渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

撞球会

2017年04月21日 | スポーツ・武道など



4年ぶりに撞球会のリーダーとプレー。
撞球会は解散していません。
クラブハウスを2010年に閉じたので、会としての活動を停止して
いるだけ。会自体は解散ではなく、活動停止という状態です。つまり、
安田砦の時計台放送みたいなもの(笑

リーダーは4年ぶりなのによく入れます。
殆ど腕は落ちていない。
ただ、時たま穴ガコしたりはしてました。

外して、


ガックシきたり。


でも、まじもんでよう入れる。あたしゃサッパリどした(・ω・)
力が抜けて凄くしなやかで、かつしっかりと「撞いて」いる理想的な
撞き方をします。エフレン・
レイアスのような感じのキューさばき。
こういう撞き方はお手本になるような動作ですが、なかなか出来る事
ではありません。久々に熟視しましたが、特に手の内がとても柔らかく、
ある一つの域に達した人の手の内であることが見て取れます。
彼との出会いは2004年春で、来年は私と彼が出会った時の私の年齢に
彼がなります。時の流れは早い。
彼が私に持つプレーキューのイメージはTADなのだとのことです。
TADしか使っていなかった時期を共に過ごしたのでそうなのかも
知れません。
こういうのはバイクなどにもあります。私は断然ヤマハ乗りなのですが、
スズキガンマの時代も数年あり、その時期を共に過ごした仲間は
「やっぱり渓流さんといえばガンマですよお〜」と言います。ホントは
あたしはRZの人間なんすけどね(笑





やっぱうまいすね。
別名ミスター・ケディックという名もある
ようです。ファーストネーム
はズ(以下コード規制で割愛)。
つか、最近どんどん若返ってるよ、リーダー。なんか、スカラーシップ
の学生さんみたい。もうすぐ40代半ばの中年には見えんす。
え〜と。一応、青年というのは34歳位までで、それ以降は世の中では
中年らしいす。つまりおっさんですな。
50代になると壮年、65過ぎるともう老齢者らしい。法律的な適用事も(笑)

ミスターのキューはこれ。ガス・ザンボッティ!(のようなポール・モッティ)
まさに名前もピッタシという偶然。






カッケー!

て、会のリーダーだからということではなく、個人的に親友なんで私が
10年ほど前に持ちキューを進呈したアメリカン・カスタムなんですが。
今だと60万円程でしょうか。てか、作者が引退したから売ってない。
4剣の剣先の加工精度と象牙の逆Zインレイの精密さは図抜けてい
ます。使われている黒檀も真っ黒ないわゆるマグロで、今ではもうなか
なか手に入らない。
ハギの精度については、国産のプロダクトも含めたキューメーカーさん
とは正直言って雲泥の差がある。これは事実なので現実を受け止めざる
を得ない。目の前でこんな出来の作を目の当たりにしたら、唸るしか
ない、という感じです。ホントにポールは緻密で上手。
アメリカンカスタムでも、リチャード・ブラックなどの雑なハギとは
異なり、本家ザンボッテイと並ぶ全米トップクラスの加工精度をポール・
モッティは持ってたと断言できます。
カスタムキューの国内最大ディーラーのラッキー・菱沼さんもポールの
ことは絶賛してたなあ。
ただ、繊細な人で神経質な面もあると紹介されていたが、今はその記述
は削除されている。本人と何度も会って接した者しか知りえない貴重な
生の声ではあるのだけど、もう引退したので記述を割愛したのでしょう。

モッティ・キューの特徴は、「使えるカスタム」であること。
見た目だけ美しくて性能が伴わないのでプレーには使えないカスタム
キューというのは実はかなり多いのです。
モッティは違う。ランボウやバラブシュカやザンボッティのように
プレーにおいて最大級の本質を出そうとしてそれが実現できている
キューなんです。
日本刀で言ったら虎徹や山浦真雄(まさお)、現代ならば小林康宏の
ようなもの。つまり、キューとしての実力が備わっているのが当たり前
のことであるという作品です。
こうした高い実用性を備えるカスタムキューは実はかなり少ない。
ハイテクシャフトの登場により、キューの均質化が進んで、使えない
キューというものは無くなりましたが、オリジナルシャフトが主流の
時代には、確実に見かけ倒しのカスタムキューというものがとても
多かったのです。
近代技術で製作された貼り合わせ中空複合構造のハイテクシャフトが
如何に革命的か、ということがよく分かります。
ハイテクシャフトはあらゆる面でオリジナルソリッドシャフトを超えて
いますが、個性の無さというものまで得てしまいました。金太郎飴の
ような特徴になってしまったという。
しかし、ソリッドシャフトは「当たり」を引かない限り能力に限界が
ありますが、「当たり」に育てたシャフトはハイテクをも凌駕するのは
事実で、これを好む上級者も多くいます。
さらには、ハイテクシャフトとオリジナルソリッドの両方を持っていて、
両方楽しんでいるプレーヤーもいる。私などはそれね。個人的に好きな
ハイテクシャフトは初代314シャフトで、今は新品が手に入らないのが
とても残念です。

ハイテクシャフトには寿命がある、などとまことしやかに噂されてます
が、本当でしょうか。
私は、ハイテクシャフトといえども、自然素材の木材を使っている
限り、寿命はないと思います。オリジナルソリッドシャフトは30年前
のシャフトでも何の問題もなく使えますし、性能劣化はありません。
こういうところも日本刀と同じ。500年前の日本刀だから刀として機能
がないかというと、絶対にそれはない、という。
私はハイテクシャフトの寿命説の発信源はメーカーだと思っています。
どんどん新製品を矢継ぎ早に発表して消費させるのがハイテクシャフト
の市場戦略ですので、それのステマ作戦で生産者とそれの広告塔と
援護者が仕組んだキャンペーンだと読んでいます。
実際には17年前の撞き込んだ314シャフトでも何の問題もないし、性能
劣化は起きていません。

私個人はハイテクシャフトでは初代314が一番好きですが、ドンとした
人気ラインは期限を切って販売するからこそ次世代製品への購買欲が
担保されるので、生産者は同一モデルの継続生産販売はしないのです。
これは車とまったく同じ製造販売の市場戦略構造と同じです。
自動車でも、ミニやフィアット500のように同一モデルを長年製造販売
するのは極めて稀で、ベンツでさえ機種変更を繰り返してきています。
日本車などは数年ごと、バイクなどは1980年代には毎年新製品が
登場していました。
ビリヤードのハイテクシャフトというものは、こうした自動車の世界と
同じ産業構造にビリヤードアイテムを投げ入れたものであることは、
産業的な側面から見たら確実にそうであるといえます。

ところが、相手は木材という自然素材ですから、当たりのオリジナル
ソリッドシャフトはかなりの質性を備えています。ただ、それに当たる
確率が極度に低い。
その確率の低さを補うという面も持っているのがハイテクシャフトの
マクロ的な立ち位置といえます。
矢継ぎ早に良質製品を廃番にして新製品を売り込み続けるというメーカー
の姿勢を抜きにすれば、ハイテクシャフトそのものはとても優れた物
であることは否定できません。
ただ、ベンツでも500Eを好んで敢えて乗るファンがいるように、シャフト
についても、厳選されたカスタムキューのシャフトを好む人も多くいる
ことは確かです。オリジナルソリッドシャフトとハイテクシャフトを
単純比較してどちらが優れているかということは決して論じられる
事ではありません。どちらも柑橘類の果物ですが、レモンとミカンを
比較するようなものですので。
両者の選択肢の理由は絶対に一つ。好みです。それしかありません。

優れた特性を多く持つハイテクシャフトの最大の欠点は、登場当時、
供給性に継続した担保があるかと思われたところ、実は産業市場原理に
生産者が乗ったが故にその担保は破棄された、ということです。
つまり、良品が永続的に生産されず、次から次に新製品を出して他社との
差別化を図らざるを得ないと
いう商品構造にハイテクシャフトが置かれるように変質したということ。
これは、ハイテクシャフト自体には罪はない。良質な物も捨てられて
次の新製品に消費者をして手を出さしめるような仕掛けの中に優れた
ハイテクシャフト製品が置かれてしまっているというのが最大の欠点
です。

何故欠点かというと、「欲しいものが手に入らない」「手に入れさせ
ないで、生産者の意図する製品を自在に買わせる」という生産者支配の
商品原理が貫徹されているからです。
消費者は自由に製品を選んでいるかのように見えますが、実は生産者に
選択肢を支配されています。そこに選択の自由は保障されていないのです。
それがハイテクシャフトの最大の欠点。
オリジナルソリッドシャフトでは、そうした一部の者の支配的強制力は
一切存在しません。それがオリジナルソリッドシャフトの最大の魅力でも
あります。
性能自体の両者の単純比較はできません。これは前述の通りレモンと
ミカンだからです。

私個人は、人が人を支配するのではなく、人を支配するのは法と律だ
思っています。
故に物品購入の選択肢においても、見えない商業的な商品経済の構造
支配に規定されて真の自由を奪われるのを拒否するので、ハイテク
シャフトではなくオリジナルソリッドシャフトを敢えて選択している、
という精神的対処の面が強くあります。
端的に言うと、メーカーの商業主義的な販売戦略に乗せられてホイホイ
と新製品を買わせ続けさせられるのは拒否するよ、ということです。
アコースティックギターなどの世界はそれはないですね。
マーティンにしてもギブソンやギルドにしても、定番のスタンダードの
機種をラインナップしていて、流行追いをさせる新製品などを主軸には
置かずにきっちり本業勝負している。
私はそういうのが好きなんです。
寿司屋で売らんがなでラーメン置いたりサイドメニュー増やしたりという
のは好きになれないどころか否定するのよね。

ビリヤードの世界では今世紀初頭にハイテクシャフトが普及してから、
ゴルフ用品や釣り用品のような巨大市場を見込んだ商業主義、利益
第一主義が根を下ろしてしまい、完全にビリヤード界は変質しました。
まあ、シャフトに関しては、買う側も選ぶならば自由という、ぬるま湯
ではない危険な世界を選びたい、というのが私の中にあるのですが。
周囲に流されない自由というものは怖いんですよ。
バイクと同じで、止まって足を放すと倒れちゃうの。しかし、走り出すと
己が立つという。
それが自由。
最近、ここ10年程前からの産業界の「売り」は「安心・安全」と
「エコ」らしいのですが、それは商業主義的に儲かるから仕掛けられ
ているキャンペーンなのですけどね。
つまり、本質は流行り物である、ということです。

最近、ホンダが未来バイクとしてスタンドを使わなくとも倒れない二輪、
呼んだら二輪で立ってついてくるオートバイという車を開発したけど、
俺はそんなロボットには乗りたくない。
フリーダムには自己責任の危険が付き物、怪我と弁当自分持ち、ての
が当たり前だと思ってる20世紀人間だから、俺。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« オンリーワン | トップ | 春キャベツ »

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL