経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

総括的検証と歴史を決めた失敗

2016年09月25日 | 経済
 今週、日銀は、異次元緩和についての総括的検証を行い、全体的な金融緩和を維持しつつ、誘導目標を、限界の見えていた資金量から金利へと変更した。今回は、東大文学部の加藤陽子先生の『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』の知見を用いて、総合的な見地から、日本的な政策決定の在り方を眺めてみることにしたい。

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 加藤先生は、国民を存亡の危機に陥れた対米戦争に至るまでに3つの分岐点、すなわち、満州事変後のリットン報告書の諾否、日独伊三国軍事同盟の20日間での締結、南部仏印進駐の結果に関する読み違えがあったと、中高生に語りかけていく。そこで抽出されるのは、見かけだけの「確実」性に騙されたり、自分だけ最大限の利益を上げようとして理念を失念したり、リスクを取る覚悟がないまま「被動者」としてふるまい、結果的に戦争に近づいたりといった失敗であった。

 さて、異次元緩和の誤算は二つあり、円安を実現したにも関わらず、輸出が思いのほか伸びなかったことと、一部で危惧されていたように、一気の消費増税と引き続く緊縮が消費に大打撃を与えたことだ。これらの結果から汲み取るべき教訓は、デフレ脱却には、金融と財政の両方が必要で、いかなる金融政策でも緊縮財政は補えないという、昔から言い古されてきたことである。

 『戦争へ』では、日本が手中の満州国を確実に保持しようとするあまり、国際連盟に留まって孤立を回避しつつ、粘り強い交渉で最大限の権益を世界に認めさせる道を捨ててしまう姿が描かれる。他方、消費増税は、それで得られる税収は確かな反面、成長との両立が難しい。結局、増税の重圧を押し返せるだけの輸出を調達できなかった時点で、異次元緩和の失敗は確定的であった。

 また、三国軍事同盟では、英米への敵対という国際政治上の深刻な意味を考えず、ドイツに降伏した国々の植民地を得ようとする下心が動機だったことが明かされる。異次元緩和も、単に円安・株高が得られれば良いというものではない。経済政策における意味付けが重要であり、金融緩和が引き出した需要の大きさを慮らず、徒に緊縮財政をしていては、何のためにしているのかが分からなくなる。

 そして、日本海軍は、米国に石油を含む全面禁輸をされた場合、武力行使せざるを得なくなると規定していたにも関わらず、不用意に南部仏印へと進駐して、避けたかった「被動者」の立場に嵌り込む。今回、日銀は物価目標を「上昇率が安定的に2%を超えるまで」に高めたが、その頃の資産価格はどうなっているのか。足元では、景気を牽引する各種指標が下図のとおり軒並み好転しており、地価も上昇し始めた。過去の例からすれば、物価より資産価格が早急に上がると思われるだけに、金融政策が釘付けされるとすれば、割り当てるべき別の政策手段を用意すべき段階に来てはいまいか。

(図)



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 日銀が2年で2%の物価目標を達成できなかった理由は、日銀自身の問題と言うより、財政との政策協調の失敗にある。2年半前の2014年10-12月期と比較すると、増税で消費が7兆円も減ったのに対し、異次元緩和によって、輸出は7兆円増えているのであるから、むしろ、日銀は健闘したとも言える。これがなければ、1997年のデフレ・スパイラルの二の舞を演じていたかもしれない。

 日銀が物価目標を掲げる一方、財政が再建目標を奉じるのは、戦前、陸軍がソ連を、海軍が米国を仮想敵とし、バラバラに戦略を進めたのと何が違うのか。この国において、戦略目標の統合に難があり、支離滅裂となるのは、昔も今も変わらないようである。もっとも、大っぴらに語られはしないものの、優先順位は、まずは財政で、デフレ脱却は二の次というのが真相だろうが。

 加藤先生は、日本が最終局面で戦争回避の妥協ができなかった背景には、真相を知らされていなかったせいで国民の間に広まっていた対外強硬論があるとする。それほどではないにしても、今の日銀も、自分のテリトリーを離れて、国家的見地から正直に語ることはない。もし、改めるべきは行き過ぎた緊縮財政にあることが国民に知られるなら、金融緩和の無用なリスクを避けつつ、現実に則した正しい道を選ぶのに役立つことであろう。


(今週の日経)
 日銀、緩和の長期化視野、誘導目標に長短金利 総括検証で新枠組み。 基準地価、商業地で9年ぶりプラス、マイナス金利追い風。年金強制徴収を拡大、所得300万円以上に。
コメント (4)
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