渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

本式の研ぎ

2016年11月04日 | 日本刀

一般刃物研ぎと日本刀研磨はまるで技法も世界も異なる。
日本刀については、刃文は消えたりしない。
研ぎによって「見えなくなる」ことはあっても、存在する
刃文は消えたりはしない。
描き「刃文」を焼き刃だと思っているケースは世の中多い。
おおかた、刃文とは焼き刃のどの部分のことを指すのかさえ
知ら
ないのではなかろうか。

そういう人間が日本刀に砥石を平気で当てる。

実に恐ろしく、実に不遜なことである。
寿司職人でない者が江戸前握り寿司など握れる筈がない。
寿司職人でもないのに「俺は寿司が握れる」などと言う者が
いたとしたら、それは単なる馬鹿でしかない。

まして、日本刀の研磨である。「研ぎ」とは便宜上言うが、
日本刀の場合は刃物研ぎとはまったく異なる伝統技法が確立
されており、絶対に素人では刀剣研磨はできない。



以前、自称武術研究家なる者が、「私は拵が作れる」「私は
日本刀の研ぎができる」と自称して、東急ハンズで買ってきた
プラスティック部材で柄を作ったり、預かった日本刀にルーター
を当てて火花飛ばしていたり、挙句の果てには「研ぎできない」
となって、途中で投げ出して預け主に刀を返却していた。
知り合いだったら、小銃の銃床でこめかみ殴り倒している(これ
ばっか)ところだが、時々良いことは書いていても、基本的に
自己中自己愛自己絶対者なので近寄りたくはない(というか、
90年代に一度会っているが、トンデモ君だった)。
何よりも、日本刀の刀職である専門職の人の仕事を舐め過ぎて
いる。

日本刀の刀職の仕事は、柄巻きにしても、本式に師匠に就いて
きちんと修業した者でないと、まず当該職人仕事はできない。
自分は何でもできるスーパーマンかと勘違いしているイタい
のに限って、自分は刀の研ぎができるとか柄巻きができるとか、
拵を作ることができるとか口にして他人に自慢したがる。
だが、実際に出来上がった物は、中学生の技術の授業で作る
工作以下の物体となっていることばかりだ。
また、アマでも玄人はだしの技術を発揮する人もいるが、そういう
人たちは特例中の特例である。
ただし、外装などはそれらしく仮にできたとしても、日本刀の研磨
ばかりは絶対に素人にはこなせない。
日本刀研磨を大工道具や料理包丁の研ぎと同じと考える大工や
板前がいたとしたら、多分、本業のほうもたかが知れた腕だろう。
こなせたとしたら、その時点でそれは素人ではない領域に入って
いるのであるし、そもそも、伝統技法に則った日本刀研磨師の
仕事は、師匠に就いての修行抜きにしてはできないのである。
刀工の出荷前の自身研ぎにおいてさえ、日本刀研磨師に習って
きちんと刀剣の研ぎを覚えるのである。

一般刃物と日本刀研磨の技術の最大の違いは、砥石云々以前に、
その研ぐ技法に雲泥の差があるのだと一般刃物研ぎ人たちは知る
べきだろう。
ただ砥石の上を正確にストロークするだけで日本刀が研げると
思ったら大間違いもいいとこだ。
砥石の形からして異なるのは見てすぐに判るだろうに、物を知ら
ないで根拠なく自信過剰になる人間というのは恐ろしい。
バッティングセンターでボールを跳ね返したら自分は野球ができる
と勘違いしているようなもので、救いようがない。
備後弁では、そうい人のことを「蛸のクソが頭にのぼる」という。

刀職の人たちをコケにするような行動は、やめていただきたい。

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