渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

サゲ妻の特徴

2016年01月05日 | 内的独白

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サゲ妻の特徴

「うちのダンナの年収がもっと高ければ…」なんて愚痴、さすがに夫本人の前
では口にしなくとも、内心ではそう思ってため息をついている妻も多いのでは?

もしそうならば要注意。そんなあなたの本心がにじみ出た言動は、夫の年収
をアップさせる「アゲ妻」ではなく、ダウンさせる「サゲ妻」のそれかもしれない
のだから。

夫の年収を左右する「アゲ妻」「サゲ妻」の特徴とは? 夫婦問題に詳しい
「恋人・夫婦仲相談所」所長の二松まゆみさんに話を聞いた。

「過去に妻のなかに潜むモンスター性が夫のモチベーションを下げる“モンスター
ワイフ”についての本を以前書きましたが、まさにそのモンスターワイフの片鱗
を持っているのがサゲ妻です」(二松さん 以下同)

二松さんが考える、夫の年収をダウンさせる「サゲ妻」の特徴は以下の通り。

あなたの「サゲ妻」チェックリスト

□ 夫が疲れているとわかっているのに小言・愚痴を言わずにいられない
□ 夫がどんなに疲れていても、休日は家族サービスを強要する
□ 分担している家事や育児を怠ると、鬼の首を取ったように文句を言う
□ 夫を馬鹿にする、軽蔑するようなセリフを子どもの前でも言っている
□ ケンカのたびにメソメソ泣いて感情的になり、解決までの時間を長引かせがちだ
□ 嫌なことがあるとすぐ実家に帰る

●妻の言動や行動が、夫の仕事意欲をダウンさせる要因に
当てはまるものがひとつでもあれば「サゲ妻」になっている可能性あり!
ではなぜこれらの「サゲ妻」の言動や行動が、夫の年収ダウンにつながる
のだろう?

「『こんなの普通の行動』と思う人もいるでしょう。でもこれらがチリのよう
に毎日毎日積もっていくとどうなるでしょう? 『愛する妻や子のために
がんばるぞ!』という夫側の熱い気持ちは徐々に失われ、仕事への意欲
は確実に薄れてしまいます」

要は一番身近な家族である妻の言動によって、夫側の「働く」ことへの
モチベーションが少しずつ削がれていってしまうのだ。これは妻→夫でなく
とも、夫→妻への対応でも同じことがいえる。覇気がなくなると、昇進が
遠のくのも当たり前のこと。

●アゲ妻の共通点は「自分を好き」なこと
それでは、逆に「アゲ妻」になるにはどうしたらいいのだろう?

「いわゆる“アゲ妻”といえる方々にたくさんお会いしてきましたが、彼女
たちに共通しているのは『凛としていて、自分に自信を持っている』ところ。
彼女たちは自分の軸がしっかりしているので、夫を立てる、尊敬する、
褒める、甘える、頼るなど、必要に応じて変幻自在に振る舞うことができ
ます。」

つまりは妻側も、夫にああしろこうしろと求めるばかりではダメだということ?

「まずは自分のことを好きにならないと、一緒に暮らす他者を手放しで愛する
のは難しいでしょう」

自分のことを好きになれない。今の自分に不満がある。そんなひそかに
抱えている不安やコンプレックスを、夫への愚痴という形で投影している
妻も多いのだそう。

一方で、「夫が稼ぎ、妻子を養う」という前時代的な家族モデルが立ち行か
なくなってきているのも事実だ。

「夫ひとりの稼ぎで妻子を養うという昭和の家族モデルはすでに通用しない
時代になっています。妻側としても、夫に頼りきりでなく、いざというときの
ために稼ぐ力を身につけておくことをおすすめします」

夫の年収の低さをけなす前に、妻である自分にもできること、やるべきこと、
そして自分を好きになれるような努力をする。それこそが脱・サゲ妻の出発点
かもしれない。
(阿部花恵+ノオト)

記事提供/ママの知りたいが集まる『mamatenna(ママテナ)』
(R25編集部)

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幸い私の妻は(「うちの嫁」という言い方は関東もんの私はしない)、赤字
部分には一切該当しなかった。
かといって、青字部分にも一切該当しない。
そもそも、自分の軸がぶれないからと、なぜそれが「夫を立てる、尊敬する、
褒める、甘える、頼るなど」に繋がるのか論理的整合性が完結していない
のであるが、うちの場合は、甘えたり頼ったりすることも一切ない。精神的には
独立した一個人同士が連帯して帯同して精神的にも実質生活も成立させて
いる。
第一、私自身がゴロニャン女などが大嫌いであるし、妻もスリスリ男など大嫌い
である。二人で腕を組んで歩いたことなどはない(そういうの大嫌いである)。
いつも同じ方向を見て互いに並んで歩く。例えるならば、同性同士、いや、性を
超えた同志のような関係にある。
互いに敬意は持つが、崇拝するようなことはないし、それを望みもしない(むしろ
そうした偶像化の感性は排除する)。つとめて現実のみを受け容れる。
特徴的なことは、「すべてありのままを受け入れる」ということだ。良いことも悪い
ことも。
かつてシェイクスピアは「恋愛は華麗なる虚飾であり、結婚は惨憺たる現実だ」
と書いたが、そんなことは百も承知でいなければ婚姻生活などは成立させられ
ない。
かなり昔に「成田離婚」というものが流行ったが、それは「結婚はスタートであり
ゴールではない」ということへの認識を欠落させた男女がノリにまかせて結婚
などという重大な法律行為を成していることに無知だったからだろうと私は
思うのである。

妻とは知り合って36年目になる。つきあい始めたのも、結婚したのもかなり後
だが、知り合ってから36年で喧嘩をしたことはこれまで2度しかない。
その2度とも子どもの事についてが原因だったが、子どもの目の前であったので
すぐに収束し、「話し合い」によって解決した。
それは互いに「自己批判と相互批判」によって「自己解体」をして「総括する」と
いう己と相手とが向かい合う作業によって行なわれた。真摯に膝詰めで話し合う
のである。そこには一切の虚飾や見栄や虚栄や自己保身は存在しない。人と
人として向かい合うのだ。
厳しい精神作業だが、こうしたことを抜きにして、「構築」などはできない。
幸い、実践的組織論の検討と実践の中でそうした訓練をしてきた経験がある
ので、きついことはきついが、逃げずに徹底的に原因を掘り下げて検証する
精神性は私は持ち合わせている。

夫婦というのは元来他人である。
他人同士が「肉親」には物理的に成り得ない。親子の縁は切れないが(特別養子
という法律上の制度が存しても、本当の実子は実子であるし実の親は親である)、
だからこそ、なおさら、夫婦という配偶者同士は他人であるがゆえに、関係構築は
互いの真摯な態度で関係性を作っていくほかない。

私の場合も妻の場合も、「『良い』大学」、「『良い』家系」、「『良い』就職先」などと
いう感覚を一切排除している人間同士なので、「結婚は女の幸せ」「結婚は男の
甲斐性」などという感性とも一切無縁だ。
そもそも、結婚で亭主の収入にぶら下がろうとしているからこそ「玉の輿」や
シンデレラ症候群のような虚構の願望に女たちは落ち込む。
私に言わせると、「何が白馬の王子様だ。寝言は寝て言え」と思うが、良縁を得る
ということの本当の真の内実が金がらみだから、そのような感覚が地球規模で
支持されるのだろう。
私たち夫婦は一切それらを否定する。精神的な自主と独立こそが互いの関係性の
礎となっている。これは盤石だ。
だから喧嘩をしない。互いに強く必要とし合っていても、喧嘩をしない。
ゴロニャンで誤魔化すような逃げは二人とも絶対にしない。
夫婦愛というよりも友愛のような領域に入っているが、簡単なことだ。
「人として真摯に向き合う」。
これしかない。

人となりが、「真摯に向き合う」以前の場合は、これは問題外。話にならない。
そういう人は選ばないし、仮に選んだ後であったならば、己の選択肢は人から
強要されたものではなく己が成した行動であるのだから、すべて己の責任で
あると己に刃を向けるべきだろう。
経済力や、社会的地位や、そうしたものに心が捉われている人間は多いが、
人間がそうであるのかそうでないのかを見抜くのも己の才覚だ。
また、己自身がそうした種族であるならば、当然にして見抜けない。同類だからだ。
然るに、どちらに転んでも、己自身の責任でしかないのである。

以前の仕事(法曹界)では多くの離婚案件を見て来た。
結婚する時にはラブラブで結婚したくせに、離婚する時には、どのケースでも
相手を貶しまくって互いに相手のせいだけにしたがる。
向こう側にも弁護士はつくのであるが、本音を言うと「てめえらのことはてめえらで
解決しろ」と言いたくなる。
ただ、それをできないから、疾病者が医者にかかるがごとく、社会的に病んだ
人は弁護士に依頼をする。
ひとついえることは、夫婦のいさかいというものは、「自分の責任」に対しての
自覚が欠落している人の場合が実に多いということがいえる。
でなければ、「婚姻生活の解消」を淡々と冷静に進められるはずなのだ。

離婚は勝手にはできない。
婚姻は法律行為なので、離婚も法律行為たる要件が必要となる。
離婚事由については、法律的には五つの事項に該当する場合以外は離婚が
認められない。
結婚は、法律行為なのである。
事務手続き上は簡単簡易簡便だが、婚姻とは独身の自由恋愛時代のように、
ついたり離れたりは簡単にはできないのだ。
結婚は簡単だが、離婚はその10倍ほどのエネルギーを使うといわれている。
うまくいかなくなったから離婚すれば済むということにはならない。
離婚に伴う解決しなければならない問題が山積する。
結婚は法律行為と書いた。
法律とは「権利と義務の連鎖」であるので、婚姻には法律的な義務も発生するし、
また離婚においても果たすべき義務が生じる。

「互いに惹かれあうから一緒になる」というのがアダムとイブ、イザナギとイザナミ
の結婚の時代から現代までの基本だろうが(一部政略結婚等もあるが)、現代
においては、結婚とは「法律行為」であるということを是非とも自覚してほしい。
もうね、ゴロニャンしてた人間たちが眉毛釣り上げていがみ合うのとか、見たくない
というのが本音のところ。
凛として互いに向かい合って真剣に生きてほしい。
自己保身も相手に対する非難も、それはすべて「逃げ」であると知ってほしい。

ただし・・・
もうどうしようもなく、やって行けない状況とういうものはあることもある。
それは別離の道も致し方ないことだろうと私も思う。
しかし、それについても、離婚に付随する法律行為が伴うことは忘れてはならない。
例えば子どもがいたら、親権、養育費等々のことは「親の責任」として発生する。
そうしたことをすべて問題なくクリアして初めて離婚は成立する。
だが、離婚はしても、親は親であり、子は子である。ずっと死ぬまで法律関係に
おける権利と義務の連鎖は続くのだ。

余談だが、上掲の外部リンク記事、これ書いたの女だろ?
別に女性を侮蔑する訳ではないけど、独断と偏見で言わせてもらうなら、いつも
いつもつまらん文章書くよな、女ってのは。というか文章そのものと行間に垣間
見られる感性が耐え難く私にとってはきしょい。そもそもが年収アップとダウンが
思考の中心軸だしな(笑
妻の在り様によって直截に年収がアップするなら誰も苦労はしねぇっつーの(笑
収入は働く人間そのもの、働く人間と資本側の経済構造に原因があるんだっての。
なにわっけわからんことを書いているのか。
夫婦関係のことを書くところ、それを金員がらみにして大衆の耳目を集めようと
しているその文章構成の意図がいやらしくてえげつない。キャッチコピーてやつね。
解ったようなことをたらたら述べてないで、「誰さんと会いました~。これこれを
食べました~」という食い物ブログでも書いとけ。


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