違いをしたのが戦前までの日本人だっ
た。日本人は反省すべき点は反省すべきだ)

日本製品の品質は、どの分野の工業製品であっても、世界一なの
である。これは精密機械から自動車、オートバイ、船舶、鉄道、医療
機器に至るまで、ありとあらゆる分野に及ぶ。(航空機のみは戦後
生産力が連合国によって意図的に削がれたので、かつて世界トップ
だった日本の航空機産業の技術力は、現段階でも世界ではトップ
クラスとはなっていない。これは宇宙開発力にも直結している)

それと、日本は鉄鋼、しいては鋼の国であるので、一般工業製品のみ
ならず、やはり日本産の刃物の品質が非常に高い。
これは現在の中華人民共和国製のナイフと日本製のナイフを並べて
比較すると一目瞭然である。
だが、かつての日本と韓国製が「低品質製品」の代名詞だった時代が
40~50年程前にあったように、そのうち中華人民共和国製品もハイ
クオリティの工業製品を出してくるのではなかろうか。
それは刃物のナイフでも見え始めている。(トイガンの世界ではすでに
中国製品は香港を中心にトップの仲間入り寸前だ。やはり西側だった
香港の返還は大きい。返還以降、中国は大きな経済と工業力の躍進
をした)

ナイフでも、ラブレスのような「システム」と呼称された、製品のパーツ
の企画化を徹底して、共通部品組み立て構造としたならば、工業力で
ナイフが作製できることになる。
2017年の現在、中国は数年前からこれを手掛け始めている。
アメリカンナイフの各メーカーの製品も、製造元は同じではないかと
思われるフシが非常に多く見られるようになってきているのだ。
いずれにせよ、国家企業の中国なんとか公司のような造兵廠のような
組織体が製造を受け持つのであろうが、どうも最近のアメリカンナイフ
のうち折り畳みのフォールディング・ナイフは、同じ部品が使われており、
製造元は同じではないかと思われる。外箱のパッケージなども同じよう
な物となっている(プリントだけが異なる)。

そもそもアメリカン・ナイフというものは、バーボンや日本酒やワインの
ように、生産者ごとの個性が色濃く出たところに魅力があった。
中国製の金太郎飴のような最近のアメリカン・フォールディングが全く
つまらないナイフとなってしまっていることは事実だ。
これは、金額的には、1000円台でかつての1万~2万円台のナイフが
買えるようになったので、それはそれとしてエンドユーザーは有り難い。
(ただし、販売メーカーによっては、中国製にシフトした後も従前と同じ
金額で販売しているメーカーもあり、利益は膨大なものになっている
だろう)
だが、日本製ナイフは確かに暴利であるほどに高すぎた(米国企業
への卸売値ではなく国内販売価格のこと)ことは確かである。
1本せいぜい5,000円で製造販売しても利益が充分に出るだろう
ナイフを1本30,000円近くの金額で販売していたのが日本の刃物
業界だったからだ。
上野アメ横に行くといつも不思議だった。
日本のメーカー直販で3万円のナイフが、アメ横では1万ちょいで
販売されている。では卸値はいくらなのか、と。
卸値というものは、その卸値で卸売りしても製造元は利益が出て
いるということだ。例えば1万2,000円で販売されているとしたら、
卸値は6,000円は切っていることだろう。
それが定価販売としては3万円近くの値となっていて、それがまかり
通っていたのが日本の刃物業界の実情だった。
そこに販売価格が2,000円台の中国製ナイフが参入してきたのだ。
日本の刃物界はひとたまりもない。
かといって、今さら販売金額を下げて(利益を確保しつつ利幅を
下げる再設定での卸売り)販売を継続ということはできない。
「やれるならば最初からやれ」とか「もっと下げられるだろう」と仲買
人である問屋、もしくは販売店に叩かれることは確実だからだ。

死に際で息も絶え絶えの国内産業の一つである刃物業界の復活は
私個人も日本人であるのだから望むところではあるが、今まで儲け
過ぎたのではないの?という感もある。
これは日本刀製造に関する関連関係者についても同じことがいえる。
暴利をむさぼる刀剣販売業者が武用刀と銘打って高額販売金額設定
をし、切れ物刀剣を欲しがるユーザーの気持ちにつけこんで、超高額
で刀を販売してきたというのが実態だ。
私はその構造に風穴をドカンと開けたかった。
そして、刀工小林康宏と四半世紀以上前から昵懇であったために、
そうした日本刀界の刀剣販売者の暴利追求構造に一石投じることが
実現できたし、現在もそれを実行中であるのだ。
切れ物日本刀を求める武人たちのために頑丈で切れる日本刀を造り
たいと望んでいて、その実力を現実的に持つ刀鍛冶がまずいて、そして
その作をでき得る限り廉価価格でリリースするという企画の実現が
できているからこそ、今の小林康宏刀の販売実績がある。
おかげさまで大人気で、一端締め切った第二次枠もあふれ、多くの方に
待機していただいている第三次募集枠までそろそろ生産実行計画化を
しないとならない時期に来た。

康宏作武用日本刀の次期製作募集は、別途正式に発表します。
第一期、第二期ともに正式募集する前にパッと50数名の注文を頂いて
生産枠分が数年分埋まってしまったため、第三期は正式募集を公表
したいと考えています。
(第二期までで、登録ベースであと20数口注文済み登録予定があります)

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