心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
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冬囲いは苦手な作業です

2016年10月29日 | 家族のこと
昨日は、母の庭の冬囲いを手伝いました。毎年やってくる作業の一つですが、どうも苦手です。自信がないからだと思います。
今回は叔母がいるうちに、ということでわたしが東京から戻ってくるのを待っていて、しかもだんだん日に日に気温が下がってきているので、早めにということで昨日に。今日からは雨マークが続いていたので、昨日で良かったのです。

叔母は亡くなった叔父がよく母の庭の冬囲いをしてくれていたのを思い出すのか、時折「父さんは雑にやったよね~」と言いますが、すかさず母が「そんなことない! いつもさっさと仕上げてくれたよ」と答えていました。ふたりともその瞬間、亡くなった叔父の姿を目に浮かべたのだろうなと思います。本当に手際良くさくさくと冬囲いをしてくれているのを一度だけ見たことがあります。母も安心しきって見ていました。まさかそんな叔父がもう亡くなってしまうなんて思っても見なかったことでしょう。

今回、叔母はわたしが東京に行く必要がありその前から母のところに滞在していました。叔母がいてくれる、という安心感から東京にいても母のことを気にせずにいることが出来ました。戻ってからいない間のことを尋ねると、二人で針仕事をしたりあれこれとやっていたようです。毎日昔のことやらニュースのことやら話題には事欠かないようで、丁々発止
会話を楽しんだようです。母にとっても誰かと一日中一緒にいることが出来るという安心感は何物にも代えられないものだったでしょう。
夜中まで話し込んだこととか、家の中をあちこち変えたこととか、母のもう入らない服を出してきて叔母とファッションショーをしたこととか、聞いているとその場面が目の前に浮かんできそうでした。

そんなふたりの蜜月を聞いたあとの冬囲い。
結構寒い日でしたが、幸い風がなく、しっかり防寒していたので、作業するにはちょうど良い日でした。
わたしが適当な紐を手にして前の庭のモミジを囲おうとした時
「あぁ! それでなくもっと綺麗な紐に」と母に言われました。
わたしが手にした紐は見るからにボロボロ。
「ここは人目につくからね。綺麗なのでやって」と注意され。さすが母、ここまで考えてやっていたのか。
冬囲いならどうでもいいってことないのですね。というか未だにどうやればいいのか母の監督下でないとちっとも学習能力なしのわたしは前に進まないのです。人間好きなことには意欲的だけど、苦手なものには二の足を踏むといういい例ですね。

叔母はさっさと仕事を進め、母と二人三脚で次々に。わたしは頼まれた裏庭のモミジに絡まって大きくなりすぎた小手毬を切ることに専念。どうにもこうにも大きく伸びすぎて隣近所に進出しすぎ! ちょこちょこ切っていたら叔母が
「もう、全部切ってしまったら!」と。最初はいやがっていた母もだんだんその気になってきて
「○○子、もういいから、下から全部枝を切ってしまって」と命令。
よ~し、そういうなら。
ゴリゴリ、のこぎりで切りましたよ。何本も。切っている途中から枝がゆさゆさするのを見て二人が
「そうだ!そこそこ、それを切ればいい」と監督。
さっぱりしたモミジの全貌に満足げな母。もっと前にやっておけばよかったとちょっぴり反省。

何事もきちんとしたい叔母は切り取った枝えだを同じ長さにさらに切りそろえ、先が尖っていないかを確かめ(回収に来た方が怪我しないように)束にまとめる作業を。わたしは一段落ついたので晩ご飯の準備に行こうとしたら、隣の方が出てきて
「あっという間に出来て手際がよいわぁ」と言いました。
「来年が怖いですよぉ」と言うと
「あら、そのときはまた手伝いに来てもらえばいいわよ」と答えました。すると叔母が
「来年はいないかもしれないですよ」と笑っていました。「えー、そんなこと言わないでよ!」とすかさずわたしが言うと、三人とも笑いました。来年の心配なんて今からしていたらだめですよね。

でも内心、来年も叔母が手伝いに来てくれないかなあと思ったわたしでした。
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