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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

クリスマス、喜び歌おう!

2016-12-25 18:20:42 | 礼拝説教
2016/12/25礼拝説教
【テーマ】  喜びの歌
【説教題】 「クリスマス、喜び歌おう!」
【聖書箇所】 ルカ1:46-55
  1:46 マリヤは言った。
  「わがたましいは主をあがめ、
1:47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。
1:48 主はこの卑しいはしために
  目を留めてくださったからです。
  ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、
  私をしあわせ者と思うでしょう。
1:49 力ある方が、
  私に大きなことをしてくださいました。
  その御名は聖く、
1:50 そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、
  代々にわたって及びます。
1:51 主は、御腕をもって力強いわざをなし、
  心の思いの高ぶっている者を追い散らし、
1:52 権力ある者を王位から引き降ろされます。
  低い者を高く引き上げ、
1:53 飢えた者を良いもので満ち足らせ、
  富む者を何も持たせないで追い返されました。
1:54 主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、
  そのしもべイスラエルをお助けになりました。
1:55 私たちの父祖たち、アブラハムとその子孫に
  語られたとおりです。」

○ 本日、クリスマス! 喜びに満ちた日です。マリヤの喜びの言葉、歌を見てみましょう。

Ⅰ.主をあがめる人
1.神を崇めるのは自分にとって都合が良い時、ということが多くはありませんか? しかし、マリヤは人の目から見ればとても良い状況にあるとは言えませんでした。未婚で母となるというのですから。
2.では、なぜマリヤはこれほどまでの賛美を歌うことができたのでしょうか? 天使を見たからでしょうか? 神の言葉を聞いたからでしょうか? 確かにそれもあると思います。しかし、そういう体験は一時的であって、冷めていきやすいものです。キリスト教は体験を伴う宗教です。それは奇跡を体験するとかそういうことでは無く、救いを体験する宗教です。さらに聖霊を体験する宗教です。
3.マリヤは体験主義者では無く、信仰者だったのです。彼女は天使の語ったことが間違いなく神の言葉であることを信仰によって確信しました。ですから、その後天使を見ずとも、特別な体験を伴わなくても、ベツレヘムへの大変な移動、エジプトへの大移動等々、彼女は心の内に満ちる信仰によって進むことができたのです。それがマリヤの神を崇める力なのです。私たちも信仰に満ちて神を崇めて過ごすことができます。

Ⅱ.目を留めてくださる神
 この賛美でマリヤは神をたたえています。マリヤの知っている神はどの様なお方でしょうか? 彼女の賛美の中に彼女の神学があります。
1.第一に「目を留めてくださる神」です。マリヤは、本来自分のような者は神に目を留めていただけるはずが無いと思っていました。しかし、 主はこの卑しいはしために 目を留めてくださった と賛美するのです。そのマリヤの神は私たちの神です。私たちもみんな、神に目を留めていただいています。
2.第二に「憐れみ深い神」です。長い年月救い主を待ち望んで来たイスラエルです。忘れられたかと思うほどに時間が過ぎました。神の憐れみを人々は忘れたかもしれませんが、神は決して忘れないお方です。憐れみ深く、イスラエルに救いを顕されたのです。イスラエルを憐れむ神は私たちをも憐れんでくださいます。
3.第三に「助けてくださる神」です。ただ憐れむだけで無く、真に救いの業を現実に行ってくださるお方です。その真実は旧約聖書に記されているとおりです。そして、今や、聖霊が「助け主」と言われるように、神は私たちをも助けてくださるのです。

● 私も賛美をいくつか作りました。というか、神を思うと賛美が湧いてくるのです。ただ、音楽の才能が無いので、皆さんと共に歌えるような賛美は作れません。でも、マリヤのように私の心にも神を崇める思いは満ちています。神の素晴らしさをたたえる点では変わらないと思っています。

★ 今日はクリスマス。世の中は昨日のイブでクリスマスは終わって、今日からはお正月商戦に向かって突き進んでいるかと思います。しかし、私たちはクリスマスを心の底からお祝いし、喜びの歌を絶やさないで行きましょう。常に神をたたえましょう。
 
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