渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

MGC ~数十年前の未使用部品~

2017年06月18日 | トイ



今でも四半世紀前のモデルのOリングひとつでも新品部品を
ストックしているメルセデスベンツではないのだから、こういう
数十年前の新品未使用部品のストックという物はとても貴重だ。
MGCこそが「モデルガン」を世界で初めて製作したトイガンの
メーカーだった。

『MGCを作った男』(自費出版)


この本が最高である。日本モデルガン史において、これ以上の
書はない。自費出版ゆえ一般店舗では入手できない。
定価700円という破格値(たぶん採算度外視)だったが、現在
ネットオークションでは1万円~2万円の値が付けられている。
足許を見た人を舐めたボッタクリ商売だが、オークションとは
そういうものだろう。
ただし、そういうことをやっているのは、値上がりを見込んで
仕入れておいた業者がほとんどであり、これは銀行や株屋や
正絹会社といった連中もまったく同じことをやっている。
「投資」とは見返り利益を見込んで利殖のために資金を投入する
ことであり、ネットオークションでの暴利での出品者のことをなじる
ことはできない。すべての金融機関は人の金を預かってそれを
転がして莫大な利益を得ている稼業だからだ。
ネットオークションで暴利をむさぼる連中を悪く言うのであれば、
銀行屋や株屋や証券屋なども極めて汚い商売であるということを
認識して指摘しないと整合性がない。
金融関係や利殖は、決して綺麗な仕事とは私には思えないので
あるが、資本主義国家内においては、ユダヤの武器商人のような
行為こそが「高学歴で家の履歴が『良い』者が就く『良い』職業」の
ような虚飾の概念がある。道や建物を造るドカチンや人が食べる
作物を作る百姓たちよりも、そういう金を扱う職業が「高貴」である
かのような概念が明治以降創出された。
明治以前の日本では金貸しは最下級賤民階級の独占権益職種で
あったが、今の時代は銀行屋という人の金転がしの金貸しこそが
「いい職業」なのだそうだ。

さて、この『MGCを作った男』は、モデルガンファンならば是非とも
読んでほしい一冊だ。
だが、著者の本意である700円の定価では現在は売られていない。
博多のニューMGCにのみ在庫が置かれていたのだが、完売した。
入手方法はオークションしかなくなったのだが、ここでこれに目を
つけた業者たちは700円の自費出版本に1万の競売開始価格を
つけて出品したりしている。
「ほしけりゃこれだけの金を払いな」という人民を舐めた態度である
ことは間違いないのだが(銀行屋と同じで本当にえげつない)、人を
舐めたこうした態度でのふるまいを呑みこまないとこの書は入手
できない状況に進んでしまったのである。残念。
ただ、この一冊はモデルガンファンに是非とも読んでもらいたい書で
あることは疑う余地がない。
モデルガンの歴史は、民主主義の希求と権力の弾圧に抵抗する
人民抵抗史と、そして、人々の職業の垣根を超えた団結と連帯の
歴史でもあった。「おもちゃ狩り裁判」では各界の著名人の多くが
モデルガン規制は民主主義の危機だと署名賛同し、またファンは
抗議団を組織して「オモチャ狩り反対」のデモまで繰り広げた。
そうした生きた歴史があり、今のモデルガンがどうにか存続して
いる。
国家権力の言いなりになっていたら、世界史の中で、モデルガンの
存在は消滅していた。
モデルガンが消滅する環境というものは、当然にして今のエアガン
も登場し得なかったということである。
1970年代の日本がいかに北朝鮮のような国家を国家権力が目指し
ていたのかがよく分かるのがモデルガンの歴史だ。
なお、「国家権力」とは政権与党ではない。行政執行権力を掌握した
勢力が国家権力の実体であり、それはとりも直さず、暴力装置その
ものに支えられている核が国家権力だ。そして警察は国家権力の
暴力装置であると同時に、権力の一部を構成しているのである。
1970年代当時、国家権力に属する後藤田が「モデルガンは有用性
がない(地上から)無くす」というようなことを発言して警察もその方針
で動いており、今では考えられない「民主主義とはかけ離れた」ことが
日本社会では行なわれていたのである。
警察官などは全員が「オイコラ警官」であった。これほんと。
「今」しか知らない人たちは、ほんのちょっと前の日本がどんな世界で
あったのか、勉強してもっとよく知るべきだろう。

MGCの火が消えた今、日本社会において、何か大切な、人々の暮らし
において本当に一番大切なものが消滅したような感慨になる。
失われてはならないもの、失ってはならないもの、失わさせるべきでは
ないものの一つにMGCの存在とMGCが持っていた起業精神や、世の
中の
人々に「何を」もたらすのが幸せなのかという、重要なテーマがある
ように思えるのだ。

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