白い雪・青い空

ミュンヘンは、バイエルン王国の首都へわたくし白坂 啓がご案内いたそう。
「いいね、ミュンヘン」発売中

夏休みまでのラストスパート

2006年07月20日 08時38分25秒 | Weblog
ドイツの学校に勤めるようになって、どうも調子が狂うのが学年歴。ミュンヘンでも、日本人子女を対象とした教育機関では、4月が新学期でありましたが、現在、わたしが教えているところは、どこも9月が新学期。

ドイツは、連邦州ごとに長期休暇のスケジュールが違う。つまり夏休みはだいたい6週間と決まっていても、早い州では、6月後半から休みにはいり、8月一週めあたりに新学期。一番遅い州であるバイエルンでは、7月の末日まで授業があり、9月の第二週に新学期がはじまる。

この長い夏休みが大きな切れ目になって、一学年は年間10ヶ月もないことになってしまう。日本だったら、一学期があり、そこで蓄えたものを夏休み後に膨らませ、三学期に総まとめする、というような流れがあったと思います。自分が子どものころも、夏休みで気分転換はするものの、宿題も当時は多かったし、そこで勉強して二学期で勝負みたいな。

ところが、ミュンヘンで先生していると7月になって後半になるともう夏休み気分(学年末のあの行事だけみたいなね)。成績もつけ終わってしまうと先生方も遠足だとか、見学だとか自由な授業が多いらしい。自然と生徒たちも開放感。

午後の自由選択科目の日本語なんかこなっくなっちゃうんだなぁ。だからこちらもちょっと特別プログラムにしたりしています。来週なんて、全部パーティみたいなものですね。でも皆勤賞くらいは用意しておこうと思います。「出席を評価する」なんて日本らしいなぁと、いつも関心しますね。でも、がんばった生徒はうれしいだろうし、皆勤賞逃した子も努力賞を発行することにしています。

バイエルンの夏休みは小中高校が8月から9月上旬、大学などは、さらに10月中旬ぐらいまでが「夏」休みなのだけど、ほとんど秋。

9月からスタート、しかも2ヶ月に一回一週間から二週間の休暇がある、というリズムにまだ慣れないよなぁ。。。来年度こそ、きちっとした学習指導計画を立てようと思う先生の夏休みの宿題。

コメント (19) |  トラックバック (1) | 

ワールドカップはお祭りだ

2006年06月25日 15時04分56秒 | Weblog
日本ではワールドカップっていうけど、ドイツではWeltmeisterschaft 略してWM。
昨日は、ミュンヘンでの2回目のドイツの試合でした。
Achtelfinale (ベスト16)Aグループ一位のドイツとBグループ二位のスウェーデン。

朝8時の中央駅、9時のマリエン広場を日本からいらしている浦和のサポーターの方と歩く。ヴァイキングの帽子をかぶったスウェーデンの応援もちらほらいるけど、圧倒的にドイツ。11時ごろにマリエン広場に出てきたときは、もう広場はびっしり人が集まっている。この人たちがみんなスタジアムで観戦するわけじゃないだろう。日本から来ている人と同じように、各国の人たちがこのWMを見るためにドイツに来ている。チケットを持っている人も持っていない人も。何が何でもスタジアム観戦したいと言う人は、いわゆる「ダフ屋」と交渉してチケットを手にするのだろうけど、ほとんどの人は、チケットが入手できなくても、ドイツ応援グッズなどを手にして大型画面で観戦したりする。

ミュンヘンでは、オリンピック公園の一角でファンフェストというイベント会場を作っていて、そこには2万5千人が収容できるようになっているが、昨日は、午後3時前に入場制限。他にも数箇所大型画面があるし、街のカフェやレストランには、スクリーンやテレビが設定されている。どこにいてもWM放映が見られるようになっている。昨日は、土曜日の午後5時からの試合で、しかもミュンヘンが会場だったから、街の喧騒も尋常なものではなかった。

わたしは、あえて5時から7時は外に出ることもなく、自宅でテレビ観戦。そのあと、知り合いが会場から戻ってくるのに合流することも考えてレオポルト通り〜ルートビッヒ通りのパレードを見に行く。地下鉄「大学」駅の出口のあたりに数十分たっていたら、自転車のかっ飛ばし、オートバイなどもいるし、歩く向きも北に向かう人も南に向かう人もいる。

7時半ごろ知人と連絡がとれて、大通りを離れてSchelingstr.を行くと、こちらは大通りを締め出された車がクラクションをならして走る。車のパレードは、裏通りで自然発生しているのだ。普段は騒音にうるさいドイツの人たちもこの日だけは特別。そう、ゴミの投げ捨て、ガラスのビンを割ったりするのも、この日は特別。

お祭りだからしょうがないよ。
って、ことで、本当にサッカーが好きな人は試合が楽しみだろうけど、そういう人ばかりがいるわけじゃない。サッカーの内容なんか全然わからなくても、試合の勝ち負けにかこつけて騒いでいるだけ。イギリスとの対戦がなかっただけいいけれど、過激なサポーターが騒動を起こさないといいな、と住民としては願うばかりである。

それでも、負けちゃったスウェーデンの応援の人もちょっとぶすっとしながら街を歩く。各国チームのユニ着たグループが一緒に肩を組んでいる。ここまできたら決勝リーグ、勝っても負けても「よくやった」「いい試合だった」とエールの交換ができるようなWMであってほしい。で、もちろんドイツにがんばってもらいたいのはやまやまだけど、次はアルゼンチンだから、ちょっと難しいかもしれない。

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

南チロル(序章)もどりました。

2006年06月11日 17時38分15秒 | Weblog
南チロルから帰還報告。
今回は、老教授(80歳道産子)のお供で、彼の著作に関連する「学術的」調査研究旅行とでも言ったらいいのだろうか、とにかく学会の宝物のような方のお供だできるだけでも、若輩もの+学問から遠のいている私としては光栄の至りでありました。しかし、話が出たのが数年前の学会で、そのとき5−6月のヨーロッパは最高にいい気候だし、聖霊降臨祭の休みは2週間あるので、わたしも動きが取り易いからぜひ、と声をかけたのだが、老教授いわく「いや〜その時期はだめだ、畑仕事がある」とのこと。

札幌市内の簡素な住宅には畑があり、毎日世話をしてやらないといけない。それでは仕方がないですね、とそのときはそれで話が終わった。それから、しばらくして、2年前のトリアーの学会のときには、やはりクザーヌスと南チロルの話題が出たこともあって、またこの旅の話が持ち上がったが、そのときは「畑仕事」のことは彼の口からでなかった。「畑はどうしたのですか?」と問えば彼のことだから、「おーそうだそうだ」となって話はまた立ち消える。あるいは、畑は止めてしまったのかもしれない。とにかく「畑」の話は口にしないことにした。

昨年のトリアーの学会では、すでに具体的に日程の打ち合わせをするに至っていた。学会が9月ごろだったから、彼は帰ってすぐにスケジュールの調整などはじめていたのだろう。そうとも知らずわたしは南チロルの旅については、半信半疑、いざ出発となれば準備に手落ちがないように心の準備だけはしていたのもの、スタートはしていなかった。12月の末にスキー休暇でチロル(オーストリア側)から戻ってきたばかりの事務所に老教授からのファックスが入っていた。そこには、具体的な日程も書き込まれていたのだが、忙しさにかまけてわたしはそのファックスを事務所の机の隅に片付けてしまった。

いよいよ休暇のスケジュール調整がはじまって、わたしも高校や市民大学はこの2週間全面的に休暇ではあるが、大学ともう一つの専門学校では生徒と話をつけないといけない。果たして教授の方は本気なのかどうか、一度電話で確認すると飛行機の予約も取れているという。そこで、保険のことや旅行の日程の打ち合わせをして、さてさてこちらもスケジュール調整。授業の週によって、祝日などが入るためにこの週の休みが夏休みに補講という形で響いてくるクラスもあったが、なんとか全クラスの日程を調整。月曜日から日曜日までの完全休暇を獲得して、こちらもスタンバイ。

それから、ホテルの予約、レンタカーの予約など1週間で完了。とはいえ、肝心の見学先というのか、調査すべき地域についての詳しい情報が一切手にはいらない。本来はら、トリアーやベルンカステルにあるドイツのクザーヌス学会の方に連絡して、大教授の調査なので、ということで詳しい情報や文献を伺うべきであったのだけど、そのためにはこちらも多少予習をしておかないといけない。えらい先生に物を聞くときはそれなりに準備が必要であるから。その予習の時間がないまま旅行の日程がせまってしまった。わたしは、手元にあった論文集一冊を手に出発の日を迎えた。

教授のほうは、地図などかなり資料を用意しておられた。とはいえ、歴史的な叙述にでてくる地図は現在の地名やランドマークがついていない。最近の道路事情に詳しい現地の地図には歴史的な地名が記載されていない。こうなったら現地で聞くのがてっとりばやいだろうということで、とにかくスタートを切った。

はじめは雨混じりの天候のもと、なかなかしっとりとした湖畔の宿での一泊であったが、南チロルに入った日から天気は快晴。山頂で太陽が照りつける中で、雪がちらついたのはご愛嬌。申し分のない旅であった。

天候、気温、食べもの、道路状況、先生や私の健康状態、宿泊施設や立地やサービス、どれをとっても申し分のない旅であった。なにより、80歳の老教授に何かあったら学会の先生方から何を言われるかわからない。「白坂が先生をそそのかしてそんな無理な旅にひっぱった」ということになる。それは半分は当たっているわけだし。そんなプレッシャーもあった。だから、昨日4時に無事帰還、我が家の事務所に先生をお連れして、そこに私の嘗ての教え子で教授にもお世話になっていたF君が迎えにきてくれたときは、何かホッとして身体中の力が抜けたような気がした。

最後のお役目は、レンタカーのガソリンを満タンにして、駅前の駐車場に止めて鍵をレンタカー受付に返す。これも5時50分終了。そこから、携帯で知り合いに電話して、駅の近くに最近引っ越したそのお店のお祝いかねて、立ち寄る。今日は、能代も届いているし、秋の田という私には新しい酒も入っていた。とてもいい気分で一日を終えたときには、酩酊以上に意識も朦朧とネットに繋がる元気すらなかった。

一晩すぎて、とりあえず、ブログには書いておきたいことを忘れてないうちに書き留めておくことにした。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

1週間のお休みいただきます

2006年06月04日 14時52分00秒 | Weblog
いらしてくだったかた、ありがとうございます。
まことに申し訳ありませんが、当方本日(6月4日聖霊降臨祭)より一週間のお休みいただきます。

札幌からいらしている老教授のお供で、テーゲルン湖の修道院を基点に南チロル地方に「ニコラウス・クザーヌス」の足跡を訪ねる旅に出ます。近日刊行になる教授の著者に関わる取材で、挿絵として掲載するための写真や資料を集めるのが目的ですが、どちらかというと、当時に思いを寄せてしみじみと郷土を味わう旅になりそうです。

先生から智慧と生きる力の恩恵をいただけるまたとないチャンスだと感謝しています。学会の宝物のような方だから、くれぐれも事故の無いように気をつけないと。南チロルはまだところどころ雪が残っているといいますので、日程や天候と相談して、無理しないように、行けるところだけを訪ねるつもりです。

また、ここでみなさんにお会いできるのを楽しみしています。

(^^)/~~~~
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

その物語はやはりフランクフルトではじまらねば

2006年05月30日 01時43分42秒 | Weblog
その物語はやはりフランクフルトで始まらなければならない。

「二人のロッテちゃん」という訳で日本に紹介されているミヒャエル・エンデの話がある。子ども向けの文学といってもいいが、エンデならではの切り口は大人にも十分楽しめる文体であり内容である。二人の女の子が休暇中の合宿で知り合う。一人がウィーンでお父さんと二人っきりでくらし、もう一人がミュンヘンのお母さんと暮らしている。実はその女の子は双子の兄弟で、物心がつくまえに両親が離婚して別々に暮らしていたというような内容だ。

この物語を元にした映画を一度みた。私が見たバージョンは、お父さんがベルリンになっていたと思う。たしか、ベルリンとミュンヘンだった。これでは駄目だ。わたしが本で読んでいたく感動したのは、芸術家で中々お金もちになれないけど、いい仲間に囲まれ雰囲気のいい古いアパート、ゆえに勉強部屋もなく、カフェで仕事をするようなそういうお父さんの生活。これはもう絶対にウィーンじゃなきゃだめだ。

一方お母さんは、メディア関係だか、アパレルの宣伝部だか、そういう華やかな部門で働くキャリアウーマンでミュンヘン在住。そのシッキミッキぶりは、やはりミュンヘンじゃないとしっくりこない。その土地ながらのイメージとか職業とか住宅事情が背景にあるから、この二人が中間地帯の田舎の村で知り合って、そのあと入れ替わって生活するところが非常にリアルでおもしろい。

たとえば、ドイツで「Tat Ort」という人気テレビ番組があり、よくある事件モノ、刑事が主役のドラマなのだけど、毎回、違う土地の違う警視庁の管轄で事件がおきる。つまり、スターの主演刑事さんもそれぞれの役柄。ちょっと方言が出たりというわざとらしさがあるもののご当地ならではのアイテムが出てきておもしろい。

売れない本屋の経営者が主役となっている二つの映画。一つは、"You got a mail"
で、アメリカが舞台。もう一つは、”Notting Hill"でロンドンが舞台。しかも、後者の主人公のアパートやその近所の雰囲気が私の住んでいる街とよく似ている。第三のドラマは、ミュンヘンの売れない本屋の話にしようと、はじめにその映画を見たとき思った。

そして、新しい物語は、フランクフルトではじまる。


コメント (0) |  トラックバック (0) | 

日本からの短期留学生

2006年05月23日 05時15分33秒 | Weblog
ドイツの高校で日本語を教えている。一週間に3回三つのクラス。上級のクラスは、3年目、4年目の合同クラスで、さらにバイリンガルの子や日本に長期滞在していた子なども加わるので、レベルの差がかなりある。それでもとりあえずは、中級の教科書「福岡から今日は!」の文法項目を軸に、文法・漢字などは一通りのレベルまで終了させるように目標を立てている。

さて、この春も交換留学生が東京の高校から2ヶ月来ていて、ドイツ生徒(日本語学習者)の家庭にホームステイしながら、現地の高校に通ったり、日本語クラスに顔を出したりしてくれる。今年は、例年になく2人を受け入れたのだが、問題意識の高い生徒で、意欲的にドイツ語を使い交流を深めている様子。

今日は、わたしの成人学級のクラスにも来てもらい、日独の差などについて話をした。日本のいいところ、逆にドイツにきてがっかりしたことなど、日本にいるときにはわからなかったことや、見えてこないことが、比較的長期の滞在でだんだん見えるようになってくる。この問題意識そのものが大切なのだと思う。

日本についてのイメージは?(ドイツ人の学習者20代の人たちに聞く)
テクノロジーの発達した国。
非常におだやかで親切、だけど、本音がわからない。
政治家は、ちょっと古い伝統をしょっている感じ。(個人的なつながりが大事だったり)
小さい面白いもの(たまごっちみたいな)を作り、大人も楽しんでいる。
高度な技術的発明、発見が実用にも生かされている。

などなど。若い高校生の目から見た今のドイツ・ミュンヘンなどうなんだろう。そんなことに興味を持ちながら、留学生の面倒みるのもまた楽しい。今度の夏はこちらから日本を訪問する。ドイツの若い人たちは日本をどう思うだろうか。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

久しぶりに爽快に歌う

2006年05月22日 05時48分55秒 | Weblog
今日は、久しぶりに教会に行った。自宅の近くのLudwigskirche。
バイエルン国王のルートビッヒ1世が建てさせたもので、祭壇画の大きさがドイツ一とか言われている。
典型的な三廊式のラテン十字プラン。西正面には、二つの塔が立っている。

本当に久しぶりになんの準備もなく、ただし、日本語の聖書だけは抱えていった。ミサの途中の朗読がどうしても、古い言葉だったりするとわからないので、同じ箇所の日本語訳を読んだりするため。式次第も、ドイツ語のものがあるといいけれど、これは、教会に備え付けの「聖歌集」に一部がのっている。

(そうそう一度、カトリックの定例文の部分を日本語とドイツ語に並べて一冊のブックレットにしてみたい。あるいは、ラテン語も入れて。
カトリックのことをあまりしらない旅行者でも、ミサにいって何気なく音楽を聞いたりしているよりは、今ミサのどこの部分かなとか、わかったほうが楽しいと思うし。)

今日は、ちょっといい気分になった。イタリア人の枢機卿がいらしていたからだ。えらいお坊様の説教が聴けたとかそういう殊勝な気持ちじゃ、ございませぬ。式典が全部ラテン語だったのです。説教はさすがに現代語。でも、枢機卿はイタリア語で語り(朗読)、それをドイツ語訳したものを女性信者が読み上げている。それ以外のところは、ほんとうにラテン語尽くし。

もちろん、わたしだってラテン語がそれほどできるわけじゃない。会話ならもちろん、ドイツ語のほうが得意だ。でも、こと教会の用語などに関しては、ラテン語のほうがずっと、聞きなれているので、今何をいったのかが、すぐ日本になって頭を駆け巡る。ドイツ語で聞いているときみたいに、いちいち頭で訳してない。決まった式文だからということもあるが、ラテン語のそのフレーズは日本にいたときにかなり繰り替えし聞いていたはずで、それが今よみがえって来る。

今日は、歌もグレゴリオだったから、ほとんど楽譜見ないでも、すらすらと言葉とメロディーが身体から出て行く感じだ。非常に爽快な気分になる。頭を通った言葉じゃないので、心の底から歌えるし、唱えられる。中学・高校時代に反抗しながら訪ねていた教会のミサや高校生会の集まりのことを思い出していた。それは、非常に懐かしく、心の底のほうで忘れかけていた気持ちだったので、今日のミサでそれが再び表に出てきたという気分だ。

気がつくと、ミサの途中の答唱は、ほかの信者の人たちはドイツ語で言っているのだけど、わたしはなぜか全部日本語になった。ラテン語という共通語があるから、各国語がまた生きてくる。ドイツの教会にいるのではなく、わたしは、わたしの慣れ親しんだ教会、集会、つどいを訪ねているのだと、そう思える時間だった。「ドイツの」がどうでもよくなるこの感覚は新鮮だったし、旅先で何語のミサに出ていても安堵感があるという意味で、catholic とうのは、普遍のと訳すけど、それは共通の、共同のというような意味でカトリックなのだと思う。残念ながら度重なる分裂や派閥争いで、今は、「ローマ・カトリック」と限定された呼び方になってしまっている。しかも、本家のローマというか、イタリアよりも南米などのほうが信者の数も多いのだろう。この教会の名前もまた変わるかもしれない。

わたし自身生まれながらの信者ではないので、いつでも改宗してもいい、という気持ちで始めた。気に入らなければ止めようとか。今のところ不都合もないので、このまま税金だけはしっかり納めていよう(ドイツでは、教会は税金でまかなわれている。ただし、信者のみが払うので、最近は、信仰はあるが、税金はいやだからと教会を離れる人たちも多い)

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

寒い日と暑い日が

2006年05月13日 06時22分28秒 | Weblog
急に寒い日があるかと思うと、太陽の陽射しがまぶしすぎるような日もあって、なんとも今年は天気が安定していないようです。それでも、太陽を求めて人々は街に出ています。

昨日は、勤務校の最寄り駅「ミュンヒナー フライハイト」の定期市の日でした。毎週木曜日(冬場を除く)地下鉄駅でもある「フライハイト」の広場の脇に、屋台がでて、野菜、果物、肴、肉、パンなどが売り出されます。特にわたしがいつも利用するのは、新鮮な産地直送の卵。大きさとか地鶏かどうかによって値段が多少違いますが、それほど高いわけじゃなく、一個売りなので、すきな数だけ買うことができます。その隣の惣菜屋はギリシャ風の乾燥トマト、オリーブ、アーティチョークなどのオイル漬けがあって、そこも量り売りなので買いやすい。

ベーアラウホ(Baerlauch)という日本では行者ニンニクと呼ばれている薬草みたいなのがあって、これのペストがおいしい。バジルで作るペストは日本でもよく見かけてるし、ジェノバソースなどといって、スパゲッティにも使えるものですが、このニンニクのにおいのする葉っぱはもっと独特の味があっておいしい。それも、屋台の一つに自然食っぽい店があって、トマトペーストなどといっしょに売っている。1ビン7ユーロほど(1000円くらい)でかなり高価なので、なかなか買えない。それに、この薬草は、ほんの数週間だけれど、ミュンヘンの街中の公園などでワンサと生えているので、自分で摘んで家でペストにすればいいのです。

仕事が終わるのが6時なので、昨日は、すでに卵屋さんなどは店じまいしていました。ちょうどトレーラー型の屋台の部分を自動車で牽引しているところでした。残念と思いつつ、八百屋などを冷やかしていたら、偶然、南チロルの特産品の屋台に遭遇。ずっと出店しているらしいのですが、わたしも授業のあとすぐに来られるわけでもなく、時間がないと決まったものしか買わないので、気がつきませんでした。

今、墺太利産のワインが気に入っているのですが、南チロルだったら、Edel Vernatschという赤ワインが好きで、今回もこちらを買いました。南チロルは、イタリアなのですが、ほぼ半分くらいドイツ語が通じるところで、冬のスキーによく行きます。今年は、6月の聖霊降臨休みに、日本人の大学教授のお供で初夏の山歩きをする予定です。その前にワインの予習をしておこう。
コメント (1) |  トラックバック (1) | 

アニメ・マンガの集まり

2006年05月07日 21時11分26秒 | Weblog
昨日は、ドイツで最も充実しているアニメ・マンガの同好会(ファンクラブ)ANIMEXX のミュンヘン支部の集まりだった。

ドイツに日本のマンガやアニメが紹介されるようになってかれこれ15年近いけれど、当初はまぁ、アメリカンコミックなんかといっしょのくくりで、ミュンヘンの「Comic Fest」っていうのも、工場の跡地みたいところのテントに出店がならんでいて、革ジャン、刺青の兄さんたちが雑誌Videoとかエッチぽいフィギュアなどをあさっているようなモヨウシだった。高橋留美子さんのすごいエロチックな英語版があってショックを受けたもんだ(こういう作品も書いてらしたのだ、ということと、よりによってそんなのを英語版に、という両方でね)

それがここ10年は状況がちょっと変わってきた。「日本の」アニメ・マンガに拘るファンがいて、その子たちが自主的にファンの集い、情報交換の場を持つようになってきた。最初はオタクっぽい趣味から始まった個人の活動がだんだんグループ化して、ついに雑誌を発行したり、ネット上でネットワークを作ったりして組織化していったのがここ10年。もともと、アニメ・マンガファンってネットとかコンピュータにめちゃくちゃ強い人が多くて、ミュンヘンでも工科大学の博士課程みたいな人たちがわさわさウチにやってくるようになった。

そんなつながりで、Animexxとは、もうかれこれ8年来くらいのつながりで、高校教師になってからは、生徒と出会う機会も多く、自分としては、どういう立場で接したらいいものか、、、とときどき悩むがイベントではなにも教師として参加しているわけじゃないから、ときどきコスプレもどきで袴はいたりして遊んでる。

最初に、「最も充実している」と書いたのは、その10年くらい前の純粋なファンの集いの人たちのなかから、かなりの人が雑誌を発行したり、グッズを販売したりと商売に結びつけようとしたからだ。もちろん、もともと商売の人がマンガやアニメの流行に目をつけてマーチャンダイジングするならいい。切手やテレカの古物商みたいな人が、トレカも販売するとか。でも、もともとファンの集いの人だった自分もオタク、みたいな人たちの中には、読者や顧客を鴨にしているような商売の人も随分いて、著作権無視の商品や情報誌があふれている。

Animexxはドイツ人が得意とする「公益法人」の組織で、全国規模で展開しているけれど、スタッフは大体ちゃんとした仕事をしている人たちなので、ボランティアとして活動しているだけで、それで個人が儲けようなんて思っていない。というのか、わたしも含めて「会のために」結構自分のポケットマネーを出費してしまう。それでも、日本のマンガやアニメ好きな子達がどんどん増えて、健全なネットワークが運営されていくことを願ってやまないので、影に日向に応援してしまうのだ。

来週は、アウクスブルクで第一回の日本祭りが開催される。
私は高校教師として、参加。舞台で日本語劇をやる予定だが、マンガ・アニメ部門は専門家であるアニメックスのみんなにお願いしている。どんなことになるやら楽しみ。


コメント (0) |  トラックバック (0) | 

襟を正して

2006年05月07日 00時35分07秒 | Weblog
昨日は、実に長い長い一日でした。(詳細はMIXIサイトの日記に掲載)

その中でもとりわけエキサイティングだったのが午後お3時ごろのこと。
毎日、郵便受けは空けているけど、昨日は金曜日で朝からばたばたしていたこともあり、午後の遅い時間に郵便を取りに行く。

めんどくさそうな封筒はその時は開けないつもりだった。もう金曜日の午後過ぎたらだいたい世間は休みの体制だから、いまさらレスポンスのしようがない。あとは月曜日の朝一にまわそう、とう思っていたのだけど、ふと大き目の封筒を手にして、本当に無意識にあける。

定形サイズの横長の封筒は、多分事務的な、会社・役所などからの連絡事項が多い。それに比べて、やや大きめの雑誌が入るくらいの封筒だと、「多分宣伝物か資料だろうな」と思う。仕事柄、いろいろな公共機関、学校関係、会社などからポスターとかカタログとかパンフレットが届く。その封筒もいつも定期的にお知らせをいただいているところなので、たぶん、また次のイベントのポスターか何かだろうと思った。にも関わらず、空けたのは、やっぱり、虫が知らせたのだろう。

あけてびっくり、玉手箱。もう、すっかりだめだとあきらめていた「出版事業に対する」助成金の受け入れだった。昨年12月に資料と申請用紙を提出している。決定が4月だというのに、まだ何も知らせを受けていないということは、落選か、あるいは第二審査か、と思っていた。イースター休みもあったし、日本にも行っていたので、もうそれはわたしの中では忘れたことになっていた。

それが、日本(4月1日付け)からケルンを経由して、昨日私のところに届いたのが昨日。つまり、助成金は降りるというお知らせで、こうなったらゆっくりしていられない。期限の2007年2月28日は絶対守らないといけない。遅れると助成金そのものが取り消しになるかもしれないのだ。

助成金は、本が発行されてから一ヵ月後に降りる。つまりその間は会社にあるお金だけで、本を制作しないといけない。しかも今度は、CDブックといって音声も入るので、かなり慣れない部分で大変な予感がする。

ま、どのみち作らないといけなかった本(2年前発行した教科書の副教材にあたる)なので、締め切りが明確になってよかったかもしれない。また、公共の機関が、援助に値する内容だと評価してくれたことにもなる。

それをかみ締めて「襟を正して」取り組まなきゃならないと思った。
いいものを作るのは大変だけど、難しいわけじゃない。誠実に、ミスを最小限に留めるような努力と忍耐が物をいう。一番苦手なところ。
でも、真摯な気持ちで次の物づくりに励みたいと、思った。
封筒を握る手は、震えていたんですよ。今でもあのときを思い出すとぞくっとする。
コメント (0) |  トラックバック (0) |