渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

通常位置とファーストドロウと乗馬位置

2017年06月20日 | トイ



まあ、日本刀でも、通常差しと登城の際の刀の差し方と殿中の時と
乗馬時とではそれぞれ差し方が異なることがあるように、西部開拓
時代のウエスタンリグにおいても、いろいろな位置取りがある。

ジョンウェインは非常に拳銃の早撃ちやガンプレーも巧みな俳優
だったのだが、身長が2メートル近くある役者が小さいコルトを使う
のはチンチクリンに見えるとのことで、演出上ウィンチェスターライ
フルを使うシーンが多くなり、ジョン・ウェインといえばライフル、と
いうようなイメージが出来上がった。
しかも彼が使うSAAはほとんど4.75インチ短銃身のシビリアン・
モデルであるので、なおさら銃が小さく見えてしまう。

彼のコルトSAAのホルスターはテキサスレンジャータイプなのだが、
彼は彼らしい着用法で着こなしている。
ホルスターは乗馬の際に邪魔にならない尻側に持って行き、そして
ドロウしやすいようにホルスターを前に傾けてグリップを垂直より
前に倒す彼なりのスタイルを確立させたのだった。

『拳銃無宿』(1947)より








博物館に残っているジョン・ウェイン本人のリグ。


これは別タイプのリグだが、ホルスターの位置決めは同じ。


このジョン・ウエインの方法は、早撃ちの抜き撃ちドロウには適して
いないが、実に合理的な位置決めであり、
現代でもアウトドアシース
ナイフのベルトへの下げ方などはこの位置
が推奨提唱されたりして
いる。しゃがんでも屈んでも邪魔にならず、極めて合理的な位置に
ホルスターがくるので、これはこれで使い勝手がよい。
映画『シェーン』でのアラン・ラッドもジョン・ウェイン系の位置取りと
同角度にしている。(グリップ尻が前に傾斜)


こういうオリジナル性というのはかなり大切で、人それぞれの個性で
本人が一番使いやすい位置に取ればよい。日本刀のような厳しい
決まり事や掟なども無い。
私の場合はナイフでも刀のようにクロスドロウのポジションに吊るのが
私のオリ
ジナルの方法で、私がアウトドアでナイフを右腰に吊ることは
殆どない。


この大小2丁左腰帯び方式は、私のオリジナル方法である。


実銃のSAA拳銃は日本国内では特殊な例を除いて一般的には所持
できない。
当然、拳銃はトイガンだけの世界となる(パーカッションの古式銃
は登録済みの実銃は所持してもかまわない。ただし戊辰戦争以前に
日本に輸入された拳銃に限る)。
ただ、パーカッション式古式銃であっても火縄銃であっても、実弾射撃
が可能であるのだが、火縄銃の実弾射撃にはそれなりの手続きと許可
が必要であり、パーカッション式の場合は全面的に射撃は禁止だ。
南北戦争でも使用された銃であるので、カートリッヂ式現代銃と同等の
威力を持つ古式銃であるので、美術品扱いであろうとも「実銃」と認識
すべきであるし、実際に射撃・殺傷能力を有する実銃拳銃が古式銃では
誰でも所持できる扱いとなっているのだ。
ただし、アメリカ国内での実銃射撃でも日本国内の散弾銃やライフル
射撃やトイガンでの発火でも、いずれも「趣味の世界」のことであるには
かわりはない。
トイガンSAAのドロウにおいても、ガンベルト=リグのホルスター位置
などには各人でこだわりがある。

私の場合、ジョン・ウエインとはまるで逆で、通常位置でもかなり前の
ほうにホルスターを持って行く。






さらに、ファーストドロウ専用リグではなく、このリグを使ってクイック
ドロウショットをする場合は、さらにホルスターを前に持って行く。
(パンツのベルトループの位置の違いで上掲画像との位置取りの
差異に気付くだろう)



私の位置取りは、シェーンではなく、悪役のジャック・パランス系だ。


悪そうだね~。いかにもというところがアメリカ的ステレオ表現。


そしてドロウショット!




これで暮らしが楽になるわけではないんですけどね(笑
いや、それは居合も武術もまったく同じことでして。
人々の生活にはまったく関係のない意味のないことでして。
これやったからと、地球上の戦争が無くなる訳ではない。
いくら居合や武術が上手くなっても、ちっとも偉くも無ければ、儲かる
わけでも生活が楽になって子どもに沢山ご飯を食べさせられたり、
一等地にマンションをポンポン買ったりヨットやクルーザーが買える
訳でもない。子どもに望む教育を受けさせてやれる訳でもない。
完全に単なる個人的な趣味の世界の事柄なので、趣味の世界で
金儲けをしようとしている専業家でないかぎりは、こうした技術が
巧みになっても何の得にもならない。
でも、内務・警察・防衛・自治官僚、政治家で警察庁長官でもあり、
確実に日本の支配階級の一員だった後藤田正晴が言ったような
「有用性がないので無くす」ということで人間の人生は構成されて
ないんだよね。日本もアメリカも、どこでも。
損得とは別な次元のことが人には必要なわけ。
後藤田だって映画を観たり小説を読んだりしたことくらあるだろうに。
ただ、必要だけど必要性が無いことでもある。どこに価値観を見出す
かなんだよ。街路樹と同じで。町に街路樹や緑が一切なくとも交通
には支障はないが、そこで時間を費やす人間という生物には支障が
出たりする。

ただし、趣味の世界はあくまで趣味の世界の域は絶対に出ない。
そこを理解していなくて勘違いすると、古流武術をやっていることが
なんだか人より偉いことなのだとか勘違いして偉そうにする、人として
最底辺の人格が出来上がる訳でして。多いよぉ~、そういう鼻もちなら
ないトンチキが。
武術界というのは人格的底辺以下の人間がもごもごうごめいて何か
意味不明なことを喚いている世界なので、本当に気持ち悪い。
タン壺の底を見たら、そこで汚い害虫がごそごそ動いている感じ。
感じ、というのではなく、まさにそれそのもの。
これはガチの鉄板なので、心が晴れやかでクリーンな人たちは、
自称古流武術などという詐欺には引っかからないように気を付けて
ほしいと願うばかりです。
どうせ単なる趣味なのだから。
居合や剣術や古流武術をやっていても、ちっとも偉くもなんともないの
だから。
勘違いしちゃいけないよ。
勘違いした瞬間から人として人の道を踏み外すよ。ご注意あれ。

捏造流派は流派として武術史の中でひどいの極みなのだが、それを
推進している詐欺師のような連中は人間としても最低の下の底辺以下
の人格だったりするので、これはかなり始末悪い。超絶粘着だしね。
昔『バイト君』という漫画の中で、地底人の下に最低人というのがいた
のがあったが、最低人よりも下がいるというのは私は知らなかった。
だけど世の中そういうカス以下のがいるのだから、気持ち悪いもんだよ、
本当に。
せめて、興味持った初心者が悪徳嘘つき捏造集金集団に引っかからない
ようにと願うばかり。
だが、自ら望んでカス以下になりたい人のことは知らない。勝手にどうぞ、と。
嘘つきまくる人生なんて何の価値があろうか、と(逆説ロジックで苦笑)。
それに価値を見出しているなんてのは、ちょっとねぇ・・・。
まあ、端的に言うと、人様のところの紋章を盗用したり一から十まで虚偽
贋物を本物と主張して人をして欺罔せしめて集客集金を為す行為は、
公序良俗には明らかに反する。てか、犯罪でしょうに、それは。
犯罪者に犯罪の自覚がないのが一番始末悪い。オウムがそうだったように。

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