渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

穴馬

2017年05月28日 | トイ


この仕上げ!!
ガスガンのペガサスシステムで気を吐いたタナカワークスの
モデルガンのコルトSAAは、もしかするととんでもない穴馬かも。
完璧な2ndジェネレーションのモデルアップだ。

コルト・シングル・アクション・アーミーは4期の世代製品がある。
・1stジェネレーション・・・1873年から1940年まで。1896年から
 無煙火薬仕様のレイトモデルに変更。アーリーモデルは黒色火薬。
・2ndジェネレーション・・・1956年~1975年
・3rdジェネレーション・・・1976年~1981年
・4thジェネレーション・・・1992年~

西部劇映画では1stジェネレーションの無煙火薬モデルの実銃が
使われることが多かったが、西部開拓時代は1890年で終了して
いるので、厳密には誤描写である。
黒色火薬モデルの見分け方は、シリンダーベースピンのストッパー
スクリューがフレームサイドに無い物が一番初期型の黒色火薬
モデルで、これが西部開拓時代のピースメーカーになる。

hikock45さんの1884年製黒色火薬モデルのピースメーカー。
この形状のモデルが西部開拓時代のSAA。


こちらは、同じ1stジェネレーションでも1896年以降の無縁火薬
対応モデル。フレームサイドにベースピン脱着ネジがある。
このネジは左右をスプリングで張ってあり、押すだけでベースピン
を抜くことができた。荒野に外出時に携帯するSAAにとってはこの
新方式は格別な意味を持ったことだろう。



すばらしい。こんな1stジェネレーションモデルがオークションで
10万円程で買えてしまうなんて・・・。
ランパントクラシックのモデルガンとしての良さは分かるが、SAAは
決して高級なガンではなかった。
今のSAAコピーのルガーバケロが8万9千円し、本家コルトSAAが
18万円するが、これらはオールドガンを購入する層が多少遊びの
射撃ができる裕福な層であり、そこを狙っている
プレミア価格だから
だ。一般的なリボルバーなどは5万円前後である。
かつてのコルトピースメーカーの金額はいくらか。
私の手元にある資料を見てみよう。


(リーダースジャイジェスト 「ザ・ヒストリー・オブ・アメリカ」/1973年)

コルトSAAが1871とあるのは誤記で、これは1873が正であろう。
これによると、SAAは1880年代に12ドル20セントだった。
当時のコルト社のカタログを見ると、.45ロングコルト弾薬は1000発で
19ドル45セント、1発で2セントである。現在は50発で25ドル程。1発
50セント。1ドル100円計算で現在価格.45ロングコルトが1発50円。

当時の物価相場を見てみる。
・最高のカウボウーイの給与・・・・・・月に25ドル~30ドル(宿泊費込み)。
・高級良質サドル・・・・・・200ドル。
・良質のカウボーイスタイルのサドル・・・・・・60ドル。
・一般サドル・・・・・・40ドル。
・カウボーイスタイルのブーツ・・・・・・15~23ドル。
・帽子・・・・・・5ドル。
・葉巻・・・・・・5~10セント。
・上質のウイスキー・・・・・・サルーンで1杯50セント。

.45ロングコルトの価格は1880年前後当時で1発2セントだった。
現在は50発で25ドルだから1発50セント。
この弾丸の価格を基準とすると現在は当時に比べて貨幣価値が
25倍下がり物価が25倍上昇ということになる。
コルトSAAで見ると、当時12ドル20セントだったSAAが現在の
コルト社の販売価格では1,799ドルだ。実に西部開拓時代当時の
174.45倍になっている。弾丸は25倍なのに銃は174倍以上に
値上がりしているのだ。物価の時代ごとの相場を見る場合、何か
一つだけを基準にすると見誤るということの典型例になる。例えば
日本の江戸期も貨幣価値が時代と共に下がり物価が著しく上昇
したが、米相場も暴騰しているので、米価基準のみで現代との相場
を比較するのは危険だ。1両にしても、江戸期の時期により現在価格
で12万円~3万円相当という差が出てくる。

とにかく、コルトSAAを見る限り、他の物品の現代相場と比較しても
西部開拓時代にはかなり入手しやすい価格だったのではと思われる。
サルーンでウイスキーが50セント。かなり高い。現在だと約80セント
ほどだ。ほんのわずかしか価格は上昇していない。
カウボーイの給与が一ヶ月で25ドル(上級職)、中級職だと15ドル程。
日割りにしたら1日の給与が50セント。ウイスキー1杯は日の稼ぎと
大体同じ金額ということになる。カウボーイはかなりの低賃金労働で
あったのは確かだが、ウイスキーが高すぎる。
相対的に総合的に考えると、西部開拓時代の1ドルというのは大体
現在の日本円で5,000円~8,000円相当なのではなかろうか。
あるいは物によっては当時の1ドルは現在の100ドル程かもしれない。
弾丸の価格は現代工業化による量産化で格別に安くなったのだろう。
となると、1ドル銀貨があったのだから、荒野の1万円銀貨があったこと
になる。

さて、当時の1ドルを現在の5,000円としてみよう。
すると、コルトSAAの12ドル20セントは現在日本円で6万1,000円と
なる。大体そのあたりの価格帯ではなかったろうか。
上掲の図史料を見て気付くのが、馬が35ドルであるのに鞍が40ドル
であることだ。
当時の1ドルが現在日本円の5,000円計算とすると、175,000円。
1ドル1万円計算でも35万円で馬は買えない。それは犬の値段だ。
単品種目のみでのレート換算は誤りを呼ぶ。

ウイスキーの1杯をショットと呼ぶのは、カウボーイの銃の弾丸の金額
から来ているといわれている。
だが、1発=ワンショットの弾丸が当時は2セント。ウイスキー1杯が
当時は50セントだから、ウイスキー1杯は弾丸25発分になってしまう。
計算が合わない。
ここらあたりの言われのカラクリを私はよく知らない。
ただ、各種史料の総合比較からして、西部開拓時代は以下の事が
言える。
 ・銃は今よりもずっと格安だった。
 ・馬は今とは比較にならない程に安かった。
 ・鞍は馬より高かった。(よく西部劇でも馬が死に鞍だけ担ぐシーンがある)
 ・ウイスキーは超高額だった。
 ・カウボーイの給与の額は格別に低かった。

明治時代の日本の奉公人の給与などは雀の涙だった。西部開拓時代
のカウボーイの賃金も極度の低賃金だったのではなかろうか。
今も米国に残るニュアンスで、「カウボーイ」というと猪突猛進の男や
いきり立ったのぼせ上りや跳ねあがりを指し、イナカモンを馬鹿にする
ときにも使われたりする。あまり良いケースで人を「カウボーイ」と呼ぶ
時には使われない。
西部劇においても、カウボーイは「歓迎される者」ものとして描かれる
ことはまれで、町の者たちはカウボーイを「異なる者」「よそ者」と見な
して煙たがる様子がよく描かれている。
それを考えると、カウボーイという男たちは、流れ者(キャトルドライブ=
牛追いの数千キロに渡る移動販売による各地の長旅)たちの浮浪性
を忌避したがる都市定住者から疎まれるような存在だったのかもしれ
ない。だとすると、都市生活者のほうが閉鎖的な田舎者のような気が
するが(苦笑)。













彼らは町には住まなかった。町に住むカウボーイはいない。


牛の大群を連れて旅をする。それが彼らカウボーイだった。
キャトルドライブ期間は野宿が常で、荒野が彼らの宿だった。


入浴も馬と一緒だ。


そして遥かな土地までキャトルドライブする。


彼らは牛の取引の時のみ町に入る。
西部劇において日本語の最大の誤訳は「OK牧場の決闘」だ。
「OK牧場」の原語は「OK CORRAL」だが、コラルとは牧場
ではなく、「牛囲い」のことだ。駐輪場みたいなもの。
第一街中に牧場はない(笑)。

1881年10月26日に決闘があった当時のアリゾナ州トゥーム
ストーンの町。1881年撮影。


ガンファイト後の1882年撮影。銃撃戦があった場所、OK CORRAL 。





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