独り歌―江口きち抄(五)その歌
●「女啄木」という呼び方は、江口きちの死の4ヵ月後に刊行された歌集『武尊の麓』(河井酔茗・島本久恵夫妻編。本連載の「(二)その生活」中に「河合」とあるのは誤り。訂正します)に寄せた酔茗の「序」に発しているものと思われますが、それはひとまず措いて、その「序」文は、きちの生涯とその作品を簡潔に浮かび上がらせています。
「(前略)きち女は格別歌道専修に志してゐたのではないから、作品価値の上から言へば、第一流の歌人と肩を比べるわけにゆかないのは勿論だ。小学校を卒業しただけで深い学問もなく、たゞ生来文芸の才能に恵まれてゐたので、それが短歌の形に現はれ、遂に七年足らずの間に千首にあまる収穫を遺したといふことになる。もし短歌にゆかなかつたら或は詩に来たかも知れないし、或は創作を書く人になつたかも知れない。此集に加へなかつたノートの歌を一々読んでみても、きち女は日々夜々の生活感情を悉く歌にしてしまつてゐる。その点は啄木にも似通つてゐるので、人間の真実性に基く直感を在りのまゝの言葉で歌に言ひ放たうとしてゐる趣がある。従つて短歌本来の機構様式に照してみて、技巧の不備、格調の不自然、語彙の不足等の欠点を免れ得なかつた。それにも拘はらず人を動かす力があるのは、きち女の気魄(きはく)が歌の形を藉(か)りて真実われわれに迫つてくるからである。(中略)如何に呪はれたる宿命的な環境に在つても、生来の素質を汚されまいとする潔癖感は、凛然(りんぜん)として冒し難い一個独自の風貌となつて示されてゐる。人生を厳粛に凝視して、軽佻浮薄の態度は微塵もなく、絶えず清澄冷徹の心境に身を置かうとしてゐたのだ。さればこそきち女は決して人生を安く見限つてしまつたのではなく、家庭に、生計に、ひしひしと身に迫る重圧を感じ、わが力及ばずと決めて潔く二十六年の生涯を断ち切つたのである(下略)」……やや明快に過ぎるとも思われますが、きち十八歳のときからその作品に触れていた人の言葉として、さすがに鋭いものがあります。手元にある『江口きち歌集』(『武尊の麓』より367首を採録。1991年刊。至芸出版社)はひとつの優れた才能が、芽生え、徐々に力を蓄え、大きく花開こうとする予兆と、ひた押しに押してくる一途な気魄に満ちていて、まことに「息づまるやうな苦しささへ感ぜしめる歌集」(酔茗「序」より)です。
●ここでは試みに「ひとり」を歌った短歌を挙げます。
○山うどはおのづからなる高き香を厨(くりや)に放ちわれひとりゐる(1934)
○かたちなき心弱りやひとりゐの朝をしみらにたばこあぢはふ
○午後三時すでに半ばは翳(かげ)りたる障子の内にひとりゐて久し
○爐(ろ)のぬくみほのかにしたしひとりゐて煎じ薬の土瓶沸(たぎ)らす(1935)
○春ながら夜は冷ゆるかも厨辺におそき夕餉をひとり食(は)みゐる(1936)
○家ぬちに月明り満ちひとりゐに乏しくあればいよよありがたき
○ことなすもものを想ふもひとりなり童(わらべ)のごとく歌唇(くち)ずさみつつ
○昼闌(た)けし叢(くさむら)みちに真夏陽はひ
そけきものかひとりしゆけば(1937)
○しづかにあらむ念(ねが)ひをつきつめて空家にひとり夜をのがれ来ぬ
○夜はせめていましめときて放ちやらな紅粉(べに)も涙もひとりわがもの(1938)
……16歳で母を失い、老残の無力な父と知的障害者の兄を抱え、日々の暮らしに追われながら、年季奉公に出した妹の身を気遣い、忍ぶ恋に身を焦がす。どちらを向いても「ひとり」、何をしても「ひとり」。この究極の孤独感、孤絶感。「深夜鏡に対(むか)ひて」という詞書のある4首が心に残りました。(内1首は上掲の「夜はせめて」)
○女なれ死にての後の面影をせめてすこしくよそはむとすや
○夜を閉してかなしきすさびするものぞ人には見せぬ化粧(けはひ)して見つ
○誰がために保ついのちぞ相見じと誓ひし面に紅ひくあはれ
この深く痛ましい孤独感がきちを死に赴かせたのでしょうか。
(六)滅びの美学
●江口きちにとって「生と死」はどのように意識されていたのでしょうか。再び、「きちの言葉」に聴きます。
○帰りゆく武尊(ほたか)は荒れてその下に住ひうごかぬわがさだめあり(1932)
○荒れつづく武尊裾野の村に住むわがまいのちは小さかりけり
……18歳の少女は自分を取り囲む苦難を「さだめ(運命)」と捉え、「小さいいのち」をじっと見つめています。
○一抹のうれひといはばいひぬべきこのたよりなさ寄
するものなし(1934)
……20歳。きちの孤立無援の日々が続きます。
○死をたのみ生くるひと日は日に次ぎてなまけくせつきぬ家亡ぶとも(1935)
○かりそめの憤(いか)りはかなしいつしらに相貌を変ふ人生(よ)への憤りと
○(「小学校を巣立ちて一年、自ら生命を断ちたる今ちゃんに」)人の生(よ)の地上に寄るべ一尺の土くれもなみ死をえらびけむ
○事足らぬ日は送るともさらさらに人に仕(つか)へて生きむとは思はじ
○帰り行く住ひにあすも虫のごといのち続くと思ふはかなさ
……「死への願望」のようなものがいつごろ芽生えたのかは定かではありません。いわば厭世(生)観に裏付けられた「死への眼差し」が感じられます。そして昂然と頭をあげて歩もうとするきちの誇り高さも伺われます。
○寄るべなきうからのために死ぬる身のいのちを死なず生計(くらし)きびしき(1936)
○きよらかにあらむ念(ねが)ひをひたすらに月夜となりし庭に立ちつつ
○身も家も一切空とならむ日や現(うつ)しきづなの解かるるべかり
○武尊嶺は仰ぐ日も稀に住ひゐるわがいのちかなしその山麓に
○武尊根は吾が生(あ)れどころ小さきいのちいのち終らば眠らむところ
……「死ぬる身」「一切空とならむ日」「いのち終わらば」と、「滅び」に寄せる思いが歌われています。「武尊嶺」も特別な視線で描かれています。
○少女(をとめ)の日正眼にありし人の生(よ)のあくがれぞ還る早春のそら(1937)
○人ひとり生くるも死ぬもかかはらぬ帝都の隅にかくれ住まばや
○まこと孤り生くるによろし眉上げて人の渦なす巷歩まむ
○またひと日いかに過さむ活くることなどかくまでも煩はしきや
○春の夜の川瀬のひびき聴き澄みつわれとあまゆるなみだ湧き来も
○朝明けの白き光りにかへりみるわが相貌(すがた)かなし地を這ふごとく
○いかにせむ亡母(はは)が借財知らせこし人は余命もいくばくといふ
○うかららに先立ち死なむ日もあらめ生きのいのちに保険つけてし
○おのづから滅びの家に生(あ)れし子ぞ死にまむかふはものの故にあらず
○さいはひのいのちの底に常去らぬ死はかりそめの逃避ならざり
○人思ひ人にかなしむ現身(うつそみ)の歎きはやがて超ゆる日あらむ
○大いなる悲哀耐ふべき日に備ふこころは据ゑてきびしき思ひ
○むらぎものこころかたむけ言はずゐしあかしは立たむ死の明けの日に
○あやふくもなみだこらふる眼はしばし白雲の嶺よりそらすすべなし
○ことしあればいよよに思ふまいのちのつひにゆるがぬ念(おも)ひのたしかさ
○その魂(こころ)すでに死ぬとも生きの身の肌衣は洗ふ慣ひ侘びつつ
○おぼつかな歩みにはあれひたごころわが生き来しと山脈(やま)に真向ふ
○けふ一日何に過さむ朝明けて思ひしらしらとさびしかりけり
○顧みれば願ひおほかた足りてありこの寂(しづ)けさに冬はよろしも
○辿り来ていま悔ゆるなしかにかくも正しと思ふ道は踏み得ぬ
……「滅びの家」に生まれ、「いのちの底に常去らぬ死」を見つめ、「歎きをやがて超ゆる日」を夢見た人は、でも自分は「清らかに」「正しく」「ひたごころ(ひたむきな心)」で生きたと、きっぱりと総括して武尊と向かい合うのです。
○すでにしていのち限れば証し言(あかしごと)いふまじと思ふさすがかなしく(1938)
○ははそはよなげかすなかれその子らの血は絶ゆるとも清く生き来し
○うとましくたつき失ふすべなさよ君が手紙にはさまれし紙幣
○はからずも落ちし紙幣は触れがてにしくしく心熱くなり来ぬ
○ひそひそと片づけごとに日を次げば家妻めきてうら安さあり
○はるけくも望み来し日にいたりつつ起居ひそけく整理に暮らす
○逐(お)はれては死なじと思ふ女子(をみなご)の誇りをもちて死に臨み来し
……「君が手紙にはさまれし紙幣」に心ゆれた日もあり、心静かに「整理に暮らす」日もありました。最後の1首が万感の思いを伝えてきます。
●行ったり来たりの、ぼくの拙い論考も、ようやく終章を迎えます。
(七)その眼差し
●前章の「滅びの美学」は言葉足らずであったようです。補足します。
きちの日記に次のような言葉が遺されています。
「亡びゆくものは美し、美しきものは亡びゆく。こんなセンチメンタリズム、なを捨てがたい。強靭なもの健康の美、然して壮麗さより、もろさ、はかなさの美に心牽かれるのは因果といふか」
数々の不幸や困難に幼くして襲われた少女がいつしか抱き始めた厭世(生)観と滅びへの憧れ、それと「清らかに」「正しく」「ひたごころ」で生きたいとする思いの葛藤が、江口きちの一生であったように思われます。その死を格別に美化するつもりはありません。ただ、孤独に生き、独り人生を凝視し、最期は一人芝居の幕を自分で閉めたようなきちの眼差しに、強い輝きを感じるのです。
「一人の女性の生と死の軌跡を辿る」この小論は、彼女の「生活苦」「恋の苦悩」「孤絶感」「滅びの美学」について考察してきましたが、冒頭に述べたように「所詮かなわぬ問い」であったようで、去った人の思いの万分の一にも迫り得なかったようです。それでも一人の女性の人生に想像力で寄り添おうとする試みは、翻って、わが人生のありようと立ち位置を自覚し続けることでもありました。2008年夏は、このような「聡く輝く眼差しの人」に出会ったという点からも、記憶すべき夏になりました。
●最後に、紹介し残した短歌を掲げて結びとします。
○瀬の色の目立たぬほどの青濁り雪しろのはや交りくるらし(1936)
○深き夜の月の惜しさに出でてゆくならひとなりぬ花咲きてより
○生きの世の現(うつ)し歩みに背は向けて人を思ふはかなしかりけり
○ふるさとは遠く流れて来つつあはれ旅の役者の刃傷の沙汰
○つばらかに雪かかりゐる落葉松の林を透きて空の真青さ
●参考文献
『江口きち歌集』
『恋歌 恋句』 正津 勉
『江口きち・その自覚的な生と死』 島本 融













