渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

表裏の顔 ~日本刀~

2016年02月02日 | 日本刀



表直刃に裏蛙子大乱れ。
これは部分研ぎ化粧直しの前の状態。この後、研ぎ師に部分直しを
お願いして曇りと刃染みを取ったが、そろそろ全体的に本研ぎをかけて
あげたい頃だ。

日本刀は数点以上所持した段階で、研ぎ代というメンテナンス代が
結構負担となってくる。
だが、実際に江戸期には、大小一腰、予備として一腰あったとしても、
そうそう研ぎなどには出さなかったのではなかろうか。
まして、現代のような美術刀剣研ぎは明治以降に確立された「見せる」
技術であるので、江戸期に武士が腰にした刀剣は、現在のような博物館
展示用、鑑賞用に特化された研ぎ状態ではなかったことだろう。

現在の研ぎは、「拭い」を入れる段階で、ほぼすべての研ぎ師が金肌拭い
をしている。
これは酸化鉄を細かくすりつぶして油に混ぜて刀身面を拭う処理だが、
これによりごく薄いガンブルーのような変色処理をする。
そして焼刃の周りを白くこすって演出するのだ。だから刃文は見えにくくなる。
刃文がすっぴん状態で見える旧来の研ぎには「差し込み」という研ぎ方法が
あった。
これは対馬砥の粉を刀身にこすりつけて地を黒くしていく古い方法だが、
刃取りはしないので、拭いっぱなしだと刃は白くなく真っ黒に見える。この
差し込み研ぎは通称「拭い」という。現在は対馬砥による差し込み研ぎが
できる研ぎ師はほとんどいない。ほぼ全員が本阿弥家が明治以降に発明
した金肌拭いをかける。差し込みとは砥石の粉を刀身の肌目にすり込む
ように研いで行くので「差し込み」と呼ばれる。
この差し込み拭いの技法は古くからあったようで、徳川実記に家康が「拭いは
が光るから実用的にはよくない」と言っていた旨の記録がある。
ということは、すでに徳川家康の時代には「観賞用」の研磨技術が確立されて
いたということだ。
日本刀の研磨は、何種類もの砥石を使って荒い砥石目を消す研磨方法で、
これはかなり古い時代から存在した研磨技法であると思われる。
刀剣の研磨は、原初においては研いで切れ味をよくすることと錆を防ぐ目的
だっただろうが、いつからか実用に付随して鑑賞にも応える研ぎとなってきた。
現在でも料理包丁を何時間も鑑賞する人はいないだろうが、日本刀は高度な
研磨技術がある故、長時間の鑑賞にも応え得る美術品にまで昇華している。

貴人による日本刀の鑑賞の様子の絵図が残されているので、武器として発生
した日本刀は、当初より「観て賞玩する」という美術的な面も多くあったと思わ
れる。
ただし、「日本刀の存在意義は観ること見せることが主目的ではない」という
ことは論を俟たない。



相変わらずの刀剣ブームらしい。
刀剣女子なる人々が大挙して博物館に押しかけているそうだ。
しかし、恐竜模型を見に博物館に多くの人が詰めかけても、考古学者や
恐竜研究者になる人はほとんどいない。
また、恐竜研究や遺跡発掘や研究のためになんらかの関わりを持つと
いうことはまずない。
今の一過性の日本刀ブームも全く同じだといえる。
新選組沖田総司を現実を無視して「美男子」として夢想する女子は
今から40数年ほど前に発生したが、アイドル歌手に対するミーハーと
まったく以て同列であり、発作的な一過性の感情に支配された嗜好でしか
なかった。
現実の沖田は、痩せて背が高く色黒でヒラメのような顔をしていた。
しかも短気ですぐに激昂するので道場の者からは恐れられていた。
悪所通いもしたし酒も飲んだ。ただ、子ども好きだったのは事実のようで、
八木家遺族や永倉や他隊士などが書き残した記録では、よく屯所の
近所の童と遊んでいて子どもたちは沖田に懐いていたらしい。


刀剣関係者の一部は、これまでマイナーだった日本刀の世界が一躍脚光を
浴びたからと、はしゃいで浮き足立っているようだが、今の爆発的な刀剣
ブームの要因の支柱をよく見極めてほしいと思う。
ゲームである。ネットゲーム。脳内電脳処理活動なのだ。要するにアキバ
オタの女版の連中が、日本刀を擬人化した「美男子」に夢想する、そうした
女たちの虚構
アイテムとして実在の日本刀が対象となっているのである。
現実にそこにある本物の日本刀そのもの、その刀の歴史や刀工の姿や
作品の作域を見てそれらに思いを馳せるのではない。あくまで
擬人化された
ゲーム美男子キャラのベースは何かと物見遊山で「見物」に出かけているが
ゆえに
、現在博物館美術館等は大入り盛況大繁盛となっているだけのこと
なのだ。
刀剣そのものなど真面目に見ている女などはいない。
これは「ヱヴァンゲリオン展」でも似たような現象があった。ヱヴァ展は長蛇の
列で
ある。
しかし、日本刀をバックにピースして写真を撮ることと、「観に行った」
という
ことが目的であって、日本刀を見学することが目的ではない。

だから、本式日本刀の前も、ゲテモノベベ着せられた日本刀の前もスッと
通り抜けて「ふ~ん」と流し見するだけなのだ。
それを大はしゃぎで万来と喜んでいる刀職もいる。おのれはたわけか。

現在の刀剣展示博物館や美術館に集まる刀剣女子も展示日本刀を見る
のはほんの
数秒という全国共通項も、彼女たちの行動のその背景を知れば
頷ける。

日本刀になど興味はないのだ。日本刀そのものではなく別な物に興味がある。

量ってみよう。
では、今の日本刀ブームで、刀剣女子たちがどれほど真剣日本刀を身銭を
切って購入したか。
どれほど新作日本刀の注文を女性が為したか。どれほど時代物既存日本刀
を女性が現実に購入したか。

刀剣商が一番よく知っているだろう。
虚構のブームなのである。
ブームはやがて去る。
刀剣関係者は、浮き足立って浮かれるのはよしといたほうがいい。
日本刀関係者は、地に足がついた、どっしりとした地道な活動で真の日本刀
愛好家を増やすことに尽力したほうがよい。
日本刀は客寄せパンダではない。

真の日本文化の継承保存として女性日本刀愛好者が増えたか否かを観るならば、
「御守短刀」「嫁入り短刀」の真剣日本刀の受注がどれくらい増えたかをみれば、
ひとつの指標となることだろう。
日本の和式結婚式では、和装で式に臨む場合、形ばかりの刀袋と中身は
ダンボールの型紙で形式的に済ませている。
ところが、男性と違い、女性は唯一日本刀を帯刀して日本の文化的行事に
参加できるという慣習的特権を暗黙のうちに認められているのだ。
男が日本刀を腰にして結婚式に臨むと非難の対象となるが、女性は赦される。
女性は男性に与えられていない特権を持っているのだ。
今後は、形式化して形骸化したカタチばかりではなく、現実的に守り刀、嫁入り
短刀として真剣日本刀がどれほどの需要を得るかによって、真の女性日本刀
愛好者が増えたかが量ることができるだろう。
男がいくら刀が好きで所有しても、所詮は個人趣味の領域を出ない。
だが、女性は特権として大手を振って帯刀できる公式な場が人生に於いて
認容されているのだ。しかもコスプレではなく本物中の本物で、擬似では
ない刀持つ者としての主人公となれる。それに気づいていない女性も多い
のではなかろうか。
公式式典としては宮家の式典の太刀佩き以外は日本男子は刀を帯びる
ことは許されていない。
武術においても、すべて、「伝統再現」のための私的な復元模写だ。
女性だけは和式挙式ではバーチャルではなく本物として帯刀が慣習上
認められている。
それを実行しないのは、男からしたら、なんだかもったいないようにも思える。
短刀ひとつでもいい。短くとも真剣日本刀である。
是非とも、女性たちも本物の日本刀を所有してほしい。




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