渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

すご腕の人、有之(これあり) ~あひる製作所~

2017年07月08日 | 刃物



この方のナイフが好きで、このサイトはよく見ているのだが、
いつ見ても、なんちゅー工作精度なんだろうと溜息が出る。
⇒ あひる製作所

ハンドルはシープボーンのオイルド。








工作精度も非常に高いが、なによりも造形のセンスだ。
こうした感性の部分は、いくら作業性が精密でもどうにも
できない
ものがある。
このあひるさんの作るナイフは、とてもハイセンスで見ていて
ある種の清涼感を感じる。
刀もそうだが、ナイフも、見ていて気持ちがよい作品という
ものは、とても大切。「製品」ではなく「作品」の場合は特に
それが大事だと思う。
ナイフでは意外と少ないが、日本刀の場合、見た瞬間から
「嫌~な感じ」を印象として与える刀というものがある。
ナイフの場合はそういうのはあまりない。逆に言うと、見て
これは素晴らしい!と胸をすくようなナイフというのもあまり
ない。
このあひるさんのナイフは、ラブレスナイフを見た時の感性
に近いものが沸き上がる。
こうした感情がフワッと生まれることはあまりない。
ナイフでいえば、あひるさんのナイフを見た時の感動は、
原幸治さんの昔の作品や松野寛生さんの作品を見た時の
感覚に近い。
でも、あひるさんはフルタイムのプロではないのだから。
そこが凄すぎる。

世の中、恐ろしい人というのはいるものです。
以前、医師で日本刀の刀装具を趣味で作っている方を
紹介しましたが、作る金具はとても素人さんが作った物と
は思えない作品でした。
そこらのプロ以上の作品を造り出す人というのは時々世の
中にいますが、すべてそうした人たちは「才能」に溢れて
いるのだと思います。
一ついえていることは、絵が描けない人は駄目でしょうね、
そういう芸術的創作活動は。
手塚治虫先生が言ってましたが、優れた外科医師はすべて
絵が描けると。なぜならば人体の構造とかスラスラと絵に
できなければならないし、臓器の模写もソラで描けないと
ならない。「絵が描けない医者は駄目ですね」とまでおっしゃ
っていた。
医師とは違うが、ナイフだけでなく造形物を創る作家も絵心が
ないとはじまらないと私は確信している。
絵心というのは、空間把握能力とそれの表現力の高次な融合を
示すものだから。


以前、ビリヤードのキューを作る人を知っていた。どうにも作る
キューが妙な配色と木の組み合わせなので、絵について多少
打診してみたら、まったく絵が描けない、どころか素人以下の
絵を描いた。要するにデッサン等がまるでできない。円筒形
を円筒形と空間把握できないのだ。こりゃあかんわ、と思った。
また、フライフィッシングのバンブーロッド(貼りあわせの竹竿)
を作る人を知っていた。どうにも作るロッドが妙なことになって
いるので、同じように絵について多少打診してみた。
やはりまったく絵が描けない人だった。
思うにですね、本業のプロではない趣味でやっていることだ
からよいといえばよいのですけどね。(でも、人からかなりのお金
取って製作するのだからいわばプロでもある)
やっぱし、絵が描けない人は、造形物の創作活動はしないほうが
いいと思います。趣味の世界ならば別ですが、人からお金取る
ようなプロとしては。
人様からお金を頂くというのは、それなりのことが出来ていないと
ならない訳でして。
寿司屋に行って、家庭で作るファミリー寿司パーティー以下の
握り寿司が出てきたら、「これはない」とか思うでしょう?
それ。

私は18歳の時、おない歳(学年は一つ上)の中沢けいが『海を
感じる時』で賞を取った際の作品を読んで、小説家になることを
諦めた。自身の才能についての自覚を初めて得た瞬間だった。

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