渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

オンリーワン

2017年04月20日 | 文学・歴史・文化


地球上に存在するすべてのキューの中で私が一番好きな
キューのコンセプトはこれ。

これはバリー・ザンボッティのキューなのだが、ブランズ
ウイックのタイトリストというキューを改造してバラブシュカ
のタイプにしている。


いわゆるハウスキューのようなシバキュー(しばき倒すキュー)
をカスタムしたもので、コンバージョンと呼ばれている。
雷管式(パーカッション)の南北戦争時代のリボルバーを
カートリッヂ式の新方式にコンバージョンすることを米国人
の多くが行なった歴史があるが、アメリカ人はコンビにする
改造がかなり好きだ。
だが、戦後におけるこのタイトリストの改造から現在の
二本ツナギのカスタムキューの歴史が始まった。
バラブシュカも、ガス・ザンボッティもTADコハラも、この
ブランズウィック社の普及版キューのハギのみ使ってキューを
作るところからキュー・ビルダーの仕事をスタートさせている。


ブランズウィック社のタイトリストとは、1900年頃から開発
されて1930年代には一般的に普及していた、ワンピースの
キューで、ビリヤード場に備えつけられたハウスキューなど
にも使用された。
曲がり防止のために本ハギ構造が導入され、化粧のために色付
べニアがハギに組み込まれた。
ワンピース一本物なので、持ち運びが非常に面倒だった。


それを二分割に改造するコンバージョン化が戦時中から
始まり、戦後には完全に「個人的職人カスタム」として
定着した。
それでも、映画『ハスラー』の頃の1960年代にはまだ
一般的に普及はしておらず、ウィリー・ホッペやハーマン・
ランボウなどがビルドする二分割キューは完全なるカスタム・
メイドとして高級キューに属した。
しかし、撞球場を渡り歩く撞球師にとっては、二分割キュー
は必須アイテムだったのである。
そのため、綺麗なハギが標準で入ったブランズウィック社
のタイトリストキューが改造ベースモデルとして多用され
たのである。
これを3乃至4の円柱パーツに分け、それを合体させた物が
コンバージョンキューとして登場した。
バットエンドにはデュポン社が構造軸受材としてリリース
しはじめた新素材デルリン®を使用するのが定番だった。
ただし、デルリン®は接着が利かないので、ボルトでとめる
方式が考案され、そのボルトは重量調整用も兼ねるという
一石二鳥の狙いが定められたのであった。

撞球者でブランズウィックタイトリストを知らない人はいない
とは思うが、一応一般の人向けにもこのような解説のさわり
だけ書いておく。

このジョイント構造のパイロッテッドジョイントを完成させ
たのはロシア移民のジョージ・バラブシュカだった。
金属ネジで締めるだけではなく、シャフトのネジ外周デコポン
凸部がバットジョイントカラー内壁に密着するという二重の
締め付け構造であり、何よりもキューの一体化、ワンピース
時代の撞き味の復元を得ようとして工夫された構造だった。
この結合方法は、現在でもキューの結合法として採用されて
いる。


タイトリストコンバージョンは、そのコンセプト自体に
私は凄く惹かれる。

ベースとなったタイトリストは決して銘木をふんだんに
使った高級キューではない。たまにローズウッドもあったが、
当時はそれほど高級銘木ではなかったし、主としては軍用銃
の銃床などに使われる
普及廉価木材のナトーを使用していた。
しかし、それがカスタム・ビルダーの手にかかってリビルド
されると、仕様はまさに高級カスタムとなる。
偏心が加工により除去されて芯がきちっと出され、更には
完全にハギ部分のみがブランクとして使用されるのだ。
金額ではない。戦闘能力において高級カスタムとなる。
(金額もとんでもなく高くはなるが、高いから高級なの
ではなく、高度な戦闘力を持つから高級であるのだ)

そういうまとめの方向性に私は魅力を感じるのである。
日本刀の作る方向性に少し似ている気がする。
日本刀本体というよりも、いろいろ金具を選んで外装を
作るいわゆる「作り」という拵ね。日本刀の拵を構想して
それを実行するのなどは、まさにコンバージョンモデル
の製作そのものだ。吊るしの背広ではない、合わせ着の
洗練されたセンスが試される楽しくもタフなアクション
である。


ベスト・オブ・ベスト。ブランズウィック・タイトリスト・
コンバージョン。ザンボッティ作なので高すぎてとても
買えないけれど(笑



米国ブランズウイック社は1845年創業の合衆国イリノイ州
シカゴ郊外にある老舗メーカーで、家具調度品やボウリング
やビリヤードの用品を製造する企業である。
バーカウンターなどはブランズウィック社が世界をリード
してきた。

西部ではまだ西部劇のようにドンパチやっていた西部開拓の
時代に大都会シカゴではこれなんだから、都会と西部の田舎
の格差たるや物凄いものがあったと思う。それは当然、当時の
東京と地方の辺境の地の差以上にあったと思う。
1888年の西部開拓時代に、シカゴではこのビル群だ。

(1888年、シカゴのブランズウイック社のファクトリー)

ワイルド・ウエストと呼ばれた西部ではこういう状態。


やっとこさ街ができてきてもこんな感じ。




それがですよ。数十年でこんなになっちゃうのだから、アメリカ
人の開拓魂というか根性ってすごいものがあると思うよ。
(カリフォルニア州サクラメント)


(西部開拓時代のサクラメント)





たぶんこれ↓は、これ↑と同じ位置から100年後ほどに撮影。


ニューヨークの高層ビルのエンパイアステイトビルなんて
完成が1931年だからね。日本の昭和だと昭和6年。日本
なんてのはせいぜい浅草十二階くらいだったが、地震で
簡単に崩壊した。


西部開拓のフロントラインの消滅は1890年とされている。
1890年を以って、野蛮な西部劇の時代は一応幕を閉じるのだ。
だが、西部劇の時代からアメリカ人はポケット・ビリヤードを
愛好していた。当時の球は焼き物でできていた。
非常に割れやすかったため、懸賞金をかけて新素材の開発を
よびかけた。
そこでビリヤードボールのために生まれたのが、史上発の
プラスティックだった。これは人類史に光をもたらした。
さらにブランズウィック社は、木製ボールだったボウリングの
ボールに高圧ゴム製のボールを採用し、これも人類史的に産業
界に大きな影響を与えた。

人類が初めて手にしたプラスティックが誕生したのは、それは
ビリヤードのボールのためであったことはほとんど知られて
いない。

このバーカウンターは、ブランズウィック製かも。


まあ、アメリカの国土もでっかいけど、アメリカ人はやることが
ドカンとでかいよな。こせこせしていないところは良い。
国土もまだまだ美しいしね。


そして、アメリカン・プール・キューの良品は、やっぱり
アメリカ製なのかというと、答えはイエスだ。
ただ、日本の職人さんも負けてはいない。
大昔、日本人プレーヤーが渡米して、アメリカで良いキュー
を見つけて持ち帰り、日本のアダムに「これと同じキューを
作ってくれないか」と持ちかけたら、それは実は日本のアダム
製だったという落語のような実話がある。
1970年代当時のアダムは米国への輸出専門メーカーであり、
二本国内で広く販売されるようになったのは1986年頃からで
ある。社名も86年当時は設立当初のまま「アダムカスタムキュー
ジャパン」だった。社長にはゴルフクラブのトップブランドで
ある「キャラウェイ」の元副社長のリチャード・ヘルムステッ
ターが就任していた。
1986年に「有限会社アダム」と社名変更して国内販売に乗り
出して数々の名品を世に送り出し、1999年に社名を「株式会社
アダムジャパン」と変更して現在に至っている。
アダムのキューはファクトリー・メイドの量産ラインであっても
「カスタム」だったのである。最初「え?」とか思ったけどね(笑
厳密な意味ではカスタムではないけれども、社名でカスタムキュー
と謳っているので、カスタム(^^;

本当のカスタムとは、タイトリスト・コンバージョンのような
改造物のことを指す。
コンバージョン自体はアメリカ人は本当に好きだった。
これは雷管式を薬きょう式に改造したコンバージョンリボルバー。






コルトSAAは「西部を征服した銃」などと呼ばれていたが、
実は圧倒的大多数の開拓民たちは、旧式の雷管式リボルバー
をカートリッジ式に改造して1890年代まで使用していたと
いう合衆国の歴史の実像がある。

この当時最新型のコルト・シングル・アクションはよほど
金周りが良い者でなければ買えなかった。


ゆえに、コンバージョンで中継ぎ的に急場をしのいでいた
のが西部開拓時代の拳銃事情だった。
実際の使用法としては、拳銃を携帯していたのはガラガラ
ヘビを撃ったりの護身用であって、対人用に武装していた
訳ではなかった。実際にはそれほど撃ち合いが頻繁にあった
訳ではない。それは日本の時代劇の嘘と同じである。
桃太郎侍などは、一度計算した事があるが、年間2,000人程
の人間を斬り殺しているからね(笑

アメリカ人はコンバージョンが好き。
そして、日本のなんてったってアイドルは赤いコンバーチブル
から飛び下りてくる。


小泉今日子さんのアイドル時代を知らない今の若い人が、
昔の動画を動画サイトか何かで見て「あまちゃんのお母
さんて可愛かったんだ」とか言うのをどこかで見た。
何を言ってるのか。
なんてったってアイドルだったんだど。
自分のほんの目の前の今しか見えない視野狭窄ではなく、
頼むから広く目を開いて、人の世の歴史を知ってくれ。

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