渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

相州伝

2017年08月09日 | 日本刀


相州伝の一口。



好みが分かれるところで、相州伝というのは、私個人はあまり好きではない。
備前伝と山城伝の融合から鎌倉時代に現在の神奈川県鎌倉で生まれた
工法が日本刀の相州伝だ。
それまでの初期貼り合せ構造から鋼の硬軟の
練り合せ工法というところは
大いに首肯できるが(たぶん玉潰しからそのまま鍛え上げるという、材料
作り置きの組み合わせ量産工法ではない手間のかかる無垢工法)、錵(にえ)
づく金属学的には軟ら
かい地鉄なのに見た目は仰々しい、いわゆる業界
用語でいうところの「強い」
地鉄となる。
この「強い」という表現が曲者で、日本刀のことを良く知らない人は、この
「強い⇔
弱い」が刀身の強度のことだとか思い込んだりしていることが多い。
一度目の前で私は見た。
Aさん「あの刀は地が弱かったでしょう?」
Bさん「いやあ、そんなことないよ。太い竹切ってもびくともしなかった」
Aさん「・・・・・。」
私は黙っていたが、ああ、これがよく刀剣界で発生するといわれる行き違い
かぁ、とその時理解した。
ひどいのになると沸(にえ。錵のこと)を「わく」と
読み、匂いを「臭い」と書い
たりする人もいた。日本刀は玉子やスルメじゃないのだからボイルやスメル
のこと言ったりしないんだよね
。分かってないよなぁ・・・。
でも、そういうことってある。

しかし、世の中で日本刀に関して一番勘違いで多いのが、研ぎ師がこすって
刀身に描いている白い部分が焼刃であり刃文であると思っていることでは
なかろうか。
そのように勘違いしている人は非常に多い。
刀剣を扱う居合道剣士でさえそのように誤解している人の数たるやすごい
ものがあると思われる。日本刀の本当の焼き刃がどこであり、焼き刃の頭が
刃文と呼ばれる部位であることを理解していないのである。
もっとひどいのになると、白くこすった全域を「ハモン」などと言ったりして
いる。刃文というのは焼き頭のことであり、地と刃の堺の刃の部分のことだ。
だから、そのように刀が見えないと、焼刃と地の堺が判りづらい相州伝の
刃文などは全く皆目見えないことになる。
行きつくところは、研ぎ師が白くこすった部分を刃文だと思い込んだりする
ことになる。
相州伝だけではないが、日本刀の焼き刃の状態、特に焼刃の頭=刃文
の状態は、刀身を斜めにして光に反射させてみないと視認ができない。
真横からの写真だけではなかなか刃文などは見えやしない。
実際に今回アップした相州伝系の作の刃文も、フクラから先は光線の
関係で多少見えるが、それよりハバキ元にかけては一切刃文は画像
では確認できない。
ところが、この白く研ぎ師が描いた部分を刃文であるかと勘違いする
人が多いのである。
もうすこし、日本刀に心を寄せれば、何がどうであるのか知ることが
できるのであるが・・・。
折角の真剣日本刀が目の前にあって、それを見ようとしないのは、私
などからすると、とてももったいないことのように思える。

相州伝は相州伝の良さがあり、それは大いに分かる。私自身も別段相州伝
を嫌ってはいない。
技法も素晴らしいと思う。
また、相州伝は作者のキャラクタというか刀工の顔がよく見えてくるところが
面白いと思っている。貞宗
よりも五郎入道正宗のほうがきっと性格もきつ
かったのではないかなぁ、
とかそうした躍動感のようなものが感じさせられる。
新刀相州伝系では虎徹などは気性が激しいながら存外神経質だっただろう、
とか清麿は豪放だっただろうとかいうことが作品を通じて見えてくる。
否、見えやすいのが相州伝系なのではと個人的には感じている。
相州伝系に多く見られる、ともすれば外連味とさえ思われがちな刀身上の
働き(はたらき=業界用語で鋼の熱変化による表出現象のこと)をこれまた
業界用語ではそれを
「覇気」と呼んでいる。
一時期、かなり昔だが、戦後新作日本刀コンクールでは「覇気」ある作風が
大人気となり上位を占めた時期があった。
だが、それの傾向に警鐘を鳴らす研ぎ師の先生方も何人かいらした。
曰く「最近の入選作現代刀はどれを見ても拵を装着することを一切考慮し
ないで日本刀を作っている。そんな刀を誰が帯びるというのだ。人間不在
の刀造りは意味をなさない」と。
私はその研ぎ師の先生の言葉に感銘を受けた。まだ10代の頃だった。
芸術作品大いに結構だが、日本刀は刀剣である。刀身をキャンバスに
みたてた鋼の焼き物造形物ではない。絵画のような独立した芸術作品と
してではなく、人の生死に深く関与した武器としての歴史性が大前提と
してあり、その中に武士の死生観にも似た精神性が物理現象として具現
されているところが日本刀の透徹性であり芸術性であり美しさである。
日本刀の錵や匂いは、なにも最初から美しさを出すために作出された
物ではなく、武器としての強靭性を先人たちが希求してきた長い歴史の
中で、偶然に神からの授かり物として発現した現象だ。だからこそ透き通る
純粋な美しさがある。外連味や計算ずくや打算といった汚れた邪(よこしま)
な人間の心からは決して生まれない透徹した美がそこにある。
そうした木火土金水の織り成す小宇宙としての具象物が日本刀であり、
「人間の完全制御できないエリアを持つ物」という創造時の性質上、日本刀
には初めから神秘性も含有されているのである。神と人間を繋ぐ物が
日本刀であるといっても過言ではない。
そして、日本刀は日本の国家や国民という人と人の集合体と密接不可分
なところを抜きにしては存在できないのである。個人的な勝手な芸術的
探究心などを補完するために日本刀の一千年の歴史があったのでは
決してないのである。
しかし、製作者自身、その一番重要な「日本刀の根源」について、認識不足
の人がとても多く見受けられるのは、非常に残念だ。

私自身は伝法五箇伝でいうならば、個人的に一番好きな伝法は山城伝
である。

これは個人的な好みというものであるので致し方ない。
私の中で山城伝は他の伝法とは「別存在」のような動かし難い印象がある。

それでも、刀はどんな刀でも、真面目な作は好きである。
刀も人も差別することに意味も意義も大義も私は見いだせない。
どんな刀も刀は刀である。
私は刀が好きである。
クレメンタインのように。

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