マルセル・デュシャン「死ぬのはいつも他人」《渓流斎日乗》

探訪記者高田朋之介、号は竹林堂、字は渓流斎が綴る日々の逍遥録です。Pardon! Japonais seulement

東大新聞のシンクロと共謀罪は一般人には関係ないというお話

2017年05月20日 | 世相
東大新聞

 皆さんご存知の松岡総裁こと松岡將氏からご覧の通り、「東京大学新聞」(5月16日付)をその日に送ってこられました。

 ご自身の著作「松岡二十世とその時代」(日本経済評論社)と「王道楽土・満洲国の『罪と罰』」(同時代社)の2冊もが、同時に東大新聞の広告を飾ったということで、送って下さったのです。

 小生は松岡氏の私設応援団長ですから、宣伝になればと存じます(笑)。

 しかし、今時の学生さん、たとえ、名門有名国立大学とは言っても、学生の本分である本さえ読まないと言われていますからチョベリバ(死語)ですね。心もとない限りです。

 松岡將氏の御尊父二十世(はたよ)氏は、特に親しいわけではなかったようですが、あのゾルゲ事件の元朝日新聞記者尾崎秀実とは東大法学部~大学院での同級生。御本人の將氏は、命からがらの満洲引き揚げ者ながら、東大経済学部卒の霞が関官僚。御子息の聡氏は、東大理学部~博士過程修了で、スーパーコンピューターの世界的権威として知られている東工大教授です。

 親子孫の三代続いての東大ですから、遺伝もあるのかもしれません、と無責任にも書いておきます(笑)。

Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

 写真の通り、その東大新聞の一面トップを飾っていたのが、大手広告会社に就職しながら過労自死された東大OGの特集で、思わず本文まで読んでしまいました。

 そしたら、昨日のNHKの夜7時のニュースで、亡くなった娘さんの母親が登場され、この東大新聞まで出てきて、編集長さんまで取材を受けていたので、妙なシンクロニシティを感じてしまいました。

 また、今朝の新聞を読んでいたら、没後39年経ってもいまだに注目されている「暮らしの手帖」の創刊者だった花森安治の展覧会の記事があって、気になって、調べたら、花森安治も東京帝大の学生の時、帝国大学新聞の編集記者だったとか。これもシンクロニシティですねえ。

 花森は戦中に大政翼賛会の外郭団体で、戦意高揚のコピーライターをやっていたという反省から、商品テストが売り物の「暮らしの手帖」を創刊する話は有名ですね。

 亡くなって39年も経つとは、こちとらも歳を取るはずです。

Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

 戦後の治安維持法とも言われる「共謀罪」は、昨日の5月19日午後1時13分に強行採決されました。

 「一般人は対象にはならない」ということなので、皆さん安心しましょう。

 この法案の最高責任者の秋田県出身、高砂部屋かどうか知りませんが、金田勝年法務大臣は、まるで悪代官のようで、実に目付きも人相も悪いですね。それにアル中のような答弁。あくまでも個人的感想ですが、そう思っている人は、自民党の中にもいるかもしれません。私が東映の監督ならスカウトしたいぐらいです。

 まあ、日本一の頭脳集団である大蔵官僚出身ですし、法相不信任決議案を否決された優秀な人ですから、前言は撤回した方がいいかもしれませんが…。

 でも、今、政権を握っている皆さんは、いつまでも権力を手中にしていられると堅く信じて、共謀罪など自分には関係ないと、これも堅く信じ切っていることでしょう。

 しかし、今の権力者も、政権が倒れたり、歳を取って引退して一般人になった時、自分たちの蒔いた種が、火の粉となって我が身に降りかかってくるかもしれません。

Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

 「そんなはずじゃなかった…」と言っても、もしかして、遅いかもしれませんよ。
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