約束の地をめざして

I STILL HAVEN'T FOUND WHAT I'M LOOKING FORー めぐりあう人々と出来事とともに

卒論にあせる男〜1/9サカモト韓国LIVE Ust&パブリック・ビューイング!

2011-01-07 19:55:16 | 音楽

みなさん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
なかなか更新できなくて、この年始にふるさとに帰っていた間も「12月更新しなかったよな〜」と問われてしまって、やや苦しかったのですが、ふだんから書き物が多い生活をしており、その上ツイッターはほぼ毎日更新しているため、ブログにまでなかなか届きませんでした。

だから本日のタイトルも「卒論にあせる男」と書くよりも、ブログ更新にあせる男、いや、ブログ更新ができない男、5時から男。5時まで男。。なんかようわからくなってしまいました。

そうですねー、むしろ「ブログ更新する時間がないのに、更新する男」のが、よかったか。うーん、でもそのくらいの勢いじゃないと、この勉強と雑用に詰まった学生生活のメリハリがつかないかもしれない。

さて、いろいろネタはあるんですが、何か選んで書かなきゃいきませんので、選んだのが、実は上記二つの話。ではその1.
卒論何ですが、これが意外と厳しい。H.リチャード・ニーバーという20世紀半ばのアメリカの神学者の古典的著作「キリストと文化」という本を主文献として取り組んでおるんですが、なんだろう、こういう書物を読む力がまだ弱いのか、いや、意外とこの本が面白くなかったのか、なかなか進まない。やってるのに進まない。自分のある意味ライフワークが、「日本におけるキリスト教と文化」ということなんですが、まあ守備範囲の広いものなんですね。だからまあ学部の間は、これをそんなに面白くなくても基礎的な学びとして、大きくこれを捉えられたらいいかな、と思いここしばらくカクトウしております。

最終事前チェックは明日1/8(土)!提出は1/29(土)!がんばんなきゃ。(ほんとに今日ブログ更新してていいのか!?)

さああと15分でバイトで寮のボイラーつけに行かないと。やはりしばらくブログではちゃんとしたエッセイやコラムはやめよう。むりだ。勉強しないと。でもって、今日のテーマその2。

1/9坂本龍一、韓国・ソウルLIVEのUSTREAM中継、そしてパブリック・ビューイング!

これはまたどーして一般メディア、それから音楽業界もこんなにニュースになっていないのか、信じられないほどに盛り上がっている。これはファンであることを脇に置いていても、坂本教授のやることは、音楽自体にしても、それに伴う活動やムーブメントにしても、往々にしてその時代より数年早いということを僕はずっと感じてきた。昨年よりインターネットでの生中継&相互ネットワークサービスとしてのUSTREAM(以下UST)が様々な用途で用いられる(コンサート、セミナー、プライベート使用、就活の会社訪問中継などなど)ようになり、僕もいくつかUSTを見てきたが、昨年10月末からの教授こと坂本龍一の北米ツアー、大貫妙子との国内UTAUツアー、そしてこの韓国ソウル公演と、こんなにもコンサート自体、そしてバックヤード、それにプロモーション(今日はソウル市内での書店でのサイン会中継、世界初か?)、おっと7時になる、ちょっといったんボイラーつけてこないと!!

7時11分、帰還しました。
で、それら「コンサート以外のオフシーン」の数々、USTスタッフ・隊長の平野友康さんによるソウル案内?(カメラ回しっぱなしユースト)などなど、観ている自分自身がそこに帯同しているような気持ちになってくるまでのUST・・・。

まあ単なるファンの叫びに聞こえるかもしれませんが、前回ブログにも書きましたが、こんな素人の私でも「ソーシャルメディアの夜明け」とはなんなのか、少しわかってきました。そこでサカモトファンであってもなくても、ぜひ少しでもあさって1月9日コンサートのUST(ひとりでパソコンの前で)かパブリック・ビューイング!(専用会場でみんなで集まって)その瞬間を目撃しようじゃないですか。前回ブログ「坂本龍一 北米ツアーUstream中継の衝撃」の夢のまた続きの続きが開催されるのです。今度はもっとドラマティックかもしれません。それを一ファンとして、また文化を考察する者としてPRさせていただきますっ。概要はこのとおりです!


skmtSocial projectについて
1月9日(日)、坂本龍一ピアノソロコンサート「Playing the Piano @Seoul」を韓国よりUSTREAM中継します。その中継をみんなで観ませんか?そのためのプロジェクトが、この「skmtSocial project(サカモト・ソーシャル・プロジェクト)」です。

skmtSocial project presents
Playing the Piano @ Seoul USTREAM中継開催概要
■日  付:2011年1月9日(日)
■開演時刻:昼の回は午後4時〜、夜の回は午後8時〜(1日2公演)
■集合時刻:それぞれの開演時刻の30分前から生中継します
(お早めにお集まりください)
■放送チャンネル:http://ustream.tv/channel/skmts(メインチャンネル)
コンサート以外のUST(by平野隊長):http://www.ustream.tv/channel/skmts(メインチャンネルと同じ)
skmtSocial project 専用HP(パブリック・ビューイング会場についてはこちら!)→http://skmtsocial.com/

以上になります。僕自身は当日は上野におりますので、体が空き次第、上野でのパブリック・ビューイング会場「PRONTO東上野店」で観る予定です。
いやー、以前けっこう著名な牧師の方で村上春樹の思想について研究してる方が、冗談で「最近、キリストについて伝えているのか、村上春樹を伝えているのか、よくわからなくなってきた」と笑って語っていたのを聞いた覚えがあるが、自分も人ごとではなくなってきた。おお時間オーバー!これも文化研究の一環なり、としておきましょう。ではまた!

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坂本龍一 北米ツアーLIVE Ustream中継の衝撃

2010-11-23 07:07:32 | 音楽

こんにちは、久しぶりのブログ更新です。  

 鉄は熱いうちに打て!というが、この表題の坂本龍一北米ツアーLIVEは10月〜11月初めに行われたもの。そのときのUstream中継での体験にあまりにも感動を覚え、次回ブログはぜったいこれを書かねば!と思いつつ、なかなか書けずにいました。しかし、北米ツアーが終わり、現在、教授は、大貫妙子との国内ツアー中(UTAUツアー2010)で、そのライブを連日ネットでUstream(以下UST)中→http://www.ustream.tv/channel/utau2010と言うこともあって、先日の北米ソロツアーUSTの夢の続きを見ているような感があるので、遅まきながら、鉄は熱いうちに打て!というわけで、とにかく教授北米ツアーUSTについて今回は書かせていただく。  

 この話をまったく知らない人にはぜんぶ説明しなければならないところのだが、とてもそこまで書けないので、無責任に感情的に書かせてもらうのだが、なぜこの話が、これほど知ってる人と知らない人、凄く注目した人と知っててもなんか凄かったらしいですねえ、と思っている人に分かれているのかが実はよくわかっていない。だが可能性としては、まず坂本龍一が超有名人でありながら実際彼の曲やアルバムをだいたいチェックしている人が意外と限られていること、そしてインターネットは圧倒的な%の方々が使ってはいても、Ustreamとは何か知らない、というのがその理由だろうか。  

しかし、今回のこの出来事は素晴らしい偶然が重なり続け、奇跡的な出来事として行われ、後から知ったのだが結果として11万人の人が北米ツアーUSTには訪れたと言う。え、11万人たいしたことないじゃん、とネットのヘヴィーユーザーは言うかもしれない。この後にぼくが少しだけ、なぜそんなに凄い出来事だったのか書いてみるが、初めに結論を言う。この北米USTのボランティアスタッフであった平野友康氏株式会社デジタルステージ代表)が書かれた『[DS_NEWS]特別篇!坂本龍一北米ツアーに平野が密着』→http://www.digitalstage.jp/mail_magazine/ds_news/20101111/hmail.html というメールマガジンにすべてのドラマと生の声が書かれているので、本ブログを読まれた後、興味を抱いた方は、この平野さんの手記もぜひ読んでいただければと思う。これを読めば、今回の出来事が単なるライブ中継、いやそれだって凄いことなんだが(詳しくは後で!)、単なるライブ中継ではなく、平野さんが言うように、「ソーシャルメディアの夜明け」と語っている理由がきっと伝わるであろう。  

 ま、そんなわけでその平野さんの手記は決して超えられないが、僕なりに今回の北米USTが何であったのか、記したいと思う。この坂本龍一北米ツアーは、この秋、現地時間10月17日の米ペンシルヴァニアから始まって最後11月5日ロスアンジェルスまで、アメリカ、カナダ、北米10都市で行われた坂本龍一のピアノソロのコンサートであった。そしてそのうちの日本時間10月31日シアトル、11月2日バンクーバー、11月4日サンフランシスコ、11月6日ロスアンジェルスの4公演をインターネットの視聴者参加可能の生中継メディア「Ustream(ユーストリーム)」で、坂本龍一と友人関係にある古川享氏(慶應大教授)とお二人と関係の深い前述の平野友康さんが仕事を休んでボランティアで現地に飛んでコンサート会場から生中継してくれたのだ。それがなんと突然のネット上でツイッターのやりとりから全てが始まってしまったのだと言う。この辺のツイッターのつぶやきはこのページに全てまとめられている。→http://togetter.com/li/63567 劇サイティングなり!  

 その始まりに続き注目すべき点は、その媒体がわれわれにとって非日常的であったということだ。それはだいたい日本人で北米コンサートツアーできるアーティストが現在ほかにいるのだろうか?おそらくサカモトだけだろう。まさに”世界のサカモト”と言われるゆえんである。もう一つ注目すべき点は、プロの音楽アーティストが自分のライブを無料で生でインターネット中継やるって、どうなんだろ、最近ほとんど聞いたことがない。僕の限られた情報と記憶では、1995年以降、まだPCとインターネットがあまり家庭にまでは普及していなかった頃、数えるほどの回数をやはり坂本龍一が自分のライブをネット中継したのを覚えている。僕も当時はふるさとの長野に住んでいて、教授のライブがネット中継されるを聞いて、その会場まで観に行ったことがある。その時は、映像はちゃんと来ていたが音が遅れていて、司会者の女の子がその曲の本来のメロディーを知らなかったのか、「う〜ん、坂本さんの音楽は難解ですねえ」と語っていて、僕がその場でそうじゃないんですよ、と訂正してあげたのを覚えている。自慢じゃないですよ。情報や記憶が間違っていたらお許しいただきたいが、とにかく、その90年代半ばのそのことしか記憶にない。そのくらいこれだけ有名なプロのライブのネット無料生配信ということは珍しいことである。  

 そして最後の注目すべき点は、その生中継をUstreamという手段で行ったことである。USTは、日本国内では今年の春から使用され始めた媒体であると言う。海外ではもっと早くからあったらしいが。このUSTとは僕は存在は知っていたし、ネット上で何か新しいものがあるな、とは認識していた。簡単に言えば、その生中継されているものをPCで見ながら、ログインすればメッセージボードというのだろうか、いやタイムラインと専門的には言うのか、とにかくログインすれば自分でメッセージを書いてそこに載せることができるのだ。知ってる人、僕同様やってた人には説明不要ですが。こう書けば、なんだそういうことか、はあはあ、という感じかもしれない。同じUST体験でも、たとえばどこかでやってる何かのセミナーとかパネルディスカッションとかのUSTがもし僕が初めて体験したUSTであったとすれば、へえ〜便利なものだな、くらいしか思わなかっただろう。  

 しかし今回は、普通では観ることができないプロの音楽家のコンサートの無料生中継を! しかも日本人が通常コンサートツアーできないカナダ・アメリカから! しかもそれがツイッターのつぶやきから始まって! そのつぶやいた教授の古くからの仲間たちが自らの仕事を相当な日数休んで(おそらく)手弁当で北米に飛んで!(おそらく)完全ボランティアで! それが日本にいるわれわれに届けられ!坂本龍一の大ファンも、ちょっと教授が好きな人も、そんなにサカモトは知らないけどなんか珍しいことネットでやってるらしいと思った人も、偶然ネットで見つけた人も、昼休み終わったら仕事に戻らなきゃいけない人も昼休みだけでも、みんなこの北米からの生中継を観ながら! その時の想いを感激をタイムラインに書き込み続け!1万人を超える人々が同時にその瞬間を共有し! 北米の会場にいる坂本教授と古川さんと平野さんとそのほかのスタッフの皆さんと、その1万人が教授の心に染み入る音でつなぎあえた、そして互いに語り合ったということがー

今まで経験したことのない感動をもたらしたのである。それはきっと僕だけじゃないと思う。  

平野さんが、これをソーシャルメディアの夜明け、と言ったが、その意味と価値を僕のような素人はまだ十分理解することはできない。もっと理解できるようになりたい。でも、その一端を、その一期一会の経験をさせてもらえたことが、その言葉のきっと中核にふれたことなのだと思う。ツイッター上では、平野さん坂本龍一教授ご本人にも感謝のツイートをさせていただいた。   

 今、現在坂本教授は70年代からの盟友、大貫妙子と共に日本国内で、「UTAUツアー2010」を行っている真っ最中だ。教授や平野さんが今ツアーでも色々な形でのUSTに挑戦されていて、連日楽しませてくれている。おそらくあの北米ツアーのような衝撃的なUST体験はもうないかもしれないけれど、その夜明けの夢がまた続いてくれて行っているのが嬉しい。そしてこのUST体験、ソーシャルメディアの夜明けは、人と人が地理や空間を超えてつながり合い、新たな価値観と希望をわれわれに開く扉を与えてくれたのではないかと思うのだ。                                                            悲しいことに先日USTで、自分の自殺を配信した人がいたと聞くが、私たちとってインターネットとはどんなときも幸福をもたらすものではなく、真実に幸福や希望を求める人間がお互いを思いやり、心をつながりあうことを願うときにそれらがもたらされることを忘れずに、真摯に人生を生き、与えられたものとして用いていきたいと願うものである。僕らは弱さと素晴らしさを同時に持っている者たちなのだから。。。今、新たな夜明けの中にこうして生きていることに、喜びを感じている。

<夢のつづきはコチラ ↓ > 

 

大貫妙子が歌う坂本龍一。 → UTAUツアー2010。

Ustreamでの配信は→http://www.ustream.tv/channel/utau2010                                              ツアー最新情報はUTAUツアーのツイッターにて→http://twitter.com/utautour                                  UST最新情報は平野友康さんのツイッターにて→http://twitter.com/dsHirano (→このリンクからアクセスできない場合には、グーグル等で普通にご検索ください。)

平野友康さん(株式会社デジタルステージ代表)が書かれたメールマガジン 『[DS_NEWS]特別篇!坂本龍一北米ツアーに平野が密着』 は、こちら→http://www.digitalstage.jp/mail_magazine/ds_news/20101111/hmail.html

                                                                                        けいぞうツイッターはこちら→ http://twitter.com/keizzo

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やっぱりブログですね

2010-11-03 23:44:16 | 日記・エッセイ
本日のツイッター http://twitter.com/keizzo より

1 今日はカリキュラム上の都合で、休みではなく授業実施。しかし、明日木曜日は僕は毎週授業がないので、今晩は少しリラックスしてます。中日とロッテ、いい試合してますね。


2 今週土曜日は卒論の第二次チェック。提出までに四回チェックがある。専門の神学書を読んでみてわかってきたのだけれど、テーマとしていることの思いがけないところにカギや答えがある。テーマに文化が入っているだけに(プロフ参照)、寝しまに読む小説や今見ている野球すら関係してくるようで面白い。

3 というわけで、明日は卒論中心にやってく予定です。ブログなかなか更新できなくて残念です。ブログご訪問くださっている皆さん、どうもすみません。今週明けたらなんとか書きたいです。やっぱり僕はツイッターよりブログ派ですね。祝3周年、これからも続けていきます。

(ここからはブログです ↓ )
 みなさん、こんばんは。いつもご訪問ありがとうございます。なかなか更新できないのに、毎日たくさんの方々がご訪問くださり、感謝に堪えません。気がつけばけっこうな歳になり、実年齢よりは少し若く見られることが多いものの、まだ修行中なのに人生が折り返しを過ぎた感じもあり、まだ独身ということもあり、複雑な気持ちで過ごしてしまうことも以前より増えました。

 しかし、ここ1年半、数えきれないほど、吸収し切れないほどの知識を日々学び、その中でなんとかそれをまとまった形にしたいという想いと、そして心に塊のように留まっている「キリスト教と日本文化、キリスト教と文化全般」ということを、おそらく生涯かけて、それを自分が携わる教会と共にライフワークとして形にしていきたい、そのためにその青写真、設計図、ユーザーズ・ガイドとして論拠のある修士論文を大学院に進学して願わくば仕上げたい、という願いがもう一方で思いに募る今日この頃です。

 ここしばらく、勉強が忙しかったり、落ち込むことがあったり、ついツイッターに力を入れてしまったりで、ブログの更新がなかなかできませんでした。しかし、2007年10月末に旧ブログをスタートさせて以来(現ブログは2009年2月から)、3年が経ちました。実は本当にこのブログは一部の方が見てくださっているほかは、いったい誰がみてくださっているのか知らないんです。カキコミが少ない割に閲覧してくださる方が多く、どうしてこんなに見てくださる方がいるのか、不思議に思いながら続けてきました。おや、ロッテが負けましたね。自分は西武ファンなので、ついパ・リーグのチームを応援してしまいます。

まあ、それはともかく、このブログは3年前に、実はあるきっかけがあって始めました。それはあまり誰かに話すべきことでもないので、ここでも書くのは控えますが、自分の中では、「ああ、あのときから3年が経ったのか」という思いがあり、そしてそれはその時から、自分の中で新しいビジョンとしてスタートしたことでした。そのときには、3年後に大学生だったり、こんなにもたくさんの方々が訪問してくださっているとは予測できませんでした。更新なかなかできていないのに、訪問してくださるとは、毎年最下位の野球チームを観にきてくださっているような気がして、そして落ち込みやすい自分を応援してくださっている気がして、

とてもとても励まされてきました!

今日はベタなブログになってしまいましたが、本当にいつもどうもありがとうございます。
勉強をしながらブログに写真を用意するのが実はけっこう楽じゃないので、文章だけを基本のブログとして、これからも続けていきます。作文の練習みたいなブログですみませんが、いつかブログじゃなくて、○○賞でも取れるようにがんばりますって、何賞だよ。バカヤローッ。1、2、3、ダーッ! 

スミマセン、精神年齢は2000年くらいで止まっているようです。

がんばれ、日本が待ってるぞ。
確かな、価値観を。向こう見ずな、愛を。


〜3周年記念・特別付録 スペシャル・プレイバック〜
旧ブログ”さとうけいぞうのインディペンデント・ペレストロイカ”より
2008/1/30記事 「お笑いけいぞう?」  ←クリック!どうぞご覧あれ。

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大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠ぺい事件について

2010-10-04 23:08:15 | 世相・ニュース・TV番組


 こんばんは。なかなかゆっくり丁寧なブログは更新はできないのですが、今日も短い時間で上記テーマについて、専門的視点ではなく、自分自身の背景からなる視点で書きたい。事件のくわしい概要は多く知れ渡っており、またネットニュースなどでも今からでも見ていただけるであろうから、割愛します。とにかく厚生労働省村木厚子元局長冤罪事件に関する、大阪地検特捜部のフロッピーディスクの証拠改ざん・隠ぺい事件のことについてです。

 自分は司法については素人である。だから検察についても、特捜についても世間並みか、あるいはそれ以下かもしれない。しかしそんな自分でもこの事件は本当に驚かされた。正義を貫くべき検察の、しかも特捜部が、何を目的に、映画やドラマでも考えつかないような、犯罪ストーリーの「見立て」に合うようにフロッピーディスクの改ざんを行わねばならなかったのか。

現在事情聴取中のため、真相はまだわからない。大阪特捜のエースと言われた前田恒彦検事が、プレッシャーの多い特捜の仕事の中で、自分の評価や積み上げた立場を守るためだったのか。あるいは大阪、東京、両方の地検全体を考えてのことだったのか。そして、その改ざんを告白した前田検事に対して「俺に任せろ」と佐賀元明前特捜副部長が言ったのか、言わないのか、まだわからないが、それで故意の改ざんから過失による改ざんとされるようにしたのか。あるいは、本当に過失だったのか。

 司法については素人だが、僕は公務員として長い間 市役所勤めをしていた。仕事はあまり出来る方ではなかったが、一応立場的には行政マンだった。その中で大切にされ、守らなければならないことは、市民からも業者からも、他行政機関から突っ込まれても、きちんと弁明でき、市側がまっとうな判断の上、この職務を成し遂げたことを言葉や、特に決裁文書で残すことであった。そこで市の信用と、そこに関わった担当部署や職員の信頼が高まっていったのである。その逆であったら、最悪、市は訴えられ、裁判で負けることになる。それで一職員が法的に責任を負わされることはめったにないとは言え、その後の人事や立ち位置には響いてくることはありうる。

だから、自分も現役の職員だった頃は、ずいぶん言葉と書類作成には気を使った。自分の場合、言葉はいまいち乱暴だったが(反省)、書類作成には本当に気を遣いすぎるくらい使った。まあ、すべてが完璧でしたとは言い切れないが、でも一所懸命やった。それは職務を全うしようとしてやったのだが、同時に自分が何か誰かに突っ込まれないように、また法的にひっかかることはないように、正直自分を守ることも常に考えていた。

しかし今回のこの大阪特捜の一連の事件は、何をどう考えて、何を守ろうとしてFDデータを改ざんしたのか、よくわからないのだ。故意であれば、何のために故意の改ざんをしたのかわからないし、過失による改ざんであれば、なぜそれを早々と公表して非を認めず、こんなになるまでそのままにしておいたのか、わからないのだ。僕の知識不足・情報不足かもしれないが。
どういう基準で、どういう判断をしたのか、その芯がはっきりわからないのだ。うまく説明できないが、彼らが故意でも過失でも、何を一番大切にしようとしたのか、わからないのだ。

 今日は僕の学んでいる東京神学大学で、受講者4名だけの臨床牧会教育という授業があった。メインワークは精神科専門病院の病棟内での実習だが、その中で担当教授と学生でグループディスカッションする時間もある。その中で、われわれ将来牧師をめざす者たちとして考えねばならないモラルの問題を話し合った。

当大学は小さな大学だが、勉強はかなりの量をやらねばならない学校なのである。だから知的にはかなり鍛えられる。しかし、知的な神学という学問を修めただけでは、その学びは必要だが、将来どこかの教会に赴任してから、それで牧師としてすべてやっていけるわけではない。その学びと並行して、人格形成、実践訓練、また社会人としての生活訓練が必要なのだ。だからあまりにも知的に学ぶ部分の神学に打ち込むだけだと、時にはアンバランスな学生や卒業生が排出されてしまう可能性がある。私たちが現実の社会でぶつかるのは、生身の人間であり、生の世の中の現実なのだ。その時に筋の通った社会人としてのモラルや、真実で誠実な人間関係が持てなければ、その人の語る言葉は説得力を持たない。

今日はその授業で、現在当大学の学生にありがちな社会人としてのまだまだ未熟な部分を、お互い反省しながら、将来この社会のただ中で牧師として生きる上で基本的なモラルについて改めて話し合った。その芯にあるのは、人が見ているかどうかではなく、人が見ていなくても、神の前に生きるひとりの人間として恥ずかしくない生き方と社会的責任を全うしていくことである。

 人のモラルとは、もちろんケースバイケースはあるが、大きな意味でシンプルなものである。だから今回の事件はシンプルさが失われていて、複雑な動機が絡み合っている気がするのだ。この社会の正義を本当に追及しなければならない機関が、根幹において、誰にでもわかる正義を貫く機関として、再出発するつもりで、誰にでもわかるように、この事件の真実を明らかにしてもらいたい。


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クルム伊達からのエール

2010-09-28 22:47:06 | スポーツ・格闘技
 昨日ブログで、イチロー選手へのオマージュを書かせていただいた。しかし、何か足りない気がした。それが今朝TVで、クルム伊達公子がシャラポワに勝ったニュースとその短い特集を見たとき、それがすっきりした。イチローにはプロ中のプロの魅力があり、これからも追いかけていきたい選手であることに変わりはない。ただ伊達公子には、彼女の人生と生き様でしか伝えられない、全てから解き放たれた解放感と、ただただ走り抜けたい、自分のやってみたい道をできるところまでとことん進んでいってみたい、という前進ににじむ喜びを感じる。

僕はアスリートでも何でもないが、しかし人生のアスリートとして、彼女のように、もっともっと生きて行きたい。
それはみんな同じだ。地平線に向かって。与えられた人生を限りなく。


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イチローの凄さ イチローの本心

2010-09-28 00:26:32 | スポーツ・格闘技


 こんばんは。更新頻度が少ない中、いつも本ブログをご覧になってくださり、どうもありがとうございます。なぜかめったにコメントが来ない本ブログにて、ご訪問者の方々の意外な多さが、本ブログを支えてくださっているので、大変感謝しています。

 さて7月末の夏期実習開始以来、怒涛の日々というか、睡眠時間も、食生活もどう保ったらよいのかというような、大変だがしかし神学生冥利につきる、リポビタンD的パワーを必要とする休みがほとんどない日々も、今週土曜日午前の授業の課題提出をもって終わりを迎え、やっと通常生活に戻ろうとしている。その中で、今夜はすばやく久々更新をしてみせたい。なんかえらそうだな。

先週9/24(金)は翌日が提出期限の学校のレポート課題があり、しかも課題内容が多かったため、前夜は確か結局徹夜になってしまったと記憶している。そして、目を冴えさせるために小さい音声でテレビをつけておいた。チャンネルはNHK総合。野球の米メジャーリーグのブルージェイズvsマリナーズが放送されていた。「あれ、確かイチローはあと2本だったよな。」と勉強をしながら、ふと思った。

そしたら、もう僕がそう思った時には、あと1本で今シーズン200安打に到達するところであったのだ。そうか、あと1本なのか。僕はファン歴25年の埼玉西武ライオンズのファンだが、まちがいなく、野球選手として一番好きなのはイチロー選手である。あんなに観る価値のある選手は他にいない。つくづく彼の日本での最後の年に生で彼のプレーを観られたことを幸運に思っている。

そして注目の中、イチローの第三打席、前人未到の10年「連続」200安打をかけた打席となった。しかしレポート問題の切りが悪く、僕は机に向かっていた。すると、

「イチロー初球、打ったーツ。センター前ヒーット。この瞬間10年連続200安打達成〜。」

といった感じの実況が流れた。
「え、もう打ったの!」
一塁ベース上でイチローがいつもと変わらず冷静に立っている。しかし、チームメイトや観客席のファンの声援に応え、帽子を取り、拍手に応えた。その後でリプレイを観た。きれいなセンター前ヒットだった。

「イチロー、やったか。たいしたもんだ。」 

まさにリビング・レジェンド、生ける伝説だ。ピート・ローズの記録に並んだんだな。彼はまだメジャーリーグが日本でほとんど観ることができなかった時代、凄まじいヘッドスライディングをする迫力ある選手だったという記憶がある。最後に彼のニュースを聞いたのは、彼が野球賭博問題で永久追放処分を受けた時だった(1989年)。



 僕はその後はテレビをつけておいたが、もう試合展開はさっぱりわかっていない。勉強をやり続け、とにかくイチローのいるマリナーズはどうも負けたらしい。(新聞で確認) そして何時だったか、もう朝のニュースだったことは間違いない。イチロー記録達成のニュースが流れていた。その時は画面を見た。すると、シアトル・マリナーズのリポーター(広報担当だろうか)という女性がコメントしていた。だいたいこのような内容だった。

「ふつうメジャーリーグの選手は、自分がメジャーリーグの選手であろうとするのに対し、彼(イチロー)の凄さは、メジャーリーグの選手であろうとするのでなく、自分らしくあろうとすること。彼のような選手はいない。本当にステキ。」

この言葉も印象的だったが、彼女のまなざしがその言葉にさらに説得力を与えていた。

「彼の凄さは、自分らしくあろうとすること。彼のような選手はいない。」

僕は以前、一度イチロー選手について、ブログ記事を書いたことがあった。(2009年3月7日記事http://blog.goo.ne.jp/keizzo-blog/e/8139658a5ea5f36dc2693bb3cb8df153) その時には彼の話し方が不自然であり、しかしその不自然さがもはや彼の自然であり、ある意味カッコよさにもなっている、つまりイチローらしさになっている、ということを書いている。しかしそれは僕が遠くから感じたことであって、これは近くでずっと彼を見ているチームスタッフが、しかも女性が言ったことである。やはり、同姓が人を評価する率よりも、異性が評価する率の方が低くなるだろうから、この言葉は真実の言葉だろう。なぜなら僕ら日本のファンの知らないイチローを彼女は見ているのだから。

僕らは本当のイチローの姿を知らない。凄さばかりが伝わってくる。彼の弱さを知らない。また彼はそれを見せないし、プロとしてそれを見せるべきではないと知っている。さあ、夜も更けて来た。もう終わりにしなければならない。

彼の本当の姿は「イチロー」ではなく、「鈴木一朗」なのか。しかし彼は「イチロー」として、世界一のプロフェッショナルとして10年間生き続けてきた。先ほどの女性チームスタッフは、「イチロー」としての彼の多くを知っている人物である。勝手に、おおざっぱにイチローと鈴木一朗を分けてしまってはいけないのだろう。しかしきっと本当の彼を知れるとしたら、それは鈴木一朗という部分の彼も、イチローという部分の彼も、それが分けられずに一緒になっている部分の彼もみんな知っている人なのだろう。弓子夫人はそういう人なのだろう。

 僕は、イチローに1年でも長くプレーをしてもらいたいと思うし、また彼への想い入れがあるほど、私生活で安らいで生きてほしいと思う。人間は、本当の意味で自分らしくいられることが、幸福であることの大きな証しなのだから。仮面をかぶって凄い自分を演じたり、本心を隠して不安な心で生き続けることは決して幸福ではないのだから。

それにしても、凄さばかりが伝わってくるイチロー選手は本当に凄い。あとは、ただ彼が野球人としてだけでなく、その生涯の中で自分らしさをさらに見出し、世界とアメリカと勝負した日本人として、いつかその弱さすら告白することのできる真の強さを彼には見たい、と勝手ながら期待してしまうのである。



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夏が終わった

2010-09-10 23:37:29 | 日記・エッセイ


 今年の夏は本当に暑い日々が続いた。昨日から急に涼しくなり、それをどこまで信じていいかわからないが、心身には快い。私事だが、今日で前期の期末試験と期末レポートの提出が終わった。つまり4月から続いた勉強と夏休みは教会での実習、そしてその後はこの期末の課題という、実質的な休みのない日々(前期は毎日授業があった)が終わった。特に7月25日からの教会での実習から今日までの毎日締め切りに追われ続けるような、絶えず緊張と睡眠不足なのだが、それも感じないくらいの頭がどういう状態になっているかわからないような張り詰めた心身の状態にピリオドが打たれた。その結果が笑顔で後期を迎えられれば言うことはないのだが。

上の写真は、この9月から新築開業したICU(国際基督教大学)学生食堂の夜景を撮影したものである。メニューは少ないが、味はけっこうおいしく、さすが学食、値段が安い。そして何よりも建物の内外とも景観が良く、食事の際、座る位置によって椅子とテーブルの種類が別々で、照明の明るさもそれぞれで、ちょっとしたレストランかカフェテリアの雰囲気がある。9月に入って、僕が兄上と慕う年上の同級生とよく行ったので、そういえばそのときだけはホッとした時間を過ごすことができた。(東京神学大学の学生はICUの学食と図書館と売店を利用できる。 写真↓ ICU構内の森の中の道)



 東京神学大学は神学専門の単科大学なので、一般の大学と色々な面で違うところがあり、人数が少ないのも、3年生以上は本当に神学関連のものだけを学んでいるのも、学食がないのもそうであるが、かつて一般的な総合大学で学んだ経験があるものとしては、こんなに在学生のほとんど全員がしっかり勉強に打ち込まないと、よっぽど要領の良い学生を除いては、勉強について行くことができないという現実に、最大の違いを感じる。もっともそれは僕自身のかつて行っていた大学が、象徴的な日本のマンモス私立大学であったからかもしれないが。今回は夏期実習の後の短い時間で試験等の準備をしたので、成績は二の次、単位だけはしっかり取ることを目指していたが、正直うまく行かなかった科目もあり、不安も残るがやるだけやったので、気持ちを切り替えて後期に臨みたい。

 そんなわけでやることはすぐにも次のものが待っているが、とりあえずひと月半の闘いが終わったので、夕方早目にその兄上と打ち上げと称してそのICU学食に行き、しばし食事と歓談のときを持った。



 学食をあとにして、帰寮するため、しばらくICUキャンパス内を歩いた。6時を過ぎた頃だったが、もう辺りは暗くなっていた。
ふと気がつくと、辺りのICUの森に虫の心地よい音が響いていた。虫の声が聞こえる。疾走したこの夏の間、気づいたことがなかった。蝉や蜩(ひぐらし)は鳴いていても。

ICUの学生たちも言っていた。
「これ虫じゃね?」
「ほんとだ。秋だー。」

 そうだ。夏が終わったんだ。この走り続けた夏が終わったのだ。虫の音を聴くことなど考えもしなかった時間から、新しい季節に入ったんだ。三十を過ぎて新たな目標に進み、それがいつ見える形になるのか、しかし必ずそのときが来ることを信じて進み、早や十年近くになるが、それでも人生は進んでいる。
灼熱の日々はとりあえず過ぎ去ったが、新たに歩き出す、新しいステップが始まる。この季節を迎え、自分にとっては一つ歳をとるのもそうだ。この夏の成果が、これからの季節で実って行くのを願うものである。

 
(9/6撮影、朝明けの東京神学大学校舎)

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ありのままで生きるということ

2010-08-30 13:14:02 | 日記・エッセイ
 夏のブログを書くには、夏期実習のことや猛暑の学生寮ネタなどいろいろあるのだが、今回も、先日亡くなられたジョシーこと石原良人牧師に関連したことで、考えさせられたことあるので、それを書きたい。

彼がどんな牧師であったのか書ければもっと良いのだが、期末試験準備&レポート作成の幕間的な時間で今は書かねばならないので、そこまで書けないが、彼を象徴する言葉を思い出したので、それを記したい。こう言っていた。これはキリスト教に別に関心がない方でも、考えさせられる言葉だと思うので、続けて読んでもらえたらありがたい。一言一句は再現できないが、おおよそこういうことを言っていた。

「講壇で説教すること以上に、牧師にとって大事なのは、その講壇から降りた後だ。
その壇の下、つまり普段そばにいる隣の人と、どんな風に接っしているのかが大事なんだ。」



 何が言いたいのか。つまり、たとえ神に仕える牧師と言えど、講壇の上では凄い話や自分が凄い牧師であるかのように、悲しいかな演じてしまうこともできる。しかし説教ではなく、言わば講壇の下に行って、ふつうに、すぐそばにいる人といかに自然体で接しているのかが、もっと大事だと言うことだ。
もっと言えば、その牧師がありのままの自分で飾らずに背伸びせずに正直に生きていられるか、ということに、その牧師の真価が問われる、つまりその人の真価・生き方が問われるんだ、ということを彼は伝えたかったのだ。

 僕は彼の著書の中で残念ながら「ありのままで愛されたかった」という本はまだ読んでいない。たぶん彼の最終著作であるので、遅まきながら買って読みたいと思っている。それはそれとして、その「ありのまま」という言葉の意味は、この上に挙げた彼の言葉、そこから垣間見える壇上ではなく、壇下の、いや壇下というより、ふだんの素のその人の生き方や人間関係にそれは表わされるものだと思う。
 最近の日本相撲協会の力士や親方、床山などによる野球賭博問題で、ある有名な力士が最初その野球賭博への関与は否定したにも関わらず、後で前言を撤回して、実は関与していたことを認め、その結果、その力士はその偽証への責任を取らされることになった。これは例としては極端な例だろうが、わかりやすい例として彼は自分自身がやったことに、ありのままになることができなかった。自分を覆い隠さざるを得なかったのだ。



 先の説教壇に立って演技をする誘惑のある牧師の例にしても、その元・力士の問題にしても、いかに人間はありのまま生きることができないものを抱えている存在か、ということを石原牧師のその言葉を思い出しながら考えさせられた。また同時に、ありのままで生きられている人の強さを感じさせられた。彼はやっぱりそういう人だったな。

今はどうか知らないが、以前ラジオのテレホン人生相談(byニッポン放送)で社会学者・早大名誉教授で心理学関連の著書を多数書かれている加藤諦三氏が、その番組の冒頭で

「変えられることは変える努力をしましょう。
変えられないことはそのまま受け入れましょう。
起きてしまったことを嘆いているより、これからできることみんなで一緒に考えましょう。」

という台詞を言われていたと記憶している。この言葉は、ありのままから生きることをスタートすることについて語られた言葉と言ってよいと思う。
しかし先に述べたように、人間にはそのありのままで生き切れない、どこか自分を飾ったり、取り繕ったりしてしまうところがある。本当にありのまま生きられたら、生きることが自由になる。勇気もいるが、ありのままで生きられるかどうかが、人間、人生何が大事なのか、自分自身に問うことになる。

ちなみに、この加藤氏の言葉と似た内容で、宇多田ヒカルが彼女のヒット曲“Wait & See〜リスク〜”の中で、

「変えられないものを受け入れる力 
そして受け入れられないものを 変える力をちょうだいよ」

と歌っていたが、これは彼女らしいご愛嬌か。



 最後に、もしかしたら加藤諦三氏の言葉のもとになったのではないかとも思われる、20世紀アメリカを代表する神学者のラインホルド・ニーバーの有名な祈りの言葉を書いておきたい。
人がありのままで生きるために必要なものを表わした祈りであると思う。

「神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。」

この記事を書こうと思ったきっかけとなった、ジョシーと、都内某カフェでいっしょに語り合ってくれた友とに感謝しつつ。
急いで書いたので、不備や、考察が甘い点等あると思いますが、今後の課題として今日のありのままということで、お許しください。


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天国への凱旋

2010-08-24 23:53:06 | お知らせ
先月の7/8のブログ(→ジョシーのこと 癌のこと)で書かせていただいた、ジョシーこと石原良人牧師が、今日、天に召されました。(→彼の所属教会のHP内のお知らせ

しばし時間が止まったようです。

夏の教会実習は一昨日現場実習が終わり、しかし自分のミスで作成物の不備があり、今日までその直しをして郵送提出し、ついに実習が終わったのですが、その安堵感はどこかに行ってしまったようです。

彼は稀代の日本人牧師でした。戦国時代なら、歴史に名を残すような武将になっていたかもしれません。寂しさと今までの感謝を胸に、彼と彼の御家族のために祈ります。

ジョシーさん、また天国で会いましょう!
あなたの遺した神様の愛は日本中に散らばって行きましたよ。

後は、オレたちが引き継いでいきます。
ジョシー、ありがとう!

佐藤 計


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中村健佐、武蔵境で熱奏!

2010-08-10 23:03:18 | 音楽


夜の帳(とばり)、武蔵境駅前にプロストリートミュージシャン、サックスプレイヤー 中村健佐 氏 がなんと2週連続であらわれた!
有楽町、秋葉原といった都心で彼に出会うことはあっても、この武蔵野地域の駅前で彼に出会うとは!

武蔵境駅はJR中央線三鷹駅のとなりの駅で、我が地元である。武蔵境界隈はローカルな感じはするが、緑が多く環境が良く、また大学が多く、ICU(国際基督教大学)、ルーテル学院大学亜細亜大学日本獣医生命科学大学(旧・日本獣医畜産大学)、そして僕が学んでいる東京神学大学などがある。

そしてその武蔵境駅前には、よく路上ライブが行われている。
そこになんと以前本ブログでプッシュしたことがある(2010-05-18記事「不安定に見える生き方」)中村健佐氏の夜闇に響くアルトサックスの音色が、7/28(水)、8/4(水)二度に渡って響いていたのだ!



僕は夏の実習の帰り道だったが、しばしその音色と中村健佐という昨今稀な存在に、足を止めて聴き入った。猛暑がやや抑えられた、夜の中央線沿線の緑多き徒歩が似合う駅前に、世間的というライフストーリーとは別の物語を奏でる男の生き方が響き、そこで響いていた名曲”ユア・ストーリー”は、どこか彼の人生に自分自身を重ねさせる想いがした。彼のプロフィールをまだご存じない方は、ぜひ彼のオフィシャルサイト(http://www.kensukesax.com/)でそのプロフィールを見てみてほしい。そこに何か一人ひとりの人生に問いかけるものを感じると思う。

しばし贅沢な時間を過ごさせていただいた。明日からもがんばろう。



<中村健佐 4thアルバム「ユア・ストーリー」>



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