渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

鯉口の事

2017年03月13日 | 日本刀



師匠の刀のメンテナンスを刀工康宏に依頼した際、康宏刀工
が出来上がり後に気になる
ことを言っていた。
それは、「鯉口がきつくて、無理に押しこめば入るのだけど
途中で止まって入らない」というものだった。それを拵の不具合
であるかのように康宏師は語っていたので、それは違うのです
よと伝えた。

よく考えたが、これは康宏氏がうちの流派の鯉口の掟について
知らないからだと合点がいった。
ところがこの鯉口に関する常識的なことは、案外居合や古流剣術
流派に属する者でも現代人は忘れがちになってしまっていること
があるようだ。


私の流においては、刀身を鞘に投げ入れることは一切しない。

鯉口スカスカは武人の恥、という教えがある。というか危険。
不必要な危険なことを野放図からあえてするのは武人としては
アウト!ということなのである。

鯉口は左手の操作で「鯉口を切る」ことをしないと刀が抜けない
ようにしておくのが武士の心掛けだった。

土佐英信流では、納刀の最後に右手を柄頭に持って行き、柄頭
を右手で押さえて鯉口を押し込むのが業前の所作にある。
それほど鯉口のテンションは
きつくしてある。
この右手を柄頭に持って行く方法は、英信流を真似た他流派では
形骸化して、納刀後に右手をただ柄頭方向に持って行ってから
手を下げるだけという全く意味のないカタチばかり真似た劣化版
になってしまっていることが非常に多い。あれは柄を鞘に押し込む
という意味のある武士の所作、土佐の英信流が現在も行なって
いる武家の所作、というものが原点にある。もしかしたら、あの
所作の意味さえ分からず、カタチだけ真似している居合剣士など
も多いのではなかろうか。原点を知ることは大切なことだ。
なぜなら、古流には意味があるから。
柄頭に右手を持って行く納刀所作は、あれは柄頭を押し込むため
であり、そのことはとりもなおさず、武士の刀の鯉口は「鯉口を切る」
ことをしないと抜けないほどにきつく固くセッティングされていた、
ということである。
理由は一つ。不必要な危険を武士は備えない、という一点だ。
命が無くなるという極めて危険なことに飛び込むのが武士の本旨
であるので、それの目的以外に不必要な危険は呼びこまない。
まして、自堕落なことから武具に緩みがあるなどというのは武士
としてはあり得ないのである。
そこの一番大切な根幹部分を現代人の多くは忘れ去っている。
居合や剣術が、ただのコスプレのようになってしまっていては
もはや武術武芸とはいえない。少なくとも武門という武士の系譜
にある武芸であるとはいえない。
何のために鯉口を固くしておくのか、何のために鍔などの柄金具
が音を立てたりする緩んだ状態が厳禁であるのか、そこの根幹の
意味を忘れている人がとんでもなく多いように思える。
すべては、「武士の本懐」の為というただ一点にそれの本質理由は
傾注されているのである。
だらしなさから不必要な危険を己及び周囲に呼び込むような武具
の状態にする、ということは武人としてはあってはならないことで
あるのだ。

居合の稽古により鯉口の鯉口袋が鎺とのこすれによる摩耗で
だんだんと緩くなってくるが、
それは都度自分で補修して常に
鯉口はきつい状態にしておく
のが土佐英信流の掟でもある。
これは何も土佐英信流のみならず、一般的な武家の常識だろう。
念のため鞘走りをしないように左手の指は鍔に添えるが、下を
向くと刀が抜けてしまうようなスカスカ鯉口には一切していない。
「稽古によって鯉口がスカスカになる」ということも一切ない。
パチーンと刀を鞘に納めることは英信流では厳禁とされているし、
少しでも
緩くなったらすぐに補修して完調状態を維持するからだ。

これは私の差料だが、スーッとゆっくり刀を鞘に納めて行くと、
この位置でテンションがかかり刀身がストップする。ここから先
はグイッと押さないと切羽まで入り込まない。また、切羽まで無理
に入り込ませることも通常稽古においてはしない。畏まった席に
おいてのみぎっちりと根元まで押え入れる。



これで十分に締まっている状態。ここから少し押すとさらにきつく
刀身が固定される。逆さにしてもまったく刀が抜け出ないほどに。
これが日本刀の拵の正規のセッティング状態だ。なにも土佐英信流
だけのことではないだろう。
私は
柄穴の隙間は目釘にテンションをかけるため専用隙間スペーサー
を打ち込んである。これは目釘を逆打ち=武用仕様にしているため。


武用刀なので私は逆から目釘を打っている。刀を握った時の
掌側から
目釘を打つのである。これは万が一の抜け防止の為。


この拵は25年選手だが、鮫の親粒は小さいながらも、総体
としては結構気に入っている。金具はすべて時代本歌で揃え
てある。美濃物(脇後藤)の植物系意匠。
鎺と切羽のみが
現代物だ。刀身は天正時代の戦国古刀である。よく生きた。
誉めて取らす。



私の拵の柄周りに緩みは一切ない。微塵たりともない。
これは師から武人の常識に関する件としてかなりきつく教え込まれた。
自堕落な武具の状態により不必要な危険を呼び込むのは武士に非ず、
と私は師匠から仕込まれた。また、同様なことは父からも叩き込まれた。
こうした武人としての武具に関する思想的基盤が、わが流わが門に代々
伝わる伝統継承事項である。
カタチの上での武芸の所作事などはどうでもよい。
武家の作法は武技の細かいところにまで及ぶが、武士とは如何なるもの
かというところ無くして武技の所作などは意味を持たない。

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