傾城水滸伝をめぐる冒険

傾城水滸伝を翻刻・校訂、翻訳して公開中。ネットで読めるのはここだけ。アニメ化、出版化など早い者勝ちなんだけどなぁ(^^)

馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜(コンピラフネリショウノトモヅナ) 初編(上) 曲亭馬琴作

2017-02-14 18:54:19 | 金毘羅舩利生纜
                            ▼=改ページ、□=未解読
※利生(りしょうの)=利益、纜(ともづな)=もやい綱
登場人物========================================================

金比羅毎歳詣(こんぴらとしまいり)の行者 金野伍(きんのご)平(へい)太(た)
長堀橋の船宿金(こん)ひら野(の)屋の女児(むすめ) 阿柁(おかじ)
金比羅毎歳詣の行者 御神酒(おみき)講十郎(こうじゅうろう)

天地開□夫婦権輿(あめつちひらけしときいもせのはじまり)
陽尊神(おのみことかみ)  陰尊神(めのみことかみ)  火神軻遇突智(ひのかみかぐつち)

東方陽徳(とうほうゆうとく)の母神(おものかみ) 
西方陰徳(さいほういんとく)の師表(をしえのおや) 
神通不測(しんつうふしき) 天石折神(あめのいわさくのかみ)

役行者(えんのぎょうじゃ) 小角(しょうかく)
後鬼(ごき)の変相 山妻高峯(しづのめたかね) 
前鬼(ぜんき)の変相 樵夫陀羅介(きこりだらすけ)

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疑わず、差(たが)うことなき、これを信という。
信が至って深きもの、これを深信(しんしん)という。
深信おこたりなき者は、禍(わざわい)をひるがえして福(さいわい)となすことあり。
さればその願いが成就せずということ無し。
あぁ深信の徳偉(とくおおい)なるかな。

賛曰(さんいわく) こころ直(なお)き獣なればや 山の名の象(さき)の頭(こうべ)に神宿るなり▼

千早振る神世の昔、火神迦具土(ひのかみかぐつち)が生まれた時、母の尊(みこと) 伊耶那美(いざなみ)は焼かれて神去(かんさ)りたまいしかば、伊耶那岐尊(いざなぎのかみ)怒って迦具土(かぐつち)を斬りたまう。
今、火を鑽(き)って薪に移し、また婦女子の月経(つきのさわり)を火が悪しというもこれ縁故(ことのもと)なるべし。

賛曰、吾妹子(わきもこ)の月のさわりを火という、始めはかくや 迦具土の母▼

火の神迦具土が斬られた時、凝血(これがちしお)は石となり、その石の中より一箇(ひとはしら)の神が化生(なりいで)たまう。これを石折(いわさく)(岩裂)の神という。仏教でいう金比羅天王また金比羅天童子、本地不動(ほんちふどう)は、この神によく似たり。それ然(しか)らんか。然らんか。

賛曰、百伝う磐石(いわお)の卵生出(なりいで)て、動きなき世を守りこそすれ▼

小角(しょうかく)は加茂役公氏(かもえんのきみうじ)で、大和葛城郡卯原村(うはらむら)の人なり。三十二歳で葛城山に分け入って、松子(まつのみ)を食とし、藤葛(ふじかずら)を衣とす。よく孔雀明王の呪文を持して、飛行自在を得たり。一日(あるとき)山神(やまのかみ)をして金峯山(きんぷせん)に石橋を造らせるが、速(すみやか)ならざるを怒って、一言主(ひとことぬし)の神を呪縛(いましめ)たり。また常に小角に使役する二童鬼(ふたりのおにわらわ)あり。その中の前童鬼(ぜんどうき)は男なり、妙童鬼(みょうどうき)は女なり。またこれらを前鬼、後鬼という。この鬼は大和の生駒嶽(いこまだけ)に住めり。後に小角に捕(とらわ)れて大峯に置(おか)れる。その後に寺を建て、鬼取寺(おにとりじ)と名づけたり。いだし小角はその名なり。世の人は役行者(えんのぎょうじゃ)と唱う。天性至高(てんせいしこう)なれば、その母を鉢に載せて、渡□(とたう)せしといい伝う。これ我が国の大神仙(だいしんせん)、後世(こうせい)には諡(おくりな)を賜って、神変大菩薩(しんぺんだいぼさつ)と称せられる。

賛曰、葛城や高間の山を踏み分けて 入りにし君が後の白雲▼

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昔々、江戸の片ほとりに金野伍平太(きんのごへいた)という知ったかぶりの男あり。
金比羅の信者で暇のある身なれば、たえず大阪へおもむいて長堀橋の金ひら野屋という船宿から船に乗り、讃岐の象頭山(ぞうずさん)へ詣でる回数は既に三十三度に及んだ。
その頃、京都の片ほとりに御神酒講十郎(おみきこうじゅうろう)という者あり。
これも劣らぬ金比羅の信者なれば毎年のように長堀橋の同じ船宿より乗り合いして金比羅へ詣でるので、いつとなく伍平太と心安くうち語らうようになった。
この度の参詣は船中に追い手(おいて/追い風)が稀(まれ)にして、船掛り(ふなかかり/停泊)に日を経ると皆は退屈に耐えざりけり。その時、講十郎がふと言うには、
「さても、金比羅大権現の御利益は世がこぞって知るところで申すもなかなか愚かなり。しかれども、その本地垂迹(ほんじすいじゃく)は如何(いか)なる神で、如何なる仏と定かにこれを言う者はまれなり。まして当山の開闢(かいびゃく)もいずれの年にいずれの聖(ひじり)が開かれたかを定かに言う者は聞いたこともなし。金野氏は物知りで、しかも信心浅からねば、きっと事の事情を詳しく御承知の事なるべし。船中の眠り覚ましに、あの神の本地垂迹、また開山の霊験奇特を物語りして聞かせたまえ。事の始めは如何なるか。お聞かせくだされ」と言う言葉に乗り合いの人は皆こぞって小膝を進めて、
「これは真(まこと)に尊い事なり。我らも聴聞(ちょうもん)つかまつらん、さぁさぁ語りたまわずや」とすすめけり。されば金野伍平太は乗り合いの人々におだてられ、知ったかぶりの癖なれば、いなふねならぬ金比羅船の客の間におし直り、□兜羅綿(とろめん)の紙入れの隅を裏へと折烏帽子(おりえぼし)、さらしの襦袢を引き脱いで、前より着たほやうえのこじつけ、講十郎は心得て船荷を引き出し高座をこしらえ、恐れず臆せず伍平太はゆったりとよじ登り、扇をばちばち咳払い、こりゃ、聞き事じゃと諸人は押し合いへし合い取り巻いて耳をすませて聴聞す。
その時金野伍平太は扇を笏(しゃく)に膝組み直し、
「さても金比羅大権現の縁起、根本、霊験、利生のあらましを凡夫のつたない我の口から申すは恐れ多い事。言わんや、また幾千歳(せんざい)の昔の事、人の嘘は我が嘘にて、伝え誤り聞き違えて神仏(かみほとけ)を□ひなるは要無き業(わざ)でござれども、それも善行、方便で、凡夫のしゃくをまさせん為なれば、しばらく虚実はさて置いて、我が予て伝え聞いたそのあらましを講じましょう。□□」と咳払い、長物語りの序が開き、皆は興をもよおしける。

○そもそも金比羅の神号(しんごう)は、増一阿含経(ぞういちあごんきょう)、宝積経(ほうしゃくきょう)、天台妙文句、金比羅天童子経こうに見え、王舎城(おうしゃじょう)を祀(まつ)りたまう諸天、夜叉の善神(ぜんしん)なり。▼金比羅とはゐによ主と申すに同じ。言う心はこの神の威勢(いせい)通力(つうりき)、例えば世の中の天子、将軍、萬(よろず)に自在を得たまうが如し。よってこれをゐによ王と言う。ゐによ王はすなわち金比羅なり。昔、釈尊が王舎城に居られし時、提婆達多(だいばだった)と言う大悪□□長さ三丈広さ一丈六尺ばかりの大石で打ちひしぎ奉らんとした時に、その山の神の金比羅王がその石を受け止めたことは宝積経のてんじゆ□品、また天台妙文句にも見えたり。
今、この事を例えて言えば、昔、石橋山のほとりで股野五郎景久(またのごろうかげひさ)が頼朝卿を討とうとして、一抱(ひとかか)えにも余る大石を投げ落とした時に真田の与市義定(よしさだ)が受け止めたのにさも似たり。股野の心は大悪(おおあく)で提婆達多に異ならず、真田の忠義と力量は金比羅王の功徳に等しい。これはこれ仏説の趣旨を申すのみ。また和漢三才図絵では金比羅は須佐之男(すさのお)の尊(みこと)だと言い、また三輪大御神だとも言えり。あるいは今、山彦の尊などと申す者もある。□いづれも正(まさ)しき証文は無けれども、象頭山に神職あれば仏説によって、これは我が国の神には非(あら)ずと一向(ひとむ)きには言い難し。かかれば神仏両部の神なり。それがしが予てより伝え聞いた事には、この御神には名号(みょうごう)多く、仏説ではへ□らと言い金比羅と言い、ぐへいらと言い、また宮毘羅神(くびらしん)とも言えり。また神道にて言う時は、天(あめ)の石折(いわさく)の神、すなわちこれなり。例えば牛頭天王(ごずてんのう)と須佐之男の尊のごとくに石折の神と金比羅とその名号は異なれども、祀(まつ)る所は同じかるべし。
さて、これまでは物語の大意なればまじめなり。これより岩裂(いわさき/石折)の神の始めを申すべし。
昔々、神の世で火の神の迦具土の御母は伊耶那美(いざなみ)の尊なり。火の神が生まれた時に御母の尊がその火に焼かれて遂に神去りたまいしかば、御父伊耶那岐の尊は怒って、迦具土を斬りたまう。その血潮は凝り固まりて遂に二つの石となった。伊耶那岐の尊は見そなわして、この石をここらに置くべからずと遙か遠くに投げ捨てたまうと、一つの石は讃岐(さぬき)に落ちて、たちまち一座の山となった。今の象頭山はすなわちこれなり。もう一つの石は西の方(かた)の十万里を飛び行って、無辺無量(むへんむりょう)という国の方便山(ほうべんさん)にとどまりける。この石の高さは三丈六尺、回り(めぐり)は二丈四尺で石の肌に自(おの)ずから黄金のめさの形が現れて金色に輝けば、鳥獣(とりけだもの)も触れ汚さず、雪霜も石の上にはいささかも積もらざりけり。いわゆる無辺無量国の金幣石(きんへいせき)これなるべし。この石は方便山に落ちとどまって、後(のち)に幾万年を経たれば、既にして大山と地神いづれの御時にや、ある日おのずから二つに裂けて石の内より一柱の荒神が化生(なりいで)たまいけり。これを岩裂(いわさく)の神と言い、また天の岩裂の神とも言った。その形は人にして▼面(おもて)の色は朱の如く、その鼻はいと高くて鼻の先が尖って、さながら鳥のくちばしに似たり。かつ手を上げれば羽根となって大空をも飛行し、足を上げれば筏(いかだ)となって大海(たいかい)をも渡るべし。されども生まれたままで、まだ神□(しん□)を得てなければ、羽根あれども高くは飛べず、例えばあひろの溝に遊んで遠く飛び去り難きに似たり。かくて岩裂の荒神は石の内よりなりいでて、谷川で身を濯(そそ)ぎつつ天地四方を拝すると身の内が光り輝いて、例えば黄金の砂(いさご)の浜に朝日が照らすに異ならず、その光りが天地に通って大千世界を照らしけり。
この時、天(あめ)の若宮で天照大神(あまてらすおおみかみ)が遙かに下界を御覧じて、驚いて思兼の神(おもいかねのかみ)に問われるには、
「ただ今、西の方で怪しい光が世界を照らせり。何にかあらん」と宣(のたま)えば、思兼の神は承って、しばらく眺めてにっこり微笑み、
「さまでの事も候わず。かれはこれ、その昔に迦具土が斬られた時、その血潮が石となって、しかじかの国にあり。その石が自ずから二つに裂けて岩裂の神が出現せり。今、西の方に怪しい光が候うは、かの神の身より出て照り輝かすにて候」と事もなげに申せば、天照大神はうなずいて、
「さもありなん、さもありなん。籠(こも)るものは出(いづ)ることあり。孕(はら)めるものは生まれる事あり。天の精気の地に下ってく形を成さずと言う事なし。▼その精気がことに優れて清い者は神で、濁れる者は鳥獣となる。また歩むに足らず」と再び問わせたまう事なし。さる程に岩裂の神の荒神は水を飲み、木の実を食し、藤葛(ふじかずら)を衣とし、谷に下り峰に上って幾年月を経るままに、身より照らす金色の光は遂に失せにけり。
さればこの山にありとある夜叉天狗(やしゃてんぐ)のみを友として終日(ひねもす)遊び暮らす程に、山の半ばに大滝あり。岩走る音が遠く響いて幾引きの白根を掛け渡したに異ならず。しかもこの滝壺より金色の光が立ち上って中空にひいる事が時として絶えざれば黄金の滝と名付けたり。
かかりし程に天狗共はある日、岩裂の神と共にくだんの滝のほとりで遊んで、立ち上る気を仰ぎ見つつ、
「我々は飛行自在なれども水の底に入ることかなわず。この滝壺の底にこそ得難き宝がありもやせん。滝にもせよ、水底を見極める者があれば我らの主君と仰ぐべし」という言葉が終わる前に岩裂の神が進み出て、「我、この底を見極めん。どれどれ」と言いながら、そのままざぶんと飛び込めば、夜叉天狗らは驚きあきれて、
「哀れ、要(えう)なき我慢なり。滝より先にその身は砕けて再び帰る瀬はあらじ。哀れむべし、哀れむべし」と言わぬ者は無かりける。さる程に岩裂は滝壺に入るといえども思いの外に身は濡れず、底はいと広くしていささかも水なくて、別(べち)に一つの世界に似たり。足に任せて行く程に、果たして一宇の高殿あって、威如天堂(いにょてんどう)という扁額(へんがく)を掲げたり。その高殿の様子は黄金を延べて柱とし、錦を重ねて筵(むしろ)とす。綺麗、壮観、中々に言葉には述べ尽くし難し。しかのみならずこの所には耕さずして五穀あり、年中萎まぬ花もあり、木の実、草の実、様々の物が乏しからねば、岩裂の神は喜んでまた滝壺より躍(おど)り出て、夜叉天狗らにしかじかと事の様子を告げ知らせ、相伴って始めのように水底に入れば、天狗どもはいよいよ呆れて喜ぶ事も大方ならず、これより岩裂を威如大王と尊(とうと)んで、眷属となって仕え、昼は方便山で遊んで、夜は天堂に帰って眠る。されば山彦、山の神、山姫、山姥(やまうば)に至るまで岩裂の神の通力に恐れて、媚び従わぬ者はなく、ある時はしやくをとり、ある時は舞い歌って酒宴の興を添えにけり。
かくてまた幾千歳を経る程に、楽しみ尽きて悲しみ来たる。その日も遊興たけなわなりしが岩裂の神は何をか思いけん、只いさめいさめと泣けば、夜叉天狗どもは驚いて、「こは何事がおわしまして、かくまで楽しき酒宴の席にて嘆きたまうや」と問われて岩裂は、
「さればとよ、我には父も母もなく、この国に成りいでてから幾千歳の月日を経たり。命長きに似たれ共、およそ形のあるものは各々(おのおの)の齢(よわい)に限りあり。一朝にして命終われば▼今の楽しみも皆夢なり。言わんや、またこの国は物乏しきにあらねども、我が輩(ともがら)以外に他に住む人はなし。四方僅かに百余里の此の所のみで天地の広さを知ること無いは、これ井の中の蛙に等し。今は国々にその道開けて天竺(てんじく)には仏の教えあり。また唐土(もろこし)には儒の教えあり、道家の教えもありと聞く。また日本は四大部州(よんだいぶしゅう)かみにあり、例えば人の頭(こうべ)のごとし。ことに目出度き国なれば神の教えのいと尊く、今人王の世になっては儒仏道家の教えも伝えて人多く国富めりとほのかに伝え聞ける事あり。いでや只今門出(かどいで)して、かの国々を経巡って神儒仏の教えは更なり、かの仙術に長けたる者、天地と共に尽きる事なく齢(よわい)を保つ人があれば、我はその師に従って学ぼうと思うのみ。さなくて命終わる時は後悔そこに絶ち難し。我は飛行の術があり、船筏を用いずに海のほかに遊ぶべし。汝らはいよいよ心を合わせて国を守って怠ることなく我が帰る日を待つべし」とて、ねんごろに別れを告げて、早端近(はしちか)く立ち出て、両手を開くと左右の腕(かいな)が羽根となり、雲をしのぎてひらひらと飛ぶ鳥よりも速(すみ)やかに舞い登りてぞ失せにける。
○さる程に、岩裂の神威如王はまず天竺に渡り、また唐土に赴いて国々の教えを見るが未だ心にかなわねば、なおも東に渡って日本国に赴いて、その風俗を見ると、聞きしに勝る上国(じょうこく)で君臣男女(くんしんだんじょ)の礼儀は正しく、天地(あめつち)開け始めし時より百王一姓で、天津日嗣(あまつひつぎ)たまる事なく万民は富み栄え、国に逆賊ある事もなし。その国は東の果てにあって大国にはあらねども、実(げ)に万国の神(かみ)たること、人の頭は小さけれども五体の神にあるが如し。かつ人の心が素直なのは神の教えを守ればなり。未来を恐れて施しを好むのは仏の教えを尊めばなり。かかる目出度き国にこそ天地と共に滅ばない神仙はあると、あちこちの人に問うと
「大和の国の葛城山に役(えん)の君小角と言う仙人あり。常に五色の雲に乗って仙郷(せんきょう)に往来し、よく孔雀明王の呪文を唱えて、神をも戒め鬼をも仕(つか)う。三十二才の時に山に入って仙術を得た後に、その母を鉢の内に乗せて唐土(もろこし)に赴いた事さえありと予て聞けども、その齢は幾百才か幾千歳になるやらん、確かに知る者はなし」とそのあらましを告げれば、岩裂の神は喜んで大和の国に赴いて、既に早くも葛城山のふけこにして日は暮れたり。その時に裾野の茅(ちがや)の中より賊の男(しずのお)、賊の女(しずのめ)が走り出て、その賊の男は鉞(まさかり)を振りひらめかし、その賊の女は利鎌(とがま)を持って挟んで討たんとするのを岩裂は早く身をかわし、両方等しく受けとどめ、「こは狼藉なり、何者ぞ」と問うと二人は言葉を揃えて
「我らの事を問わんより早く汝の名を告げて、この二振りの刃(やいば)を受けよ。汝の衣装、身の回りは旅人に似たれども怪しき曲者(くせもの)なる由は天眼通(てんがんつう)をもて知れり。我々を誰と思う。▼役の小角に仕え奉る木こり陀羅介(だらすけ)、賊の女高峯(たかね)と知らざるや。小角の命を受けて夜な夜な山の麓を守るに、怪しき奴と知りながらいかでかここを通すべき、観念せよ」と罵るを岩裂は聞きつつうなずいて、
「さてはこの頃この国の人の噂に聞き及ぶは、生駒が嶽の山の神、男は前鬼、女は後鬼。陀羅介、高峯と仮初めにその名を変えて小角に仕える者共よな。我も小角仙人の徳を慕い術を慕って、師弟の因み(ちなみ)を結ぶために十万余里の西の果ての無量無辺国より遙々と渡り来た岩裂の威如王と言う者なり。我はいささかも野心なし。願わくばこれらの由を小角仙人に告げたまえ、只見参(けんざん)を願うのみ」と他事もなく頼めば陀羅介、高峯はようやく疑い解けて、そのまま岩裂のために導(しるべ)をしつつ、葛城山によじ登り、小角の岩室に相伴って、しかじかと事の由を申せば、小角は拒む気色なく岩裂の神に対面して、その事の来歴と素性を詳しく尋ねけり。
役の君小角が入門の者を呼び入れて来歴、素性を問えば、岩裂の神は答えて、
「それがしは西牛賀州(さいぎゅうがしゅう)の海の外(ほか)の無量無辺という国の方便山のほとりの者で、父もなく母もなし。金幣石と言う石の内より産まれたれば、自らその名を岩裂と言う。我が国の輩は尊んで岩裂の威如大王と称するなり。萬(よろず)に不足無き身なれども、およそ形あるものは死に失せずという事なし。しかれども世に神仙というものあり、形をねり、せいを養い天地と共にその命限りなしと伝え聞く、もしかかる人があらば我が師として教えを受け、不死の術を学ばんために四大部州(しだいぶしゅう)を遍歴したが、これぞと思う師に会わず。しかるに聖(ひじり)は世に伝え聞く神仙で、その術高く、その徳高しと告げる者あるにより遙々と推参致したり。願わくば不死の術を教えたまえ」と言う程に、小角は袖の内にて占いつつ、うなずいて、
「我は早くも御事(おこと/お前)の素性を知りぬ。いかでか父母が無からんや。御事が父はこれ火なり、御事が母はこれ石なり。御事を育てし者は西の土地、西を五行に象(かたど)る時はすわち金なるを▼知らずや。金石(きんせき)は撃(げき)して火を生ず、これ御事が産まれる由縁、父母なしと言うべからず。しかれども産まれて死なぬ者はなし。我が国神仙の神々ですら命に限りあればこそ根の国へ帰らせたまいぬ。しかれどもその荒御魂(あらみたま)は今もこの国を守りたまえば、死して滅びざる。これを名付けて神と言う。仏もまたこれに等しく、釈尊と申せどもその寿命に限りあり涅槃(ねはん)の室に入りたまえども、その教えは尽きる時なく、一切衆生(いっさいしゅじょう)を救わせたまう。これもまた死して滅びず術のいたれる由縁なり。しかれどもこれらの事は一朝には諭し難く、また一朝には悟り難し。今より我に従って務め学べば、後遂(のちつい)にその冥応(みょうおう)を知る事あらん。今日より御事の法名を岩裂の迦毘羅(かびら)と呼ばん。学寮に退いて兄弟子たちと諸共によくよく学びたまえ」とそのまま山にとどめられる。
○さる程に、岩裂の迦毘羅は役の行者の教えその□にかなって、さもあるべしと思えばこれより心を傾けて、師に仕えること昼夜をいとわず、下□の□橋に黄石公(こうせきこう)の靴を取った張良もこれにまさらじと見えれば、小角もまた深く愛して神しゅくの妙計をいささかも惜しむ事なく法術、呪文を教えると、一を聞いて十を知る、その才もまた優れたり。かねて飛行、通力あるが、今また形を変じて姿を隠し、雲を呼び風を起こす術を習い得れば、迦毘羅坊は密かに喜び、今は早天地の間に我に及ぶ者なしと思えり。かくてある日、迦毘羅坊は相弟子の山伏五七人と共に岩室を発ち出てあちこちと眺め渡すと、山伏らが皆で言う様、
「和主は行者に従ってまだ十年にも及ばねども、師の心に適(かな)った故か、我らに教えられぬ事をもそこには習い得たりと思う。何なりともおもろ奇術を施して見せたまえ、いざいざ」とそそのかせば、迦毘羅坊は予てより術に誇る心があり、今思わずも山伏らの所望に否む気色なく、「そはいと易き事なり」としばらく呪文を唱えれば、何処(いずこ)ともなく一羽の鶴が忽然と舞い降りて、迦毘羅を乗せて空中へひらめき上ると不思議なるかな迦毘羅の姿はあでやかな遊女となって、内掛け捌(さば)きもしなやかに鶴の背中に座を占めて、手に長文(ながふみ)を繰り返し繰り返しつつ読む様は▼花の顔ばせ月の眉(まゆ)に□ひこぼれる愛嬌に一度(ひとたび)笑めば、国を傾け城を傾けるとうたわれた唐土(もろこし)の李夫人(りふじん)なりともこれにいかでか及ばんやと山伏らは皆我を忘れて見とれるもあり、誉めるもあってしばらくなりは静まらず。この時、役の小角は室の戸の方で人々が笑い興(きゃう)ずるのは何事やらんといぶかって、自ら立ち出て見たまうと岩裂の迦毘羅坊の仙術で遊んで人々笑い興ずるなり。こは浅ましと思いつつ、なおも木陰に立ち隠れ、事の様子をうかがうと迦毘羅坊は師の行者が立ちいでたまうと早知って、たちまち術を収めて元の姿になりにけり。その時ようやく山伏らは行者が垣間見たまうを知って、ついで悪し事とひそめいて、皆学寮へと退けば迦毘羅坊も続いて帰り入らんとするのを小角は急に呼びとどめ、木陰を出て形を改め、
「我は始めより御事の素性が人間の種ならずと言うが故に、抜きん出て教え導いたが、何ぞや術を弄(もてあそ)び相弟子らに誇りたる。既に御事が行うところ、世に麗しき(うるわしき)美女に変じて凡夫の眼(まなこ)をたぶらかすのは外道の幻術にて正ぼう□あえば必ず破られる。もし疑えば試みに姿を変じて見せよかし。我がその術を破り得ずば、我は今より改めて、御事の弟子になるべきなり。再び術を施さずや、さぁさぁ見せよ」と急がすと迦毘羅坊は行者の怒りに上辺ばかりは恐れ入る面持ちはすれども心の内に思う様、
「・・・・・・・昔より弟子としてその師に勝る者が無きにあらず。我が術は既に成就したれば行者というとも何ぞ及ばん。この折りに小角をかえって我が弟子にすれば快(こころよ)き事なるべし」と腹の内に思案をしつつ、
「□まことに逃れる道なし。しからば術を施して御笑いに備えまつらん。いざ御覧ぜよ」と言いながら、たちまち口に呪文を唱えて姿を変ぜんとすれども術を行うこと得ならず、こはいかにと驚き怒り、かつ恥じて憤りに耐えざれば、遂に小角を害せんと思う心あり。
さるにより迦毘羅坊はその夜、小角の臥所に(ふしど)に忍び近づいて、刃を抜いてぐさっと刺すがはや空蝉(うつせみ)のもぬけにして小角は臥所にあらず。こはいかにと驚き慌てて走り去らんとする程に、何処(いづこ)ともなく吹き入る山風さっと下ろし、身を切るごとくに思えしが、不思議なるかな、迦毘羅坊の五体はにわかに発熱して身を焼く如くもんらんしつつ、あっと叫んで倒れけり。
かかりし程に役の行者は行衣(ぎょうえ)の上に玉襷(たまたすき)して、しずしずと現れ出て、
「如何(いか)に迦毘羅坊。我は予てじゆうに入りて御事は火の神迦具土の子なる由をよく知れり。火は風を得て熾(おこ)るものなり。故に今、風かく神尊(ふうかくしんそん)の呪文をもって風を熾しつつ、前世の業因(ごういん)▼しかじかと明らかに悟らせる。早く野心をひるがえし、故郷に帰って時を待ち、只世の為、人の為に悪魔外道を退治して大善神と仰がれよ。さる時はそれがしもいかでか御事に及ぶべき。忘れても今日の如くに術をもてあそび、人に誇ればこれ身を失う仲立ちなり。我が戒めはここにあり。今は早これまでなり。速(すみ)やかに下山して元の国へ帰るべし。さぁさぁ」と急がしたてて再び呪文を唱えれば、迦毘羅坊の身より出る妙火(みょうか)は消えて跡もなくたちまち我に返りけり。
ここに至って迦毘羅坊は行者の威力(いりき)に感服し、初めて夢が覚めたるごとく、身の過ちを懺悔して衆生利益(しゅじょうりやく)の為にして、悪魔退治の折ならずは術を施さずと誓いをたてて詫びれば、小角はしばしば戒めて、
「御事の形術(ぎょうじゅつ)は大千世界に敵無きに似たれども、我には敵し難きがごとくに漫(そぞ)ろに敵を侮(あなど)る者は小敵にも謀(はか)られやすし。されば無辺無量国ではかの夜叉天狗などが皆御事を尊んで、よく仕えると言うといえども、もし一旦、事に触れて背く者がある時は密かに害せんとこそ謀るべけれ。その外心(がいしん)を防がんには風かく(ふうかく)の呪文に増すものなし。彼らが怒らんとする時に早くその術を唱えれば、夜叉天狗らの身の内より妙火がたちまち燃えいでて、その身を焼かれてもんらんせん。かれば、彼らを従えて長く背かざらしむべき。この呪文をもって餞(はなむけ)とせん。よくよく心得たまえ」とねんごろに説き諭して、くだんの呪文を授ければ、迦毘羅はますます喜び、行者を拝して別れを告げ、そのまま雲にうち乗って、西を指してぞ飛び去りける。
されば天狗道の苦しみで、日に三度夜に三度、身より出(いず)る火に焼かれ五体を焦がすと今の世に語り継ぎ言い伝えるのは迦毘羅坊の餞別に役の行者が授けた呪文の故なるべし。
○さる程に、岩裂の迦毘羅坊は神変自在の通力で早くも無辺無量国の方便山に着ければ、やがて雲より下り立って、部類眷属(ぶるいけんぞく)を呼び集めると六万八千の夜叉天狗どもがあちこちより集い来て、或いは喜び、或いは嘆いて、皆諸共に告げる様、
「大王、何故に遅かりし。物学びの為に仮初めに旅立ちたまいしより既に七八年を経たり。しかるに近頃これより遙か北の方に黒暗魔王(こくあんまおう)と言う者あり。彼は我が王が此の所におわしまさぬをうかがい知り、この山を奪い取り、威如天堂を横領せんと数万の悪魔を従えつつ、時となく押し寄せ来て、攻め討つこと大方ならず。我々ずいぶん▼手を尽くして防ぎ戦いしが、大王の身の丈は一丈六尺、しかも三つの頭(こうべ)あり左右の腕(かいな)は六本あり。その二つの手は弓を引き、また二つの手は鉾(ほこ)を回し、一つの手は棒を使う。相従う悪魔どもさえ一人当千の手並みあれば勝ちを取ること叶い難くて、討たれたる者も少なからず、もし重ねて押し寄せ来るを如何にして防ぐべき、枕を並べて討ち死にせんか、また和睦して此の山を譲り渡して大王が帰られるを待って恨みを返さんかと評議まちまちに候」と大息ついて物語るのを迦毘羅坊は聞きながら、
「そは易からぬ事にこそ、□□□□□□□□□□□□□」と問われて皆々頭(こうべ)をかき、「奴らが来る時は霧を起こし、帰る時は雲に乗り、所を指して飛び行くのみ。住みかは知らず候」と言えば迦毘羅はうなずいて、
「汝ら、心を安くせよ。我がその大王をうち殺して首取って土産に得させん。しばらく待て」と言いかけて、ひらりと雲にうち乗って、天眼通で所の方を遠く遙かに見渡すと、ここをさること千余里にして黒暗州(こくあんしゅう)という一つの島あり。その地は魔王の住みかにして、山をうがちて城となし、岩をたたみて塀(へい)となし、数多(あまた)の悪魔が籠もり居たり。迦毘羅は早くも見定めて、通力でその所へまたたく間に赴いて、門戸を守る悪魔らに向かい、
「我は無辺無量国の威如天堂の主にして岩裂の迦毘羅神威如大王という者なり。汝らが主と頼む魔王に対面するために自らここに来臨せり。さぁこの由を通達せよ」と言うと外道らは驚き騒いで魔王にかくと告げ知らせれば、魔王は聞いてあざ笑い、
「奴は身に鎧(よろい)も付けず手に弓矢も携(たずさ)えず、身一つにして来たるは自らその死をおくるなり。今、目(ま)の当たりにうち殺して、手並みの程を見せん」と例の打ち物を取り揃え、ゆうゆうとゆるぎで、
「汝は命に掛け替え▼あるのか、我に会わんと一人で来るは身の程知らぬ痴れ者(しれもの)なり。言う事あれば早く言え、望みに任せて素頭(すこうべ)引き千切って得させん」と罵(ののし)る声は木霊(こだま)に響いて、くわっとにらんだ六つの眼(まなこ)は闇の星かと疑われる。迦毘羅はこれを聞きながら、
「憎っくき外道の似非(えせ)広言(こうげん)。汝は我の留守をうかがって、我が眷属を攻め悩ませし報(むく)いが早く来たのを知らずや。観念せよ」と詰め寄せたり。
その時魔王はますます猛(たけ)って、やみやけんがき黒金(くろがね/鉄)の棒を隙間もなくうち振りうち振り、まっしぐらに馳せ向かえば、従う悪魔は数を尽くして、おっとりこめて討たんとす。されども迦毘羅は少しも騒がず一人(いちにん)まんえい分身の呪文を口に唱え、乳脇(ちちわき)の下の小羽根を抜いて、ふんふんと吹きかければ、その羽根は幾百□の迦毘羅坊の姿に変じて、支(ささ)える敵を攻め伏せ攻め伏せ、その手の悪魔を一人も残さず斬り倒して踏み殺せば、黒暗魔王は驚き慌てて逃げんとするのを逃がしもやらず大喝一声(だいかついっせい)、迦毘羅坊があびせかけた刃(やいば)の稲妻、もろくも魔王の三つの首は、只一ト討ちに斬り落とされて、骸(むくろ)も共に倒れけり■

<翻刻、校訂、現代訳中:滝本慶三 底本/早稲田大学図書館所蔵資料>
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 初編(下)曲亭馬琴作

2017-02-14 17:55:42 | 金毘羅舩利生纜
※宮毘羅(金毘羅童子、宮比羅)くびら・こんぴら 十二神将の亥神 本地:弥勒菩薩

かくて岩裂の迦毘羅坊は黒暗魔王の首を引き下げて、雲にひらりと乗って飛行自在のいつとくは、またたく間に無量国の方便山へ帰って、魔王を始め数多の悪魔を討ち平らげた事を手に取るごとく告げ知らせ、その首を見せると六万八千の天狗どもの誰が喜ばざる者あらん、かつかすかつを吹いて、かの天堂へかしずき入れて、やがて酒宴をすすめける。
その時迦毘羅は一座を見渡し、
「各々(おのおの)何と思うやらん。此の所は離れ島で浮き世に遠く隣国が絶えて無きには似たれども、数千里を隔てた黒暗州の魔王すら我が天堂を奪わんと、先に押し寄せ来るにあらずや。しかれば今更、仇(あだ)する者が無くても油断すべからずと言えども、汝らはここに一振りの太刀もなく、手に一丁の弓矢も持たずに木太刀(こだち)、竹槍で仇(かたき)に向かって勝つ事あらんや。我はこの事を思うに、黒暗州で悪魔らの刃(やいば)をぶん取ればとこれかれと選べども、よろしき切れ物が絶えて無ければ、一つも取らず立ち帰れり。これらの用意を聞かまほし」と問われて、実(げ)にもと思うのみで誰とて所存を言う者なし。
その中に第一の眷属の太郎坊という天狗が進み出て、
「大王、お知り召されずや。▲此の所より北の方五千八百里に一つの国あり。器械国(きかいこく)と名付けたり。此の国の鉄(くろがね)は余の国に勝って、鉄(くろがね)の切れ味、類(たぐい)なし。よってその国の王たちは、剣(つるぎ)は言うに及ばず、弓矢、鉾、槍、鎧兜(よろいかぶと)を幾万と作らせて蓄え置くと伝え聞く。只その道は遠くして奪い取ることは叶い難し」と言うと迦毘羅はうなづいて、
「我もまた予てより機械国の事を聞きしが、事に紛れて忘れたり。海山万里を隔てるとも何程の事があらん。されば彼処(かしこ)へ赴いて、武具を奪って立ち帰らん。しばらく待て」と言いながら端近くたち出てひらりと雲にうち乗り北を指して飛び去りける。
さる程に迦毘羅坊は通力自在の事なれば、ただ一時(ひととき)に五六里の海山を飛行して、機械国に来て見れば聞きしに違わずその王城(みやこ)に数多の武具蔵を建て連(つら)ね、太刀、剣(つるぎ)、鉾(ほこ)、鎧(よろい)を数限りなもなく蓄えたり。
その時、迦毘羅は心の中に謀り事(はかりごと)を思い起こして、しばらく雲より降りも下らず、手に[ばうごう]の印を結んで口に呪文を唱えれば、不思議なるかな▲その国の都の内に霧立ち上り、四方常闇(とこやみ)となり荒れ風さっとおとし来て、木を抜き砂(いさご)を飛ばせば、国王を始めとして誰かは驚き恐れざらん。およそ貴(たか)きも卑(いや)しきも、その家毎に門戸を閉じて出る者は一人もなし。その間に迦毘羅坊は静かに雲より降り立って、その通力でことごとく数多の倉を押し開き、武具を選んで引き出すが我が身一つで持ち運ぶ事は叶うべくもあらざれば、脇の下の小羽根を抜いて、呪文を唱えて吹き散らせば、たちまちに数万の迦毘羅と変じて、いくらともなき太刀、鎧を手に手に取って引き出して、各々の肩に掛けて方便山へと飛び去りけり。
既にして迦毘羅坊は黄金の滝のほとりにその武具を下ろさせて、山の様に積み重ね、小羽根を取って術を収め、元の一人になりし時、眷属の夜叉天狗どもがあちこちより集い来て、その通力に舌を巻き喜びいさんで天堂へ太刀も鎧も運び入れ、これより日毎に群を定めて、太刀を合わせ鉾を回して武芸の稽古も油断なく、いよいよ迦毘羅をおし尊んで、威如大王と唱えける。
その時迦毘羅は主だちたる眷属の中より選んで太郎坊、次郎坊、山水(やまみず)坊、木の葉坊という四人を大将として駆け引きを司らせ、事十分に整えども未だ心に飽き足らず、ある日その四人に言う様、
「我が眷属は武具に富んで敵を防ぐに足るといえども、我には未だ心に叶う武具はなし。昔、日本に在りし時、師の坊より賜った快刀の御腰(かいとうのみこし)を帯たり、そもそも刃は敵を討つとも一両人を斬るにすぎず、只一打ちに数多の敵を取りひしぐには棒こそ良けれ。伝え聞くとこの山の黄金の滝の水上は竜宮へ通じるといえり。竜宮城には世の中に得難き宝が数多あり、定めて他に作るべき最上の金(かね)なからずやは、我が竜宮へ赴いて鏨(たがね)を盗らんと思うなり。汝らは萬(よろず)に心を用いて留守をせよ」と示しつつ、その滝壺の水上へさかのぼり、流れを渡って千尋(ちひろ)の底を物ともせずに竜宮城へ赴きける。
時に東門を守る水母(くらげ)の次官(じかん)、栄螺(さざえ)の衛士らが迦毘羅坊を見て大きく驚き、その来歴を尋ねれば迦毘羅坊は間近く進み向かって、
「我はこの竜宮とは隣国の無辺無量国の主にて▲岩裂の迦毘羅尊、威如大王と言う者なり。竜王に対面せんと自らここへ来た由をさぁさぁ伝えて案内せよ。早く早く」と急がせば、水母、栄螺は驚きあわてて、そのまま内へ走り入り、やがて事の事情(おもむき)をしかじかと申すと東海竜王は眉をひそめて、
「予てよりほのかに聞く岩裂の迦毘羅坊は神変不思議の曲者(くせもの)なり。彼は何の所望あって、この所へは来つるやらん。対面せでは叶わじ」とにわかに装束を整えて、鯛の宰相、ボラの納言(なごん)、ブリの中将、鯉の左大げんらを従えて、昇殿(しょうでん)に迎え入れ、上座(かみくら)に招いて事の心を問えば迦毘羅坊は膝を進めて、
「それがしはこの頃手にかなう武具を作らんと思えども、未だよろしき鏨(たがね)を得ず。此の竜宮には良き武具が数多あらんや。一振りを我に贈りたまえ」と言われて竜王は小首を傾け、「たまたまの所望なれども左様な物はたえて無し」、迦毘羅はそれを聞いて眼(まなこ)を怒らせ、
「竜王、何で一振りの武具をかくも惜しんで、たえて無しと言われるか。よしよしその義ならば我が自ら宝蔵を家探(やさが)しして選び盗って行かん。後悔すな」と罵りながら立ち上がらんとしたりける。迦毘羅坊の勢いあたり難ければ、竜王は慌てて押し止め、「客人、さのみ腹立てたまうな。宝蔵を詮索して良き物あらばたてまつらん。まずまずしばし待ちたまえ」ととどめて奥に走り入り、黄金造りの太刀一振りをうやうやしく携え来て迦毘羅坊に贈らんとす。
迦毘羅はこれを一目見て、此の太刀は真(まこと)に良しと言えども、我はこの武具を好まず、なおこの他に良き物あらんや。残らず出して見せたまえ」と言うと竜王ぢだいも得ならず、「しからば客人が自ら行って、心に叶うを選びたまえ。さぁさぁ」と言いながら先に立って案内すると、迦毘羅坊は宝蔵でこれかれと見てみるが鉾、弓の類(たぐい)など世に珍しい武具はあれども、それすら未だ心に叶わず、むなしく望みを失って退き出んとする時に、水門の傍(かたわ)らに苔(こけ)むしたる物が横たわり、半(なか)ばは砂(いさご)に埋(うず)もれて、是、鉄の柱に似たり。迦毘羅は目早くこれを見て、これは何ぞと指さし問えば、竜王は見て、
「さればとよ。▲そもそも黄金の柱は竜宮城の開闢(かいびゃく)の始めよりここにあり。いにしえ日の本(ひのもと)神世(かみよ)の時に、伊耶那岐、伊耶那美の二柱の神が数多の浮き橋にたたせたまいて、天の逆鉾(あまのさかほこ)を差し下ろし、下界を探らせたまいし折に、第一の滴(したた)りは凝り固まって国となり、その滴りの余れるは此の竜宮へ落ちとどまって、これらの物に成りたる由を聞き伝えてはあれども、その重き事、金輪際より生え抜いたごとくなれば、誰とて動かす事は叶わず、まして掘り取る事などは思いもよらず候」と答えれば迦毘羅はうなずいて、
「それこそ年頃に我が望む武具になるべき物なれ。どれどれ」と言いながら両手をかけて引き起こすと柱には非ずして、その丈およそ二丈ばかりのまさしく黄金の棒にして、自然と彫りなす十四の文字(もんじ)がその裏の方にあり。皆々等しくこれを見れば「神作如意金箍棒(しんさくのにょいきんこぼう)一万三千五百斤」と鮮(あざ)やかに読めれば、迦毘羅は大きに喜び、いと軽がるとうち振りうち振り秘術を尽くす棒の手に、見る目まばゆき黄金の光も辺りをはらう神通(しんつう)怪力(かいりき)、胸騒ぐばかりにて東海竜王がうがのうろくず(雑魚)は皆、舌を吐き肝を潰してえへるが如くに呆然たり。その時、迦毘羅が棒の手を止め小脇にかい込めば、不思議なるかな黄金の棒は迦毘羅の心に従って縮める時は短くなり、細くなること針の如く、その軽さは塵の如し。また引き伸ばせば元のごとくに二丈余りの棒となる。実(げ)に如意棒(にょいぼう)と言い、金箍(きんこ)と名付けし言われある事にこそとて迦毘羅は針の如くになりたる棒を耳に挟んで竜王に向かい、
「今、此の棒を得たれども、未だよろしき甲冑なし。とてものことに鎧兜(よろいかぶと)を選び出して贈りたまえ。しからずばいつまでも此の所に逗留せん。帰さんとも留めんとも竜王の心にあり。如何(いか)に如何に」とせりたてられて、竜王はしきりに頭(こうべ)を掻き、
「今更惜しむにあらねども、この所にはしかるべき鎧兜はたえてなし。西海(せいかい)、南海、北海の三竜王はそれがしの弟なり。彼らの元を詮索して奉るべきなり」とにわかに鐘を突き鳴らせば、その鐘は四方数千里に響き渡り、西海竜王、南海竜王、北海竜王は驚いて、またたく間に集い来て、迦毘羅の所望の由を聞き、心の内には憤りいと憎しと思えども、敵すべくもあらざれば、西海竜王は我が宝蔵よりしま黄金の兜を取り寄せ、北海竜王は水牛の皮で縅(おどし)た▲鎧を取り寄せ、南海竜王は海豹(あざらし)の革靴と小手脛当て(こてすねあて)さえ取り寄せて、ひとしく迦毘羅に贈れば、迦毘羅はこれを受け取って、鎧投げ掛け兜の緒を締め、耳の内に収めた黄金の棒を引き伸ばして、杖に付きつつ悠々と別れて古巣へ帰りけり。
これより迦毘羅の威勢は四面八方へ隠れなく、招かざれどもあちこちの山の主もおぢ恐れて、その手に付かんと願いけり。詳しき事は次ぎに見えたり。
されば岩裂の迦毘羅坊は竜宮城を騒がしつつも如意金箍の棒を得て、方便山に帰りしより威風いよいよ辺りをなびかせ、あちこちの山の主は数千里を遠しとせずに方便山に往来し、その手に付かんと願う者、白狼王(はくろうおう)と称するは、これも歳ふる熊の化けたるなり。また錦馬王(きんばおう)と称するは、その毛色が錦に似た鹿の化けたるなり。また巴蛇王(むじゃおう)と称するは、山に千年、海に千年、川に千年住んだ蟒蛇(うわばみ)の化けたるなり。この四人(よたり)の妖王どもは招かざるのに付き従って、迦毘羅は彼らを一方(いっぽう)の大将として、太郎坊、次郎坊、山水、木の葉の四大将とともに山の八方を守らせて、自分は如意天堂に起き臥して、酒宴遊興に日を送る時、ある日、酒に酔い伏してまどろんだ▲夢の中で五道の冥官(みょうかん)とおぼしき者が地獄の獄卒を従えて忽然と立ち現れ、
「いかに迦毘羅坊。汝の命数(めいすう)尽きたれば、閻魔王(えんまおう)が召されるなり。さぁさぁ参れ」と引き立てて、飛ぶが如くに馳せ去りけり。かくて五道の冥官は迦毘羅坊を引き立て来て、閻魔殿の前に額(ぬか)ずかせ押し据えて、この由をかくと聞こえ上げれば、冥府の主の閻魔大王はちやうぜんに出させたまいて、まず浄玻璃(じょうはり)の鏡に照らさせ、見る目嗅ぐ鼻で在りし世の罪の重さ軽さを考え、業の計りに掛けんとて、牛頭(ごず)馬頭(めず)の獄卒どもが迦毘羅の左右の手を取り引き立てんとする時に、迦毘羅は酒の酔い覚め、驚き怒って突っ立ち上がり、「こは何するぞ」と罵りながら、耳に挟んだ金箍の棒を引き伸ばし、かぶりて当たるを幸いになぎ倒せば、牛頭馬頭の獄卒らは肩をひしがれ、足をくじかれ、見る目嗅ぐ鼻は消し飛んで芝居の切り首見るごとく、「こは狼藉や」とばかりに右往左往に逃げ迷う。地獄の騒動大方ならず、実(げ)にその神通怪力(しんつうかいりき)に敵すべくもあらざれば、五道の冥官たちは声張り上げて、
「岩裂、聊爾(りょうじ/無礼)したまうな。およそ生きとし生けるものは終(つい)には死なずと言う事なし。その命が終わる時は冥土黄泉(めいどこうせん)に召される事、誰が一人も逃れるべき。疑わしくばこれを見て、その疑いを晴らしたまえ」と押し止めつつ、鉄の帳を開き差し出すのを見れば、真に我が名あり。無辺無量方便山の主岩裂の迦毘羅坊、何万何千何百何十年にして寿命終わると記されたり。それ見て迦毘羅はあざ笑い、
「世には同じ名の者が数多あり、例え十号(じゅうごう)限りありとも、我は仙術上手の者なり。いかでかおめおめ死して冥土の餓鬼となるべきや。詮術(せんすべ)あり」と筆取って、墨黒々と我が名を塗り消し、後先を開き見ると我が眷属の名も皆帳面に記しあれば、それらも残らず塗り消して閻魔王に向かい、
「我が輩(ともがら)は天地と共に寿命の尽き時無きに、物実(ものざね)と我らを呼べば閻魔でも▲十王でもその度は許し難し。汝の命に掛け替えなくば今日の手並みをお忘れなさるな」と息巻き猛くにらみつけ、筆を投げ捨てゆうゆうと帰ると思いしは、これうたた寝の夢なりけり。
されば迦毘羅は夢から覚めて、在りし地獄の有り様を眷属どもに物語れば、あるいは驚き、あるいは喜び、いよいよ迦毘羅の神通力の類無きをぞ感じける。
実(げ)にも夜叉天狗の類全て、幽冥(ゆうめい)につく者は、その寿命に限りなきにや。その死を知る由無き事は地獄の帳を塗り消した迦毘羅坊の業にして、その名の無きによれるなるべし。
○この時、日の若宮では天照大神(あまてらすおおみかみ)が遙か下界を御覧じて、天児屋尊(あまつこやねのみこと)に向かって、「近頃、西の方にあたって、いと騒がしく聞こえるのは何らの故ぞ」との勅問(ちょくもん)に児屋尊は頭を傾け、
「知るが□・・・・・・・・遙かに西にあたって、無辺無量という□山あり。その□山を領する者を岩裂の迦毘羅と言えり。彼は神通を得しままに、五月蠅(さばえ)なす悪しき神をいくらともなく招き集め、鉾を回し太刀を合わせ、また夜となく日となく酒宴して笑い興ずるその響(どよ)みが遙かに聞こえ候なり」と申す言葉も終わらぬ折から、
「海神(わだつみ)の主、東海竜王、その弟の南海竜王を日の若宮へ参らせて、岩裂の迦毘羅のために神さく如意の黄金の棒を奪い盗られし事のおもむき、また南海、北海、西海の竜王らも鎧、兜、革靴を是非なく渡せし事の由、彼の通力自在の次第を日の御神に訴え申して、願わくば臣等(しんら)のために天兵を向けられて迦毘羅坊を討ち滅ぼし、大千世界の災いを払わせたまえば、上も無き天恩ならん」と奏しける。
かかる所に黄泉路(よみじ)の国におわします▲伊耶那美の尊より黄泉醜女(よもつしこめ)を御使いとして、岩裂の迦毘羅坊が地獄の掟を破り、おのが名を記されし鉄の帳を塗り消したる体たらく、閻王の愁訴のおもむきは斯様斯様と訴えたまえば、日の神もいよいよ驚きたまいて、
「しからばその岩裂は捨て置き難き悪しき神なり。早く討っ手の神兵(かみいくさ)を差し向けて、その罪を正すべし。用意をせよ」と急がせたまえば天児屋の尊が申す様、
「岩裂の罪は逃れ難しと申せども、彼は始め迦具土の血潮にてなれる神なり。たとえ今その身は外国(ことくに)にあるにもせよ、これもまた日の本の神の胤(たね)には候わずや。さるを今一朝に討ち滅ぼさせたまわんことは御慈しみ浅きに似たり。早く勅使を使わして岩裂を召し上し、官職(くわんしょく)を授けたまえば、彼もまた天恩を感じて過ちを改めるべし。此の義はいかが」と諫(いさ)め申せば、日の神は実(げ)にもとうなずき、南海竜王、醜女らにしかじかと聞こえ知らせて、おのおのを本国へ帰させたまい、さて誰をか無辺無量国へ遣わすべきと勅問(ちょくもん)あるに児屋の尊はまた申す様、
「かばかりの御遣いに名だたる神たちを遣わしたまえば、返って事の破れとならん。昔、天稚彦(あめわかひこ)を召し返さんと頓使い(ひたづかい)にたてられつつ葦原(あしはら)の中つ国にて天稚彦(あめわかひこ)に射殺されし名なし雉の妻が女官となって、この大宮に仕え奉れり。この雉(きぎす)の命婦(みょうぶ)などがしかるべけれ」と奏せしかば、日の神はこの義に任せたまいて、雉の命婦を遣わさる。
さればまた雉の命婦は昔、夫の名無し雉が頓使いを仕損じて犬死にをした恥を清めるのはこの時なりと思いにければ、喜んで勅命を承り、雲をしのいであまつ空、幾千万里を飛び行きて、無量国方便山の如意天堂のほとりに降り立ち、天照大神の勅使として、雉(きぎす)の名代(みょうだい)来れりと音(おと)なえば、岩裂の眷属の天狗どもは驚き慌てて内に入って、迦毘羅坊に告げにける。されども迦毘羅はちっとも騒がず、そのまま名代を天堂へ迎え入れ対面す。その時、命婦は袖かき合わせ、
「天照日の大神、そもじの神通が類無き事の由を聞こし召し、天上へ召しのぼして司を授けたまわんと□らる。さぁさぁ参りたまえかし」としとやかに述べれば迦毘羅坊は喜んで、
「それがしは先には日本国へ赴いて仙術を学びし事、寿命を天地ともにした事は、遂には天上へ昇り八百万(やおよろず)の神たちと肩を並べんと思えばなり。しかるに今図らずも日の神より召される事は、何事かこれにますべき。まず杯(さかずき)を勧めんためにしばらく休息されたし」と言うのを雉(きぎす)は押し止めて、
「日の神を待たせん為にはしばしも時を移し難し。さぁさぁ参りたまわるこそ、もてなしにます喜びなれ」と言うに迦毘羅は押しても止めず、眷属の夜叉天狗らに▲しかじかと説き示し、
「我、日の神に仕え奉りて、しばらく天上にあるべきなり。任官果てて帰りくる日まで太郎坊、次郎坊、山水、木の葉の四人の者共にここを預け置くなり。よく留守をせよ」と下知しつつ、遂に雉と連れ立って、雲にうち乗りたちまちに日の若宮にぞ参りける。
しかれども岩裂は遠き島根に成りいでし五月蠅(さばへ)なす荒神なり。みだりに天顔(てんがん)を拝させるべからずと、しやうでんをゆかされず、彼に司を授けよとて、日の神の勅により天児屋の命、太玉の命(ふとだまのみこと)は承って、神議り(かみはかり)に図りたまうに、諸々の神たちが申す様、
「今、天上に欠けたる司はなし。只、一院の掃守(かにもり)はなし。まず岩裂を掃守になさるべうもや」と申すに、やがてその義に定めらる。これにより岩裂は天安河原(あまのやすがはら)に赴いて掃除の事を司り、また折々、鰯雲(いわしぐも)を起こす事を司りて、下界へ海の幸を示せと□わたされたり。けれども岩裂はいと遠き□になりいでて、都の手振りを夢にも知らねば、位の高き低きをも司の良きも卑(いや)しきも露ばかりだもわきまえず、今、掃守になりたるを良き司ぞと心得て、いささか辞する気色はなし。只、日の神に見参せぬをいといぶかしく思うものから、これもまた遠からず御目見えの日あるべしと思い図って、ちっとも疑義せず、やがて安河原の役所に入り、望み足れりと思いけり。
元よりこの所は日の若宮へ遠からねど、さしたる務めも無きままに、岩裂は同役の掃守神と酒を飲み、あるいは河原に出て漁(すなどり)しつつ、そこはかとなく日を送るに、折ふし春の事なれば、月読の尊(つきよみのみこと)に仕え奉るいかひ姫、おほがひ姫の神、天のざざ女などと言う女官たちは河原の水菜(みずな)を摘まんとて、安河原にいでたるを岩裂は遙かに見て、その所へ走り近づき、
「汝ら、何ぞ掃守の我々に断りなく、そこらの水菜を摘み取るぞ」と声高らかに咎(とが)めれば、いかひおほかひの二神は▲顔うち赤めて退きける。その中に天のざく女は口の悪き神なればちっとも騒がず見返って、
「わらわは月読の宮に仕え奉る女官なり。月読様の□により、この河原の水菜を摘めば、私(わたくし)の事ならず、職分卑しき掃守の和主なんどが知ることならず」と言われて岩裂は心を得ず、「我は真に掃守なり。そもそも掃守は卑しき司か。その位は二位か三位か、我は未だ知らず、詳(つまび)らかに我に告げよ」と言うとざざ女は吹き出して、
「笑止(しょうし)じゃ。さては知らぬじやまで、掃守と言う者は河原の蟹(かに)を払う役で人の世ではもんという掃除番の仕丁(しちょう)の事なり。その頭を掃部守(かもんのかみ)と言うけれど、それすら六位の官ぞかし。いわんや仕丁の掃守に何の位のあるべきぞ。笑止笑止」と言い捨てて、袖振り払って帰り行く。岩裂は我が職分の卑しき由を初めて知って、恨み憤ること限りなく、烏帽子、衣装をかなぐり捨てて、罵りつつ、南大門より古里の方便山を指して飛び去りけれ。さればこそあれ、後の世に金比羅を信じる者が蟹と鰯を断つ由はこれらの故によるなるべし。
かくて岩裂の迦毘羅坊は憤りに耐えず、またたく間に天上より方便山に帰りにければ、数多の眷属が出迎えて、「大王、先に日の神に召され天上したまいしより早十余年になり候。天上にてはいかばかりの司位(つかさくらい)を得たまいしぞ」と問われて岩裂は頭を掻いて、
「我は天上に在りし日が只十余日と思いしが、早十余年になりけるか。実に天上の一日は人間の一年なりと言うは空言ならざりけり。我は日の神に仕えんと遙々と天に昇りしが、日の神は我をよくも用いず、わずかに掃守とせられしかば、日ならず走り帰りしなり」と言うと皆々は吐息をつき、
「大王、何ぞさばかりの卑しき職分を守りたまわん。神変不思議の通力は八百万の神たちもおそらく及ぶ者はあらじ。かかればまた今更に王と申すもなお足らず、今より再び尊とんで威如神尊と称すべし」と言うと迦毘羅は喜んで
「諸々の意見は極めて理あり。しからばその義に任すべし。今より我を威如神尊と称せよかし」と誇り顔にてあご掻き撫でていたりける。
○この時、日の若宮では、天照大神に岩裂の掃守がその職分の低きを恨んで罵り猛って、日の御門(みかど)を破って走り去りたる由を櫛石窓(くしいわまど)の神、豊石窓(とよいわまど)の神が奏するに驚きたまい、「かくまで無頼の曲者を今はしも許し難し。早く討つ手を遣わして犯せる罪を正せよ」とにわかに十万の神兵(かみいくさ)を▲起こさせたまい、建御雷命(たけみかつちのみこと)を討つ手の大将として、その子天鳥舩神(あまのとりふねのかみ)を副将軍とし、天兵命(あまつつわもののみこと)を軍監(ぐんかん)として方便山へ遣わされる。
かかりし程に岩裂は討つ手の大群が向かうと聞いて、「さらば手並みを現して、似非神(えせがみ)どもの目を覚まさせん。者共、戦の用意をせよ」と六万ばかりの眷属を三手に分けて、巴蛇王(はじゃおう)、子路王(しろおう)、錦馬(きんば)、白狼(はくろう)の四大将を先陣とし、太郎坊、次郎坊、山水、木の葉の四大将を後陣に定め、その身は竜宮より得たしま黄金の兜をいただき、水牛の鎧、海豹の革靴、小手、脛当てに身を固め、中軍に控えたり。
時に神兵の先手の大将の天兵の命(あまつつわもののみこと)が鉾を回して真っ先に馬を馳せ駆け出せば、その手の神兵は鬨(とき)をつくって、我遅れじと押し寄せるのを、岩裂の先手の大将巴蛇、白狼らは迎え進んでしばらく挑み戦うが、岩裂方はさんざんに討ち破られて、皆散り散りに逃げ走るを何処までもと追っかけたり。その時、岩裂は大きに怒って逃げ来る味方に入れ変わり、黄金の棒を隆々(りゅうりゅう)と水車(みずくるま)のごとくに打ち振り打ち振り、しきりに進んで防いだり(ささえたり)。兵尊はこれを見て、望む敵ぞと天馬にかく入れ、ひとまぜもせず戦うが、岩裂がひらめかす棒の手はことに鋭く、遂に刃を打ち落とされて、余る棒にて二の腕をしたたかに打たれれば、馬引き返して退きけり。
二陣に控えた天の鳥舩の神はこれを見て、「岩裂の掃守め無礼なり。汝は一旦は拒むとも天意を犯していつまでか安穏(あんおん)にかくてあるべき。命惜しくば降参せよ。天の鳥舩の神ここにあり」と名乗りかけて戦いたまう。しかし岩裂は恐れる気色なく、
「あら物々しき討つ手呼ばわり。元より我が身に野心なし。日の神が我を用いずして、掃守にせし故に我はこの所へ立ち帰れり。今より我を押し昇し、威如神尊と称せられずば十万の兵一人も□を生きては帰すまじけれ。観念せよ」と罵って、面も振らず打ってかかれば鳥舩の神は迎え進んで、互いに現す神変通力は雲をしのいで地をくぐり、姿を隠し形を変じて一時ばかり戦いしが、鳥舩の神は腕(かいな)を突かれて左の肩先したたか打ちくじかれて▲大きに驚き、馬引き返して退きたまうを岩裂は追い捨てて、皆相引にぞ退きける。
さる程に、兵尊、鳥舩の神は本陣に立ち帰り、岩裂の通力の体たらく、味方敗軍のおもむきを建御雷(たけみかつち)の命に告げれば、御雷の命は驚いて、
「しからばこれ大敵なり。今またこれを討たんとせば多く味方を失うべし。一度(ひとたび)は天へ昇り帰って、事の由を相聞せん。必ず逸(はや)るべからず」ととどめて戦を引きまとめ、日の若宮へ昇り帰って、天照大神に奏するする様
「岩裂の通力は世の常に非ず。臣□手を尽くして戦いしが兵尊は腕をくじかれ、鳥舩の神は肩を打たれて未だ勝ちを取る事あたわず。もし軍勢を増し下されて、例え彼を滅ぼすとも味方も数多討たれるべし。よりて思うにあの者は元より逆心なし。只その職の卑しきを恥じ憤って古巣へ走り帰りしのみ。もし威如神尊という官号を下されれば仕え奉らんと申すなり。願わくばその罪をなだめたまいて、これらの官位を授けたまえば天地人の幸いならん」と恐る恐る奏し申せば、御側にはべりたるあまのかほの命はこれを聞いて、
「御雷(みかずち)が申す所はその理あり。今、岩裂に威如神尊の官位をたまうは過ぎたるに似たれども、官あっても司なければいわゆる散□散官(さんゐさんかん)の類なり。何か、苦しく候べき。勅きにあれかし」と取りなし申せば、日の神は遂にちしてめんありて、「されば岩裂の罪をなだめて召し昇せよ」と仰せらる。
これにより此の度も雉(きぎす)の命婦を勅使として方便山に遣わさけり。岩裂はやがて対面して雉の命婦を責めて言う様、
「汝は我をたばかって、天上へおびき行きつつ掃守のいと卑しき者にさせた恨みの数々、言わでも心に覚えあるべし。今更何の面目あって再び来つるか。その故聞かん」と居丈高(いたけだか)に罵れども雉は騒がず微笑んで、
「それは了見違いぞかし。およそ大宮に仕え奉る者は無位より初位八位七位と昇進して、正一位にも昇るなり。御身は初めて天上へ参り昇りし事なれば、掃守になされしとて、さのみは恥じることならず。しかれども日の御神はそもじの神力(しんりき)を感じおぼして、望みのごとく威如神尊の官を授けたまわんと、再びわらわを遣わしたまえり。過ちを▲改めてさぁさぁ参りたまえかし」と言葉賢(さかし)くこしらえれば、岩裂はたちまちに恨み解けて、雉の命婦と連れ立って日の若宮へ参りしかば、やがてせうでんを許されて天顔(てんがん)を拝し奉り、威如神尊という官号を勅き(ちょくき)にありて、威如の社(やしろ)を建て下され、みやつこの神を幾人(いくたり)か使われ人に付けさせたまえば、岩裂は深く喜んで、また天上にとどまりつつ、威如の社に静まりいたり。
しかれども官位ありと勤る業の無き身なれば□・・・・・・・□ありきてあまつ神と交われば、ふと玉の命は奏する様、
「威如神尊は官あって勤めなければ遊興に耽(ふけ)る由の聞こえあり。そのまま打ち捨て置きたまえば良からぬ業をしだすべからん。仮に山田守の司になされて、天安田(あまのやすだ)、天平田、天邑田(あまのむらあわせだ)を守らせたまえば事の災いなかるべし」としきりに奏し申せば、日の神はその義に任せたまいて、岩裂の威如神尊を田守の神に成されけり。しかるに天安田には三千年に一度はつかほを結ぶ稲あり。この米(よね)は日の神も常には供御(くご)になされる事なし。只年の十月毎に出雲の大社(おおやしろ)に八百万(やおよろず)の神が天下りて、新嘗(にいなめ)の事を行われ、その米を供御にかしぎて日の神に参らせたまうごうれいとぞ聞こえける。もしこの稲をはむ者は、その命は天地と共にとこしなくに尽きずとかや。しかれども秋穂はむ雀(すずめ)すら恐れてその田に寄り付かず、まして位低き神たちはなむることだに叶わざりけり。頃しも九月末なりければ、素戔男(すさのお)の尊の御舅(おんしゅうと)足名稚(あしなつち)、手名稚の神、その御娘くし稲田姫もろともに天安田を刈り取って、みずから籾(もみ)をひき、米(よね)をしらげうがの御霊(みたま)の命に渡して、大社(おおやしろ)へぞ運ばしたまう。岩裂はこれらの由を□□初めて伝え聞いて、足名稚、手名稚に打ち向かい、
「今年十月の神集めには、わしらも出雲の大社へ呼ばせたまうと仰せやありしか」と問えば頭を振って、「いやいや左様の沙汰はなし」と言うと岩裂は本意(ほい)なくて、
「我、いかにもしてその供御を一口食わばやと思いつつ、心の内に十月のその日を遅しと待ちたりける」
○されば今年も十月のその日も既に近づけば、八百万の神たちはその月の一日(ついたち)より次第次第に出雲の大社へ集まって、その三千年に一度実りし、天安田(あまのやすだ)の刈り稲のしかげたる米をもて、半ばは蒸して麹(こうじ)とし、これを酒にかもさせて日の神の神酒(みき)とし、またその半ばは餅に突かせ、あるいはまた飯(いい)にかしがせて日の神の▲供御になさるしも司の神たちは火を焚き水を汲む者あり、米を蒸して強飯(こわいい)とし麹に寝かす者もあり、臼に入れ突きやわらげてぐさい餅にするもあり、事の混雑は大方ならで上を下へと返しけり。
さる程に岩裂は時分を計って天下り、出雲の大社に近づく時に、図らずも途中にて保食(うけもち)の神に行き合いけり。互いに見知れる仲(どち)なれば、保食の神はいぶかって、「神尊和主は何らの故にここらを徘徊するやらん」と問われて岩裂たちまちに謀り事を得ていれば、ちっとも疑義せず、
「さればとよ。それがしは日の神の御使いを受けたまわって、御身のために来つるなり。日の神のお召しにより、早く日の若宮へ参りたまえ」とまことしやかに誘(いざな)うと、神は元より正直を旨としたまう事なれば、岩裂が偽(いつわ)り言うとは思いもかけず、
「・・・・・・・我はこの年毎に供御(ぐご)の事を執り行えば、わきてこの月のにひまめ命には萬に暇なき身なるを予ては知ろし召されんに、何らの火急の御用あって召し帰されることやらん」と心の内には思えども、否み申す由なければ、岩裂と連れ立ちってかへりのぼうたまう程に、岩裂は遅れた体にもてなし、引き外して取って返して大社へ入る時に姿を変じて、うけもちの神になりたり。
よりて大社を預かりたまう大己貴(おおあなむち)の尊を始め、萬の神たちは岩裂を咎める者はなかりける。さる程に岩裂は厨(くりや)の方に行って見るに、その八束穂(やつかほ)の稲で、只今かもした大神酒(みき)あり。また飯もあり餅もあり。いっぱい飲みたや食いたやと思えども、その辺りには下司の神が数多おればそぞろに手をもかけられず、詮術(せんすべ)ありと脇の下の小羽根を抜いて吹きかければ、その羽根は数多の眠り虫と変じつつ、下司の神たちの頭(つぶり)に止まり身に付けば、たちまち眠りをもよおして我を忘れる高いびき、枕を並べて臥したりける。
その暇に岩裂は酒を飲み、餅を食い、飯さえ□□はつしてやつたる例えの節の盗人上戸(ぬすびとじょうご)、仕合わせ良しと口舐めずりして腹を撫でつつ天上へそのまま帰り昇りけり。▲
されば岩裂は大社の新嘗(にいなめ)に日の神の供御となるべき八束穂の酒をして、やりか餅を喰らい飯を喰らいて酷く酔いたる癖なれば、天上へ昇るに我が社へは入らずして、あやまちて月読の尊の宮へ惑い入りけり。
かかりし程に内殿には月読の尊に仕え奉る兎(うさぎ)どもが声面白く歌いつつ不老薬(おいせぬくすり)を突いており、畢竟(ひっきょう/要するに)、岩裂はこの体を見て、またいかなる事をする。

この合巻は常に変わりて長物語の事なれば、これを初編の終わりとす。第二編、三編はまた年々に継ぎいだして、遂には全部の草紙となさん。まずこの初編を御覧じて、それより二編三編と次第次第に御評判。古い趣向を新しく書き換えたるも方便の大和魂勇ましき、また来る春を待ちたまえかし。目出度し目出度し■

<翻刻、校訂、現代訳中:滝本慶三 底本/早稲田大学図書館所蔵資料>
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第八編下(ほぼ原文)

2017-02-01 14:02:41 | 金毘羅舩利生纜
かくて浄蔵法師は岩裂、八戒、沙和尚らかの国王と共に全て五人既に王城に近づく程に浄蔵左右を見返りて岩裂らに囁く様今日見参する偽王は元これ妖怪なりと言えども未だその事表れず逸りて無礼を行わばかえって不測の咎めにあわんこの義を心得たまえと言うに岩裂あざ笑いて長老様さな宣いそ彼奴はまさしく魔王なるを知りつつ何故に敬うべきとかく我らにうち任してちっとも恐れたまうべからず我が身進まば御身も進み我が身退かば退きたまえいでいでと言いつつも早城門に近づきて門守の司人に日本国より渡天んぽ旅僧浄蔵法師師弟五人関手形をかえんためにすなわち推参いたしたりこれらの由を申したまえと言うに司人ら心得て事しかじかと聞こえ上げけりその時くだんの偽王は数多の臣下を従えて殿上に立ちいでつつ浄蔵らを呼び入れるに太子はさらなり后まで皆日本の法師を見んとて御簾の内にぞ集いけるさる程に岩裂は一人まっさきに進みつつかの偽王をきっと見てちっとも敬う気色なければ王の臣下ら驚き怪しみ等しく声を振り立てて汝らはなはだ無礼なり至尊(しそん)に見(まみ)え奉るに烏滸(おこ)の振る舞いすることかは皆とく拝み奉らずやと言うを岩裂見返りもせであざ笑いつつ立ちたりければ臣下らいよいよ絶えかねて皆々走り掛かりて捕りすくめんと▲する程に岩裂早く禁身(きんしん)の秘文を唱えたりければ臣下ら等しく手足痺れて将棋倒しに○転び叫ばんとするに身は動かず只人形に異ならでおめおめとして眺めており魔王は今この体たらくに是非なく自ら声をかけて岩裂をきっと睨まえ汝ら異国の者なりともちとの礼儀は知りたらんに我を侮り奇怪の振る舞いそも汝等は何処の者ぞと問えば岩裂声高やかに汝知らずや我が師の坊は大日本延喜(えんき)の帝の御弟と称せらる浄蔵法師すなわちこれなり先に帝の詔を受け奉り天竺象頭山へ赴きて金毘羅神を迎えん為に早年頃の旅寝を経てこの所まで来るにより関手形をかえんと欲すまた我々は恩顧の徒弟岩裂の迦毘羅坊、羽悟了八戒、鵜悟定沙和尚この余一人の供人あり、そもそも我が日本は百王一姓の君子国世界に類いあることなければ唐天竺に従わずさんかんりうきゅうをを臣として年々にその貢ぎを受け唐朝と言うといえどもなお外藩ととなえらる汝等はこれ異国の邑長臣(ゆうちょうしん)と称し子ととなえて敬うべき筈なるにかえって我らを無礼として咎むるはそも如何にぞやと言われて魔王は怒りに得絶えず高座を離れて岩裂に走りかからんとする程に太子はあなやと御簾の内より進みいで魔王の袂にすがり付きつつ諫め様御憤りはさる事ながら彼らは天竺象頭山に赴きて金毘羅神を迎える者なりほのかに聞くに金毘羅神は霊験最も著しく善を助け悪を罰する荒神とこそ言うなるに只今彼らが無礼を咎めて▲自ら罪ないたまいなば恐らく神の怒りに触れて祟りあらんも計り難しまげて許させたまいねと言葉せわしく諫めけり太子の今かく諫めしは魔王が怒りに耐えかねてここにて岩裂と戦わば浄蔵法師を損なう事のありもやせんと思えばなりまた岩裂はあくまでに魔王をたしなめ怒らせて打ち倒さんと図りしになまじいに小賢しき太子の諫めにそのことならねば益無き事ぞとつぶやきけり魔王は太子に諫められて怒りを収めうちうなずき再び高座に返り上りてまた岩裂にうち向かい汝らこれまで国々にて取り替え来つる関手形あらん、とくとく見せよと急がせば岩裂は一義に及ばず懐にしたりける巻物を取りいだしていざとて魔王に渡すにぞ魔王はこれを受け取りて押し開きつつ高やかに読みもてみればこは如何に関手形にはあらずして予て岩裂が印置きたる我が身の悪行事つまびらかに三年以前に国王をばせをの井に押し沈めてその身を国王と変じたる事の元末一つも漏らさず書き尽くしてありければ魔王はたちまち胸うち騒ぎて只顔の色赤くなり青くなるのみ詮方もなく大息をつくばかりなり岩裂これをきっと見て高座に近づきたち向かいてやおれ魔王め思い知るや既に真の国王は我先だってばせをの井よりその亡骸を引き上げて三輪明神の洗米もて甦生させつつ供人にいでたたして具し来たれり真の国王ましませばいかでか逃れる道あらんや国王とくとくいでさせたまえと言うに真の国王はおそる恐る恐る進みいでて八戒、沙和尚諸共に彼が悪事を責めしかば魔王は返す言葉なく逃れ去らんと思えども身に寸鉄を帯びざりければいすくまりたる侍衛(じえい)の臣下の剣を奪い走りいでて雲を起こしつうち乗りて虚空遙かに逃げて行くを岩裂すかさず追っかけて耳の間に隠し持ったる金箍の棒を引き伸ばし悪魔め待てと呼び止めてうち倒さんと近づく程に魔王はきっと見返りてものものしやと剣を引き抜き丁々発止と戦うたりいずれに愚かあらざれば一上一下(いちじょういちげ)と手を尽くす雲の内なる奮撃突戦(ふんげきとつせん)しきりに挑み争うものから魔王は遂にただむき衰え敵し難きと思いけん隙をうかがい引き外してまた城中に飛び降りつつ浄蔵法師の姿に変じて相並びてぞ立つたりけるその時岩裂追っかけ来て黒金の棒ひらめかし既に討たんと近づくままにと見れば魔王は師の坊の姿に変じてありければいずれを偽と見定めかね討つに討たれず手を止めてまず八戒と沙和尚に二人の浄蔵を守らせていすくまりたる臣下らにくだんの魔王の事の趣、真の王の甦生の由を言葉短く告げ知らせて禁身の法をかえせしかば▲臣下らは皆諸共に手足自由なるままに時を移さず身を起こして一度は驚き怪しみまた国王のつつがなきを喜ぶこと大方ならず太子と共にうやうやしく真の王を上座(かみくら)におし上しかしづきて皆々等しくいたわりけりしかれども浄蔵と魔王を見分ける由のなければ岩裂しばし思案してふたりの浄蔵にうち向かいその越し方を尋ねるにその答えさえこれかれ等しく声音(こわね)も異なることのなければ岩裂再び思案して我が師の坊はいぬる年烏巣(うそう)禅師に伝授せられし般若波羅密多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)を朝夕よく読みたまえりまだ世に稀なる経なればそらんじたる者なかるべしこの経文をよく読む者こそ真の長老様にして読み得ざる者は魔王ならめとくとく読じゅしたまえと言うにうなずくふたりの浄蔵声高やかによどみなくこれかれ等しく読みしかばさすがの岩裂呆れ果てて顔うちまもるばかりなりその時八戒あざ笑いて師兄が早く魔王めを引きずり下ろしてうちも殺さばかかる難儀はあるまじきに先にはいらざる長台詞にて手のびにしたれば捕り逃がして今さら詮方なきに至れり日頃は我らを阿呆阿呆とたくさんさふに呼ばれれど世に言う藪にも香の物我らが知恵を貸すべきか長老様の観世音より伝授せられし緊頭呪を唱えさせて師兄の頭の痛みなばそれこそ真の師の坊なれこれより他に仕方はなしと言うに岩裂うち笑みて真にこれは言われたり我が身の苦痛は望ましからねど魔王をあらわす為ならば是非に及ばず辛抱せんとくとく呪文を唱えたまえと言うにうなずく真の浄蔵くだんの呪文を唱えるにぞ岩裂七転八倒してあら苦しや耐え難や許したまえと叫びたる奇特は覿面、偽浄蔵の魔王は呪文を知る由なければ黙然として眺めており八戒、沙和尚これを見て呪文を得知らぬ一人こそ問わでも知るき魔王なり逃しはせじと左右より熊手、仕込み杖をうち振りて捕りひしがんと競いかかれば魔王は事の勢いに敵し難きと思いけん引き外し雲を起こして西を指して飛び行くを八戒、沙和尚おし続きていずこまでもと追っ掛けたり魔王の本体表れければ真の浄蔵喜びてくだんの呪文を止めめりその時岩裂苦痛を忘れて再び雲にうち乗りつつまたかの魔王を追っ掛けしが八戒と沙和尚をこやこやと呼び留め魔王退治は我らに任して汝たちは師の坊と国王を守護すべし早く早くと急がせば両人この義に従いてとって返しつ雲より降りて元の所へ入りにけり○さる程に岩裂は遂に魔王を追い詰めてうち倒さんとする程に紫の雲にうち乗りて西の方より来る者ありたちまちに声を掛けてやよや迦毘羅坊しばらく待ちね我その変化を捕らえん為に遙々いでて来つるぞやと言われて岩裂いぶかりながら眼を定めてつらつら見るにこは思いがけもなき文殊菩薩でありければ岩裂不審の眉をひそめて事の心を尋ねるに文殊答えて宣う様この年頃烏鶏国なる王にその身を変じたる魔王はこれ▲別物ならず我が乗り慣らせし青毛の獅子なり彼が烏鶏王を井におし沈めて三年その国を横領せしは元是因縁あることなりかの国王は始めより先王の心に違いて仏法を信ずることなく只殺生を好みしかば狩りにいずることしばしばなりき我只彼を諫めん為にある日その山狩りにいずるをうかがい一人の旅僧に身を変じて因果の道理を説き示せしにかの王かえっていたく怒りて我が身を厳しく戒めさせ辺りの川へ捨てさせてふしつけにしたること既に三日に及びし時情けある里人が密かに我を助け上げにきされども我は王をうらみずをりもあらばまた身を変じて済度とせばやと思いしに我が年頃飼い慣らしたる青毛の獅子王この義を怒りて我がほとりを走りいで一人烏鶏国に赴きて道士全真と身を変じ図りて国王を井におし沈めてその身国王となりしことここに三年后も太子も臣下らも偽王なりとは知らずして皆々これに仕えしは我が身をふしつけにせし輪廻応報逃れ難く遂に三年の厄難ありしかれども年を経て厄難解ける時の来ぬれば死したる国王黄泉路返りて再びその国の君となれりこれしかしながら三輪の神の冥助にはよるものから神の恵みも時節ありこの獅子我らに告げずして人の国を奪いし事は世に浅ましき業なれども三年の今まで国治まりて万民太平を楽しまぬはなく偽国王となるといえども后を汚せし事なしこれらの道理を思い汲みて獅子を我らに返せかしと言われて岩裂初めて悟りてしか宣えば詮方なしそ奴は御身に参らすべしと言うに菩薩はうなずきて魔王を捕らえ引き寄せて汝は我らに告げもせでまさな事せし愚かさよとく行かずやと叱り懲らして背中をはたと打ちたまえば魔王はたちまち青斑毛(あおまだらけ)なる獅子と変じて頭をうなだれ恐れ入りたる気色なりその時文殊はくだんの獅子にひらりと乗りて岩裂に別れを告げて西の空遙かに飛び去りたまいけり○さる程に岩裂は王城へ帰り来て浄蔵法師と国王に文殊菩薩に会いし事またかの因果の理を落ちもなく告げ知らせるに太子、群臣いえばさらなり御簾の内なる后まで等しく恐れ尊みて喜び涙にかき暮れけりかかるところに宝林寺の法師らは岩裂が教えに違わず国王の残し置きたるかむり装束を携え来つつ魔王退治の由を聞いて皆万○(まんぜん)とぞ唱えけるその時国王はまず礼服を着けんとて▲御簾の内へ退きしを待ちわびたりし后はさらなり方辺にはべりし女官さえ誰とて泣かぬはなく絶えし夫婦の再会は喜ばしさと悲しさの片身に恥じて思うこと言いも尽くさぬ袖の雨降るとはなしにしめやかなりかくてあるべきにあらざれば国王は宝林寺の法師に数多の布施を取らせてそがまま寺へ帰し使わしやがて后を携えて元の所へいでて来つ浄蔵法師と岩裂らを夫婦右より左より数多度伏し拝みて我が身聖の助けによりて黄泉路返りしのみならず夫婦親子の再会は世に類いなき大恩願うは聖いつまでもこの国に留まりて王の位に着きたまえ我らが親子は臣下となりて仕えて高恩を奉ずべしと言うを浄蔵聞きあえずこは何を宣うやらん我々はこれ出家なり何故に国土の主となるべきまたこの度の働きは迦毘羅坊が功にして愚僧がよくせし事にはあらずと否めば国王強いかねてまた岩裂にうち向かいて願うは聖この土を治めて国王になりたまえかしと言うを岩裂うち笑いて我が身古里に在りし日は無量国の王なりしが仏法に帰依せしより我が師に仕えて難行苦行も衆生済度のためなればかばかりの楽しき事はなし無益の事を言わんよりとく関手形を渡したまえと答えて請け引く気色なければ国王是非なく位に返りて喜びのむしろを開き浄蔵師弟をもてなすこと既に三日に及びしかば浄蔵しばしばこれを否みてそれがしらは酒をたしまず元より美食を願わねば御もてなしも甲斐無きに似たり一日も早く金毘羅神を迎え奉らんと思うの他に浮き世の願いはなきものなりとくとく放ちやられんこそ御もてなしに増せし喜びなれといろひて行く手を急ぐになん国王今さら咎めかねてすなわち路用のためにとて数多の金を贈りしかども浄蔵それすらちっとも受けず別れを告げ手形を受け取り元のままなる師弟四人またかの白馬を引きいださせて西を指しつつ発ちいでけりさる程に国王は后、太子と諸共に数多の臣下を引き連れて香を焚き伏し拝みて浄蔵師弟を見送りけりこれよりして国王は深く仏法に帰依しつつ山狩りの殺生せず一宇の寺を建立してその本堂に文殊を安置し寺号をやがて文殊寺と呼びなしつ民の貢ぎを薄くしてただ仁政(じんせい)を施しければその国いよいよ治まりけりかくて位を太子に譲りて心にかかる雲はなく后と共に百余才の寿命を保ちけるとなん○かくてまた浄蔵師弟は露に宿り雨に湯浴みしなお行くと行くままにまた幾ばくの日頃を経てある日いとも険しかりける高峰を越えんとする程に浄蔵しばし馬を留めて岩裂を呼び近づけなう迦毘羅坊この山は猛獣、毒蛇の憂いあるべし如何にすべきとひそめき問えばいわ岩裂聞いてうち微笑みそれがしかくて候えば何の恐れか候べきいざいざと先に立ちて茅(ちがや)茨(いばら)を刈り払いしきりに道を急ぐにぞ八戒と沙和尚は馬の左右に従いて共に浄蔵を守護しけりさればまたこの山に小化け物を従えて自(おの)がままに世をへにけるがこの日山巡りの小化け物早くも浄蔵師弟を見て▲走り帰りて告げる様大王ただ今斯様斯様の旅僧同行四人にて馬と荷物を負い担いこの山を越え候なりと言うに魔王はうなずきてそは予て伝え聞いたる日本の浄蔵らならん彼は金蝉子(きんせんし)の初めより四世再来の名僧なればそのししむらを喰らう者寿命に限りあることなく天地に等しき幸いあり我自らうかがいてとくかいさらいてもて来つべしいでいでと言いつつも早身を起こし雲に乗りて密かに様子をうかがいけりかかるべしとは知らざりし浄蔵は険しき山路を馬をあがきに任せつつ辛くして登り行く程に岩裂雲気(うんき)をきっと見てうち驚きつつ声を掛けて妖怪来たれり長老様とくとく馬より降りさせたまえと言うに浄蔵胸うち騒ぎてあわてて馬より飛び降りれば八戒と沙和尚も心驚ききょろつきてどこじゃどこじゃと言いながらいよいよ左右に引き沿うたりその時魔王は思う様あの旅僧ら四人の内にて年若く色白なるは問わでも知るき浄蔵なり従うその余の者と言うとも恐るるに足らねども鼻いと高くて烏髪(うはつ)なる山伏ばかり眼あり軽々しく手を動かし難しと思案をしつつ雲を収めて早く谷陰へ退きけり岩裂かくとは知らねども既に妖気の失せたるを見て僅かに心を安くしつ浄蔵を見返りて長老様馬に乗りたまえ妖怪は早通り過ぎたりやよこの暇にと急がせば浄蔵不信の眉をひそめて妖怪変化はかかる深山を住処としてこそあるべきに通りがかりの者もやある心得難しとつぶやくを岩裂は聞きあえずさな宣いそ妖怪も彼に等しき変化の者に招かれて会(かい)に赴く事ありその類にこそ候らめと言うを八戒あざ笑いて長老様、迦毘羅坊が脅すを真聞きたまうな我々が目に遮らぬ妖怪変化の何処行くべきただ怖がらせて遊ぶこそと言うに浄蔵実にもと思いて再び馬を早めけり○さればくだんの妖怪は谷陰に退きてとさまこうさま思い見るに力をもって浄蔵を奪い取らんとする時はかの山伏めに妨げられて速やかに手に入るべからず姿を変えて図るにしかじと再び思案を巡らして年六つばかりなる里の子の戒められたる如くに変じて行く手の松の梢にかかりていと苦しげに叫びて降りさる程に浄蔵法師は谷を隔てて幼子(おさなご)の泣く声を聞いて深くいぶかり先に立ちつつ昇り行く岩裂を呼び留めやよ迦毘羅あれあの声を聞かざるかかかる山路に幼子の捨てられたるか苦しげに泣き叫ぶはそも何処ぞや尋ねて由を問わずやと言うを岩裂聞きあえずそはまた宣う事ながら人跡(じんせき)絶えたる深山の奥に子を捨てる痴れ者あらんやあらば真の人にはあらで妖怪変化の業なるべしただ聞き捨てて急がせたまえと諫めていよいよ導く行く手にと見れば六つか七つばかりなる幼子の荒縄をもて縛られて松の梢に吊されたるが遙かにいでて来る浄蔵らを見つたちまち声をかけてなう聖たち救わせたまえ助けてたべと叫びつついよいよ泣きて止まざりければ浄蔵馬を乗り進めてつくつくと見て嗟嘆(さたん)に耐えずかかる山路に幼子の戒められしは故こそあらめやよ羽悟了よ鵜悟定よ共に眺めておることかはとくとく助け下ろさずやと言うに八戒荷をうち降ろして早木の元へ寄らんとせしを岩裂ヤヤと呼び留めて阿呆よそ奴に構うことかはやようち捨てて行かずやと言うを浄蔵聞きとがめてさても迦毘羅が▲邪険さよ助け降ろして事訳を聞いて疑わしき事あらばその時にこそ捨てても行かめ人を救うは弥陀の本願まいてやかかる幼子の命あやうき大厄難を救わずはこれ人に非ずと言うを岩裂押し返して真に人の子であらばそれがしいかでか止むべき彼はまさしく妖怪なり先にもかの銀面魔王が一人の尼に姿を変じて御身をたぶらかさんとしつる時我が諫めを聞きたまわで巧く謀られたまいしを早くも忘れたまうにやあらん漫ろなりきとたしなめれども浄蔵聞かず頭を振りて言われる如くあの幼子が妖怪なるか妖怪ならぬかそなたの他には知る者なしまさしき証拠もなき事をなお疑いて救わずば後悔ここにたち難しとにもかくにも降ろしてよと言うに八戒ほくそ笑みてそりゃこそ見たり師の坊の勢いは実に鶴の一声また格別なものじゃてやいでいで降ろして得させんずと言いつつ幹に結び止めたる縄を緩めつ引き降ろしてその戒めを解き捨てけりその時浄蔵馬より降りて幼子にうち向かいそなたは何処の人の子にてかく辛き目にあうたるやらんその訳告げよ如何にぞやと問われて妖怪涙を止めわらわはこの山の麓なる木こり某がひとり子にてはべるなり産みの母は身まかりて継母(ままはは)の手に育てられやや年頃を経るままに今の母御にみそかをあり遂には誘いいだされて蓄電をしてけるにわらわが親に告げんかとて父御(ててご)の余所へいでし折わらわを欺き伴いてこの所まで具して来つさて殺さんとしたりしをしきりに嘆き悲しみて露の命を乞いしかばさる鬼々(おにおに)しき継母ながら三年この方親子となりたる恩義に恥じけんみそかををなだめて刃を収めさせ生きんとも死なんとも此奴が運に任せんとてかたの如くに戒めつつこの松が枝に吊り上げて二人はやがて手を携えて早くも影を隠したりかく辛き目にあいしより今日は早三日になりぬ助ける人のいでも来よ親の尋ねて来よかしとはかなき事を心当てに泣き暮らし泣き明かせば微睡みもせぬ暁(あかつき)の夢にも人には会わざりし我が身は遂に弱り果てて死を待つのみにはべりしに命運強く聖たちに会いまつりしこそ嬉しけれかくとは知らぬ父親の心苦しく思うらめ願うは宿所へ送りてたべと言いつつもまた泣き沈めば浄蔵もまた涙を流してそは不憫なる事ぞかし世に恐ろしき継母ながらその孝心と賢しさに恥じて命を取らざりけんそはせめてもの幸いなり西なる麓村ならば今我々が行く手にて道の頼りもあしからず送り届けて得さすべしと言うを岩裂押し止めまたしても長老様この妖怪めに化かされたまうな親が木こりであらんにはここらの山は案内なるべししかるを今日まで尋ね来ることもなく三日梢に吊り上げられて飲み食いもせず幼子が死なでありしも心得難しと言うを妖怪見返りて御身は知らざる所ありわらわが親は木こりなれども虎、狼の恐れあればかく山深く分け入らず常に麓より遠からぬはやまの柴のみ刈りはべり人も通わぬ高嶺の奥に捨てられてあらんとは神ならぬ身の知る由なくて尋ねても来ぬ者にこそと言うに浄蔵うなずきて真にしかであらんずらん三日梢に吊されても死なざりけるは孝心を哀れみたまう神仏の守らせたまいしものなるべしやよ我が馬に乗りねかし宿所へ送り届くべしと言えば妖怪頭を▲振りて見たまうごとくわらわが身骨のかくまでに腫れもし痛みもすればその馬の鞍の上には耐え難からんと言いつつ岩裂を見返りてこのおじ様は背中広くて負われよくこそはべるらめ願うは負わせたまえかしと言うに浄蔵またうなずきてしからば迦毘羅負いねかしと言うを岩裂あざ笑いて背負うべし背負うべし全て変化に化かされるばその魂を奪われて日頃にはにぬものなればとても諫めをきかるべからず要こそあれと思案をしつつくだんの変化を背負い上げて少し遅れて行く程に心の内に思う様先に銀面を背負いし時山をうつす魔術におされて不覚を取りし事あれば此度は我先立ちて此奴を早く押し片づけんと腹に目論む程しもあらず妖怪は早重身(じゅうしん)の術もて次第に身を重くして押し倒さんとしたりしを岩裂すかさず引き外して肩ゆり下げて方辺の石に微塵になれと投げつければ怪しむべき幼子と見えたる変化は消え失せてハッと立ったる炎の光と共に山風吹き荒れて砂(いさご)を飛ばし木を倒す空の景色もすさまじくあやめもわかずなりしかば八戒と沙和尚は驚き慌てて前後も覚えず吹き倒されじと方辺なる巌にすがり眼を閉じて呆然としてついいたりしばらくして風おさまり空さえ晴れて朗らかなりその時八戒、沙和尚は頭をもたげて辺りを見るに馬も四足を折りかがめ砂に鼻面を掘り埋めて風を防ぐ用心したり荷物は後辺に吹き飛ばされしを幸いにしてこりを破らずただ浄蔵の見えざりければこは如何にといぶかりて遙か向かいにたたずみたる岩裂がほとりに至りてまず浄蔵の行方を問うに岩裂遺恨の歯を食いしばりて口惜しや師の坊はかの妖怪にさらわれたまえり我ただ一人始めより彼奴を変化と知りたる故に背負いし時に引き巡らせして投げ殺さんと謀りしに彼は脱蝉(だつせん)の術をもて火炎となりて消え失せたるその折にわかに風を起こして和主らの眼をくらませ事のまぎれに師の坊をかきさらいしに疑いなし我は忠義の心もて常に争い諫めれども師の坊かえって我を疎(うと)みて用いられねば詮方なくなし各々これより立ち分かれて元の古巣へ帰りねかし我もまた方便山に帰りて安く月日を送らん是非もなき事ならずやと託言(かごと)がましく怨(えん)ずれば八戒しきりにうなずいて師兄の了見真に良し様々なるうき苦労して十万里に余る旅をせんより我また芙蓉を妻にして楽しき浮き世を渡るべしというを沙和尚押し止めて師兄の恨みは理なれども我々世尊(せそん)と観音薩多の仏恩によりて悪しゅをまぬがれかの師の坊を助け引きて年月を経てここまで来つるに今中途にして退散せば世の物笑いにならんのみ手立てをもって師の坊を取り返す術(すべ)なからずやと言えばまた八戒ももじもじしつつ頭をかきて我とてもさは思いしかと今さら師兄に捨てられては詮方なさにいなんと言えりいかでよろしくよろしくと言うに岩裂にっこと笑みて各々その義に違わずば我また別れて何処へ行くべき今の如くに言うたるはそこらの胸を探りしのみ始めありて終わりなくは大丈夫あらずかしいでいでと言いつつも金この棒を取り出して木とも言わず石とも言わずあちこちしきりに叩きちうしていでよいでよと叫ぶになん八戒はまた肝を潰して師兄は乱心したるにや大変なりとぞつぶやきけるさる程にあちこちに潜まりいたる山の神らは岩裂に叩き立てられて恐る恐るいでて来つ神尊遅参を許させたまえ如何なる御用の候て呼び寄せたまう事やらんと問えば岩裂つらつら見て呼び寄せしこと別義にあらずこの山に住む▲妖怪めは元これ如何なる化け物ぞと問えば山の神ら皆答えてさん候くだんの魔王は牛魔王(ぎゅうまおう)の一人子にて羅刹女(らせつじょ)に養われたる紅孩児(あかつこぞう)すなわちこれなり数多の手下を従えて三百年来この所にありそもそもこの山は六百里讚頭号山(さんとうごうさん)と呼びなしたるが彼が住処を火雲洞(かうんどう)と名付け自ら聖嬰(せいえい)大王ととなえたり彼その神通広大なれば我々住処を奪われてかえってかの魔王におい使われ日毎に数多の獣を捕りて貢ぎ物となす故に暇もあらで遅参に及べり無礼を許させたまいねと言うに岩裂うなずきて火雲洞へ行く道筋をよく問い極めて山の神には暇を取らせ退かせて八戒、沙和尚らに告げる様我が師の坊をさらいしは紅孩児と呼ばれる者にてこの号山なる火雲洞におるなり彼は牛魔王の一人子にて養母は羅刹女と聞こえたりさてもくだんの牛魔王は五百年前我もまた魔界に横行(おうぎょう)したる時交わりは浅からず彼は形の我にましていと大きやかなれば兄ととなえし者ぞかし紅孩児は生まれぬ先にてこれらの由を知らずとも我しかじかと名乗りなば必ず師の坊を返すべし各々はここにありて馬と荷物を守れかしと言葉せわしく解き示して火雲洞にぞ赴きける○さればまた紅孩児は浄蔵法師をかきさらいひさげて洞に帰り来つやがて手下の小化け物らに浄蔵を戒めさせて奥の柱に厳しく繋がせしばらく休息する程にたちまち岩裂が尋ね来てたてたる鉄門(かなど)を打ち叩き主の魔王に対面せん開けよ開けよと呼ば張りけり○さる程に聖嬰魔王紅孩児は浄蔵法師の師弟なりけるかの迦毘羅坊が▲尋ね来て対面せんと呼ば張る由を伝え聞いていたく怒りてしゃつ肝太くも我が住処へ推参せしこそ奇怪なれいで生け捕りてくれんずと言うより早く身を固めて小化け物らを左右に従え予て用意の鉄輪(かなわ)の車を三輌真っ先に押させつつ門押し開きて現れいで来たりしはそも何者ぞと問えば岩裂うち笑みて甥御(おいご)は未だ知らざるか五百余年のその昔我も魔界にありし時そなたの親御と義を結びて同胞の思いをなしたる我はそなたの叔父分威如神尊岩裂なりかかる好(よしみ)のあるなれば我が師の坊を返せかしと言わせも果てず紅孩児は眼を怒らし声苛立てて此奴はなはだ大胆なり師匠を捕られて苦しきままに昔我が親と義を結びし兄弟分といつわるとも誰かはそれを真にすべきとく退かずば手取りにして浄蔵法師と諸共に寝酒の肴にしてくれんずとののしるを岩裂はなおもしばしと押し鎮めて解き悟さんとする程に紅孩児はいよいよ怒りて鉾をひねって突いてかかればまた岩裂も怒りに得耐えず金この棒もて受け止め半時ばかり戦うたるいずれも愚かはなきものから紅孩児はただむき乱れて叶うべくもあらざれば引き退くを岩裂はなお逃さじと追っかける向かいに押し出す車の内より火炎たちまち燃えいでて岩裂が身を焼かんとせしを岩裂これにもひるまずして金この棒もて火の車を打ち砕き打ち散らしいよいよ進む勢いに小化け物らは辟易して逃げ籠もらんとする程に紅孩児は取って返して呪文を唱えてつく息さえ火炎となりて岩裂が面へ煙を吹きかけ吹きかけ隙もあらせず攻めたりければさすがの岩裂は衣も脚絆も焼き損なわれて元の所に帰り来つさて八戒と沙和尚に紅孩児が事の趣火術の事を告げ知らせて我は昔天上にて湯立ての釜もて七十五日煮られし時も熱さを覚えずつつがもまくてありけるにいかなれば紅孩児が神通かくのごとく広大にて彼が火攻めには敵し難しされば如何なる手立てをもて勝ちを取るべき各々の存念聞かま欲しけれと言われて沙和尚頭を傾け物は五行の理によって剋(こく)にする時は勝たざる事なしされば紅孩児の火どくの如きよく万物を焼くというとも水をもって征しなばなどかその術をくじかざらんやかかれば戦いの時に臨みて雨を降らせてその火を消せばこれ水をもて火を剋する勝利疑いなきものなりと言うに岩裂喜びてその謀り事極めて妙なりおよそ四海の龍王には元より知られし我なれば今より西海に赴きて頼みて大雨を降らすべしさはとてやがて身を起こしてはや海べたに立ちいでつつ金この棒もて波を開きて龍宮城をへぞ赴きけるその時西海龍王はいそがわしくいでむかえて上座に押し進め安否を尋ねてさて言う様神尊今はひたすらに仏法に帰依したまいて日本国の名僧の渡天の供をしたまう由ほのかに伝え聞いたるに今日は如何なる所要ありてここらへ来臨せられしやらんと問えば岩裂膝を進めてさればとよそれがしがにわかに来つるは大敵を討ち滅ぼして師の坊を救わんために候なりその故は斯様斯様と紅孩児に浄蔵法師をかきさらわれし事の趣彼が火術に▲焼き討ちせられて難儀の由を告げ知らせ願うは龍王大雨を降らして我が戦いを助けたまえこの義を頼み参らすると言うに龍王眉をひそめて一日一夜の大雨は日の神に聞こえ上げて御許しを受けざれば異国と言うとも行い難しと否むを岩裂聞きあえず否、一日の仕事にあらず魔王の住める号山にのみしばし大雨を降らせたまわば我十二分の勝ちを取るべしとくとく用意をしたまえと言うに龍王うなずいてさばかりの事ならばわたくし雨にて間を合わせん心得て候と答えてやがて手配りしつつ稲妻なる神らに触れ知らせまた岩裂と諸共に号山にぞ赴きけるその時岩裂は早先立ちて帰り来てすなわち西海龍王を語らいおおせし事の由を八戒、沙和尚らに告げ知らせ八戒は我と共に火雲洞に押し寄せて小化け物らを討ち平らげよ沙和尚はここにありて馬と荷物を守るべしと言葉せわしく解き諭して黄金の棒脇挟み魔王の洞へ押し寄せれば八戒も熊手をひさげて等しく道を急ぎける○かくて岩裂は火雲洞へ押し寄せて鉄門を割れよと打ち叩き紅孩児とくいでよ汝は親の好を思わで輪をれ拒める大胆不敵此度はいかでか許すべきいでて勝負を決せよと声高やかに呼ば張りけり魔王はこれをもれ聞いてからからとあざ笑い先度に懲りぬ迦毘羅めが再び来つるは夏虫の火虫に似たる痴れ者なりいで焼き殺してくれんずと言うより早く身を起こして小化け物らに下知しつつかの火の車を押しいださせて鉄門口(かなどぐち)より現れいで鉾脇挟みて岩裂をきっとにらみて声を振りたて愚かなり迦毘羅坊手並みは予て知りつらんに百万騎にて攻め寄せるとも浄蔵法師を返さんやまいて同行三人我汝らを殺さん事はゐのこをほふるに異ならず覚悟をせよと罵れば岩裂怒りに耐えずしていよいよ進みて声を振り立てほざいたり小僧めが我また汝が火を恐れんやそこ動くなと息巻き猛く金この棒をうち振りて▲走り掛からんとする程に遮り止める三両の車の内より炎々(えんえん)と紅○児がつく息の炎となりて散乱しつつ面を向くべきようもなければ岩裂空をうち仰ぎて龍王雨をとくとくと促す声と諸共に大雨にわかに降り注ぎてはたたかみなり稲光天地等しく振動してさしもに広き深山路を江河(えかわ)の如くなすと言えども炎は少しも消えずして薪に油を注ぐが如くいよいよ盛んに燃えたりける故あるかなくだんの火炎は天火(てんひ)にあらず野火にもあらずすなわちこれ魔王の修練にきりいだす真の三昧火(さんまいか)なりければ水にも消えず雨にも湿らずされば三両の車の数も元よりこれ火の数なり九紫(きゅうし)火旺(かおう)の時を得て金をとらかし石を焼く実に未曾有の魔焔(まえん)なれば岩裂謀り事遂にその甲斐なかりけりされば八戒はこの火に恐れていち早く逃げ失せしかど岩裂は火炎に巻かれて進退そこに極まりしを辛くして切り抜けてようやくに必死を逃れるものから身の内ほてりて耐え難ければ谷川に身を浸して冷まさんとしたりしに金石(きんせき)に異ならぬ不死身なれども火の熱気と水の冷気にとじられて心神うちに衰えければ我にもあらで死せるが如くくだんの河に伏しておりさる程に羽悟了八戒は紅孩児が火術に恐れて一太刀も攻め戦わずいち早く逃げ走りて元の所へ帰り来つさて鵜悟定の沙和尚に敗北の由を告げかの魔王めが手練の火は雨にも水にも消える事なく例えば燃える薪の上に油を注ぐ如くにていよいよ盛んになりしかば焼き殺されじと一足いだしてようやく逃げて返りしなりしかるに師兄は三両の火の車に取り込められて逃れるべくも見えざりければ十に八九は焼き損なわれて無惨や灰になりつらんと言うに沙和尚驚き憂いてそは嘆かわしきことなりかししかりとも我思うに師兄は火にもよく耐えたる元より不思議の本事(てなみ)ありよしや魔炎に取り巻かるとも死するまでには至るべからず痛手を負うて引きかけたるかこれもまた知るべからずいざたまえ尋ねて見んと言うに八戒実にもと答えて諸共に木陰をいでて行くこと未だ幾ばくならずと見れば右手なる谷川に伏したる者のありしかば両人等しく立ち寄りて見れば果たして岩裂なりさればこそ言わざる事か師兄はここにありけりとてとかくして引き上げるに身内冷えて氷の如く僅かに息の通うになん元の所にかきもて帰りて沙和尚、八戒代わる代わるに息を吹きかけ温めて半時ばかりいたわりければ岩裂ようやく我に返りて口惜しや師の坊は魔王の腹に葬られて念願仇になりぬべし如何にすべきと息巻きて立たまくせしを左右より八戒、沙和尚押し鎮めて師兄よ心を確かにしたまえ御身痛手を負いながらなお師の坊の事をのみ思いたまうこそ頼もしけれまた談合せば長老様を救い取る手立てもあるべしまずまず保養したまえと言い慰めれば岩裂はこの時までも▲空にありける龍王らをかえし使わしさて八戒と沙和尚らに言う様千々に心を砕くとも紅孩児の魔術の火炎は観世音仏力ならで誰がまたよくこれを征せん我南海に赴きて頼み奉らんと思えどもまだ立ち走りの自由ならねば思うのみにて心に任せずさればとて時遅れなば長老様はほふられて白骨をのみ残したまわん八戒和主は我に代わりて補陀落(ふだらく)山に走り行き菩薩に告げて紅孩児を滅ぼす手立てを願えかしと言うに八戒うなずきてその義真にしかるべし我らが行きて頼み申さば菩薩も萬を差し置きて必ず影向(えいごう)したまわんさはとてやがて身を起こして雲に乗りつつ遙かなる補陀落へぞ赴きける○さればまた号山の魔王紅孩児は再び魔焔術をもて岩裂を攻め破りしかども彼懲りずまに手立てを変えて寄せ来る事のありもやせんと思えば未だ浄蔵を食らわず心利きたる腹心の小化け物らに言いつけて岩裂らが事の様子を密かに見て来よとて遣わせしにその者やがて走り帰りて彼らが手立ては斯様斯様と岩裂は病み伏して物の用にたたざれば観世音をかたうどに頼まんために八戒を補陀落山へ遣わす事の一部始終を告げ知らせかの八戒は雲に乗りて南海を指して赴くなりと言うに喜ぶべ紅孩児は幾たびとなくうなずいてそはくっきょうなる事ぞかし我斯様斯様に計らいてその八戒めを生け捕るべし汝らも手筈を違えなと下知して雲にうち乗りつつ飛ぶ鳥よりも速やかに今八戒が指して行くその道筋を彼より先へ行き抜けて観音菩薩の姿に変じて待ちておりかくとは知らぬ八戒しきりに急ぐ道の行く手にと見れば観世音菩薩の紫の雲にうち乗りて此方を指して来たまいけり元より阿呆の癖なれば偽と魔物の思案に及ばず近づくままに小腰をかがめてこは思いがけもなき良き所にて会い奉りぬ菩薩は▲何処へ渡らせたまうと問えばうなずく紅孩児は微笑みながらたたずみて我らはここらに所要ありて一人漫ろに来にけるが汝は何処へ行くやらんと問い返されて八戒はうやうやしく額を突きさん候号山という深山路にて師の坊に厄難ありその故は斯様斯様と紅孩児が火術の事、浄蔵をかきさらわれしその事の始めより岩裂は再び三度焼き討ちに攻め悩まされて病み伏してある事まで事落ちもなく物語りいかで菩薩の助けを願いてくだんの魔王をうち滅ぼし我が師の坊を救い取らんと思うばかりに御住処へとて道急がして参る折からここにて行き会い奉りしは図らざりける幸いなりすぐさに御供仕らん願うは早く号山へ立ち寄りたまいてかの魔王を退治して師の坊を救わせたまわばそれがしさえに面を起こす師弟の喜び大慈大悲の観世音念願成就なさしめたまえと額を雲に掘り埋めて合掌しつつ乞い願えば紅孩児は笑いう忍びて聞きつつしばしばうちうなずき思うに増したる御事が真心いかでかは救わざるべきかの号山の魔王紅孩児は神通広大なるによりおよそ神にも仏にも相親しまずという事なしこの故に我もまた予て一面の交わりあり今より火雲洞へ赴きて浄蔵法師をもらわんと言えば異議なく返すべしこれに増したる近道あらんやわなみと共に彼処に至りて早く師の坊を受け取れかしと言われて喜ぶ八戒はちっとも疑う心なくそは手短かなる御扱い師の坊をだに返されなば恨みは晴れて言い分なししからば御供仕らんと言うに魔王はしすましたりと思う心を色にはいださずしからば行きねと先に立ちて火雲洞へおびき寄せなお奥深く伴って者共此奴を戒めよと喜ば張る声と諸共に待ちもうけたる手下の化け物承ると左右なる物の陰より現れいでて驚き騒ぐ八戒を突き倒し押し伏せて起きんともがくを▲動かせずその暇に紅孩児は元の形を現してからからとうち笑い愚かなりづく○うめ浄蔵のみでは食らい足らねば惣菜にせんために我観音の姿に変じて汝をおびき寄せしを知らずや者共そ奴は袋に入れてしまうておけと言いつくれば小化け物らは心得ていと大きなる皮の袋を厨(くりや)の方よりもて来つつなおも大勢立ちかかりてしきりにもがく八戒をもたげて袋へへし込み口を厳しく結びしかば弥勒の世まで八戒はまたいづくべくもあらざりけるただ憤り胸に満ちて声を限りに罵れども息さえ籠もる皮袋柱の釘に掛けられてその甲斐夏のかき餅かと人に問わるる身の辛さ我も茶うけにせらるべき命末間の物思い苦しさ限りなかりけり○さる程に岩裂は沙和尚と諸共に八戒が帰るを待ちしに既にその日もはかなく暮れて明けの朝になりしかどその訪れだに聞こえねば深く心にいぶかりて沙和尚にささやく様今までもかの阿呆めが帰り来ざるは故こそあらめもしや機密を魔王に知られて道にてからめとられしかこれもまた知るべからずここにて物を思わんより魔王の住処に忍び込みて事の様子を探るべしと示して苦痛を忍びつつ火雲洞に赴きて一つの蠅に身を変じあちへ飛びこちへ飛びて内の様子をうかがうに浄蔵法師は戒められていでいの柱に繋がれたるがしきりに仏の御名(みな)を唱えて必死の覚悟哀れなり、また八戒は大きなる皮の袋に入れられて厨の柱に掛けられたるが紅孩児が観音に化けたる事をくどくどと独り言罵りて手足を張りつつ悶えしかば彼が魔王に謀られて捕らわれたる体たらくも既に定かに知られたりされどもついで悪しければ岩裂は師の坊もまた八戒にも言葉を掛けずなおも様子をうかがう程に紅孩児は腹心の化け物二人を呼び近づけて汝らも知る如くあの浄蔵は古今の珍味そのししむらを食らう者は寿命を延べる功能(こうのう)ありて天地とともに死することなしこの故に我が親にておわします牛魔王大人様を招き参らせ諸共に賞翫して寿を成さんと欲す汝ら早く迎えに参りてこれらの由を告げ奉り御供して帰り来よ御つえさしがさをもたらして参るべし抜かりなせそと下知するを岩裂早く聞き取りてうち驚きつつ思う様彼奴は親を呼び迎えて我が師の坊を蒸して食らわば救わんとするともその甲斐なし牛魔王は五百年前我と交わり浅からざりし兄分でありければその顔ばせも声音さえ今とてもよく覚えたり我牛魔王に姿を変じてうまくしゃつらを欺きて我が師をりょうるくすりぐいの日柄を延ばすに増すことあらじと思案をしつついそがわしく窓のひまより飛びいでてくだんの二人の使いより先へ走りて牛魔王の姿に変じて道のほとりの花を眺めていたりけりかくて紅○児が二人の使いは牛魔王の住処を指してひたすら道を急ぐ程に思い掛けなく中途にて牛魔王に行き会いければ岩裂とは▲夢にも知らず紅孩児が口状をつまびらかに述べて迎えに来つる使いの由を告げしかば岩裂聞いてうちうなずきしからば汝ら供をせよと答えてやがて先に立ちて火雲洞に来にければ紅孩児は出迎えて設けのしとねに座さしめてうやうやしく額を突きさて浄蔵を諸共に食らうて齢を延べんと欲せし事の心を告げしかば岩裂聞いてうち微笑み得難き珍味を身一人食べず親を招きて諸共に齢を延べんと思いぬる和殿の孝心感ずるになお余りありしかるに我は近き頃より道教にも心を寄せれば月六さいの精進日あり今日はすなわちその日柄にて一日精進するにより百億万年生き延びるとも人の肉は食べ難しその義は明日にせよかしと否むをいぶかる紅孩児は眉をひそめて小膝を進めそは仰せでは候えども親人様は昔より常に人まれ獣まれ捕り食らいたまうにより精進なんど言う事は仮にもしたまう事なかりしにいかなれば今日に限りて似気なきことを宣うやらんとなじれば岩裂さればとよ次第に年の寄るままに心弱くもなる筈なりまげて明日まで延ばせかしと言うを疑う紅孩児は厨の方に退きて先に使いに遣わせし小化け物らを招き寄せ汝らは我が親の宿所まで行きたるかと問えばこれかれ言葉等しく否図らずも中途にて御目にかかりたるによりそがまま御供仕りぬと言うに紅孩児は眉をひそめてこはいぶかしき事ぞかし彼は真の我が親ならで偽物にこそあらんずらん再びなじりて真偽を知らん汝ら油断すべからずとささやき示していそがわしく元の座敷に赴きてまた岩裂にうち向かい御精進日と宣うにつきて尋ね申したきことありそれがしが誕生日は何月幾日で候ぞと問われて岩裂さんつまりしをさらぬ様にて小首を傾け年寄りたれば物忘れして只今空には覚えぬなり母こそよくも覚えておらめと言うを紅孩児あざ笑いて親人様はそれがしが誕生日に当たる度毎に寿の酒宴をなされて忘れたまいし事はなきに今日は何とてしか宣うぞ隠さず知らせたまいねとしきりになじる受け答えに息詰まりたる岩裂はそれはとばかり口ごもるを偽物なりと見破りたる紅孩児は声いらだてて我が誕生日も知らざるは真の親にあらずして紛れ者に疑いなしそこ動くなと息巻きて長押(なげし)に掛けたる手鉾を取りて突き倒さんと走りかかるを岩裂騒がずきっと見て親に刃向かう不孝者天罰思い知らずやとたしなめらるる紅孩児は恥じて思わずひるみたる隙を得たりと岩裂は早門外へ走りいでて元の形を現しつ紅孩児のうつけ者我らを親と▲思いなして三拝しつつ敬いしはこれせめてもの腹いせなりたわけ面めとあざ笑えば紅孩児はいよいよ怒りてあれ逃すなと呼ば張り呼ば張り数多の手下諸共に続きて追っ掛けたりけれども岩裂は早影を隠してそこらに見えずになりしかばもし浄蔵と八戒を取り返さるる事もやと思い返して遠くは尋ねずそがままに内に走り入りて用心の他なかりけり○さる程に岩裂は元の所に立ち返りて馬と荷物を守りおる沙和尚に由を告げ、師の坊はなお食らわれず八戒中途にて紅孩児にたぶらかされて生け捕られたる事の趣見聞きしままに解き示して今日という今日日頃のうつ気を晴らすに足りて快く可笑しき事のありしなりその故は斯様斯様とかの牛魔王に姿を変じて紅孩児に三拝させあくまで彼を弄びたる体たらくを告げ知らせこれらはわずかに一旦の憤りを漏らせしのみさればとて我が力にも彼が魔術の炎には勝ちを取ることありとも覚えず我が身の痛みも既に癒えたりいでや南海へ赴いて観音薩たの助けを借るべし和僧はなおもここにありて必ず油断すべからずと言葉せわしく心を得さして雲を起こしつ飛び乗りて補陀落山へと急ぎける[作者曰]西○記には相似たる趣向多くあり例えばこの編なる紅孩児が幼子の姿に変じて浄蔵をかきさらう時に臨みて岩裂に背負われしは銀角の銀面が事の趣と相似たりまた岩裂が牛魔王の姿に変じて紅孩児を欺く趣向はこれもまた岩裂が眠りの姥(うば)に姿を変じて銀面、玉面両魔王を欺きたるととう類なりこれのみならで玉面がばせを扇のやきうち紅孩児の火の車としなこそ代われ相似たるを悟一子(ごいつし)の批評にはこれすら深意(しんい)ある由にて助けて論じ置きたれども実は尺壁寸暇(しゃくへきすんか)と言うべし、しかれども今ことごとく作り変えんとする時は原本の大意を失う障りあれば元のままにす、これよりの後似たる趣向は省きてこの書に載せぬもあるべしこれ必ずも九十九八十一なんの数にあはするにもあらねばなり、そもそもこの紅孩児の事はきんさう本に像賛(ぞうさん)あり篇内一個の大眼目にて似たる趣向のありといえども火剋金(かこくきん)の義を取りたる作意の妙を見るに足れりよりてこれらは省(はぶ)かずしていささか綴り置きなひたるのみ切おとしなる見物には向かぬ長口上なれども好みてよく見る人のために此の理を述べるになんあだし繰(く)り言はさて置きつかくて岩裂は補陀落山に赴きて観音菩薩に浄蔵の厄難を告げ奉り紅孩児が魔焔の術を破るに手立てあらざれば菩薩の助けを願わんために参りし由をつぶさに述べてそれがし昔天上にて湯立ての釜にて煮られあし時すら苦痛もあらず候しに如何なる故にやかの魔王めが火攻めには悩まされてしになんとしたること心得難く候と申すを観音笑わせたまいて知らずや迦毘羅汝が身はこれ金に属するなり石は土の骨にして金はすなわち土の膸(すい)なり金は火によりて用をなしまた火にあうて必ずやぶらるまた魔王らは火に属す姿は赤くえがくは鬼は太陽の邪気なればなりこの故に汝が魔王の火に悩めるは火剋金の致すところ今さら何をか疑うべきしかるに昔天上にてその身を湯立ての釜にて煮られてさのみ苦痛を覚えざりしは金の火剋を得てうつわものとなれるものとこれ同じ一度形を成したるを再び魔王の火にあう時は悩まされずということなし今かの魔王の火に勝ち難きも五行相剋(ごぎょうそうこく)の義によるものなりまた汝が他にも八戒は木に属し沙和尚は土に属し浄蔵は水に属すと言えどもその徳未だ広大ならず一柄杓(ひとひしゃく)の水の如し、この故に魔王の妖火にせんじられしばしば危うきに到れども幸いにしてつつがなきは水剋火の徳あるによれりされば金水土木火(きんすいどもくか)の五行の功用を兼ね備えてよく生(しょう)じよく剋するものは仏菩薩の大徳なりこの義をよくよく思えかしとねんごろに解き諭したまえば岩裂言下(ごんか)にたちまち悟りて感涙の▲こぼれるを覚えずしばらくして申す様五行の徳を兼ね備えて衆生を済度したまう菩薩を物の数ともせざりける紅孩児大胆不敵は今さら言うに及ばねどもくだんの一義を願わんために先にそれがしが八戒を此の御山へとて遣わせしにかの魔王めが中途へいでてその身を菩薩の姿に変じ上手く八戒をたぶらかし生け捕りてこそ候なれと告げるに観音御気色良からずそ奴真に憎むべし神明仏陀(しんめいぶっだ)をはばからぬ妖怪鬼畜なりと言うとも我がこの姿に変ぜしは許し難き罪悪なりしからんには我自らかの号山に赴きて手取りにして得させんずと妙音高く息巻きたまいてはちすの台(うてな)を下りさせたまい静かに磯辺に立ちいでていと小さなる壷を海に投げ入れたまいしかば荒波にかにたち騒ぎていと凄まじく見えたるがしばらくして静まりけりその時沖の方よりして一つの蓑亀浮かび現れくだんの壷を甲に載せて此方を指して泳ぎ来つ磯端にうち登りしを観世音見そなわして、迦毘羅坊その壷をとく取り上げよと宣えば岩裂やがてくだんの壷を取り上げんとしてけるにその重きこと言うべうもあらずちっとももたげ得ざりしかば岩裂驚きいぶかりてそれがしは万斤(まんきん)の重きをも物とも思わで心のままに取り扱いしにかばかり小さき壷一つを取り上げ難きは故もやある心得難く候と言うを観音笑わせたまいて迦毘羅坊この壷には四海の水をたたえたりこの故に汝が力猛しと言うとも取り上げ難き筈ならずやと諭したまうをなお疑いてそは仰せでは候えどもかく小さなる壷の内に四海の水を入れられんや我らを欺きたまうにこそと言うを観音見返りたまいて愚かなり迦毘羅坊須弥山(しゅみせん)の高大(こうだい)なるをも芥子(けし)一粒の内に収めて余さずこれを仏法の不可思議と言うされば四海の水気(すいき)を取りてこの壷に入れたれば汝が力に絶えずしてもたぐる事の得ならぬなり、いでいでと言いながら御手を伸ばしてくだんの壷を安らかに取り上げたまい柳の小枝を折り取りて五色の糸をひぢに掛け恵岸童子を御供にて岩裂と諸共に雲にうち乗りまたたく暇にかの号山に赴きたまえば岩裂は数多度菩薩と拝み奉るその喜び大方ならず導のために先に立ちてしきりに道を急ぎけり○既にして観世音はくだんの魔所に下らせたまいて岩裂を呼び近づけやおれ迦毘羅坊我は恵岸を従えてしばらくここにあるべきなり汝は火雲洞に押し寄せて紅孩児をのり辱めかつ戦いかつ走りてこの所へ誘い来よその折ちとの法術をもて彼が魔術の火を鎮めんさればとて必ず勝たんとすべからずとくこの所へおびき寄せよ我自ずから手立てありと教えてやがてくだんの壷の水を柳の枝もて注ぎ散らしてしばし呪文を念じたまえば扶霧(さぎり)たちまち立ちこめてただ何となく肌寒くこの一山の木も草も全てしめりて陰々(いんいん)たり岩裂は▲この有様になお心得ぬ面持ちしつつ由を菩薩に問い奉れば観世音微笑みて天地は元よりこれ一個の気のみされば金水土木火の五行と言うとも皆気をもって成就せり見よこの壷に込めたるはすなわち四海の水気にて今この山にまき散らせしもまたこれ四海の水気なれば例えかの紅孩児いかなる魔術の火をもてするとも我がこの水気に剋せられておとなう事を得べからずとくとくと急がしたまえば岩裂ますます感心して金この棒を脇挟み一人火雲洞へ押し寄せて思いのままに罵りければ紅孩児はいたく怒りてかの火の車を先におさせて鉾を引き下げ現れいで早岩裂に突いてかかれば岩裂得たりと黒金の棒もて丁と受け止めしばらく挑み戦うて引き外して逃げ走れば紅孩児はいよいよ勇みて小化け物らを駆り立て駆り立て隙間もなく追っかけたりその時岩裂踏みとどまりて既に近づく小化け物らを前後左右にうち散らせば紅孩児は秘文を唱えて火をもて攻めんとしつれども車よりも口中よりもほたるばかりの火だにいでねばこは如何にといぶかりて再び鉾をうち振りうち振りまた岩裂に突いてかかるを岩裂はただあしらうてかつ戦いかつ走り観世音のおわしますほとりへ遂におびき寄せて菩薩の後ろへ隠れけりさる程に紅孩児は勝つに乗りたる癖なれば向かいにたたずみたまいたる観世音をも討ち取らんと思えば今さらちっとも疑義せず鉾を回して突かんとするを菩薩はきっと見たまいて柳の枝もて受け止め御手に掛けたる五色の糸を早くも投げかけたまいしかばその糸たちまち紅孩児が首筋手足にまつわりて大地へだうと引き倒しきりりきりりと締めければ紅孩児は苦痛に得耐えず絶えなんとする声を絞りて許させたまえ観世音今仏罰を思い知ったり向後悪心を改めていかで御弟子にならまく欲す許させたまえと詫びしかば観世音はさもこそとてなおこの後を戒めて五色の糸を緩めたまえば紅孩児は身を起こして大息をつくばかりなり実に有り難き菩薩の方便世々に伝えて著しきこれや仏の御手の糸因縁かくと知られけりその暇に岩裂は紅孩児に従うて追っかけ来たる小化け物らをことごとくうち殺して元の所へ立ち帰れば観世音は紅孩児が懺悔の由を告げ知らせて此奴はこのまま引き立てさせて我南海へ連れ行かん汝は早く浄蔵法師を救いいだして由を告げよさらばさらばとばかりに再び雲にうち乗りたまえば恵岸童子はそのままに紅孩児を引きたてて菩薩に従い奉り補陀落山へぞ帰りけるこれよりの後紅孩児はいよいよ心を改めて仏の御弟子になりしかば善才童子(ぜんざいどうじ)と名付けられ剃髪せしめたまう時彼が二つの角さえ落ちて永く観世音へ仕えけり○さればまた沙和尚は岩裂を待ちかねて馬を引き荷を背負いて木陰をいづる折からに岩裂向かいより走り来て観世音の助けにより紅孩児を退治したる趣を告げ知らせ相伴って彼が住処の火雲洞へ赴きて彼処に残り留まりいたる小化け物らをうち殺して浄蔵を救いいだしまた八戒をも袋の内より助けいだしてしかじかと観世音の利益の事魔王退治の事の趣▲始め終わりを解き示せば浄蔵法師は夢かとばかりに感涙のすすむを覚えず南に向かい伏し拝みて観世音の仏恩を謝し奉り今に始めぬ岩裂がいさおしを誉めて止まざりければ八戒もまた喜びて沙和尚と諸共に洞の中なる米を授けてかしぎて浄蔵、岩裂に膳をすすめその身その身もあくまで食べてこの夜は師弟ここにねまりて初めて安堵の思いをなしけりかくてその明けの朝浄蔵はまた馬にうち乗りて岩裂、八戒、沙和尚と諸共に西を指してぞ立ちいでけるさてこの次は車遅国(しゃちこく)にて岩裂の迦毘羅坊が大神通を表して変化の道士を三人まで退治する物語に到れりさればかの車遅国の一編はこれまでに無き趣向にて見る者の飽く事を忘るるの妙案多かりそは第九篇に著して来春必ず出板すべしまた新編金瓶梅(きんぺいばい)という愚作の合巻物初編八冊は今年○続きて出板す、こは柔らかみを旨とせしせわ○多ければ必ず求めて御覧の上金瓶梅と諸共に御評判を願うという板元の代わりも兼ねて余計の筆を走らせるのみ、目出度し、目出度し。

※第九編は出板されなかったため、お話はここで止まります。
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第八編上(ほぼ原文)

2017-01-15 08:32:39 | 金毘羅舩利生纜
日本(やまと)にもありてふものを親知らず子知らずの磯に誰が迷いぬる

空の波月の兎もはしるやは株(くいぜ)をまもる人の待つらむ

烏鶏国王妃(うけいこくのきさき)
烏鶏国遅明太子(ちめいたいし)
岩裂変体榔導白兎(いわさきへんたいしるべのうさぎ)

愚かならうえびすくすりよ咲く花の大君としも欺かれけり
道士全真(どうしぜんしん)

繰り返せたえも果てたる玉の緒をつなぎ止めてよ三輪のおだ環(おだまき)

烏鶏王

春来れば野辺の若草燃ゆるとも消ゆるに早き里の淡雪(あわゆき)

岩裂変体牛魔王(ぎゅうまおう)

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さればまた浄蔵法師は銀面、玉面両魔王の厄難を逃れてより岩裂の迦毘羅坊、羽悟了八戒、鵜悟定沙和尚と共にまた四人龍馬のあがきに任せつつ西を指して行く程にまた幾ばくの日頃うぇお経てある日木立いと深き山元遠く分け登るに雲にそびえる五重の塔の遙か向かいに見えしかば浄蔵しばし馬を留めて岩裂を呼び近づけナウ迦毘羅坊彼処に塔の見えたるはここらに名だたる大寺ならん日は早西に傾きたるに見渡す限り人里なしいざたまえ彼処に至りて今宵の宿りを求むべしと言われて岩裂うちうなずき宣う如く彼処は寺なりとくとくと急がして馬追いやりつ皆諸共にやや近づきてまた見るに果たして目出度き古寺にて向かいに高き山門あり、その時岩裂は浄蔵を見返りてやよ長老様この所は何と呼ばれる寺ならんと問うを浄蔵聞きあえずこはそぞろなる事を言うものかなそなたすら知らぬ寺の名を我如何にして知る由あらんと言えば岩裂うち笑いて御身は幼き頃よりして儒書仏経を見尽くしたまえば字として読めぬはなからんにこの山門にうちたる額の読めぬ事かはとなじられて浄蔵しばらくうち見上げそはまたそなたの言う事ながら此の山門の高かるに雨風に吹きさかされて塵さえいたく積もりたるかの額をよく読む者あらんや無理なる事をとつぶやくを岩裂いよいようち笑いてしからば読みて参らせんいでいでと言いながら足踏み鳴らし身をひねれば怪しむべし岩裂が両足飴を伸ばすがごとく長くなること三四丈くだんの額に手を掛けて塵を払いととくと見て長老様御覧ぜよ疑うべくもあらぬこの額に勅建宝林寺(ちょくげんほうりんじ)と印したり国に由ある伽藍にこそと言いつつやがて身を縮まして元の背丈(せたけ)になりしかば浄蔵法師は呆れ果ててさらにまた物Iwazu八戒と沙和尚は思わずかかとうち笑いてよしなや師兄がからかいつらなるくたびれつらしにてんごうすな、暮れ果てぬ間に寺内に入りて今宵の宿りを求むべしと言うを浄蔵押し留めてやよ待ちねそなた主は眼つぶらに鼻高く人並みならぬ面魂の物言い様も無骨気なればおそらく所下(しょげ)たちを驚かして事あやまたばいかがはせんわなみ自ら行くべしとて馬乗り放ち只一人寺門の内に進み入りてあちこちと見巡るに本堂には丈六の阿弥陀如来を安置したる綺麗壮観言うべくもあらず只これのみにあらずして経蔵あり学寮あり客殿方丈具足して思うに増したる古寺なり、その時浄蔵はまず本尊を礼拝してなおあちこちと見巡るにわずかに一人の寺男夕掃除をしてありしかばそがほとりへ近づきてナウちと頼み申したし我ら事は日本国なる帝の勅を受け奉り天竺象頭山に赴きて金毘羅神を迎えはべる浄蔵という▲旅僧なり同行の徒弟三人あり今宵の宿を求め遅れて事に難儀に及びたりよりて今宵一夜さの宿りを乞わまく思うのみこれらの由を取りなしてたまわれかしと他事もなく言われてうなずく道人(てらおとこ)そは気の毒なる事にこそなるかならぬか知らねども役僧たちに申してみんしばらく待たせたまいねと答えて内に入りたるを待てども待てどもいでて来ず浄蔵法師は待ちわびて心ともなく方丈の庭口より進み入るに折しも住持は只一人縁側にいでており浄蔵を見て驚きいぶかりこは推参なる痴れ者かなとおとないもせでここらまで来ぬる和僧は何処の人ぞと問われて浄蔵小腰をかがめ先にも申し入れたりし拙僧は日本国より天竺へ赴きて金毘羅神を迎える者なり同行ここに全て四人宿とり遅れて難儀に及べり願うは今宵を明かさせたまえと言わせも果てず住持の老僧頭を左右にうち振りてそは宣うな叶わぬ事なりとくとくいでて行きたまえと否むを浄蔵押し返して見ればいと広やかなるかかる御寺に只一夜さ我々四人を泊めたまうとも何ほどの事やはあらんさるをつれなく宣うは慈悲善根(じひぜんこん)を旨としたまう出家には似気もなし但し故ある事にやと問われて住持は眼を見張りその故なくて否まんやいぬる頃行脚の僧の宿りを乞いしが不憫さに一夜さここに留めしにあに思わんやくだんの法師はいと恐るべき盗人にて小夜更(さよふ)けし頃戸さしを外して同類数多引き入れつつ金銀衣装言えばさらなり、ありとあるものかきさらいてうち連れ立ちていでて行きにきこれより後一夜さもここに行脚の僧を留めず足下の明きうちとくとく行きねとつれもなく追い立てられもたちかねし浄蔵法師は嘆息してそはさることのありとても我々は日本国より渡天の僧にまぎれなしまげて宿りを許したまえと繰り返しつつ頼めども住持は耳にもかけずしてかの寺男を呼び立ててやよこの旅僧を門前へ送りいだせと言いつくる勢い止むべくもあらざれば浄蔵法師はすごすごと外の方指していでにけりさればまた岩裂は八戒、沙和尚らと諸共に浄蔵法師を待つほどにおよそ半時ばかりにして浄蔵ようやくいでて来ついでて来ついとうれわしき面持ちにて住持に言われし事の趣斯様斯様と告げ知らせかかれば今宵此の寺に宿借る事は叶い難し如何にすべきと侘びしげにかこつを岩裂うち聞いてその住持めが盗人に懲りて我々を拒めるはかのあつものにほうを焼きて酢の物をふく類いなり此度はそれがし彼処に至りて宿取り済まして参らせん嘆く事かはと慰めて寺内に進み入る程に耳の間より隠し持ちたる金この棒を取りいだし引き伸ばし突き立てて方丈へは赴かず早本堂にうちのぼりて左右二側に安置せられし十六羅漢をと見かう見つつ奥まで響く声を振り立て和僧らは朝夕に飯菜茶とうを供えられても木像なれば飲み食いせず人の痛さを知らであらんが我々はこれ同行四人ここに宿りをからまくすれども住持は邪険で受け引かず人の難儀を思いやりせぬ仏達はありても要なし我がこの棒を食らわして今宵野宿の薪にせん覚悟をせよと罵ったる声に驚く▲夕勤めの所化(しょけ)らは見つつかつ恐れてあわてて住持に告げる様今本堂へ恐ろしげなる旅山伏が一人来て罵る声を聞きたまわずやうち捨て置かば御仏を残らずうちも壊されんそも如何にしてよからんやと問われて住持はいぶかりながらそとたちいでて岩裂を垣間見しより勢いに肝を潰して腰立たずさてあるべきにあらざれば密かに知客(ちか)の役僧に事しかじかと言いつくれども役僧恐れて受け引かずそれがしなんどが弁舌にて彼を否する由あらんやその義は許させたまえかしと否むを住持は押し返してなれどもそこの役目なりともかくもしていなしねと言われて役僧逃れる道なく恐る恐る立ちいでて岩裂にうち向かいそもそも聖は何処よりここらを過ぎらせたまうやらん何事の御気に障りて腹立てたまうか知らねどもまげて許させたまえかしと言わせも果てず岩裂は眼を怒らし声いらだてて此奴とぼけて何をか言う我が師は遙々日本国より天竺へおし渡り金毘羅神を迎えたまうもとこれ帝の弟分当今(とうぎん)の勅命にて世の旅僧とは同じからぬ浄蔵法師を汝らさえ盗人ならんと疑うて宿貸さざりし住持の邪険聞き捨て難さに大徒弟岩裂の迦毘羅坊が手並みを見せに来つるなりこの本堂なる木仏を打ち砕かれるが愛おしくは住持をいだせ物言いつけんと息巻き猛く罵られたる役僧いよいよおののき恐れて逃げるが如く退きて住持の衣を引き動かし只今聞かせたまうが如し自らいでて詫びたまわずは聞き入るべうもそうらわずと言うに住持は詮方もなく鬼にとらるる心地はすれどさて止むべきにあらざればもじもじしつつ立ちいでて岩裂にうち向かい今しも仰きけられし御腹立ちの趣は恐れ入りて候なりそれがしは当山の住持職でそうらえども聖たちを疑うて泊め参らせずというにはあらず如何にせん客殿大破に及びしかば宿し参らすべき座敷なし願うは余所(よそ)へ赴きて宿りを求めたまえかしと詫びれば岩裂あざ笑いて余所に宿借るものならば我またここへ来る由あらんやもし客殿が大破して臥所(ふしど)がなくは汝らは何処へなりとも立ちいでて座敷を空けて我らに貸せかくのみ言えば汝らはなお口賢(くちさか)しく否みもせん、此の黒金の棒を見ずや、此は千余斤の重みあり否と言えば汝らが素頭(すこうべ)を打ち砕くべし、手並みを見よと罵りながら見返る弓手にいと大きなる石の狛犬ありけるをこれくっきょうと棒振り上げてや声を掛けつつはたと打つ響きと共に狛犬は微塵に砕けて飛び散ったり今この事の勢いに住持は魂身に添わず歯茎も合わぬ声振るわしてやよなう聖許させたまえ今宵のお宿を仕らんやよなう許させたまいねと詫びるを岩裂見返りてそはもちろんの事ながら我が師の坊も徒弟(あいでし)らも皆門前に待ちており今この寺にありとある法師はさらなり住持まで皆いで迎えて▲導をせよとくとくせずやと急がしたる勢い止むべくもあらざれば住持、役僧一義に及ばずにわかに鐘を突き鳴らさせて所化らを落ちなく集えけり、さる程にこの寺の学寮にある法師五十余人知らせの鐘に法衣を整え皆本堂に集い来つ何事の候てにわかに招かせたまうぞと問えば住持は声を潜めてにわかの会合余の義にあらず日本国より渡天の旅僧浄蔵法師師弟四人を今宵当山に泊め参らすれば皆いでむかえて導をしたまえその故は斯様斯様と迦毘羅坊に懲らされたる事の趣始め終わりを言葉世話しく解き示せば皆々恐れて舌をはき行儀正しく練りいだすらつばちゃるめらどらにゆうばち音楽のやくはきそうぢなおざりならぬにわかのほんそう実に物々しく見えたりけりかかりし程に岩裂は先へ進みていでて来つ浄蔵法師にうち向かいて今宵の宿を取り済ましたることしかじかと告げ知らせるを方辺聞きする八戒、沙和尚ほくそ笑みてぞいたりけるかくて住持は五十余人の法師ばらを引き連れてはや浄蔵のほとりに来つ御迎えのため参れりと言うに浄蔵呆れ果てて聖たちも我々も皆これ仏の御弟子なるにかく慇懃なることやはあると言えども聞かずおしたてて皆先に立ち後に従い等しく寺に伴いて客殿に招待しつつまず茶をすすめ菓子をすすめるそのもてなし大方ならず膳部(ぜんぶ)は二汁五菜にて中酒(ちゅうしゅ)の肴も手を尽くしたる皆是精進物ながら心を用いずということなし浄蔵と岩裂は元より酒を飲まねども八戒と沙和尚は余す物なく飲み食らいして良き宿取りぬと囁きけりかかりし程に役僧らは寺男にに言いつけて馬にもあくまで馬草をかわせまた浄蔵師弟のほとりへは二人の稚児をはべらせて茶の給仕にだもなおざりなく法師ばらも両三人づつ代わる代わるに四方山の物語りして慰めしを浄蔵法師は固くいろいて我々は行脚の身なりかくもてなしに預かりてはかえって心安からずただ打ち捨てて置きたまえとしばしば言うに所化ばらは従わざらんもさすがにてさはとてようやく浄蔵師弟の臥所を設け稚児諸共に暇乞いしてまかりけりこの時既に日は暮れて夜はいなかの頃なるに空よく晴れて隈も無き月影窓より差し入れしかば浄蔵法師ははしいして岩裂、八戒、沙和尚らと片身にしを賦(ふ)し思いを述べて旅寝の憂さを慰めたるそが中に浄蔵法師は岩裂を見返りて迦毘羅は何と思うらん昔安倍の仲磨呂が学問の為から国にありて帰らん年つる折明州のうらわにて青海原ふりさけ見ればかすがなる三笠の山にいでし月かもと詠みたりし心は同じ旅の空忘れ難きは故郷にこそと言うを岩裂うち笑いて御身は数多の経文を読みそらんじたまえどもかの多心経(たしんきょう)に無眼耳鼻舌身意とある要文(ようもん)を忘れたまいしか我が輩出家の人は眼に色を見ず耳に声を聞かず鼻に匂いを嗅がず口に味わいを舐めず身に暑さ寒さを▲知らず心に妄想を思うことなかるべししかるに御身は一足も早く天竺象頭山に赴きて金毘羅神を迎え奉りまた一足も早く日本へ帰らんとのみ思う心の止む時なければ一日も心安からで魔界に迷う者に似たりかくては天竺に赴きて本意を遂げんこと難かるべし、ただ目と口と耳と鼻と身と心の六賊(ろくぞく)をことごとく退けて一心全て空(むな)しくば故郷も何ぞ慕うに足らんこの義を悟りたまわずやと浄蔵うち案じつつたちまち心に悟りつつうら恥ずかしく思いけりかくて夜も早更けしかば各々臥所に入りたるに浄蔵はいも寝られず一人経文の紐解きて読誦(どくじゅ)すること一時ばかり夜は丑三つと思しき頃いささか眠りをもよおして寝るとも知らず微睡みけんにわかにとき風吹き起こりてさと音するに驚かされ頭をもたげて辺りを見るに灯火(ともしび)消えんとしてまた明くただ何となく胸騒ぎて襟元寒くおぼえしかば心を静めてなおよく見るに遙か向かいに人ありて今水中よりいでたる如く衣もかむりもしたたるまでに身はいといたう濡れたるづ黙然として佇みたりじょう浄蔵驚きまた怪しみてそもそも御身は何者ぞと問えばその人手を挙げて聖よさのみ驚きたまうな我は当国烏鶏国(うけいこく)の主にてはべるなりと言うに浄蔵また驚きてうやうやしく下座に居直りさてはこの土(ど)のい君王にておわしまし候かなどてや一人かろかろしおく小夜更けたるに供をも具せずここらへ渡らせたまいしぞ再び問われてさればとよそのい疑いは理なり今さら何をか包むべき我はこの世の人ならず身まかりしより三年になりぬこの身の仇のある故にいかで聖の助けを借りて恨みを返さん為にのみようやくここに来つるぞやと告げるに浄蔵また驚きてさては御身は亡き魂の幻に立ちたまいぬる烏鶏王にてましますよな只今告げさせたまいたる御身の仇は何者ぞと問えば国王うなずきて未だつぶさに告げざれば心得難く思わるべしことながくとも聞きたまえ父王の位を継ぎて此の烏鶏国を治めしより国豊かにして民安く異なる事もなかりしに一とせ春より夏までもただ日照りのみうち続きていささかも雨降らざりければ耕す業のたつき無き民の嘆きは大方ならずこれにより天津神、国津神に祈りつつ雨乞いに日を重ねしかどもちっとも印なき折から道士全真(ぜんしん)という者あり一人他国より渡り来て雨乞いの術ありと聞こえしかば召し入れて祈らせしに法げん遂にあやまたずたちまちに雨降り注ぎて五穀豊かに実りたり是より我ただ彼を愛して国師と称え尊敬しつつ常に座右にはべらせて食する時もむしろを共にしいぬる時も床を共にし早年頃を経るままに彼の者いつしか悪心きざして暇をうかがいたりけるを我夢にだも知らざればある日全真と諸共にそぞろに園に立ちいでて花王亭(かおうてい)のほとりなる牡丹を眺めありけるににわかに風荒れ砂(いさご)を飛ばしてあやめもわかずなるままに全真早く我が身を捕らえて辺りに近き井の内へ真っ逆様に投げ落としいと大きなる切り石を引き起こしまた投げ入れて蓋としたれば死骸も浮かずかくてくだんの全真は早くも我が身に変じつつ姿顔ばせ物言い様までちっとも違わざるにより后も太子も臣下さえ見わくる者のある事なければ皆々彼奴を我ぞと思いて露ばかりも疑わずかのとき風の吹きし折全真は雲にうち乗りて昇天したりと言うによりそれすら皆々さなりと思いて尋ねもやらずなりにたり聖は大方明日の頃▲城に入りて通り手形を変えんとこそしたまうらめその折に由を太子に告げて恨みを返させたまわらばこれ莫大の恩にこそと告げるを浄蔵うち聞いてそは世に稀なる災いなり御頼みの趣は心得てはべれどもまさしき証拠あるにあらずはしい事なりと思われて災いこの身に及ぶべしと言うに国王進み寄りてそこらの遠慮は理なり年頃我が身に話さざりける傳国の玉璽(ぎょくじ)ありかの折も腰に付けたるを全真とるに及ばずしてこの身と共に井の底へ押し沈めたりしかば后にも太子にもまざまざと偽りてかの大風の吹きし時失いにきと言いくるめて今日までも過ごしたりかかればこの玉璽をもて太子に示したまいなば彼らが疑い解けぬべしひとえに頼み参らすると言いつつやがて懐より錦の袋に入れたりける玉の璽(おて)を渡すにぞ浄蔵やおら受け取りてなおも問わんとする程に国王は早いでて行くをこやなうなうと呼び止める声に我から驚き覚めればこれうたた寝の夢にして玉璽はまさしく方辺にありかかりし程に岩裂のみ今師の坊のうなされたる声に驚きて起きて来つまずその故を尋ねれば浄蔵法師は国王の夢枕に立ちし事の趣斯様斯様と囁き示してこは夢にして夢ならぬくだんの玉璽はここにありいといと不思議の事ならずやと告げるに岩裂小首を傾けその事まさしき示現なるや今彼処にある国王はかの全真か全真ならぬかそれがし王城に忍び行きて見極めて後にこそ、ともかくもつかまつらめしばらく待たせたまいねと言うより早く外にいでて雲にうち乗りまたたく暇にかの王城に飛び行きしが程もなく帰り来つさて浄蔵に告げる様それがし王城に赴きて事の様子をうかがい見しに妖気城中に満ち満ちたれば夢の告げに違う事なく只今の国王は妖怪変化に疑いなししかるに幸いなる▲事こそそうらえかの太子は明日の朝城をいで勢子(せこ)を率いて山狩りをしたまうなりその折それがし身を変じて太子をここへ誘うべし御身はなおここにありて釈迦如来より賜りたる錦の袈裟と傳国(でんごく)の玉璽をもこりに入れてそをうち守りてかの太子をいで迎えたまうべからずそれがしはまたいと小さく形を変じこりに入りて斯様斯様に計らうべし太子は御身の無礼を怒りて絡め捕らせんとする事ありとも驚き恐れたまうべからずか斯様斯様に宣う折それがしこりより立ちいでて太子を諭して傳国の玉璽を見せて証拠とせん、かくても太子はなお迷うて真せずは力及ばず通り手形を請い受けてこの地を走り去らんのみその余の手筈は斯様斯様とつぶさに示し合わせる折八戒、沙和尚も起きて来つその時浄蔵はかの国王の亡き魂の夢枕に立ちたりし事の趣斯様斯様とその大略を告げしかば八戒も沙和尚も半ばは信じ半ばは疑い心許なく思いけりさればまたくだんの変化全真は烏鶏王を井に押し沈めてその身国王に変ぜしを疑う者はなけれどもただ夫婦の間のみいささか異なる由あれば機密の漏れん事を恐れておよそこの三年の程事にかこつけて后と太子と対面をあえて許さず奥と表に遠ざけて胡越(こえつ)の如くあらせしかども太子は孝心深ければ密かに嘆き恐れるのみうらむる気色なかりけりなれどもその国よく治まりて五穀年々に実りしかば万民全て太平を楽しまずという者なしかかりし程に偽国王はある日太子に勅して近頃は猪(しし)鹿の折々山田を荒らす由昨日民の訴えあり太子は明日とく城をいでて獣狩りをせられよといとおごそかに聞こえしかば太子は異議なく用意を調え数多の臣下を引き連れてその次の日の未だきより獣狩りにぞいでたりけるさる程に岩裂は予て計りし事なれば一人その道筋に立いでつついと大きなる兎に変じて勢子に負われしものの如く早くも太子の馬先へ走りくるひて近づきけり太子はこれをきっと見て我が物得つと弓に矢つがいてよっぴき固めてひょうと射る狙い違わず兎のうなじへうらかくまでにたちしかど兎はなおも倒れずして矢を負いながらも走り行くを逃しはせじと追う程に馬は駿足(しゅんそく)なりけれども兎に追い付くこと叶わずわずかに四五間隔たりて馬とく走れば兎も走り静かに追えば兎も走らずされば太子はただ一騎何処までもと追う程に来るとも覚えず宝林寺の門前までぞ馳せ着きける○さる程に岩裂は思いのままに計らいて太子をおびき寄せしかば密かに抜き取るくだんの矢を門の柱にぐさと立てて元の姿になりつつも早客殿に帰り来て浄蔵を指し招き長老様よ計りし如く太子はここへ早来たれり示し合わせし事をしも必ず忘れたまうなと囁きながら身を縮まして▲行李(こうり)の内へぞ隠れける○この時太子は追っかけ来つる兎はたちまち見えずなりて彼に射付けしくだんの矢の門の柱に立ちたるを早見いだしていたく驚き怪しいかな怪しいかなまさしくここまで追っかけ来つる兎は行方なくなりて我が矢のみここに立ちてありこはそも如何に
とばかりに呆れてしばし佇む程に追々馳せ来る太子の近臣、雑兵、勢子らも一足いだしてあえぎあえぎぞ追い付きけるその時太子は近臣にくだんの矢を抜き取らせてこの寺の名を問いたまえば近臣答えてさん候先代に建てさせたまいし宝林寺にこそ候なれと言うに太子はうなずきてさては由ある道場なり、今図らずもここまで来つればいざ本尊を拝むべしこの由早く伝えよと仰せに近臣走り入りて住持にかくと告げにける○さる程に宝林寺の住持、法師らはこの日思いがけもなく太子来臨の由聞こえしかば皆々慌てふためきて早門前までたちいでつつ太子を迎え奉る奔走大方ならざりけりその時太子は雑兵、勢子らを皆門前に残し留めて近臣をのみ左右に従え静かに寺内に進み入りてまず本堂にうち上りさて本尊を拝み果てて人馬の足を休めん為に引かれて客殿に赴きけり○さればまた浄蔵法師はこの朝も宝林寺の法師ばらにもてなされて朝飯も果てしかば八戒と沙和尚は漫ろ歩きを事として所化寮へや赴きけん師の坊のほとりにはべらず住持も大しゅも皆いでて太子来臨のもてなしに暇なき折なればただ一人客殿に袈裟と玉璽を納め置きたる行李を守りておる程に太子は既に客殿なる設けの椅子につきながら浄蔵法師をきっと見て此奴はなはだ無礼なり今我がここに来つるを見つついで迎えぬは如何にぞやそもそも汝は何処の僧ぞと問われて浄蔵恐れる色なく拙僧は日本国より帝の勅によりて遙々と天竺象頭山へ赴きて金毘羅神を迎え奉る浄蔵と言う者にこそ候なれと言わせも果てず太子は怒れる声高やかによしや和国の旅僧なりとも国に入りては知らでやあるべきかくまで汝が尊大なるその故あらば言え聞かんと激しく問われてさん候それがしが此の行李の内には釈迦如来よりたまわりたる▲錦の袈裟の候なり世に国王と申すとも御仏をば皆敬いたまえりまいてやこれは世尊の御袈裟それがしがいで迎えざる無礼は此の袈裟ある故なれどただこれのみにも候わず親を討たれてその仇を親としつかふる不孝の人をば仏も見放ちたまうをもていで迎えぬは仏の御心我が無礼には候わずと言うに太子はいよいよ怒りて出家に似気なき大胆不敵日本にありし身の釈尊よりたまわりたる袈裟なんどという空言を誰が真と思うべきまいてや親の仇敵を親としつかふる痴れ者は我が此の烏鶏国にはあることなし物な言わせそ戒めよと激しき下知に近侍(きんじゅ)の輩承りぬと答えも果てず早浄蔵に走りかかって小かいな取ってねじ上げる勢い止めるべくもあらざれば浄蔵法師は岩裂が教えしままに言いつる事の今更悔しく思うのみ顔色たちまち青ざめておののき恐れる折しもあれ行李の内より声高くやよ人々待ちたまえそれがし太子に見参して申すべき事候ぞと呼ば張る声に太子は更なり近臣らも皆怪しみ迷いて思わずも手を止めけりその時太子は怒りを静めて怪しきかな行李の内より今しかじかと声を立てて我が近臣らを止めしはくだんの袈裟にりょうありてかかる不思議を現せしかさらずは魔法幻術かと言うに浄蔵形を改め御疑いはさる事ながらまったく袈裟の業ならず我が同行の徒弟にて候岩裂の迦毘羅坊と呼ばれる者此の行李の内にあり彼は神通無量にして上(かみ)五百年下(しも)五百年過去未来の事を知れり今それがしが申せし事をただ疑わしく思いたまわば迦毘羅坊に尋ねたまえ自ら悟らせたまう由これあるべしと答えつつ蓋かい取れば岩裂は忽然として行李の現れいでたるその有り様豆人形に異ならねば太子主従驚きて益々怪しむばかりなりその時岩裂は辺りをつらつら見返りてからからとうち笑い人々は我が形のささやかなるを嫌いたまうかしからばただ今人並みになりて問答仕らんいでいでといいながら手を伸ばし足を伸ばせば形たちまち五尺余りの元の如くになりにけり事皆奇異に過ぎたれば太子は呆れてうちまもりまた言う由もなかりしを岩裂さこそと微笑みて再び太子にうち向かい我が師の坊に言われたまいし親の敵(かたき)を親とし仕える事の訳を示し申さんまさしき証拠ここにありしばらく近習を遠ざけたまえと言うに太子は否む由なく実に此の者の体たらく神通を得し者なるべしと思案をしつつ左右にはべりし近習を遠く退けてくだんの由を聞かんと言うその時岩裂進み寄りて太子に囁き申す様御身は元より賢明にて孝心なきにあらねどもなべての凡夫にましませば今なお悟りたまわぬのみまず問い申すべきこと候なり一とせ久しく旱魃(かんばつ)にて民の難儀に及びし時道士全真と言う者雨を祈りて雨たちまちに降りしかば御身の父王信仰の余り彼を宮中に留め置きて食する時も寝る時もむしろを共にしたまいにきこれらの事の候べしと問えば太子はうなずきて言われる趣ちっとも違わずその事ありありと言うに岩裂また問う様彼の全真は迅風(ときかぜ)の吹きける折に雲に乗りて昇天せしと聞こえしのみにて▲その後訪れなかるべしと言うに太子はまたうなずいてその事もまた相違なしこれらは人も知ったる事なりその余の事は如何にぞや故もやあると問い返されていわ岩裂辺りを見返りつつなおもほとりへ近づきてさればとよ親の仇を親とし仕えると申しつる事の起こりはここにあり只今の国王は御身の父にはましまさずかの全真が化けたるなれども姿言葉の露も違わねば今日まで知る者なかりしのみその故は斯様斯様とかの全真が国王をばせをの井戸へ押し沈めてその身を王に変じたる事つまびらかに囁き示してこの義は昨夜我が師の坊の夢に御父王の亡き魂のまざまざと告げ知らせたまいてこれらの由を太子に告げて恨みを返させたまえとて頼ませたまいし事あれば今朝しもそれがし兎に変じて御身を誘い参らせたりかくのみ言うとも証拠なくばなお疑わしく思されん父王害されたまいし時まで腰に帯びさせたまいぬる傳国の玉璽あり全真それを取るに及ばでかの身と共に井の底へ押し沈めたりしかば迅風の吹き荒れし折失いにきと言いくるめてあくまで欺き澄ましたりさるを父王の亡き魂の太子に見せて証拠にせよとて我が師に渡したまいたるくだんの玉璽ここにありまずこれを見て疑いを払させたまえと細やかに囁き示して懐より玉璽をいだして渡すにぞ太子やおら受け取りてつらつら見つつ眉をひそめて思いがけなき夢物語はあるべき事とも思われず言われる如くこの玉璽は我も定かに見覚えあり実に紛れ無き物なれどもかの迅風に吹き持て取られて余所へ落ちたりしを人ありて拾い取りしか知るべからずそれはともあれ我が父を疑い奉らんは罪深かりこの義はつやつや信じ難しとなじるを岩裂あざ笑って証拠ありても疑いたまわばさのみ言葉を尽くすも益なしそれがしは手形を取りてこの地を発ちも去らんのみさりながら御身こそなお迷いたまいて思いたまわずとも妹背の仲にはちとばかり異なる事のなからんやそこらの訳を御母君に尋ねたまわば自ずから思い合わさせたまうことあらんこれより他に詮方なしと言うに太子はうち案じてそはさる事もあらんかし我今密かに走り帰りて母上に問い奉りて虚実をそこに定むべしさりながら供人数多具して返れば疑われて事の障りにならん我はなお此の寺にありつる如くもてなして機密を漏らずべからずとて腹心の近習をのみ三四人従えて馬にうち乗り門より馳せて▲城中へ帰りしを知る人絶えてなかりけり○かくて太子は只一人母君のおわしますほとりへ密かに赴きたまえば后は早く見そなわして懐かしの我が子や父王の仰せにて三年この方遠ざけられ顔見る事のなかりしにやや御許しを受けたまいしかやよ此方へと招かれる太子はわずかに膝を進めてそれがしここへ参りしは密かに尋ね奉るべき一大事の候えば左右を遠ざけたまいねと言うに后は心得て女官らを退かせさてその由を問いたまえば太子はなおも膝を進めて事新しく候えども御身と父王との御仲は三年以前もその後も変わらせたまう事なきやと問われて后は涙ぐみあら恥ずかしの問いことやこれらの訳は我が子にもいと言い難き事なれども今更包むべくもはべらず父王は三年以前も今とても大方変わらせたまう事なけれどここに一つの不審あり三年以前は御肌のいと温かにおわせしがかの大風の吹きし頃よりその冷たきこと氷の如し只それのみにあらずして三年このかた一夜さも枕をかわしたまわねば故もやあると問い申せしに夜は身の冷えて耐えられねばその義は許したまいねとて夜の親しみ絶え果てにきこれより他には変わりたる事はあらずと囁きたまうを太子はつらつら聞き果ててそれにて我が身の疑い晴れたり暇申すといそがわしく立たまくせしを母君はやよなうしばしと引き留めて心得難き御身の問い事訳も告げずに気色を変えて何処へとてか行きたまうぞと問われて太子も涙ぐみ母上もまだ知らでおわさん只今の父王は真の父王ならずして変化にこそ候なれその故は斯様斯様と浄蔵法師の夢の事、また迦毘羅坊に解き示されたるかの全真が野心の元末言葉せわしく囁き告げて懐より傳国の玉璽をいだして見せ参らせかかる証拠のありと言えどもそれがしなおも疑いしをかの迦毘羅坊の教えに任せ御身に尋ねまいらせて親の横死(おうし)も変化の事も今こそ定かに知られたりと明かす密議に母上は驚きつまたうち泣きてそれにて思い合わせれば言われし如くかの人こそ真の父上ならずして妖怪変化に疑いなししかりとも日本より来つる聖に神通あらばそれを頼みて親の仇滅ぼすまでは心に秘めて余所にな漏らしたまいそと言われて太子はうちうなずきそは心得てはべるなり、はやまからんと暇乞い密かに一人走りいでて再び馬にうち乗りつつかの近臣を従えて跳ぶが如くに帰り来つ宝林寺の裏門よりまた客殿に赴きてさて浄蔵と岩裂に母上に問い定めたる事の由を告げ知らせかかれば言われし親の事我が疑いは既に解けたり明日は必ず城に入りて仇を滅ぼしたまわれかしと頼めば岩裂喜びてそは心得て候なりとくとく帰らせたまえかしと言えど太子は立ちかねて我はたまたま偽父王の命を受けて狩りにいでしに獲物なくして帰りなばその咎めを免れ難しそも如何にせんと当惑の気色に岩裂微笑みてその義は御心安かるべしそれがしも手立てをめぐらして狩りの獲物を参らすべしと答えてやがて外にいでて野山の神を招き寄せ▲斯様斯様の故あれば汝たち獣を早く穫りて太子の帰る道へ置けとくとくと急がしてさて客殿に帰り来つさらにまた太子に向かいて帰らせたまう道すがら鳥獣数多あらんそれを落ちなく携え帰りて咎めを逃れたまえかしと言うに太子は喜ぶものから心もとなく思えども日は早西に傾きしかば別れを告げて帰り行くに果たしてその道のほとりに猪、鹿、兎、猿、狐あるいは雉、山鳥なんど半死半生にてありしかば太子は喜びて雑兵、勢子らに下知してことごとく穫りもたらし日暮れて城へぞ帰りけるこれ岩裂の通力なるを太子の他に知る者なければ供人らはおしなべてこは只太子のせい徳(せいとく)なりとて奇異の思いをなしにけりされば宝林寺の住持、法師らは浄蔵と岩裂を太子の敬いたまいしを見て故あるべしと思いしかばこれよりなおまた心を用いてもてなし始めにいや増しけり○さる程に岩裂はその夜つらつら思う様かの国王は偽者にて変化なりと言う事を太子と后は悟りたりともその形真の王にちっとも異なる事なる所なければ数多の臣下はなお迷うてかえって我らを疑うべししからば明日城に入りて我その事を正すともこれらの障りあらざらんや所詮今宵八戒を伴うて王城に忍び入り真の国王の亡骸を井の底より取りいだして妖怪にも臣下にも見せなばその事ふんみょうにて妖怪退治に障りはあらじと思案をしつつ浄蔵法師に思う由を告げ知らせ長老様は年頃日頃負け惜しみの癖おわしましていと愚かなる八戒をとかくに贔屓したまえども此度は我らにうち任して何事も宣うなと言うに浄蔵うち笑みてその義は我ら心得たり思いのままに計らいてよととみの答えに岩裂は心おちいて退きつつこの時既に臥所に入りたる八戒(原文ママ、沙和尚の間違い、以下同)を呼び覚まし阿呆よ和主は今日太子の言われし由を聞いたるかと問えば八戒(沙和尚)目を擦りて俺はその事未だ知らずと言うに岩裂声を潜めて此の烏鶏国の王城には金銀珠玉言えば更なり世に類いなき宝あり今宵彼処に忍び入りて物して行く気はなからずやと言うに八戒起き直りてそはくっきょうの事ぞかし山分けにせよ行くべしと答えてやがていそがわしく身ごしらえしつ諸共にかの王城へ行く程に岩裂は先に立ちてついひぢを声奥深き園のほとりに赴きて見れば果たして花王亭のほとりに釣瓶(つるべ)なき井戸ありて一群のばせを繁りたり是なるべしと思うにぞ八戒もまた後より来つつ何処じゃ何処じゃとひそめき問えば岩裂笑みつつ指さして、見よこの井の内に宝あり和主は元より水練を得て水を潜るも安ければとくとく入りて取りいだせよと言われて頭を傾けそはいと難儀な役ぞかし夜寒つらしに幾ひろあるか底をも知らぬ井に入りて宝がなくば徒骨(あだぼね)折りなり、その義は許せと言わせもあえず岩裂声を振り立ててここまで来ながら骨惜しみて手を空しくして帰られんやとくとくせよと罵るを八戒▲急に押し止めてあな声高し人もや知らん物せぬ先に生け捕られて憂き目を見んよりいっそのくされに我れ入るべしと衣脱ぎ捨てて井戸かはに手を掛けたるがあぁ待てしばしこの井戸に釣瓶なければ手掛かりあらずと言うに岩裂黒金の棒取りいだし引き延ばしてこれにすがれと井の内に入れれば八戒頼りを得てくだんの棒にすがりつつ水をくぐりて探り見るに中底(ちゅうそこ)に石の蓋ありさてはこの石の底にこそ宝はあらんと推量しつつ辛くしてくだんの石を引き起こし寄せ掛けてなお探らんとする程に岩裂上より覗き見て時分は良しと黒金の棒を手早く引き上げれば八戒思わず手を離して井の底まで落ちてけるその時八戒あなやと叫びて伏し転びつつようやくに身を起こして辺りを見るにこの井の底には水もなくいと広やかにて明きことさながら白昼(ひる)のごとくなるに向かいに一つの門ありて水晶宮と印たる扁額をかかげたれか知るべきこの所には年頃潜み居る龍王あり折からここらをうち巡る手下の蛇卒はからずも八戒を見て驚き怪しみ曲者ありと呼ば張りつつ組み止めんとする程に八戒いよいよ驚きてこはそも如何にとばかりにうろたえ騒ぐ小かいなねじ上げ襟髪つかんで動かせず早門内へ引き入れたりその時龍王たちいでて八戒を見て驚き怪しみあら思い掛けもなき和殿は是稚鳶(わかとび)の命にはあらざるや近頃仏法に帰依したまい浄蔵聖に従いて渡天の由を聞きたるにそも何らの故ありてこの所へ来たまいしぞと問われて八戒思う様この者は我が先の世の名を知りたれば我を害する者にはあらじと心おちいて頭をもたげてよく見るに果たして昔天上にありし時互いに相知る者にしてかの近江の湖水なる悪龍王の弟なりければこれはこれはとばかりに面目もなき赤裸今宵岩裂にそそのかされて宝を取りに来つる由を言葉短く告げ知らせここには必ず宝あるべし惜しまで我らにたまわれかしと言えば龍王頭を振りて如何にして我宝を持つべき先に我が兄の悪龍王が日の神の御咎めをこうむりて六そん王つねもとに誅罰(ちゅうばつ)せられたりし時我も縁座の咎によりこの所へ追い離され今は世を捨て引き籠もりおる浪々の身であるものをと否むを八戒押し返してしかりとも龍王なれば一つ二つの玉はあるべしせめてそれでもたまわれと言うに龍王方辺を見返りここに目出度き宝ありあの亡骸を見たまえかしあれはこの烏鶏国の王なるが妖怪のために謀られてこの井に▲落ちて身まかりたりしかれどもその王の帯に名玉のあるをもて三年の今に至るまで形はちっとも朽ちただれず生けるが如くにあるぞかし御身あの亡骸を背負い帰れば玉を得んこれより他に物はなしと言うに八戒もつらつら見て良き玉ならば取り持て行かんが死人を背負うは難儀なり玉のみ渡したまいねと言えば龍王頭を振りてあの亡骸は厄介者玉諸共にもて行かずば此の相談も整い難しと言われて八戒舌打ち鳴らしままよそれならもらうまいあの蟹守めにだまされていら酷い目にあわされた暇申すと立ち上がれば龍王、蛇卒に目をくわせて八戒を押し上げる時かの国王の亡骸を諸共に投げ上げて早くも石の中底を下より降ろし掛けしかば八戒は中底の上になりつつ身の丈立たぬ水中にありて足下を見れば国王の亡骸も我が身と共にここにあり、とてもかくても腐れ縁この亡骸には良き玉のありと聞きたる事あれば背負い上げて心静かにとるにはしかじと思案をしつつしきりに声を振り立てて棒よ棒よと呼びしかば岩裂やがて金この棒を上より静かに差し降ろすを八戒弓手に取り留めてかの亡骸を背負いつつ引かれて井戸よりいでにけりさる程に八戒はまず亡骸をうち下ろして身をかき拭い着る物を着つつ岩裂をいたく恨みてかの龍王に会いし事また国王の亡骸を押し上げられて是非もなく負いもて来つる事の元末王の事さえ解き示せば岩裂聞きつつうち笑いて阿呆よかくてもまだ悟らずや我は元よりこの亡骸を御身に上げさせんと思いしかば宝ありと偽りてここまで連れて来つるなり我この王を甦らせて王城へ伴い行きかの妖怪を退治するに障りあらせじと思いしのみ背負うて寺へもて行きねと言うに八戒眼を見張りてむしの良きことを言う者かな俺をだまして井に入れてえら酷い目に合わせた上に例え形は朽ちただれずとも三年に及ぶ亡骸を背負うて何処へ行かるべき嫌じゃ嫌じゃと言わせも果てず岩裂はたと睨まえてこの阿呆めが言うこと聞かずばこれ食らわせんと黒金の棒振り上げて打たんとすれば八戒慌てて頭を抱え是それは短気じゃ短気じゃそれで打たれてたまるものか死ぬにはましじゃとつぶやきながらまた亡骸を背負うにぞ岩裂は先に立ちてまた塀を越え堀を渡りて共に法林寺へ帰り行くその道すがら八戒は腹の内に思う様我蟹守めに欺かれて死人を負い行く腹いせに長老様にそくろをかふてえら酷い目に合わしてくれんと思う心を色にはい出さずうち連れ立ちてぞ帰りける○かくて岩裂は浄蔵法師を呼び覚まし国王の亡骸を八戒に背負わせ来つる事の由を告げ知らせしかば浄蔵やがて起きいでて亡骸を見て涙を流しこの一国の君なるに妖怪のためにあたら命を失いたまいしいたましさよ弥陀仏(みだぶつ)弥陀仏と念ずれば岩裂回向を押し止めて長老様よくご覧ぜよこの王死して三年になれどもちっとも腐れただれずして今もさながら生けるが如しそれがし手立てを巡らして甦らせんと思うなりと言うに八戒進み出て長老様迦毘羅坊が道にてそれがしに囁きしはこの国王を甦らするに我が身▲冥土へ赴きて閻魔王に由を告げこの魂を返さすればたちまち甦生(そせい)すべけれども我は左様の業をせず薬を飲まして生かすべしと誇り顔に言いしことあり薬をもって生かさせたまえと言うを岩裂押し止めて阿呆よ滅多に嘘をなつきそこの魂をかえさずに生かす薬のあるべきやと言えば八戒あざ笑いてしか言う師兄が嘘つきなり薬をもって生かさんとまざまざ言いしを押し隠して師の坊様を欺くは才に誇りてあなどるならん長老様だまされたまうな薬がないと申すならば呪文を唱え痛い目させて薬をいださせたまいねとそくろをかふは今宵の遺恨を返さん為とは知る由もなき浄蔵しばしばうなずきて人の命を助けん事はその功徳無量なりしかるに冥土の閻王に候苦労もかけずして薬をもって生かしなばこれにましたる事はなし迦毘羅よ薬をとくいだせ否まば痛い目させんずと言い懲らしつつ緊頭呪(きんとうじゅ)の秘文を厳しく唱えるにぞ岩裂七転八倒して許させたまえ長老様それがしは薬の事を言いし覚えはなけれどもひたすら阿呆を贔屓して讒言(ざんげん)を受け入れたまえば今更に是非に及ばずそれがし天上に赴きて甦生の薬を求むべし許したまえと詫びしかば浄蔵やがて呪文を止めてとくとくと急がしけりその時岩裂身を起こし八戒にうち向かいて阿呆めよくも無きこと言うてえら酷い目にあわせしなと恨めば八戒あざ笑い宵には御身が我らを騙(だま)してえら酷い目にあわせたる報いは覿面(てきめん)覚えたかと言うを岩裂聞き捨てて早外の方にたちいでつつ雲にうち乗りて飛び去りしが一人心に思う様かかる薬は道家の秘伝太上老君(だじょうろうくん)にあらざりせば余所には決してあるべからずと思案をしつつ紫微玉城(しびぎょくじょう)に赴きて老君に見参しかの国王の事を告げて願うは一粒(いちりゅう)金丹(きんたん)を授けたまえと求めしかば老君頭をうち振りて神尊和主にねだらるを惜しむにはあらねども我が金丹は只人の齢(よわい)を延びる奇特あるのみ死したる人を生かす事はたえて功能あることなし気の毒ながらまた他を求められよと愛想なく匙を投げたる挨拶に岩裂ほとんど当惑しつつ暇乞いしてたちいでしがさらに心に思う様頼みにしたる老子すら▲甦生の薬なしと言えば今更余所に求むるも益なしもしやと思うは日本なる大あなむちの尊なりくだんの尊は神代の昔すくな彦男(ひこな)と心を合わせて薬師(くすし)の業を始めたまえば目出度き薬方多かるべしとく日本へ赴きて求めてみんと思案をしつつまたたく暇に大日本大和の国三輪の里に飛び来つつ三輪の神に見参して烏鶏国の事を告げ願うは甦生の妙薬を授けたまえと乞い申しけりされば大あなむちの神号はその地によりて様々なれども大和にては三輪明神といわわれたまうこと著しくこの時三輪にましましければ岩裂に対面してその願い事をうち聞きたまいやや案じつつ宣う様神は物の生をよみしてその死をいとうものなれども甦生の薬は我もなししかれども病によりて命危うき者にても胃どうの脈の絶えざれば決して死することはなし病危うく見えずとも胃どうの脈の絶える人は必ず死するものぞかしよりて思うにかの国王は死して三年の今日までも形生けるが如くなるは胃どうの脈の通うなるべしおよそ脾胃(ひい)を養う物は米穀に増す物なしこれをかの王に飲ましめて試みたまえ印あらんと言いつつ一包みの洗米を取りいだして渡したまえば岩裂喜び受け頂いて暇申しついそがわしく再び雲にうち乗ってまたたく暇に烏鶏国なる宝林寺へ帰り着きしにその夜は未だ明けざりけりさる程に岩裂は浄蔵法師にしかじかと三輪明神に乞い申して洗米を得たる事の始め終わりを告げ知らせ八戒、沙和尚に言いつけて清き水に火を切りかけてとくもて来よと急がすにぞ両人等しく心得て師の坊の鉢を取りいだし水を汲み入れてもて来る程に岩裂は楊枝をもて国王の歯を押し開きさて口中へ洗米を残りなく摘み入れてくだんの水もて注ぎ下せば浄蔵は東に向かいて幾たびとなく三輪明神の神号を唱えけり故あるかなかけまくは賢き日本神国の神の威徳はあやまたず産まれし時よりパンと獣朝夕三度の食とせし烏鶏国の王なるに大千世界に類いなき日本国の五穀の第一しかも薬師の祖神(そじん)たる大あなむち三輪明神の洗米喉を通りしより争い難き奇特は厳然この国王の腹の内ぐわらぐわらぐわらと鳴る程に次第次第に呼吸通いてその手を動かし足を動かしたちまち黄泉路返りしかば浄蔵限りなく喜びてにわかに住持、役僧らを招き寄せとくとく粥を参らせたまえと言うに皆々肝を潰して白粥を炊きもて来つつ早く国王に勧めけりかくて国王は粥をすすりて心気(しんき)既に定りしかば人々を見て驚きいぶかり我が身を怪しむばかりなり、その時岩裂は国王にうち向かいて妖怪全真が偽王となりし事また太子の事その余の事まで言葉短く解き示し我が師は日本より渡天の名僧浄蔵法師すなわちこれなり我、神通を得たるにより日本国へ飛び行きて三輪の神に乞い申せし洗米の奇特によりて御身は甦生したまえりかかれば密かに王城へ伴い行きてかの妖怪を退治すべし我は岩裂の迦毘羅坊彼らはしかじかしかじかと名乗りて八戒、沙和尚らをも引き合わせたりければ国王感涙を押し拭いて浄蔵と岩裂らを伏し拝み伏し拝みて喜ぶこと大方ならずしからばこれ聖たちは我が身の為に命の親天地に等しき大恩なり我全真にばせをの井へ投げ入れられると思いしのちは何事も知らでありしにさてはかの全真が我が身に変じてこの国を押し奪いしこそ奇怪なれと言うに浄蔵進み寄りて国王の亡き魂の夢枕に立ちしこと一部始終を解き示めすに王はかえって覚えずとて不思議不思議とばかりに只この師弟の御徳を感ずるより他なかりけり▲その時岩崎はまた国王にうち向かいて今日も我々は王の城へ赴きて関手形を請わんと欲すよりて御身を伴い参らせかの妖怪を取りひしぎて退治すべく思うなりつきてその御姿にてはかえって事の障りありいと恥ずかしく思さんが姿をやつして我が師の坊の供人になりたまえかしと言うに国王一義に及ばずともかくもしかるべくはからいたまわれと答えしかば岩裂すなわち国王には寺男の衣を着せて日本人の如くにいでたたせ旅風呂敷を背負わせて後に立たしていでんとすれば宝林寺の法師ばらは皆々送り行かんと言いしを岩裂固く押し止め各々送りて行く時はたちまち機密の漏れることあらん一人たりとも無用なり今日昼過ぎて国王の御衣とかむりを携えて御後より王城へ参るべし此の義に違うべからずと厳しく教えて従えず浄蔵師弟と国王とこれかれ五人、龍馬を引きて王城指して急ぎけりこれより変化退治の段は後板五の巻きにつぶさなり、今年も変わらず御評判御評判■
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第七編下(ほぼ原文)

2016-12-26 21:18:23 | 金毘羅舩利生纜
かくて岩裂の迦毘羅坊は玉面、銀面の魔王らが此の年頃住みなしたる稲花の洞に近づきて身を山蜂に変じつつ飛びて門内に進み入り奥の方へ至りて見るに浄蔵法師は戒められて南の方の廊下にあり、また八戒と沙和尚は北の方なるうつばりに吊されてありしかばさては師の坊も徒弟(あいでし)らも未だつつがあらざりきと思うのみにて名乗りあう便りなければひさしを伝うて奥の方をぞうかがいける○これより先に銀面は浄蔵、八戒、沙和尚を生け捕りて▲小化け物らに引き立てさせて稲花の洞に帰り来つ玉面魔王にしかじかと事の由を告げ知らせて浄蔵らを見せしかば玉面ななめならず喜びて既に和殿の智勇によりて今此の珍味を得たれどもさりとてうかとは喰らい難し如何にとなればかの岩裂の迦毘羅坊という奴は神変不思議の荒者なりまず彼奴から押し片づけずば後の憂いを残すべしと言うを銀面聞きあえずその義は心安かるべしそれがし既に山を移す法術を施して富士山をもて岩裂めを厳しく押し伏せ置きたれば身を動かすこと叶うべからずかかればまたそれがしが行きて引きもて来るにも及ばず和君も知らせたまう如く我がこの洞には瑠璃の壷、黄金の瓢(ひさご)なんどいうその数五つの宝あり壷と瓢は人をもてかのうちへとりこむる最も不思議の霊宝なれば心利きたる者共にくだんの二品を持たせ使わし岩裂をもり入れてもて来よと言いつけなば過つことはあるべからずこの義に任せたまいねと言葉せわしく説き誇りて奇顛(きてん)、考老公(こりこう)と呼びなしたる出頭(しゅっとう)の小化け物両人を呼び寄せて事しかじかと説き示し汝らも此の二品の奇特は予て知りつらん此の内へ岩裂めをもり入れてとくもて来よさばれ彼奴は神通ありもし一品にて奇特なき事しもあらんと思うにより二品共に渡しおくなり此の壷にて奇特なくば瓢をもてもり入れよよくせよかしとねんごろに示してやがて渡しにければ奇顛、考老公は心得はてて山路を指していでにけり○さる程に岩裂は山蜂に身を変じてくだんの由を聞きしかば手だてをもってかの二品を取りて魔王らを討ち滅ぼし我が師の坊を救わんずと思い定めつ先立ちて稲花の洞を走りいで一人の道士に身を変じて奇顛、考老公らを待ちており程しもあらずかの二人は早向かいより来にければ岩裂これを呼び止めて和主たちはいそがわしげに何処へか行きたまうぞと問うに二人の小化け物はいぶかしげに見返りて我々は大王の仰せによりて岩裂という剛の者をもり捕らんとてしかじかの所へ行くなり御身はここらに見慣れぬ人なりそも何処より来たまいたると問い返されてさればとよ我らは蓬莱山の仙人なるが天竺へ行く用事あれば今この山を過ぎるなりそもそも和殿らはいかばかりの宝をもて岩裂とやらんをもり捕るぞやと再び問えば二人の化け物その疑いは理なり我が君玉面、銀面の両大王は五つの宝を所持したまえりそが中に瑠璃の壷と玉の瓢の▲二品は人をもり入るるの奇特ありされば壷まれ瓢まれこれもて人の名を呼びかけるにその人只一声なりとも答える時はたちまちに吸い寄せられてもり入れらるその時早く蓋をして「とうかみえみたみかんごん神尊りこんだけん無常霊峰加持」と唱えればよしや神通あるものなりとも遂にいずる事を得ず一時三刻(ひとときさんこく)ばかりの程に骨もとどめず腐れただれて水にならずということなし見たまえ小さきものなれば懐へも入れつべく袂へ入れるも自由なれども人をこの内へもり入れるに人の形も小さくなりて容易く内へ入るぞかし真に奇妙の物ならずやと言葉等しく説き誇るを岩裂聞いてあざ笑いそはまた奇妙とするに足らず我も一つの壷を持てるが人はさらなり天をももるなりされば此の壷をもて秘密の真言を唱える時は天たちまち壷の内に入りて月日も照らすこと叶わずこの故に大千世界は常闇(とこやみ)になる奇特あり、僅かに人ひとりをもるを何ぜに奇特とすべけんやと言うに奇てんもこり公も呆れること半時ばかり驚き歎(たん)して談合する様此の品々の悪きにあらねど天をもる壷の奇特に及ばず我が壷とかの壷と取り替えてもて帰れば両王喜びたまうべしさはとて等しく微笑みながら岩裂にうち向かいてものは談合ということありこの壷とそなたの壷と取り替えてたまわれかしと言うを岩裂聞きあえずむしのいい事を言われるよ天をもる我が壷と人をもるそなたの壷と換え替えに誰かはせん思いもかけぬ事にこそと言い捨てて早行かんとするを奇てんは急に呼び止めハテ気の短い待ちたまえすどり換えには気がなくは玉の瓢も参らせん此の二品とその一品と交易したまえ損はあらじこれでも嫌かと取りいだして見すれば岩裂うなずきて二品ならば換えもせんよく見せたまえと手をいだせば奇顛は頭をうち振りて談合はやや整いたれども御身の壷の奇特を見ず言われる由に違いなくば天をもり入れて見せたまえと言われて岩裂たちまち困りて心の内に思う様、神通、法術あるものなりとも天をもり取る由あらんや此の化け物らをうち殺して奪い取るこそ近道ならめと思案をせしがまた思う様例え師の坊のためなりとも彼らを殺して宝を奪えばこれすなわち盗人(ぬすびと)の行状(ぎょうじょう)にことならず、かなわぬまでも欺きて取り替えるにますことなしと思い返しつ毛を抜きて密かに一つの壷にして懐より取り出してまた奇てんらにうち向かいて見たまえ壷はすなわちこれなり望みのままに今天をもり入れて見せんずと言いつつやがて捧げ持ちて心の内に念ずる様天照大神今それがしが法術を助けていかで我が師の坊の厄を救わせたまえかしと真心もて祈りたる一念早くも天に通じて天津神たちに知られしかばふと王の命(みこと)驚きて日の神に奏する様かの岩裂の威如神尊只今斯様斯様の願いありそは天竺に赴いて金毘羅神王を迎えとらんと欲したる浄蔵の大厄難を救わんとての為なれば元これ忠義の真心なり願いを遂げさせたまえかしと申すを日の神きこし召して例え岩裂が祈るとも天を▲もることのなるべきやこの願いは叶え難しと仰するをまた奏する様真に天をもり取ることは成し難き業なれども願うは天のくしいわま戸の神たちにここ得さしてしばし岩戸をたてさせたまわばかの土は常闇になりむべしこの義を許させたまえかしとしきりに取りなし申せしかば日の神すなわちいわま戸の神にしかじかと勅じょうあり天の岩戸の西の小門をしばしたてさせたまいしかば西の国々暗うなりてしばらくあやめも分かざりけりこり公、奇てんはこれまったく道士が壷へ天を込めたる奇特なりきと思いしかば諸共に声をかけて先生壷の奇特は見えたりやよ天を放ち返して元の如くにしたまえとひたすらに叫びけりその暇に岩裂は天上にうち上りふと玉の命に見参して日の神の神恩を謝し奉り今は早程もよし世を明くしてたまいねと申してやがて天下りて元の所に立つ程にくしま戸の神心得て岩戸の小門を開きしかば西の国々晴れ渡りて元の如くになりにけりされば考老公、奇顛らも壷と瓢を岩裂に渡せば岩裂受け取りて毛をもて仮に壷と見せたる一品をそのまま二人に渡してでたらめなる真言をさえよく教えて早く形を隠しけりその時奇顛、考老公は今までありける仙人の見えずなりしをいぶかりて別れも告げず行きたるは何とやらん心許なし壷へ天をもり取ることの始めの如くに相違なきや試して見んと談合しつつ考老公壷を捧げ持ちて教えられたる真言をひたすらに唱えれどもたえて印のなかりしかばこは如何にと疑い迷いて奇顛に渡すを受け取りてまた捧げ持ちてしかじかと真言を唱えれどもちっとも奇特ある事なければさては彼奴に謀られて二つの宝を奪われたり思うに道士と見えたるは岩裂にてありつらんいざ彼の所へ行きて見ん真にさなりと足を早めて等しくそこに至りて見るに教えられたる所にはその影だにも見えざりければいよいよ道士は岩裂にて謀られたりと悟るものから今更に詮術なし立ち返りてこれらの由を告げなば頭をはねられん蓄電するより他はあらじと考老公は言いしかど奇顛はしばしうち案じてよしや蓄電するとてもさして行方のあるにもあらず和主は日頃銀面王の第一の切り者なればありのままに告げ申すとも殺される事はあるべからず生きんとすればかえって死し死なんとすればかえって生きる命をまとに立ち返りて二人が運を試すべしこの義に従い▲たまいねと言うに考老公うち案じて実に言わるればその理あり此の偽壷は今更に見るもなかなか忌まわしくとて草むら陰へ投げ捨てて稲花の洞へ帰り来つさて玉面と銀面に岩裂に謀られて瓢と壷を失いし事の趣斯様斯様と恐る恐るつぶさに述べて過ちを詫びしかば玉面魔王いたく怒りて此の痴れ者らが何を言う岩裂をば走らせて壷と瓢を奪われしを仏に等しき主なりとも誰が許して使うべき覚悟をせよと息巻きて剣を抜きて斬らんとするを銀面急に押し止めてその憤りは理なれども只今彼らを殺したまわば二つの宝を失うてなおまた二人の手下を失う損の上のこれ損なり彼らはしばらく助け置きて後に功のあらん時此度の罪をあがなわせん岩裂神通自在なりともそれがしかくて候えば遂には彼奴を生け捕りて二つの宝を取り返さんさのみな怒りたまいそとなだめて考老公、奇顛らを厳しく叱りて向後を戒めとく退けとて追い立てけり、ここに至りてこり公は奇顛が思案に違う事なく危うき命を拾いしをこれかれ密かに喜びけりその時玉面刃を収めて銀面にうち向かい和殿いかなる手だてをもてかの岩裂に勝たんとするやと問えば銀面微笑みて玉の瓢と瑠璃の壷は既に失いたりけれどもこの他に二つの宝ありそは黄金の綱とばせを扇(せん)とあまつかりねのまが大刀なり、大刀と仰木はここにあり黄金の綱はいぬる頃我が叔母の所望によりて独鼓(どくこ)林へ使わしたりかかれば今使いをもて叔母御前眠りの老婦人へ浄蔵法師を生け捕りたれば此方へ来ませ諸共に酒の肴に賞翫して千万年の齢を延ばさんつきて預け参らせたる黄金の綱を携えたまえと言い使わさば喜びて使いと共に来たまわんかの綱我が手にある時は岩裂なりとて恐れるに足らずこの義に従いたまいねと言うに玉面うなずきてにわかに文を書きしたため走馬走帆と呼びなして道を行く事の速やかなる二人の小化け物を呼び近づけ汝らは叔母御の元へしばしば行きたるものにして面を見知られたるにより火急の使いを命ずるなりその故はしかじかとくだんの由を説き示し汝ら叔母御の供をして速やかに具して来よとくとくせよと急がせば走馬、走帆心得てくだんの文を受け取りて独鼓林へ急ぎけり、これより先に岩裂は考老公、奇顛が帰り行く時此度はその身を蠅(はえ)に変じて後を付けつつ洞に至りて銀面が背中におり一部始終を聞きしかば黄金の綱をも奪い取りてその品々もて此の魔王らを討ち滅ぼさんと思案しつかの者どもらが後につきて門外へ飛びいでて既に走馬、走帆をうち殺さんと思いしが只今彼らを討ち殺して我その姿に変ずるとも眠りの叔母の宿所を知らねば事に臨みて頼りよからずまず彼奴らをたばかりてその行き先を見定めんと思い返してたちまちに考老公の姿に変じて後よりややと呼び掛ければ走馬、走帆は見返りて和主は何故来つると問う岩裂答えてさればとよもし和殿らが道草食うて怠る事もあらんかと銀面大王我らにも▲諸共に行きて心を付けよと仰せによりて来つるなりと言うに二人はうち笑みていかでかは怠るべきしからば供に行きたまえと答えてやがて先に立ちてひたすら道を急ぎけりその道すがら岩裂は走馬、走帆らに言う様我らは未だ一度もどくこ林へ行かざりければ道の程も定かならずここよりなお遙かなりやと問えば走帆指さして向かいに見ゆる森の内に高く屋の棟の現れしが老婦人の宿所なりさて大門を進み入れば南の方に折戸ありそこに至りておとなえば取り次ぎのいで来るなり年頃洞にありながらどくこ林を知らずと言うは空言ならんとうち笑う岩裂は行く先を聞き定めてみとめしかば今はかうと思うにぞ二人を少しやり過ごして耳の間に収め置きたる金この棒を取りいだして走りかかりつ声をかけて見返る走馬、走帆を続けざまに打ちしかば彼らは逃げる暇もあらず真っ向襟首打ち砕かれて血潮にまみれて倒れけりその時岩裂は走馬が持ちたる文箱を奪うて二人の亡骸を辺りの谷へはたと蹴落とし手早く棒を耳へ収めてその身は走馬の姿に変じまた一筋の毛を抜きて走帆が姿にしつつ独鼓林に赴きしが心の内に思う様我は日の神と釈迦如来と観世音と師の坊ならでは拝する事のなかりしに大敵を討ち滅ぼす手立ての為と言いながら今この二人の使いに変じて得知らぬ婆の化け物にはいつくばはん口惜しやと密かに嘆息したりしがさて止むべきにあらざれば早門内へ進み入りて折戸の方に赴きけり、かくて岩裂の迦毘羅坊は折り戸口に立ち寄りて声高やかにおとないければ内より女鬼立ちいでて何処よりの使いと問うその時岩裂小腰をかがめて奴がれは三燈山稲花洞なる両大王の御使いにて走馬、走帆と呼ばれる者なり老婦人には予てより知られ奉りし者にこそ候えもたらしたる御文ここにあり此の由申したまえと言う女鬼は心得てそがまま奥に赴きつしばらくしてまたたちいでていざ此方へと導をしつつ客の間にぞ誘いけるその時主眠りの姥(うば)は女鬼らを従えて奥よりやおらゆるぎいで岩裂にうち向かいて我が甥(おい)たちはつつがなきやにわかの使いは何事ぞと問えば岩裂さん候両大王は此度日本国の大名僧浄蔵という者を生け捕りにしたまいければ老婦人を招待して共に賞翫したまわんとて奴がれをさしこされたり先に預け参らせたる黄金の綱を携えたまえと▲申せとの御事なりこの余の事は御文にのせられてこと候わめと述べて文箱を差し寄せるを眠りのうばは引き寄せて押し開き見てうちうなずき我が甥玉面、銀面は稀なる珍味を得たりしとて遙々我らを呼び迎えるはこれ孝順(こうじゅん)の真心なるにいかでかは行かざらんもちろんにわかの事なれば只この走馬、走帆を具してとく来よと文にもあればあだし供人は連れるも要なし乗り物をのみ用意せよとくとくと急がして退きて衣服を改め黄金の綱を携えて早乗り物にうち乗れば輿(こし)かき四人の小化け物乗り物をもたげ起こしてしきりに道を急ぎけりさる程に岩裂の走馬、走帆はその乗り物に従って行くこと既に二三十里今ははや稲花の洞へ程遠からずなりし時岩裂密かに金この棒を取りいだし引き伸ばして声をかけつつ後辺なる輿かき二人をはたと打つ打たれて二人の化け物は等しくあっと叫びもあえず首の骨を千切られて輿を捨ててぞ倒れけるこれに驚く先なる化け物乗り物だうと投げ捨てて逃げんとするを岩裂はすかさずひらりと走りかかりて続け様に打ちしかば一人は首をうち千切られ一人は肩骨を砕かれて血煙立てて臥したりけるさる程に眠りの姥は投げ捨てられし乗り物と共にきもさえとんぼ返りて仰け反りたりし身を起こしこは何事ぞと叫びつつ這いいでんとする所を岩裂早くとって返してしたたかに打ちしかば眠りのうばも肩先より胸骨かけて打ち砕かれ血潮にまみれて死んでけりその時岩裂は打ち殺したる化け物の亡骸をよく見るに眠りのうばはいと大きなる山猫の化けたるなりこの余四人の輿かきはまみてんの類いにていずれも千歳(ちとせ)を経たりと思しき古化け物にてぞありけるそが中に肩骨を打たれたる一人の輿かきの化け物のみ半死半生にてありしかは岩裂これを責め問うて眠りのうばが独鼓林に住みけることの来歴を尋ねるに苦痛に耐えず答える様くだんの林は昔より狸のみ多く住みてまみてん、むささびの年経たるが従えりこれによりかの所を独鼓林と呼びなしたりに先に猛き山猫のいづくよりか渡り来て狸らを責め従えやがて林の主になりて眠りの姥(うば)ととなえたりされども林の▲名を改めず住みなす座敷の間毎間毎を八畳敷きに作りなせしも萬の印に鼓を作るも皆これ元のままにして相従う腰元は全て狸の化けたるなりまた林より北の方に吾各岡(ごかくこう)という岡あり、ここにはふい五郎という化け物住めりこは眠りの姥が弟分にて、これまた変化自在を得たりさるにより稲花の洞なる玉面、銀面の両魔王は眠りの姥と義を結びて叔母甥ととなうるのみ骨肉にては候わずと事詳らかに告げしかば岩裂しばしつなずきてそれさえ聞けば汝に用なしさらば暇を取らせんずとて討ち殺して五つの死骸を草むら陰へ押し隠してかばかりの似非化け物らに骨を折りしはおぞましや再び用意をすべけれと独りごちて毛を抜きて走馬、走帆と輿かきら四人の姿に変じさせ黄金の綱を奪い取りてその身は眠りの姥になり乗り物に乗りてしずしずと稲花の洞に至りしかば偽物の走馬、走帆高やかに声を立てて老婦人の来ましたり門を開けと呼ば張れば門守の小化け物いそがわしく門を開きて半ばは地上に額を付き半ばは奥に走り行きて両魔王にぞ告げにけるされば玉面、銀面は諸共に眠りを迎えて座敷に誘い茶を勧め安否を尋ねてつつがなき喜びを述べなどす此の時八戒と沙和尚はほそとののうつばりに吊されてありけるが八戒遙かに此方を見て沙和尚に囁く様我が弟喜びたまえ蟹守が眠りの姥に変じてここに来つるなりというに沙和尚いぶかりてここの主の両魔王すらなおかの姥ぞと思いおるに和主はまたいかにしてかの人なるを知りたるぞとなじれば八戒微笑みて手づまは更なり変化でもその後ろより見る時は現れること常にありいわんや我らは高みにありてその後ろより見下ろす故にかの蟹守が化けの皮をいち早く見いだしたりと言うを沙和尚押し止め漫ろなる事をな言いそ小化け物らに聞かれなば事の破れにならんずと密かに口をつぐめけりこの時、また座敷には玉面、銀面うやうやしく眠りの姥にうち向かいて使いをもって申せし如く浄蔵法師は天竺日本四世再誕の大徳なり彼が肉を喰らう者はその命限りなしよりて叔母御を迎え参らせ共に賞翫せまく欲すと言うに岩裂うなずきながら遙かにほそとのを見返りて○○はいたく老いたれども歯はまだ若き者には劣らずあの八戒の身の皮とろとろ肉は固げに見えたるに浄蔵よりも八戒を食べとうはべる用意を頼むと答えて密かに気を揉ませれば八戒聞いて驚き怒りあの蟹守めが何をか言う師の坊よりもだい○○○に俺が食われてたまるものかと思わず罵る高声の早く座敷に漏れしかば皆々いぶかり疑う折から山巡りの小化け物慌ただしく▲走り来て御注進と呼ば張るにぞ玉面、銀面きっと見て何事かあるとくとく申せと言うにくだんの小化け物それがし只今あちこちをうち巡り候いしに独鼓林の老婦人と供人四人討ち殺されて草むら陰に捨ててあり察するに此の叔母御前は岩裂にもや候わん御用心あれかしと告げるに驚く玉面、銀面さては曲者心得たりと言うより早く剣を抜きて斬らんと進むを外す岩裂ちっとも騒がずして元の姿を現しつ金この棒を取りいだして当たるに任せてうちなびけたる手練に向かう者もなく上を下へと悶着すその暇に岩崎は走馬、走帆、輿かきらの姿と見せたる六筋の毛を取り集め足場を計りて外の方指していでにけりかかる所に小化け物らは眠りの姥の亡骸をかきもて座敷に来にければ玉面魔王うち嘆きて悲しきかな我が叔母は岩裂めに討たれたまえり只今彼奴を絡め捕りて生きながらその肉を喰らわずはいつの時にか我がこの恨みを晴らすべき口惜しや腹立たしやと足摺りしつつ息巻くを銀面魔王慰めて我が兄さのみな嘆きたまうな壷と瓢と黄金の綱は岩裂めに奪われたれども大刀とばせを扇(せん)はここにありいでや彼奴を生け捕りて叔母御の恨みを返すべし者共いでよと急がしてひしひしと身を固めくだんのかりねのまが大刀をこじり高に横たえてみつはの鉾(ほこ)を脇挟み小化け物らを従えて石門を押し開かせまっしぐらについていずれば待ちもうけたる岩裂も金この棒をうち振りて人混ぜもせずただ二人雲を起こし風を呼びて中空に立ち上り片身に勇を振るいつつ幾打ちとなく戦う程に岩裂心に思う様、壷と瓢にもり入れんとて今彼らが名を呼び掛けるともくだんの二品我が手に入りしを知られたればこたうべからずさればまた黄金の綱は敵に向かいて▲投げ掛ければこの綱かの身にまつわりて絡め捕らるる奇特ある由先に走馬、走帆が独鼓林へ行く道にて問わず語りに言いいでしを詳らかに聞いたれば黄金の綱もて銀面を絡め捕らんと思案しつ隙をうかがい黒金の棒を弓手に取り直してくだんの綱を取りいだしおっとおめいて投げ掛けたりしかるにこの黄金の綱には緩急二つの唱え言あり敵に投げ掛けられたる時緩(かん)の呪文を唱えればその綱解けて縛られず急の秘文を唱えればその綱固く結ばれて如何にするとも解ける事なし岩裂この義を知らずしてただ投げ掛けたるのみなれば銀面が身に結ばれず既にして銀面魔王はこれ我が黄金の綱なりとい早くも推して投げ返し口に秘文を唱えればその綱かえって岩裂が手にも足にもまつわるを銀面得たりとあまたたびきうの呪文を唱えるにぞ岩裂遂に絡め捕られて逃れる事を得ざりけりその時銀面は岩裂が懐をかき探りてかの瑠璃の壷と玉の瓢を取り返しまた岩裂が地上に落とせし金この棒を分捕りして小化け物らにかき担わせ稲花の洞に引き立て来て由を玉面に告げしかば玉面魔王喜びて剣を携え走りいで岩裂をきとにらまえて叔母御の仇思い知るや覚悟をせよと罵りて剣を抜きてその首を幾大刀となく打ちしかどちっとも切れず傷だに付かねば玉面ほとほと呆れ果てて此奴が頭は袂より固し不死身にこそあらんつらめまづほそとのに繋ぎ置きて煮殺して恨みを返さん者共そ奴を引き立てよと言うに縄取りの化け物らは岩裂を引き立ててほそどののほとりなる柱へ厳しく繋ぎけりさればまた八戒は岩裂がおめおめと生け捕られしをあざ笑い師兄よどうじゃ八戒が肉を食べたうはござらぬかたくんだ事をやり損なうたるまずそなたから煮て食われぬ用心をしたまえかしと言うを岩裂聞きあえず無益の口を叩きなせそ我自ずから手段あり押し黙りて見ていよとたしなめてちっとも騒がず守る者方辺になき折に手早く綱を抜けいでてまた毛を抜きて呪文を唱えその身の姿と黄金の綱を作りいだしつ▲元の如く柱へしかと繋ぎ止めて真の綱を奪い取り先に分捕りせられたる延べ金金この棒を尋ねて縮めて耳の間へ収め更に薮蚊(やぶか)に身を変じて早門外へ飛びいでしを知るものたえてなかりけり、かくて岩裂の迦毘羅坊は早門外へ飛びいでてたちまち元の姿を現し延べ金の棒脇挟み声高やかに名乗る様我は是岩裂の迦毘羅坊が弟なる裂岩(さきいわ)の毘羅迦坊(びらかぼう)と呼ばれる者なり我が兄は誤って銀面が為に生け捕られ縄目の恥に及びし由を人ありて告げたればいかで恨みを返さんとてただ独り寄せ来たれり玉面、銀面は何処にあるいでて勝負を決せよと呼ば張りつ棒をもて一の木戸を打ち破りやらじと支える小化け物を打ち倒し蹴散らして辺りをにらんで立ちたりけるさる程に小化け物らは慌てふためき奥に至りて二人の魔王に告げる様大王また思い掛けなき災いの起こりたり先に生け捕りたまいたる岩裂の迦毘羅坊が弟なる裂岩の毘羅迦坊と名乗れる者兄の仇を返さんとて一の木戸を打ち破り支える者を打ち倒して進み入らんとひしめきたり御用心候えかしと告げるに玉面うち驚きて○はかの岩裂には弟さえありけるよ迦毘羅坊を生け捕りて後安しと思いしに劣らぬ武勇の同胞ありてまたもや押し寄せ来つるならば勝負の▲程も計り難し浄蔵、岩裂、八戒、沙和尚師弟四人の生け捕りを返して無事を図るべしと言うを銀面押し止めて我が兄などて只独りの裂岩とやらんにいたく恐れて浄蔵ら四人の者を返さんと宣うぞや岩裂すらそれがしが手の暇入らず絡め捕りて繋ぎて今ほそとのにあり言わんやその弟たるものちとの神通ありとても何の恐れか候べきそれがし只今打ち向かいて生け捕って参らせんしばらく待たせたまいねと世に頼もしく慰めてひしひしと身を固め瑠璃の壷を袂に入れ数多の小化け物を従えて二の木戸開かせ現れいでて岩裂にうち向かいやおれ毘羅迦坊とやらん兄の仇を返さんとて小賢しくも押し寄せ来つるは自らその死を求めるなりさばれ志の健気さに我は汝と刃を交えず今我汝が名を呼ばんにこころよく答えなば浄蔵、岩裂、その余の者を許して汝に返すべし如何にこの義を受け引くやと問えば岩裂あざ笑いて汝は瑠璃の壷をもて我をもり捕らんと欲するならんそをいかでかは恐れんや幾度なりとも答うべしとくとく我が名を呼べよかしと言うに銀面喜びて空中に立ち上りくだんの壷を取りいだし両手に捧げ声振り立てて裂岩の毘羅迦坊やよ裂岩の毘羅迦坊と再び三度呼び掛けしを岩裂答えざりければ銀面魔王あざ笑いて汝先には答えんと言いつつ今更答えをせぬは我が此の壷に恐れるならん卑怯なりとたしなめれば岩裂心に思う様あの壷は人をもる奇特厳然たるものいなれども我偽りて裂岩の毘羅迦坊と名乗りしかば真の名ならぬ作り名なりかかれば彼に呼ばれるとも応験(おうげん)はあるべからず答えてみんと思案してからからとうち笑い銀面何でうその壷に我はばかりて答えざらんや汝が声の低ければ定かに聞こえざりしなり、今一度呼びてみよと言うに銀面さもこそと一トほ声を振り立てて裂岩の毘羅迦坊、裂岩の毘羅迦坊と呼ぶに任して岩裂はおうおうと答える程に怪しむべし身はたちまちに虚空遙かに吸い上げられて五体小さくなるままに壷の内に入りしかば銀面手早く蓋をしてとうかみえみたみかんごん神尊無常霊峰しんとう加持と繰り返しつつ唱えるにぞ岩裂遂に壷の打ちよりいずる事を得ざりけりおよそこの壷の奇特といいばその名は真の名ならずとも呼ばれる時に答えればたちまちにもり入れられる応験あらずという事なしこの故に岩裂が思案はここに仇となりておぞくも壷にもられしなり既にして銀面は力を用いずやすやすと岩裂をもり取りしかばくだんの壷を携えて元の所へ天下り小化け物らに由を告げて戦をまとめ破られたる門の修復を言い付けて洞の内にぞ退きける○さる程に銀面魔王はくだんの壷を携えて洞の内へ退きて玉面魔王にしかじかとまたかの仇をもり取りたる事の趣を告げしかば玉面斜めならず喜びて▲岩裂といい裂岩といいいずれも手強き敵なりしを容易く退治したまいぬる御へんの智勇感じるなに余りありおよそその壷にもられし者一時余り経る時はその身は泥の如くに溶けて骨も留めずなるなれば裂岩めも遠からず溶け失せんこと疑いなしまずまず休息したまえとて酒宴を設けてねぎらいけりさればまた岩裂は壷の内に取り込められて心の内に思う様先にかの黄金の綱の戒めを抜けたるが此の壷ばかりはいでんとすれども遂にいずる事を得ず一時三刻たつ時は身はどろどろに溶けるといえば我が身も遂にこの内にてはかなく溶けてや失せぬらん命運ここに尽きらばたこの身は惜しむに足らねども我死なば誰かまた師の坊の厄難を救うて渡天の供をすべき悲しきかなと師を思う嘆きの霧さえ立ちこめて無念の歯噛みをなしたるがまたつくづくと思い返せば我はいにしえ天上にて湯立ての釜にて煮られし折数多の日数を重ねしかども煮えただれたる事もなくこの身につつがあらざりしを思えば今またこの壷の内にありとも腐りただれる事あるべうもあらずかしたばかりいでばやと思案をしつつ声を立てて我が半身は既に早溶けたるはと言う声の漏れ聞こえたりけれども玉面も銀面もさぞあるらんと思うのみ共に杯をめぐらして笑い楽しみて見返らずしばらくしてまた岩裂はいと苦しげなる声を立てて悲しきかな早腰まで腐りただれたりけるはと言うを漏れ聞く玉面、銀面顔見合わせてうち微笑み先に岩裂めは既に早腰の辺りまで溶けたらば蓋押し開きて見るとてもいずることは叶うべからず密かに蓋を取りて見んいでいでと言いながら二人が間にくだんの壷をおし据えつ手を掛けて蓋かい取りて見る程に岩裂は予てより一筋の毛を抜きてその身の姿に変じさせ半身溶けたる如くにしつつその身はちやたてむしとなりて蓋の裏に止まりており今魔王らが壷の蓋を開くに任せて躍りいでしを玉面も銀面も知らでくだんの似せ姿の溶け終わらぬを見てあわただしく元の如くに蓋をして封じて膝のほとりにさし置きまた杯をめぐらして共に酒をぞ飲みておるその時玉面は銀面にうち向かいてこの頃は▲事に紛れて碁の勝負を試みず和殿は岩裂、裂岩を退治の事に心を使うて疲れもあらん、さりながら保養にもなるべきに一番教えたまわずやと言うに銀面うなずきて真に久しく碁盤に向かわずそはいちだんきょうあるべしいざいざと急がして等しく盤にうち向かう白と黒との先手後手片身にユふうのつらつえにはやつ抑え果てしなき勝負に余念あらざりけりされば給侍の小化け物らは久しき酒宴と碁の争いに耐え難きまで退屈しつつ皆月の間に退きてそこにおる者なくなりたる折こそよけれと岩裂はかの考老公に姿を変じていでて銀面が後ろにおり彼らがユふうの折々にまた杯を取ることあれば岩裂すなわち酌をして共にその碁をうち見ており銀面魔王は日頃相する考老公が酌をすなればいささかも心を置かずくだんの壷を方辺なる卓袱台(しっぽくだい)にうち乗せて勝負に余念なかりけりその時岩裂はまた一筋の毛を抜きてかの瑠璃の壷に変じさせ真の壷とすり替えて早懐へ納めつつ去らぬ様にて立ち退き物に紛れて身を隠して早門外へ走りいでしを知るもの絶えてなかりけり、既にして岩裂は先に奪い取りたりし黄金の綱は身を離さず今また壷を得たりしかば元の姿を現して石門をうち叩き玉面、銀面とくいでよ我を誰とか思うらん岩裂、裂岩らが末の弟にきさ岩の羅毘迦坊とは我が事なり、二人の兄の仇敵(あだかたき)なる汝らを皆退治して浄蔵師弟を救わん為に独り押し寄せ来つるなりいでて雌雄を決せよと声いかめしく呼ばはりてしきりに門戸を叩くにぞ小化け物らは驚き騒ぎて奥へ注進してければ玉面魔王驚きてこは如何に岩裂をば絡め捕り裂岩を壷へもり入れ今はしも手にあう敵は余もあらじとのみ思いしにまたもや彼らが弟なるきさ岩の羅毘迦坊という猛者ありて兄の恨みを返さん為に押し寄せ来つるこそ煩さけれかかれば他にも岩裂が眷属はいくらもあるべしよしや幾人生け捕るとも果てしなきことならば和睦して浄蔵らを返して無事に収めんのみと言うを銀面押し止めて我が兄心を安らえたまえ此度もそれがしうち向かいてそのきさ岩めを生け捕るべし裂岩をもり取りしより二時余り過ごせしかば彼は身の内皆溶けたらんと言いつつ壷を取り上げて蓋を開いてにっことうち笑み見たまえかの裂岩は溶け果てて骨もなし此度も是をもていでて羅毘迦とやらんをもり取るべしいでいでと身を起こして鎧投げ掛け小化け物らを左右に従え石門を押し開かせて現れいでやおれきさ岩の羅毘迦坊とやらん我は汝と刃を交えず▲我今この壷をもて汝が名を呼ぶべきに汝一声答えんやと言うを岩裂聞きあえずそはいと易き事なるに我幾度でも答うべしさりながら我も一つの壷をもてり我今汝に名を呼ばるる時答えても印なきならば我また汝が名を呼ぶべし汝もその時答うるかと問えば銀面うなずきて答うべし答うべし汝が持ちしは如何なる壷ぞ真にあらば見せよかしと言うに岩裂もうなずきて懐の内よりしてすり替えたりし真の壷を取りいだして見せければ銀面眉をうちひそめて怪しや汝が持ちたる壷は我が壷にちっとも違わず如何なる所で得たるぞと問えば岩裂うち笑みてこれにはまさしき伝来あり汝が壷の伝来よりつぶさに述べよ如何にぞやと言うに銀面ちっとも疑義せず我が壷は天土(あめつち)の初めて開けしその頃にいんようぞうかの自然によりてなりいでし宝なり汝が壷は如何にぞやと問えば岩裂さればとよ我が壷もまた天土の開け染めたるその頃になりいでし宝なりかかれば奇特も等しかるべし汝まず我が名を呼べ答えて印ありやなしや今目の当たりに試さんずと言うに銀面喜びて我今彼より先にせばもり捕らん事疑いなしと思えばやがてひらひらと中空に立ち上りてくだんの壷を捧げ持ちきさ岩の羅毘迦坊と呼び掛ける声を聞きしより岩裂はおうおうと幾度となく答えれどもちっとも印あらざれば銀面いたくいぶかりて此の壷の印なきはさき岩が○○し別に行う術あるか不思議不思議とばかりにすりかえられしを夢にも知らねば術もなく天下りて元の所に立ちたりけりその時岩裂進みいでて如何に銀面汝が壷は奇特なししからば此度は我が番なり呼び掛ける時答えよと言いつつ雲にうち乗りて虚空遙かに立ち上りくだんの壷を手に持ちて銀面と呼び掛けしを銀面答えておうと言う声諸共に吸い上げられて思わず虚空にひらめき上り吸い寄せられておめおめと壷の内に入りしかば岩裂得たりと蓋をしてとうかみえみたみかんごん神尊しかじかと唱えたる呪文によりてぎんは弥勒(みろく)の世までその壷よりまたいずべくもあらざりりけ岩裂は既に早銀面をもり取りて心安しと思いしかば元の所に天下りてうろたえ騒ぐ小化け物らを四角八面にうち散らす勢いあたるべくもあらざれば皆々洞に逃げ籠もりて玉面魔王にしかじかと銀面がもり取られたる事の由を告げしかば玉面驚きうち嘆きて悲しきかな我が弟はきさ岩めにもり取られしかしからんには程もなく壷の内にてどろどろに骨も留めず溶けぬしべ我は浄蔵、岩裂らを先に生け捕りたりしかど殺しもやらず食いもせずそがまま繋ぎ繋ぎ置きたるにかのきさ岩の羅毘迦坊とやらんに我が弟を殺されしは返す返すも恨みなれ時を移さずうっていでて羅毘迦を殺して銀面が亡き魂を祀(まつ)るべしと息巻き猛く罵りしがようやくに心を鎮めて奇顛、考老公を招き寄せ只今洞にある所の宝物は何々ぞと問えば奇顛ら答える様黄金の綱は岩裂を繋がれて彼処にあり瑠璃の壷は銀面王の持たせたまいしが共に返らずこの外に玉の瓢と刈稲(かりね)の勾大刀(まがたち)、ばせを扇はしかじかの所にありと言うに玉面うなずきてしからば大刀とばせを扇をとくもて来よと急がしてくだんの大刀を腰に帯びばせを扇を携えて稲花の洞にありとある▲小化け物らの数を尽くし一人も残さずこれを従えどっとおめいてうっていずれば石門のほとりに憩いいたる岩裂これをきっと見て金この棒を取り直し寄せなば討たんと身構えたり、その時、玉面声高やかにやおれきさ岩の羅毘迦坊我は浄蔵、岩裂らを未だ殺さで繋ぎ置きしに汝はかえって我が弟をもり取り殺せしこそ恨みなれ銀面を元のままに生かして早く我に返せもしそのこと叶わずは頭を延べて刃を受けよと勢い猛く罵れば岩裂からからとうち笑いて小賢しや悪魔ども汝らをいかばかり殺したりとも何かあらん先に岩裂が弟なるさき岩の毘羅迦坊と名乗りしもまたきさ岩の羅毘迦坊と名乗りしも皆これ一人一体にて我はすなわち岩裂なり黄金の綱の戒めを抜けいでて身代わりに我が影武者を残し置き瑠璃の壷をも抜けいでてその後壷を奪い取り銀面悪魔をもり取りしはこれ汝らが壷なるを知らずやかくまで神通自由を得たるこの岩裂に及ばんや命惜しくは兜を脱ぎて降参せよと呼ば張れば玉面魔王驚き怒りて鉾を回して突いてかかるを岩裂すかさず受け止めて丁々はたと戦うたる互いの掛け声こだまに響きてひるまず去らぬふんげきとっせんいつはつべしとも見えざりければ玉面後辺を見返りて者共かかれと下知したる激しき声と諸共に幾百人の小化け物岩裂が前後左右をおっとり込めて討たんとすその時岩裂ちっとも騒がず毛を引き抜きて呪文を唱え迎える敵に吹きかければ幾百人の岩裂と変じて手に手に棒をうち振りまたたく暇に小化け物らをなぎ倒しうち殺して死骸の山をついたりける、さる程に小化け物らは岩裂が影武者に大方ならずうち殺されて残るも深手を負わぬはなく皆散り散りに逃げしかば玉面魔王いよいよ怒りて腰に差したるばせを扇を抜きいだし差しかざして九紫(きゅうし)の型にうち向かいり火巽為風(りかそんいふう)の呪文を唱えてひたすらに仰ぎしかば怪しむべし忽然と冥火団扇の内よりいでて草に移り木に移り岩裂が影武者を一人も余さず焼き捨てけりその勢い盛んにして面を向くべくもあらざればさすが岩裂辟易して雲に乗りてぞ逃げたりける○さればまた岩裂は玉面に焼き討ちせられて影武者を皆失いしかど惜しくもあらぬ髪の毛なれば今さらこれを救うに及ばず救い取るべきは師の坊のみと独りごちつつ稲花の洞の門前におり止まりてと見れば逃げたる小化け物皆ただ深手に弱り果てて門の内外にへたばり伏したり助け置くべき者ならねば今この時に災いの根をこそたためと携えたる金この棒を取り直して片端より討ち殺し一人も漏らさざりければ
考老公、奇顛を始めとして両魔王に従いたるこの洞の妖怪らはこの時全て滅びけり岩裂これに慰めてこの暇に▲長老様を救い取り参らせんいでやとばかり独りごちてそがまま奥へ赴く程に一間にわかに照り輝くを見つつ思わず驚きてこは如何に玉面がまた焼き討ちをするにやあらんと言いつつ再びよく見れば火の起こるにはあらずして上座(かみくら)の机の上に飾り置かれし玉の瓢のかたの如くに光れるなり良き物得たりと喜びて取りて懐へ収める程に外の方にうち投げて人声の聞こえしかば岩裂はまた引き返して密かにこれを垣間見おり、さる程に玉面魔王はばせを扇の冥火をもて岩裂が影武者を焼き滅ぼしたりけれども真の岩裂を討ち漏らししばし行方を尋ねしにいづち行きけんある事なければ稲花洞へ帰り来つるにあに思わんや小化け物らは皆ことごとくうち殺されて一人も残る者のなければこはそも如何にとばかりに驚きつうち嘆きてそがまま地上にはたと座しああ何とせんうれはしや弟銀面といい手下の者さえ皆岩裂に殺されたれば今よりしてまた誰と共に彼奴をば滅ぼすべきすること毎(こと)にかくばかりなりもゆきぬる浅ましやと独りごち足摺りして不覚の涙にかきくれたり様子をうかがう岩裂は姿を隠し近づきて玉面が方辺に置きたるばせを扇を奪い取りまた門内へ退きしを玉面ひたすら嘆きに紛れてこれを知らずしばらくして辺りを見るに方辺に置きたるばせを扇のたちまちあらずなりしかば呆れること半時ばかりとさまこうさま思いみるにこれもまた岩裂が巻き上げたるに疑いなしかかれば彼奴は先立ちてここらに隠れおるなるべしとは思えどもばせを扇さえ奪い取られては身一人にて彼奴に勝ちをとり難し独鼓林に退きて残党をかり集め再びここへ押し寄せて重なる恨みを返すべし覚えていよと恨めしげに罵りつつ見返り見返りすごすごといでて行きにけり岩裂これを垣間見て玉面既に退きたれば今は誰にかはばかるべきまず師の坊をといそがわしく細殿に赴いて浄蔵、八戒、沙和尚らの戒めの縄を解き捨てて懇(ねんご)ろにいたわり慰め二人の魔王を滅ぼして師を救わんと思うばかりに心を苦しめ身を労したるその事の始め終わりを一つも落ちなく告げ知らせ銀面をもり取りたる壷は更なり、黄金の綱も只今得たるばせを扇も玉の瓢をも取りいだし浄蔵らにこれを見せて此の品々はそれがしが金この棒に異ならで小さくせんと思う時は芥子(けし)よりも小さくなり大きくせんと思う時は五尺六尺の骸(むくろ)をも緩やかに入れるなり、これらの宝全て四品それがしが手に入りたれば玉面をもうち滅ぼして後ろ安く当所を発たんまずまず休息したまえと言うに浄蔵喜びてその恩義をぞ感じけるかくて八戒、沙和尚は洞の内なる米をいだしてかしぎて浄蔵と岩裂に齋をすすめその身も共に飲み食らいして馬にも馬草をかいなどしつこの夜は師弟全て四人こころよく枕につきて洞の▲にぞ明かしける○さる程に玉面魔王は独鼓林に赴きておとないしつつ進み入れば女鬼どもいで迎えて一人ここに来ぬるを怪しみまずその故を尋ねるに玉面は眠りの姥が岩裂に殺されたる事の始めより銀面が事の趣かつ手下の小化け物さえ皆ことごとく岩裂に討たれたる由を告げ知らせ我が身一つになりしかば彼と戦う事を得ず思うに此の所にはなお数多の○類ありよりて和女らを語らうて岩裂をうち滅ぼし叔母御と弟の恨みを清めてかの亡き魂を祀らんと思うて密かに来つるなりと言うに驚く女鬼らはこはそも如何にとばかりに声を合わせてうち泣きしをようやくに皆涙を止めて宣うごとく此の所には我々を始めとして男女の小化け物百五十名はべるなり早く手分けを定めたまえ大王に従いてかの岩裂を攻め滅ぼし今の恨みを晴らすべしとくとくと急がす折吾各(こかく)が岡のふい五郎腹巻きに身を固め長柄の矛(ほこ)を携えて慌ただしく来にけるが玉面を見て深く喜びそれがし只今手下の者が知らせによって姉眠りも銀面王も岩裂に討たれたる事の由を聞きしより鬱憤(うっぷん)たちまち胸に満ちていかで恨みを返さんと思うものからそれがしは手下の妖怪多からずよりて此の林の輩を借りもよおし押し寄せて御身の加勢をせん為に道を急ぎて来にけるに図らずここにて対面せしは嘆きの中の喜びなりと言うに玉面も喜びて岩裂に眷属(けんぞく)を皆討たれたる事の趣くわいけいの恥を清めん為にここへ来たりし由を告げて味方の妖怪を招き集めるにその夜のうちに集いしかばふい五郎を先陣として玉面は後陣より進みその明け方に三燈山なる稲花の洞にぞ押し寄せけるその時岩裂走りいでて雲に乗りて敵の陣を見渡していそがわしく返り来つさて浄蔵らに告げる様、長老驚きたまうべからず玉面悪魔が残党を集めて押し寄せ来つるなり察するに先陣は予てその名を伝え聞いたるふい五郎とかいう妖怪なるべし何者にもあらばあれそれがし一人いで向かうて皆殺しにして根を断つべし八戒と沙和尚はここにありて長老様をよく守護せよと言い捨てて金この棒を脇挟み早石門より現れいでて寄せ来る敵を待つ程に吾各が岡のふい五郎、女鬼らを従えて真っ先に押し寄せ来つやおれ岩裂の蟹守め我が名は予て聞きつらん吾各が岡のふいご老人汝が為に討たれたる姉眠りの弔い戦銀面王の恨みをも返さん為に玉面王と示し合わせて寄せ来れりよりて勝負を決せよと息巻き猛く罵りたり岩裂これをうち聞いてあな小賢しき似非化け物一人なりとも汝らを生かし置かんはいといたう残り惜しく思いしに皆連れ立ちて寄せ来つるは虎住む山の○ひつじ▲鷹の絵を彫る群雀(むらすずめ)身の程知らぬ似非てんごう望みに任せて往生させん覚悟をせよとあざ笑うものないはせそ討ち取れと下知に従う女鬼、小化け物さえうち混じりどっとおめいて群立ちかかるを岩裂左右に引き付けて延べ金の棒ひらめかしうちなびけたる勢いにはっと退いてはまた寄せる粟の穂影の朝取りの鳴子に騒ぐに異ならず多勢を頼むももさえずり共にひしめくばかりなり浄蔵法師は岩裂に過ちあらん事を恐れて八戒、沙和尚とくいでて迦毘羅坊を助けずやと言われて二人は勇みたち各々得物を引き下げて外の方指して走りいで師兄しばらく休息したまえここは我らが受け取ったと名乗りかけ引き分かれて八戒はふい五郎と刃を交えて相戦い沙和尚は女鬼らを当たるに任せて突き伏せ突き伏せいよいよ進んでかりたてるその暇に岩裂は一人後陣に討ってかかり更にその手の小化け物らを皆ことごとく討ち取りけりさる程に八戒はふい五郎らと戦いて互いに鎬を削りしがふい五はようやく切っ先乱れて遂に八戒に討たれけり死して後にこれを見ればいと大きなる狢(むじな)なり、狢は鞴(ふいご)になるものなればふい五郎と名乗りしも名詮自姓(みょうせんじしょう)と知られけり既にして先陣、後陣の化け物どもはことごとく岩裂、八戒、沙和尚に討ち滅ぼされたりければ玉面魔王は雲に飛び乗り虚空遙かに逃げて行くを岩裂すかさず追っかけて玉の瓢を捧げ持ち玉面王と呼び張りしを玉面味方の者ぞと思いて一声おうと答える程にたちまちに吸い寄せられて瓢の内へもり入れらるその時大刀を落とせしかば岩裂これを取り上げて手早く瓢の口をしつ呪文を唱え瓢を携え立ち返らんとする折から東の方より一人の老翁白き狐にうち乗りたるが忽然として現れ来つ岩裂を見て微笑みながら神尊つつがもあらざるやと言うを岩裂見返えれば此の翁は▲別人ならず倉稲魂(うがのみたま)の命なり、その時命は岩裂にうち向かいて壷と瓢にもり込められしその玉面、銀面は我が社の石の狐なり彼らは数百年の者なりければ自ずからに魂入りて夜な夜ないでて遊びしかば我厳しく戒めしを恐れて遂に逐電したりしばらく行方を知らざりしに昨日清水寺なる観世音に対面の折噂によりて彼らが此の三燈山に落ち留まりて住める事も浄蔵法師の厄難をも伝え聞いて驚き思いすなわち彼らを捕らえん為に遙々ここへ来つるなりされば彼らが宝として黄金の綱と唱えしは我が社の御注連縄なりまた瑠璃の壷、玉の瓢ととなえしは我が社壇の神酒の瓶子(へいし)なりまた刈稲の勾大刀ととなえしは我が社の鍵なりまたばせを扇ととなえしは我が田を守る御田扇(おんたおうぎ)なりし此の五品を盗みいだして逐電したるものなれば我に返したまわれと事つまびらかに告げたまえば岩裂聞いて眼を見張り魂入りたる石の狐をなまいましめして遠く走らし我が師の坊をもそれがしをもはなはだしく苦しめしは皆是教えの行き届かぬ御身の過ちに候わずやかつ神かきにおかれし者が悪魔になりしは如何にぞやとなじればうなずく倉稲魂その疑いは理なり彼らは我が社にありし程は夜な夜ないでて遊びしのみちっとも魔性の業をせず此の所へ逃れ来て遂に魔王になりたるは是その土地の悪き故なり例えば江南のたちはなの江北へ移し植えられて枳(からたち)となるが如しなれども彼らは浄蔵師弟を捕らえしのみにて害せざりしはその道心を堅固にして渡天の功を果たさせんためこれ観音の方便なれば我らを恨みたまうなと諭したまえば岩裂は実にもと悟りてうちうなずき謂(い)われを聞けば腹も立たれずしからば品々を返し参らすいざいざ受け取りたまえとてかの品を返せしかばうがのみたま喜びて壷の蓋、瓢の口をそがままにうち開きたまえば内より二匹の石の狐いでて御前にかしこまりしをうがのみたまはいたく叱りて厳しく彼らを戒めつつすなわち後辺に従えて五つの宝を携えたまい岩裂に別れを告げて東へ飛び去りたまいけり○さる程に岩裂は稲花の洞へ帰り来て浄蔵法師に由を告げかの玉の瓢をもて玉面をもり取りしに倉稲魂(うがのみたま)の神えうごうありて五つの宝を請いたまいし事またかの玉面、銀面は稲荷山の社の前なる石の狐にてありし事観世音の方便さえ聞いたるままに示せしかば浄蔵▲驚きかしこみて、八戒、沙和尚諸共に遙かに東を伏し拝み苦中(くちゅう)の苦労をしのがすはいかでか渡天の功を遂ぐべき我々が一日も心に油断なからん為に観世音の方便こそ今さらにありがたけれ如何なる難儀にあうとても恨むべからずと戒めてやがて白馬にうち乗りつ岩裂、八戒、沙和尚ら師弟ここにまた四人西を指してぞ立ちいでけるこれより後の物語は八編に著すべし八編も程なく出版今年も変わらず御覧(ごろう)じろ御覧じろ■
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第七編上(ほぼ原文)

2016-12-17 17:39:45 | 金毘羅舩利生纜
姫と呼ばれ鬼と言われて咲く百合の花にも思え外面内心

三燈山暇樵子(さんとうさんのかしょうし)
三燈山銀面魔王(さんとうさんのぎんめんまおう)

稲の花二百十日の魔風なぎて菩薩の実り秋○たりけり

稲華洞玉面魔王(とうかどうのぎょくめんまおう)
小妖奇顛(こばけものきてん)
小妖考老公(こばけものこりこう)

雲のいる山に隠れて雨を知るに穴の狢(むじな)も幾世ふるらん

腰皷林睡眠老瑪(ようこりんのねむりのうば)
五各岡布緯五郎(ごかくこうのふいごろう)

さてもその後羽悟了の八戒は波月洞に赴きて黄袍の変化と戦いし時叶うべくもあらざれば沙和尚に敵を譲りて引き外し逃げ走りしより再び彼を見返らず遠く麓の方に至りて一人つらつら思う様、あの黄袍めは思うに増したる武芸神通の広大なるに如何にして勝ちを取るべき、なまじいに戦うてあたら命を失わんよりまず一休み休まんとて草を折り敷き肘枕前後も知らず臥したりしが夜なりの頃に一人覚めてさらにまた思う様、先に黄袍にうち負けて沙和尚が安否を知らざればとて今更に波月洞へ立ち返りて国王に由を告げ軍兵多く借りもよおして再び彼奴と戦うべしと思案をしつつまたたく暇に宝象国へ帰り来て旅宿を見るに人気はあらで浄蔵法師の乗り慣らしたるかの白馬のみ馬屋にあり心ともなく立ち寄りて見れば怪しきくだんの馬はあちこちに手傷を負うて玉なす汗を流したり八戒驚きかついぶかりてそもこの馬は何者に打たれて手傷を負うたるやらんこは盗人が引きもて行かんとせしをすまいて打たれしかと独りごちつつたたずみたるその時馬はたちまちに人の如くに物言うてやよなう師兄(あにき)遅かりしと呼び掛けられて八戒は飛び上がり肝を潰してこはいかにこの馬もまたこれ黄袍の眷属の化けて我をや欺くらんさらずばいかでか物を言うべき不思議不思議とばかりに後しさりをして逃げんとせしを馬は再び呼び止めて師兄よ驚き怪しみたまうな我が身は日本近江なる小龍王金鱗が観世音の方便にて龍馬となりて師の坊の渡天の供にたちたるなれば御身とは相弟子なり、さても師の長老様は先にしかじかの厄難あり、その故は斯様斯様と黄袍の変化が幻術もて国王をたばかりて浄蔵を虎になせし事白馬は黄袍を討たんとて姿を変じて彼に近づきかえって手傷を負いしこと始めより終わりまで事つまびらかに囁き告げれば八戒いよいよ驚き呆れて、さては黄袍はこの国へ来て国王をうまくたばかり我が師を虎になしたらば渡天の願いもその甲斐なし我波月洞に赴きてくだんの変化と戦いしに叶うべくもあらざれば沙和尚にうち任せて一休みして帰り来つるに沙和尚未だ帰らぬは討たれたるか生け捕られしかいずれにしても安穏ならんや今はしもこれまでなり和主も早く古里へ帰れ▲我はまたあはん州なるはじ村へ立ち返りて再び芙蓉と夫婦にならん暇(いとま)申すと言い捨てて行くを白馬はまた呼び止めて心強き事をな言いそ、今師の坊の大厄難を救わで何処へ行かるべき黄袍が幻術○りやうにて我々敵し難しと言えども威如神尊迦毘羅坊の岩裂ここにあるならば何でう黄袍を滅ぼして我が師を救い得さらんや願うは御身速やかに無量国へ赴きて岩裂殿を誘い来たまえこれに勝る手だてはあらじと言うを八戒聞きあえず言われる趣悪きにあらねど我と岩裂は睦ましからず遙々彼処へ赴くとも彼は決して来べからずそは益も無き事にこそと否むを白馬は押し返してそは浅はかなる了見なり世の常の者ならば恨みを思う事もこそあらめ迦毘羅坊は聡明叡智義を守り信(まこと)を重んじちっともひがめる心なければいつまで御身を恨むべきやよ疑わでも行きたまえ、さばれ彼処へ赴くともまず厄難の事をば言わで師の坊の今更に懐かしく思いたまえば迎えに来つと言いこしらえて誘いて来たまえかしとくとくと急がせば八戒実にもとわずかに悟りて真にさなりと答えつつそがまま雲にうち乗りて方便山へと急ぐ程にかの守護神の助けやありけん、折良く追い風なりければ八戒は時の間に幾万里を隔てたる無量の国に来て方便山にぞ着きにける○この夜岩裂の迦毘羅坊は威如の滝のほとりにいでて数多の眷属をうち集え隈無き月を眺めつつ笑い楽しみてありける程に八戒は恐る恐るそのほとりに近づくものからいぬる頃師の坊に悪し様にのみ取りなして追いやらせたる事あれば世に言う敷居のいと高くてき○もつ足の進まねば数多の天狗にうち混じりてしばらく様子をうかがう程に岩裂辺りをきっと見て怪しむべし▲この内に紛れ者の入りたるぞ者共早く詮索せよとくとくと急がしたる激しき下知に左右なる山水木の葉の両天狗承ると答えも果てず早八戒を見いだして襟髪つかんで引き据えるを八戒なお顔を見られじとのみ後ずさりして袋をかぶりし猫の如く詮方もなく見えしかば岩裂いよいよ苛立ちてやおれ曲者頭を上げよ汝は何処の忍びの者にて我がこのまといに紛れ入りたる速やかに白状せよとく言わずやと息巻けば八戒声を震わせてさのみいたくな叱りたまいそ我らは怪しき者にあらず元より主の知る人なりと言うに岩裂あざ笑いて此奴は我と知る人ぞと言いつつもなお面を隠すはいよいよもって心得難しまずその面をよく見せよと言うに天狗ら八戒が額に手をかけ仰向かせるを岩裂はと見らう見て汝は羽悟了ならずやと問われて八戒包むに由なく師兄早くも見忘れられしなつつがもなくて目出度しと言えば岩裂あざ笑いて汝はなどて師の坊に具して天竺へ赴かで一人ここらに来つるぞやと再び問われてさればとよ長老様のいといたう懐かしく思いたまうにより御身を迎えに来つるなりと言うを岩裂聞きあえずいかでかはさる事あらん我師の坊に破門せられて手切れの証文ここにありしかるを今さら懐かしいとて呼ばれる事のあるべきやそれ○○別にに訳あらん包まず告げよ如何にぞやと詰れば八戒頭を振りて疑いたまうな此の事はいささかも相違なし過ぎつる事は思い捨てて願うは我らと諸共に行きて対面したまいねとくとくと急がせば岩裂しばしうち案じてしからば供に行きもせん御事はしばらく逗留して山の風景を見よやとて自らやがて導をしつつあちこちを見せけるにい花れい草の種々(くさぐさ)なる真に目出度き仙境なれども八戒それには心を止めず只速やかに岩裂を伴わんとのみ思いしかばよき程にして立ち止まり師兄よさそな師の坊の待ちわびしてぞおわすべきいざ諸共に行きたまえと言うを岩裂見返りてハテせわしなき事をな言いそ威如天堂へ伴うて酒をも飲ません飯をもはませんやよ急がずに逗留せよと言うを八戒押し返して我らは酒も飲みたからず只ご馳走には一時も早く師の坊に見参したまえいざとくとくと引く袖を岩裂は振り払いしからばここにて別れんのみ汝▲自ら思いみよ我は真の心もて只師の為に災いを払わんとのみ欲りせしに師の坊かえって我らを憎みて再び対面すべからずと誓いて破門せられしに今さら何の面目ありて行きて彼の人にまみえや汝帰らば一人帰れしいて我らを伴わんと欲するならば目にもの見せんとくとく帰れと追い立てられて八戒は返す言葉もなく只あいあいとばかりにおめおめとして立ち去りけり岩裂遙かに見送りて左右にはべりし山水木の葉に汝ら後より付きて行きて彼奴が何と言うやらん聞いて告げよと急がせば二人の天狗は心得て羽ばたきしつつ飛び去りしがしばらくして返り来つさて岩裂に告げる様それがしらが八戒が後を付けて候いしに彼奴はいたく神尊を恨みて独りぐとぐとそしること大方ならず言いつる由は斯様斯様とありつるままに告げしかば岩裂勃然といたく怒りて憎っき阿呆めがたわごとかなとく追っかけて引きずり来よと激しき下知に天狗ども承りぬと答えも果てず皆々等しく立ち上がりて虚空を駆けりて追うたりしが程しもあらず八戒をぐるぐる巻きに戒めて宙に吊してかきもて来つ早岩裂が目前へそがままはたと押し据えけりその時岩裂声振り立ててやおれ羽悟了言う事あらば目の当たりにこの所で言いもせで立ち去り手後あくまで我をしかじかとそしりたる今はしも許し難し覚悟をせよと息巻けばs八戒僅かに頭を上げてそれがしいかでか御身をそしらん只師の坊の招きたまうを心強く受け引かでゆきたまわぬを嘆きしのみと言わせも果てず岩裂はからからとうち笑いて愚かなり羽悟了師の坊我を呼びたまわんやそは皆汝が偽りなり思うに今師の坊に大厄難のあるをもて汝ら我を呼び迎えてそを救わせんと欲するならんさるをかくして真を告げずはとてもかくても生きては帰さず覚悟をせよと罵りて金こ棒を取りいだしうちひしがんと振り上げれば八戒いたく驚き恐れてやよ待ちたまえ既に早御身に推量せられし上は是非に及ばず白状せん真は斯様斯様なりとて黄袍の変化の事の赴き浄蔵法師はかの邪術をもて虎にせられし体たらくまた沈魚公主のこと小龍王金鱗の白馬さえ手を負いし事すなわちお彼が言うに任せて岩裂を迎えに来たる事の元末しかじかと落ちもなく告げ知らせて願うは師兄宝象国へとく赴きて師の坊の大厄難を救いたまえ一日師となり弟子となれば生涯親子の思いありされば君子は旧悪を▲思わずとこそ言うなるに過ぎつることは思い捨ててただ哀れみをたれたまえと託言がましくかき口説くを岩裂つらつらうち聞いてよしやその黄袍とやらが神通不思議の邪術ありとも汝らなどて我が名を告げてもし師の坊を悪しくせば岩裂神尊後より来て皆殺しにしつべきぞと言うて彼奴を脅さざるをほこれば八戒心の内に気を持たせんと思案してその義は我らにぬかりなく事しかじかと言いしかど黄袍ははばかる気色もなくその岩裂めを誰か恐れん後より来なばひねり殺して肴にせんと言われたると言うに岩裂歯を食いしばりて憎き黄袍が広言かなしからばいよいよ許し難し今より彼処へ赴きてその化け物めを滅ぼして師の厄難を救うべしといいつつやがて八戒が縄解き捨てて諸共に立ちいでんとする程に幾千百の天狗どもは別れを惜しみ押し止めて神尊いでて行きたまえばいつかまた来まさんよしなの渡天三昧やと心細げにかき口説くを岩裂さこそと見返りて汝達女々しく嘆くべからず我師の坊に具し参らせて渡天の功になり名を遂げなばまた此の所へ帰り来つべしよく留守せよと言い慰めて魔服を脱ぎてまた元のときん鈴かけかいがいしく装いを改めてさらばさらばと暇乞い早八戒と諸共に雲にうち乗りまたたく暇に椀子山に着きけるその時岩裂はやおら雲より降り立ちて八戒に囁く様宝象国へ赴きて黄袍を討たんと欲するならば彼処の君臣驚き恐れて宮中いたく騒動せん斯様斯様に計らいておびき寄せて滅ぼすべしさはとてやがて波月洞の奥に深く忍び入るに黄袍の変化が沈魚姫に生ませたる子供二人あり兄を天然と名付けしが年は九つばかりなるべし次の子を自然と名付けて今年は七つになりにけりさればくだんの二人の子供は奥庭に遊びいて守りする人もなかりしかば岩裂得たりと走りかかりて襟髪左右にかいつかみ小脇にしかととり縛れば天然自然は猿の子の鷲に捕られし如くにてアレよアレよと泣き叫ぶ声聞き付けたる沈魚姫は奥の方より走り来つ此の有様にまた驚いて岩裂にうち向かいそもそもそなたは何者にて我が子を手込めにしたるぞと問わせも果てず岩裂は眼を怒らし声振り立てて汝知らずや我は是浄蔵法師の大徒弟威如神尊岩裂の迦毘羅坊とは我が事なり御事は国王の娘にして妖怪変化の妻となり十三年の月日を送りし不孝の天罰今ここに報い来つるを知らざるやと言われて沈魚は涙ぐみわらはいかでか心より求めて変化の妻になるべき年頃ここに囚われて親同胞に遠ざかりしは止むことを得ざればなり浄蔵聖の御弟子には八戒▲沙和尚と聞こえたる只この二人のみなるにそなたもまたかの聖の御弟子というは心得難しとなじれば岩裂うなずきて事の元を知らざればその疑いは理なり我先つ頃師の為に災いを払わんとてしばしば物の命をとりしに師の坊は殺生を忌み嫌いたまうをもて勘当せられて他所におりしかるに今師の坊は宝象国にて御事が夫の幻術に謀られて姿を変ぜし厄難あり我その厄を救わんためにただ今ここに来つるなり御事子供の愛おしくば沙和尚を我に返せしからばこの子を返さんずと言うに沈魚は一義に及ばずそがまま奥へ走り入りて沙和尚を伴い来つ早岩裂に渡しにければ沙和尚は岩裂を見てかついぶかりかつ喜びまずその故を尋ねるにぞ八戒は進みいで沙和尚にうち
向かいて事しかじかと告げにけりその時岩裂は八戒と沙和尚に天然自然を抱かせて和主らはこの童を宝象国へ連れ行きて斯様斯様に計らえかしさらば黄袍は驚き怒りてその子の仇を返さんためにこのところへ来べきなりその余の事は斯様斯様と言葉せわしく解き示せば八戒沙和尚心得て二人の童を受け取りて宝象国へぞ飛び去りける沈魚姫は約束の違えるにまた驚き怒りてあなこの人は真なし我が子供らと沙和尚と取り替えにせんと言いながらなどて我が子を帰さぬぞやと言わせもあえず岩裂はからからとあざ笑いて愚かなり沈魚姫妖怪変化の胤なりける二人の子供を養わばこれ災いを残さんのみ十三年来連れ添うとも夫婦親子の恩愛を思うて嘆くは愚かなりその子をも只思い捨てて事皆我らに任せなば故郷へ帰る喜びあらん親をも身をも忘れしかと言われて沈魚はようやく悟りて言われる趣真にしかなり夫は元より妖怪なれば夫婦の恩愛あることなし我が子と言えど人間の胤ならざるを如何はせん今より故郷へ立ち帰りて親の心を休めなば何をか嘆きはべるべきとにもかくにも図らせたまえと言うに岩裂喜びてしからば御身は深く隠れて黄袍に逢わずであるべきなりとくとくと急がせば沈魚姫はそがまま奥に入りてぞ隠れけるかくてまた岩裂は沈魚姫に姿を変じて黄袍が帰るを待つ程に八戒と沙和尚は宝象国に赴きて王城の空中より両人声を振り立てて黄袍の変化は何処にある威如神尊岩裂の迦毘羅坊が師の厄難を救わんために再びこの土に出現して汝が子なる天然自然を捕らえて征伐せしむるものなり口惜しく思いなば波月洞へ▲立ち返りてとくとく勝負を決せよかしと繰り返しつつ呼ばはりて天然自然をさけきりに等しく首を打ち落として地上へだうと投げ捨てけりされば国王も臣下らもその死骸をみてうち驚き評議まちまちなりけるにこの時までも黄袍の変化は昨夜の酒の醒めずしてかの別殿にうち臥しいたるが今八戒と沙和尚が呼ば張る声に驚き覚めてさては岩裂とか言う奴めに我が子供らは捕らわれて殺されたるか口惜しやとく我が山に立ち帰りて事の虚実を正すべくこの事果たして真にして岩崎彼処におるならば打ち殺して恨みを返さんさわとてやがていそがわしく雲を起こしつうち乗りて椀子山へぞ飛び去りけるさる程に宝象国なる臣下らは慌てて国王に奏する様昨夜もてなしたまいたる婿君もまた妖怪にて給仕の女官を引き裂き食らい今また雲にうち乗りて飛び去りてこそ候なれと告げるに国王驚き迷いて恐れおののくばかりなりかかる所に八戒、沙和尚静かに雲より降り立ち来て黄袍の変化が邪術の趣また岩裂の迦毘羅坊を方便山より迎え来て彼を退治の手だての元末斯様斯様と告げしかば国王わずかに胸を静めてその訪れを待ちたりけるさればまた黄袍の変化は波月洞に帰り来て沈魚姫を訪ねるに岩裂は既にはやかの姫上に姿を変じてきぬ引きかづきて臥しており黄袍が帰り来ぬるを見て我が妻遅しと呼び掛けて只さめざめと泣きにけり。その時岩裂はさめざめとうち泣きて我が妻先に御身の留守の程岩裂とか言う修験者が天然自然を虜にして沙和尚を助けいだし八戒と沙和尚に二人の子供を抱かしてそがままいでて行きしかど折から手下の者共はそのほとりにあらざれば捕り止めんとする由もなくうたてや奪い取られたり思うに二人の子供らは彼らに殺されたるならん心の憂いやるかたもなくつかえ起こりて耐え難しと言うを黄袍は慰めて我もそこらの趣を宝象国にて漏れ聞きしかば急ぎて帰り来つるなりかの岩裂めはその昔天上を騒がしたる神品無双の曲者なれども我に一つの名玉ありて露の玉と名付けたりよしや岩裂猛くともわれこの玉の奇特をもてうち勝たんこと疑いなしされば此の玉をもてしゃくを押せばそのしゃく治まり頭痛をなづれば頭痛治すそなた此の玉をもて痛むところを押したまえと言いつつ玉を取りいだして渡すを岩裂受け取りてそは良き玉にてはべるかしと言うより早く頬張りて只一口に呑みければ黄袍の変化は驚き慌ててこは如何に大切なる玉を漫ろに呑みたるぞやと問わせも果てず岩裂は真の姿を現して耳のほとりに収めたる金この棒を脇挟み愚かなり黄袍の妖怪今数ふるに暇もなき汝が暴悪天の冥罰とても逃さぬ岩裂の威如神尊が覚えの手の内受けても見よやと呼び張りて面も振らず討たんと進めば黄袍の変化は驚きながら剣を持って受け止めしばらく挑み戦いしが邪術を助ける露の玉をおぞくも岩裂に呑まれしかば勢い始めの如くならず遂に剣を打ち落とされてひるむを得たりと岩裂は▲金この棒をひらめかして黄袍が肩先はたと討つ討たれて黄袍はたちまちに光を放ち散乱して姿は見えずなりにけり此の物音に驚きてあちこちより走り来る黄袍が手下の妖怪を岩裂左右に引きつけて一人も漏らさずうち殺し黄袍が行方を尋ねるに地上には見る由もなければ彼は必ず天上の悪しき神にてあるべしと思えば天にうち上りて日の神に訴え奉り黄袍の在処を詮索しけるに天津神には一柱も下界には知りし者はなしもし星宿(ほしたち)の内ならずやと言うもののあるにより南斗北極の両星に斯様斯様と由を告げてさらにまた詮索しけるに多かる星のそが中にただ牽牛星(ひこぼし)のみ十三ヶ日当宿をおこたりていづち行きけん見えざりしが今日にわかに立ち返りて手傷に悩みて臥しておりと事既に聞こえしかば南斗北極は時を移さず神将を遣わしてかの牽牛星を呼びいだしすなわち事の趣をいとも厳しく問いただせば牽牛星今は包む由なく恐る恐る申す様それがしは昔より織女星(しょくじょせい)といもとせの契りを結び候しが七月七日の一夜さのみ逢うことを許されたりされどもその夜雨降れば天の川の水増して逢わですぐせしこと多かればいかで夜毎に逢わまく欲せし情欲の迷いによりて織女は下界に天下り宝象国王の娘なる沈魚公主と生まれたりその後またそれがしも慕って下界に走りしが遂に心の迷いによりて思わず魔界に堕落して黄袍の変化と呼ばれたりしかはあれども本意を遂げて織女と夫婦になりにたるすなわち下界の十三年は天上の十三日にて今さら思えば夢より儚(はかな)し悪魔となりし迷いより浄蔵法師を苦しめたる冥罰によりて岩裂にうち懲らされて今さら後悔願うは罪を許したまえと陳謝の言葉を尽くせしかば二十八宿の星たち評議の上僅かに牽牛星の罪をなだめて後に功○○○たびの落ち度をあがなうべしと厳しくおきてて退かせ織女星はなおしばらく人間に流し置きて彼もまあた功徳を積まば召し返さんとおきてらるこれにより岩裂は日の神に謝し奉り二十八宿の星たちに別れを告げて椀子山に▲立ち返り沈魚姫を伴うて宝象国の王城に来にければ国王、后、同胞の御子たちは絶えて久しき沈魚公主に再会の喜びは例えるに物なかるべしされば沈魚は嬉しさの袖にも余る千筋の涙に過ぎ越しかたを語りいでて身の薄明をうちなげき親に物を思わせたる不孝の罪を詫びたまうかかりし程に八戒と沙和尚も立ちいでてまず岩裂に黄袍の変化の事の由を尋ねるに岩裂はしかじかと退治の趣を告げ知らせ黄袍は元これ牽牛星にて沈魚姫の前身は織女星にてありしことをつぶさに解き示せば八戒、沙和尚言えばさらなり宝象国王、后、同胞、数多の臣下に至るまで不思議の思いをなさざる者なく先に討たれし天然と自然が亡骸を再び見るにいつほどにか頭も骸(むくろ)もひとしく化して石になりけり、実に星落ちて石になるという本文真に故あるかな星の子なれば雲の内にて斬り殺されて地に落ちしよりかく石にこそなりけめとて岩裂が告げたる事の偽りならぬを感じけりその時岩裂は八戒らに言いつけて檻の内に捕り込め置かれし浄蔵法師を助けいださせ更にまた一柄杓の清き水を取り寄せて浄蔵の虎にうち向かい口に呪文を唱えつつくだんの水を吹き掛ければ怪しむべし虎と見えたる浄蔵法師はたちどころに元の姿になりにけりここに至りて八戒らは岩裂を迎え来て黄袍を退治せし事の始め終わりを落ちもなく浄蔵法師に告げしかば浄蔵喜び○恥じて岩裂に詫び先非を悔いてそのいさほしを誉めること大方んらず今よりまた隔てなく元の師弟たるべしとて世に頼もしく見えにけりさる程に国王は岩裂を伏し拝みて我々凡夫の悲しさは邪術の為にくらまされて浄蔵聖を害せんとしたること今さら後悔限りもあらずしかるに御身の情けにて生き別れして行方も知らざる娘沈魚を得たる事これありがたき大恩なり、しばらく休息したまえとて▲にわかに喜びの筵(むしろ)を開き浄蔵、岩裂を始めとして八戒、沙和尚をもてなすこと始めにもいや増して金銀珠玉巻絹なんど物多く贈りしかども浄蔵師弟は一つも受けず次の朝別れを告げて西を指して立ちいずれば国王は臣下を従え皆諸共に城をいでて遠く師弟を送りけり、さればまた沈魚公主はこの後また人に嫁がず宮中に籠もりいて父王后に孝を尽くし日毎に宝海経と観音経を読誦して年月を経る程に王も后も世を去りて兄の王の時に至り公主は患う事もなく眠るが如く息絶えけり波月洞より帰りて後三十九年とぞ聞こえけるかかればかの十三年を今またここに三つ折り返せし年月に功徳積もりておきての如く天上へ召し返されしものならんと故老はこれを評しけり○それはさておく浄蔵師弟はまたかの白馬にうち乗りてこれより師弟また四人西を指して行く程に既に数多の月日を重ねて、ある日いと険しく見えたる高嶺の麓に来にければ、浄蔵しばし馬を止めてナウ迦毘羅坊この山は何となくものすごく見えたるに、妖怪変化のなからずやはと言うを岩裂見返りて山には猛獣毒蛇あり妖怪変化もなからんやさればとて今此の山を越えずば他に行くべき道なし、それがしかくて候えば何事の候うべき急がせたまえと慰めて馬引き向けて分け登る山道に一人の木こりあり浄蔵師弟を呼び掛けてナウ聖たち此の山は三燈山と呼びなしたるがいと恐るべき二人の魔王あり、されば此の峰を越えんとする者捕り喰らわれずという事なし、よくよく用心したまえと言うに浄蔵胸うち騒ぎてなおよく事の趣を問いたださんとて近づく程に木こりは見えずなりにけり岩裂是をいぶかりて空中に上りつつ眼を定めて辺りを見るに木こりと見えしは守護神にて岩裂に会釈しつ神尊無礼を許したまえ実にこの山には悪魔あり、山踏みして後に長老を具して越えさせたまえかしと言うに岩裂あざ笑いて和殿はなどて目の当たりにしかじかと告げずしてまわりどおなる事をして姿を変えることやはあると叱りて元の所に下り立ちまた浄蔵に告げる様実に此の山には妖怪あるべし、まず八戒に山踏みさせて様子を試みたまえかしと言うに浄蔵うなずきて八戒を呼び近づけ事しかじかと言いつくれば八戒否むに由なくて熊手を携えいそがわしく峠を指して登り行くを岩裂遙かに見送りて彼奴は大方怠りてよく見定めずに帰るならんとつぶやきつ後を付けて事の様子をうかがうに思うに▲違わず八戒は行くこと未だ幾ばくならずたちまちに怠りて山道のくいぜに尻を掛け、あるやらないやら定かならぬ妖怪を見極めんとて足つからしに何処まで行くべきまず一休みと独り言早眠らんとしてければ岩裂は可笑しさをこらえて啄木鳥(きつつき)に身を変じ早とろとろに微睡(まどろ)みし八戒が鼻柱をしたたかにつつきしかば八戒驚き身を起こして妖怪ありと叫びつつ辺りを見るに異なる事なし、さては夢にてありけるよと言いつつやがて肘枕また眠らんとする程に岩裂の啄木鳥はまた飛び降り来て八戒が額をはたとつつきしかば八戒はあなやとばかり叫びて再び身を起こし、啄木鳥を見てきっと睨まえあの畜生めが我らの面を百日紅(さるすべり)とや思いけんこう突かれてはここでは寝られずいざ行くべしと立ち上がりて僅かに登りて立ち止まり行く手の当てののないものをうかうか歩くはこれ無駄なり師の坊如何に妖怪はありやと問わせたまいなばさん候妖怪はいくらもありと答うべしその妖怪は如何なる物ぞと再び問わせたまいなば赤鬼黒鬼豆腐小僧三つ目見越しの大入道この他数多候と言ってのけんと高やかに独りごちつつ引き返して麓を指して急ぎける、さる程に岩裂は八戒に先立ちて元の所へ帰り来つ浄蔵法師にしかじかと八戒が事を告げけるに浄蔵はなお疑うてさはあらじとぞ思いけるかかりし程に山道より八戒帰り来にければ浄蔵招き近づけて御事は何処まで行きたると問われて八戒さん候それがし予ての通力もてあちこちとなくこの山中をうち巡り候と言うを岩裂方辺よりくいぜに尻をうち掛けて眠らんとせし折に鼻柱を啄木鳥に突き覚まされしにあらずやと言えば八戒驚きてそを如何にして知られしぞと問わんとしつつ口ごもる浄蔵重ねて如何に羽悟了この山中に妖怪あるやと問われて八戒さん候妖怪数多候と言うを岩裂方辺より赤鬼黒鬼豆腐小僧三つ目見越しの大入道この他数多候と言われて八戒驚き恥じて逃げんとせしを岩裂は引き止めて動かせず怒れる声を振り立てて横着者めが何事も我は知らずと思えるか汝が後を付けて行きて言いつる事まで皆聞いたり言いつけられし山踏みを怠りて師の坊を欺くは言語道断覚悟をせよと罵りて金この坊を取りいだし既に打たんと振り上げれば八戒恐れおののきて長老様詫びしてたべ今一度山踏みして見極めて参るべし許させたまえと叫ぶにぞ浄蔵さこそと岩裂をなだめて八戒を戒め諭し此度はよく見て来よとてまた山踏みに使わしけり○さる程に八戒はまた岩裂が付けてくるかと思えばちっとも油断せず鳥を見ても獣を見ても岩裂ならんと疑って山道を落ちなく巡りけりしかるに此度は岩裂は八戒が後を付けず浄蔵法師を守護しつつ麓にありて八戒が帰り来ぬるを待ちており▲とは知らざりし八戒はいささかも休らわでしきりに走り巡りけり○ここにまたこの三燈山に二人の魔王あり、そが第一を玉面魔王と呼びなしつ次を銀面魔王と称えたり、さればこの魔王らは数多手下の妖怪を従えて年頃とうか洞にありこの日玉面魔王は銀面魔王にうち向かいて近頃聞くに日本の名僧浄蔵法師という者渡天せんとてこの所を過ぎると言えり、彼は金蝉子(きんせんし)の始めより役の小角、空海なんどと四世再誕(しせさいたん)の大とこなり彼が肉を喰らう者は寿命天地に等しといえりかかれば道に待ち伏せしてかきさらわんと思えどもそが同行には岩裂の迦毘羅坊という神変自在の荒者あり、古(いにしえ)天宮を騒がせたる威如神尊すなわちこれなり我只彼奴にはばかりていかにせましと思うのみこの余の同行に羽悟了の八戒、鵜悟定の沙和尚と呼びなす者ありといえどもそれらはさのみ恐れるに足らずただ岩裂は○○者なりと言うを銀面聞きあえず貴殿はなどて心弱くも他人の神通をのみ誉めて、味方の英気を落としたまうぞ岩裂なりとて何ほどのことかあるべきそれがし今日より山巡りしてしゃつらが来ぬるを見るならば一人も漏らさず生け捕りてあつものにして賞翫すべしいでいでと言いかけてひしひしと身を固め数多手下の妖怪を先に立たせ後に従え自ら山を巡りけるかかる所に八戒は岩裂に懲らされて再び山道に赴きしよりまたもや後を付けられると思えば心安からず道のほとりにありとある木を見ても石を見てもこれ岩裂が姿を変じて我をうかがうなりけれと思えばきっと見返りて師兄よ此度は怠らでかくの如くに山踏みするを必ず見違えたまうなと一つ一つに言葉をかけてなお山深く分け入る程に銀面魔王は既に早妖怪らを従えて山巡りしてはしなくも八戒を見て密かに喜び予て浄蔵法師らの面体(めんてい)形を伝え聞きしに彼奴は第二の徒弟(でし)と聞こえしかの八戒にてあらんずらん者共彼奴を逃がすなと激しき下知に手下の妖怪は承ると一足いだして早八戒を捕り込めて絡め捕らんとひしめくを八戒これをさえまた岩裂が姿を変じて我を脅すと▲思いしかば師兄冗談したまうな此度はちっとも怠らずよく山踏みをするものをコレサよしねぇ話ねぇと言わせもはてず妖怪らは手取り足取り押し伏せて早ひしひしと戒めけり○かくて銀面大魔王は八戒を生け捕りて稲花洞(とうかどう)へ引きもて来つ玉面に由を告げて予てより伝え聞いたる浄蔵らが面体をもて案ずるに只今生け捕り来つる者はその師弟羽悟了八戒なりかかればまた浄蔵法師も引き続きてこの山を越えるべしこの八戒はつなぎ置きて浄蔵らと諸共に蒸して肴にすべきのみと言うに玉面喜びてあっぱれ高めうお手柄お手柄さばれこの八戒はわかとびの化身と聞きぬしからば肉に臭みあり羽虱(はしらみ)も多かるべければ食料には成り難からんと言うを八戒うち聞いて違いなし違いなしどうして俺を食われるものかと言うをは聞かで銀面はからからとうち笑い臭みも虱もあらばあれ煮え湯を掛けてよく毛を引かば食われざることあるべからず我ら再び山巡りして浄蔵を捕らえ来つべdし此奴は柱に繋ぎ止めて必ず走らせたまうなと言いつつやがて身を起こしてまた山道にぞ赴きける○さる程に浄蔵法師は八戒が帰るを待つに二時(ふたとき)余りに及べども絶えて訪れなかりしかばいつまでかかくあるべきそろそろ行かば道にて会わんと言うに岩裂うなずきて八戒はまた怠りて昼寝してこそ候わめ待ちわびしく思いたまわば行かせたまうもしかるべしと答えて馬にうち乗せつ沙和尚と諸共に先に立ち後に従い峠を指してぞ急ぎける○さる程に銀面魔王は高きおのへにうち登りて遙かに麓の方を見るに浄蔵師弟が来にければ喜びて○思う様力をもってとらんとせば岩裂めに支えられて仕損ずる事もあるべし要こそあれと思案をしつつたちまち一人の尼と変じて道のほとりに倒れており浄蔵法師の近づくを見つつしきりに声を立てて救いたまえと叫びしかば浄蔵法師いぶかりて馬より下りて由を問うに銀面答えてわらわ事は此の峰のあなたなる尼寺の同宿なり今日しかじかの用事ありて姉弟子の尼と供に寺男を供に従えてこの山を越える程に二つの虎にいで会って連れの尼と供人はたちまちついばみ去られたりわらわはようやく逃れしかどもかくのごとくに手傷を負うて一足も歩き難し只一遍の慈悲をもて寺まで送りたまわらばこよなき御恩にはべるめりと言えば岩裂▲あざ笑いて長老此奴に化かされたまうな此の辺りには人里なし何故に尼寺のあるべきやこは妖怪に疑いなしと言うを銀面見返りて情けなき事を言う人かなこの山には虎あるのみ妖怪変化は絶えてなし例え出家にあらずとも人の難儀を救うもあるにつれなき人の心やと恨みごちつつうち泣きけり浄蔵さこそと哀れみて迦毘羅よさのみな疑いそ仮にも三衣を着せし人の難儀を見つつ救わずは仏の慈悲に違えるなりと言いつつ尼にうち向かいてとく我が馬に乗りたまえ寺まで送り参らすべしと言うに銀面頭をうち振りそは喜ばしくはべれどもわらわは腿(もも)に傷あれば馬に乗ること叶い難しお弟子に負わせたまいなばなおこの上のお情けならんと言えば浄蔵うなずきてしからば鵜悟定この尼ぜを背負うて寺まで送れかしと言うを銀面押し止めてあの御出家は痩せ型なるに負われなば身の痛むべしと言いつつ岩裂を指さしてこの御出家は背中も広く力もあり実に見えたまえば願うは負わせたまえかしと言うに浄蔵やよ迦毘羅望みに任して背負えかしと言われて岩裂ちっとも疑義せず背負うべし背負うべしこの化け物めが言葉巧みに我が師の坊を欺くともいかでか我を欺き得んいざ負われよと背中を向けてそがまましかと背負いけりかくてまた浄蔵はいそがわしく馬に乗りて沙和尚に口を取らせ先に立ちつつ行く程に銀面魔王は岩裂に負われて心に深く喜び早重身(じゅうしん)の術をもて次第にその身を重くして取りひしがんとしたれども岩裂騒ぐ気色なく此の化け物めがいかばかりにその身を重くすればとて押されることのあるべしやと独りごちつつ背負い行くにさすがに重荷を負うたれば足の運びのはかどらで浄蔵法師に遅れること早いくまちにかなりにけり、さればまた銀面は重身の術をもて岩裂を押さんとせしに岩裂ひるむ気色なければこれではゆかぬと手を変えて山を移す術をもてまず天竺の清涼山を移して岩裂が背中に押し掛けこれをもて▲押さんとせしに岩裂それにもたゆまねば唐土に五岳(ごがく)と聞こえし泰山、華山、衡山(こうさん)、恒山(ごうさん)、嵩山(すうさん)という五つの高嶺を取り寄せてこれをもておさんとしてけるに岩裂はこの山々の重みを背中の上に受けてもなおいささかもたゆまずして静かに歩み行きしかば銀面は更にまた日本国の駿河なる富士山を移し来てこれもてであうと押したりければ神通自在の岩裂も万国に優れたる日の本の霊山の威徳にやよりたりけん思わずはたと押し据えられてちっとも動くことを得ずこは口惜しやとばかりに跳ね返さんとしたれども叶うべくもあらざれば眼を見張り歯を食いしばりて憤れどもかひそなき遺恨ゆるもたなかりけり○さる程に銀面魔王は日の本の富士山もて遂に岩裂を押し据えたれば今はしも心安しと思いほこりつあちこちに忍ばせ置きたる妖怪らを招き集め従えて浄蔵法師を追っかけけりかくとは知らぬ沙和尚は浄蔵法師に従いて山もと遠く分け登れば追っかけ来つる銀面魔王まっしぐらに馳せ寄せて浄蔵法師を馬上より引き下ろしつつつかみて小脇にしかと引き付けたり沙和尚は此の有様に驚き怒りてちっともゆよせずさては妖怪ござんなれ逃せしはせじと言うままに仕込み杖を引き抜きて勢い猛く▲銀面を討たんと進むを手下の妖怪さえぎり止め取り巻きて手に手に棒をひらめかし打ち倒さんと競いかかるを沙和尚はものともせず右に支え左になびけてしばらく挑み戦うものからげにかたいとはいとにならず一つたなそこは鳴らし難きに似たる身一つにていかでか多勢に叶うべき遂に刃を打ち落とされひるむを得たりと妖怪らは折り重なって押し倒し押さえて縄を掛けにけりさる程に銀面魔王は手ずから浄蔵にも縄を掛けて馬をもその旅荷物をも手下の妖怪らに分捕りさせて浄蔵、沙和尚を引き立てつつ稲花の洞(ほら)に帰り来て玉面魔王にしかじかとおのが働きの赴きを誇り顔に解き示して浄蔵弟子をほとり近く引き据えさせて見せしかば玉面斜めならず喜びて我その始めは岩裂が神通に敵し難し思いたりしに御へんのはたらき山を移す術をもて彼を押し伏せたまいし事感ずるに余りあり、この浄蔵は得難き珍味齢を延ばす妙薬なれば軽々しく喰らうべからず岩裂、八戒沙和尚らも皆同じ日に料らせて手下の者にも賞翫させんまずそれまでは細殿(ほそどの)に繋ぎ置かせたまいねと言うに銀面うなづきて浄蔵をば柱に繋がせ沙和尚は八戒と並べてうつばりに吊し置かせ玉面魔王と諸共に酒うち飲みて笑い楽しみかの浄蔵らを生け捕りたる邪術に誇れば妖怪らも目出度しとのみ称えける○○○○程に岩裂は銀面○○○○術にて身をふ○○○○られ心の中に思う様む○○○釈迦如来の方便にて両界山に押し据えられしこれより後はかくの如き法術に苦しめらるる事はあらじと思いしにあの銀面に図られて身を動かされぬ口惜しさよ我が身はとまれかくもなれ察するに師の坊は彼奴が為に捕らわれて命危うくおわすべしそを如何にせん口惜しやとと独りごち身をもがきて無念の涙にかきくれたる一心天地に通じけん土地の神と山の神は嘆きの声に驚き感じて密かに集いて談合○○○威如神尊迦毘羅坊は銀面魔王に謀られて富士山もて押し据えられたりそを知りつつも救わずは恨みて後に仇をせられんいでいで山を取り除けんとてそのほとりに進み近づき神尊遅参を許したまえ我々は幸いに山を除く術あれば御身を安く仕らんと言いつつ口に秘文を唱えてくだんの山を退けければ岩裂ようやく身を起こして汝たちなどて早く来て我に力を合わせざるとしかれば二神言葉等しく我々は日毎日毎にかの両魔王にかりとられておい使われ候えば思いながらも自由を得ざりき▲この義を察したまえかしと言うに岩裂嘆息してかの銀面らはいかなる術もて土地の神と山の神さえ従えておい使うやらん侮(あなど)り難き大敵なり我らが事の趣をなおつまびらかに告げ知らせよと言うにうなずく土地の神と山の神は膝を進めてさん候かの魔王らはしかじかと名付けたる五つの宝を所持したりその宝ある程は神尊猛くおわするとも勝ちを取りたること難かるべしよくよく用心したまえかしとその余の事は斯様斯様と告げるを岩裂聞き果てて山の神と土地の神に暇をとらせて退かせまず師の坊の安否を探りてその後にかの魔王らを討ち滅ぼさんと思案をしつつ身を山はちに変じつつ稲花の洞に忍び行きて事の様子をうかがいけり■
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第六編下(ほぼ原文)

2016-11-30 15:22:32 | 金毘羅舩利生纜
されば観音薩たの妙ちりきによりてさしも枯れ果てたる人参果のたちまち生きて栄えにければ鎮元子喜びて大士の御徳を謝し奉り、すなわち本堂に招待してもてなし奉らんと申せしを観世音否みたまいて我らは近頃日本国なる縁(ゆかり)の寺々をうち巡りてここに一月(ひとつき)彼処に二月逗留して一斉衆生の掛けたる願を取り調べ、彼らがために応報利生(おうほうりしょう)の有無を判断するに暇なければしばらくも留まり難し、まげてこの地にえう向せしは迦毘羅坊が願いもだし難く浄蔵師弟を救わんためなり、今ははやこれまでなり、さらばさらばとばかりに東を指して飛び去りたまえば鎮元子は止めかねて浄蔵、岩裂、八戒、沙和尚、清風、名月、その余数多の弟子ばら諸共にそなたの空をうち仰ぎて合掌してぞ見送りける○かかる所に福禄寿星は白き鹿にうち乗りて五庄観に来臨あり、鎮元子に対面して岩裂の威如神尊人参果の事につきて遙々と問われしかども枯れたる彼の木を生かさん事は愚老が力に及ばねばほいなくもそがままに神尊を返したり、しかはあれどもその事の心にかかればうちも置かれず已後(いご)の安危を問わんために遙々と来つるなり、いかが収まり候やらんと問われて鎮元子大仙は喜びすなわち観世音の利益によりて人参果は再び生きて元の如くに栄えし由を告げ知らせ、客殿に誘いて茶を勧め菓子を勧め、浄蔵師弟にしかじかとその由を告げにければ浄蔵法師喜びて岩裂、八戒、沙和尚らと諸共に寿星に拝謁し奉り、自らこの地に▲えう向ありし喜びを述べしかば岩裂もまた過ぎつる日の事も問いいでてその親切をぞ謝しにける、その時鎮元子は清風、名月らに言いつけて人参果を六つ採らせてその一つを寿星に勧め、また一つを浄蔵に勧め、また岩裂、八戒、沙和尚らにも各々ひとつずつ分け与え残る一つをその身も食べて、すなわちここに人参果の珍会を催しければ誰か鎮元子の客を愛する志を喜ばざらん、浄蔵法師も人参果の果物なる由を知りてければすなわちこれを食べけるに実に仙薬の印過(あやま)たず、心地たちまち爽やかに気持ち日頃に十倍してこれより後いささかも病み患う事なかりけり、かくて福禄寿星はこの日終日(ひねもす)語り暮らして遂に鎮元子、浄蔵に別れを告げ、再び鹿にうち乗りて雲をしのぎて飛び去りたまいぬ、是より先に鎮元子は岩裂と義を結びて異姓の兄弟となりしかば、その喜び大方ならずひたすらに別れを惜しみて五六日留めしを浄蔵法師は行く手の道の遙々なるに急がれて五庄観を発足してす、この日鎮元子は数多の弟子ばらを従えて麓路までぞ送りける○されば又浄蔵は再び龍馬にうち乗りて西を指して発ちいずれば羽悟了の八戒と鵜悟定の沙和尚は代わる代わるに旅荷物をかき担い岩裂の迦毘羅坊は先に発ち道を開きてまた行くと行く程に幾ばくの日を重ねてある日深山の麓まで来にけり、既にしてこの山を二十五六町登る程に浄蔵は馬を止めて岩裂を呼び止め、やよやなう迦毘羅坊、我らはいたく飢え疲れて物欲しきことしきりなり、何処になりとも赴きて斎を求めてはませよかしと言うを岩裂聞きあえず御身は余りに心なし、よく思うてもみたまえかし人跡絶えたる深山路にて何処に斎を求むべき、この山をだに越え果てなば人里のあるべきに、しばらく待たせたまいかしと言うに浄蔵喜ばず、あな惨(むご)き心かな汝は両界山の巌の下に五百年来押し伏せられて生きもやらず死にもせず生くその苦げんを受けたりしを救いいだせし我なるに喉元過ぎて熱さを忘れるたとえに漏れず心おごりて骨を惜しみ足を厭(いと)い我が飢えたるを救わぬは恩を思わぬ痴れ者かなと託言がましくつぶやくにぞ、岩裂これを慰めてしからば我が師はこの所にしばらく憩わせたまえかし、あるべき事をは思わねども、それがしまずあちこちを訪ねて食物を求め来つべし八戒と沙和尚は師をよく守れと言いもあえずたちまち雲に飛び乗りて青空に飛行しつ、里もやあると尋ねるにおよそ此の辺百里四方は山に連なりて人里とてはあることなし、岩裂ほとんどこうじ果てて南の方を見渡せばいと遙かなる谷陰の紅に見えしかば、あれはまさしく山桃ならんと思いつつその所へ至りて見れば果たして桃なり、すなわち此の桃を鉢の上に摘み取りて更にきびすを巡らせて元の山路へ急ぎけり○この時浄蔵法師は▲馬より下りて道野辺なる草を折り敷き座をしめて八戒、沙和尚ら諸共に岩裂が帰るを待つこと半時ばかりに及びけり、実に山深ければ必ずれいあり、さればこの山中に元より一人の悪魔住めり、彼既に浄蔵師弟の憩いおるをうかがい知りて腹の内に思う様、今日本より渡天の始めより四世道徳の名僧なり、彼が肉を食らう者は寿命限りなしとぞ言うなる、しかれども左右に従う異形の弟子あり、もし軽々しく手を下さば妨げせられて後悔あらん、まず彼奴らを試みて隙をうかがいかきさらうに増す事あらじと思案をしつつたちまち齢十七八なるいと麗しきおなごと変じて手に一組の食籠(じきろう)を携えあなたの山路より歩み来るを八戒早く遙かに見て、上人喜びたまえかし此のほとりには人里なしと迦毘羅坊は言いしかど、あれ見そなはせ、あしこよりじきろうを引き下げる一人のおなごの来つるなり、語らいよらば差し当たる飢えをしのぐのたつきもあらん、いでいでと言いながらいそがわしく身を起こして近づく女にうち向かい、女中何処へ行きたまうぞと問われて悪魔はうち微笑み、わらは此の山のあなたなる里人の娘にはべるが二親もわらわが夫も深く仏の教えを信じて門辺を過ぎる法師には斎を参らせずと言う事なし、しかるに今日は今までも門辺を過ぎる出家を待ちしにたえて一人も過ぎらねば余りの事に待ちわびてちとの斎を携えつつ出家に会えば参らせんと思うてここまで来つるなりと言うに八戒喜びていそがわしく浄蔵のほとりにまいりて申す様、上人聞こし召されしかあの女中は大施主にて出家に斎を施さんとて手づから携え来つるなり、飢えたる由を告げ知らせて申し受け候わん、奇妙奇妙と小躍りしつつ立たんとするを浄蔵師弟は慌ただしく呼び止めて八戒そぞろの業をなせそ、このほとりには人里のなしとは予て聞きたるに年なお若きおなごの身として供をも具せずただ一人恐れ気もなく来し事を思えば真に怪しむべし、我いかにしてその斎をうくべき思いがけぬことにこそと言うを悪魔はうち聞いて微笑みながら歩み近づき、上人などてさばかりにわらわを疑いたまうやらん、わらわが夫はそまではべれば日毎にこの山に分け入りて木を切りいだすを生業とす、されば真はこのじきろうは夫におくらんとてもて来たれど上人たちのここに憩うて飢えさせたまいし気色あるを見るに耐えねば始めの如く申せしなり、しかはあれども我が夫はまれなる仏法の信者にはべれば、この弁当を各々様へ参らせたりと聞きはべらばさこそ喜びはべるべけれ、いざとくとくと勧めれども浄蔵頭をうち振りて、よしや我が身の飢えたりとも人の弁当を横取りして食べらるべき事にはあらず、そは早くもて行きておとこに勧めたまえかしと否むを悪魔は聞かずしてなお様々に言葉を尽くして説きすすめんとする折から岩裂の迦毘羅坊はからくして摘み取りたる桃一鉢を携えていそがわしく帰り来つくだんの女をきっと見て間に入りて▲押し隔て、上人そぞろにこの化け物に欺かれたまうべからず、彼は此の山の悪魔なり、化けの皮を引き剥ぎていで招待を現わさん、これ見たまえと言いも終わらず耳の間に挟み置きたる黒金の棒を取りいだし押し伸ばしつつやごえを掛けて微塵になれとぞ打ちたりける、しかるに悪魔も予てよりかかることもあらんかとて死して程なき女の死骸を我が身代わりに取り寄せ置きて、その備えにしてければ今岩裂が打たんとしてひらめかす棒と諸共に脱蝉(だつせん)の邪術をもて早くその身を逃れつつかの屍(しかばね)を打たせにければくだんの死骸は眉間より脳骨砕けて倒れたる、これらの事の趣を岩裂ならで知る者なければ八戒驚きかつ恨みてあな浅ましや咎もない大施主慈悲の一善女(いちぜんにょ)を迦毘羅坊が殺したり、上人かくても岩裂を叱りも得せでおめおめと許したまうか如何にぞやと刃向かい火を焚き付ければ浄蔵怒りに耐えずしてやおれ迦毘羅坊と呼び近づけ、御事出家の身にしあるをややもすれば人の命を損ないぬるこそ落ち度なれ、かかる無惨の曲者は我決して弟子にせん、この所より速やかに立ち去るべしとぞ息巻きける岩裂これをうち聞きて上人御憤りは理あるに似たれどもそれがしいかでか故なくて漫ろに物の命をとるべき、この者既に妖術あれば死して形を変ぜざれども妖怪たるに疑いなし、その証拠にはあれを見たまえ彼が携えたる食籠の内なるは皆食物にあらずして蛇、みみずの類なり、よくこれを見て疑いを晴らしたまえと説き諭せば浄蔵ようやく心付きてかの食籠の物を見るに実に蛇、みみずか蛭(ひる)の類をいくらともなく入れたるなり、ここに至って浄蔵は半ばは信じ半ばは疑い黙然たること半時ばかり思い返して面を和らげ、この食籠のみをもて死したるおなごを妖怪ならずと定むべきにはあらねども岩裂汝が言い訳もいささかその由あるに似たればこの度は許すなり、もし重ねて人を殺さばその度は決して許さず、たちまち破門に及ぶべきに向後をきっと慎むべしと言うに岩裂喜びて、この後はなお慎みて物を害し候わばその義は御心安かるべし、先には仰せに従いて斎を求め候えどもこの辺り百里が程には里人絶えてあることなし、よりて五六十里南の方なる谷陰になりいでたる山桃を摘み取りてもて参り候なりと言うに浄蔵喜びて、出家はもとより美食を願わず桃は最もしかるべし、とくとくと急がすにぞ岩裂やがてくだんの桃を浄蔵に勧めけり、既にして浄蔵法師は桃二つ三つうち食うて、その余れるを八戒と沙和尚に分け与え、いささか飢えを忘れしかば再び馬にうち乗りて山路を西へぞ急ぎける、されば悪魔は空蝉(うつせみ)の術をもて身を逃れて一人心に思う様、我が予てより謀りしに違わず彼ら同行四人のうち一人はなはだ眼力あり、さもあらばあれ今一度たばかりて見ばやとてたちまち齢▲八十路余りの一人の婆に変じつつ、杖にすがり声をたてて、なう娘なう我が子よと呼び掛け呼び掛け来にければ八戒早くこれを見て上人果たして災い起これり、如何にすべきとてうてうしくそくろをかはれて浄蔵驚きながら見返りて八戒何を見定めて災いありと言えるぞやと問われて八戒、さればとよ向かいより来るあの婆は迦毘羅坊に殺されたるおなごの母にあらんずらん、もしよく彼をなだめずは彼怒りて我々を下手人(げしにん)にこそとるならめ、ここをもて災いの起こりにけりと言えるなり、それがし彼をなだむべしと言うを岩裂押し止めて八戒戯(たわ)けき事をな言いそ、先の女はいと若くて十七八と見えたるにあの婆はいたく年寄りて八十余才とおぼしきものなり、その年六十余りの時子を産む者のあるべきや、妖怪なること疑いなしと言うをば聞かで八戒は一人先立ち進み向かいて婆様誰を訪ぬるとて何処へ行きたまうぞと問えば悪魔は杖を止めてやさしき人のことのはかな我が身に一人の娘あり、先には婿へ送るとて昼食の弁当を携えて宿をいでたるが道にて人に殺されしと只今告げし者あれば胸潰れ驚かれて心の憂いやる方なし、そは空言か真なるか安否を知らんと思いつつかくは尋ねにいでたるなりと言わせも果てず岩裂は曲者やらぬと言うより早く黒金の棒ひらめかして眉間をのぞんではたと打つ、狙いはちっとも違わねど悪魔は早く脱蝉の術をもて身を逃れまたただ老女の亡骸をその身の代えにしてけるを岩裂ならで知る者なければ浄蔵いたく驚き怒りて、やおれ岩裂汝は既に故もなく人の娘を殺害せしをいささかも悔いずして、またその親を殺せし事そもそも如何なる悪行ぞやいまはしも許し難しとくとくここを立ち去るべし、真に言語道断なる曲者かなと行き巻くにぞ岩裂はひざまづきて上人さのみ怒らせたまうな、これもまた妖怪なり、およそかくの如き妖怪は空蝉の術をもてその身をもぬけて死したるものの殻を代わりになす事あり、それがし早くこれを知らずは上人はかいさらわれて遂に彼奴が腹の内に入りたまうべきものにこそ自ら悟りたまえかしと言えば八戒あざ笑いて上人かならず岩裂が弁舌にな欺かれたまいそ、それがしも雲に乗り風を起こす事をしれども空蝉なんどいう術は未だ聞きも及ばぬ事なり、ただ口でのみ叱りたまわば岩裂いかでか懲り候べき、かの緊頭呪の秘文をもて思いしらせたまわずやとまた向かい火を焚きつければ浄蔵法師いよいよ怒りてかの緊頭呪を唱えしかば岩裂七転八倒して、あな痛や耐え難や我が頭の砕けやせん、上人呪文を緩べたまえ、この後如何なる事ありとも決して手荒き事をせじ許したまえと叫ぶになん浄蔵わずかに呪文を止めて、しからばきと慎みてこの後悪事をすべからず、もし道ならぬ事をせば千百万げん詫びるともちっとも許さで勘当せん、その折我らを恨むなと更に向後を戒めて再び山路を登りけり、その時岩裂思う様、かの妖怪めは手段ありて身を逃れること早ければ一度ならず再び三度討ち漏らせしこそ口惜しけれ、要こそあれと姿を隠して山陰に退きつつ呪文を唱えてこの山の山の神を招き近づけかの妖怪の事を問うに山の神答えて言う様、神尊未だ知りたまわずや此の山は蛇回山と言う魔所なり▲またかの妖怪は戸魔老怪と呼びなす者なり、彼大仙の術をもて身を逃れるに妙を得たれば神尊彼を討ちたまうとも逃れる道を遮り止めねば幾たびなりとも労して功なし此の義を計らいたまえかしと言うに岩裂うなずきてしからば彼奴懲りずまに姿を変じてまた来たらば汝は数多の眷属と諸共に早く四方を取り囲みて走らせぬ様にせよ、その度彼奴を退治せん、もしなおざりの計らいあらば我決して汝を許さじ、よくせよかしと問い示せば山の神は心を得てその手配りをぞしたりける、かくてまた岩裂は浄蔵法師に従いて山路の露をかきて払い先に進みて急ぐ程に向かいよりまた来る者あり、これすなわち別物ならずまたかの悪魔が一人の翁に姿を変じ杖にすがりてたどるたどるも来つるなり、八戒遙かにこれを見て上人あれはかのおなごの父親にこそあらんずらん、迦毘羅坊がいたく逸りて既にその娘を殺し、またその母を殺したれば彼は必ず我々をその妻娘の仇として絡め捕らんとこそ謀るらめ、迦毘羅坊が粗忽によりて上人は申すも更なり、我々までも巻き添えせられて身の難儀に及ばん事是非もなき義に候わずやと言うに浄蔵驚き憂いて馬をぞ止めける、その時岩裂はいち早く進み寄りてかの妖怪にうち向かい、翁は誰を訪ねるぞ、今殺されたる娘と婆を訪ねるにあらずやと問えば魔王は涙ぐみてさればとよその意なれ、我が娘は此の山路にて旅行く人に殺されしとある人の告げしかば婆は驚き悲しみてその所へとて走りいでしにまたその仇に討たれし由をただ今告げし者あれば嘆きいやますこの身の薄命いかでその亡骸を取り収めて葬らん、仇を尋ねて国の神に訴えて恨みを返さん、ただやはやまんと耐え難き志を励ましてこの所まで来にけるに聖たちに行き会いしはせめてもの幸いなり、我らが宿所に泊め参らせ葬りのこと追善読経の回向を頼み奉る、つきて妻子の討たれし所を知りておわさば教えてたべと言いつつやがて浄蔵法師の仇として絡め捕らんとこそ謀るらめ、迦毘羅坊がそこつによりて上人は申すもさらなり、おぞくも謀る化け物めがその手は食わぬ覚悟をせよと言うより早く隠しもつたる黒金の棒ひらめかして眉間をのぞんではたと打つ気色に悪罵は驚きながらまた空蝉の術をもて身を逃れんとしたれども岩裂に頼まれたる山の神は予てより眷属を従えて四方を囲みたりければ悪魔はその術行われず身を逃れるに由なくて遂に岩裂に討たれけり、浄蔵法師は驚きながら立ち寄りてこれを見るに実にすさまじき悪鬼にて肩先より胸骨まで微塵になりて倒れたり、羽八戒は始めより我が物言うたるかのおなごを岩裂が殺せしを▲心に深く恨みしかば今またこれを喜ばず浄蔵法師にうち向かいて上人必ず此の変化を真となしたまいそ岩裂既にその娘とその母を殺せしかば今この親父を助け置けば恨みを返すこともやあらんと思うによりて有無を言わさずまたたちどころに殺したり、しかれども上人の怒りたまうてかの緊頭呪を唱えたまわん事を恐れてすなわち彼が幻術もて仮に妖怪と見せたるのみ二十四ときすて置けば元のおやじにならんこと今更に疑うべからず○しなしたり何とせん不憫の事やと水鼻をすすりあげつつそくろをかへば浄蔵これを真としてかつ驚きかつ怒りに耐えず露にはあらぬ声を振り立てやおれ迦毘羅坊汝今また人を殺してその亡骸を変化と見せ我を欺かんと謀ること類まれなる僻事(ひがごと)なり、汝が如き大悪人は我決して弟子にせず七生までの○たうなり、速やかに立ち去るべし見るもなかなか汚らわしと足踏み鳴らして息巻くにぞ岩裂は呆れ果ててそは上人に似気なきことなり、それがしいかでかまさな事して御身を欺く者ならんや自ら察したまえかしと言わせもあえず浄蔵は再び声を振り立て全て出家は慈悲にして虫けらたりとも命を取らずただ善根を旨とすなるにおさおさ殺生を事とする汝が悪行今日に限らずいかばかりに詫びるとも我決して弟子にせずただ速やかに去るべしとて天に誓い地に誓いて聞き入るべくもあらざれば岩裂いたくうち嘆きて上人賢しくましませども人の讒言を受け入れて忠心をおいたまうは千慮の一失是非に及ばずそれがし露ばかりも罪なくておわるること三度に及ぶをなおくどくどと言い訳せば是大丈夫の業にあらずしかれどもこの後に我が身に所要ある時かあるいはまた思いいだしてねたましき折などにかの緊頭呪を唱えたまわば例え幾万里を隔てたりとも我が身の頭はたちまち痛みて世に耐え難く苦しむべし、この義は如何と後を押すを浄蔵は聞きあえず既に汝を追い失わんに我如何にしてかの呪文を唱える事のあるべきやさばれ心許なくは証文(あかしぶみ)を取らせんずいざいざと言いながら旅硯(たびすずり)を取り寄せて貶書(かまいなしのじょう)一通を書きしたため名印を押して与えにければ岩裂これを受け取りて既にこの期に及びては申すべき由なしといえどもそれがし両界山にありし時救わせたまいし恩義の為に今八はいの礼を行うてさてその後に別れまつらん願うは杯を受けたまえと言えば浄蔵頭を振りて我は仏身仏体なり汝が如く汚れし者の杯をやは受くべきとつれなく否みそがひになりてうち向かうべくもあらざれば▲岩裂は分身の術をもてその身を七八人たちまちに作りいだして早八方にとりまわしつつ八はいの礼を行いければ浄蔵は彼方此方へ顔を背けて受けじとすれども前にあるも後ろにあるも岩裂ならぬ者なければ逃れる道のあらずして彼が杯をぞ受けにける、かくてまた岩裂は鵜悟定にうち向かいて沙和尚和主は○○○○の人なり、今日よりよく上人を守護して怠りたまうなと言うに沙和尚慰めかねて、その義は心安かるべし八戒と心を合わせて上人を守護せざらんやと言えば岩裂うなずくのみしうぜんとしてありければ八戒密かにあざ笑いて迦毘羅坊がしびれを切らすは上人彼が旅荷物を分け与えたまわぬ故なり、取り分けて与えたまえかしと言うを岩裂見返りておぞましの八戒や我はなんでういささかなる旅荷物に懸念して立ち去りかぬるものならんや、戯言(たわごと)言うなとにらまえて静かに雲にうち乗りつつその古里なる無量国の方便山へぞ飛び去りける○かくて岩裂の迦毘羅坊は空中飛行の速やかなれば幾日もあらで無量国なる方便山に立ち帰り威如の滝のほとりに至るに我が眷属は一人も見えずありしに変われる有様なればこは如何にといぶかりて呆然として佇む折からここの谷陰彼処の杉の梢より三人四人の天狗どもいそがわしくいでて来つほとり近くひざまづきて、こは神尊思いがけなく今日立ち帰らせたまいけるよ、いよいよ益々健やかにつつがなくまします事喜ばしくこそ候なれと言うに岩裂うなづきて我五百余年以前日の神の勅罰(ちょくばつ)を受けし時釈迦如来に取り込められて両界山の巌の下に押し伏せられてありけるに斯様斯様の事により日本国より渡天の名僧浄蔵法師の弟子になりて供して西域に赴く程にしかじかの事により我が師の坊に勘当せられて止む事を得ず帰り来たれり、しかるに今この山は木を切り倒し草を払いてありし昔の景色もなくまた汝らもまれにしていで迎える者少なきは故にてあらめ如何にぞやと問えば天狗ら皆言う様、昔神尊捕らわれてこの山を去りたまいし後、我々なおもこの地を守りて逃れ帰りたまう日を相待ちて候ひしに近頃隣国より武勇の強者(つわもの)押し渡り来て石火矢なんどを放ちかけ鳥獣(とりけだもの)を狩り捕ること月に幾たびという事なければ我々ひとしく手を尽くしてしばらく防ぎたりけれども彼らは弓矢、石火矢の飛び道具を放ち掛け掛けつつ攻めける故に我が輩は多く討たれ残るも散り散りになりしかば今はこの地に留まる者かくは少なくなりにたりしかるに思いかけもなくも神尊帰らせたまいしかば百万の味方を得たるに異ならずこそ候なれ願うはなおいつまでもこの所に留まりて仇を報わせたまえかしと皆諸共にかき口説きて喜び涙に暮れにけり岩裂これをうち聞いてしからばかの太郎坊次郎坊山水なんど呼びなして頭だちたる者共はいかにかしたる心許なし今なおこの地に残り留まる者共をとく呼び寄せよと言うに皆々喜びて時を移さず触れ知らせれば太郎坊、次郎坊、山水を始めとして我遅れじと集まり来る者一千ばかりに及びけり、その時岩裂はつらつらとこれを見て昔我この国の主たりし時四万八千の眷属ありしに仇のために狩り尽くされてかばかりになりしこと恨むべし恨むべし天地(あめつち)開け始めし時より我が領内であるものを隣国の奴ばらが欲しいままに渡り来て味方を損なう▲のみならず木を枯らし山を荒らして楽しみとしつること最も非道と言いつべし、もし重ねて渡り来ば皆殺しにして恨みを返さん汝らは手分けをさだめ磯辺磯辺に遠見してしゃつらが寄せ来る事あらばとく知らせよとぞ言いつけける○かくてその次の日に遠見の木の葉天狗らは慌ただしく走り来つ、神尊かの隣国なる強者数多寄せ来たれりご用心候へかしと告げるに岩裂ちっとも騒がずただ一人立ち出て山のいただきによじ登り寄せ来る敵を待つ程に隣国の強者数十人、大将は皆馬にうち乗り列卒(せこ)かり人は弓矢を携え、石火矢を用意して方便山の麓まで早近づかんと急ぎけり、岩裂遙かにこれを見て手に巽風(そんふう)の印を結びて口に秘文を唱えつつ敵に向かいて吹き掛ける息はたちまち風となりて石を飛ばし木を倒し天地も供に振動してとこ闇となりしかば馬は驚き人は恐れてこはそも如何にとばかりに避け隠れんとする程しもあらず人馬ひとしく吹き倒されて石に打たれ木に押されて一人も残らず死に失せけり、これよりして隣国の者どもは恐れて渡り来ることもなく岩裂が帰り来つる由早遠近に隠れなければ、始め他国へ落ち失せたる夜叉天狗ら喜びて皆々集い来にければ部類眷属再び栄えて二三万にぞなりにけるかくて岩裂は敵の物の具打ち物を取り集めて眷属に分け与えまたこの山の主となりて数多の天狗に敬われ日毎に遊び戯れて世を楽しくぞ送りける▲さる程に浄蔵法師は八戒沙和尚らに助け引かれてまた幾千里の道を行く程に半年余りの月日を経てある日いとすさまじき山路にぞさしかかりけるその時浄蔵馬をひかえて八戒この山は何とやらん恐るべき木立多かり思うに妖怪変化もあるべし用心せよと心を告ぐるを八戒聞きあえず上人さのみ恐れたまうな山には木かやのあるべき筈なり、何事か候べきと言うを沙和尚押し止めて師兄(あにでし)さは言いたまうな、妖怪の有り無しは只今ここに定むべからずただ用心にますことなしと言いつつもなお登る程に浄蔵再び馬を止めて八戒我は飢え疲れて物欲しくなりにたり何処へなりとも赴きて斎を求めて来よかしと言うに八戒否みも得ならず承りぬといらえつつやがて熊手を引き下げて別れて人里を尋ねるにここより四方はし○たる森林のみにしてたえて人里あることなければ八戒ようやくうみつかれて心の内に思う様、先に迦毘羅坊がありし日はかかる事には彼の者のみ走り巡りてよりしに迦毘羅坊がおらずなりしよりかのしし食った報いにて我が身の難儀になりにけり、世のことわざは故あるかなむす子かぶなりや白根も道理米は安いか高いやら子をもって知る親の恩と言うことあるは我が上なり、無き人里を尋ねんよりしばしここらに足を休めて時を延ばす鵜にますことなしと独りごちつつ草うち敷きてそのままそこに肘枕臥すより早く高いびき前後も知らずうまいけり○かくとは知らず浄蔵法師は八戒が帰り来るを今か今かと待つ程に一時余りに及びしかばいといたう待ちわびて沙和尚と噂をしつつその遅かるをいぶかれば沙和尚は眉をひそめて彼はその性惰弱なれば火急の事にも怠りて道草食うておるにやあらん、それがしそこらへ立ち戻りて尋ねべうもや候わんと言うに浄蔵うなずきてしからばそなた訪ねて来よ、斎ありとても無きとてもそれらの事には構わずにとくとく彼を伴い来よと言うに沙和尚心得て元来し方へぞ赴きける○さればまた浄蔵法師は二人の弟子の帰り来るを更にまた待つほどに日陰ようやく傾きければさすがに心苛立ちて立て見いて見思いかねて馬と荷物は元の如く木陰につなぎしままにして一人自ら立ちいでけるに方角を取り過ちて西の方に赴く程に古たる石の門ありて内に五重の塔見えけりその時浄蔵思う様、此の所は名のある寺のたいはせしにぞあらんずらん、まず早塔を拝まんとてかの石門より進み入りて塔のほとりに赴く程にと見れば破れたる御簾を掛け渡せし青石のすず御台の上にいと恐るべき妖怪の昼寝してありしかば浄蔵いたくおののき慌てて走り退く足音にくだんの妖怪目をさまして、誰かある塔のほとりなる曲者をとくとく捕らえよと呼ばはるにぞアッと答える手下の妖怪つむじの如く追いかけて浄蔵法師をかい掴み高手に小手を縛り上げて臺(だい)の元にぞ引き据えける、その時魔王は浄蔵をつくづくと見て多きに喜び思うに此の法師はよき国の者なるべしかかる者を食らわんこと多く得難き幸いなり、やおれ坊主め汝は何処より何処へ赴く旅僧なるぞ由を告げよと言うに浄蔵おののきおののき、それがしは日本国なる帝の勅を受け奉り天竺象頭山へ参詣して金毘羅天王を迎え奉らんと欲する者に候と言うに魔王はうなずきて実に日本の者ならば上国の人物なり味わい最も妙なるべしと言いつつ剣を抜き持ちて早ほふらんとしたりしがたちまちに手を止めてまた浄蔵にうち向かい▲汝は今遙々と日本国より象頭山へ赴くと言うが真ならば供人などもあるべきに身一つここへ来つる事心得難し如何にぞやと問えば浄蔵さん候それがしが同行には羽悟了八戒、鵜悟定沙僧という二人の弟子ありこの余じゅう馬一匹と旅行李も候が斯様斯様のことによりそれがし一人ここに来たれり請い願わくば御慈悲もて許して返したまえかしと言うに魔王は喜びて既に二人の同行あり馬さえあらば皆諸共に料理して賞翫すべしまずこの者をば庫裡(くり)やの方なる柱に厳しく繋ぎ置きて早く門戸をたてよかし、かの八戒と沙和尚が訪ね来て門を叩く時引き捕らえて一つにせん、者共よくせよ心得たるかと言うに手下の妖怪らは承りぬと答えつつ浄蔵法師を引きたてて奥の方にぞ赴きける○かかりし程に沙和尚は八戒を尋ね巡るに草むらの内にして人のいびきの声してければいぶかりながらかき分け見るにこれすなわち八戒が前後も知らず臥したるなり、沙和尚驚きかつ呆れて揺り起こしつつ呼び覚ませば八戒ようやく眼を開きて沙和尚を見て身を起こし、和主は何故ここへ来つると問わせも果てず沙和尚は腹立たしさに声を苛立て、阿呆も限りのあるものなるに求めにいでし斎を忘れて昼寝しておることやはある上人の呼ばせたまうにとくとく帰りたまえかしと言われて八戒目をこすりゆるりと寝る間もないものをモウ待ちかねてかせわしないそんなら行こうと熊手を引き下げうち連れ立ちてまた元の山路へ走り帰りける、かくて沙和尚は八戒を伴うて元の所に立ち返るに馬と旅荷物はありながら浄蔵法師は何処へ行きけんたえて影だも見えざればこは如何にといぶかりつつ八戒とまたうち連れだってふもとの方へ赴く程に道の方辺に石門ありて五重の塔の見えしかば沙和尚遙かにうち仰ぎて師兄あれを見たまえかしあそこに見えるは寺なるべし▲我が師の坊は道々にて寺あれば仏を拝み塔あれば塔を拝みて掃除して過ぎりたまうを身の務めにしたまえば我々を待ちわびて漫ろ歩きをしたまうままにここに塔ある由を知りて詣でたまいしものならん、早く彼処へ赴かば相奉らんこと疑いなしと言うに八戒うなずきて足の運びを急がせつつ門のほとりに走り着きて小石を取りて戸を打ち叩きここ開けてたべ開けてたべと両人等しく呼びはりけり、その時門を守る化け物ら戸の隙間より覗き見て走りて奥の方に赴きかの妖怪に告ぐる様、大王只今門前に鼻いと高き大入道と面は緑青の如く青くて▲くちばしの尖りたる旅僧の連れ立ち来て門を開けよと呼びはり候如何計らい候わんと問うを妖怪聞きあえず、そはかの羽悟了八戒とまたかの鵜悟定沙和尚ならん我が謀りしに違わずして自ら来つるは幸いなり、皆引き捕らえて浄蔵もろとも今宵寝酒の肴にせん、いでいでと言いかけて剣をひ下げていそがわしく門を開きて現れいでやおれ八戒、沙和尚とは汝が事ならずや我を誰と思うらん、この碗子山(わんしさん)波月洞(はげつどう)の主たる黄袍老怪(おうほうろうかい)とは我が事なり、すなわち我が名号を大和言葉に訳して言わば黄袍(ききぬ)の老怪(へんげ)と言われんのみ、浄蔵は既に早絡め捕って奥にあり、今汝らをも生け捕って供に料理て賞翫せん、覚悟をせよと罵ったり、八戒、沙和尚驚きながら仰ぎて石門の額を見るに実に碗子山波月洞と印たり○はこの石門はこれ妖怪の住処なり、さもあらばあれ討ち滅ぼして我が師を救わでやむべきやとて八戒は熊手をうち振り、沙和尚は仕込み杖をきらりと抜きて両人等しく面も振らずうってかかるを黄袍(ききぬ)の変化は物ともせず剣を持って受け止め二人を相手に切っ先より火花を散らして戦うたり、されば八戒沙和尚らはさせる武勇の者ならねば黄袍が相手に足らざれども三十番神五番の善神片身代わりに浄蔵法師を守りてかげ身に添いたまえばこの時もまた浄蔵を守護してここを離れたまわずこの故にくだんの神たち今八戒と沙和尚を守りて戦いを助けたまえば勝たずと言えどもちっともひるまず右左より差し挟みて時移るまで戦いけり○これはさて置き浄蔵法師は柱の元に繋がれてかかるべしとは知らねどもとしよの羊の死を待つのみ沙和尚は如何にしけん八戒はまだ帰らずや今我がここに捕らわれて命危うき事の由を神ならずして誰かは告げん、とく来て我を救えかしと胸に思えば湧きかえる涙の他に物もなし生死流転の理を悟りたる名僧もまた御法(みのり)のために本意遂げ難きをうち嘆く心の内は哀れなれかかるところにいと麗しき三十路ばかりなる一人のおなごの奥の方より立ちいでて浄蔵法師をと見かう見つつ聖さのみな嘆きたまいそ戒めの縄の厳しくて痛みはせずや如何にぞやと問われて浄蔵ひざまづき妖夫人とてもかくてもそれがしを食わんとならば只一思いにとくとく殺したまえかし覚悟極めて候なりと言うにおなごは顔うち赤らめて否、わらわは妖怪ならずいかでか聖を切害して食らわんとする者ならんやそもそも聖は何処の人ぞと再び問われて浄蔵法師は顔つくづくとうちまもりそれがしは日本国なる帝の勅を受け奉り天竺象頭山へ参詣して金毘羅天王を迎え奉らんと欲する者なり、同行の弟子二人あり斯様斯様の事によりてそれがし一人ここへ来つかく捕らわれて候ひし大慈大悲の方便もて救わせ賜えば再生の御恩を忘れ候わじと言うにおなごは哀れみてさては只今門前へ来て我がせと挑み戦う者は聖の弟子たちならんのみわらわ思う由あればともかくもこしらえて御身を救い参らすべしいと恥ずかしき事ながらわらわが故郷は遠からずここより三百里西のかた宝象国(ほうぞうこく)なる国王の第三番目の娘にて▲沈魚公主(ちんぎょひめ)と呼ばれし者なり、我が父王にはおの子なくてめの子のみ三人あり、今より十三か年先の秋の頃わらわは姉上たち諸共に高殿にうち登りてその夜の月を眺めつつ琴をかき鳴らしてはべりしに更けゆく空のかき曇りていと生臭き一陣の風さっと起こし来て灯火を皆うち消しぬ、こはそも如何にとばかりに人々驚き惑う程に一人の妖怪忽然と雲に乗りつつ走り来て矢庭にわらわをかきさらいて此の所へ連れ来たれりいと恐ろしくも悲しくてながらうべくもあらぬ身のさりとて此のまま虚しくならば誰かまた古里へ事しかじかと告げ知らせて身のなる果てをかぞいろは申す者のあるべきや折をうかがいて此のところを逃れいずる縁(よすが)もがなと思いかえしつおめおめとかの妖怪に添い臥しせしにあさましくも身ごもりて二人の子さえもうけたりさりとて親を思うこと一日片時も胸に絶えねど助ける人のなきにより古里のかた懐かしみ絶えぬ嘆きにあくがれて十年余りを過ごしたり、しかるに聖は天竺なる象頭山へ詣でたまえば宝象国を過ぎりたまわん、願うはわらわが手紙を父王へ届けたまいてわらわがここにある由をしかじかと告げ知らせ早く討つ手の兵を使わしてわらわを救いたまわんことを言付けてたまえかしと密かに頼む言の葉に真心見えて哀れなり、浄蔵つらつらうち聞いてさては御身は宝象国の姫上にてましませしか、御頼みの趣は心得て候なり、とく手紙を書きたまえと言うに沈魚姫喜びてまず浄蔵の戒められたる縄解き捨てて方辺に忍ばせり用紙硯を取りいだして一通の文さらさらと書き終わり固く封じてもていでて浄蔵に渡せば浄蔵受け取りてそれがしここを逃れいでなば姫上の難儀とならんこの義はいかがと囁けば沈魚姫うなずきてしか思わるるは理なり御身はしばしそこにおわせよ、わらわ今斯様斯様御事に告げて御身を救わんさはとてやがていそがわしく一人の小化け物を呼び寄せてわらわ今にわかにわがせにあいまいらせて申すべき事いで来にたり汝は早く我つまにこれらの由を告げ申してとく誘い参らせよ、とくとくせよと急がせば小化け物は心を得て承りぬと答えもあえず門のほとり馳せいでて木霊に響く声を振り立て大王に申し上げ候わん奥様火急の要事あり、只今対面せまほしけれと仰せられ候なり、しばし戦いを止めさせたまいて此方へ入らせたまえかしと繰り返しつつ呼ば張りけり、この時黄袍の変化は八戒沙和尚としのぎを削る戦いたけなわなりけるが今小化け物がしかじかと告げるを聞いて刃をとどめ八戒沙和尚しばらく待て、我妻火急の要ありと告げ越したるを聞きつらんよりてしばらく退きて事を弁じて勝負を決せん、しばし休めと言いも終わらず門内へ早走り入れば小化け物らは心得て門戸を早く閉ざしけり▲されば八戒沙和尚らは戦い疲れし折なればこれを勿怪の幸いにして門のほとりに佇みつつ喘ぎ喘ぎぞ待ちたりけるかくて黄袍老怪はいそがわしく奥に至りて我が妻なにらの所要ありてかくはにわかに呼ばれしやらんと問えば姫上にこやかに微笑みながらいで迎えて、我が妻不思議の事こそはべれ、わらわは年頃宿願あり一人の法師を供せんと御仏に誓いはべりにき、そは子供のため古里なる父母の世につつがなくながらえたまえとはかなくも願うがためではべれども御身に添って十三年一人の僧にも会うことなし、かくて今思わずもうたた寝をせし夢の内に金色の御仏の枕上に立ちたまいて汝が願い時至れりとく宿願を果たさせかしと宣う御声に驚き覚めたり事の不思議に起きいでて見れば庫裡やの此方の柱に一人の法師の戒められて只さめざめと泣きており事の様子を尋ねしに彼は日本の者なるがしかじかのことにより思わずここに迷い来てかく捕らわれてはべりと言えり今見し夢に符合していと尊くも痛ましければその戒めを解き許して方辺に忍ばせ置きたりき、されども御身に告げずして放ちやるべきものならねばにわかに招き参らせて命乞いをしはべるかし、願うは哀れ彼の聖を放ちやらせたまえかしと言葉賢しくこしらゆれば黄袍は聞いて頭を傾けくだんの法師は上国の人物なればその味わいのよろしかるべき者なるを放ちやらんは惜しけれども御身の願いもだし難し、とくとくいだしやりたまえと答えてやがていそがわしく門を開かせて現れいで八戒、沙和尚確かに聞け、我汝等を露ばかりも恐れたるにあらねども我が妻の願いに任して浄蔵法師を返すなり、とく受け取りて伴い行きねと高やかに呼びはりけり、しばらくして浄蔵法師は走りて内よりいでにければ八戒、沙和尚喜びて事問う暇もあらばこそ慌てふためき誘いて元の所へ赴きつつ浄蔵を馬に乗せて旅荷物をかき担い師弟三人辛くして虎のあぎとを逃れてぞ西を望みて走りける○さる程に浄蔵法師はその道すがら八戒らに沈魚公主に救われたる事の趣を物語れば八戒、沙和尚も黄袍の変化と戦うたる事の由をぞ告げにける○さる程に浄蔵法師は幾日もあらで宝象国の城下まで来にければすなわち八戒と沙和尚をそがまま旅宿に残し置きて一人城中に進み入り日本国より象頭山へ参詣の法師の由を司人らに告げにけり、かくて国王は事の由を伝え聞いて浄蔵法師を召し近づけ、すなわち正殿(せいでん)において対面す、時に文武の官人袖を連ねて斉々(せいせい)としていながれたり、かくて浄蔵法師は国王に見参してえんきの帝よりたまわりたる万国通行の勘合の勅書を取りいだし、開きて宝象国王に見せ参らせれば国王すなわち列国の王の印あるそのつぎへしかじかと書きのせさせて御印を押していだされけり、浄蔵これを受け頂きてさらにまた申す様、それがし当国へ立ち寄りたまいしは通行の御印を賜らんため、また一つには御縁の方様より参らせたまい玉梓(たまずさ)を届け奉らんためにこそと言うに国王眉をひそめて、そは思いかけざりき縁の人とは誰が事ぞやと問われて浄蔵さん候、殿下の姫上沈魚公主は碗子山波月洞なる妖怪に捕らわれて今なお彼処におわしますなり、それがし不思議に見参して初めて事の由を知れりここをもて彼の姫上に頼まれ奉る由ありて御手紙をもたらしたりと言うに国王驚きて真にしかる事こそあれ彼は▲失せてより十三年絶えてその訪れなければ初め両三年のその間は国中に下知を伝えてひたすら訪ね求めしにあに図らんや妖怪に捕らえられて三百里あなたなる碗子山にあらんとはまずその文を読むべしと涙さしぐみ宣えば一人の官人承りて浄蔵法師の携えたる手紙を受け取りて声朗らかに読むを聞くに彼の妖怪にかいさらわれて心ならずも妻にせられて二人の子さえもうけし由をいともつぶさに書き連ねれてか妖怪に身を汚されて憂き年月を送りはべるも今一度二親にまみえ奉らん事を願う故のみ、いと恥ずかしき事ながら告げ参らせず虚しくならば只これわらわが不義悪戯にて走りにけりとおぼされん、さらば黄泉路のさわりにはべり哀れ武勇の大将を選びて討つ手を向けさせたまい早く妖怪を退治して我が身を救わせたまえかしといとも哀れに書かれたる手跡に相違なかりけりされば妃を始めとして二柱の姉君たち三宮の官女らまで屏風の後ろに立ち集いて聞くものなかぬはなかりけり、そが中に国王はようやく涙を止めて浄蔵法師を招き近づけ図らず聖の手引きによりて沈魚が行方の知れたる事を喜び例えんに物もなし、そもそも聖の供人は幾人か旅宿にある身一つにして日本より数多の魔所をつつがなくうち越えんこと難からずやと問われて浄蔵さん候それがしは勇力なし但し八戒、沙和尚という同行の弟子あり全て彼らが助けによりて数多の魔所をうち超えつつここまで参り候と申すを国王うち聞きてその同行の弟子あらばなどてや早く見参に入れざりけるぞといぶかり問われて浄蔵再び申す様、かの両人は面魂の恐ろし気なる者なれば殿下の恐れたまわんかとて旅宿へ残し置き候と言うを国王聞きあえず面は人並みならずとも聖の同行たらんには何でうはばかる事のあるべきその者呼べと急がしたまえば官人ばら旨を伝えて時を移さずかの両人を殿上へ召し寄せたりその時国王は八戒、沙和尚が恐ろし気なる面魂に驚き恐れてわななきわななきおわせしを浄蔵さこそと膝を進めてこの者共はかくの如く形見苦しく候えども元より降魔(ごうま)の法術あり、さのみな恐れたまいそと諭せば国王ようやく悟りて浄蔵法師と二人の弟子にすなわち御盃(ぎょはい)を賜りけり、されども浄蔵は酒を飲まず八戒と沙和尚のみ▲三度続けて杯を干し傾けてぞ退きける、その時国王は並みいる臣下を見渡して誰か数多の軍兵を従えて碗子山へ馳せ向かいかの妖怪をうち平らげて沈魚姫を救い取るべき如何に如何にと押し返しつつ再び三度問いたまえども各々顔を見合わせて我承らんと言う者なし、その時大臣進みいでて国王に申す様、およそここに候者共は皆これ凡夫の事なれば変化不思議の妖怪を退治せん事叶うべからず幸いなるかな日本国より通行(とおりがかり)の聖こそ降魔有験(うけん)の行者と聞こゆこの聖を頼ませたまいてかの妖怪を退治せしめばその功踵(きびす)を巡らすべからずこの義はいかがと奏すれば国王しきりにうなずいてまた浄蔵法師を招き近づけ只今大臣らが申せし由を大方は聞かれしならん願うは聖我が為に碗子山にうち向かいてかの妖怪を滅ぼしたまえこの義を頼むと他事もなき言葉に浄蔵こうじ果ててしばらくして申す様、仰せ承りて候えどもそれがしは経を読み仏を念じ奉るのみ妖怪をうち滅ぼし悪魔を退治せん事はいささかも成し難し、但し同行の弟子にて候羽八戒はさる業に心を得たる者なれば仰せにしたがい候べしと恐る恐る申すにぞ国王はまた八戒をほとり近く呼び寄せて如何に聖は碗子山なる妖怪を退治せんやと問われて八戒ちっとも疑義せずさん候頼ませたまわばかの妖怪を退治すべしそれがし形はかくの如く人並みならず候えどもそのかみ天上に在りし日は若とびの尊なり犯せる罪のあるにより日の神のちょくかんをこうむりてかくは下界にさそらえり、さるにより変化三十六番の妙術あり、此の術をもて妖怪を滅ぼさんこと手の暇入らず御心安く思し召されよと誇り顔に答え申せば国王斜めならず喜びてしからば聖の法術をいささか見まくほしけれと言われて八戒うち微笑みとてものことに御好みの術を施し候わんと申せば国王うなずきてさらば形をいと大きくして見せたまえとくとくと急がしたまえば八戒は身を起こし庭にいでて口に呪文を唱えれば怪しむべし八戒が形たちまち大きくなりて身の丈およそ十丈あまり日本奈良の大仏もこれには過ぎじと見えければ宝象国の君臣かつ驚きかつ恐れて再び仰ぎ見る者なしその時国王声をかけて法術真に奇妙なり、とくとく術を治めよかしと言うに八戒心得て再び呪文を唱えれば元の姿になりにけり、かくてまた国王は八戒を招き寄せて聖今碗子山へ押し寄せるに軍兵いかばかりを従えたまえるまた打ち物は如何なるを用いんと欲するやと問うを八戒聞きあえずそれがし彼処へうち向かうとも軍兵は一人もつるるに及ばずまた打ち物は年頃手慣れしこの熊手の候えば▲別に求める事もなし早まからんと身を起こすを国王しばしと呼び止めてまた杯を賜りければ八戒は続けざますこんを重ねて立ち上がり再び庭へ走りいずれば足の元より雲起こりて早八戒を空中へうち上すると見るままに東を指してぞ飛び去りけるその時沙和尚は浄蔵にうち向かいてかの黄袍老怪は勇力早業世の常ならねば恐らく八戒が相手に過ぎたりそれがし後より追いつきて力を合わせ候ばやと言うに浄蔵喜びてしからば和主とく行きて八戒を助けよかしと許す言葉に沙和尚も同じく雲にうち乗りて碗子山を指して急ぎけり国王はこれらの有様にあきるること半時ばかり浄蔵法師を我が方辺に引きつけて茶を賜り聖もまた雲に乗りて漫ろに飛び去りたまうなと言われて浄蔵うちほほえみそれがしは如何にして飛行の術の候べき、地上を歩き候すら道べたにこそ候と申すに国王ようやくおちいてなお殿上に止めつつ様々にもてなして八戒と沙和尚が吉相遅しと待ちたりける○さる程に沙和尚は道にて八戒に追い付きて事の心を告げにければ八戒斜めならず喜びてうち連れ立ちて碗子山なる波月洞に押し寄せつつ思いのままに罵りて既に門戸をうち破れば小化け物ら驚き騒ぎてやがて黄袍に注進す黄袍の変化はこれを聞いてそは心得ぬ事にこそ、その八戒と沙和尚は浄蔵法師を受け取りて此の所を立ち去りたるに今また何の恨みありて両人押し寄せ来つるやらんよしさもあらばあれ何ほどの事を成すべきイデ物見せんと剣を引き下げ門押し開きて現れいで八戒、沙和尚汝等は我が情けを仇もて返すか今何故に狼藉するぞと言わせもあえず八戒は先に進みて声を振り立てやおれ黄袍の化け損ないめが汝は宝象国の姫上を奪い取り子さえ産ませて十三年影を隠せし無惨の曲者事ようやくに表れたればかの国王に頼まれて只今汝を討ち滅ぼし姫上を救い取る覚悟をせよと罵って熊手を打ち振り討たんと進めば黄袍の変化大きに怒りて剣を抜いて戦うたり既にして八戒はただむきようやく衰えて叶うべくもあらざれば沙和尚頼む折や大便がしたうなった引き外し足に任せて逃げ走れば沙和尚やがて立ち代わり仕込み杖を引き抜きてしばらく黄袍と戦いしが遂に仕込み杖を打ち落とされて生け捕られつつおめおめと波月洞へぞ引かれける○かくて黄袍の変化は生け捕りたりける沙和尚をうつ梁(ばり)へ吊し置きて心の内へ思う様我が沈魚姫を奪いし事は十三か年宝象国なる人々の知らざりしに今八戒と沙和尚を語らうて取り返さんと謀りし事は故あるべし思うにこは沈魚姫が密かに文を浄蔵法師に頼みて父王に送りしならん子さえなしたる夫婦の恩義を忘れて我を害せんと謀りし女のいと憎けれいでや彼奴を殺さんと思案をしつつさりげなくいでいの方に赴けば沈魚姫はにこやかに我が瀬よ先に表の方のにわかに騒がしかりつるは何事のはべりしぞと問わせもあえず老怪は▲歯を食いしばりにらまえて腐り女がこの期に及びてなお欺かんと欲するか汝は先に浄蔵に頼みて古里へ文を遣わし我を滅ぼさんと謀りしならずやさるにより八戒と沙和尚が押し寄せ来つるを我たちまちに討ち散らして沙和尚を生け捕りたり、夫に仇する人非人覚悟をせよと罵りながら胸逆(むなさか)取って押し据えつつ剣を抜いて刺さんとすしかれども沈魚姫はその性賢しき夫人なればちっとも騒がず声をかけて我が妻それは無実の咎なりよく思うても見たまへかし十三年の恩愛を忘れて御身を滅ぼさんと謀りしという証拠やはべるもし疑わしく思いたまわば彼の沙和尚に問いきわめて事の虚実を知りたまえもし沙和尚がしかじかと言えばわらわは感心して御身の刃を受けはべらんまた沙和尚しかじかと言わずばすなわち無実の罪なり、必ず後悔したまうなと言われて黄袍は実にもと悟りて沈魚姫を引き起こししからば来よと襟髪つかみて沙和尚を戒め置きたる一間へそがまま引きずり行きて沙和尚にうち向かい、やおれづくにゆう汝等が宝象国に頼まれて我を討たんとせしは此の女めが父王に文を寄せたる故なるべし、包まず告げよ如何にぞやとくとく言えと責めたりけるその時沙和尚思う様、事の元をありのままに言わば姫上は殺されるべし、此の姫上の情けによりて我が師の坊を助けられしに今我が言葉一つにて姫上を損なわば是恩をもて仇をするなり要こそあれと思案をしつつたちまち声を励まして黄袍の変化粗忽を言うなその姫上の如何にして我が師の坊を語らうて文を父王へ参らせんや我々宝象国へ至りし時国王四方(よも)やもの物語のついでに身の悪行を悔い嘆きて一人の息女の行方知れざる事の由を告げたまいしかば我々すなわち汝が妻は彼の姫上にあらずやと思いあわする由あれば事しかじかと聞こえ上げしに国王深く喜びたまいて、そは我が娘にあらんずらんその妖怪を退治して姫を救うてたまわれと頼ませたまうにもだし難く我と八戒と事請けして再びここへ来たれるなり殺さば早く我を殺せその姫を疑うて過ちするなと呼び張ったり、黄袍は聞きて慌ただしく姫をいたわり塵打ち払うて我が妻さこそ恨みけめ粗忽を許したまえかしと詫びれば姫は喜びてさては疑い溶けたまいしかさるにても沙和尚はいと潔き出家なりかかる聖を殺しなば世の優れ者に笑われるべし願うは許したまえかしと言うに黄袍はうなずきて沙和尚を引き下ろしつ戒めの縄を解き捨ててこの坊主めは此のまま沈魚御身に預けるなりもし密かに放ちやらば我また御身を疑うべしと言うに姫上一義に及ばずそは心得てはべるなりと答えて沙和尚に物を食わせなどしたる情けを感じる沙和尚は人のためは我がためなりきと心に悟りてこの日よりしばらくここに留まりけり○かくて黄袍の変化はまた沈魚姫にうち向かいて御身が父王は我が舅なるに未だ一度も対面せず今より彼処へ赴きて見参に入るべきなりと言えば沈魚はうち笑いて御身の顔ばせ人並みならでいと恐ろしく見えたまえば父王必ず驚き恐れて不思議の事もやいで来なんと言うを黄袍は聞きあえず▲しからば我が姿を変じて恐ろしからぬ人とならん是見たまえとたちまちに美男の姿になりしかば沈魚姫うち笑みてかくては父王恐れたまわじとくとく行かせたまえかしと言うに黄袍は雲を起こして宝象国へぞ飛び行きける○されば黄袍は時を移さずかの王城に赴きてそれがし事は沈魚姫に連れ添い奉る大王殿下の御婿にて波月洞の黄太郎と呼ばれる者なり、此の由奏したまわれと言うに人皆疑うてやがて国王に告げ申せば国王いたく驚き騒ぎて沈魚が婿と称すればかの妖怪にあらんずらんとしてよけんかくやせんと評議まちまちなりける程に早くも黄袍は昇殿して国王に見参すその時国王は初めてその人を見たまうにいと麗しき秀才なればたちまちに心迷いてほとり近く召し近づけ汝は沈魚姫の婿なる由何時の程に何人の仲立ちによりて娶りたる事の元をとく申せと仰せに黄袍はちっとも疑義せず御疑いは理なり、それがしは此の年頃獣を狩りて世を渡り候程に十三か年先の秋の頃一つの大虎一人の乙女を引きくわえて走りて山へ入らんとせしをそれがし追っかけい倒してくだんの乙女を救い取りぬされども虎も死ざりければ檻に入れて飼い置きつかくて乙女の古里とその親の名を尋ねしに親もなく家もあらずと言うのみにして定かに告げねば大王の御娘なるべしとは思いもかけず遂に夫婦になりて候ここに至りてつらつら思えばくだんの虎は我がために良き妻を仲立ちしたる恩義あるものに似たり放ちやらんと思案をしつつ遂にそがまま放ちたりかくて夫婦睦まじく子供二人をもうけつつ数多の歳を古里の懐かしきにたえずやありけん姫上は近き頃初めて素性を明かしたまえばそれがしいたく驚き恐れて由を訴え申さんためにかく推参を仕りぬしかるにかの大虎は年月をふるままに形を変ずる術を得たり、ここをもてそれがしを恨みて仇を返さん為に年古る狐狢(きつねむじな)を従えてその身は日本の旅僧浄蔵法師となりすましまた狐と狢にはその弟子八戒、沙和尚と言う者に化けさせて大王を欺き奉りかえってそれがしを妖怪なりと申しなして姫上を奪い取り▲かつそれがしを害せんと深くも巧みし者に候それがしかつて山中にて異人に逢うて妖怪を察しあらわす術を得たりこの故に浄蔵師弟を変化なりと定かに知れり此の義も聞こえ上げんためににわかに参内仕りぬとまことしやかに述べしかば国王並びに百官ら凡眼俗骨(ぼんがんぞっこく)の事にしあれば玉と石とを弁ずるに及ばずこれを真と受け入れてさてもさてもとばかりに只大息をつくばかりなりその時黄袍はまた言う様、かくのみ申して証なくばなお疑わせたまうなるべしいでや変化の招待を現してご覧に入れんと言いつつやがて器物に一柄杓の水を取り寄せて王のほとりにはべりたる浄蔵法師にうち向かいて呪文を唱えてくだんの水を面へふっと吹きかけければ怪しむべし浄蔵法師はたちまち虎に変じけり国王百官これを見てまた驚く事大方ならずしゅく衛の兵らは鉾もて突かんとする者あり弓に矢礫射るもありされども予て守護神の浄蔵法師を守りたまえばその矢も鉾も通らずしてちっともつつがなかりけりとは知らずして国王は武士に仰せて浄蔵法師を檻の内に繋ぎ置かせすなわち別殿において婿君をもてなすべしと下知あって二三十人の官女を給仕に定めその夜もすがら酒宴を設けて厚くもてなしたまいけり○さる程に黄袍の変化は数多の官女に給仕をせられていたく酒に酔いしかば我を忘れてたちまちに元の形を現しつつ一声くわっと叫びもあえず酌に立ちたる一人の官女をやにわにむづと引き捕らえて腕引き抜いてうち食らうこの体たらくに女房たちは等しくあっと叫びもあえず将棋倒しに伏し転びて生死も知らずなりにけり○ここにまた浄蔵法師の乗り慣れたるかの白馬は日本近江の湖水なる龍王の弟なる小龍王金鱗が観音の方便に従いて馬に変ぜし者なればこの時馬屋にありと言えどもこれらの由を既に察して心の内に思う様、岩裂の主追いやらわれて我が師の助け無くなりたるに今また八戒、沙和尚すら如何になりけん帰り来ずさりとて我が師の厄難を救わでよそに見られんやと志を励まして一人の官女に変じつつ黄袍がほとりに赴きて婿君寂しくおわすべし、御酌をはべらんかと言うに黄袍は喜びて、そは一段の事にこそ夜はしめやかにて興もなし汝は舞いを舞うやと問う金鱗答えてさればとよ舞いも少しは舞いはべれどかざしにせん物はべらずかしと言うに黄袍は身に帯びたる剣を取りて差し出してこれもて舞いねと急がせば金鱗いささか頼りを得てくだんの剣を抜き持ちてしばし立ち舞う様にしつ油断をうかがい飛びかかりてたちまち丁と斬り付ければ黄袍は早く身を避けて方辺にありし燭台もて受け止めつつ広庭へ躍りいずれば金鱗の龍馬も続きて追っかけいでて互いに雲を起こしつつ空中に立ち向かいて時移るまで戦いけり○さる程に小龍王金鱗剣を黄袍に取り返されて既に浅手を負いしかば隙をうかがい引き外してようやくに身を逃れ王城の堀の底に深く隠れて息をつきその明け方にすごすごと元の馬屋に立ち帰りて▲始めの如く馬になりて八戒なりとも沙和尚なりとも帰れば事の由を告げんと思いつつ夜を明かしけり。
作者曰く、これより末、黄袍老怪を退治の段までは物語なお長かり、そは第七編に著すべしおよそこの黄袍怪の物語は西遊記中にて一二を争う妙趣向なれども紙中狭き画の内に描き収まる技なれば文をもて余せいをほのめかすに由なし、わずかにその筋を違えず事を漏らさずして書き取りたるのみ、全て本文あるものはその本文にからまれて新たに作りいだすものよりなかなかに安からぬ所あり、作者の自由を得ざる故なり、看官(みるひと)これを察したまいね、目出度し目出度し■
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第六編上(ほぼ原文)

2016-11-17 12:27:49 | 金毘羅舩利生纜
山がらを一部はずみば夕顔の宿より出(いず)る駒下駄の音

鎮元子輿世同君(ちんげんしよせいどうくん)
浅草観音に欲参手弱女(よくまわりのたおやめ)
仙童子名月 仙童子清風(せんどうじめいげつ せいふう)

大寒小寒小僧山から北おろし汝(な)は拾徳(じゅっとくか)を達手(だて)の薄衣

おちかへり秋来ぬと鳴くほととぎす刈にゆくれは山畑の麦

老いぬれ婆花にもうとくなりにけりこころ常ける秋の夕暮れ

し魔の変態 麓邨老翁(ふもとむらのおきな)
し魔の変態 ○送賤婦(かれひおくりのしずのめ)
し魔の変態 山脚村老○(ふもとむらのうば)
蛇回山のし魔

石黒魚(いしもち)の宿世忘れであじかものあじかるらんか砂(いさご)食(は)むな○

そいふしの夜は抱き籠の竹婦人味わいみれば子に甘みあり

黄○(きぎぬ)の変化
妖児天然 妖児自然
宝象国王の第三女 枕魚公主(ちんぎょひめ)

さてもその後浄蔵法師は観音菩薩の方便にて梢遙かに戒められたる羽悟了八戒を助け下ろして岩崎の迦毘羅坊、鵜悟定沙和尚諸共に西を指してぞ末遠き行く手に目出度き仙山あり、この山中に鎮元子(ちんげんし)大仙(たいせん)と呼びなしたる道徳無双の仙人住めり一名は与世同君そのおるところを五庄観(ごしょうかん)と言えり、元これ天地と共になりいでたる西域第一の地仙にて五六十人の高弟あり、かくて鎮元子与世同君はある日明月、清風と呼びなしたる二人の弟子僮(わらわ)を呼び近づけ、近頃天上の太上老君(だじょうろうくん)群仙会の催しあるにより我もまといに入るべき旨予てその聞こえあり、この故に我は数多の弟子たちを引き連れてくだんの会に赴くなり、汝、萬になおざりなくよく留守を致すべし、但しこの留守の間に日本国より渡天して金毘羅天王を迎え奉る浄蔵という名僧の此の所を過ぎるべし、彼は金蝉子(きんせんし)の後身(さいらい)にてその後役の小角と生まれ変えりまた弘法大師と生まれ変わりし四世名徳(しせめいとく)の法師にて彼が金蝉子たりし時もまた役の行者たりし時も我と一面の交わりあり、彼はこの義を知らずと言うとも此の所へ立ち寄れば汝らよろしくいで迎えて我が年頃秘蔵せる人参果(にんじんくす)、草還丹(そうかんたん)の果物をただ二つ取り下ろして彼にすすめてもてなすべし、例え数多の友人ありとも与うべきものならざれば、この義も予て心得て固く守りてなおざりにすべからずよくせよかしと説き諭しつつ五十余人の高弟の仙人を皆伴いて群仙会にぞ赴きける、そもそも人参果という果物は大千世界のそのうちに此の五草還より他になし、その木は天地開闢(かいびゃく)の時、この所に只一(本)もとなりいでたる物なれば幾億万歳を経たりけん、定かに事を知る者なし、されば此の人参果は三千年にただ一度その花の咲く事ありて三千年に実を結びまた三千年を経てその実初めて熟するものなり、もし人ありて人参果の来歴を聞き知る者は齢三百六十歳を保つべし、しかるを言わんやその実一つを食らう者は四万七千年の命を保ち、もし二つ三つ食らう者はその寿命尽きる事なし、しかれども此の果物は実を結ぶこと多からで九千年のその間に数三十の他は生せずもっとも得難き仙薬なれば、よしみある仙人たりとも同君惜しみて与えざれば見ることだも得ざる者多かり、その果物の形たるや生まれて僅かに三四日になる赤子にいささかも違うことなく目鼻耳口手足まで備わらずということなしよりて名付けて人参果というまた草還丹とも呼びなしたる世に類なき神木なりまたかの明月、清風の両人は形童に似たれども名月は齢既に千三百○○と聞こえしおよそこれらの輩は仙家においてはなお若しとすこの余与世同君は▲従う者あるいは五六千歳あるいは一万歳二三万歳に至る者四五十人ありとなん、かくて明月清風の両人はこの日より同君に言われし由をよく守りて内外に心を用いをさをさ留守をしたりけり、さる程に浄蔵法師は岩裂の迦毘羅坊、八戒、沙和尚らもろともにある日この仙山のほとりに来つ浄蔵遙かに馬をとどめて迦毘羅坊を呼びとどめ岩裂まずよくあなたを見よ、行く手に麗しき高嶺あり、これ大寺ならざりせば仙人の住む道観なるべし、しばらく彼処へ立ち寄りて本堂を拝むべく道の疲れを休らえばやと言われて岩裂一義に及ばずしかるべしといらえつつ先に立ち道を急ぎてくだんの山によじ登ればはたして向かいに山門ありて五庄観(ごしょうかん)と記したる扁額をぞ掛けたりける、かくて浄蔵法師は山門のこなたにて馬より下りて師弟四人本堂に赴く程に見も慣れぬ木草の花咲きて臭い馥郁(ふくいく)たるものいと多くあるいは白き鹿、丹頂の鶴なんど所々に群れ遊びて客を迎える風情あり、この余幾千年を経たる木高き松は雲井遙かに緑を現し風そよぐ群竹はその根あちこちに横たわりてさながら龍蛇のわだかまるに似たり既にして浄蔵法師は玄関に赴きてしかじかとおとなえば清風明月いで迎えてその来歴を尋ねるにぞ浄蔵答えて貧道(それがし)は日本国なる帝の勅を請け奉り天竺象頭山に赴きて金毘羅天王を迎え奉る浄蔵法師と言う者なりこの所は不老不死の仙山とこそ見えたれば結縁のため立ち寄りて道の疲れを休らへばやとて推参して候なれ、同行の弟子三人あり、しばらく御座敷を貸させたまえといとねんごろに告げしかば清風明月心を得て客殿にぞ誘いける、その時浄蔵法師はまず本堂に赴きて本尊を拝まんとてまずあちこちをよく見るに正面には天地の二字を記したる黄金の札を高く掛けて種々の供え物あり、浄蔵すなわち香を焚きてしばらく拝し退きてかの童子らにうち向かい事新しく候ども本堂には各々宗旨の木像を置かれずして天地の二字を祀りたまうはいかなる故に候と言うを清風うち聞きて我が師の常に言われしはおよそ生きとし生ける者非情の木かやに至るまで天地の恵みにあずかりて成りいでずと言う者なし、さればこの万物の父母たるものその御天地に勝れるはあらず、よりて我が師は天地(あめつち)をかくは敬い祀るのみと事まめやかに物語るを方辺に聞きする岩裂は八戒を見返りて舌をはき目をくわせて▲あざ笑いつつたつたりけるその時明月清風は浄蔵にうち向かいて我が師ちんげん大仙は群仙会に赴くとて今朝未だきにいでたまいしかば明日ならんでは帰りたまわず、しかるに予て言われし事あり、日本国より渡天の名僧浄蔵法師と名乗れる者ここへ立ち寄る事あらば汝よろしくもてなすべし、かの法師の先の世に我と一面の交わりあり、この義をもってもてなすべしと言いつけられて候えばまずます休息したまえと言うに浄蔵喜びてそは思いかけざりし幸いにこそ候なれ、同行の弟子どもは蓄えの米も候えば彼らは粥を煮てもや食べん囲炉裏を貸してちとばかりの薪を恵ませたまえかしと乞われて両人一義に及ばずさらば此方へ来ませとて岩裂ら三人をだいすの間へ導して鍋と薪を与えしかば八戒と沙和尚は山門のほとりに繋ぎ置きたる馬にまずまぐさをかいて岩裂と諸共に用意の米を取りいだして粥をかしぎて食べける、これより先に明月清風は浄蔵法師を客殿に誘いて茶を勧め先立って鎮元子の指図の如く人参果を取りて勧めんとて清風は瑠璃の鉢を携え明月は象牙の竿を携えて二重三重に閉ざしたる庭口の木戸を開きて人参果のほとりに赴き僅かに二つを打ち落として元の如くに閉ざしを固くし、さてくだんの果物を客殿へもて行きて浄蔵法師に勧めて言う様、上人、この所にはさせる物もあらざればもてなし参らせる由もなし、但し人参果と呼びなしたる世に類なき果物あり、予て我が師の指図に任せてすなわち進上(しんじょう)つかまつる、うちくつろぎて賞翫したまえ、いざいざと言いながら瑠璃の皿に盛りたりけるかの果物を勧めるにぞ浄蔵いたく驚き恐れてあな浅ましや、いかなればここには食べ物もなきか産まれてより未だ程もあらじと見える赤子を取りて食らう事ひとえに鬼のきゅうがいなりいたましや無惨なや南無阿弥陀物と念じつつうなじを縮め身を震わして後ずさりをするのみなれば二人の童子うち笑いて上人これは赤子にあらず人参果と名付けたる世界に無双の仙薬なり、もし縁ありて此の果物をただ一つ食らう者およそ一万七千年の齢を保つ奇特あり、とくとく食べたまいしねと言葉を尽くして勧めれども浄蔵法師は真とせずしきりに頭を打ち振るのみ、恐れて寄りもつかざれば二人の童子は勧めかねていかにせましと談合するにおよそ此の人参果は梢より取り下ろして半時を過ごす時はたちまちに腐りただれて食らう事の得ならねば此のまま置かんは無益なり、我々賞翫すべけれとてそがまま部屋へ持ち退きて清風と明月とかの人参果を食べけり、さる程に羽悟了の八戒は先に清風、明月が人参果を浄蔵に勧めかねて持て余しおのが部屋に持ち退きて両人して食べたるその事の赴きを思わずも立ち聞きして迦毘羅坊に囁く様ここには人参果と名付けたる斯様斯様の木の実あり、そをただ二つ取り下ろして我が師の坊に勧めしに形赤子に似たるをもて師の坊いたく驚き恐れて説き諭せども▲食わざりければ清風と明月がおのが部屋へもて退きていともうまげに食らうたり、我が師の坊へ勧めし物を師の坊食べ候わずは我々にこそ分け与えて食わすべき事なるに、かの者共はその義なく師の意に背きて賞翫せしはそもそも如何なる心ぞや、いと面憎きしかたにこそと言うを岩裂聞きあえず、その人参果と言う果物は我も予てより伝え聞きたる事あれども未だ目の当たりにこれを見ずまことに和殿が言う如く我が師の為に取りし木の実を我が師疑うて食わずば我々に与えんこと理の当然といいつべし、しかるをしゃつらが欲しいままに食らいしは我々をないがしろにするものなり、よしよしその義ならば今の間に我奥庭に忍び入りて人参果を二つ三つ物して和殿らにも分け与えんしばらく待ちねと囁きて早庭口へ忍び入るに戸ざしを固く下ろしてあり岩裂錠をねじ開けてその内へ忍び入るにこの所には色々なる花さく木草のみありて人参果のあらざりければなお深く忍び入るにまた一構えの木戸ありしをこの戸ざしをもねじ開けてと見ればくだんの人参果ただ一本このその内にあり幹はさながら巌の如く梢そびえていと高く所々に葉隠れてくだんの木の実二三十ありげにその形産まれて程なき赤子にいささかも違う事なし岩裂つらつら仰ぎ見て笑みを含みて一人うなづき耳の間に隠したる金この棒を取りいだし思いのままに引き伸ばしてやがて一つの人参果をたちまちはたと打ち落とすにまさしく地上にころころと落ちると見つるに怪しむべし何地行きけんくまもなく尋ね求めどもあることなければ岩裂しばし思案をするにこの果物は大千世界に二つとなき仙薬なればこれを守る神ありて惜しみて早く隠せしならんえうこそあれと独りごちてやがて呪文を唱えつつ土地の神を招き寄せれば時を移さず土地の神は忽然と現れいでてほとり近くひざまづき神尊如何なる用事ありてそれがしを召されしぞと問えば岩裂声を潜めて斯様斯様の事により我今密かに人参果を僅かに一つ打ち落とせしにたちまち見えずなりにたり思うにこは必ず御事らが惜しみて早く隠せしならんとくとくいだせと息巻き荒く責めるを土地の神押しなだめてそれがしらが如何にしてさるまさなごとを仕らんおよそこの人参果は五行のうつりものを忌む物なるに▲神尊これを知りたまわで黒金の棒をもて落としたまいしのみならずその身転びて地に落ちたればたちまち土中に入りしならん、これすなわち金にあえばその木枯れ土にあえばその身隠れるいわれも五行を忌むの義なり、もしつつがなく取らんとならば象牙の竿をにて打ち落とし瑠璃の鉢をもて受けんのみこの義を心得たまえかしと言うに岩裂うなづきてしからば御事に咎はなしとく退きねと暇を取らせて密かに母屋へ立ち返りそこらをうそうそうかがうにかの清風明月はこの時客殿におり浄蔵法師と四方山語りをする声してければ折こそよけれと抜き足して彼らが部屋に忍び入り床の柱に掛けたりし象牙の竿を盗み取り、またかの園に赴きてその竿をもて人参果を三つばかり打ち落とすに衣の袖もて受け止めしかは皆つつがなく手に入りたり衣も五行の物ならねば真にそのよしありけりと岩裂密かに心に感じて立ち返る時象牙の竿をくだんの部屋に投げ入れて○だいすの間に帰り来つ八戒と沙和尚にありつる由を囁き示して物したりける人参果を両人に一つづつ分け与えて食わすれば喜ぶこと大方ならずなかんずく八戒はただ一口にほうばりて目を白くして胸打ち叩き岩裂と沙和尚が舌打ちしつつ味わうをうらやましげにうち守りてその人参果はいかなる味ぞ旨き物かと尋ねるを岩裂、沙和尚うち笑いて和主は既に食うたるに此の味わいを知らず顔に人に尋ねる事やはあると言われて八戒頭を傾け、さればとよそれがしはあまりに心急がれて丸飲みにしてければかの味わいを定かに覚えず願うは兄貴今一度彼処へ行きて二つ三つもて来て振る舞いたまえかしと言うを岩裂押し止めて阿呆よそぞろ事をな言いそ人参果は神も仏も容易く得難き物なればただ一つ食らうともその身に余りし幸いならずや、さるをなおむさぼりて後ねだりをする愚かさよたしなまずやと叱られても八戒はなおくどくどとしばしは呟き止まざりけり、さる程に清風明月は今八戒が呟きて人参果という声を思わずも漏れ聞きしかば両人等しくいぶかりておのが部屋に退きてと見ればこはいかに人参果を打ち落とす象牙の竿は我が掛けたる所にはあらずして障子のほとりに捨ててありいぶかしきこと限りもなければやがて庭口にいでて見るに二重の戸ざしを開け放ちて人の入りたりとおぼしき足跡あり、さればこそとて驚き慌てて両人共に人参果のほとりに行きて梢を見るにその数二十八あるべきくだんの木の実は四つ失せて二十四ならではなかりしかば○は浄蔵の同行らの盗み食らいしに疑いなし出家に似気なき非道の振る舞い如何にせん腹立たしと両人等しくきびすを返して勢い猛く客殿へ走り行きつ浄蔵法師をしたたかにののしるにぞ浄蔵はその心を得ずようやくに押し鎮めて事の由を尋ねるに清風明月息巻きて人参果の失せたる事盗みし者は同行の業と知れたる証拠の趣斯様斯様と並べたてて▲汝等形は法師なれどもその行いは盗賊なり、かくても出家と言われるか盗み取りたる人参果を元の如くにして返せ、とくとく返せとはたられて浄蔵はようやくに事の由を聞き知りて心の内に三人の物どもをいたく恨みて明月清風らにうち向かい、かの果物失せたる由証拠を取りて言わるれどもそれがしは露ばかりも始めよりこれを知らず同行の弟子三人を此の所へ呼び寄せて明かさ暗さをただすべしやおれ岩裂八戒ら沙和尚もとくとく来よ早く早くと呼び張りけり○さればまた岩裂の迦毘羅坊は人参果の奇特によりけん雪に等しき白髪のにわかに黒くなりしかば八戒、沙和尚驚きて事しかじかと岩裂に告げればまた岩裂も疑いながら手桶の水に我が面影を写しつつつくづくと見てにっことうち笑み人々驚き怪しむべからず我が白髪の黒くなりしは今ぶくしたる人参果の奇特によってかくの如し我は神代の昔より数万歳に至るまで面影の露ばかりも変わることなかりしに釈迦如来の方便にて僅かに五百年の程両界山の巌の元に押し伏せられてありけるに黒髪変じて白髪になりしはこれぞまさしく仏敵たりし冥罰の印なりしに今人参果の奇特によりて元の黒髪になりたるはしかしながら我が罪障のここに尽きたる故にこそと言うに八戒、沙和尚らはしかなるべしといらえつついよいよ仏の方便をいと尊しと思いけり、かかる所に師の坊の声としてにわかにこの三人を呼ぶことしばしばなりしかば沙和尚早く聞きつけて事既に表れたるか我々を上人のしきりに呼ばせたまうなり、こは如何にしてよからんと言えば岩裂あざ笑いて例えかの事表れたりとも花盗人に等しかるべき口食い者の事なるに何ほどの咎あらん、もし問われなばありのままに言うより他はあるべからずいざ諸共にと先に立てば八戒しきりにうなずきて兄貴の了見真に良し皆々口の違わぬ様に言うてのけんと諸共に三人客殿に赴けば浄蔵法師はしかじかとこの由を告げ知らせ、そもそも汝達いかなれば主の深く秘蔵せる果物に目をかけて良からぬ業をしたるぞや、とく詫びずやと叱られても岩裂ひるまず進みいでて御腹立ちは理なれども先にこの童たちが御身に勧め参らせし人参果を我々に分け与える事をせず手も付けられぬをそがままに両人して食らいしは我々を人がましく思われぬ故なりと思えば腹の立つままにそれがし園に忍び行きて僅かに三つを打ち落とし八戒、沙和尚諸共に一つづつ▲物したりと言うを清風明月は聞きあえず声振り立て此の鼻高めが今更に事表れてもなお偽るや、汝らが盗みたる人参果はその数四つなり、しかるを一つ食い隠して三つと言うこそ大胆なれと責め罵れば八戒は方辺を見返りあざ笑いてさればこそ岩裂がその身は既に木の元にて一つ食らうて三つもて来つおのれも一つ配分したれば二つ食いしに疑いなし、さるを我らをたしなめて後ねだりをするなんど言いけることの可笑しさよと言われて岩裂怒りに得耐えず阿呆が何を賢(さか)しら顔にあだ口たててことやはある、疑わるるとも人参果を三つより他に取りしことなしあらむやくしやと苛立てば清風明月いよいよ怒りて相罵りて止まざりしを岩裂怒りに得耐えずして密かに髪の毛を抜き取りて術をもて一人の岩裂とこれを見せこの分身の岩裂を二人の童子の相手にして言葉戦い始めの如く果てしなきまで争わせその身は密かに園に至りてかの黒金の棒をもて人参果を幾度となく力に任せて打ちしかば鉄を恐れる霊木のたちまち枯れて折り倒され幹は地上に横たわりて葉さえその実も消え失せけん、たちまち見えずなりにけり、かくて岩裂の迦毘羅坊は人参果を倒し枯らして元の所へ立ち返りかの分身の岩裂を密かに手早く取り収めて再び清風明月らにうち向かいいよいよ負けじと争いければ二人の童子談合する様梢に残りし人参果はまさしくその数二十四と数えにけれど葉隠れしを見落としたるも知るべからず今一度園に至りて念のために数えて見んやがてうち連れ立ちてまた木の元に赴きつつと見ればあな無惨やないつの程にか人参果は実も葉も残さずうち倒されて横たわり枯れ果てて始めにも似ずなりしかばこはそも如何にと驚き騒ぎて泣くより他になかりけりしばらくして明月はようやくに目を拭いて浅ましや口惜しやこれもまたかの鼻高めがなしたる業に疑いなし大切なる人参果を盗みとられしのみならで木さえ倒され枯らされて我が師の帰りたまいし時何と言い訳なるべきぞ、悲しきかなと声たてて恨みかこてばせい清風思案をしつつ慰めて明月さのみ嘆きたまうなあからさまに此の恨みを返さんと欲するとも彼奴は師弟四人なれば力業では勝ち難しよりて一つの謀り事あり、斯様斯様にたばかりて和睦して油断させ山門その余の出口出口を厳しく戸ざさば彼奴らは逃げいずること叶うべからずかく取り込めて置く時は程なく我が師の帰りたまわん、その時つぶさに由を告げて身の怠りを詫びんにはその言い訳に証拠あり、此の義はいかがと囁けば明月感じて深く喜びやがてその義に任しつつまづ山門とその余の出口をいとも厳しく差し固め元の所へ立ち返りて両人ひとしくうち笑みながら浄蔵、岩裂らに言う様人参果をよく数えて見しに四つ失せたりと思いしは始めに数え違えしなり、梢に▲二十五残りたれば三つ失せたるに相違なし、大切なる果物をわたくしせられしは遺恨なれどもさりとて今更詮方なし、とくとくいでて行きたまえと言うに浄蔵喜びて、さては納得せられしな事ようやくに収まりて後ろ安くなりにたり、鎮元大仙の帰りたまわばよろしく伝えたまえかし、いざまからんと立ち上がれば八戒と沙和尚は旅行李(たびごうり)をもたげいだし繋ぎし馬を引きいださんとて早戸の方へ立ちいでしを岩裂一人喜ばずあざ笑いつつ従いけり、しばらくして八戒は忙わしく走り帰りて、上人知ろしめされずや、山門もその余の小門も皆ことごとくたて込めて錠を下ろして候えば、いずること叶い難しと言うに浄蔵驚きながら足を早めて山門のほとりに行きてこれを見るに戸ざしたる事果たして違わず詮方なさにすごすごと元の所へ立ち帰りて清風明月を呼びいだし、如何なる故にや日はまだ暮れぬに門戸をたてられ候えば今すらにいで難し、願うはくぐり門なりとも開きていだしたまえかしと言わせもあえず二人の童子は眼を怒らし声振り立てて、この痴れ者らが不敵さよ人参果を盗みさえ最も非道の行いなるに罵られしを憤りて密かに人参果を打ち倒し実も葉も残さず枯れ木にしたるは重ね重ねし不敵の振る舞い、類まれなる悪人なり、我が師鎮元大仙の帰らせたまうを待ちつけて由を訴え申さんためにはや汝らを捕り込めたり、覚悟をせよと罵りて間の扉をいかめしくたちまちはたとたてきりてそがまま奥へぞ退きける浄蔵法師は此の体たらくに迦毘羅坊をいたく恨みて、我露ばかりも咎なくて汝らがなせし悪事の巻き添えせられて虜(とりこ)となりしは返す返すも恨みなれ、いでやまたかの呪文を唱えて思い知らせん、迦毘羅坊覚えていよと息巻きて、早唱えんとする程に岩裂慌て押し止めて、上人しばし待ちたまえ、それがし既にしかたあり深くはられひたまいそと悪ぶれば浄蔵法師は呪文を止めて、しからば早く用意をせよ、とくとくせずやと責めたりける、此の時既に日は暮れて夜は早いなかになりしかば清風と明月はおのが部屋なる臥所に入りて両人ひとしく眠りけり、さる程に迦毘羅坊は事の様子をうかがうて時分は良きぞ皆いでたまえと言うに浄蔵、八戒、沙和尚心もとなく思えどもさてあるべきにあらざれば馬を引き荷物を担いて皆山門まで赴く程に岩裂は先に進みて口に秘文を唱えればさしも固めし大門の戸ざしは自ずからピンと開きて戸びらも左右へ分かれけり、既にして岩裂は浄蔵法師と両人の▲徒弟らをいだしやりて元の所へとって返し、かの童子らが臥所に至りて眠り虫の法をもていつまでもくだんの二人の目の覚めぬようにしつやがて浄蔵らに追いつきて斯様斯様に計らいたれば彼らに追われる気遣いなし、さればとて油断はならず夜の明けぬ間に急ぎたまえと言うに浄蔵うなずきてしきりに馬を早めけり、かかりし程に鎮元子与世同君はその明けの朝いなのめの頃、数多の高弟らを従えて群仙会より帰り来つ山門のいと早くより開け放ちたるをいぶかりながらやがて堂内へ進み入るにかの清風と明月がいで迎えざるを怪しみて彼らが部屋に至りて見るにあな浅ましや二人の童子は前後も知らずうまいをしたり、その時数多の弟子の仙人皆声々に呼び覚ませども揺り動かせども目を覚ませねば皆々いよいよ怪しみて引き立てんとしてけるを鎮元大仙押し止めて、やよや待て、人々清風、明月らがかくまでに呼べども驚き覚めざるは人の為に眠り虫を付けられたるにぞあらんずらん、とくとく清き水をもて、早く早くと急がして口に秘文を唱えつつくだんの水を二人の童子の顔へふっと吹きかければ清風、明月驚き覚めて鎮元子の帰りたるを見つつたちまち肝をつぶしてひざまづきたる両人ひとしくはらはらと涙を流して、大仙昨日留守の程に斯様斯様の災いあり、その故はしかじかと浄蔵法師に問われし事、また人参果を岩裂に盗まれし事の元末また岩裂にくだんの木を倒し枯らされたる体たらくをかき口説きつつ告げにければ驚き呆れざる者なし、そが中に鎮元子はちっとも騒ぐ気色なく、清風、明月さのみな嘆きそ、そは汝らが咎にあらず、かの岩裂というやつは古(いにしえ)日本神代の頃、天上を騒がして威如神尊という尊き号を日の神の賜りしになお飽くことを知らずして遂に如来に戒められ両界山の巌の元に押し据えられたる曲者なればなおざりの相手にあらず、しつれどもかの浄蔵は元これ凡夫の事なれば逃ぐとも▲遠くは行くべからずいで追っかけて手取りにせん彼奴らを戒むる荒縄の用意して皆々待ちねと言いも終わらず早戸の方に立ちいでてたちまち雲にうち乗りつつ西を指してぞ追うたりける○さる程に浄蔵法師は岩裂らに助け引かれて夜すがら馬を走らせしかばおよそその道六町一里を二三十里落ちのびたり星の光を仰ぎ見るに早明け方になるままに浄蔵いたく疲れ果ててまた行くべきもあらざればいと苦しげなる声をかけてやよ待て迦毘羅坊この夜もすがらまどろみもせで厳しく馬を走らせたれば身はいと疲れて耐え難し、しばしここらに休ませてよと言うに岩裂見返りてしか宣うこそ理なれ既に数多の道を来て五庄観へは遠くなりぬしばらく休みたまえかし夜も明けば里を訪ねて斎を求めて参らせんといらえて馬より助け下ろせば八戒、沙和尚も各々荷物をうち下ろして道のほとりの草を折り敷き等しく足をぞ休めける○かくてその夜は明け果てて烏の梢を離れる頃鎮元子大仙は間近く追いかけ来つ雲の上より見下ろすに浄蔵師弟は道の辺なる芝生に憩いいたりしかばなおも油断をさせん為にいと麗しき女と変じて地上に下りて歩み近づきにこやかに笑みながら浄蔵師弟にうち向かいて、聖たちはこの国に見慣れざる風俗なるが何処まで行かんとて朝とくいでて道のべにかくは憩いておわするやらんと問うを見返る八戒は浄蔵の答えを待たずたちまち目を細くして婦人此方へ寄らせたまえ我々は日本国より天竺象頭山へ詣でる者なり、昨日五庄観なる鎮元子の元に立ち寄りしにちと言い難き訳ありて昨夜夜すがら夜道をしたれば疲れ果てて候なり、持ち合わせし物ましまさば飢えをしのがせたまえかしと言うにうなずく鎮元子はなおにこにことうち笑みてそはいたましき事になん、いささかながら携えたる果物のはべるなり、これ参らせんと言いかけて静かに歩みて浄蔵のほとりへ寄らんとする程に、その機を察せし迦毘羅坊は金この棒を抜きいだし、此奴、曲者ござんなれ、微塵に成さんと罵って打たんとすれば鎮元子も心得たりと身をかわしてたちまち元の形を現し手に▲宝剣を抜き持ちてひらりと雲にうち乗れば岩裂も雲に飛び乗りてしばらく挑み戦い勢い猛きにへきえきしたる鎮元子は二足三足後ずさりをしてあしらえかねしを得たりと進む迦毘羅坊隙間もなく打たんとせしが怪しむべし鎮元子が衣の袖に巻き止められてたちまち眼も眩むと思えばその身はさらなり金この棒さえ袂(たもと)のうちへ巻き入れられてもがけどその甲斐なかりけり此の事の体たらくに八戒、沙和尚驚き騒ぎて得物をうち振り等しく雲に飛び乗りて戦わんとする程しもあらず鎮元子は近づき来て長き袂を引き伸ばし浄蔵師弟の頭の上より早打ちかかると見えたるが人は更なり旅荷物も馬さえ漏らさず巻き入れられていでんとするにいでられず八戒と沙和尚は熊手と仕込み杖をもて突き破らんとしたれどもその固きこと巌の如くいづべきようもなかりしかば呆れ果ててぞいたりける○かくて鎮元子大仙は法術をもて浄蔵師弟をことごとく生け捕りて再び雲にうち乗りてまたたく暇に我が住める五庄観に立ち返りて清風、明月その余の弟子ばらに事の由を告げ知らせ、皆ことごとく戒めよとて一人一人に袂の内よりつかみ取りて投げ出せば数多の弟子ばら起こしも立てず皆ひしひしと縄を掛けて引き立て押し据え高殿の柱の元にぞ繋ぎける、その時鎮元子大仙は手に法剣を抜き持ちて浄蔵法師、いわ岩裂らをしばしにらんであざ笑い、汝ら手並みは知りつらん我が秘蔵せる人参果を打ち枯らしたる腹いせになぶり殺しにしてくれん、さりながら我は昨日の群仙会にていといたう疲れたり、しゃつらはこのまま繋ぎ置きてまず休息して後にりょうらん皆々来よと鷹揚に剣を収め身を起こしてなお奥深く入りければ皆その尻に従いて共に奥にぞ赴きける○かかりし程にじょう浄蔵法師は岩裂をいたく恨みて、我が身この年頃の宿願を果たさずして縛り首を斬られん事、皆これ迦毘羅が成せし業なり、今は○まん悔やむも甲斐なし、南無阿弥陀仏と念じれば八戒もまた舌打ち鳴らして日頃からたくさんそうに俺を阿呆と抜かせども人も欲しがる人参果を食い隠しをせしのみならで、むか腹立って木を枯らし、果てはおいらを巻き添えしてこれかね○○ず縛り首、それでも神通自在に誇る和主は威如と言われるか神尊と言われるか、かにもりめがとつくやくを岩裂聞いてあざ笑い、阿呆よ、さのみ愚痴をな言いそ上人も恨みたまうな皆これこれ時の災いなれば逃れ難きに似たれども幸い辺りに人おらず、いざこの暇に逃れ去るべし、いでいでと言いながら身を起こすと見えたりし岩裂ははや縄を抜けて浄蔵は、八戒、沙和尚らが戒めの縄を手早く解き捨て我が髪の毛を四筋ばかり抜き取りて息を吹きかければ浄蔵法師と三人の姿に違わず変じたり、かくて岩裂は作り成したる浄蔵ら四人を柱に繋ぎ置きて、とくいでたまえと急がせば浄蔵法師喜びて八戒に馬を引きいださせ、沙和尚に荷物を担がせ岩裂と諸共に山門より逃れいでて西を指してぞ走りけり○さればまた浄蔵法師は岩裂の迦毘羅坊が法術の助けによりて▲不思議に必死を逃れつつ再び馬にうち乗りて八戒、沙和尚諸共に西を指して走ること拾里ばかりに及ぶ程に鎮元子大仙は宙を飛んで追っかけ来つ天地に響く声振り立て、岩裂めが似非法術にて一旦逃れいでたりとも我既に分身の術なることを早く悟りて四人の者を討たせしにたちまち四筋の毛となりて、ふんふんとして散り失せたり、逃げとて何処までか逃がすべき、返せ戻せと呼び掛けたり、浄蔵法師は鎮元子が再び追っかけ来つるを見て魂も身に添わずいかにせましとたゆたうを岩裂励まし慰めて道のほとりに馬を立てさせ黒金の棒を取りいだしてはや鎮元子にうち向かえば八戒は熊手をうち振り、沙和尚は仕込み杖を抜きひらめかして岩裂を助けて防ぎ戦うを鎮元子は物ともせずオッとおめいて衣の袖を投げ掛けると見えたりしが岩裂、八戒、沙和尚らはさらなり浄蔵法師は馬諸共に旅荷物さえ一つも漏らさずまた鎮元子の袂の内へことごとくまきいれられて再び虜になりにけり○かくて鎮元子は五庄観に立ち返りて清風、明月、数多の弟子にまた浄蔵、岩裂らを生け捕りたる事の趣を告げ知らせ、此度はなおよく戒めよとて袂の内より掴みいだせば人々喜び群だちかかって浄蔵、岩裂、八戒、沙和尚をいとも厳しく戒めてゆへ縄掛けてぞ繋ぎける、かくて鎮元子大仙は浄蔵、岩裂、八戒、沙和尚らを皆ことごとく戒めさせて清風、明月らに言う様、此度此奴らが成せし悪事はもとこれその師たる浄蔵法師が日頃より教えのなおざりなりしや故なり、かかれば浄蔵は自ら人参果を盗み食らわずその木を倒し枯らさずと言うともその罪すなわち第一なるべし、まず浄蔵を打ち懲らせよとくとくと急がせば清風、明月心を得て承りぬといらえも果てず手に手に樫の木の棒をもて浄蔵法師を押し伏せて背中を打たんとする程に岩裂慌てて押し止め、しばらく待ちね人々かの人参果を盗みしもかつまたその木をうち倒せしも全て我らが成せし業なり、かかれば第一番に打たれるべき者は我なり、我が師に何の咎やはあるとくとく我を打ちねかしと言うを鎮元子うち聞いて、此奴は無惨の悪者なれどもその師を愛する真心あり、しからばまず岩裂めを百も二百も打ち伏せよと言うに二人の童子らは浄蔵法師を引き起こしてまた岩裂をとって押し伏せ鞭を上げて片身替わりに背中の骨も砕けよといくらともなく打ちしかばさしもに太き樫の木の棒を打ち折りたりけれども岩裂はちっともたゆまで痛む気色なかりしかば数多の高弟立ち替わりて打つこと半日に及びしかども岩裂は心良げに眠りていびきをかくのみなれば人皆呆れて鞭を投げ捨ていかが計らい申さんやと問えば鎮元子苛立ちてその曲者は不死身ならんに打ちたるのみでは労して功なし、大釜に湯をたぎらせて▲煮殺すべしとぞ下知しける、岩裂これをうち聞いてこの仙人めが愚かさよ、我は古(いにしえ)日の神の勅命に背きし時かつての神たちに絡め捕られて湯立ての釜もて七十五日煮られたれどもつつがなかりし我が神通を知らずして、煮殺さんと欲するか我ちとの戯れをしてしゃつらに肝を潰させて一興を催すべしと腹の内に思案しつ、まず分身の法をもて戒めの縄を抜けいでてあちこちを見歩くに堂宇のほとりに大きなる石の獅子ありければこれくっきょうともたげ起こしてしきりに息を吹きかけつつしばらく呪文を唱えればくだんの石の獅子たちまち変じて岩裂が姿になりたり、すなはちこれを我が身の如く柱の元に繋ぎ置きてさらに隠形(いんぎょう)の法を行い姿を隠して浄蔵法師を守護して付き添いいたりしを知る者絶えてなかりけり○さる程に清風、明月はいと大きなる釜に水を多く汲み入れてしきりに薪を差しくべ差しくべ半時ばかり焚くほどに釜の湯たぎりて玉なすまでに煮え上がりたりければ鎮元子再び下知して、さらば岩裂を煮殺せと言うに清風、明月ら同門も手をかけて抱き上げんとしたれどもいと重くして三四人の力に叶うべくもあらねば皆々大勢たちかかりて頭を抱え足を引きはりようやくにもたげ起こして煮えたぎりたる釜の内へや声を掛けて打ち込めばなじかはしばしもたまるべきたちどころに大釜のそこをぐわらりとうち破りてどうと流れる煮え湯と共に石の獅子さえ現れいでてはっと立ったる灰煙に薪湿り火をうち消されて火傷をする者少なからねば、こはそも如何にと逃げ迷う▲しうせう大方ならざりけり、此の体たらくに岩裂は思わずも声をたててからからと笑いつつたちまち姿を現しければ皆々再び驚き呆れてただうちまもるばかりなり、その時鎮元子は岩裂が通力の手段に感じてかえって怒らず静かに岩裂を見返りて、やおれ迦毘羅坊汝かくまで神通あれば我が人参果を生かすべき薬方をも知りつらん、汝よくかの木を生かして元の如くにして放ちやるべし、如何にこの義をよくするやと問われて岩裂にっことうち笑み我もくだんの枯れたる木を生かす薬方を知らねども今より三日の日を許さば大千世界を走り巡りて薬を求めてかの木を生かさん、しばしの暇を許せかしと言うに鎮元子うなずいて汝いよいよ三日を限りて薬を求めて帰り来ば我ただ汝と義を結びて兄弟になりぬべし、必ず事を違えなと言うを岩裂聞きあえず、我は仮初めにも偽りをもて身を逃れんとするものにあらず、我が師の坊と徒弟らの戒めを解き許して我が立ち返るを待ちねかしと言うに鎮元子喜びて、そはもちろんの事になん汝が帰り来るまでは浄蔵ら三人を人質として留め置かん、とくとく行きねと急がすにぞ岩裂もまた喜びて、すなわち事の趣を浄蔵法師に告げ知らせ、今日よりして三日の内には薬を求めて帰り来べし、吉左右(きっそう)をまたえかしと言うに浄蔵うなずきて、しからば御事とく行きてとく立ち帰りて我を救え、約束の日を違えて事を過(あやま)つべからずと言うに岩裂一義に及ばず、そは心得て候なり、心を苦しめたまうなと言葉せわしく慰めて、さて鎮元子に別れを告げたちまち雲にうち乗りて南を指してぞ走りける○かくて岩裂腹の内に思う様、およそ物の生き死にを司る神二柱あり、そは南極と北斗なり、北極は死を司り南極は生を司る、されば物の生き死ににあずかること、これらの星にますものなければかの人参果を生かさん事を南極福禄寿星に求めば必ず手段あるならん、とくかの寿星に頼まばやと思案をしつつ時を移さず幾万里を飛行して福禄寿星のもとに赴きしかじかとおとなえば南極老人対面して神尊如何なる用事ありていと珍かにも問われしぞと問えば岩裂膝を進めて、それがしここに来つること斯様斯様の難儀あり、その故はしかじかと一旦の怒りに任せて鎮元子の秘蔵せる人参果を倒し枯らせし事の趣を告げ知らせ、翁我がためにかの木を生かしたまえかしと頼めば寿星は長やかに光る頭しばしばかきて、かの鎮元子大仙は折々天上へ往来すなれば愚老も元より疎(うと)からずしかるを言わんや神尊に頼まれる事なれば否むべきにあらねども如何にせん、我らは世に人たる者の命を伸ばす事をこそよくすれ草木の枯れしを生かす事はときは木の葉守の神木の花咲耶姫(さくやひめ)の▲神などこそよくすべけれ、彼処へ行きて頼みてみたまえ、我らが手際には及び難しと言うに岩裂望みを失い、しからば猶予いたし難し暇申すといそがわしく再び雲にうち乗りつつ南ぜん部州日本国なる富士山に天下りて木の花咲耶姫の神を訪ね参らせるに折りよく常盤木の葉守の神も登山して来迎の岩屋におり、岩裂すなわちこの二柱の神たちに対面してありつる難儀の趣を告げること始めの如く、かの人参果を生かすべき薬方手段を請い求めれば咲耶姫神うち聞きて神尊の知恵無量なるもさしつまりたる事の難儀に思い迷われたるにやあらん、わらわはこの御国(みくに)人の子を産むことを守るのみ、されば世々の民草の花咲き実る事ならぬ人たねの年々に増え増す事こそよくもすれ、四大部州のその内に只一本なる草還丹人参果の名木の枯れたるを如何にして生かす薬方手段のあるべき思いもかけぬことにこそと答えたまへば葉守の神も諸共に頭を振りてわらわもまた知りそかし世の中の森林その木をうち守りて枯らさず増やす事などは我が職分にはべれどもまだ見も知らぬ異国の木の枯れたるを生かす事は露ばかりも知りはべらず例えばたつ田姫の神の木々のもみじを染めいだせども枯れたるかえでを生かすことのならざるに相同じ、されば今より後の世に桜の花の早く散るを惜しみて泰山府君(たいさんふくん)を祀りて祈願の印を得る人ありとも枯れし桜を泰山府君も生かすことは叶うべからず、これらによりても察したまえと言われて岩裂ほいなげにしばし頭を傾けて、しからばまたいずれの神に頼みて望みを遂ぐべきやと問えば咲耶姫の宣う様、神も仏も霊験利益に各々得たるところあり、かかる事は南海なる観世音こそよくすべけれと岩裂うちうなずき実に言われればその由あり、しかれどもそれがしが五庄観をいずる時、わずかに三日の日を限りて立ち帰らんと約したり、しかるに今日は二日になりぬ、それがし飛行自由なれども南海までははなはだ遠し、この往来に約束の日限延びなば我が師の坊を遂に救うに由なくて枯れたる魚を市にとふことわざに似て、後悔あらん、さて如何にしてよかるべきと額をやまして立ちかねしを咲耶姫の神慰めて、神尊さのみ憂いたまうなふだらく山なる観世音は近頃武蔵の浅草寺にいたまうと伝え聞きぬ、くだんの大士は霊地霊地を巡りたまう、なれば今年は浅草におわするならん、このところより武蔵まではこの国の道のりにて五六十里に過ぎざるに神尊の通力にてはまたたく暇に至るべし、今更たゆたう事かはと言われて岩裂頭を撫でて喜ぶこと大方ならず、しからば今より彼の地に至り手観世音を頼むべし、あな忙しやと身を起こしつつ別れを告げて慌ただしく雲にうち乗り、つかの間に浅草寺へぞ駆けり行く○さればまた岩裂は雷神門のほとりにて静かに▲降りたちてやがて門内に進み入るに聞きしに勝るはんくわの霊場参詣の老若男女はただ櫛の歯を引く如く満ちさりあえぬばかりなれば岩裂は術をもて姿を隠し堂に登りて内陣に進み入り戸帳の内を差し覗きて迦毘羅坊が参りたりとまずおとないをしたりける、この時観世音は銭亀、梵天、因果地蔵菩なんどと欲を並ぶる参詣の凡夫の願いにこうじ果てて噂をしつつおわせましが今、岩裂が来つるを見てそがままほとりへ招き近づけ御事は既に浄蔵法師に具して渡天を致すべき身の如何にかくは暇を得て遙々ここらへ来つるやらんと問われて岩裂さん候、渡天の道中五庄観にて斯様斯様の難儀起こりぬよりて菩薩を煩(わずら)わして枯れ果てたる人参果を生かさん事を欲するのみ願うは大士ただ今よりそれがしと諸共に速やかにかの地に至りてくだんの枯れ木を生かしたまわば我々師弟の幸いならんと恐る恐る頼み申せば観世音あざ笑いて汝が悪行なお止までややもすれば災いを引きいだせしこそ落ち度なれ、我もし浄蔵の面に目でずは請け引くべき事ならねどもこの度は救い得させんとくとくいでよと急がして先に立たしつ紫運に乗りて只一日にときはなす五庄観にぞ着きたまう、その時岩裂の迦毘羅坊はまず堂内に走り入りて事しかじかと告げにければ鎮元子は慌ただしく浄蔵法師、羽八戒、沙和尚らと諸共に山門のほとりまで立ち出て観世音を迎え奉り、誘いたてて堂内なる客殿に招待す、その時観世音菩薩はこの諸人に対面して鎮元子にうち向かい我が教え子なる岩裂の迦毘羅坊が一旦の怒りに任して人参果を倒し枯らせし由驚き思う所なり、よりて岩裂が願いもだし難さに遙々と来つるなり、まずその枯れ木を一覧せん、いざいざ導をしたまえかしと言われて鎮元子喜びにたえず、そは思いがけもなく菩薩を労し奉りぬ、此方へ渡らせたまえとてそがまま園に導をしつつ机を設け香を焚きて、うやうやしくもてなす程に浄蔵法師、八戒、沙和尚、清風、名月、その余の者ども皆々等しく園に集いて大士を拝み奉る、かくて観世音菩薩はしばし枯れ木をうち眺めて岩裂を招き近づけ、彼に左の手を開かせてそのたなぞこへ指をもて加持の梵字を書きたまい、汝しかじかと言う歌を唱えてこの木を三度巡るべし、なおざりにな心得そと示したまえば岩裂はいと朗(ほが)らかに声を振り立て、ただたのめしがはらのさしもくさわれ世の中にあらん限りは吟じつつ倒れ伏したる枯れ木の四方を静かに三度巡る程に不思議なるかな枯れ木の○より清き泉の流れいでて、せんせんとしてほとばしるを観音きっと見そなわして、今この泉を汲まん者五行の器はよろしからず玉か象牙もて作りし物をとくとくいだせと急がしたまえば鎮元子その意を得て、清風、名月らに言いつけつつ瑪瑙(めのう)の壷を参らせれば観世音はくだんの壷に▲流れる泉を汲み入れて、さらにまた懐より柳の小枝を取りいだし岩裂は枯れ木の幹へ縄を結びて引き起こせよいでいでと言い掛けて早中空にうち上り口に呪文を唱えつつかの柳の小枝もて壷なる水を汲み掛け汲み掛けくだんの枯れ木に注ぎたまえば奇なるかな妙なるかな、さしも枯れ果てたる人参果は忽然として葉を生じ実をさえ梢に成りいでたり、観音遙かに声を掛けて岩裂既に時分は良きぞ、とく引き起こせと下知したまえば迦毘羅坊はおっと答えて幹に繋ぎし大麻糸を力に任して引く程に木はまた元の如くになりて現れたる根は土に入りうち折られたる枝もまた元の如くになりにけり、不思議と言うも余りある薩垂(さった)の方便、今にはじめず枯れたる木にも花ぞ咲く、誓いに洩れぬ主客の喜び、あっとばかりに感ずる声のしばしは鳴りも止まざりけり、その時清風、名月は等しく梢を仰ぎ見て、あなおぞましや我ながら四つ失せたりと思いぬる人参果はまた更に梢に二十五現れたれば三つ失せたりしに違いなしと言うを岩裂うち聞きて八戒もあれを見よ、久しき後に疑いし人の心を知ると言うことわざもあるものをと言いつつにっことうち笑めば、八戒は頭をかきて清風、名月諸共にいと悔しくぞ思いける、是より後の物語は下帙の五の巻に著すべし、これぞ真に目出度し、目出度し■
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第五編下(ほぼ原文)

2016-11-15 10:15:38 | 金毘羅舩利生纜
流沙川なる妖怪は岩裂八戒に斬りたてられて敵し難くや思いけん、早くも波の底に沈みて行方も知れずなりしかば両人これを追い捨てて再び汀(みぎわ)に立ち返り、さて師の坊に申すよう、この川広大無量なるにいと恐るべき妖怪住めり、例え船筏ありと言うとも彼奴を退治せざらんには後難あらずと言い難し、かかればまた我々は謀り事を巡らして彼の化け物を打ち滅ぼし、その後船を求むべし、されば我が師はうかうかとここにいまさん事は危うし、山陰(やまかげ)へ退きて吉相を待ちたまえかしと言うに浄蔵うなずきて、言われる趣ことわりなり、ともかくも計らいたまえと言うに岩裂喜びて師の坊を山陰なる要害の地に退かせ馬をもそこへ引きもて行きて、方辺の松に繋ぎとめ、なお様々に慰めて両人はまた更に波打ち際に立ちいでて密かに談合する程に岩裂しばし頭を傾け八戒は何とか思うおよそ水に棲む物は水ならざれば自由を得ず、なまじいに水中にて戦えば逃がしもすれ彼奴を陸へおびき寄せてうち捕らんこと肝要なり、そなたは水を潜(くぐ)ることかいつむりより早しと聞けり、斯様斯様にたばかりて彼奴をおびき寄せたまえ我は芦辺に立ち隠れて思いのままにおびき寄せ、後先より引き挟みて短兵急に討ち捕るべし、かの者退治せられなばただこれそなたの大功なり、よくしたまえとそそのかせば羽悟了しきりにうなずきて、実に言わるればその理あり、しからば我も波を潜りて彼奴が住処を訪ね求めん、合図を違えたまうなと示し合わして八戒は熊手を小脇にかい込みつつ流沙川へぞ飛び入りける▲さる程に妖怪は岩裂、八戒に斬りたてられておのが住処に逃げ籠もり、門(かど)の戸固く差し込めてもなお息切れてたえ難ければあえぐこと大方ならず折角(せっかく)見かけし我が食物も悪い奴らが付き添いいれば逸りては手に入り難し、まず一休みと枕引き寄せ早まどろまんとする程に八戒既に訪ね来つ熊手を持って門の戸を打ち破りつつ進み入り流沙川なる似非化け物、汝は水を家として底深く隠れるとも我もまた水中の働きは汝に劣らずいかで勝負を決せんとて後を慕って来つるなり、とくとくいでて戒めを受けずやいかにと呼び張る声を妖怪聞いて怒りに得耐えずたちまちがばと身を起こして枕に立てたる仕込み杖を小脇にかい込みきっとにらまえまたしても鼻高めが先には相手が二人なればしばらく譲りて争わず休息せんとて退きしを恐れて逃げしと思いしはても行き過ぎな自惚れ者たけの知れたる汝が武芸一人来ぬるは猪に似たる芋掘り坊主武者覚悟をせよと息巻き猛く刃を上げて討たんとするを八戒すかさず熊手をもて受けては流す互いの手練しばらく挑み戦いしが元よりたくみし事なれば八戒はややもすれば斬りたてられる様にして、且つ戦いかつ走れば妖怪は我を忘れて汚し返せと呼びかけ呼びかけ何処までもと追っかけたり、既にして八戒は思いのままにおびき寄せて波打ち際まで来にければ予て様子をうかがう岩裂、葦の茂みに身を潜めて手ぐすね引いて待つものから元より性急なりければまづ妖怪をやり過ごして後先より引き挟み討ち取る合図を早待って葦の中より現れいでて曲者待てと呼びかけつつ持ったる棒をおっとり延べて共に打たん競うてかかれば妖怪いたく驚き慌てて、また八戒を追うに及ばずあなやと叫んで後ろざまに三間ばかり飛び退きつつたちまちにまた波を潜りて行方も知れずなりしかば、八戒いたく腹を立てて熊手をはたと投げ捨てて噛みつくごとく声を振り立てこの師兄の阿呆めが日頃は俺をさうに阿呆、阿呆とぬかせども今日の始末は阿呆でないか、酷い□めんで骨を折りようやくおびき寄せたれども、まだ水離れもせぬうちに大人げもなくせき込んでむかいうちに▲せし故に彼奴を再び走らせたり、モウこの上は詮方なし、馬鹿馬鹿しいとつぶやけば岩裂道理に責められて沖を眺めて頭をかきあほうにさのみ腹をな立てそ先に合図を違えしを今さら言うとも言い甲斐なし、今一度彼処に行きて再びおびき寄せよかし、その度は決して逸らずやり過ごして討ち止めん、とく行けかしとこしらゆるを八戒聞いてあざ笑い例え彼奴も阿呆でも度々うまくあざむかれてうかうかと来るものかは、無益な事と思えども心やかに我また行かん必ず合図を違えなとたい状こふて熊手を携え、流沙川に飛び入りて波の底にぞ沈みける○さる程に岩裂は待つこと一時余りにして八戒虚しく帰り来つ様子は如何にと問わせもあえず八戒は舌打ち鳴らし初めから言わざる事かかの妖怪めは底深き岩の狭間に身を隠して罵れども遂にいでず、もう此の上は詮方なし、疑わしくは此方ゆかしやれ俺では行かぬとつぶやけば岩裂しきりに後悔して、また言うこともなかりしが憤りに耐えざれば、また八戒にうち向かい事の元をおす時はこの災いは観音菩薩の行き届かぬより事起これり、如何にとなれば我々を師の坊の道しるべとてかしづけながら八百余里の流沙川にぐせいの船の用意もなく、さる化け物を住まわして得知らぬ顔をせらるるを仏の慈悲と言うべきや、我南海へ赴きて観世音に由を告げ、否と言うとも引きずりもて来てかの妖怪を退治させん、これより他に思案はあらずと言うに八戒うなずきてその義誠にしかるべし、とくとく行きねと進めるを折から雲の内にものありて、しばししばしと止めつつたちまち汀(みぎわ)に下り立つを岩裂八戒いぶかりながらと見ればこれ別神ならず観音菩薩の御弟子なる恵岸童子でありければ、これはこれはとばかりにその来歴を尋ねるに恵岸はにっことうち笑みて、それがし此度観音菩薩の御使いを承りて、なんぜんぶしゅう日本国武蔵の浅草寺(あさくさてら)へ赴くなり、しかるに菩薩の宣うよう、岩裂が輩(ともがら)は浄蔵法師に相具して流沙川を渡す時、事の難儀におよぶことあらん、汝その折行き合わせなば斯様斯様に計らえとて他事なき仰せを受けしかば、道急がして来つるなり、しかるに菩薩の予てより計らせたまうに常違わず御身たち果たしてここに至りて妖怪のために抑留せらるることの由はかしこにて我はやつぶさに立ち聞きせり、彼はもとより妖怪ならず先に菩薩の済度によりて浄蔵法師の弟子とならんと渡天の供を乞い願うしかじかの者なれば御身たち初めより浄蔵▲法師なる由をあからさまに名乗りなば、彼いかにして敵すべき、ただ従わん事のみ願うべき者なれども、それらの由を告げざれば彼もまた知る由なくて事のここに及べるのみ、さるをなお悟らずして返って菩薩を恨みたまうは心得違いにあらずやと言われて岩裂頭をかき、さる因縁を知らざればかの曲者を我が師の坊のあたと思うて名乗りも知らせず無駄骨をかし悔しさよ、そもそも彼奴は如何なる者ぞと問えば恵岸はうなずいて彼は日の本の神代(かみよ)よりさばへなす荒神にてあまつととねの命と言えり、犯せる罪のあるにより先に日の神の勅かん(ちょくかん)を奉り遠く流沙川へ流されしより身のよる所なきにより烏の鳥にたいを受けてこの水中を家としつ、面青黒く嘴(くちばし)尖りて、さながら烏の鳥に似たるところあり、年頃渡天の法師ばらの此の川を渡る者を捕り食らうこと既にして九百九十九人に及べり、しかるにその内九つの髑髏(しゃれこうべ)よく水に浮くをもて腰に繋ぎて浮き沈みのたよりにせしより人あだ名して髑髏(どくろ)の妖怪と呼びなしたり、かかりし程にいぬる頃我が師観音大菩薩釈尊の仰せに従い、それがしを従えて日本国へ赴きたまう折から此の川のほとりにて彼の者を済度したまい後年日本国の大名僧浄蔵法師勅命を受けて天竺へおし渡り金比羅神王を迎え奉ることあらん、かの法師に従うて渡天の艱難を相助け、昔の罪を購(あがな)わば神仏二つながら道を得て今のくげんを免(まぬか)るべし、よくせよかしと説き諭して法名を悟定(ごじょう)とたまいぬ、それがし彼を呼ぶならば喜んでいで来つべし、いでいでと言いながら汀に立て声を振りたて鵜悟定(うごじょう)はいづくにある、先に観世音の示させたまいし日本国の浄蔵法師渡天の為に遙々とこの所まで来たまいしになどてやいでて従わざる、いと烏呼なりと呼ば張りたり、悟定はこの時水底なる岩の間にありと言えどもくだんの声を漏れ聞きて、喜ぶこと大方ならず慌てふためき水中より此方の岸に現れいで恵岸童子のほとりへ参りて、うやうやしく額(ぬか)を突き、それがし眼ありながら大士の予て示させたまいし名僧なりとは思いもかけずしばらくも悪心を差し挟みしこそ罪深けれ、許させたまへとうち詫びて、さて岩裂らに名対面して身のとりなしを頼むにぞ岩裂も八戒もまた今更に大笑いして観世音の方便を師の坊に告げ申さんとて岩裂は浄蔵法師のほとりに赴き流沙川なる妖怪は観世音に済度せられしあまつととねの命なること恵岸童子の図らずもこの所へ来あわしたる一部始終の事の趣、斯様斯様と告げしかば浄蔵感じかつ喜びて岩裂諸共いそがわしく汀に至りてうやうやしく恵岸童子に対面しつつ南に向かいて▲観世音の仏恩を謝し奉り、さて鵜悟定を呼び近づけてそなたは菩薩の教下(きょうげ)によりて我らを今より師と頼み渡天の供を願わるるはいと頼もしき同行なり法名は菩薩より既に悟定とたまいし由、またこれ悟了と一対にて我が宗の法義にかなえり、但し流沙川にて出家したれば沙和尚(しゃおしょう)とも言いつべし、結縁のため十年をいで授けんと立ち寄りて数珠押し揉みて仏みょうを十編ばかり授けたまえば不思議なるかな鵜悟定がくちばし落ちて鼻いで来、只口先の尖れるのみ腰に付けたる九つの髑髏もたちまち落ちにけり、かかる奇特に沙和尚の悟定が喜び大方ならずすなわち岩裂、八戒を師兄(あにでし)と頼み敬いて、随喜の思いしきりなり、しかれども舟無ければさすがの岩裂ほとんど困りていかにすべきと相議するを恵岸は聞きてうち微笑みそれらの事も予てより観世音の仰せを受けたり試みにその髑髏を縄に繋ぎしままにして水中へ浮かべてみたまえ、自ずから船いで来つべしと言うに沙和尚心得て髑髏を水に浮かべれば怪しむべしくだんの髑髏はたちまち舟の形と変じて波打ち際に漂いたり、恵岸はこれを見返りて人々あれを見たまわずや、昔悟定に伏せられたるものこの九人の法師ばらは仏果得たる者どもなればその髑髏(しゃれこうべ)水に沈まず今またかかる舟となりて人々を渡すのみ、いざとくとくと勧めれば浄蔵師弟喜びて菩薩の無量の方便を感じるの他に他事もなく馬さえ舟に引き入れて師弟四人乗り移れば舟は自ずから岸を離れて沖中遙かに走り行くを恵岸は汀に見送りて、しばし彼方に佇みしを浄蔵法師は伏し拝みて惜しむ名残もまかせよし八百余里をまたたく暇に向かいの岸にぞ付きにける、かくて又浄蔵法師四人は数多の月日の過ぎるまにまにまた幾余里の道を辿るに岩裂は馬を追い八戒、沙和尚は代わる代わるに旅荷物を担うものから八戒元より惰弱にして折々辛苦に耐えざればある日岩裂にうち向かいて師兄(あにき)は何とも思わずや、あの馬の役に立たざるに荷駄にならずからじりにもならず只師の坊を乗せるのみ、我々に荷を負わせても道を行くこと遅ければくたびれも格別増すなり、嗚呼なる馬にあらずやと言うを岩裂押し止めて阿呆よ馬を悪くな言いそ、あれはまさしく龍馬(りゅうめ)なり、知らずや日本国近江なる湖の主なりし龍王の弟にして小龍王金鱗と呼ばれし者なり兄の龍王の咎によりて憂鷹川へ流されしを観世音の済度によりて我が師の坊に相従い渡天の功を授けんとて姿を白馬に変ぜしなりと言えば八戒あざ笑いて我聞く龍馬は一日に一千里を走るというにあののろさでは心許なし、我は決して真と思わず馬鹿馬鹿しいとつぶやけば、岩裂もまたあざ笑いて馬のあがきの速いか遅いか試して見せんと言うままに後辺につきて▲行く馬の尻をしたたかに打ちしかば馬はこれに驚かされてまっしぐらに走ること飛ぶ鳥よりもいと速く山とも言わず坂とも言わず止まるところを知らざれば半日ばかりに五百里余りの道を容易くうち過ぎて、そことも知らぬ大百姓のかごのほとりにとどまりけり、これによりて浄蔵法師は鞍の上やすからず、只落ちじとのみ身構えして馬のひら首にしがみつきかむましかさも風にとられて只岩裂を恨むのみ、また詮方はなかりけり、言わんやまた八戒らは馬の行方を見失わじと汗を流して息を切りよし無き事を言いつんぽりていか酷き目にあうものかなと後悔しつつ遙かに遅れて喘ぎ喘ぎぞ追うたりける○この時日も暮れかかりて宿を求める頃なりければ浄蔵法師は馬より降りて岩裂と諸共にしばらく門辺(かどべ)に佇みたまえば内よりして一人の女房しとやかに立ちいでて聖たちは何処より何処へ赴きたまうにや今宵の宿を求めたまわば結縁のため御宿せん、いざ此方へと誘うにぞ岩裂早く会釈して、そは幸いの事なりかし、これなるは我が師にて日本国より遙々と天竺象頭山へ赴きたまう浄蔵法師すなわちこれなり、○○せし徒弟は我らが他に二人ありといえども道に遅れて未だ来ずしばらくここに待ち合わさん、御宿を頼み奉ると言うに女房うなづきて、いよいよ他事なくもてなしけり、さる程に八戒、沙和尚と諸共にひたすら走る師の坊の馬の行方を見失わじと思えばしばしも休らわず八九メ目に余りたる荷物を負いつつその日半日しきりに走りしことなれば既に息切れ足たゆみてまた行くべくもあらざりしを鵜悟定いさめて励まして助け引きつつ行く程にと見ればいと大きなる家の木の元に浄蔵法師の乗りたりけるくだんの龍馬を繋ぎ置きたり、さては我が師は既にはや此の所に宿取りたまえり、ヤレしんどやとうち下ろす荷物と共に八戒は大地にはたとへたばり伏して引き起こせども立ちも上がらずあら苦しやくたびれたり、我もまた雲を起こして空中を飛行すること千里の道をものともせざれど、さすがに重荷を負いながら地を走ることなどは雲助ならで誰がよくせん、かくいら酷き目にあわせし加毘羅坊こそ恨めしけれ薬よ水よとわめくになん主の女房聞きつけて振り出し薬一服を茶碗に盛りて携え来つ、御身たちは今宵宿せし聖の同行にこそおわすめれ、いたくくたびれたまいなばとくとくこれを飲みたまえそくこう湯(とう)にてはべるかしと言いつやがて差し寄せるを沙和尚やおら受け取りて八戒に勧めけり○しばらくして八戒は心地すがしがしくなるのみならずくたびれとみに退きければ頭を巡らして辺りを見るに実にいかめしき大屋敷にて二三十棟の米蔵あり牛馬はその数も知れず諸庵客座敷の綺麗壮観ただものの住まいにあらず、定めて所に富み栄える長者などの居屋敷なるべし、かかる所に宿取りたれば今宵の非時(ひじ)は料理なども念の入りたることならん、思いのままに飲み食いして日頃より食い足らぬ腹を肥やすは今宵にありと思えば一人ほくそ笑みして引かれるままに沙和尚諸共客座敷にぞ赴きける○かくて主の女ばらは浄蔵師弟を▲もてなしてりうがんにくの湯を勧め、菓子には棗(なつめ)をうずたかく玻璃(はり)の皿に盛りたるを自らうやうやしくもていでて浄蔵弟子に勧めて言う様、一河の流れ一樹の影も他生の縁と聞くなるに日本国より遙々と天竺へとて赴きたまう聖たちを泊め参らせしはただ仮初めの縁ならず宿世ありての事なるべし、よりて今また思う由を包まず申し試みはべり、そもそも天竺象頭山へはここよりも遙かにてなお年月を重ねざれば容易く至り難しと聞けり、ただこれのみにあらずしてその道すがら幾ばくの悪魔ありてしゅうげなさんされば旅寝に年老い朽ちて身は野ざらしとならんのみ、さらずは悪魔に伏(ぷく)せられて旅魂(りょこん)いたずらにさまようべし、これらを思えば天竺へ赴きたまうは愚かの業なり、我が家はぐどん氏にてわらわは金蓮(きんれん)と呼ばれはべり、今年は三十八才なりしかどもおしや命の長からで近頃世を去りはべりしに家を継がすべき男の子なく娘ばかり三人持てり、よりて第一の姉娘を無量(むりょう)と名付けはべりしがはや十九才になりはべり、さてその次を智恵(ちえ)と名付けて十七才になりはべり、そがおと娘の名は方便(ほうべん)彼もはや二八になりぬ同胞その性近しくて顔ばせもまたひなならず、縫い針の業糸竹の調べいずれに愚かあることなければ月雪花の三ぷく対とて人もうらやみはべるものから年頃婿を選びはべれどまだ相応しき縁(よすが)もあらず願うは聖今よりして天竺へ行かんと思う志をひるがえして我が家の婿になりたまえ姉娘無量をもて上人の妻とし定めてその次々は御弟子たちの好みに任して娶(めあわ)すべし、この義を受け引きたまへかしと繰り返しつつかき口説くを浄蔵法師は耳に聞けども心の中につまはじきして黙然として物言わずただ眼を閉じ数珠をつまぐりさながら木仏に異ならねば言う甲斐なしとや思いけん、金蓮はまた岩裂に説きすすめまた鵜悟定に説きすすめて御弟子たち我が言う事を空言とな聞きたまいそ、家に主の無しといえどもなお七蔵の宝あり、しかのみならず飢えて三度ほを結ぶ大上田千町ありそがたほやしの為に飼い置く牛馬は全て二三百匹奴婢も二百余人あり、かつ山にはあまんの材木ありて切りいだせども作る時なく海には無量のうろくずありてすなどる事に獲物多かり一生使い尽くすというとも子孫に譲るに余りある豊かなる家の婿にとて請い願わるを嫌いたまうはそは人情にあらずかし自ら思案したまえとかごとがましくかき口説けども岩裂も沙和尚も黙然として聞かざる如く一言半句の答えをせざるをいともどかしく思いをる八戒一人よだれを流してしきりに耳を傾けしがこらえかねつつ小膝を進めて浄蔵法師の衣のたもとを忙しく引き動かし、上人などてかくまでに言われるを答えもせで自ら興を冷ましたまうぞ思えば十万八千里の旅寝のうちに命終わらばまつられぬ鬼とならんのみまず家刀自の所望に任せてここにておのおの妻を娶りて、さてその後に象頭山へ赴きたまうとも遅きにあらずまげてかの義に従いたまえと言わせもあえず浄蔵は眼を見張り声を苛立て、八戒汝は迷いしな、我古里をいでしより寺にあへば仏を拝み、伽藍に入ればたうをはらうを務めとせんと思う由は象頭山へ赴いて金毘羅神王を迎えん由の大願を果たさんためなり、よしやここらにおとしめられて大福長者となるとても宿願虚しくなるならばここまで来たる甲斐もなし、汝さまでにこのもしくは決して伴わず還俗(げんぞく)して婿になれかべそせうをする事かはと腹たたしげに戒めたまうを金蓮聞いてあざ笑い、上人はひたすらに出家の功徳を唱えたまえど、未だ在家の頼みを知りたまわず、およそ初春にあうごとに新しき衣を重ねて新年を寿き迎え夏は河辺にすすみとり、秋は田毎の稲穂を取り入れ冬籠もりする宿には時ならぬ桜すみにやなぎ○ふのこき混ぜて炉の火を春の▲錦と見るめり、まいて夫婦の御愛まな子の愛着苦中に無量の楽しみ多かり、出家に何らの徳いかあらん、いと嗚呼なりとたしなめれば浄蔵聞いて、さればとよ御身は在家の楽しみを知れども未だ出家の楽しみを知らず、それ世捨て人の楽しみといつばよく恩愛の絆を断ちて繋がるること絶えてなければ苦海あい河に風たたず身は低きにいて志高く忍にくをもて喜びとすれば五塵六欲のために汚されず私欲あらんことを求めざれども百味の御食(おんじき)に乏しからずきよの安からんことを願わざれども極楽天道に至ることを得たり、されば殺生をことごとくして血をすすり肉を食らい妻子のためにほだされて最期の臨終○ねんをとり失える在俗の煩悩苦言に比べれば出家の楽しみ無量なりと言わせもあえず金蓮は眉をけたてて高やかにこの痴れ者舌長しわらわは仏心もて見る影もなきなん達を婿にと望むに疑うてあくまでおのれが功徳を唱えて在家をそしるは何事ぞや、その義ならば思い知らせん後悔すなと息巻き猛く身を起こしつつ間なる襖をはたとたてきりて奥の方へぞまかりける、それより後は茶だもすすめず、まいて夜食のさたもなければ浄蔵師弟は苦々しくかたみに目と目を合わせるのみ呆れざる者なかんけり、その時八戒進みいでて浄蔵法師にうちむかい上人さりとは飲み込み悪し、その○しんはとまれかくまれしばらく彼が言うに任せて婿にならんと約束しまずただ彼を喜ばすればもてなしもひとしおにて斎(とき)をもしたたか食らうべく今宵○やすく眠るべし、かくてこの明け方に出し抜いてたちいで○かば彼また詮方なかるべしこれ善行方便○ものがたきにも限りあり方便という由を知りたまわずやとたしなめれば浄蔵頭をうち振りて、そは善行方便ならずただ偽りを行うのみ妄語戒を保ちしより我仮初めにも空言をもて人を欺きたること絶えてなし、我が心既に決せり、無益の事を言わんより各々婿にならんと思わばこの所に止まるべし、我に遠慮することかはと言うに岩裂微笑みて誰彼と言わんより八戒ここの婿になるべし、しからばまた我々まで祝儀の席に連なりて酒も飲むべく飯をも食うべしこれ善行方便なり、人を救うは功徳莫大ひだるはらをかかえんより早くこの義に従えかしと言えば八戒眼を見張りて、我いかでかは婿になるべきただ師の坊の方便なくばかりち義にて果てしなければいささか意見を加えしのみ、わがひだるきに着きて思うに久しく門辺に繋がれたる馬も馬草の欲しからん、辺りの野らへ引きもて行きて青草あらばはますべし、あらしんどやと身を起こしつつとの方指していでにけり、浄蔵遙かに見送りて八戒が日頃に似ず身の飢えたるに思い比べて馬を哀れむは殊勝なりと言うを▲岩裂打ち消して八戒は淫をむさぼり栄華を願う凡夫の欲心、今さらに盛んなるにいかでか馬を哀れむべき、事にかこつけこの場を立ちしは金蓮に密かに会うて内談せんと思うにあり、彼何事を言うやらん、それがし後よりつけて行きて立ち聞きしてん、いでいで言いながら早立ち上がりとのかた指していでて見るに果たして八戒は野辺にいたらず馬をそこらに引き捨てて背戸の方へ赴くを岩裂うち見て一人うなずき、折ふし黄昏なりければねぐら○あさる雀に変じて背戸の柳の梢におりとも知らずして八戒は金蓮に会わばやと思えば心忙わしく馬をそこらに引き捨てて背戸の方より差し覗けば折りよく金蓮厨におり、八戒なりと見てければ慌ただしく立ち居出つ御僧よくこそ来ましたれ、御身の師でははべれどもあの上人の世事にうとき腹の立つまでじゃうこわければとてもかくても言う甲斐なし、また面赤く鼻高く髪の毛の白き人も色青く口先尖りてしおふ○に似たる法師も皆師の坊ろ同腹中にて従う気色あらずかし、ただ御身のみ初めよりわらわが所望を喜ばし気に聞かれし由は推したり、かかればくだんの三人は縁なき者にはべるかし御身はここに留まりたまえ、三人の娘の内にて気に入りたるを娶すべしやよやよのふと言いながら背中叩きてそそのかせば八戒しきりに小躍りして、そは耳寄りの事ながら故なうして我一人留まるべしとも言い難しと言うを金蓮聞きあえずその義なれば心安かれ、わらわいささか謀り事あり、斯様斯様に言いこしらえなば必ず御身を残されん、その折抜かりたまうなと言われて八戒笑まし気に誠に御身は顔ばせの優れたるのみならずたぐいまれなる才女なり、この謀り事極めて良し、しからば後辺を見返りて談合に時を移しけり、岩裂は既にして大方に聞はてしかば、さもこそあらめと微笑みて早先立ちて帰り来つ浄蔵と鵜悟定に八戒が金蓮と談合したる事のおもむきしかじかなりと告げしかば此彼ひとしく呆れ果てて嘆息の他なかりけり、かかりし程に八戒はことようやくに語らい果てて客座敷に帰り来にければ浄蔵うち見て、如何に八戒馬に草をはませしかと問われて八戒さん候、彼処に野辺のなかりしかば尋ねて時を移せし○まする暇(いとま)候わずと言うに浄蔵苦笑いて、馬にはまする暇なければそこら辺りに引き捨て置きて婿になるべき内談合に時を移せしならずやと言われて八戒うち驚き、それはとばかり口ごもれば岩裂かくとうち笑いて真に御身は顔ばせの世に優れたるのみならず類まれなる才女なりその謀り事極めて良しと褒めたる談合整いなば祝儀の酒をとくいださせよ思いのままに飲むべきにとほしをさしたる見通しの言葉に八戒いよいよ呆れてちりかいひねりてをる程に金蓮再び奥よりいでて浄蔵らにうち向かい、先には腹の立つままに言葉戦いしたれどもつらつら思えばかかる事は神仏の示現にこそ任せんと我も思い娘共も言うより観音寺に赴きて籤(みくじ)を取りてはべりしに上人とその余の二人は望みのままに天竺へ放ちやるこそよかんめれ、ただ八戒を止め置きて婿にせよとのまさしき霊宣疑うべくもあらざれば、あからさまに告げはべり、この御弟子を一人食べもしこれをしもきかれずはわらわもまたおなごの意地なり、四人ながら閉じ込め置きてえこそは放ちやるまじきにと言うに皆々手を打ち鳴らしてその義をいかでか否むべき八戒もしか心得よと言われて八戒頭を撫で一度出家したりしより在家の婿にならんとはいやいや思いかけねども否と言わば我のみならで師弟四人の難儀に及ばん思えば我らが運つたなくて貧乏くじに当たりしかと空辞退して立かぬるを金蓮ほほとうち笑いこらひはくわうどう吉日なり善は急げと世話にも言うにあなもどかしやいざたまえやよとくとくと引き立ててすい○深く伴いけり▲さる程に金蓮はその夜八戒を奥座敷に伴うてにわかに一間をかきはらいぎやまんの灯籠をあちこちに掛けたれば昼よりもなお明かりける、既に早婚姻の用意も大方整いければ八戒にうち向かいて、わらわが娘は三人あり、いずれを娶しはべらんやと言うを八戒聞きあえず昔唐土大しゅんという聖人はぢょくわう女英という同胞を娶りたまいし例(ためし)もあるに誰彼と選まんより三人ともに娶せたまえ我らことさらじんばりなれば例え三人四人なりとも決してひだるい目にはあわせず御身も寡婦(やもめ)の閨(ねや)寂しくは何時なりとも振る舞うべし、昔在ぞくたりし時、女房一人なりければなお事足らず思うものから百人前のたがやしして舅の世帯を豊かにしたる手並みはこの身に覚えあり三人共におしいだしてとく杯をさせたまえと言うを金蓮うち笑いてしゆんとやらんはとまれかくまれ天子より我々まで家に二人の女房なきは皆世の中の定めなり、所詮世に言うえんずくなれば姉を娶らば妹が恨み、妹を妻にせられなば必ず姉が恨むべしよりて一つの思いつきあり、目隠しという技をしてよしや姉まれ妹まれ捕らえられしを妻とし定めば片身に恨みなかるべし、この義はいかにとそそのかせば八戒しきりにうなづいてめんないちどりは面白し三人ながら呼び出してその意を得させたまえかしと言うに金蓮声高やかに無量も智恵も方便もとくとくいでよと呼び寄せて事しかじかと告げ知らせ、さて長やかなる手拭いもて八戒が両目を後ろざまに括り塞ぎて、サァ捕らしゃんせと突き放せば三人の娘は手を打ち鳴らして、ここに現れ彼処に隠れと捕らえられじとかくらう程に八戒は両の手に姉と妹を引き捕らえて二人ながら娶らんものをと思えば辺りに斟酌(しんしゃく)なく大手を広げて走り巡ればたちまち柱に鼻柱を打ち歪めて仰け反り倒れまた起き上がれば後ろから背中を突かれてひょろひょろと伏し転ぶのみ、一人も捕らえず果ては精のみつからしてあな苦しやと叫ぶのみ再び立ちも上がらねば金蓮しきりにうち笑いてめんない千鳥で娶らせんと思うに甲斐無き御身ののろさとよべ得ざればこれをば止めて福引きにして引き当てられしを今宵即座に娶すべしと言うに八戒うなづきて実に赤縄(せきじょう)のかかるところ縁の糸とも世に言えば福引きはいと面白しとくとく縄の用意あれ、やよなうなうと急がす程に予て用意やしたりけん、長やかなりける三筋の糸に白銀の分銅を付けてはやそのほとりへもていでつ、サァ引きたまえとさぐらすれば八戒はいずれをがなと思いつつ選び取る糸のたちまち左右の手なくびへからまいつきて後ろ様にぐつぐつとねじ上げ引き締めさながら有司(ゆうし)の罪人を戒めるに異ならねば、こは不思議やと身をもがきて振り解かんとする程に松の梢に引き上げられて今までありつる姉妹も金蓮さえにかき消す如く形は見えずなりにけり○さる程に浄蔵法師は岩裂、沙和尚諸共にその夜を客座敷に明かすになん東ようやく白みにければ身を起こしつつ辺りを見るに怪しむべし宵に止まりし大屋敷は跡もなくいとふりたる松原に野宿して夜を明かせしなり、これはいかにとばかりに方辺を見れば八戒は高手に小手を戒められて松の梢に釣られたるくだんの縄に札を付けて戒めの文言あり、渡天の難行大方ならねば行く先もなお魔所▲多かり、道心堅固ならざれば大願成就せしめ難し、ここをもて観音薩た文殊勢至を語らうて○○○美人の姿を現しその道心を○○○みしに浄蔵法師の心移らず仏に仕ふる真心の堅固なること巌の如し、一人羽悟了八戒のみ昔の俗定(ぞくじょう)未だ失せず色に迷い欲に引かるるその心ざま汚れたり、よりて戒め置くものなり、よくよく向後を戒めてこの度は許すべし、かくても心を改めずばその身を滅ぼす災いあらん、努めよかしと記されしを読み果てぬに八戒はいと苦しげなる声をかけて人々我を救いたまえ救いたまえと叫ぶになん浄蔵その愚を哀れみて解き下ろさせて向後を戒めその身は馬にうち乗りて三人の弟子諸共に西を指してぞたどり行く行く手の道ぞ遙かなる○これよりしてにんじんくわの大厄難の物語あり、作者病後の事にしあれば保○のために暇無しそは六編に著すべし、また来る春を待ちたまえ、目出度し目出度し■
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第五編中(ほぼ原文)

2016-11-15 10:14:33 | 金毘羅舩利生纜
わかとびの八戒(はっかい)羽悟了(うごりょう)は既に浄蔵を師と仰ぎて渡天の供を願いしかば、さらば剃髪すべしとて浄蔵すなわち迦毘羅坊に言いつけて、その頭髪を剃り落とさせ岩裂を兄弟子とし羽八戒を弟弟子とす、その時岩裂は□□太郎官にうち向かいて、それがしかつて伝え聞くに和殿この八戒を婿にせしより彼が働きによりてかくまでにいとも豊かになりたるにあらずや、しからば忌み嫌うことなくこの家を継がするとも怪しむべき事にはあらず、さりけれども彼が異類の故をもて親子等しく忌み嫌わる八戒既に出家して我が師に旅路に従えば再会は図り難し、かかれば夫婦の重縁もここに断絶するものなり、せめてもの報いには袈裟衣、と巾(ときん)、懐刀、頭陀袋、衣服、足袋、ごりの類まで彼が為に整えてはなむけにしたまえかしと言うに太郎官一義に及ばずにわかに羽悟了が旅装束を整えつつ、皆具(かいぐ)揃えて送りけり、その時岩裂は羽八戒にうち向かいて賢弟(けんてい)法師になりたれば、妻子にほださるべきにあらねど人の心をやすむるためなり、暇の状を書きしたためて芙蓉に取らせたまえかしと言うに八戒そうろうなむに由なく三下り半は定まりの文句の文言名印をすえたるさり状書きて渡せしかば太郎官夫婦はさらなり、芙蓉も深く岩裂の恩を感じて喜びの気色は表に表れけり、かくて主太郎官は浄蔵師弟三人を様々にもてなして沙金おのおの二百両、金襴おのおの五巻を布施として浄蔵岩裂に贈りしに岩裂はあざ笑いて、その布施をよくも見ず浄蔵これを押し返して我々は是▲出家の事なり、金銀美服も何にせん、いわんや遙けき旅の空に何物を携うべき、志はさる事ながらいささかたりとも受け難しと固くいろひて取らざりしを太郎官は言葉を尽くしてしばしば進めて止まざりければ浄蔵法師はこうじ果てて岩裂と談合しつつ太郎官が下部はじ六を招き寄せてくだんの沙金巻絹を指し示して、さて言うよう我ら思いがけもなく八戒という徒弟(でし)を得て、道の助けとしつること、元これ観世音菩薩の御計らいと聞くものから道に和殿にいで会うてここへしるべをいたされたるその功徳もまた莫大なり、よりてこの沙金と巻絹をことごとく取らするなり、必ず否むことなかれとて遂に主に別れを告げて、その明けの朝立ちに馬にうち乗りいでたまえば八戒は太郎官親子の者にいとまごいして先には師兄(あにき)の言うに任して去り状を書きたれども世に和尚の隠し妻もそのためし多くあり、今行く道は十万余り八千里の長旅なれば師匠の道にて死なるるか或いは旅に飽き果てて中途より引き返さばまた来て芙蓉と一つになるべし、しばしの別れを悲しみてきなきな思いたまうなと言うを岩裂打ち消して、さのみはあほうをつくなせそ、とくとく荷物を担がずやと叱り懲らしつ師の坊の馬を追いていでて行けば八戒は我が熊手に全ての□箸(こり)を引き掛けて遅れじとてぞ従いける、されば主太郎官は名残を惜しみ□をしたひて村境まで送りつつ涙を注ぎて別れけり□かくて浄蔵法師は太郎官に別れてよりしきりに馬を進めつつ岩裂を見返りて迦毘羅は何と思うやらん我いぬる年両界山のあなたなる和こくの庄に宿りを求めていさ部の綾彦が日の本をしたへることをよく知れり、そも殊勝なる事ながら彼処は唐とだったんの境なればなお近かり、それより万里の道を隔てしここにもサイヤアハン州あり、人物風俗大方ならず日本風に習う事、いよいよ奇なりと言いつべしこれを見、かれを思うも我が日の本は万国に優れていとも尊きこと仰ぐべし仰ぐべしとしきりに感心せられしかば岩裂しばしばうなずきて真にさなりと答えけり、その時八戒走り着きて、これより行く手のりょう山に烏巣(うそう)禅師という名僧あり、それがし元より相知れり、立ち寄らせたまはずやと言うに浄蔵うなずきてそがしばの戸を叩かせて烏巣禅師に対面しつつ西天へ行く道の程の吉凶を尋ねるに禅師頭をうち振りて西天へは行き難し思いとどまりたまえかしと言われて浄蔵うち驚き、しからば難行苦行をなすとも行き着くすことの叶わずやと問うに禅師は微笑みて、否行き難きにはあらず、道に魔性の物多かり、この故に行き難きのみひん僧年頃読じゅしまつる般若波羅蜜多心経あり、この御経を読む者は一切の災いを逃れずと言うことなし、いでいで授け参らせんとて読むこと全て五遍(ごへん)にして浄蔵よく記憶せり、今の心経すなわち是なり、かくてまた禅師は後の吉凶を偈(げ)につくりて示す程に、そが中に多年老石卵(ろうせきらん)木鳶(もくえん)踪歩長(そうほながし)と▲いう二句あり岩裂これをうち聞いて怒れること甚(はなは)だしく金箍の棒を引きいだして禅師を打たんとする程に禅師は雲に飛び乗って早中空に登りしを岩裂はなお逃さじとて続いて追わんとしてければ浄蔵八戒押しとどめてまずその故を尋ぬるに岩裂声を振り立て、只今烏巣が唱えし偈句(げく)に多年老石卵(たねんろうせきらん)という句あり、これ我らをそしるなり、また木鳶(もくえん)しかじかという句あり、これ八戒をわらへるなり、しゃついかばかりの徳ありて我らをかくはあざけるや、うち懲らして腹をいん、そこ退きたまえと息巻くを浄蔵いたく戒めて禅師今我々が後来(こうらい)を戒むるに偈をもって示されしを怒るは要なき事ぞかし、思い捨てて行かずやと理(ことわり)責めたる師の坊の言葉に岩裂怒りを収めて、三人庵を立ちいでつつ、西指してぞ急ぎける○かくて又幾そばくその月を重ねて行くこといよいよ遙かなる浄蔵師弟三人はある日またいと険しき高嶺のもとに来つる時、一人の木こりに会いしかば浄蔵これを呼びとどめて山□の案内を尋ね問うに、その人答えて問わせたまう、この高嶺は黄風山(おうふうさん)と呼びなしたるいと恐ろしき魔所になん、さるによりこの山に魔王あり、折々いたく風を起こして木を抜き石を転ばす事すさまじなんど言うはかりなし、まいてその風の人の身に当たる時は腕とも言わずすねとも言わず刃をもって斬らるるごとく破れ裂けて死する者多かり、この故にこの辺りには人の住むことそうらわず、我らも山へは入らずして麓を限りに稼ぐのみ、よくよく用心したまえと言い捨てて早行き過ぎける、八戒これをうち聞きて、さる恐ろしき風の吹く山□ならば越えぬがよし、恐(こわ)や恐やとつぶやくを浄蔵法師見返りて八戒さのみ恐るることかは、この山を越えずして余所に行くべき道はなしと言うに岩裂うなずいて、師の仰せこそ理なれ、我やまぶみをすべけれとて先に立ちつつよじ登る山はことさら険しくて、吹く風肌へを切る如く、面(おもて)を向くべきやうもなければ浄蔵法師は馬より下りたち八戒は鼻つらを襟に差し入れて進み得ず岩裂眉をうちひそめて、この風は是世の常なる谷より起こる物にあらず、また虎などの起こすにもあらず、真に由々しき魔風にこそと言う言葉未だ終わらず、現れ来つる一手の妖兵、先に進むは大将と問わでも知るきその出で立ちは荒れたる夜叉に異ならず道を塞いで声を振り立て、ここへ来たるは何やつぞ、この山の主黄風王のここう腹心と呼ばれたる巡官(じゅんかん)ももんぐわあと呼ばるるは我なり、名乗れ聞かんと呼ばはったり、その時岩裂進みいでて、汝知らばや我が師の坊は日本国の生き菩薩浄蔵法師におわします、先に帝の勅に従い、天竺象頭山へ赴きて金毘羅神を迎えたまえば今日この山を過ぎらせたまうに導(しるべ)をせずやと言わせもあえず、ももんぐわああざ笑って日本国の坊主でもぼんでん国の所化(しょけ)でも我が眼にかかっては引きずり返って大王の御下知に任すべし、あれ生け捕れと息巻きたる指図に従うその手の妖怪承るといらえも果てず得物得物を引き下げて群立ちかかるを羽八戒が熊手を持って押し隔て多勢を相手に戦うたり、その暇に岩裂はももんぐわあに渡り合いてしきりに挑み戦うたる▲勇武自在(ゆうぶじざい)の棒の手に叶うべくもあらざればももんぐわあは辟易(へきえき)して一足いだして逃げ走るをなお逃さじと追う程にたちまち行方を見失いて、そこかここかと尋ねれば一群茂き茅(ちがや)の内にももんぐわあは隠れており岩裂早くこれを見て抜き足しつつ近づきて棒取りのべてはたと打つに例えば張り子を叩くが如く手応えもなくへたばりたるかかる所に羽八戒は妖卒どもを討ち散らして熊手をひ下げて走り来つ、此の有様に喜び勇んで師兄しとめたまいしが手柄手柄と誉めたつれば岩裂(あにでし)後辺を見返りて、手柄どころかこれを見よ、これは真のももんぐわあならず、彼奴は金蝉脱売(きんせんだつこく)の謀り事を用いしなり、よく見よかしと言いつつもくだんの骸(むくろ)を引き起こせばももんぐわあにはあらずして、得知らぬ獣の顔なりけり、岩裂いたく後悔して、我々長追いせし故に彼奴はだっこくの手立てをもて遠くここらへおびき寄せ、その身は元の所へ至りて我が師の坊を虜(とりこ)しけん、八戒続けと一足いだして元来し道へ馳せ帰れば羽悟了の八戒も驚き慌てて踵(きびす)を巡らし、遅れじとてぞ走りける○かかりし程にももんぐわあは金蝉脱売の謀り事をもて岩裂を出し抜きつ元の所へ立ち返りて一心不乱に心経素読じゅしていたりける、浄蔵法師をかい掴みて小脇にしかと引きかかえ黄風洞に走り帰りて風魔王に告げるよう、それがし今日山中を巡行して候しに日本国より行脚の名僧浄蔵法師師弟三人山を越えるにいで会うて斯様斯様に計らいつ浄蔵法師を絡め取りて御覧に供え奉る▲とくりょうらして御酒宴の肴に仰せ付けられよとしたり顔にぞ述べにける、黄風大王うち聞いてその浄蔵と言う奴は四世再来(しせさいらい)の名僧なれば最も得難き肴なり、賞翫すべきものなれどもその弟子に岩裂の迦毘羅坊、八戒坊羽悟了とて神通不思議の曲者ありと世の風聞に伝え聞きたり、さるを今早まってこの浄蔵をうち食らわば岩裂八戒深く恨みて我がこの洞を騒がすべし、かかればまず岩裂と八戒をうち捕って後ろ安くして後にその名僧を賞翫せん、しか心得よと説き示せばももんぐわあ感心して、仰せ真にその理あり、しからばこの法師をば岩室の内に繋ぎ置き、またかの二人の弟子どもを生け捕って諸共にりょうらせたまわばあきたりなん、手の者少し貸したまえ、それがし再び向かうべしと言えば魔王は頭を打ち振り、岩裂は好敵なり、そぞろに逸りて過ちすなととどめて許さざりければ、ももんぐあ苛立(いらだ)ちて大王などて臆したまうぞ、それがしもし岩裂にうち負けて手を虚しくして帰りまいらば我がこの頭を召さるべし、いでいでと言い掛けて□□(くっきょう)の妖怪を一百あまり従えて再び山□にたち出たり、さる程に岩裂は八戒と諸共に元の所へ帰りて見るに馬と旅荷物はありながら浄蔵法師の見えざれば足ずりしつつうち嘆きて□は我が師は捕られたまいぬ、いざや尋ねて取り戻さんと用意とりどりなる折から早いで来つるももんぐあ多勢をもつておつ取り巻き絡め捕らんと競ってかかるを物々しやと岩裂は例の金棒をうち振りて、うち倒しうち倒しまたたく暇に妖怪どもを残り少なにうち殺せば、ももんぐあ驚き恐れてたちまちに逃げ失せしが恥じて洞へは帰り得ず、ふもとの方に身を潜まして深く隠れていたりける○岩裂は再びまでももんぐあを討ち漏らして憤ること大方ならずすなわち元の所には羽八戒を残し置きて、馬と荷物をうち守らせ一人進んで高嶺なる黄風洞に押し寄せて門うち叩き声高やかに黄風悪魔は何処におる、早く我が師を送り返せ、異議に及べば門戸を破りて皆殺しにせん、いかにそや、とくとく返さずやと呼ば張ったり、さる程に風魔王はももんぐあがうち負けて手の者多く討たせし由を伝え聞きて驚き怒り、さらば自ら討っていでて岩裂めを生け捕るべし用意をせよと急がす折から岩裂既に押し寄せたりと知らせに▲騒がぬ風魔王手の者数多従えて門開かせてゆるぎいで、やおれ岩裂の迦毘羅坊、我汝が師を捕らえたりとも未だ殺さで置きたるに虚実も問わで押し寄せ来ぬるは物を知らざる痴れ者なり、その義ならば思い知らせん観念せよと罵ってかたがまの鉾(ほこ)うち振りうち振り突き倒さんと競いかかるを岩裂得たりと棒取りなおして挑み戦うこと半時ばかり、勝負も果てしなかりしかば岩裂は身の内なる毛を引き抜きて吹きかけるにその毛はたちまち数多なる岩裂と変じつつ風魔王にうってかかるを魔王は騒ぐ気色なく口に秘文を唱えればにわかに起こるはやち風、木を抜き倒し石を飛ばすその風鋭きこと刃をもって切る如く岩裂が作りいだせし影武者の大勢はこの大風に吹き散らされて今は真の岩裂さえ吹き殺さるべくおぼえしかば心ならずも逃げ走りて麓を指してぞ退きけり、かかる折からももんぐあは岩裂を討ちとめて先度の恥を清めんとて草むら陰から現れいで討たんとするを引きはずす岩裂が棒の手に立つ足もなく追いまくられて麓のかたへ逃げ走るむかうに立ったる羽八戒が得たりと熊手取りのべて太腹ぐさと刺し貫きたつるる所を戒刀引き抜き首打ち落としてよく見れば、これむささびの化けたるにて、その本体を現しけり。その時岩裂の迦毘羅坊は先に風魔王と戦うたるその事の体たらくを羽悟了に物語りて我もまた雲を起こし風を起こす神通力の人に負けじとは思わざりしがあの魔王めがいらどき風にはほとんど困り果てたりき我は元より不死身にて刃も通らず火にも焼かれずしかるも彼奴が起こせし風に眼をいたく打たれしかばその痛み耐え難し、これ見よかしとて指し示せば羽八戒はつくつくと見つつ思わず大息付きて恐ろしや恐ろしやあの風はいかなる風ぞや山懐に避け隠れたる我だにも悪ろく防がば吹き殺されんと思いしなり師兄(あにき)すらかくの如し、哀れむべし我が師の坊は命を取られたまいけんと言うを岩裂聞きあえず、否我が師はなおつつがなし手立てを持ってすくい取り参らせんと思えども日は早西に傾きたり今宵は麓に宿を求めん此方へ来よとて先に立てば八戒その義に従って馬を引き□□(こり)を担ってひとしく麓に下る程に道の行く手の林の内に侘びたる一つ屋のありしかばそこに宿りを求めしに主は旅のなすと聞こえて四十路余りの女房のただ一人いたりしがいと甲斐甲斐しくもてなしけり、その時岩裂は主の女房にうち向かいてここらには目医者のなきや我が目痛みて耐え難しと言うを女房聞きあえず見たまうごとく一つ屋にて隣村など言うものすら近きわたりにはべらねば薬師(くすし)はたえてなけれどもわらわが家に伝えたる日月清明散(じつげつせいめいさん)という目薬のはべるなる、用いたまわばまいらすべしと言うに岩裂喜びて、そは幸いの事なりかし、それたまわらんと急がせば女房は目薬を小皿に溶きてもて来つつ鳥の羽をもて岩裂が両眼に作る程に痛みは即座に退きけり、さる程に岩裂は八戒と諸共に臥所(ふしど)に入りて眠りしにその明け方に一人覚めて眼を開きて▲辺りを見るに常よりもなお明らかにて蚤蚊の眉だもよく見れば、かつ喜び、かつ感じて真にここの目薬はれいほうなりきと独りごちてその夜の明けるを待つ程に窓の隙より白み染めて山烏の声すれば八戒を呼び覚まして、これかれ等しく身を起こせばこはいかにありつる家は跡もなく二人は深き森の内に木の根を枕に臥したるなり、いよいよ不思議の事なれば岩裂は我が目の痛みの癒えたる由をしかじかと八戒に告げ知らせて心ともなく方辺を見れば決明(けつめい)と言うくさの□ふに数多の文字現れて浄蔵法師を守護の神、昨日当番の虎童子、薬師如来に請い奉りて威如神尊の目の病を療治せしむるものなりと鮮やかによまれしがその字は読むに従って次第次第に消え失せけり、かくいちじるき応験奇特にさすがの岩裂我を折てさては薬師の冥助にて我が目はたやすく癒えたるなり、かかれば再び黄風悪魔を攻めたいらげて師を救わん、さればとて謀り事なく漫ろに進まば彼奴が風に破られん事疑いなし八戒は昨日の所に馬と荷物を守りていよ、我は悪魔の洞の内に忍び入りて師の安否と敵の虚実をうかがうべしと言うに八戒うなずきてその義もっともしかるべし、とく行きてとく帰りねと言うに岩裂聞き捨てて又山深く登りけり○されば又岩裂は黄風山によじ登りて、魔王の洞に近づく程にその身を一つの蝿(はえ)と変じて戸の節穴より内に入り、そこらくまなく見巡るに知るものたえてなかりける、痛ましいかな浄蔵法師は黄風洞なる奥座敷の柱に縛り付けられて昨日よりして一つ粒の糧(かて)だに与えられざれど生死の境に迷うことなきとく行ぶそうの聖なればいささか騒ぐ気色なく口の内にて心経を読じゅしていたまいしに頭の上に声ありて上人上人と呼ばれしかば浄蔵驚きうち仰ぎて我が名を呼ぶは迦毘羅坊が声にまさしく似たれどもここら辺りに姿は見えず、あらいぶかしいや何者ぞと問われて岩裂声密やかに御疑いは理なり、魔王の虚実を探らんためにそれがし姿を蝿に変じて忍び入りてここにありと諭せば浄蔵喜びてとくとく我を救えかし、ともかくもして救わずやと言うをいわ岩裂押しとどめて、あな声高し頭に耳ありよしや仰せはあらずとも風魔王を滅ぼして我が師のやくを説くべしとて心を苦しめ候なり、今しばし待ちたまえそれがしかくて候えば救い出さでやむべきやと励ましつまた慰めてそがままそこを立ち退きて魔王の□室(ゐま)に赴きけり▲この時黄風悪魔王は昨日岩裂に戦い勝ったる喜びに手下の化け物ども頭(かしら)だちたるを呼び集めて酒うち飲ませて我も飲みて漫ろに魔術にほとりしかば妖怪ども言葉を揃えて日の神だももて余して威如神尊という司位(つかさくらい)を授けられたる岩裂なれども我が大王の風にはかなわず、かかれば大千世界なる神というとも仏というともよく勝つ者は候わじと言えば黄風うち笑みて、実に汝らが言う如く天地の間にあらんもの例えいかなる神通ありとも我はものの数とも思わず、ただ大黒天は恐るべし。今にもあれ大黒のここに来ることあらんには我が術破れて行い難し、恐るる者はただこれのみと言えば手下の妖怪はともに恐れる気色にて仰せのごとしと答えけり、この時も岩裂は初めのごとく蝿になりて魔王の背中に止まりており、今しかじかと言うを聞いて、独り喜びにたえざれば一ト声ぶぅんと羽根を鳴らしてとの方へ飛び去りつ忙わしく山を下りて元の姿を現しけり、八戒遙かにこれを見て師兄(あにき)敵地の様子はいかにと問えば、岩裂走り寄りて蝿になりて立ち聞きしたるくだんの由を告げ知らせ、かかれば我大黒天をかたらうて魔王を滅ぼさんと思えども未だ縁あらずして大黒天相知らねば今は何処におるやらんと言うに八戒ちりかいひねりて伝え聞くに大黒天は北方水とくの神にして北方ぢくにありとかや、また日本に現れては大黒主の尊(みこと)と言われる、この故にある時は日本にあり、またある時は天竺にあり只今いずれの国にあるや知る由なければ詮方あらずと言う言葉未だ終わらず、たちまち雲にうち乗りて此方を指して来る者あり、岩裂これを仰ぎ見て来たれる者は神か仏かそもそも悪魔妖怪か威如神尊ここにあり、名乗れ聞かんと呼びかけたり、その時くだんのあまとぶ神は静かに雲より下り立ちて岩裂にうち向かい神尊無礼を許したまえわかとびもつつがなきや、それがし物を尋ねるために天竺へ赴くなり、用事あらば承らんと言うに八戒微笑みて、この神はこれ別人ならず大黒天におわするかしと引き会わせれば岩裂は喜ぶこと大方ならずそれがし君を語らうべき要用の事あるにより尋ね奉らんと思いしに▲計らずここへ来たまうこと真に得難き幸いなり、その故は斯様斯様と浄蔵法師の厄難の事の趣、黄風魔王が悪風にうち破られたる体たらくを言葉せわしく説き示し、願うはそれがしを相助けて魔王を退治したまえかしと頼めば大黒驚きて、さてはしゃつめはいつの程にかここらの山に隠れ住みてさる悪行をなすにこと、只今も言いつつごとくそれがしが此の月頃尋ねるものは彼奴なり、しかるに渡天の聖僧をしばらくも苦しめしはこれそれがしが過ちなり、いかでかなおざりに見すぐさんや、今より神尊に伴うて黄風山によじ登り、しゃつを退治せしむべし、しかれども初めよりそれがしありと知らせなば彼奴は必ず逃げうすべし、よりてそれがしは雲の内に立ち隠れて戦いたけなわならん時現れいでて彼奴を捕らえん、神尊はただ独り彼が岩屋に押し寄せて斯様斯様に計らいたまえとせわしく示したまえば岩裂早く心得て黄風洞に押し寄せつつ門をしきりにうち叩きて黄風魔王とくいでて我と勝負を決せずや恐れていでずはたちまちに押し破って師の坊を救いいだすに手の隙入らず後悔すなと罵ったり、魔王はこれをうち聞きて、おぞましや・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・者ども続けと言うままに門押し開きて現れいで愚かやな岩裂身の分際を計らずして我と勝負を決せんとは真に烏呼の痴れ者なり、そこな退きそと罵って鉾をひねって突いてかかれば岩裂得たりとちっとも疑義せず耳に挟みし金さい棒を引き伸ばし、うち振りて面も振らず戦うたり、既にして魔王の力ようやくに衰えて敵し難くや思いけん、また悪風を起こさんとて口に秘文を唱える程に様子をうかがう大黒天雲の上より声高くこの痴れ者肝太くも我らがあるを知らずやと罵りながら雲かき分けて姿を現し近づきたまえば魔王は早く仰ぎ見て、いつの程にか大黒天見つけられては我が術の行われぬぬも理なり、皆々引けと言い捨てて逃げ隠れんとする程にさもこそあらめと大黒天土を飛ばして黄風魔王を馬の上よりうち落とし起きんとするを起こしも立てず膝にしっかと組み敷きたまえば魔王は苦痛にたえずして元の姿を現したり、岩裂喜び立ち寄りてと見ればこれ別物(べつもつ)ならず黄風魔王と唱えしは、これ鎌鼬(かまいたち)の化けたるにて頭はさながら鼬のごとく、羽根はいささかかうみりにて鎌に似たる剣羽あり、むささびかと思えばむささびにあらず豪猪(やまあらし)かと思えば山あらしに異なり、全てその形の恐ろしさ得も言われぬ化け物なり、その時大黒天は岩裂を見返りて面目もなし、我ながらこの物を走らせて浄蔵法師を苦しめしは皆それがしが誤りなり、そもそも我は故あって世の中にありとある鼠(ねずみ)の類を支配すなるか▲むささび、鎌鼬の類まで皆これ鼠の種類にてその字ねずみに従えばそれがしこれらを召し使うになかんずく鎌鼬は風を起こして人を損なう毒悪の曲者なればかりそめにもはな違いにする事なく越後の国の隠れ里ねずの牢屋(ひとや)へ押し込め置きしに牢屋の網を噛み破りて蓄電せし由聞こえしかばそれがしいたく驚きうれいて、をさをさ行方を尋ねしなり、しかれば思うにたがはずしてこの所に隠れ住みて世の人を損なうたるその罪許し難しと言えども願うは我が面にめでて此奴が命を助けたまえ、再び厳しく戒めて悪行を止めるべし、命冥加な痴れ者かなと言いつつ槌(つち)を振り上げて頭をはたと打ちたまえば鎌鼬はあっと叫びて頭を縮め、羽根をすぼめ、只一ト縮みになるところを大黒すかさずかい掴みて袋へしかと押し入れて早くも口を締めたまえば、またいずべくもあらざりけり、岩裂はこの有様に恨みもようやく溶けしかば岩屋の内に進み入りて浄蔵法師を救いいだし、さてまた魔王の手につきし化け物どもを狩りたつるに皆これ野鼠せん鼬の化けたるにてこの時残らず打たれにけり、さる程に浄蔵法師は大黒天の助けによりて厄難初めて解けたる由を聞きつつ驚き、かつ喜びてその神徳を仰ぐまでに身を投げかけて拝みたまえば大黒天なぐさめて行く手の道なお遠し自ら相して年頃の大願を遂げたまえ、さらばさらばの声とともに袋を肩に引き掛けて西を指してぞ飛び去りたまう○かかりし程に岩裂は黄風洞を焼き払いて浄蔵法師を助け引き再び麓に立ち返りて八戒にしかじかとありしことも告げ知らせれば八戒は大黒天の方便に感服して喜ぶこと大方ならず、さらば今は妨げなし、とくこの山を越えんとてこれよりしてまた師弟三人師の坊を馬にうち乗せ八戒は旅行李かき担い岩裂は先に進みて道の露草かき払い、なんなく峠をうち越えて麓の在家に宿りを求め、またあさでたちにたちいでてしきりに道を急ぎけり○かくてまた幾ばくの月日を経て果てしなき旅寝を重ねたる浄蔵師弟三人はある日天竺流沙川(りゅうさがわ)のほとりまで来にけれども船一漕もなかりけり、聞きしにまさる川幅の八百余里と名にしおう大千世界第一の大河に船も筏(いかだ)もあらで、いかにして渡るべきとしきりに悶えて佇みたる師の恨みこそ理なれ、岩裂八戒の身ならば雲に乗り地にも入る神通をもてこの川を渡さん事は易けれども、師はなお凡夫(ぼんぷ)の肉身重くて波を踏むこと叶い難し、されば背に負い肩車にかき乗せるとも東路(あずまじ)なる大井川には似る由もなきかりそめながら八百里に余ると聞こえし川幅の船筏を借りずして人力をもて中々に▲渡すべうもあらざれば岩裂もまた八戒もただこの故は気を揉みてひとしくもだえ苦しむ折から怪しむべし、沖の方より逆巻く波をかき開きて現れいでる化け物あり、これいかなるいでたちぞ、例えて言わば三才図絵に表れたる海坊主に異ならずその面つきは何となく烏の鳥に似たるようにて口先の尖りしこと鳥のくちばしにさも似たり、身にはみるの如くかきされたる麻の衣を纏えども、生臭き風辺りに香りて腰には九つの髑髏(しゃれこうべ)を繋ぎ掛けたり、かくてこの化け物、手に一筋の仕込み杖を突き立てつつ浄蔵法師を目にかけて捕り食らわんと近づく程に八戒早く押し隔てて熊手をもって遮り止め来れる奴は何者ぞと問わせもあえずあざ笑い、知らずや我は年数多この川に住まいして渡天の法師を捕り食らう流沙川の主ぞかし、今日はことさら飢えたるにそ奴をここへ早く出せ、賞翫すべし、とくとくと人を恐れぬ不敵の振る舞い憎さも憎しと八戒は岩裂に目をくわせて右膝より打たんとすればかの化け物はいよいよ騒がずさしったりと押し開きてしばらく挑み戦いしがかなうべくもあらざれば後しさりしてたちまちに波の底にぞ沈みける。
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第五編上(ほぼ原文)

2016-11-15 10:13:10 | 金毘羅舩利生纜
野干玉(ぬばたま)のよめにしあれば化けの皮むこともいなじねやの物の怪
羽悟了(うごりょう)八戒(はっかい)  芙蓉(ふよう)

土師太郎官(はじのたろうかん)
土師が妻 華蔓(けまん)

石を飛ばし樹を抜く風の力には敵する神もあらしというらん
黄風山の黄風魔王
北方水徳大黒天

九つの髑髏(どくろ)を腰に繋ぎかけて浮かむ龍沙の鬼は鵜悟定沙和尚(うごじょうしゃおしょう)

言(こと)さえぐえびすの国も姫小松誰に引かれてねの日するらむ
無量 智慧 方便 金蓮

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さてもその後、浄蔵法師は観音菩薩の妙智力と岩裂の迦毘羅坊が神力の助けによって黒風山なる黒風魔王をようやくに降伏して、釈尊より賜りたる金襴の御袈裟のつつがなく返りしかば、観音院なる法師ばらに別れを告げ、寺をいでて、またかのりう馬にうち跨がり、岩裂を先に立たせて西を指してぞ遙かなる旅にしあれば、幾ばくの月日を重ね行き行きて、ある日とある村里近き波松原を過ぎる程に、日影は既に傾きたり、浄蔵遙かに指さしていかに岩裂彼処を見よ、あの家の屋根どもの日本風に似たるならずや、とくあの里へたどり着きて今宵の宿りを求めんずと行く手を急ぐ師の坊の言葉に岩裂うなずきて、馬のあがきを早むる折から向こうより来る一人の下部頭は半かう折り下げて、その着る物さえ、何となく日本風によく似たるが風呂敷包みを背負いつつ余所目(よそめ)も振らず来にければ岩裂やがて押し止めてしばし待たれよ物問わん、この地は何という国なる、向かいに見える人里は何と呼ばるる村なるぞと問わせも果てず眼を見張りて、こは心なき山伏かな我らは旦那の急用にて道を急ぐに長々とそれを教えておる暇はなし、その退きたまえと押し退けて行かんとするを岩裂は小かいなを取ってちっとも離さず、ハテ暇のいる事ではなし、言わずはいた□めしゅうがのとぐっとつかめばアイタ痛い痛いと身をもがく浄蔵馬上にこれを見て、迦毘羅よ咎なき人をないためそ急ぐとならばとくやらずやと言われて岩裂後辺を見返り、否いためはいたさねど今この人に尋ねずは彼処に宿を求めんにも案内しらで不便宜なり、さぁさぁどうじゃ言わずやと問いつつ小突き回されて下部はたちまちよれるがごとく弱り果てつつ舌打ち鳴らしひょんな手合いに出くわして遅く帰れば旦那の目玉をいただくはしれてあれとも時の災難しょことがない、さらば語って聞すべい、そもそもここより西の方五六千里のその間をヤアハン州と名付けたり、さてまたあしこの人里は我らが旦那の在所にて土師村(はじそん)という一ト村なり、ずっと昔はここより西に人里はなかりしにそのかみ土師の連と言いし日本人遣唐使にたてられて唐土へ赴く折、なん舩によりてこの国へ流れ着きしがきちょうののぞみ叶わねば、そのともがらと諸共に遂にこの地にとどまって一国を開きしよりヤアハン州ととなえたり、ヤアハンは是日本に同じ、なかんずく我が一ト村は土師のむ□しの子孫なればみな土師をもて氏とせり、さるにより人の風俗も日本風に相似たり衣類調度に至るまで唐天竺と同じからず、但し男は総髪(そうはつ)にて女の髪は鬢(びん)をいださず、また袴を穿かず両刀(ふたこし)を帯びず、女の帯もその幅狭し、我らがごとき卑しき者は月代(さかやき)を半ば剃りて、半かうを残すのみ、是いささか日本と異なるところありといえり、かくまでつぶさに教えしにとくとく放ちてやりたまえと言うても岩裂なお放さずとてものことに我郎(わろう)が主人の名名字をも名乗り聞かせ、またいずかたへ使いに行くや、その訳も皆言うべし、どうじゃどうじゃとおふ状すくめに下部はほとんど持て余しつ腹は立てども力に恐れて争い難く思いしかば、更にまた示すよう我らが旦那は近頃のにわか分限(ぶげん)の大百姓にて土師の太郎官(はじのたろうかん)と▲呼ばれたまう内かたの名は華蔓(けまん)の刀自一人娘おわします今年は齢十九にしてその名を芙蓉と申すなり、しかるに先年あやまって怪しき者を婿にせられて今更後悔そのせんなし、これによりあちこちなる名僧修験者を招きたまいて、幾度となく祓わせたまえどかの妖怪はちっとも恐れずかえって祈る法師たちを罵り懲らしたるにより、数珠をきり壇を収めて皆こそこそと逃げ去りにき、ここをもて二親の御嘆きは大方ならずなお懲りずまに道徳の験者を求めたまうによりやつがれその使いを承り、さる方へ赴くなり、我らはには子の従僕にてはじ六と呼ばれたり、事の因縁くだんの如し、離していなしたまえかしと言うに岩裂うち笑みて、さる筋ならば今更に遠く修験者を求むるに及ばず、知らずや我が師の坊は日本国の生き菩薩浄蔵聖と申すなり、先に勅(みことのり)を受けたまい天竺象頭山に赴きて金毘羅神王を迎えたまうなり、我は聖の御弟子にて岩裂の迦毘羅と呼ばる元より不思議の法力ありて、物の怪を追い払い妖怪変化を退治する□ことさらに我が獲物なり、とくとく宿所へ導(しるべ)をして主人にかくと告げよかし、と言われてはじ六うち案じて心許なく思えども、実にあの聖の尊げなる、またこの山伏の面魂さる奇特ある事もやと思い返してうちうなずき、さらば導を仕らん、此方へ来ませと先に立ちて元来し道へ伴いけり、かくて土師の太郎官が下部はじ六は浄蔵師弟を伴いつつやがて宿所に立ち帰りて浄蔵と岩裂をしばらく門前に立たせ置き、いそがわしく内に入りて主人にかくと告げしかば太郎官由を聞いて喜ぶこと大方ならずやがて衣服を改めてその妻華蔓諸共に門辺までいで迎え浄蔵師弟に対面して互いの口誼(こうぎ)こと終わり、客座敷に招待して茶をすすめ、斎をすすめ、ねんごろにもてなしてさて言うよう、聞くに聖は日本国より天竺象頭山に赴きたまうとかそもそもこの所は昔日本の遣唐使土師の昔難船によりて漂着しきちゅうのたつき無きによりこの所を開発して子孫繁盛したるによりサイヤアハンと名付けたり、サイはまがいという事にて、ヤアハンは日本と言うに同じ、それがしらも皆昔の後裔(こうえい)なるをもて一ト村の氏、皆土師を▲もて氏とせり、しかるに今日図らずも日本国の名僧にちぐし奉る事の不思議さよと言うに浄蔵うやうやしく愚僧この身の薄徳(はくとく)を図らず帝の勅命をかたじけなうして十万八千里の旅寝をすなれば貴地を過ぎりて大施主のもてなしにあずかる事、くわう大無量の幸いなり、今宵の宿を貸したまわらば事足りて候にと言われて太郎官の□みを失い、しからば聖は今宵の宿を求めたまわん為のみに立ち寄らせたまいしにやとなじれば岩裂進み出て、否、それのみににも候わず、主の家に妖怪ありと聞きたる事も候に、ご所望ならばその変化を退治して参らせん、つぶさに示したまえかしと言うに太郎官喜びて、そはもとよりの願いなり、それがしは男子なく娘をのみ三人もてり、長女もまたその次なるも隣村へ嫁かして末なる娘一人おり、これをば芙蓉(ふよう)と名付けたり、良き婿をがなと思う程に先に今参りの農男(のうおとこ)に羽五郎(うごろう)と言いし者、よく耕しの事を務めて、その身一つで十人にも二十人にもなお成し難き働きをせしにより、その利得少なからずこれによりかの羽五郎をとりあげて芙蓉に娶(めあわ)し候しに誰か知るべき羽五郎はいと恐ろしき変化にてようやくその本体を現しつ、その面は薄黒青く眼つぶらに瞳光りて鼻はさながら熊鷹のくちばしに似たりけり、娘は更なり、それがしらはいと恐ろしく疎ましさに追いいださんとしたりしかばくだんの変化いたく怒りて娘芙蓉を裏庭なる塗り込めの内に取り込め置きて錠さし固めて親にも会わせずその身はいずちちへか立ち去りて、夜な夜な通いてわりなくも夫婦の語らいをするなるべし、このこと世上に風聞せられて面目を失うこといと口惜しき限りなれども名僧験者の法力をも物の数とせざりける妖怪なれば、また更に詮方も無きものからなお祈りの師を求むる折から聖たちは魔を下す奇特の法げん増しますとか、これ我が一家の幸いなり、願うは変化を降伏して娘を救わせたまえかしと夫婦ひとしくかき口説けば岩裂しばしばうなずきて、そはいと易き事なりかし、まず塗り込めへ案内したまえとくとくと急がしたててその所へ至りて見るに蔵は五間に三間もあるべし、いと大きなる錠をさし固めて真鍮をとらかしてよく流し掛けたれば得開かざるも理なり、内暗ければ見る由もなし岩裂すなわち太郎官にしかじかと囁けば心得て戸口に立ち寄りて芙蓉、芙蓉と呼ぶ声を内にも早く聞きつけて、ととさまわらわはここにはべり救いいだしてたまわらずやと言いつつよよと無き沈む岩裂これを漏れ聞いて□は息女はつつがなし▲いでいで対面させんずとて握り拳を振り上げて、さしたる錠をはたと打てばたちまち微塵に砕けたりやがて娘を助け出すをとしや遅しと二親は右と左にすがりつつ親子三人の喜び涙そこに流れるみつせ川心くみ見る奴婢らまでひとしく袂(たもと)を濡らしけり、しばらくして太郎官は岩裂にうち向かい、図らず聖の助けによりて娘に対面したれども今宵またかの変化が来なば怒りていよいよ祟りをなさん、この義はいかにと危ぶめば岩裂騒ぐ気色なくこそらは気遣いしたまうな我娘御になり変わりてこの蔵に閉じ籠もりて、今宵変化を滅ぼすべしと言うに喜ぶ太郎官、しからば加勢は幾人ばかり、また打ち物は弓矢か鉾か何らを用いたまうぞと問わせも果てずうち笑いて、我一人も加勢を頼まずまた打ち物はここにありと言いつつ耳の間より金箍棒(きんこのぼう)を取りいだし引き伸ばしつつ隆々とうち振りて見するにぞ太郎官夫婦はさらなり、その座のおる者驚き感じて、皆頼もしくぞ思いける○既にその日も暮れしかば岩裂は太郎官に我が師の坊をよく守りたまえとてねんごろにこれをゆだね一人くだんの塗り込めへ閉じ籠もりて戸をたてさせ錠をささせてかの妖怪が通い来つるを待ちたりける、さるほどに岩裂の迦毘羅坊は神変不思議の術をもて、早く芙蓉が姿に変じて臥所に入りて臥しており、既にその夜の更け染めて母屋もひっそとなるままに、戸の方にはかに風さわぎていとしうざんたる程しもあれ、怪しむべしかの妖怪はいちだの雲にうち乗り来て蔵の窓より進み入り、芙蓉は寝たるか覚めたるか、こやなうなうと呼びかけてかかぐりながら近づきたり、その時岩裂作り声して我妻などて遅かりし、今宵わらわはつかえ起こりて宵より臥してはべるかし、御身も帯、心もうち解きてとく寝まりたまえかしと言うに妖怪うなずきて、さらば我らも共に寝て温めて参らせん、さはとてやがて帯解き捨てて這い寄る程に岩裂は早く臥所を抜けいでしを妖怪なお知らずしてそこら一辺撫で回し我妻何処へ行きたるぞ、常におはあらぬ今宵の振る舞い身に覚えなけれども御身は我らに飽きたるかただし恨みのある故かと問えば岩裂笑い可笑しくて飽きも恨みもせぬけれど、知られし如く二親の御身をいぶせく思いたまえばまた修験者を招き寄せて加持して祓い除かんと用意とりとりなりと聞きぬ、それ故にこそ此のつかえ少しは察したまえかしと言うを妖怪聞きあえずいかなる験者の祈らば祈れ、我日の本の国津神わかとびの命と呼ばれていさほし高き神なれども犯せる咎のあるにより日の神逆鱗ましまして遠くここらへ流したまいき、さるにより此の所より五百里ばかり東なる戻天山を住処として数多の年を経たりしに思わず御身の色に愛でて此の家の婿になりしより我一人の働きににて三十石の▲百姓よりたちまちに成りいでて今では村にて二三と下がらぬ大百姓になりにたる御身の親の豊かなるは皆これ我らが賜物なるにしうねくも忌み嫌うて追いやらんと図ること恩を忘れし者に似たり、かかればいかばかりに物するとも我は何とも思わぬなり、只うち捨てて置きたまえと事も無げにぞ諭しける、岩裂これをうち聞きて腹の内に思うよう問わずに落ちたるこ奴が愚かさ、今その住処を明かしたれば打ち漏らすとも追い詰めて滅ぼさんこと手間暇入らずうましうましと微笑みながらなおもさあらぬ面もちして、しか宣うが真ならばいと頼もしくはべれば此度の験者はこれまでの法師たちとは同じからず、古(いにしえ)日の若宮にて威如神尊というかむり位をたまわりしと世に伝う岩裂の神迦毘羅とやらんを頼みて退治すべしとて用意とりとりなりと聞けば心許なくはべるかしと言われて妖怪うち驚きその岩裂めがいでて来ば我らは勝ちを取り難し、しからば今宵は此のままに古巣へ帰りてまたこそ来め、あなうたてやとつぶやきながら忙わしく身を起こしてたつを岩裂引き留めておつかやな昼鳶(ひるとんび)太郎官に頼まれてここに汝を退治する威如神尊岩裂の迦毘羅なるを知らずやと言うより早く我と我が元の姿を現して耳の間に隠したる金箍の棒を取りいだし打ちひしがんとおめいてかかればわかとびの神いよいよ騒ぎて防ぎ戦わんと欲すれどもおひさへときし事なれば剣だも手持たず、かなうべくもあらざれば蔵の窓より躍りいでて雲にうち乗りまたたく暇に戻天山(れいてんさん)へと逃げて行くを岩裂はなお逃がさじとてすかさず雲にうち乗りて後をしたうて追っかけたり○さる程にわかとびの妖怪は此の年頃おのが住む戻天山なる洞(ほら)の内へ逃げ帰りて門戸を固く差し固め大息ついでいたりけるに岩裂程なく追っ掛け来て罵ることはなはだしく辱めたりければ妖怪怒りにたえずしてものの□投げ掛け身を固め重さ百斤に余りたる熊手を右手(めて)に脇挟んで門押し開き現れいで▲此の蟹守めがしうねくも我が住処までしたひ来て、我を罵る舌の長さよ、そこなのきそと息巻きて熊手を上げて打ってかかれば岩裂得たりと受け流して丁々発止と戦うたり、既にして妖怪はようやく拳衰えてかなうべくもあらざれば再び洞に逃げ籠もりて門戸を固めていであわず岩裂はなおも進んで勝負決せんと思いしが師の坊の□□にかかれば再び雲にうち乗りてはじむらにたち帰り浄蔵ならびに太郎官らにありし事どもを説き示せば太郎官ら聞きて眉をひそめ、聖の法力威徳によりて一旦かの妖怪を追い払いたまいし事、いと喜ばし候えども聖たちは道を急ぎてここを発足したまわばかの妖怪またいで来て家内の者を皆殺さんかこれもまた図り難し、そをいかにしてよからんと言うを岩裂聞きあえず毒を食らわば皿までなむべし、人を殺さば血を見るべし、いかでかあのまま捨て置かんや我は師の坊の待ちわびたまう事もやと思えば由を告げるのみ再び行きて根を絶つべしと言うに太郎官喜びて、まず岩裂をもてなすにぞあくまでに飲み食いして、またまた雲にうち乗りつつ戻天山へ赴きて罵ること始めの如く如意金箍の棒をもてはや洞門を打ち砕けば妖怪さらに怒りに得たえず例の熊手を引き下げてまっしぐらに走りいでしばらく挑み戦いしがかない難くや思いけんたちまち少し退きて、やよ待て岩裂問うことあり、我と汝は恨みも無きに人に頼まれたればとて幾たび我らを攻め討つぞやと言わせもあえず岩裂はからからとあざ笑い、愚かなりける問い事かな、我は昔の岩裂ならず先に観世音の教えによりて日本国の生き菩薩浄蔵法師の弟子となりて天竺象頭山へ相伴う道の守りの我なれば汝が如き悪魔外道は討ち滅ぼして□□を清めるこれすなわち我が本願なり、覚悟をせよと罵れば妖怪いたく驚きて熊手を投げ捨てひざまずき、さる事のあるならばなどて早く告げたまわざる、我もまた先つ頃観世音の教化により浄蔵聖の御弟子となりて、渡天の供を仕りその功徳をもて犯せし罪を贖(あがな)わんととて待ちたるなり、今は決して手向かいせず、ともかくも計らいてこの由披露したまわれと言うに岩裂うなずきて、その言う所空言ならずはとく甲冑を脱ぎ捨てて汝が住める洞を焼き、我が戒めを受けよかしと言われてわかとび一義に及ばずまず大刀熊手を差しいだして岩裂にこれを渡し、鎧を脱ぎて洞と共に火をかけて焼き失い、とく戒めて□てもゆきたまえと腕を回せば岩裂は我が髪の毛を抜き取りて大きなる縄としつわかとびを戒めて熊手と▲大刀を肩にうち掛け、そがまま雲にうち乗りて土師の里に立ち帰り、浄蔵法師、太郎官らに事しかじかと告げにければ皆々再び驚きて、かつ喜ぶこと大方ならずそが中に浄蔵は観世音の方便を恐れ尊みうやうやしく南に向かいてうち念じつつ遙かに拝み奉り、さてわかとびにうち向かいて、御事は菩薩の教化によりて仏法に帰依することもっとも殊勝(しゅしょう)と言いつべし、渡天の供にたつべきやと問われてわかとび一義に及ばず御弟子にだになし下さらばいかなる難儀にあうとてもいかでか御供せざらんやと誓いを成して願うにぞ、浄蔵これを哀れみて岩裂早く戒めを解き許さずやと急がせば、岩裂秘文を唱える程にその戒めは自ずから千切れて地上に落ちてけり、浄蔵重ねてわかとびにうち向かい御事も出家せんとならばまず法名を授くべしと言われてわかとび小膝を進め、それがしは先つ頃、悟了(ごりょう)という法名を観世音よりたまわりぬ、これよりして肉を食らわず五辛(ごしん)も食べそうらわずと言うに浄蔵喜びて、菩薩の授けたまわりし法名はいよいよ目出度し、但し肉と五辛を断ちなば、我また御事が別名を八戒(はっかい)とこそ呼ぶべけれとて、師弟のやくをなしたまう、是よりしてわかとびを羽悟了(うごりょう)と呼びなしつ、また八戒とも唱えけり。■
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第四編下

2016-06-10 07:53:52 | 金毘羅舩利生纜
かくて浄蔵師弟はその夜ある草の家に宿りしに、主の女房で鞍掛(くらかけ)の刀自(とじ)と言う者が浄蔵の馬を見て、「こは、いずれの所より盗み来たまいたるや」と言うと岩裂は怒って、「いかでかは盗み来つべき、何を見とめてしか言うや」と問い返されて、
「さればとよ、御身の従馬(じゅうめ)なら鞍鐙(くらあぶみ)があるべきに、これはさもなき裸馬なり。よってわらわは盗み物ならんと推量しつるなり」と言うと浄蔵は微笑んで、しか思わるるは理(ことわり)ながら此の馬は斯様斯様と愁鷹の谷川で馬を龍に呑まれた事、また観世音の利益によってこの馬を得たれども、先に馬具さえ呑まれしかばこの馬に馬具なき事は斯様斯様と説き示すと鞍掛は聞いて大きに驚き、
「さては聖は多く得難き名僧にこそおわすなれ。わらわが夫は馬を好んで良き馬を多く持ちたりしが、世を去ってより家は衰え寡婦(やもめ)暮らしとなりしかば、馬とてなけれども秘蔵の馬具がはべるなり。結縁のために参らすべし」と言いつつやがて鞍鐙▲一式を取り出して皆浄蔵に贈りしかば、浄蔵も岩裂も喜ぶこと大方ならず、くだんの馬具を馬に掛ければ、鞍掛は甲斐甲斐しく浄蔵師弟をもてなして、馬には馬草をかいにけり。かくて師弟は道の疲れにその夜の明けるを知らざりしが烏の声に驚かされてひとしく覚めて辺りを見ると昨夜泊まりし家はあらず、朽ち傾いた堂の内にその夜を明かせしなりければ、浄蔵はことに驚き、本尊を見奉るにこれすなわち馬頭観音で方辺の柱に大慈大悲の方便もて当所に収めある所の馬具いちりょうを浄蔵法師にたまうものなりと書き付けあれば、
「□は主の女房は観世音の化身なりけり、こはありがたや、尊や」と感涙すこうに及びつつ、身を投げ伏して本尊をしばらく拝み奉れば、岩裂もまた驚いて、今に始めぬ観音菩薩の利益を深く感じける。
○かくて岩裂は浄蔵法師を馬に乗せ、また行くとも行く程にある日観音院という額をうつたる大寺のほとりに来にけり。浄蔵はこれを見て喜んで言いけるは
「我、日の本を発ちし日より堂にあふては堂をはらい、寺にあふては仏を拝み奉らんと誓いしに、両界山を越えてより初めてかかる大寺を見たり。いざ本尊を拝まん」とて本堂に赴きつつしばらく祈念をこらす程に、寺男が立ちいでて七つの鐘を突きにけり。その時岩裂は堂のほとりにたたずんで浄蔵を待つ程に、一人退屈に耐えざれば鐘突き堂によじ登り、しきりに鐘を突き鳴らせば、一山のしゅ徒は驚いて、皆本堂にぞ集まりける。そもそもこの観音は七堂伽藍(しちどうがらん)の大寺にて、二百七十余人の法師あり。住持は廣念(こうねん)上人と呼ばれて、今年二百三十歳になりぬ。その時法師ばらは岩裂を見て再び驚き、事の由を尋ねると浄蔵は斯様斯様と渡天の由を告げ知らせ、その余の宿りを求めるに、廣念上人はこれを聞いて早く客殿に招き入れ、浄蔵、岩裂に茶をすすめ、菓子をすすめてもてなすと、その器物(うつわもの)は得も言われず皆珍しき細工なれば、浄蔵はしきりにこれを誉めるのを廣念上人は聞きあえず、
「そは誉めらるべき物にはあらず、伝え聞くに日本には萬の宝が多しとなん。定めて携えたまいたる宝物があるならん、見ま欲しくこそ候」へと言うと浄蔵は頭を撫でて、「長き旅寝の事なれば、携えたるもの候わず」と言えば岩裂が進み出て、「我が師はなどて隠したまうぞ。旅包みに入れられたるかの金襴の袈裟を取り出して見せたまえ」と言うを浄蔵は押しとどめて、
「ことわざに言う事あり。得難き宝を欲深き人に示せば災いあり、人の心も知らずしてそぞろなること言うべからず」としのびやかに戒めるとは知らずして、廣念上人は「袈裟衣はそれがしも年頃多く所持したり、取り出して見せ奉らん。まず見たまえ」と言いかけて、色々の錦の袈裟を四五十くだりを衣桁(いこう)に掛けて誇り顔に見せければ、岩裂はあざ笑って、「かばかりの袈裟は見るに足らず、我が師の袈裟を見たまえ」と浄蔵法師の止めるを聞かぬふりして取り出す袈裟はうえなき▲宝にて、これなん如来の賜物なれば世にまた類あることなく、辺り輝くばかりなるに、廣念上人、法師ばらは見とれてしばし呆然なり。その時廣念は涙を拭って浄蔵法師に言いけるは、
「それがしらは幸いにしてかかる尊き仏の袈裟を見る事を得たれども、早夕暮れに及びし故に老眼の悲しさは、これを定かに拝むに由なし。今宵一夜さ貸したまえ。明日の朝とくと見てそのまま返し奉らん」と言うと浄蔵は困り果て、黙然として答えをせず、岩裂はこれを聞いて、
「住持の懇望を黙認し難し。貸すとも何ほどの事あらん。明日の朝は相違なく返したまえ」と後(ご)を押して、くだんの袈裟を貸しにければ、廣念は大きに喜んで、袈裟を戴いていそがわしく早方丈へぞ退きける。浄蔵法師は此の体たらくに岩裂をいたく恨んで、
「人の心も知らずして由なや袈裟を見せびらかし、例え一夜の約束なりとも彼返さずばいかにせん。うかうかと貸すことはある。誠に烏呼の痴れ者なり。もし間違いの事あらば後悔そこにたちがたし」と繰り返しつぶやくを岩裂は聞きあえず、
「さのみは思い過ごしたまうな。彼、何ほどの事をかすべき。只それがしに任せて明日まで待たせたまいね」と言い慰めて、なかなかに騒ぐ気色はなかりけり。
○さる程に住持廣念はくだんの袈裟を借り受けて見れば見るまま欲しければ、浄蔵法師が察せしごとく大悪心を起こしつつ腹心の法師ばらを方丈へ招き集めて、くだんの袈裟を奪い取るべき謀り事を問いしかば、廣謀(こうぼう)と言う弟子坊主が進み出て言いけるは、
「もしこの袈裟を寺にとどめて彼に返さじと思いたまわば、得心ずくでは叶うべからず。今宵客殿に忍び寄って、かの旅僧を殺したまえ。これより他に手短なる了見なし」とぞすすめける。その時、また廣智という僧が進み出て、
「その謀り事は良しといえども、かの面赤く鼻の高き一人は手強かるべし。漏らさば毛を吹いて傷を求むる後悔なしと言うべからず、所詮客殿に火をかけて、両人ともに焼き殺せば後腹(あとばら)病めず祟りもあらじ。この義はいかが」とささやけば、廣念しきりにうなずいて、「そは究□(くっきょう)の計略なり、よく計らえよ、仕損ずな」と言うと廣智は心得て、廣謀と諸共に寺男らを語らいつつ、その夜人静まってより幾輪(いくわ)ともなき柴焼き草を客殿の出口出口におびただしく積み重ね、火をかけんとぞしたりける。
○この時岩裂は未だ眠らでありけるに、何とやらん戸の方に人の足音聞こえしかば、こはただ事にあらじとて、身を小さき虫に変じて明かり窓の格子の隙より立ちいでて密かに見ると、果たして二人の悪僧らが焼き草を積み重ねて焼き殺さんと企めるなり。岩裂はこれを見すまして「・・・・・我が師が▲推量せられし如く、袈裟が欲しさに彼奴らは我々師弟を焼き殺さんと巧みし事の愚かさよ。詮術あり」と心にうなづきすなわち例の法術をもて火を司る天津神(あまつかみ)の廣日天(こうじつてん)を招き寄せ、
「斯様斯様の事あれば、客殿と方丈とただ此の二カ所を残し置いて、この寺を皆焼くべし。この義を心得候え」と言うと廣日は頭をかいて、
「それがしは火を司れども日の神の仰せなくて、私(わたくし)には焼き難し。かかる事はまず火の神が折々するものなれば、かの禍津日(まがつひ)と示し合わせてともかくも仕らん、風をは神尊起こさせたまえといそがわしく答えつつ、そがまま早く退いて事の用意をしたりける。
○さる程に岩裂は白雲に乗って客殿のほとりにあり、既に廣智、廣謀らが積んだ柴に用意していそがわしく退く程に、岩裂はすかさず風尊の秘文を唱えれば、大風さっと吹き起こりくだんの柴を吹き飛ばせば、その火は本堂に燃え移り、炎四方に散乱すれば哀れむべし、経蔵、輪蔵(りんぞう)、庫裏(くり)、しょけりょう、甍(いらか)を並べし七堂伽藍はたちまち煙が立ち上り、わずかにつつがなき物は客殿と方丈のみ。此の二所は離れ家にて、かつ岩裂が指図によって廣日天王が守りにければ、猛火(みょうか)を逃れて現前(げんぜん)たり。されば観音院の法師どもは毛を吹いて瑕を求めた火難に慌てふためいて、水を汲み炎を防ぎ働く者も少なからねど、禍津日の神がなす業なればいかでかは逃れるべき、煙にむせび身を焼かれ半死半生の者は十人にして五人に及べり。そが中に悪僧廣智、廣謀は早くも煙に取り巻かれふすぼり返って死んでけり。さればまたこの寺より二十里ばかりあなたなる黒風山(こくふうさん)という山に黒風大王という曲者あり。黒風洞□城を構えて数多の手下を集めつつ年頃観音院の住持廣念と交わって、ちとの仙術を伝えれば廣念は深く信用して二百三十の齢(よわい)を保ちぬ。しかるにくだんの黒風はこの夜観音院の方にあたって火が燃え上がりしを見て大きに驚き、自ら行って火を消さんと手下の妖ぞくを従えつつ雲にうち乗り来て見れば、客殿の屋根のほとりにいと怪しき修験者あって、しきりに風を呼んでおれども方丈はつつがもなければ、住持の安否を問わんとて一人方丈に進み入ると、そこらに人はおらずして辺りも輝く金襴の袈裟一ト下りありければ、手に取り上げてつらつら見ると如来の御袈裟なりければ、大方ならず喜んで火を消さんとする心もなく、くだんの袈裟を奪い取り、更に手下を従えつつ再び雲にうち乗って黒風山に帰りしを知る者絶えてなかりけり。▲かくてその明け方に火はようやくに鎮まりしを浄蔵法師は知らずして起きいでて、大きに驚き事の由を尋ねれば岩崎はありし趣(おもむき)は斯様斯様と告げ知らせると浄蔵は再び驚いて、
「汝、またいかなれば風を起こし火を起こしてこの寺を焼きたるぞ。真に言語道断の悪行なり」と罵るを岩裂は騒がず微笑んで、
「それがしは此の寺を焼くべしと思わぬに、彼奴らかえって我々を焼き殺さんとしたるによって、たちまち寺を焼かれしなり。こはその悪の報いなれば、さのみはむつかりたまうべからず。いざ方丈へ赴いて貸した袈裟を取り返えさん」と言うに浄蔵はうなずいて、うち連れ立ちて行く程に、住持の廣念上人は廣智、廣謀らが仕損じて客殿を焼かず、かえって寺を焼き失って、その身も焼け死にたる由を伝え聞いて大きに驚き、またかの袈裟を尋ねるに、はや何者かに盗み取りけん、行方も知らずなりにけるに浄蔵、岩裂らはつつがもなくて客殿を起きいでて袈裟を求めてさいそくすと法師ばらが告げるにぞ、面目なくや思いけん、長押(なげし)に布を投げ掛けて、たちまちくびれて死んでけり。かかる所に岩裂は住持法師諸共に方丈に赴いて袈裟を返せとわめくにぞ、法師ばらはおののき恐れて袈裟が紛失したる事、またかの悪事を目論見たる廣智、廣謀は焼け死んで住持はくびれ死したる由をあからさまに告げ知らせ、死骸を見せて詫びしかど岩裂はなおも疑って、一山の法師ばら、寺男まで呼び集め厳しく詮議したれども、袈裟の行方が知れざれば浄蔵は恨み憤り、またかの秘文を唱えれば岩裂は七転八倒して、「あら苦しや頭が割れる、それがしが袈裟を取り戻すべし、行かせたまえ」と叫ぶになん、浄蔵は秘文の唱えをやめて、とく取り戻せと催促す。その時岩裂は身を起こして法師ばらにうち向かい、「いかにこの寺の近きほとりに怪しき者は住まざるや」と問えば皆々、
「さん候、これより二十里隔たって黒風山と言う山に黒風大王と言う者あり。よく仙術を得て、空を飛行し数多の手下を従えたり。我が住持の廣念はかの黒風と交わって行き通い候ひき」と言うに岩裂はうなずいて、
「□は袈裟はその魔王めが盗み取りしに疑いなし。この廣念はさる妖怪と近頃深く交わりたるにて悪僧なりとは知られたり。我、今その山に赴いてくだんの魔王をうち殺し、袈裟を取り返して来たらんに、汝ら我が師の坊をなおざりならず饗応して、我が立ち返るを待ちていよ。もしかの袈裟の行方しれずば汝ら始め此の寺の人種を絶やすべし。心得たるか」と説き示せば、皆々一義に及ばずして浄蔵、岩裂に席をすすめ、また様々に機嫌を取って、厚くうやまいもてなしけり。▲さる程に岩崎は早くも雲にうち乗って黒風山に赴きつつかの山中をうかがうに、岩を組んで台(うてな)としたるその中央に魔王はいたり。その身のうちの黒きこと漆(うるし)をもて塗れるが如く、筋骨太く力士めいて、真に希有の曲者なり。かかる所に大禄仙人(たいろくせんにん)と名乗れる者と白花仙女と言う者とうち連れ立って来にければ、黒風これを出迎えて、
「只今これより遣いをもって申し入れんと思いしがうち揃っての来臨はいと喜ばしくこそ候へ。それがし昨夜観音院に赴いて図らずも如来の袈裟を得たり。□明後日(あさて)は例の如くそれがしの誕生日に候えば、寿のむしろを開き続きてまたその次の日は此の袈裟を披露して仏衣会(ぶつえかい)を催すべし。両日共に来臨あれまち奉る」と言いければ、大禄、白花女は喜んで、「そはいと目出度き会合なり。必ず推参仕り、御席を汚すべき、あな目出度し」と寿いて歓談数刻に及びけり。岩裂はこれを聞きすまして、大盗人ども動くなと声をかけつつ金砕棒を引き伸ばし、うち振りて既に打たんと進むになん、思い掛けなき事なればかの妖怪らは驚き迷いてしうせう大方ならざりけり。その時黒風は身構えて、何者なれば理不尽に無礼をなすぞと罵れば、岩裂は眼を怒らし、「汝知らずや、我が師の坊は日本国の大名僧。勅命を受けて渡天の道中、我はすなわちその弟子にて天上天下に隠れ無き威如神尊岩裂の迦毘羅坊なるを知らざるや。汝は我が師の袈裟を盗んで仏衣会を催す事まで今つまびらかに聞き知ったり。覚悟をせよ」と息巻き猛く打つを早くも引き外す、黒風と大禄は煙の如く消え失せたりつついて逃げんとしたりける、かの白花女を岩裂がおとりかかって丁と打つ、拳の冴えにしばしもたまらずあっと叫びし声とともに頭を二つにうち割られて仰け反り倒れて死したるを岩裂が再びよく見れば、白き蟒蛇(うわばみ)の化けたるにて、その本体を現しけり。岩裂はこの体たらくにからからとうち笑い、
「この者がかくの如くなれば、残る二人の曲者らも幾年(いくとせ)かふる獣の化けたるにぞあらんずらん。行方は既に見とめたり、イデ追っかけて我が師の袈裟を取り戻さん」といちあしいだして後を慕にておうて行く。▲岩裂はまたたく暇になお山深く分け入ると果たして大きな石門あって、緑林黒風洞という大字の額を掛けてあり、ここなりけりとうなずいて割れるばかりにうち叩き、「似非(えせ)魔王め、袈裟を返せ返せ」と呼び張れば、黒風の手下の妖怪が狭間の陰より覗き見て驚き騒いで奥へ赴き事しかじかと告げしかば、黒風は聞いてあざ笑い、「しやつ何ほどの事かあらん、いでうち殺してくれんず」といそがわしく身を固め、長き鉾を引き下げて手の者引き連れ石門を押し開かせて現れいで、
「あな鼻高の蟹守めが、我が昨夜観音院にて火を救わんとしつる時、拾い得たるあの袈裟を汝に返すことやはせん。これでもくらえ」と罵って鉾取り直して突かんとすれば、岩裂は怒ってちっとも疑義せず、金砕棒をうち振って踏み込みて戦うことい半時あまりに及びしかば、黒風は力衰えて叶わじとや思いけん、黒風洞に逃げ籠もり門を閉ざしていで合わず、岩裂はおし続いて攻め討たんと思いしかども日は早西に傾きたるに、師の坊のことが心許なければ再び雲にうち乗って観音院に立ち帰り袈裟の行方の知れたる事、かつ黒風らの事の由を浄蔵法師に告げしかば、観音院の法師ばらもこれを聞いて大きに喜び、「袈裟の在処(ありか)の知れたれば疑い解けてあかりはたちぬ、我々の露の命につつがはあらじ」と喜ぶを、岩裂きっとにらみつけ、「袈裟の在処が知れたりとても未だ我が手に入らざれば、汝らいかでか安穏なるべき。戯言(たわごと)を言わずともよくよく我が師をもてなさずや」と噛みつく如くに叱られて皆々慌てふためいて、早友膳の用意をしつつ浄蔵法師と岩裂に進めて厚くもてなしけり。かくてその明けの朝、岩裂は観音院の法師ばらに我が師の坊をもてなせと早朝飯も果てしかば、今日は必ずかの袈裟を取り返さんとて寺を発ちいで黒風山を指して行く程に、かの山の麓にて黒風の手下の妖怪が状箱を携えて使いに行くとおぼしきがこなたを指して来にければ、岩裂は早くも耳に挟みし金砕棒を引き伸ばし、ただ一ト打ちに打ち殺し、くだんの状を開いて見るに、是黒風が観音院の住持廣念に送る一通にて、それがし先に釈尊の袈裟を得たれば□□仏衣会(ぶつえかい)を催し候、当日ひとえに来臨あれまち奉ると書き記して子路再拝(しろさいはい)廣念上人と名宛あり。岩裂とくとこれを見て、
「かの黒風めは何者の化けたるにやと思いしに自ら子路と称すれば年ふる熊の化けたるなり。我今廣念となってかしこに赴き、黒風めをたばかって術良く袈裟を取り返さん、さは」とてやがて身を変じつつかの老僧となりすまし黒風洞に赴きつつ石門をうち叩いて「観音院の廣念来たれり、ここ開けたまえ」と音なえば門番の妖怪は奥に至りてしかじかと言い継ぐにぞ、黒風は聞いて眉をひそめて、
「・・・・・そはいぶかしき事ぞかし、彼処へ使わせし我が使いが未だ行き着く頃にはあらず、かつ仏衣会は明後日なるに、如何にして廣念が思い違えて只今来べき。これにはやうすのある事ならんにくだんの袈裟は秘め置いて今日は見せぬにますことあらじ」と思案をしつつ出迎えて、
「上人、先に使わした使いには会いたまわずや、招き申しは明後日なるに、只今の来臨は心得難し」となじり問えば岩裂は答えて、
「さればとよ、使わされた使いには折良く道にて行き会うたり。久々疎遠に過ぎたれば安否を問わんと思いつつそれとは知らず来つる折▲たまわりし書状より、早くその袈裟の見まく欲しさに道を急いで参りしなり」と言うと黒風はあざ笑い、「くだんの袈裟はそこの寺にて拾い得たる物なれば、上人もよく見られしならん」となじれば岩裂は微笑んで、
「見つる事は見たれども、黄昏時のことなりければ未だしかとは見ざりしなり、とく取りいだして見せたまえ」とまことしやかに欺(あざむ)く折から手下の妖怪が走り来て、
「大王大変いできたり、先に観音院へとて使わされたる使いの者はこの山の麓にてかの岩裂にうち殺されて御状を奪い取られたり。必ず御油断なさるるな」と告げるに驚く黒風はいそがわしく立ち上がり、長押にかけた鉾おっとり早く小脇に脇挟めば、岩裂は謀り事が現れしを見てちっとも騒がず元の形を現して金砕棒を引き伸ばし打つを支える黒風は黒雲にうち乗って表の方へ立ちいづると岩裂はすかさず追っかけて石門のあなたにて丁々発止と戦うたり。既にして黒風は次第に拳も衰えて、敵し難く思いしかば、洞(ほら)の内に逃げ籠もり門戸を閉じていで合わず、岩裂は詮方なきに無念ながらもそのままに観音院へ立ち帰り事の赴きを告げにければ、浄蔵はいよいよ憂いもだえて、
「これ皆、汝の過ちにて、始め漫(そぞろ)ろにかの袈裟を見せびらかせしに事起これり。速やかに取り返さずば、またかの秘文を唱えんず」と言うに岩裂は驚き慌てて
「秘文はしばらく許したまえ、つらつら物を案ずるに、この寺は観世音のいこひところの別院なるに、妖怪変化と交わりたる悪僧を住持せしめ、この災いに及ぶこと、かの菩薩もまた手抜かりあり。それがしは南海へ走り行って観世音に由を告げ、かの黒風を滅ぼして袈裟を必ずもて来つべし。南海は遙かなれども神通をもて往来すれば明日は吉相あるべきなり。しばらく待たせたまえ」とてたちまち雲にうち乗って南を指して飛び行きけり。
○さればまた岩裂は南海に赴いて観世音に見参し、廣念ならびに黒風の事の趣、斯様斯様と告げ奉り、
「菩薩いかなれば休息所のかの寺にかの悪僧を住持として袈裟を盗ませたまいたる。かくても仏と言われるや」と言えば観音は笑わせたまいて、
「この痴れ者の舌の長さよ。人の心も知らずしてかの袈裟を見せびらかし、あまつさえ我が別院のかの寺を焼き失いしは此の上もなき汝の罪なり。しかるに我を咎めるはこれいかなる道理ぞや」と苦々し気に宣うに、岩裂は観世音の過去未来をよく知りたまうに、妙智力に舌を巻いて、
「それがし実に誤ったり。かの袈裟を取り返すに日を過ごす時は▲師の坊が怒りて菩薩の教えたまいたる秘文を唱えられるなり。願わくばそれがしを助けて黒風を退治せしめたまえかし」と乞い願えば観世音は受けひきたまいて、その夜は岩裂を竹林の元にとどめ、明けの朝未だきより岩裂諸共に雲にうち乗りまたたく暇に黒風山にぞ近づきたまう。かかる所に一人の仙人が水晶の台に乗せた薬籠(やくろう)を捧げ持って黒風山の方へ行くあり。岩裂はこれをきっと見て、雲の上より飛び降りて金砕棒を引き伸ばし、や声をかけてかの仙人を只一トうちにぞ打ち殺す。観音はこれを御覧じて、「こは岩裂、何事ぞ。さしたる咎もなき者を打ち殺すことやはある、まだ悪行を止めずや」と叱りたまえば、岩裂はからからとうち笑いて、
「菩薩は知ろしめされぬならん。こやつは黒風の友達で大禄と名乗れる者なり。この仙丹(せんたん)を携えて黒風山へ赴くは今日黒風の誕生日に招かれし故なるべし。よく見たまえ」と言う程に、うち倒された大禄は元の姿を現して馬よりもなお大きな鹿となってぞ死んでける。その時岩裂は小首を傾け、「それがしに今謀り事あり。力を費やす事なくて黒風を退治すべし。菩薩、従いたまわんや」と言うに観音はうなずいて、その謀り事を問いたまえば、岩裂は答えて、
「これ見たまえ。大禄めがもたらしたる丸薬は二粒(にりゅう)あり。それがしがこのうちの一つの丸薬に身を変じて薬籠の内にあるべし。菩薩はまた大禄に身を変じて元の如くに薬を携え黒風洞に赴いて斯様斯様に謀りたまえ。その丸薬には大小あり、大きなるはそれがしが変じたる物なれば是をもて目印とすべし。この義はいかが」と囁けば観音は微笑みたまいて、「岩裂、いみじく謀りにけり。さは」とてやがて身をひるがえしかの大禄に変じたまえば、岩裂は一粒の丸薬を摘み捨てて、その身を丸薬に変じつつ早くも薬籠の内にあり。かくて観世音はくだんの薬籠を捧げ持ち、黒風洞に赴きたまい、友人大禄に不老の仙丹を呈上(ていじょう)して、黒風大王の誕しんを寿き奉ると言いければ、黒風はやがて出迎えて設けの席にいざなうと観世音はうやうやしくかの丸薬をおしすすめて、「これはそれがしが此の月ごろに製法した薬なり、大王、一粒きこしめし齢を延べたまえかし」と言うと黒風は受けいただいて、「かく有り難き仙薬をそれがし一人が飲むべからず、き老も共に用いたまえ」と譲れば観音は心を得て、小さき方の丸薬を摘み取りつつ飲みたまえば、黒風も残れる一つを摘み取って飲む程に、岩裂は黒風の腹の内にて姿を現し、
「大盗人(おおぬすびと)め、思い知ったる、只今袈裟を返さずば五臓をつかみ破るべし。如何に如何に」と呼ばはるに黒風は七転八倒して、「あら苦しや耐え難や、只今袈裟を返すべし、許せ、許せ」と叫ぶにぞ、岩裂は黒風の鼻の穴より飛び出けり。その時に観世音も真の姿を現したまいて、
「如何に黒風。仏法▲微妙(みみょう)の尊き事をただ今思い知ったるや。志を改めて真の道へ入らんとならば汝が命を助くべし。如何にぞや」と責めたまえば、黒風は我慢の角折れて血の涙を流しつつ観世音を伏し拝み、「南無大慈大悲の観音薩多、速やかに魔法をさって正法に帰依いたしたり、助けたまえ」と念じつつ奥の間へ走り行って金襴の袈裟を取り出してやがて岩裂に返しにければ岩裂はこれを受け取って金砕棒をひらめかし怒りに任せて黒風をうち殺さんとしてけるを観音は急にとどめたまいて、
「ヤレ待て岩裂、此の畜生は今や真実に悪心をひるがえし、早仏法に帰依したれば命を助け得させよ」と仰すと岩裂は棒取り直し、
「しかりとも、なお此の所にさし置きたまえば、焼け木杭(ぼっくい)に火が付き易き例えにも似て、遂にまた世の人のため害をなさん」と言うを観音は押し返し、
「いやとよ、我が住む補陀落山には未だ山の守護神なし、我この者を召し連れ帰って山を守らせんと思うなり。黒風もしかと心得よ」とこれかれに示したまいて、緊□□(きんそうしゅ)と名付けた秘文を唱えて黒風の身をわがままになさざるように向後を厳しく戒めて、頭を撫でて五戒を授け、また岩裂を見返って、「汝は観音院へ立ち返り、事の由を師の坊に告げ知らせて安心させよ。我は南へ帰るぞ」と御手の糸を投げ掛けて黒風の大熊を繋ぎ留めつつ引き立てて、補陀落山へ飛び去りたまえば、岩裂は是を見送って、大慈大悲の方便は物一つだも損なわず真の道へ伴いたまう、実に有り難き御得やと喜びを述べ恩を感じてしばらく残りとどまりつつ、黒風の手下の化け物どもをうち殺し、ほかに火をかけことごとく城郭を焼き崩し、観音院へ立ち帰り、観世音の助けによってかの黒風の大熊を退治した一部始終を浄蔵法師に告げ知らせ、くだんの袈裟を渡しにければ浄蔵は深く喜んで感涙を流しつつ遙かに南の方に向かって観世音を拝み奉れば、この寺の法師ばらも事の由を伝え聞いて、我々ようやく生きたりと喜ぶこと大方ならず、更にまた斎を勧めて浄蔵、岩裂をもてなしけり。さればまた浄蔵法師はかの黒風は熊なりと聞きしより心に深くいぶかって
「よしや数多の年をふるともさる畜生が如何にして仙術を得たりけん。まいて仏の道に帰依して観世音の御手に従い、五戒を受けしと言う事は心得難くこそ」と言うを岩裂は聞いて、
「さればとよ、身に九つの穴ある者は熊にあれ鹿にあれ仙術を皆得つべく、また仏法に帰依すれば成仏せずと言うことなし。それがしなども人にはあらねど修行したれば人にも勝れり。これにて思い合わせたまえ」と言うと浄蔵はたちまち悟って、仏なるも悪魔となるも心一つによるという教えをいよいよ尊みける。
○かくて浄蔵法師は観世音の利益によって金襴の袈裟が再び手に入りければ、岩裂は諸共に観音院を発ちいでて、またかの馬にうち乗りつつ西を指して赴きたまえば、観音院の法師ばらは浄蔵法師の道徳を尊み、岩裂の神通に感服した一山の道俗二三百人が▲山門までぞ送りける。さる程に浄蔵法師はまた六七日行く程に、高老(たかおい)荘(わら)と聞こえたる富める百姓の家に宿取りし、その夜さりゆくりなくまた妖怪に出会いしを岩裂が通力にてうち従えたる物語は第五編に著すべし。そもそも当時の唐土の都より唐と韃靼の国境の両界山まで五千余里、両界山より観音院まで五千余里、合わせて一万余里を経たり。されば十万八千里の長旅をわずかに三十□づつの草紙に綴じ綴じつづるなれば、年折り重ねて数十編の編を継ぐに至らねば真の金毘羅大王を迎え奉る段にあみつけ難し。されども一編一編にて分からずと言う事なければ末の長いに退屈なく、なお年々にいやましの評判を願うのみ目出度し目出度し■

<翻刻、校訂中:滝本慶三 底本/早稲田大学図書館所蔵資料>
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第四編中

2016-06-06 08:21:53 | 金毘羅舩利生纜
その夜、綾彦夫婦の夢に、先に世を去りし父みち彦が手に黄金の蓮の花を携えて、枕に立ちて告げて曰く、
「我、日の本に在りし時、太宰府の雑色たりしが時平公がまたへつらい申して、菅丞相をつれなくもてなし、大方ならぬ罪を作りし報いによって、いく程もなく吹き流されてこの地にとどまり、異国の土となるのみならで、死しては地獄の呵責に苦しみ浮かぶ瀬なしと思いしに、図らずも実に日本国なる名僧の回向によって地獄の苦言をまぬかれて、極楽ここにうまるるなり。疑わしくばこれを見よ」と言いつつくだんの蓮の花を空へひらりと投げしかば、不思議なるかな黄金の蓮は三尊の弥陀と現れて、西を指して飛び去りたまえば、みち彦も紫の雲にうち乗って御後を慕って共に飛び去りぬと思えば夢は覚めにけり。夫婦は奇異の思いをなして、その夜が明けるを待ちわびて母に告げんとする程に、母の笠ぜはまず言うよう、
「わらわは不思議の夢を見たり。その夢は斯様斯様とみち彦が事の趣一部始終を語りいずるに、綾彦夫婦が見たる夢とちっとも異なる事なければ、夫婦はいよいよ驚き感じて、我々が見た夢も御身の夢と寸分違わず、この事を告げ申さんと両人等しく参りしなり」と言うに笠ぜもますます奇として
「疑いもなく、亡き人は名僧の回向によって既に成仏したまいぬ。長老様に御礼を申して布施を参らせてよ」と言われて夫婦は感涙をおし拭いつつたちにけり▲かくて笠ぜは昨日の如くきよく別火(べっか)に飯をかしぎて浄蔵に斎をすすめれば、綾彦夫婦もほとりに居寄りて、親子三人見し夢の趣を告げ知らせ、
「かかれば聖は世に稀なる生き菩薩におわするなり。こはいさちかなる物ながら見かけに寄りて亡き親の成仏したる喜びに参らせんと思うのみ、受け納めたまえかし」と言いつつやがて一ト包みの銀子をとうでて贈りしかども、浄蔵法師はこれを受けず、
「斗僧行脚の身にしあれば路用なども絶えていらず、財(たから)を持てるはなかなかに災いの元なれば、志に従い難し。おのおの信心なおざりならずは今よりして忌日毎に殺生の業を休めて、貧しき者に施したまえ。しからば只今それがしにその金をたまわるより、亡き人のため、身のためにこよなき功徳なるべし」といとねんごろ諭すにぞ、親子は等しく感服して、
「しからんには、せめてもの御礼のためなれば国境まで送るべし。なれども今はなお早し、両三日も足を休めて緩やかに発ちたまいね」と言うに浄蔵は頭を振って、
「末遙かなる旅なれば、故なく逗留すべきにあらず、暇(いとま)申す」と言いかけて早発ちいでんとせられしかば、綾彦は遂にとどめかね、にわかに矢を負い弓を携え、浄蔵法師を馬に乗せて両三人の若者に荷物をかかせ轡(くつわ)を取らせて共に宿所を発ちいでて国境まで送りけり。
○既にして名にしおう両界山まで来にければ、綾彦は馬をひきとどめ、
「聖、この所は唐と韃靼(だったん)の境の両界山に候なり。名残惜しくは候えども、ここより暇をたまわるべし」と別れを告げる折しもあれ、をのへを隔てて何やらんしきりに物のうめく声して、「我が師来たれり、来たれり」と叫ぶにぞ、浄蔵は驚き怪しんで、「あれはいかに」と問われると、綾彦が答えて、
「さん候、昔日本ゆうりゃく天王の即位三年、唐土にては劉宋(りゅうそう)の孝武帝の大明三年にあたって、この山がにわかに出現しけり。峰の形が五つに分かれて仏の御手に似たるをもて五行山とこれを名付け、また唐と韃靼の境なれば両界山とも呼びなしたり。しかるにその頃この山にいと恐ろしき夜叉(やしゃ)、羅刹(らせつ)が大盤石(だいばんじゃく)におし据えられて四五百年の今までも動きもやらず死にもせず、折々声を立てる事あり。さるによりて▲この山を越える者、木こり炭焼きの類は更なり、鳥獣と言うといえども恐れて近くは寄りつかず、只今高く叫びしはかの夜叉にてこそ候わめ」と言うに浄蔵はうなずいて、
「そは不思議なるものになん、いざ立ち寄って見て行くべし」と言われて綾彦は一義に及ばず、先に立ちつつ導(しるべ)して早その所へ至りて見るに、実に凄(すさ)まじき大盤石の下に押されし妖怪あり。色赤くして棗(なつめ)の如く髭髪白くして針に似たり。眼の光辺りに輝き鼻高くして唐辛子味噌の擂り粉木(すりこぎ)かと疑わる。そが顎の辺りには苔むし芒(すすき)生い茂って幾百年(いくももとせ)を経たりけん、誠に奇怪の曲者なり。その時くだんの妖怪は浄蔵を見て声高やかに、我が師などて遅かりける。さぁそれがしを救いたまえ」と叫ぶにぞ、浄蔵はいよいよ怪しんで、
「そもそも汝は何物ぞ。我らを師の坊と言われること故あることか、心得難し」と問われてかの者
「さればとよ。それがしはその昔、天地と共に成りいでて、無辺無量と言う島国の方便山に成長しつつ幾万の眷属にかしずかれ威如天堂の主となりける岩裂の神すなわちこれなり。神通高大(こうだい)なりしかば、天に上って日の神に仕え奉り、威如神尊といと貴き官名をたまわりしが、ある年出雲の大社にて新嘗会(にいなめえ)の神酒(みき)を餅飯(もちいい)を盗み喰らい、更に月読の宮へ忍び込んで甘露の神酒を盗みつつ逃げて方便山に帰りしかば、日の神はいたく怒らせたまいて、建雷(たけいかつち)の神を大将として攻め討たせたまいしかども、それがしはちっとも恐れず、かつにのらずと言う事なかりき。さる程に加勢の大将白鳥の神の武勇と観音薩多の知略によって遂にこの身を絡め捕られ湯立ての釜にて煮られしかども我が神通によって物ともせず、程経て釜より現れいでて似非神たちを薙ぎ倒し、いたく天上を騒がせしに釈迦牟尼如来の方便に心おそくも乗せられて、大盤石に押し据えられ、ここに在ること今は早四五百年の月日を経たり。しかるに近頃観音菩薩がこの山を過ぎりたまいし時、先非を悔いて嘆きしかば、観音菩薩我に示して今日本に名僧いで来て遠く天竺へおし渡り金毘羅天を迎えんとて近きにここを過ぎる事あらん。かの名僧に助けを求めて弟子となり供をせよ。しからば作りし罪は滅びてその身も等しく神となるべし。夢々疑うことなかれと示されしより喜んで▲久しく御身を待ちわびたり。これより先は悪魔多し、それがしが従い行くならば御身につつがあるべからず、さぁさぁ救いだしてたべ」と言うを浄蔵はうち聞きて、「観音菩薩の示現なれば否むに由も無き事ながら、如何にして救い出さん。そはまた手立てのありもやする」と問われて岩裂は、
「さればとよ、その昔、釈尊がそれがしを封じたまいし真言は今なおあり。その封を剥がしたまわば、我はおのずからたちいずべし。やよさぁさぁ」と急がすに浄蔵は仰いで巌を見ると、果たしてオンマニハニウンという真言を幾つともなく書かれた文字はさながら彫れるが如く紙は巌に貼り付けあり、浄蔵は辛くして藤葛(ふじかずら)にすがりつつその封印を剥がすとそのままたちまち風に巻き上げられて、幾ひらとなく書かれたかの真言は失せにけり。その時雲の内に声あって、
「浄蔵法師、よく聞かれよ。我々は釈尊の仰せによって昔よりこの岩裂を護る山の神と金剛神なり。岩裂が解脱の時来れば、我々は退いて釈尊へ申し上げん。さらばさらば」と言うに声さえもかすかに聞こえて失せにけり。岩裂は深く喜んで、又浄蔵を呼び近づけ
「それがしここをいずる時、この山は荒れて振動すべし。早く麓へ下りたまえ」と言うと浄蔵は心得て、綾彦ら諸共に馬を引きつついそがわしく麓を指して赴く程に、たちまち天地も裂けるが如く山鳴り動いて凄まじく、しばしあやめを分かざりしが、如何の程にか岩裂は早抜けいでて片へに立てり。浄蔵法師に向かい、
「それがしは今、長老の助けによって四五百年の苦言を免れたこと、高大無量の厚恩なり。願わくば師と仰ぎ弟子となって御供せん」と言うと浄蔵は喜んで、「御事が出家を遂げんとならば法名なくばあるべからず」と言うを岩裂は聞きあえず、
「それがしはその昔、役行者に従いしその頃よりして法名を迦毘羅坊と呼ばれしなり」と言うに浄蔵はうなずいて、「そはしかるべき法名なり。烏髮(うはつ)の僧にてあるべし」とて師弟の契りを結びける。かくて勇部の綾彦は浄蔵法師に別れを告げて、なお再会を契りつつ皆々家路に帰りしかば岩裂の迦毘羅坊は浄蔵法師を馬に乗せ西を指して行く程に、忽然として一つの大虎が木立の陰より現れ出てまっしぐらに走りかかれば、浄蔵は「あなや」と驚いて馬より転び落ちんとせしを岩裂は早くおし隔て、耳の間に隠し持った金砕棒(かなさいぼう)を取り出して六尺余りに引き伸ばして迎え進んでくだんの虎を只一ト打ちに打ち殺し、手早く皮をはぎ取って、「こは良き物を得たりけり。まず早腰に巻かん」とてそのまま身にぞ付けにける。浄蔵法師はこの有様に呆れること□ときばかり、
「先に勇部の綾彦は半日ばかり戦ってようやく虎をしとめしが只今迦毘羅(かびら)は一ト打ちにこの大虎を打ち殺したる勇力は類無きものなり。かつその始めは一筋の杖だも持てる事はなきに、いと重けなる金砕棒を取り出せしも不思議なり」と言うに岩裂は微笑んで、この金砕棒は斯様斯様と昔竜宮で得た事の由を告げれば浄蔵はいよいよ舌を振るって奇異の思いをなしにける。かくてまた行く程に早黄昏になりしかば、とある草の家に宿りを求め、岩裂は主の女房に針を借り、糸をもらって虎の皮を裁ち縫いしつつ□服にして着たりける。さればこの宿の主は名を居停(きょてい)と呼ばれ年は百歳に余りたり。その妻は旅籠ぜ(はたごぜ)とてこれも九十余歳になりぬ。その子は▲七十ばかりにして孫あり、曾孫(ひこ)あり、玄孫(やしゃご)あり。皆、岩裂に怖(お)じ恐れて初めは宿を貸さじりしが浄蔵は彼らに由を告げてこれは我らが弟子にして始めは斯様斯様なりきと事つまびらかに諭せば皆々ようやく納得して、
「さては我らが幼き時より両界山にて折々見た巌に敷かれし夜叉にこそ。かく恐ろしげなる物を弟子とし従えたまうことは真に貴い聖なり」とて、家の内の者共は皆十念(念仏)を授かって浄蔵法師を敬いつつ余に浅からずもてなしけり。
○かくてその明けの朝、浄蔵師弟は宿りを発って馬を引き荷を担い西を指して行く程に、人里遠きに荒野に来にけり。浄蔵はしばし馬をとどめて
「迦毘羅坊、先に御事を救い出せし両界山は唐と韃靼の国境なりと聞きたるが、釈尊のおわします雷音寺へはここよりしてなお幾ばく里あるべき」と問うと岩裂は微笑んで、「雷音寺へはこの所より十万八千余里あるなり。いと遙かなる道にこそ」と答える言葉も終わらぬ折からいと恐ろしげなる荒恵比須六人が等しくいで来たりて、行く手の道に立ち塞がり、「ここらに見慣れぬ行脚坊主ら、命惜しくば路用はもちろん身の皮脱いで置いて行け」とわめきかかれど騒がぬ岩裂「ほざいたり、盗人らが出家と思いあなどって、ものしにでるとは不了見、道おっ開いてそこ通せ」と言わせも果てず、六人の盗賊「こいつはこいつは大それた、ふさふさしいことぬかしたな、ばらしてしまえと鉾剣(ほこつるぎ)得物得物をうち振って、討たんとすすむを岩裂はものものしやと言うままに、耳に挟んだ金砕棒をかい取り早く引き伸ばし、ひらめかしたる覚えの手の内、真っ向微塵に拝み撃ち、左右にかかるを薙ぎ倒す勢いさながら飢えたる虎が群がる羊を追うごとくまたたく暇に六人の盗賊どもは骨を砕かれ脳味噌いでて死んでけり。浄蔵法師はこの体たらくに驚き哀れんで、岩裂を招き寄せ
「出家は虫けら一つだも命を取る事を▲許さず、しかるに御事は六人まで人の命を絶ちしこと、これ如何なる行いぞや」と言われて岩裂はあざわらい、
「そは又人にもよるべき事なり。それがしがきゃつらを殺さずば必ずきゃつらに殺されるべし。出家なりとて二つ無き命を惜しまぬものやある」と言うと浄蔵は押し返して、「仏の慈悲はさにあらず。よしや彼らに殺されるとも既に逃れぬ定業(じょうごう)ぞと思はば恨み無かるべし。もし止むことを得ざりせば絡め取ってこの国の領主に渡してその後に命乞いして得させるを出家の本意と言うべけれ」と言うと岩裂は大きに怒って、
「御身は我らが力によって命につつがなければこそ言いたい事を言われるならん。我がせし事が気に入らずばここより暇申すなり。ゆるりとござれ」と言い捨てて、ひらりと雲にうち乗りつつ、たちまち飛び去りたりければ、浄蔵もまた腹立たしさに独りくどくどつぶやくのみ、今岩裂に捨てられてはさして行方もおぼつかなさいに頭を傾け、手をこま抜きて思いかねつつつくづくとしばらく時をぞ移しける。かくて岩裂の迦毘羅坊は雲井(くもい)遙かに飛び去る程に、たちまちに思うよう、
「・・・・・昔、我が竜宮におし渡って金砕棒を得たりしより、名を天上に表して威如神尊の位を賜り、また勢いを冥土に示して限りなき寿命を得たり。かかれば今このついでをもて竜宮に立ち寄って、かの東海竜王にその喜びを言わずや」とて青海原に降り下りつつ波を開いてたちまちに竜宮城へ赴きければ、東海竜王が出迎えて、客座に招じて厚くもてなし、
「神尊、先には如来の為に両界山に押し据えられて四五百年に及ぶ由、ほのかに伝え聞きたるが、その厄難を免れて無量国に帰りたまう。思いしよりは健やかにて、いと目出度し」と寿くに岩裂は聞いて
「さればとよ、先に我は誤って釈迦如来を侮(あなど)った咎めによって四五百年いら酷い目にあいしかば、先非を悔いて嘆く程に、近頃観世音の情けにて日本より渡天の名僧浄蔵法師の弟子となり、師の坊を助け引き天竺雷音寺を指して赴く程に、斯様斯様の事により浄蔵が我をいたく叱って、口やかましく言われるのを聞くもうるさく腹立たしさに道より別れて来つるなり」と告げれば竜王微笑んで
「神尊、たまたま良き師を得て、久しき苦言(くげん)を救われしに少しの事を憤って捨てたまわんは恩を受けて恩を知らざる者に似たり。昔、唐土の張良(ちょうりょう)は黄石公を師と頼む時、その靴をすら取りしにあらずや。さるをわずかの事で恩ある師匠を捨てたまわんは神尊には似合わぬことか。よくよく思案したまえかし」とことわり責めて諫めれば、岩裂は実にもと心に悟ってたちどころに胸ひらけしかば、早竜王に別れを告げて波を開いて▲忙わしく雲井遙かに上りつつまた数千里をまたたく暇に元の所へ帰らんと揉みに揉んでぞ急ぎける。
○さる程に浄蔵法師は思わず岩裂に捨てられて、つくずくと思いみるに釈迦如来のおわします雷音寺までの道のりは十万八千里ありと聞きしが身一人にしてつつがなく得行かるべき事にはあらず、いかにせましと今さらに思いかねつつ道のべの株(くいぜ)に尻をうち掛けて思案に時を移しけり。かかるところに一人の女が風呂敷包みを引き下げて、そのほとりを過ぎると浄蔵を見て立ち止まり、「ここらに見慣れぬ御僧はいずくより来ていずれの国へ赴きたまうぞ」と問いしかば、浄蔵は答えて
「それがしは日本国より来つる者なり。先に我が帝の詔(みことのり)を受け奉り、天竺雷音寺へ参詣し如来を拝み奉り、かつ金毘羅天王を迎えん為の渡天にこそ」と言うに女子(おなご)はうなずいて、「このところより雷音寺へ八十万八千里はべるなるに、供人をだに召し連れず一人旅をやしたまう」と再び問われて、
「さればとよ、一人の弟子を伴いしが心猛くて教えを受けず斯様斯様の事によりたちまち我らを振り捨てていずくともなく行きたる故に、案じ患うのみにこそ」と言うを女子は聞きあえず、
「既に□の御弟子であれば一旦蓄電したりとも帰り来ること疑いなし。わらわは予て宿願あり。衣服いちりょう、衣、鈴掛け、ときんまで取りそろえて一人の行者に施さばやとその品々をもたらしたれどもまだその人を得ざりしに、そは幸いの事ぞかし、只今この品々を残らず御身に参らすべし。かの御弟子の帰り来し時、斯様斯様にこしらえてこの品々を着せたまえ。かくてまた緊頭咒(きんとうじゅ)というまじないの秘文を唱えたまう時はかの人にわかに頭痛みて臥しつ転びつ苦しむべし。ここをもて何事も御身の心に背く事なく雷音寺まで供すべし。そのまじないは斯様斯様」と秘文を唱えて教えつつ、くだんのときん、鈴掛けを皆浄蔵に贈れば浄蔵は深く喜んで、「そもそも御身は如何なる人ぞ」と問わんとするに、くだんの女はたちまち身より光を放って観音薩多と現れたまい、
「ぜんざいぜんざい浄蔵法師、教えし秘文を忘れることなく、もし岩裂がとにかくにわがまま言うて従わずばその折唱えてかの者を思いのままに従えよ、なお行く末を護るべし」と妙音高く示させたまいて雲にうち乗り飛び去りたまえば、浄蔵は驚き尊んで、あら有り難やとばかりにしばしそなたを伏し拝む、感涙袖に余りけり。
○かかりし程に岩裂は竜宮城よりとって返して元の所へ近づく程に、思いがけなく雲の上にて観音菩薩に行き会うたり。その時観音は声をかけ、
「岩裂、などて恩を受けたる師の坊を粗略にして何地(いずち)へか赴きたる。よく浄蔵を助け引き、真の金毘羅天王と遂には一体分身の徳を全ういたさずや」とのり励まして▲行き過ぎたまえば、岩裂はいよいよ心決して元の所へ帰りけり。さればまた浄蔵法師は思いがけなき観音菩薩の示現を尊み伏し拝み、ようやく頭をもたげつつ初めて辺りを見返るといつの程にか岩裂はたち帰り来て後辺にいたり。浄蔵は密かに喜び
「迦毘羅よ、先には何地へ行きたる。もし忘れたる物などあって道よりとって返せしか」と問われて岩裂は微笑んで
「先には御身がとやかくと難しく言われし故に無量国へ帰らんと思い定めたりけるが、ふと龍宮に立ち寄って東海竜王に諫められ、今また観音に行き会うてしかじかと言われしかば、思い返して帰りたり。物欲しくをはすべし。それがし里へ赴いて斎(とき)をもらって参らせん」と言うを浄蔵は押しとどめ、
「否、蓄えの干し飯を水に浸して食べしなり。先より和殿が帰るやと待ちわびつつおる程に思いいだせし事こそあれ。こぞの秋、釈尊よりたまわりたる金襴の御袈裟は我が旅包みの内にあり、また鈴懸(すずかけ)、頭襟(ときん)、衣(ころも)あり。これをば和殿に取らすべし。和殿は初め日の本の役行者に従って迦毘羅と名付けられしと言えば、くだんの頭襟、鈴懸は身にふさわしき物ぞかし、さらば今より我もまた和殿を行者と言うべきなり。虎の皮の胴服(どうふく)は獣めきて見る人ごとに怪しみ恐れざる者なきに、さぁ脱ぎ替えよ」と言いかけて、鈴懸、頭襟、衣さえ取りいだしつつ取らせしかば、岩裂は喜んで、まず小袖を着て衣を着て、頭襟を戴き、鈴懸を掛けて、にこにこうち笑みて、「いかに我らがこの出で立ちは天晴(あっぱ)れにあひ候か」と問うに浄蔵はうなづいて、「よく似合うたり似合うたり、しばらく待ちね」と立ち寄って、観世音より授かったかのきんとうじゅを唱えれば、岩裂はあっとばかりに伏し転び苦しんで、「あら痛や、耐え難や。頭(つぶり)が痛んで割れるが如し。許したまえ」と叫ぶにぞ、浄蔵はさこそとちっとも緩めず、
「いかに岩裂、今より心を改めて物の命を取ることなく、またわがままを言うことなく雷音寺まで供をするや。我が言うことを用いずば、なおも秘文を唱えんず、いかにいかに」と責めつけられて、岩裂はいよいよ苦痛に耐えられず、「そは□にや及ぶべき、殺生をせずわがままに言わず、御身を守りて供をすべきに、さぁさぁ秘文を止めたまえ」と誓いをたてて詫びるにぞ、浄蔵なおも戒めて秘文を唱えざりければ、岩裂はようやく我に返ってくだんの頭襟を取らんとすると、こはいかに、たちまち額(ひたい)にいて着いて、ちっとも離れずなりしかば、ますます呆れて舌打ち鳴らし、
「昔、我が役の行者に懲らされて、神尊の呪文をもて、この身を焼かれし事ありしかど、今日の苦痛はそれにもましたり。思うにこは観音めが我が師に教えしものなるぞ。補陀落山(ふだらくさん)まで追っかけて恨みを言わでおくべきか」と怒るを浄蔵は押し止め、
「その憤りは迷いなり。真の道へ導きたまうこれも菩薩の誓いなるに返って恨み奉らば、我また秘文を唱えるべし」と言うと岩裂は怒りを収めて、
「実に実に、我が身誤ったり。今宵の宿りを求むべし。いざ発ちたまえと忙わしく旅風呂敷を背負いつつ浄蔵法師を馬に乗せ、西を指してぞ急ぎける。▲かくて岩裂の迦毘羅□□は浄蔵法師を助け引き、夜に宿り日に歩み行くこと十日あまりして蛇盤山(じゃばんさん)と聞こえた山のほとりを過ぎる時、向かいに深き谷山あって鷹愁谷(たかうれたに)と名付けたり。この所の水清ければ淵にも住める魚(うろくず)なし。およそこの谷を渡る鳥、おのれが影が水に映るを驚き恐れ、めくるめいて落ちて水中に死するによって世に鷹愁と呼びなしたり。ここにて鳥の命を落とすは鷹に捕られる愁いに似たりと言う心で名付けしなり。さる程に岩裂は谷のほとりに師の坊の馬をとどめ、あちこちと渡し船を尋ねる程に谷川の水が逆立って、いとすさまじき気色なれば、慌てふためき浄蔵法師を馬より下ろしかき抱いて山陰に走り退き、再び□とり取って返して元の所へ来て見れば、いと大きなる龍(たつ)が半身を現して馬を呑んでぞいたりける。岩裂はこれに驚き怒って「こやつ曲者、ござんなれ。逃しはせじ」と息巻いて、隠し持った金砕棒を▲伸ばし打ち振り、「微塵になさん」と打ってかかればくだんの龍は波をけたてて巻き倒さんとしたれども、神変不思議の岩裂に叶うべくもあらざれば、たちまち水の如くに変じて波の底に隠れしを、岩裂はすかさず追っかけて、波を開いて水底をあちこちと尋ねるに行方も知れずなりしかば、是非なく汀に立ち返り、法術をもて山の神と所の神を招き寄せ、くだんの龍の行方を問うと所の神たちは答えて言う様、
「此の谷川に住まいつつ、水に溺れて死する鳥を喰らって命をつなぐのみ。されどもこの谷川の水底には八方への抜け穴あれば、神尊が尋ねたまうとも速やかには知れ難からん。先に南海の観世音が日本国へ赴くとて、此の所を過ぎらせたまい、くだんの龍を済度して宣いし事ありけれども、事の訳はよくも知らず、自ら思案したまえかし」と言うに岩裂はうなずいて、くだんの神を退かせ、一人浄蔵のほとりに行って、馬を龍に呑まれたその事の趣と山の神と所の神の言いつる由を告げにければ、浄蔵法師は驚き呆れて、「今、我が馬を失ってはいかでか十万八千里の長き旅路をたどるべき。こはいかにせん」とばかりに詮方もなく見えしかば、岩裂はこれを慰めて、「さのみ心を苦しめたまうな。元こと事は観音がよしなきものを道に住ませてかかる難儀に及びしかば、補陀落山に赴いて由を告げ、伴い来て、かの悪龍を尋ね出させて呑まれた馬を取り返さん。いで一ト走りに行きて来ん、さは」とて発つを浄蔵は慌ただしく押しとどめ、「和殿、しばしもここにおらずば、かの龍がまた来て我をも飲むべし、行くこと決して無用なり」と言われて岩裂は小首を傾け、「十六善神、陰身(かげみ)に沿って日夜御身を守ると言えば、今日当番の善神を補陀楽山へ遣わして観世音を迎うべし」と言う言葉未だ終わらず、雲の内に声あって
「今日守護の当番なるぞ、うえき善神、多聞善神ここにあり、我々彼処へ赴いて観音菩薩を迎えて来なん。しばらくそこに待ちたまえ」といと高やかにぞ示しける。かくてくだんの神たちはまたたく暇に南海の補陀落山に飛び行きて、事の由を告げ申せば、観世音はうなずいて、恵岸童子を御伴って早くもくだんの谷川のほとりに影向(えいごう)したまいければ、岩裂はやがて出迎えて馬を呑まれし事の趣は斯様斯様と告げ申して、
「ここにて馬を失いしはよしなき者を道にすませし、元これ御身の業なれば、とにもかくにも計らいたまえ」と言わせもあえず、観世音はからからと笑わせたまいて、
「愚かやな岩裂、くだんの龍は因縁(いんえん)あり。彼は元これ日本国近江の湖の龍王鱗長の弟で小龍王金鱗と言いし者なり。斯様斯様の事により、日の神に罪こうむりて遠くこの地へ流されたり。我はこれを哀れんで先に済度したる時、浄蔵法師に従ってその身の罪を滅せよと説き諭し事あれども、汝はかえって初めより渡天の由を言わざれば、彼知らずしてかかれしならん。我がまた計らうべき事あり、しばらく待て」と説き諭しつつ、恵岸童子に心得させて、くだんの龍をよばじめ▲「馬を呑みしは如何にぞや、この過ちを繕ろわんには汝が一匹の名馬に変じて浄蔵法師を乗せつつ共に雷音寺へ赴けば、遂に仏果を得ることあらん。務めよかし」と戒めたまえば、金鱗は大きに後悔して、
「今の苦言を逃れるならば、大智大悲の方便でともかくも計らいたまえ。仰せに背き候わじ」と身を投げ伏して願うになん、観世音はうなづきたまうて、携えたまいし柳の枝で小龍王金鱗の背中をしきりに撫でたまえば、不思議なるかな小龍王は早一匹の龍馬(りゅうめ)となって、身震いしてぞ立つたりける。観音これを迦毘羅に渡して補陀楽山へ帰りたまえば、岩裂は深く喜んで仏恩を謝し奉り、くだんの馬を引き行きて、浄蔵法師に事の由を斯様斯様と告げしかば、浄蔵は驚き喜んで南の方を伏し拝み、普門品(ふもんぼん)をぞ読みにける。かくてまた岩裂はくだんの馬を引き、浄蔵を導いて再び谷川のほとりに至ると山の神筏(いかだ)を組み人馬をむかうて渡しけり。さればまた浄蔵、岩裂はその夜は草の家に宿りを求めて思わずも馬具を得たり。これにより浄蔵はまたかの馬にうち乗って道の便宜を得たりける。これらの訳はなおつまびらかに五の巻きに記すべし。ここにはその画を著すのみ■


<翻刻、校訂中:滝本慶三 底本/早稲田大学図書館所蔵資料>
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第四編上

2016-06-06 08:21:29 | 金毘羅舩利生纜
異国(ことくに)にすみつきぬともか名かきの 世をふる筆よ日本毛(やまとげ)ぞよき
虎穴山猫王(こけつのとらおう)
勇部綾彦(いさべのあやひこ)

舎利といひ菩薩ともいう米(よね)かしき 後の世たのむ旅のもてなし
綾彦が妻 笠志江(つくしえ) 笠=竹にユ
綾彦が母 笠ぜ(ちくぜ)
              
繋ぎとめて狂う具合をなつせかし 欲にすぎ戸の猿と駒寄
観音院の広念(こうねん)
悪僧 広謀(こうぼう) 悪僧 広智(こうち)
観音の化身 鞍掛(くらかけ)の刀自

福神(ふくのかみ)の道具めかしてさく花は 枇杷の木陰に鹿鳴草(しかなぐさ)かな
偽(にせ)神女(しんにょ)白花嬢(はくかじょう)
偽神仙 大禄(たいろく)

雲を起こし風をおこして破団扇(やれうちわ)蚊遣(かやり)火鉢に夏ぞくれゆく
黒風洞(こくふうとう)の黒風大王

==================================

延喜十年庚(かのえ)午の秋の九月、雲居寺の浄蔵法師は観世音の示現(じげん)によって天竺(てんじく)の雷音寺に参詣して如来を拝み奉り、象頭山におわします金毘羅天を迎え奉り、並びに金毘羅天童子の経文を受け奉らんと渡天の用意ありければ、帝は浄蔵を大内へ召し寄せたまいて、かたじけなくも御弟に準ぜられて御杯を賜りければ、浄蔵はこれを頂戴し、「それがしは幼き頃より五戒を保ち候えば、一滴も酒を飲まず、この義は許させたまえかし」と御断りを申せしかば、帝は「実にも」とうなずきたまいて、やがていと清らかなる土(つち)一トつかみを取り寄せたまいて、御杯に入れさせたまい、
「聖、これは酒にあらず。伝え聞くに天竺は十幾万里ありとかや、遙(はる)けき旅路につついがなく帰り来て、またこの国の土を踏み候ように酒の内へ土を入れたり。かくては破戒の咎はあらじ」と理(わり)無く勧めたまうにぞ、浄蔵は辞する言葉無く、且つ帝の浅からぬ叡慮(えいりょ)に感じ奉り、御杯を受けにけり。かくて帝は浄蔵法師に太政官の勘合とあだし、恵比須(えびす)の国々の通り切手一通に黄金の錫杖(しゃくじょう)を取り添えて、はなむけとして賜りければ、浄蔵はこれを頂戴して次の日に渡天の門出(かどいで)しつつ、是空(ぜくう)という弟子の法師と法六という下部一人を従えて、釈尊より贈らせたまいし錦の袈裟と鉢を携え、難波の浦より船出して、まず筑紫まで赴きけり。此の時、浄蔵法師の父三好の清行、母親の玉梓御前はなお筑紫の太宰府に逗留中の事なれば、事の由を伝え聞きて、その喜び大方ならず、
「日の本の始まりてよりこの方、渡天の名僧はなかりしに、我が子が出家の冥加に叶って仏の導きにあい奉り。あまつさえ帝の御弟に準ぜられて貴所とさえとなえらるは、これ法門の大面目、何物かこれにますべき、真に目出度し目出度し」とてもてなし大方ならざりけり。かかりし程に渤海国の貢ぎの船が筑紫の港にありけるが、早船出すと聞こえしかば、浄蔵法師主従三人はかの船に便船して、まず朝鮮へ押し渡り、それより唐土をうち過ぎて▲天竺へ赴くべしとて既に同船する程に、清行、玉梓御前はさらなり、およそ筑紫にありとある法師、修験者、民、百姓□を慕い、別れを惜しみて皆磯ばたにぞ見送りける。
○されば浄蔵主従は朝鮮国へ渡り、また唐土へ赴きたまうに、この時唐土(もろこし)の唐の世は既に滅んで、梁(りょう)の大祖(たいそ)の世となりぬ。しかるに後唐の李氏が怒って戦い止む時なかりしが幸いにして一両年穏やかなりと聞こえしかば、浄蔵法師はささはることなく梁の天子に見参して事の由を述べしかば、梁の君は深く感じて渡天のくわんもん一通を相添えて、駿馬一匹をたまわりければ、浄蔵は次の日に梁の都を立ちいでて、くだんの馬にうち乗りつつ西を指して赴く程に、また幾ばくの日を重ねて□州城(きゅうしゅうじょう)、河州衛(かしゅうえい)なんど言う唐土西の外れの国々を過ぎるに、この日は福原寺と聞こえたる山寺に宿りを求めて、長途の疲れを慰めけり。かくて浄蔵法師が次の日、馬に乗って発ちいでんとする時に、福原寺の法師どもが相戒めて言いけるは、「長老、これより西の行く手の山には妖怪多く猛き獣も少なからず、よくよく用心したまえ」と心つくれば、今さらに胸安からず思えども相やむべきにあらざれば、くだんの寺を発ちいでて、覚束(おぼつか)なくも主従三人は西を指してぞ急ぎける。時に延喜十一年春も弥生の頃になりぬ、日の本をいでしより早幾千里の道を来て、二年(ふたとせ)近くなりぬれども、なお唐土の地をも離れず、いずれの年いずれの日に天竺の雷音寺に至るべき。思えば遙けき旅の空に事とう方も嵐吹く、山また山をたどり行く、心細道つづら折、行き悩みたる折こそあれ、果たして木立、岩の陰よりいと恐ろしき妖怪変化の面魂は凄まじく、彪(ひょう)と言う獣に似たるが前後左右に現れいでて、どっとおめいて走りかかれば、馬はたちまち驚き騒いで、足折り伏して打てども走らず、「こは何とせん」とばかりに主従は生きた心地もなく等しくどうと伏し転んで、仏の御名を唱えつつ、助けたまえと叫びけり。その時くだんの妖怪らは浄蔵主従三人をひしひしといましめて、なお山深く引き立て行くに、向かいに石の台(うてな)あって、面体(めんてい)はさながら虎に等しき一人の妖王がいたりける。その時彪の化け物らは台のほとりにひざまづき、
「大王、今日は思いがけなき良い獲物が三人あり。いかが計らい申さんや」と言うに妖王は喜んで、
「我、此の頃はうちたえて人の肉を食らわざりしに、▲一人ならず三人まで捕らえ来つるはちゃうでうちゃうでう、さぁさぁ料理仕れ」と言うと皆々心得て、大まな板をなほす折から、たちまち二人の珍客あり。「山猫君(さんみょうくん)、犬良子(けんりょうし)お見舞い申す」と音ないて、しずしずと入り来にけり。およそこの二人の化け物の山猫君(さんみょうくん)と唱えるは山猫が化けたるにて、犬良子(けんりょうし)と名乗るは狼が化けたるなり。その時二人は言葉を揃えて、
「寅将軍(とらしょうぐん)、近頃は参会も絶えて、思わず疎遠にうちすぎたり。いかが渡らせたまうぞ」と問われて寅王はうなずいて、
「只今、ここより使いをもて招き奉らんと思う折、揃っての来臨はこれ幸いの事ぞかし。先に手下の者どもが良き獲物を引き来たれり。あれ見たまえ。そのうち二人は法師にして一人は俗人なり。かく珍しき今日の獲物をそれがしのみが賞翫(しょうがん)することあたらことに思ゆるなり。いでや、きゃつらを肴にして、おのおのがたと一献汲むべし。まずくつろいで語りたまえ」と言うに二人は喜んで、
「そは思いがけもなき口果報(くちかほう)ある幸せなり。さりながらあの三人をことごとく今宵の肴にすべきにあらず。一日の美味珍膳(ちんぜん)も後日の飢えを救うに足らねば、あの色白で人品よろしき旅僧を一人残し置き、その供人と思しき二人を料らせたまえば事足るべし」と言うに寅王は微笑みて、
「実に言われればその理あり。あの色白の旅僧の肉は格別に柔らかにて、味わいも一塩ならん。しからばしゃつを繋がせ置いて、明日の夜の肴にすべし。まずその供の両人をさぁさぁせよ」と急がせば、手下の化け物は心得て、やがて是空と法六を大まな板に仰向けにして、名工工(めいこうこう)たる包丁を胸の辺りへ付き立てて、鰻の如く切り裂けば、アッとたまぎる声と共に血潮がさっとほとばしり、三焦(みのわた)細腸現れて、目も当てられぬ有様なり。浄蔵法師はなかなかにとても逃れぬ命ぞと思えば目を閉じ胸を鎮めて、心の内に読む経文も今は此の世の名残にこそと思い絶えたる身の覚悟、騒ぐ気色はなかりけり。さる程に化け物どもは思いのままに料理して、あるいは煮もしつ炙(あぶ)りもしつつ、卓袱台(しっぽくだい)に置き並べ、客と主に勧めれば、いずれも喜びうち向かって、大杯を引き受け引き受け、さしつおさえつ二人の肉をあくまでに喰らえば、またかの化け物らはあらをおのおの賞翫しつつ、酔いにまかして舞い踊る、楽しみ尽きて暁の星まばらなる空の色、春の夜なれば短くて▲東方早く明け渡れば、化け物どもはたちまちにかき消す如く失せにけり。
○浄蔵法師は呆然と夢現(ゆめうつつ)ともわきまえず、既に覚悟を極めしが不思議につつがなけれども痛ましきは是空、法六は儚(はかな)く命を失って、その亡骸は妖怪変化の腹を肥やせし不憫さよ。既に我が供人を二人まで失っては今日より誰を友、誰を力に十万余里の遙(はる)けき道をたどるべき、悲しきかなと彼を思い我が身を思うあいじゅう悲嘆に流れる涙は泉の如く衣の袖を濡らす折から、いとたくましき二人の異人がいずこともなくいで来たりて、浄蔵法師に向かい、
「長老、さのみ嘆きたまうな。死するも生きるも宿世の定業。供人是空、法六らは前世の悪業この余に報いて、あえなく命を落とせしなり。されば人の成し難き大願を起こす者は火にも焼かれ水にも溺れて、幾そ許(ばく)もその苦言を受けねば遂に望みを遂げ難し。長老、今よりいかばかりの大厄難に会いたまうとも命の限り天竺の雷音寺に赴いて如来を拝み奉り、遂には金毘羅大王を迎え取り奉って日本国へ帰らんと思う心が変わらずば、道に不思議の助けがいで来て、大願成就せざらんや。嘆くは無益(むやく)の事にこそ」と世に頼もしく諫めるに、浄蔵「実にも」と心に悟って立ち上がらんとする程に、今までありつる二人の異人は能忍(のうにん)善神、摂伏諸魔(せつふくしょま)の大善神と現れて、松の梢にかからせたまい、「善哉善哉、浄蔵法師、我々をこれ誰とか思う。観音薩多の仏□によりて、日夜御事の影身に沿って、代わる代わるに護りとなる十六善神すなわちこれなり。大和を発ちしその日より十六の善神らの二柱づつが付き添って、相護らずということなし。御法(みのり)のために命を投げうち、心真に叶いなば大望成就疑いなし。もし中途にして心怠り疲れを厭う事あれば、願いの叶わぬのみならず、命をそこに失うべし。夢々疑うことなかれ、よく務めよ」と励ましたまう御声と共にたなびき下る紫の雲にたちまち包まれ姿は見えずなりたまうに、浄蔵法師は思いがけなき示現に驚き、尊さに憂いの涙に引き替えて、また感涙にむせびつつしばらくそなたを伏し拝み、初めて夢が覚めるが如く、ようやく辺りを見返ると我が馬はつつがもなくて方辺の松に繋いであり、また旅荷物も元のままにて巌の元にありければ、荷物を取って馬に付け、轡(くつわ)つらを引立てて、独り山路をうち越えたまうに、行く先はなお高山にて木立は深く、人に得会わず、既にしてその山をやや七八里越え行く程に、獣の鳴く声がしきりにして道には毒蛇横たわり、猪(しし)、荒熊、狼なんどがいくつともなく群がり出て、此方を指して駆けんとす勢い猛し有様に、馬は驚き人は恐れて再び生きたる心地なく、如何にすべきとためらう程にくだんの毒蛇、猛獣はふんふんとして逃げ走り行方は知らずなりしかば、浄蔵はいぶかりまず喜んで向かい遙かを見渡せば、一ト群茂き木陰より走りいでたる独りの狩人。背中(そびら)に数多の猟矢(さつや)を負って、腰に一丁の半弓を掛け、手に一筋の矛をひ下げて、そわ道、岩かど嫌いなく此方を指して来にければ、浄蔵は声を振るわせ「大人(たいじん)我を救いたまえ、救わせたまえ」と叫ぶにぞ、狩人もまたいぶかって、ほとりに立って、と見かう見つつ、「長老はいずくの人ぞ」と問えば、浄蔵は胸撫で下ろして、
「それがしは大日本国雲居寺より遙々来つる浄蔵法師と▲言う者なり。先に帝の勅命を承り、天竺雷音寺に参詣して如来を拝み奉り、金毘羅王を迎えん為に既にここまで来つる折、妖怪に出会って、弟子の是空、下部の法六と言う二人の供人を喰らい尽くされ、それがし一人が幸いに善神の応護(おうご)によって、つつがなき事を得たり。しかるに今またこの山で毒蛇悪獣に取り巻かれ、命も既に危うかりしが図らず大人に行き会わしたる一期の幸い、願わくば麓まで送りてたべ」と侘びしげに頼む言葉に狩人はにっこと微笑みうなずいて、
「□は御身は日の本の聖にておわせしよ。それがしの親なる者も筑紫太宰府の雑色にて、勇部(いさべ)のみち彦と呼ばれしものなり。古里に在りし時、漁(すなどり)を好みしに、ある時南風に吹き流されてこの渡りに漂泊せしより帰国の願いも容易からねば、是非なくこの地の民となり、妻を迎えて世を渡りつつそれがしを産ませしなり。父は武芸をよくせしかば、それがしもこれを受け継いで、山狩りをもて世を送れども、日本の風俗を今に至りてかゆることなく勇部の綾彦と呼ばれるなり。父は先に見まかって家には母あり、女房あり。それがしは親の時よりこの地のかいほつなるにより、所を和国の庄と唱えて、この一ト村におる者共は皆それがしの手に付いて山狩りをするにより、彼らも全て日本の風俗に異なる事なし。いざたまえ、今宵のお宿つかまつらん」と言うと浄蔵は喜んで、
「さては和殿の親人は我が日の本の者なりしか、既に年ふり世を変えても日本風を変えずして、里を和国と唱える事はいとありがたき心延え、感ずるになお余りあり。こぞの長月に便船して朝鮮国に来るまで風俗げんぎに同じからねば、ただ古里の空をのみ慕わしくこそ思いしに、たまたま和殿の風俗を見ればさながら古里人に巡り会った心地ぞする。いざ標(しるべ)してたまいね」と言いつつやがて立ち上がる折からにわかに吹く風に、草木は等しく吹きなびきおどろおどろと振動し、山荒れ渡る程こそあれ、現れいでたる一つの虎。眼(まなこ)怒らし爪をけたててまっしぐらに馳せ掛かるのを綾彦は得たりと鉾(ほこ)取り直して突くをひらりと飛び上がる気色鋭き猛虎の勢い、なおも駆けんと馳せ寄せるを綾彦はすかさず引き外し、やりちがえ立ち巡る手練の手の内あやまたず、虎の喉を突き止めたり。さすがに猛き悪獣も急所の痛手に弱り果て、ようやく息は絶えにけり。その時勇部の綾彦は腰よりせこ縄(せこなわ)取り出して、特牛(ことい)に等しき大虎をからげて背負う覚えの力量、浄蔵法師を馬に乗せ先にたちつつおのが住む和国村にぞ伴いける。
○かくて勇部の綾彦は 浄蔵法師を伴って、峯を越え麓に下りておのが宿所に帰りつつ、背負った大虎を門口に下ろして、「者共、只今帰りしぞや」と言う声聞いて、妻の笠志江(つくしえ)子分子かたの荒男らも皆慌ただしく出迎えて、
「思いしよりは早帰りし、そは又今日の獲物にこそさて大きなる虎なりけり。親方さこそ重かりけん。小牛よりなお勝れるを▲おいらは二人で担ってもあの山坂をうち越えて、ここまではちと難しい。さてもさても」とどよめくを綾彦はとどめて
「やかましい。わいらは早く此の虎を料いて夜食の支度をしろ。笠志江はこの聖を奥へ伴い参らせよ。この聖は日本国雲居寺の名僧で浄蔵□所(きしょ)と申すとよ。天竺へ渡って金毘羅神を迎えたまう世に有り難き難行苦行と聞いては尊く痛ましさにお宿せんとて伴うたり」と言うに笠志江は浄蔵のほとりに寄って腰をかがめ、
「予て噂に伝えたる大和と聞くも懐かしく、いとど尊く思いはべる。見たまう如き山里の一つ家なれば、参らせる物とては無けれども、うちくつろいで休らいたまえ」といざないたてて奥の座敷に伴えば、綾彦の母の笠ぜ(ちくぜ)も喜びつつ出迎えて、
「わらわの夫は大和の筑紫とやらの人なりしかば、わらわの名も竹ぜと呼び替え、嫁を笠志江と名付けたり。夫は世を去りしかども綾彦もまた亡き親の志を受け継いで、御覧の如く宿の住まいも日本風に作りなしたり。しかるに思い掛けなくも日の本より遙々と渡天したまう長老様を泊め参らせるは神仏の導きにこそはべるらめ。まずまず休息したまえ」と言い慰めつつもてなして、やがて風呂にぞ入れにける。しばらくして綾彦は着物を着替えて浄蔵法師に挨拶しつつ、さて言うよう、
「聖は肉食したまうや。先に打ち取りしかの虎の鍋焼きが出来たり。苦しからずば参らすべし」と言うのを浄蔵は聞きあえず、
「それがしは母親の胎内に在りし頃より生臭物を食べたことなし。只うち捨てて置きたまえ」と否むに綾彦は頭を傾け、
「それがしの家では皆獣(けだもの)の肉をのみ日毎の糧とするなれば、鍋釜五器に至るまで生臭からぬは一つもなし。そはいかにして参らすべき、これには困り果てたり」と眉根ひそめる屈託を浄蔵法師は慰めて、
「否、それがしは野ざらしの斗僧(とそう)行脚の旅僧なれば、例え一日一泊まり物食わずとも▲ 苦しからず。心遣いをしたまうな」と言うと母親はうち案じて、
「良き物のはべるなり。亡き人の忌日(きにち)毎に麦飯を炊く土鍋あり。その折に用いる仏器あり。この品々は隠居所にて、わらわ一人が取り扱えば、露ばかりも生臭き移り香は無きものぞかし。あの土鍋で別火にていざかしぎして参らせん。さは」とてやがて火を改めて、くだんの土鍋、仏器で糧飯(かていい)炊いて勧めるにぞ、浄蔵は膳に向かって数珠押し揉んで、合掌し、今この施主の方便にて今宵の飢えをしのぐこと、厚禄(こうろく)無量の善根なり。願わくば此の功徳もて、先祖類世一切精霊、二世安楽抜苦(ばっく)菩提と回向して、さてさば経を読誦(どくじゅ)して、くだんの斎(とき)を食べにける。かくて斎も果てしかば綾彦は浄蔵に獣倉(けものくら)を見せんとて、その所へ案内す。およそこの倉の内には虎、豹(ひょう)、猪(しし)、鹿を始めとして、ありとある獣の皮をうず高く積み重ねたり。また二棟の檻の内には熊の子、虎の子、猪の子なんどを皆々繋いで飼い置きけり。綾彦これを指し示し、
「出家に向かって、かかる業を誇り申すは烏呼(おこ)ながら、それがしは天ねんと山狩りに妙を得て、撃たんと思う獣は遂に捕らずということなし。さるによりここらの山に棲む獣は皆それがしの影でも見ればたちまちに逃げるなり。先に聖を取り巻いた毒蛇、猛獣がたちまち恐れて走り失せたのは、それがしが来つる故なり。ここをもてそれがしが異名を山のさちをと言えり。聖の為には浅ましき業とや思われ候わん」と託言(かごと)がましく語りける。■


<翻刻、校訂中:滝本慶三 底本/早稲田大学図書館所蔵資料>
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馬琴・西遊記/金毘羅舩利生纜 第三編下

2016-04-14 06:15:39 | 金毘羅舩利生纜
さる程に、延喜の帝は浄蔵法師、経基らの法力、武芸の徳により物の怪も遂に消散して、御悩はこれよりいささかづつも御心良きに似たれども、なお御枕は上がりかね、再び危うく見えさせたまえば、御自らも今は早頼み少なく思し召しけん。ある日、三好の清行を寝殿に召し近づけて、
「先には汝の子の浄蔵らの修法により物の怪はやや退きしが、朕の病は癒えずして、臨終を待つばかりなり。朕が誤ってその昔、罪なき菅丞相を筑紫へ流し、かつ骨肉を疑うて、とき卅(三十)親王におもひ死をいたさせて、あまつさえ菅丞相に縁(ゆかり)ある者どもをあるいは流し、あるいは害せし。此の罪障をかえりみれば、恨むせ絶えてあるべからず。今更いかなる功徳をもって冥途のくげんを助かるべき。浄蔵などが予てより言いつる事は無かりしか」と御心細げに問わせたまうに、清行はこれを承って、
「御心安く思し召されよ。それがしが学問の師の菅原の是善は死して泰山府君(たいさんふくん)となれり。その由、年頃、まさまさと夢に見て候えば、それがし密かに是善に状を送って、君を守護させたまわん。菅家の輩(ともがら)が冥土にて、君に仇する事ありとも、かの是善は▲菅丞相の親なり。呵責を防ぐ御後見には彼にます者候わじ」とて御前においてくだんの書状をしたためて奉れば、帝は女官に心を得させてやがて書状を御髻(もとどり)の内にぞ納めたまいける。かくて帝は次の日に御歳二十五歳にて遂に崩御したまいしかば、女御(にょうご)后(きさき)の御嘆きは更なり、かみいちの大臣より諸司(しょし)百かんに至るまで涙に束帯の袖を濡らして、皆呆然たるばかりなりしを、さてあるべきにあらざれば左の大臣忠平公はまず万民に触れ知らせて、東宮(とうぐう)寛明(ひろあきら)親王を御位に付け奉らんとて用意取り取りなりける程に、清行は密かにこれをとどめて、
「その義は急がせたまうべからず。帝は日頃の御悩によって一旦事切れたまいしかど、御寿命未だ尽きさせたまわず、今より三日の後、御喜びの事あらん。しかるを逸らせたまいなば御後悔もや候わん」としきりに諫め申すにぞ、忠平公は余りの事に心得難く思えども、事みな百発百中すという易学者の申す事なり、要あるべしとうなずいて、帝崩御の御事はなおしばらく披露に及ばず、公卿おのおの宿直(とのい)して、御亡骸を守りつつ儚(はかな)く日をぞ送りける。さる程に帝は事切れたまいし時、御魂やさまよいけん、いと茫々(ぼうぼう)たる荒野(あらの)のほとりに独り佇みたまいつつ、つらつら辺りを見返りたまうと、いと暗くして文目(あやめ)を分かず、ただきらきらときらめく物は向かうに高き山ありて、林のごとく植え並べた剣の光なりければ、帝はしきりに驚きたまいて、「浅ましや、我は早地獄にこそ落ちたりけれ、いかにせまし」といとどなお思いかねさせたまう折から、数多の人の叫ぶ声してたちまち鬼火が燃え上がり、昼よりもなお明かりけるに、痩せさらばいた餓鬼どもがいくらともなく現れ出て、「あつ仁(ひと)□来たりたれ、日頃の恨みを返せや」と、おっとり囲んで鞭(しもと)を上げて打ち奉らんとひしめく程に、たちまち後ろに人あって、「無礼なせそ」と止めれば、餓鬼どもはこれを見返って、「府君がとどめたまうなり、皆引け引け」と罵り合って、いつちともなく失せにけり。その時くだんのとどめし人が静かに雲より下りたって、帝の御前に膝まづき、
「君のいとけなくおわしませし時、それがしは既に世を去りければ、御見覚えあるべからず。それがしは従四位の上大学の頭(かみ)菅原の▲是善(これよし)にて候なり。されば学問の徳により死して泰山府君となれり。この身はすなわち南山にあり。人の命の長き短き、それを司る職役なれば、もし定業(じょうごう)ならぬ者が非命に死する事もあらんとそれらを改め正さんために、かく地獄へも通い候。しかるに今君臣の義をわきまえず恨み奉る者どもが打ち懲らし奉らんとてひしめきたる折に、参り合わせしは思いなき幸いなり。今一ト足遅ければ真に危うき事なりき」とまた他事もなく申すに、帝は御感浅からず、
「さては是善なりける、先には朕が過って菅丞相を筑紫へ流し、そのかただまの人々を追い失いし祟りによって、飢饉、洪水がうち続き、あまつさえ時平は悪病によって既に身まかり、その余の輩、藤原の清貫(きよつら)、たびらのまれ三十なんどまで、皆雷にうち殺されて、悪名をのみ残したり。こは菅丞相の祟(たた)りぞと人も申し、朕も思えば、近頃かの丞相を元の位に返し上せて、その子らを召し返せしが怨霊なおも空(あ)かずやありけん。朕の齢が長からで死しては餓鬼の□□□□□□、これらの事は予てより三好の清行が考え定めて御事に寄せた書状あり。頼むは是善ひとりのみ、とにもかくにも計らいてよ」と心細げに仰せつつ、くだんの書状を取り出して是善に渡したまえば、是善は受け取り、開き見て、にっこと微笑み、
「この状がなく候ともそれがしいかで君の御為なおざりに存ぜんや。天災□えううち続いて雷火に撃たれし者さえあるを、世にはただ道真の祟りにこそと申せども、道真がいかでか君を恨んでさる祟りをいたすべき。その身は人の讒言にてさすらい人とまでなりしかど、天をも恨まず人をも咎めず、君悪しかれと思わぬ由はその歌その詩に表れて、知る人ぞ知ることながら、さしも咎なき大臣を無実の罪に苦しめたまい、その輩をいと酷(むご)く罪なわしたまえば、神は怒り人憤りしその気のしもにむすぼれて、飢饉、洪水うち続き、あるいは内裏(だいり)に雷落ちて、打たれて死せし者さえあり。これすなわち天津神(あまつかみ)、国津神(くにつかみ)の御計らいにて、道真の業にはあらず。ただやいしんの徳により我が子ながら道真は自在天に忠信して天部の神となりて候。しかれどもその輩は道真が心延えに似たる者のあることなければ、なお冥土には今のごとく君を恨み奉る怨霊なしとすべからず。これらは幾人ありとても何事をかしいだすべき、それがしいささか計らう旨あり、閻魔王に見(まみ)えたまえ、御道しるべつかまつらん。こなたへこそ」と先に立ってそのまま導き奉れば、帝はたちまち是善が言いつることを悟らせたまいて御感いよいよ浅からず、
「実に菅原の丞相は類少なき大忠信、多く得難き賢人なり。またその父の是善もただ者にはあらざりけり。これより□三好の清行、都のよし香らにいたるまで、皆神□に通じたる博物の学者にして忠義の輩なりけるを、朕は疎(おろそ)かにしてこれを遠ざけ、寧人(ねいじん)ばらに惑わされ、そしりを後の世に残し、恥を冥土にかがやかさんは実に浅ましき事なりき」
と御後悔しきりにして、引かれて森羅殿(しんらでん)に赴きたまえば、閻魔王が御橋(みはし)を下りて帝を迎え奉るに、帝はいたくへりくだり、
「朕は冥土の罪人なるに、大王などてねんごろなる。ただここもとに」と否みたまうを閻王は理無(わりな)く御手を取り、客人(まれびと)の座におし据え参らせ、
「君はこれ南ぜん部州大大和の陽王なり。我が身はすなわち冥府の陰王。自ずからにその品異なり、さのみは辞退したまうべからず。先には時平に憎まれて無実の罪で死せし者が君を恨んで訴えいで、近頃はまた近江の龍王君がかの役に背いて救いたまわざりし由をしきりに恨み憤りて愁訴すること暇もなきに、君が命数(めいすう)今早尽きたまひぬる由をめう官らが申すにより、ここへ迎え取りしなり」と説き示し申すに、是善はこらえず進み出て、
「そは間違いにて候べし。この君の御命がただ今尽きさせたまわんや」となじれば、閻王は方へなる鉄の□を取りて、「しからば府君、改め見たまえ。よも間違いはあるべからず」と言いつつ渡すその紙を是善は受け取りおし開き、繰(く)りつつ見ればちっとも違わず、なんぜんぶ州日本国人王六十代の天子諱(いみな)はあつ仁(ひと)、在位一十三年にしてこうずとあり、是善は大きに驚き、密かに早くも筆を取り、一十三の一の字に▲二画を加えて三となしぬか木にうち微笑み、「大王これをよく見たまえ、在位三十三年なり。およそ昌泰元年より今年延喜十年までは十三年にこそ候え、しかる時はこの君なお二十年の果報あり。みょう官達の粗忽(そこつ)こそよく見たまえ」とて差し寄せれば、閻王もまた驚いて、
「たいさん府君なかりせば、民に父母□たるこの君の寿命をほえどあやまつべし。粗忽を許したまいね」と詫びつつもてなし参らすれば、帝は深く喜びたまいて
「思いがけなく大王の恵みをこうむるかたじけなさよ。それがしも娑婆へ立ち帰れば何にもまれ参らせん」と他事もなく宣えば、閻王はしばしうち案じて
「それがし好みて折々に抹香(まつかう)を舐めけるが、全て冥土の抹香は色黒くして匂い薄し、日本国いづ山のしきみをもって製する物は、その色かばの如くにして匂い高しと聞き及べり。もしちとのまつかうを贈りたまうことあらば、何よりもって賞翫(しょうがん)すべし」と言うに帝はうなずきたまいて、「そは殊更似に易き事なり、必ず贈りまいらせん。さても朕がうからゆからの誰か命の短からん」と問わせたまえば、閻王は再び頭を傾けて
「君が同胞、妃(きさき)たちはいずれも命長かるべし。但し御妹節折(よをり)の内親王のみ世をもやうし候わん。その余の上は憂いなし」とねんごろに示し申せば、帝は遂に別れを告げて返り去らんとしたまうにぞ、親王すなわち菅原の是善を見返って、「生ける人の差し引はたいさん府君の□□くぶんなり、帝をよきに導いてとくとく帰し参らせてよ」と言うに是善は欣然(きんぜん)とやがて帝の御供して、しんら殿をたちいでつつ初め行き合い奉りし剣の山のほとりまで送り付け参らせて、さて帝に申すよう、
「それがしがなおいづくまでも送り奉らんは思い候へども、大方ならぬ職分あれば、ここより御暇をたまわるべし。先には君に仕えはべりし左大辨(さだいべん/左大臣)希世(まれ)こそ冥土にあって、その役重く亡者の採用を司れり。すなわち希世を代わらせて御道しるべにまいらせん。召され候え」と申すにぞ、帝は眉根をひそめ、
「怪しや希世はその昔、時平にへつらうて菅丞相を傾けたるねじけ人なるにより雷火に打たれて死せしにあらずや。しかるに死しては呵責もなく、かえって重き司人(つかさにん)となりぬる事のいぶかしさよ。故もやある」と問わせたまえば、是善が答えて、
「さん候、希世は萬に私(わたくし)なく心正しき者なれども、不幸にして藤原の清貫(きよつら)らと諸共に雷に打たれて死したれば、世には時平のかたうどとて悪人なりと言われるは、いよいよ希世が不幸なり。これらによりても天災地えうは皆道真が業ならぬ道理を悟らせたまえかし」と申す言葉も終わらぬ折から、たひらの希世がいで来たりて、帝にまみえ奉り、是善に立ち替わり、御道しるべをつかまつれば、是善はそがままに帝に別れ奉りて、早南山へぞ帰りけり。かくて帝は希世に引かれて焦熱地獄(しょうねつじごく)を見そなわするに、牛□馬(牛頭馬頭?)獄卒ら痩せさらばいたる罪人を大釜にて茹でるもあり、あるいはいたく縛り付けて釘抜きで舌を抜く、目も当てられぬ有様に、帝は深く恐れたまいて、
「さても無惨や、在りし世にいかばかりの罪を作りてかかる呵責にあうやらん。真に不憫の事なり」とて、深く哀れみたまうにぞ、希世は声を潜まして
「君は見忘れたまいしか、ただ今舌を抜かれしは菅丞相を虐(しいた)げて無実の罪に▲落とした時平公にて候なり。またかの釜で茹でらるるは時平にへつらうて菅家を悪し様に申しなしたる藤原の清貫(きよつら)なり。されば三好の清行とまた藤原の清貫は文字こそ変われどきよつらと唱ふるその名は等しけれども心延えを尋ねれば善悪邪正(ぜんあくじゃしょう)、雪と炭なり。彼らの上を見そなわして寧人を遠ざけたまわば何の恐れか候べき」と密かに諭し奉れば、帝はしばしばうなずきたまいて、
「さるにてもこの人々の菩提を弔い得させんには如何なる功徳を良しとせん」と問わせたまへば希世答えて、
「もし千本の卒塔婆を立てて菩提をとはせたまいなば成仏せん事疑いなし。今は早これまでなり、とく此方(こなた)へ」と急がし申して剣(つるぎ)の山の麓を過ぎるに、数多の人の叫ぶ声して、此方を指してくるに似たり。帝はこれに進みかね、「またもや以前の怨霊どもが朕を討たんとするにやあらん、いかにすべき」とたゆたいたまえば、希世は帝に申すよう、
「これらの事は御心安かれ。かくあるべしと存ぜしかば、白太夫が五千貫の銭を密かに借りうけ施餓鬼(せがき)に引かせ候なり。あれ見そなはせ」と申しも果てぬにくだんの銭を車に引かせて、三途川の婆をひきそい来つ、「御背牛(せぎゅう)ざふ」と呼び張れば、いづくともなく数多の餓鬼がおびただしく集い来て、くだんの銭を百二百ずつ施すままに受け頂いて皆喜びて帰ると見えしが、ただこの功徳によりたりけん。帝を恨み奉りしその人々は仏果を得て雲に乗りつつ皆諸共に極楽国へ飛び去りけり。そが中に近江の湖水の龍王鱗長は三十六きん流天のうちなる金龍王と表れて遙かに帝を伏し拝み、弥陀(みだ)のじゅうどへ飛び去れば、三途の婆は獄卒らにから車を引かせつつ、帝と希世が働きを大方ならず褒めさせたまいて、
「汝早くも朕が為に白大夫とか言う者の数多の銭を借り出して、施餓鬼の功徳を行いしは返す返すもいみじき業なり。朕がまた生きて浮き世に帰らばくだんの銭を返すべし。そもそも白大夫と言う者はいかなる人ぞ」と問いたまうに、希世は答えて、
「さん候、彼は太宰府の民なるが菅丞相が左遷の折、心を尽くして仕えたり。かくて丞相が世を去りては只その菩提の為にとて日毎に一銭ニ銭つつ手の内を施すこと今に至りて怠らず、さればこれらの功徳によりて来世は必ず幾万貫の分限(ぶげん)となるべき果報あり。その徳遂に冥土へ通じて来世に持つべき金銀が今はやここに積みてあり。それがし今は財用(ざいよう)を司る職役なれば、かの白大夫の銭を借りて背牛(せぎゅう)には引きしなり。君がまた浮き世に帰りたまわば▲これらの事を忘れたまわで銭を白大夫に返させたまえ。これよりあなたは山路なり、これに乗らせたまえ」とて斑(まだら)の牛を引き寄せると、その牛頭(うしかしら)は人にして五体は獣に異なることなし。帝は怪しと思し召して、まずその故を尋ねたまうに、希世は答えて
「およそ世に在りし時、あるいは牛馬をむごく使って、その苦しみを思いやらず、あるいは養父母、養子の類、密かに□をかせし者は、死して必ず畜生道の苦しみを受けること全ては此の牛のごとく」と説き示し奉れば、帝はいとど浅ましくことさら不憫に思し召せども、かくてあるべき事ならねばくだんの牛に打ち乗って一つの山を越えたまえば、ここぞ名に負う血の池のほとりに近づきたまいける。かくて帝は血の池の有様をご覧ずるに、池水は皆血潮にて生臭きこと言うべくもあらず、男女の亡者が幾人か獄卒どもに追いやられ、あるいは沈みあるいは流れるくれんの波の間より冥火(みょうか)しきりに燃えいずれば、水に溺れてまた更に火にまた焼かるる大けうくわん火水の責めに耐えかねて、泳ぎ着きつつようやくに岸に上らんとする者は剣のごとき岩かどに身をつんざかれて転び落ち、叫び苦しむ有様を見るに目もくれ胸潰れ、身の毛もよだつばかりなり。帝はかかるざいせうの浅ましくも哀れにも例える物の無きまでに、いとど不憫に思し召し、御涙をとどめあえず、
「やよ、希世。この血の池と言うものは世に難産にて死せしおなごが落ちる地獄と聞きたるが見れば男も数多あり、いかなる故ぞ」と問いたまえば、希世答えて、
「さん候、けつぼん経は偽経にて、いとうけられぬ事のみ多かり。死して黄泉路へ来る者の悪人は地獄に落ち、また善人は極楽へ必ず至るものなるに、難産にて死したりとも犯せる罪の無き女がいかでか此の血の池に落ちて地獄のくげんを受けんや。彼らは全てありしよに利欲の為に兄を虐(しいた)げ弟を害し、妻を売り子を売り、親の悪事を表し、あるいは叔父姪争うたぐひ、血で血を洗うて恥とせざりし、およそこれらの報いにて此の血の池地獄へ落ちたり。さるによりておなごより男が多く候」と説き諭し奉れば、帝はたちまち御疑い解けてはいとど恐ろしき因果の道理を▲悟らせたまいて、牛を早めて行き過ぎたまいつつ、また幾里をか来ぬらんと思し召すに、たちまち空は明るくなって初めて草木を見そなわするに、遠山のたたずまいも在りし冥土に似ざりけり。その時希世は忙わしく帝の御裾を引き動かして
「是の所は既に早あの世この世の境にて、向こうの橋を越えさせたまえば現世にいでさせたまうなり、とくとく」と急がし申して牛を追いつつ行く程に、くだんの橋にもなりしかば、帝は牛の上より遙かに下をご覧するに、その丈三尺あまりの鯉の内全て紅(くれない)の鱗(うろこ)に黄金の色を交えて辺りも輝くばかりなれば、しばらく牛を留めさせ見とれておわします程に、希世もつくつく見下ろして、「実に珍しき鯉にこそ、よく見そなわせ」と言いながら御ほとりに立ち寄りて、やにわにはたと突きたりければ、帝はあなやと叫びもあえず、たちまち千尋(ちひろ)の水底へ落ち入りたまうと思し召せば、忽然とおんいき通いて黄泉路返らせたまいつつ、なおもしきりにおびえたまいて、「希世が朕を□□□□□□□□」と叫びたまうにおん始めとして、むまたの公いいおんなきがらをうち守りてありしかば、皆々驚きかつ喜んで、「すはや御蘇生ましませしぞや、あな目出度や」とどよめいて御薬を勧め参らせ、その後御粥をたてまつるに、ようやく陰気が失せさせたまいて、御心地すがすがしく遂に本復ましましけり。帝が事切れたまいしより、ここに至って三日なり。清行の占い申せしその事すべて違わずと忠平公は感涙にむせびたまうぞことわりなる。さればまた女御、妃の御喜び、みょう婦、うねめに至るまで、うれひの袖をひるがえして、いきまざる者なかりけり。かくて帝は人々に地獄の有様を告げさせたまいて、菅原の是善がたいさん府君となりしこと、かつ左大辨希世の事、すべてこの両人がいたわり導きまいらせる事の体たらくを物語らせたまいつつ、また宣うよう、
「菅丞相は天部の神と現れたる由、確かに聞けり。さても年頃の飢饉、洪水、雷火の災いありし事はかの丞相の業にはあらず。こは賢人を追い失い罪無き者を罪したる政治(まつりごと)の道ならぬをあまつ神が咎めたまいて、さる災いを下せしなり。かかればかの丞相のいささかも私なきその忠信を知るに足れり。増官(ぞうかん)増位(ぞうい)あるべし」とて、菅丞相を押し上し、正一位太政大臣を贈らせたまい、さらにまた天満大自在天神という神号をたまわりて、社(やしろ)を建立すべき□□□□□□□□(ここの文章の有無不明)神になされ雅規(まさのり)をは四位の右大辨になされ、この余、淳茂(あつしげ)、清よしらにも司位(つかさくらい)を上せたまうに、菅原の文時(ふんとき)のみいたわることのありと申して、この日のじもくにあわざりけり。かくてまた帝は三好の清行を呼ばせたまいて、
「汝の易学に妙あること今に始めぬ事ながら、なかんづく冥土くわうせんは書状を寄せて朕がために計りしは昔の小野のたかむらなりとも及ぶべきところにあらず。しかのみならで▲朕が齢(よわい)の尽きざりしをよく知りて大臣をとどめしは鬼神不思議の先見なり。そを賞せずはあるべからず」と四位の位を授けたまいて、式部(しきぶ)の大ふになされけり。かくてまたの□やうちん冥土ありし時、恨みある亡者どもに取り巻かれんとしつる折、希世が早くも計らって白大夫という者の鳥目五千貫文を借り受けて、やがて施餓鬼に引きしかば、たちまち此の功徳によりて呵責を逃れしのみならず朕を恨みし亡者は更なり、かの近江の龍王さえ皆たちどころに成仏して、極楽浄土に赴きぬ。かかればくだんの鳥目(ちゃうもく)を大夫に返さずはあるべからず。さてもかの白大夫は元より筑紫の民にして菅丞相の左遷の時、三年が間、心を尽くしてよく仕えたる者なりとぞ。かくて丞相世を去りてはその菩提の為にとて常に一銭ニ銭つつ手のうちなる施行(せぎょう)をして怠る事の無きにより、その功徳が冥土へ通じて来世は必ず幾万貫の大福長者となりぬべき。これらの果報あるにより、その銭つみて冥土にあり。さるを希世が借り出して朕が為に背牛に引きたり。汝は元より菅家の親是善の弟子にして丞相とも親しかりき、大方ならぬよしみあれば、急ぎ太宰府にまかり下って朕の心を告げ知らせ、かの白大夫に物を取らせよ。なおざりにすべからず」とつまびらかに示させたまいて、すなわちくだんの五千貫にいちばいの息(そく)を加えて一万貫をたまわるべき由を掟させたまいしかば、清行は謹んで勅(みことのり)を承り、旅装いを整えて、かの御銭を船に積ませて雑色数多引き連れて、その身も同じ船路より太宰府を指して走らせけり。さる程に清行は早かの地に着きしかば、太宰の大□に案内して、勅命の旨を伝え、次の日くだんの御銭の唐櫃(からひつ)をかき担わせて、自ら白大夫の宿所に赴き、帝が近頃冥土に於いてしかじかの事により五千貫の鳥目を借りさせたまいし由を告げて、今また五千貫を増し下され一万貫の青差しをもたらし来つる事の趣、大方ならぬ勅(みことのり)を伝え知らせて、御賜物を置き並べ早渡さんとしてければ、白大夫は驚いて、
「そは思いかけぬ事なり。それがしに何の徳あって来世の果報をこの世から承る由あらんや。菅丞相に仕えしは、かの君の無実の罪を哀れみ奉りしのみにして、またその菩提を問い奉るは三年の間浅からぬ御恩を受けしによりてなり。それがしは帝様に銭を貸したる覚えなし。得知らぬ銭を一文なりとも賜る言われは候わず。この事のみは許させたまえ」と田舎親父の片意地に、いかばかりと説き諭しても受け引く気色なかりしかば、清行はほとんど持て余して飛脚を都へ上せつつ、事の趣を告げ奉るに、帝はかの白大夫が利欲に疎(うと)き朴訥(ぼくとつ)なるを、大方ならず御感ありて、すなわちその一万貫になお数多の宝を加えて、天満天神の御社□太宰府に立ちさせたまい、すなわち白大夫を末社として生きながら神に祀(まつ)らせ、その子供らを召し上して、牛飼い舎人(とねり)になされけり。今も天満宮の末社なる白大夫の社はこれなり。かくて三好の清行はこれらの御用を承り、くだんの御社成就の後、都へ帰り上りけり。
○かくてまた帝は忠平公に宣うよう、
「朕はいぬる頃、冥土で閻魔王に相見(あいまみ)え、そのもてなしを受けし時、いづ山の樒(しきみ)で製したる抹香を贈り遣わすべき由を約束せしことしかじかなり。かかればその身の命を捨てて冥土へ遣いすべき者を尋ねてこれを得たらば早く冥土へ遣わすべし。しかれども権威につのりて人の命を取らん事は最も不仁の沙汰なれば、左様の事はすべからず▲さればとて助け難き罪人などの命を取って仮にも勅使とすべきにあらず、あるいはいたく年寄りて養うべき子も無き者、あるいは生まれて片輪なる者、浮き世に捨てられ娑婆に飽きて死なんと願う者あらば望みのままに黄金を取らせてくだんの遣いに任ずべし。これらの旨を遠近(おちこち)へ知らせてよ」と仰すれば、忠平公は承ってやがてくだんの趣を国々へ触れ知らせ、また使(し)の廳へ下知を伝えて、都近き里々は更なり、五畿内までも巡らせて、その人を求めたまうが賜る金は欲しけれども命を惜しまぬ者もなければ、求めに応じ、身を捨てて我承らんと申す者はいずくの地よにも無かりけり。
[物語二つに分かる]ここにまた津の国難波村の片ほとりに竹田日蔵という浪人あり。元菅丞相の家臣にて忠義の若者なりければ、今よりして十年の昔、菅家が筑紫へ左遷の折に、なお揚巻(あげまき)にておわしませし末の公達(きんだち)菅秀才(かんしゅうさい)文時(ふみとき)朝臣(あそん)にかしつけて、いづくの内にも世をしのべとて黄金一ト包みをたまわりしに、なお思し召す由やありけん、菅家のご先祖天穂日命(あめのひのみこと)より伝えさせたまいたる天国(あまくに)という宝剣を菅秀才に伝えたまいて、これが人となるまでは日蔵よくよく守れとて、くだんの剣を日蔵に預けさせたまいけり。かくて竹田日蔵は菅秀才、文時の御供して津の国難波村に隠れ住み、主君を養い参らするに手跡(しゅせき)は菅丞相の弟子にて走り書き見事なれば、里の揚巻牛うつ童の手習う者を集えつつ寺子屋をしてようやくに細き煙を立てたりける。手習鑑(てならいかがみ)の浄瑠璃に武部源蔵と作りしは、この日蔵が事なるべし。しかるに日蔵の女房はその名を世居(よおり)と呼ばれたり。見目形(みめかたち)見にくからで、その身ニ八の春の頃より日蔵の妻となりしに、わずかに中一年を置いて疱瘡(ほうそう)をしてけるに松皮とかいうもがさにて辛く命をとりとどめしかど、花の姿はたちまちに生まれもつかぬ片輪となって、かためはしいて色黒く、あばたは指もて押したるごとく、肌へは全て引きつって松の木肌に似たれども、心延えは始めに変わらず夫にかしずき、主君を敬う萬につけて甲斐甲斐しく貧しき暮らしをとにかくに、年頃まかないたりければ日蔵も今更に顔ばせ醜くなりしとて、さすがに捨てる心なく、十年このかた連れ添う程に、延喜十年の秋の頃、親しき友が密かに告げて、
「・・・・・菅丞相の公達(きんだち)のなお世を忍びておわしますをも召しいだし候べき由既にその風聞あり、遠からずして吉相あらん。いと目出度し」と囁きけり、日蔵これを聞きしよりいと喜ばしく思えども、また差し支える事あれば、さすがに心安からず女房世居にしかじかと聞きつる由を告げ知らせ、
「もしその事が真ならば念願成就の時至れり。いと喜ばしき事ながら十年に及ぶ浪人の蓄えは早尽きし頃、菅秀才はかんろうにて二年余りの板付きに薬の代の才覚なく、かの天国の宝剣を八十両の質として値たつ□薬□□□□ままに□□せつ今ではちとも病気(やまいけ)なく健やかなりたまいしこと、御身も知りたる事ながら都へ帰らせたまわんには、かの宝剣を受け戻して君に帰し奉り▲我が身もお供をすべきこと、また言うまではなけれども八十両に利を重ねて早百両に及べる質を受け戻すべき手当てはなし。言うて返らぬ事ながら御身の顔が変わらであらば、よしや盛りは過ぎるとも江口の里に身を売らせ少しの金は整うべきに、うたてき今の顔ばせや」と言うに世居は涙ぐみ、慰めかねし身の憂さに夫の繰り言ことわりなれば、また今更に恥ずかしく我が身を恨むるのみなりし志を励まして、それより日毎に走り巡りて金整えんとしたれども海女が鹽焼く辛き世に親しき者も頼もしからで、その金少しも整わねば、只身一つにかこたれて、
「うたてや昔の顔ばせならば例えこの金整わずとも、先の如くに夫にまで世に疎(うと)ましげに言われはせじ。二世と契りし人にすらいつしか疎み果てられて、まさかの用にたちはせず、何面目(めんぼく)に長らえてなおこの上に憂き目を見るべき、いっそ死ぬるがましならめ」と女心の一ト筋に思い詰めては死に神に誘われて散る花に風、その入相のかねてより用意の短刀人目を計りて喉(のど)をぐさとかき破り、自害してこそ伏したりけれ。かかる折から日蔵は金才覚のために堀江村まで行きたりしが、その夕暮れに帰り来て、この体(てい)を見て大きに驚き、抱き起こして呼び行くれども、早喉笛をかき切りたれば救うべき由もなし。枕に残せし書き置きで事の心を知れるのみ。死ぬべき事にはあらざるをさすがに女の胸狭く、我が仮初めに言いつる事を心に掛けて命を捨てしは真に不憫の事なりきと思えば涙が胸に満ち、由なき口の過ちを今更悔しく思えども、さてあるべきにあらざれば、村長(むらおさ)に告げ、辺りに知らせて、次の日妻の亡骸を頼み寺へ送らせて、かたの如くに葬りけり。この時よりは三日以前に菅秀作、文時朝臣は春の頃より都にましますこのかみ高視(たかみ)朝臣よりたちまちに消息ありて、今は世の中広くなりぬ、召しいださるべき御沙汰もあるに難波におらんはいとて遠し、都へ上りたまえかしと密かに招かせたまいしかば、文時朝臣は喜んで、まず日蔵に由を告げ、かの宝剣を求めたまえば日蔵ほとんど困り果て、
「その天国の宝剣はそれがし予て確かなる人の倉に預け置いたり。君はまずまず上洛したまえ、それがし後より宝剣を取り出して馳せ参らん」とさり気なくこしらえて主君を都へ上せ参らせ、なお金の才覚によのめもあわぬ苦労の□□□□□世居は自害して、かててくわえし憂き事に成す由もなく日を送るに、文時朝臣はかくとも知らず都より消息して、
「・・・・・昨日臨時の除目(じもく)あって我が同胞はしかじかの司位をたまわりぬ。しかれども我が身は宝剣無きによりしばらく病にかこつけて、くだんの除目にあわざりき。とく宝剣を持参せよ、など□れやかくは延び延びなるぞ」としきりに催促したまえば、日蔵はいよいよ憂いもだえて、只此の上は腹かき切って死ぬるよりすべなしと既に覚悟をしつる折、錦織(にしこり)の判官代照国が勅命を承り、五畿内を巡りつつ既に難波の旅宿にあり。死せんと願う者あらば、数多の金をたまわりて冥土へ御使いに遣わされるべし。その故は斯様斯様と残る隈なく触れたりければ、日蔵はこれを伝え聞き、心喜び忙わしく照国が旅宿に赴き、それがしは竹田日蔵という浪人なり。最愛の妻に遅れてこの身も多病なるにより、世に長らえん▲事を願わず、金百両を賜らば命の御用にたつべきなり。この事偽りと候わず神もんをもって申すにぞ、照国もまた喜んで、なおまた自ら問い正すに、たえて相違もなかりしかば望みのままに金を取らせて人を付けて宿所へ遣わし、なすべき事をなさせけり。さる程に、日蔵はその金をもて天国の宝剣を受け戻し、確かなる人をもて都へ上せて文時にかの宝剣を返しまいらせ、その夕暮れに照国の旅宿へ再び赴いて、「既に用事はし果てたり。とくとく計らいたまえ」と言う覚悟の体に照国は感じて、
「真にもって神妙(しんみょう)なり。但し一ト折櫃(おりひつ)の抹香を閻魔大王へ参らせたまう御使いなるにより身に傷付けては悪かるべし。さればとて、こなたより殺さん事はいよいよせず、汝の心一つもてそのままにして命を落とせ、御贈り物はこれなり」とて、その折櫃を渡しにければ日蔵これを風呂敷に包み、しっかと背負いつつ長押(なげし)に縄を投げ掛けて、遂にくびれて死ににけり。照国はこれを見届けて、
「我は都へ立ち帰り、まず此のかしを相聞せん。重ねて御下知あるまでは、この日蔵の亡骸は折櫃を背負いしままで大きな瓶に納めて、村長らがよくよく守れ。しばらく葬る事なかれ」といと厳重に言い渡し、照国は次の日に供人数多引き連れて、都を指して急ぎけり。されば竹田日蔵は忠義の魂迷うことなく死して冥府へ赴いて、日本延喜の帝より抹香を贈らせたまう御使いの由を言い入れると、閻魔王が対面せんとてちゃうぜんに呼び寄せて自ら帝の安否を尋ね、贈り物を受け納め、日蔵をねぎらいたまい、見るめかがはなの冥官(みょうかん)にしばらく囁き問い定め、また日蔵にうち向かい、
「汝は真に忠臣なり。命数(めいすう)未だ尽きざれば娑婆へ返し遣わすべし。妻の世居に対面せよ」とて厚くもてなしたまいけり。その時冥官が進み出て閻魔王に申すよう、
「日蔵の女房世居は若き時にもがさにより顔ばせ悪くなりし者なりしが、斯様斯様の事により世をはかなみ夫を恨んで自害したる者なれども□ごうには候わず、命数いまだ尽きざりしを身に傷つけて死したれば、その魂を返すに由なし、いかが計らい候わん」と聞こえ上げれば、閻魔王は
「それは真に不憫のことなり。例えその身に傷付けたりとも死して日数のたたずもあらば、なお魂を返すべし。死して幾日になるやらん」と問えば冥官、「さん候。四十九日も過ぎたれば、その身はくわ□腐りたり」と言うと閻王はうなずいて、
「しからば体は用い難し。その歳も名も同じくて命数つきし女があらば、今その死する女の体へ世居が魂を返し入れよ。それらのおなごはあらずや」と再び問えば、冥官は答えて
「日本延喜の帝の妹節折(よおり)の内親王は命数尽きたり。その死せんことは遠からず、かの姫宮は歳も名も日蔵の妻世居に同じ、これをや用いたまわん」と言うに閻王は微笑んで、
「それは真に妙なり妙なり。その□に及ばば、こなたの節折の魂を返し入るべし、あたかもよし、あたかもよし」と言いつと日蔵を見返って、
「汝も全て聞けるがごとし、妻の体は用い難し、されども命数尽きざれば、あだしおなごの亡骸へかの魂を返し入れん。こは只汝が主のために命を捨ててこの旅の使いに来つるを賞するのみ、世居は後より遣わさん。汝は早く娑婆へ帰れ、とくとく」と急がして、すなわち帝に参らせる受け文を渡しにければ、日蔵は閻魔王に喜びを述べ、別れを告げて、元来し道を心当てにそのまま走り出たりける。○これはさて置き、菅秀才、文時は日蔵夫婦が死したる事を夢にだも知りたまわず、天国の宝剣がようやくに手に入りしかば、斜めならず喜んで、これを携え参内して、父丞相より相伝の事の趣をしかじかと聞こえ上げたまうに、帝はつぶさに聞こし召し、「家第一なる宝剣を末の子に伝えしは才のすべきし故なるべし」とて文章詩作を試みたまうと玉を連ねし大才なれば、帝は深く愛でさせたまいて、抜きん出て三位を授け、大内記にぞなされける。これにより文時はこの神たちにうち越えて、帝に仕えたまいしをうらやまぬ者▲なかりけり。○さる程に判官代照国は日蔵がくびれ死したるその次の日に、都に帰りてありし事々もしかじかとつぶさに相聞したりしかば、帝はさこそと思し召し、
「さるにてもその日蔵と言う者の最後の趣不憫の事なり。照国を今一度かの地へ遣わし、死骸をあらため、異なる事も無きにおいては、厚く葬り得させよ」と仰せいだされたりければ、照国はその次の日に再び難波の旅宿に至ると村長らは怠りなくくだんの棺を守っており、照国すなわちしかじかと勅命を述べ知らせ、更に死骸をあらため見んとそのまま棺を開かせると日蔵たちまち黄泉返り、瓶(かめ)の内より這い出たり。皆々等しく驚き騒いで、故もやあると訪ねれば、日蔵はちっとも包まず、冥土へ行きし事の趣、閻魔王に見参の体たらくを物語ると、
「実に空言にはあらざるべし。死骸と共に棺に納めた抹香の折櫃が風呂敷のみにて物はなし。しかのみならず日蔵の懐に閻魔王の受け取りの手形一通がありければ、照国は不思議の思いをなして、こは未曽有の□□なり、ことわたしくしには聞き置き難し。日蔵も都へ上って共に相聞しけれ」と相伴って京へ帰り、事の由を聞こえ上げると、帝はつぶさに聞こし召し、
「そは真に不思議の事なり。朕が自ら聞くべきに、その者を伴って萩(はぎ)の戸まで参れ」とて立ちいでんとしたまう程に、帝の御妹の三の宮の姫上を節折の内親王と申せしが、この時数多の女房にかしずかれ、秋の草花の色々なるをうち眺めてをわしませしが、御顔の色がたちまち変わり、そのまま絶え入りたまいしかば、皆々等しく驚き騒いで、えきりに呼びいけたてまつり、典薬(てんやく)のかみが走り参りて御脈をうかがうと、「いどうの脈絡は絶えさせたまえば、御療治も届き難し。是非もなきことにこそ」と申すより他なかりしかば、女房達はしのびかねて声を合わせて泣きにけり。帝は此の由を聞こし召し、御涙をとどめあえず、
「かかる頓死(とんし)もじゅうごうなるべし。先に朕、冥土にてうからやからの寿命の程を延魔王に尋ね問いしが、一人節折の内親王のみ短命ならんと言われし事を今さら思い合わせるかし。必ず嘆くべからず」とて女官達を制したまうに、日蔵は先より参りて萩の戸の局(つぼ)のほとりにしこうせしと聞こえしかば、それ聞かずはあるべからずとて端近くいでさせたまい、すなわち冥土の事の趣、日蔵が申す由を御簾を隔てて聞こし召し、閻魔王より渡された受け取り手形をおし開かせて見そなわする折しもあれ、鬼火が忽然と閃(ひらめ)き来て、死に絶えたまいし姫宮の御胸先へひらひらと落ちかかると見えたりしが、怪しむべし内親王はたちまちむっくと御身を起こし、遙かあなたについいたる日蔵の声を導(しるべ)に慌てふためき走り出て、
「ノウ懐かしや、こちの人は冥土でちらと会い見し時に、何故物言うてはくださらぬ。我が身も共にと言いはせず、一人振り捨て先立ちて立ち帰りたまいぬる心ずよや」と恨みの数々、その顔ばせは身も知らぬいと老(らう)たけたる姫宮なれども、物言う声と立ち振る舞いは女房世居によく似たれば、日蔵は呆れ惑うて、「こはそも如何に」と押しとどめ、冷や汗流してもじもじと後退(あとじさ)りするばかりなり。怪しき事の体たらくに帝を始め奉りありあう人々は片腹痛くうち驚きたるその中で帝はさかしくましませば早くも叡慮(えいりょ)を巡らしたまうに、
「事切れたりし三の宮の蘇生はあるべき事ながら、物の言いざま立ち振る舞いは更に三の宮ならず。思うに物が憑いたるならん。日蔵はその身にとりて思い合わせる事あらば▲包まず申せ」と勅(ちょく)しゅうに日蔵は止む事を得ず、女房の世居が自害せしと、また冥土にて閻魔王に後より世居の魂を返し遣わさんと言われた事、そのくだりの趣、始めより終わりまで聞こえ上げ奉れば、帝はうなずきおわしまし、
「それにて朕の疑い溶けたり。しからばこの三の宮は朕の妹にして朕の妹にあらず。身は空蝉(うつせみ)のもぬけとなって、今は早、日蔵の妻の魂が入り変われり。かつその名さえ世居と言いしはいよいよ奇なり。さてもこの日蔵は素性いかなる者やらん、聞かまほしさよ」と宣えば、御後辺にはべりたる官三品文時卿はおそるおそる進み出て、
「彼処(かしこ)にはべる日蔵はそれがしの父の時より仕えし譜代の家の子なり。年頃難波の侘び住まいにそれがしをもり養って忠義無二の者なれば、かの天国の宝剣を預け置きたまいしが、それがしが久しく病み患い、薬の代(しろ)の尽きし時、かの宝剣を質として数多の金を整えつつ、療治の手当てを尽くす程に、病は本復致したり。それがしはたえてこれを知らず、召し返される頃よりして、しきりにくだんの宝剣を求めて催促したりしかば、日蔵はその金をつくのひかねて、詮方なさに遂に冥土の御使いにその身の命を奉りて、百両の金を賜り、さて宝剣を受け戻してある人をもてそれがし方へ送りこしたる時に至りて、そのこと初めて聞こえしかば、それがし驚き、かつ哀れんで押し止めんと欲せしかども、早時遅れてその義に及ばず。しかるにことの怪しくも日蔵は蘇生して、閻魔王の御返事を申し上げるのみならず、その妻の魂は世を去りたまいし三の宮の御骸(おんむくろ)に宿り入り、言葉を交わす不思議のいちでふ、今見も聞きもしたれども御前なればはばかりて言葉をかけず候うき」と事つまびらかに奏したまえば、帝はいよいよ御感あって、
「しからば彼は今の世に多く得難き忠臣なり。素性はいかに」と問わせたまえば、「先祖は菅家と同姓にて土師(はじ)のかばねに候」と申すに、しからば菅家の陪臣(ばいしん)なりとも召し使うべき者なりと、にわかに五位の大夫になされて節折の宮を妻に賜り、また宣うよう、
「土師氏はその昔、みささきの事どもを司りたるためしあり。朕は四ケの大寺において千人の卒塔婆を立てさせ、時平以下の人々の菩提をとわせんと思うにより、竹田の大夫を卒塔婆使としてその寺々へ使わすべし。一ト度、冥土へ使いせし試しもあれば、これにます司人(つかさびと)はあらじ」とて仰せつけられれば、竹田の大夫は勅使として叡山、三井寺、東寺、興福寺へ赴いて、勅(みことのり)を伝えれば、すなわちくだんの寺々でおのおの御願の法事を修行し、二十本の卒塔婆を立てけり。その後、帝の御夢に時平以下の輩(ともがら)が地獄の責めをまぬがれて成仏せしとぞ見たまいける。さる程に竹田の大夫は思いがけなき妻を迎えて男(お)の子二人もうけつつ、その子供が成人して帝に仕え奉る頃、その身は遂に世を逃れてすみの衣に様を替え、初めの名の日蔵は大日と胎蔵の両義に叶えばとて、元の俗名をそのままに日蔵法師と唱えつつ、遂に名僧の聞こえあり。されば世に言うせいのい□の日蔵法師はこれなるべし。かくてまた妻の世居も夫に等しく尼となり、行いすましておる程に、二人の子供は幼き時より文時卿を師として学び、学問ことに優れしかば司位も次第に上って、その家は繁盛したりける。○これはさておき延喜の帝は日頃思し召したる事を皆行わせたまえども、なおあやにくに、らい面こう水すときのげの憂(うれ)いあり。民の嘆きは大方ならねば、帝は宸襟(しんきん)安からず、再び思い巡らしたまうに、
「これまで朕が執り行わした功徳は後世の事にして現在の災いを祓(はら)うになお足らぬなるべし。今よりりやう山▲大寺において一千五百の法師を集えて大般若を読ませれば国平らかに民安く天変地く□うなるべし。ただこの法事の導師たる者は道徳高き名僧ならではその甲斐も無きことなるべし。誰をがなと選ませたまうに、忠平公を始めとして、浄蔵法師がしかるべし、召させたまえと申せしかば、帝しきりにうなずきたまいて、朕もさは思いしなり、さらば浄蔵を召し寄せと熊野へ勅使を遣わされて浄蔵法師を招かせたまい、さてその事を仰するに、浄蔵法師は詔(みことのり)を承りて、雲居寺に立ち帰り、一千五百の法師を集えて大般若を読みたりける。さる程に観音菩薩は時ようやくに至りぬと、恵岸童子と諸共に乞食(かたい)の旅僧に姿を変じて洛中を徘徊しつつ、我に目出度き袈裟と鉢あり、値を惜しまず買う者あらば売るべし、売るべしと呼ばはりたまうに、その姿が汚げなれば人皆これを真とせず、たまたま買わんと言う者あっても値の高きに肝を潰して再び見返る法師もなかりき。かかる所に菅三位文時卿が参内の折に、これを怪しみ車のほとりへ呼び寄せて、その二品を見たまうと類稀なる物なりければ、心の内で驚いて、その値を問いたまうと菩薩は答えて、袈裟の値は千五百両、鉢は千両と宣うに、菅三位はまた驚いて、しからばこの袈裟と鉢にいかばかりの徳あるやと問われて、菩薩は、
「さればとよ。この二品を所持する法師は天馬もせうげをなすこと無く、変化も害すること叶わず。しかれども人によっては値を増すともこれを売らず。またはその人によって値なくともこれを売らん。そはそれがしが元よりの志なり」と宣えば、文時卿はうちうなずき、「我思う由あれば共に大内へ参れ」と相従えて参内しつつ、事の由を奏したまうに、帝はその由聞こし召して、
「そのえないよいよ良き物ならば、此の度の布施として浄蔵法師にたまうべし。とくとく呼べ」とていでさせたまえば、菩薩は恵岸童子と共に御階(みはし)の元に膝まずいて、袈裟と鉢とをうやうやしく文時卿に渡しけり。その時帝がつくつくとその二品を御覧すると世に未曾有の宝なれば御喜び浅からず、これらの値は申すままに取らせよと宣うに、菩薩はこれを漏れ聞き、「いかで値を賜るべき。さればこそその人によりて▲値なくとも売らんと言えり。早まからん」と言いかけて、恵岸と共に走り出て行方も知らずなかりけり。さる程に帝の御願円満の日になれば雲居寺へ行幸(みゆき)ありて、一千五百の法師ばらに数多の御布施をたまわりて、別に導師浄蔵にはくだんの袈裟と鉢とを御布施として賜りければ、浄蔵は謹んでちゅうおんを受け奉り、戴き捧げ退いて、その袈裟を掛け、鉢を持って進みいでつつしずしずと高座に着いていぎ正しく法義を述べる有様は、さながら羅漢(らかん)に異ならねば、帝を始め奉り道俗(どうぞく)ひとしくがっこうして、あら尊やととで褒めたりける。その時二人のよろ法師が高座のほとりに近づいて、浄蔵を見てあざ笑い、「今かばかりの功徳にては天変地えうを祓い難し。あら笑止(しょうし)や」とつぶやくのを帝は遙かに見そなわして、
「あの法師らは先の日に袈裟と鉢との値も取らずに走り失せたる者ならずや。しかるに今またここへ来て、いとかしがましく法縁を妨げるは心得難し。あれを止めよ」と勅じゅうに近衛(こんえ)の官人はむらだちかかって引きずり除けんとする程に、二人は等しく身を交わし近づく者を投げのけ投げのけ、忽然として金色の光を放って雲に乗り、庭の梢(こずえ)に現れたまう観音薩多(さった)の妙相(みょうそう)に、恵岸も真の姿を現し、菩薩に従い立ち去りける。思いがけなき来迎に、かみいちにんよりくんじゅの道俗、皆ていしょうに走り出て拝まぬ者は無かりける。その時、観音は妙音高く、
「良きかな良きかな。我はこれ世尊(せそん)釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)の仏勅を受け奉り、国土のために浄蔵法師を印声(いんぜふ)せんとて来迎せり。知らずや天竺の象頭山に金毘羅神王という神ありて、元これ日の本の神代の昔に、讃岐の国うたるの山に成りいでし神にして、その後天竺におし渡り、我が釈尊に仕えまつりて仏法守護の諸天となれり。この神のい神通力衆生のために災いを退け、幸いを下すこと不可思議の利益のあり。早く天竺に赴いて、十万八千里の苦行をしのぎ、釈迦牟尼仏を拝み祀(まつ)りて、ふ□の経文を聴聞(ちょうもん)し、金毘羅神王を迎え来て、讃岐の国に鎮め祀れば天変地妖(てんぺんちよう)は長く絶え、国土太平、民安全の利生は日ここに新たなるべし。そもそも金毘羅神王には影と形の二神あり。その影の一ト柱の荒神はこれまた世尊仏力をもて両界山に閉じ込めたまえり。浄蔵が渡天の折からはくだんの荒神が助けとなりて、よく導きをする事あらん。おめおめ疑う事なかれ」としげんの御声は耳に残れど早御姿は恵岸と共に西を指してぞ飛び去りたまう。○是により浄蔵法師は帝の勅(みことのり)を受け奉り、天竺へ赴かんとする時に、帝が自らはなむけの御杯を下されて、大法師の位を授け、かたじけなくも帝の御弟に準ぜられしかば、世の人は長く浄蔵貴所(きしょ)と唱える折から渤海国(ぼっかいこく)より貢ぎの使いが参りしかば、浄蔵法師は便船(びんせん)して三かんより唐土(もろこし)におし渡り、更に天竺に赴くことどもは▲第四編に著すべし。四編よりして怪談(くわいだん)いよいよ多く物語りもまた甚(はなは)だ長やかなり。なお年々に継ぎ出して、遂には全部の冊子となさん。こは世の常のがにくわんものと同じからぬ。作者の苦心を味わいたまえ、目出度し目出度し■

<翻刻、校訂中:滝本慶三 底本/早稲田大学図書館所蔵資料>
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