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食のルネッサンス

ちょっと前の記事ですが、、、

僕がフランスに居心地の良さを感じる部分です。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50320
フランスと通ずる福岡の「よかろうもん」と「余白」の文化

「C'est pas grave(セパグラーブ)」と「よかろうもん」。「よかよか」とも言うかな。両方とも、「まあ、これでいいじゃん」というニュアンスの言葉です。

なにかを最後まできっちりやろうとすると、とても苦しい。それが大事なときもあるけれど、「ここを越えると心が壊れちゃう」というとき、周りが「もうよかよか」って余白を取って線を引いてあげることが本来すごく大事なんです。

でも、普段からコミュニケーションをしていない……つまり、行動、感情、そして食を共にしていないと、なかなか言ってあげられない言葉でもある。


石川君も言っています。
「豊かでいることは自分で決められる」
これって非常に大切なことで、自分がどこを見て生きているかで決まると思っています。
目は前についてるのに、なぜか周りのことばかりを気にする草食系が多いのはどうかなって思います。

「日本のクリエイティブを研究することで、これからの豊かさを学べるのでは」
これは日本一番という意味ではなく、日本という中に世界が必要としている資源があるのではないかと思っています。
ジパングである日本、、、これは今も昔も変わらなくて、海外に住んでいると日本には海外の人が憧れる多くのソフトがあると思っています。


真面目に勉強してきた日本人は、まず調べるクセがありますよね。それだと暗記力は鍛えられる一方で、考える力が身につかないんです。どうして僕がいま自由に物事を考えられるかというと、勉強嫌いだったからだろうと本気で思っていますから(笑)。
馬鹿万歳ですね、、、


足し算による「進化」のせいで、そして親子関係や嫁姑関係の希薄化などによって継承され損ねた料理を「再生」できれば、家庭や地域も「再生」されると信じています。

本来、人間には家庭の味、地域の味、国の味が必要です。帰る場所があるから、人間は遠くまで行けるんです。僕だって、福岡の明太子を食べたら元気になる。福岡にいたときは「もういいや」と思っていた「うまかっちゃん」も、東京で食べると妙にほっとしてしまう。

これって、「地元のうまみ成分」が入っているからですよね。人間は、自分が生まれ育った気候風土のうまみに服従していて、無意識に欲しているんです。

食が歪みを生んだのかもしれない現代社会、、、いろんな価値を見直すには食をもう一度再定義する必要があると思っています。

少しずつですが形になっていますので、、、お楽しみを!
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