渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

小林康宏日本刀鍛練所合宿 1日目 ~その3~ 試斬

2017年05月04日 | 火と土と水、そして鋼

1日目メニューのうち、皆さんご期待のメニュー。

<康宏刀での試斬>

畳表切り。
巻き藁ではありません。藁を巻いた物ではなくイグサ巻きを
切ります。巻き藁を切っている人は、入手困難につき、現在は
殆どいません。
また、畳表のイグサ巻きを切ることを「巻き藁切り」などという
のは明らかな誤りです。畳表巻きは畳表巻き。あくまでイグサ
の御座巻きであり、藁などは巻いていません。御座という畳
の表面に敷き張る高級マットのことを畳表、もしくは丁寧語で
茣蓙=ござといいます。当然語源は貴人が座る位置の御座
からきています。
畳表を藁と呼ぶ誤った日本語を使うのはやめましょう。
日本文化を声高に叫ぶ自称武術家に限って、いつまで経っても
畳表巻きのことを「巻き藁」と呼んだりしています。
どうか、おやめいただきたい。
日本刀は刀であるが青竜刀ではないように、畳表はイグサで
作られた畳の表であり藁ではありません。
きちんと区別して、正確な日本語で呼んでもらいたいと思います。
畳表切りを巻き藁切りの代用として世界で初めて考案したのは、
昭和40年代の小林康宏関係者であり、その実用新案(登録は
していない)が世界のスタンダードとなり、まさに歴史を創りました。
しかし、畳表は畳表であり、巻き藁ではないので、嘘の名称では
呼ばないでもらいたいと思います。
日本文化の伝統、歴史の継承、日本武術を何とやらと言うので
あれば、日本語は正しく言ってください。

私は武術家(自称・他称)問わず、畳表巻きを巻き藁などと呼んで
いる人間を一切、微塵たりとも信用しません。あくまで武術家では。
日本固有の畳について、不明瞭な見識で日本文化をないがしろに
しているという点が
第一。
そして、正確な日本語を使用することについての自覚がない、と
いうことが第二。母国語に対していい加減である、ということです。
従って、畳表巻のことを巻き藁・マキワラなどと呼んでいる武術界の
人間は、
すべて伝統や武術の文化や日本の歴史をカタるパチもんの
イカサマ
連中であると私は断定しています。
そういう捏造嘘人間たちは一切信用しません。イグサを原料とした
日本固有の畳の構成パーツである畳表を巻いたのであるのならば、
巻きイグサもしくは畳表(この場合は巻くを入れなくとも通じる)と
正確な日本語で呼ぶべきです。
しつこいようですが、畳表のことをワラと呼ぶ武術語りの人間は、
すべて贋物の
自称武術家であること確定です。日本の伝統文化
の体現者では
ありません。むしろ逆。日本語、日本文化の破壊者
です。

この私の提言は刀工康宏も私の居合の師匠も関係ありません。
私が言っていることです。
しかし、真理であるとわたくしは確信しています。
畳の歴史を大切に思えよなぁ・・・、日本を大事にしろよなぁ・・・と。
国を愛するとかいうことは、そういう些細でありながらとても大切な
母国語への自己認識にも現れているのではないでしょうか。
愛国を言ったり、日本の伝統文化継承を口にしたりする人たちが、
畳表という日本固有の物についてないがしろに呼んでまるで藁で
あるかのように名称を無視して呼び続けるのは、それは日本武術
界に属する人間たちの程度がその程度のものでしかない、日本語
も日本文化も本当のところでは軽んじている人々が嘘の衣を着て
大手を振って振る舞っている、ということに外なりません。


試斬台を調整する私。それを見守るトトロ体型の刀工康宏。
もう四半世紀のつきあいになります。この切り台は刀道連盟の理事
で康宏弟子だった故栗原謙二氏製ですね。いくつかあるから持って
帰っていいと言うので、今度車で行く時には遺品として私が貰い受け
て来ます。ただ、鍛練場には切り試し用の分は残さないとね。



試斬台の試験。試し切り台の試し切りをする。
使用には問題がないようだ。
「ナイス・クリーン・ポケット・ドロップ」(エディ・フェルソン)
邦訳台詞「さすがに調子はいいようだ」




「さすがに(台の)調子はいいようだ」(笑)

横切りの振りはここまで。
これ以上切先が真横や後方を向いては武術にならない。
理由は一つ。それでは隙だらけだからだ。

試し切り台の準備はできた。
あとは各人稽古着に着替えて試斬です。
試斬をするすべての人に、安全面での注意と刀の切り下ろしの
基本動作をアドバイスして、素振りをしてもらってからの試斬と
なります。
たぶん、皆さん生まれて初めての最初からスッポコポンと切れる、
はず。
そして、切先で地面を切ったりすることもない、はず。
きちんとそのように、そちらに私が導きます。正しき方角へ。

ということで、各自稽古着に着替えて、素振りからアドバイス
します。
そして、試斬といっても、私の刀法は抜刀道ではないので、
あくまで剣術系として、「動きながら剣体一致で切る」という斬撃
方法について、刀術という視点からアドバイスをしました。

切りの第一歩


操刀の基本

昼前浸け午後切りの2時間浸けは硬かった(笑)。
そして、これは普段私が言ってることそのものがよく現れている
動画です。
動画の中で言ってることと、普段言ってることは違います。普段の
ことが正しい。
この現場では「振るだけで切れます」と言ってますが、足を止めて
腕だけでパンパン振ってもひとつも切れないという、普段言ってる
ことを証明するような動画なのであえてアップしました。
こんなやり方というか、足を止めて片手切りなんて技法は剣技には
無いわけで、こんな棒振りをいくらやっても切れるわきゃない。
私が「振るだけで切れる」というのは、土佐英信流の技法の教えの
一つで、英信流では「刀の重みと速度で切る」という土佐直伝が
あるのですが、その際には「剣体一致」が前提となる、ということです。
つまり、足をとめて腕だけで刀を振っても刀であっても切れっこあり
ません。それをこの動画ではそうした切れないこととしてやっています
ので参考になさってください。
足を止めての切断は力切りや普通の刀ではない青竜刀みたいな
のでないとイグサのようなものでさえ切断できない。だから抜刀道の
人たちは身幅6センチや10センチの日本刀ではない刃物を使って、
日本刀を使った剣術技法ではない力任せの振りをしているのでしょう。
それと同根にあることをこの下の動画では私が2太刀ほどやって
います。3太刀目は両手で。
ただ、3太刀当てて試せば、次からは硬さが分かっているのと、
剣体一致の抜き打ち切りでは、軽く振っても体で切っていますので、
一刀で切断できます。
そのあたりの違いと理論を見抜いてもらえばと思いますが、武技に
長けた方々には言わずもがなのことだと思いますので御免下さい。
試斬の大切なことは、切断できたか出来ないかもありますが、それの
過程において、切断しようとして切断できなかったならばそれは何故
かを知るということで、切断できたかできないかで一喜一憂して、その
場でアーッとか声を出して天を見ても何も掴むこともできなければ、
一つもそこからの上達も望めません。

と思いますが、私が勝手に言うことなので気にしないでください。
つか、下の動画は柱にしがみついて見ている直紀先生が可愛かった
りする(^^;

「抜刀道」しか知らない人は、右足前の左からの右袈裟等は危険
であるからとやりません。
この「やらない」系譜は陸軍刀法から派生しています。
日本刀の操作を知らないド素人軍人向けの基本操刀術が陸軍刀法
設置の背景でしたので、古流剣術系のような歩み足やどちらの足が
前であろうともどのようにでも刀を扱えるということが素人を集めた
軍隊の短期軍刀訓練では困難であり、自傷してしまう例が多かった
ので、非武術的な右足前で右からの左袈裟、
左足前で右袈裟という
固定概念を定着させました。
しかし、古流剣術系では足運びはどちらでもありです。前進では歩み
足もある。これは戦闘武技としては当然の事なのです。
現代の古流とは無縁の「抜刀道」や「居合道」を基準に、決めつけ
語りをして古流系の技術体系を批判するのは、武術についておのが
未熟をさらすようなものです。
と、あくまで「私」はしています。私は。他の人や先生方や各々方の
ことは知りません。
ただ、左からの右袈裟では必ず左足が前、という決めつけは、
それは武技とは別なところに意味があります。素人向けの危険回避
のため。本来の武術的な操刀法としては前足はどちらもあり、また
左右袈裟もどの前足でもアリです。無外流の陰中陽でも抜刀道から
したら逆足で×ということになりますが、それは×と見る視点が
実は×。立ち業などでも、よくそうした足運びと袈裟斬りを見て
「足運びが間違っている」と言う抜刀道の物切り系の方々がいます
が、それはその方々の「考え方」が間違っているのです。
ただし、武術武道系の団体や連盟などの決め事で所作や形が決
まっている場合には、それに従わなければなりません。

左からの右袈裟は、何も左足が前であることがすべてではない。

ただし、運刀と刀止めがきちんとできない人は、途中からの
被切断物のスプリットの際の上下の抵抗値の変化による
刀線の軌道のズレという重大な問題についても無知です
ので、刀の軌跡が真下に途中から向いて自分の脚を切った
り、地面を切ったりする事故を起こします。
特に割れやすい竹などを切ると、理論も技術も未熟な人は
途中から真下に切り下げやすいので注意が必要です。
やはり、日本刀の扱いは、十分に習熟してからが良いでしょう。

今回の試斬は約2時間ほどでしたが、全員事故無く、生まれて
初めての方も全員がスポンスポンと正しく正確に綺麗に畳表
を切断できました。
これはきちんと理論と方法を教えてもらったからです。
特に刀身が平らに寝る癖が初心者にはありますが、これもその
悪癖の修正法を知らなければ刀が寝たまま平打ちとなり、たとえ
斬鉄剣であろうとも欠損する可能性さえあります。刀は万能鈍器
ではありませんので、下手な使い方をすると折れます。
また、刀では石、磁器、ガラス、ダイヤモンド等は切れません。
炭素鋼で鉄も炭素鋼も切れますが、ステンレスや特殊合金等は
切れません。それらに切りつけて刃こぼれしたからと、それはそう
いうことをする人の不見識が招いたことで、たとえ虎徹だろうが
山浦真雄だろうが加卜だろうが康宏だろうが、とやかく言われたり、
勝手に落胆したりするのはお門違いです。
地球上の物理的事象には物理的な因果関係が絶対に存在する。
刀で鉄は切れても刀でガラスは切れない。これは当然の定理です。
ガラスを切るのはダイヤモンドと決まってます。

私の蛤刃の康宏で游雲会の友人にも畳表を切ってもらいましたが、
結局彼ら二人も、自分の康宏を出して初めて切ってみていました。
私よりも地肉が落ちているので、スライス系の切りは私のよりも
切れていました。私の康宏は断面が餃子系ですので、クサビ効果
で割創を与えるような刀です。
また、二人の刀は研ぎ上がりキーン刃のままなので、畳表切りに
は適した刃先となっています。
しかし、そのキンキンに立った刃のままで竹の節などの硬物を
切断すると、よほど手筋が冴えていないと、さすがに康宏でも
刃先を傷めます。
かといって日本刀は竹切り道具ではないので、竹切用もしくは畳表
用に特化した作りにしてしまうのは、私個人はどうかと思います。
私は自分の康宏刀には「戦闘武器」としての効力が発揮される
状態の刃先にしてあります。紙一枚がツーッと切れるのに竹も切れ
ちゃうよ、というような刃付け。


日本刀を使う剣技は、人間側の問題と刀という武器側の特性の問題
があるので、なんでも単純一括りには語れないものです。

ということで、試斬タイムおわりで記念撮影。修正入り(笑)。
何だか誰かがいないような気がするんだよね(guguガンモ最終回)。
(^0^)


~つづく~

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