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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

私に従いなさい

2017-04-30 19:43:04 | 礼拝説教
2017/4/30礼拝説教
【テーマ】  主に従う
【説教題】 「私に従いなさい」
【聖書箇所】 ヨハネ21:15-19
  21:15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」
21:16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」
21:17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。
21:18 まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」
21:19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

○ 皆さんはイエス様から「あなたは私を愛するか?」と問われたら何と答えますか? さらに「あなたは、この人達以上に私を愛するか?」という問いかけだとどうですか? ペテロはそういう問いかけを受けました。

Ⅰ.私を愛しますか?
A.三度、愛するかと問われた
1.今までの説教に何度か出てきた「三度」という言葉ですが、今日のテキストではイエス様が三度ペテロに「私を愛するか?」と聞かれています。三度は完全を表すための言葉だとすれば、イエス様はペテロに徹底してイエス様を愛するかを問われていることにならないでしょうか?
2.イエス様が十字架につけられる前、ペテロはイエス様を「知らない」と三度言いました。当然、イエス様から三度言われたことで自分の罪深さを深く思ったことでしょう。ですから、このイエス様の問いかけに元気良く「はい!」とは言えなかったと思います。
3.しかも、復活のイエス様と出会い、イエス様を信じたとしても、まだ聖霊のバプテスマを受けていません。まだ彼は力を得ていない状態です。

B.この人達以上に愛するか?
1.私は、イエス様の あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか が、気になりました。ペテロはユダとは形が違うもののやはり裏切り者です。もちろん、他の弟子達もイエス様を見捨てて逃げていきましたから、裏切り者みたいなものです。
2.常にイエス様の近くに置いていただいたペテロは、特別にイエス様に愛されている感があったと思います。また、誰よりもイエス様を愛しているという自負があったでしょう。しかし、イエス様を裏切ってしまったのです。「他の弟子達以上に愛します」と言えない心境だったかも知れません。このダメ人間の心はイエス様がご存知としか言えないペテロではなかったでしょうか。
3.彼はこんな風にしか言えませんでしたが、イエス様を愛していたのです。愛するというのはそう気安く言葉に出てこないものです。でも、彼の心のことはイエス様がよく分かっておられます。

Ⅱ.私の羊を飼いなさい
A.三度、羊を託された、
1.イエス様は裏切り者のペテロに悔い改めのチャンスを与え、さらに悔い改めにふさわしく働く道を与えてくださいました。 「わたしの小羊を飼いなさい」「わたしの羊を牧しなさい」「わたしの羊を飼いなさい」 です。
2.羊とはイエス様を信じる人々のことです。ここに「小羊」とあるので、ある人はこれを子どもと理解して、子どもも牧会の中に入れておられると言います。そういう違いがあるとしても、基本的にこの3つの言葉は同じことでしょう。

B.私の羊とは?
1.大事なことは、「ペテロの羊」ではなく、 「わたしの羊」 つまり「イエス様の羊」だということです。ペテロはとても自我意識が強かったみたいです。「私が・・」「私の・・」となりやすかったのではないでしょうか?
2.しかし、教会という所はキリストが頭です。ペテロもイエス様の羊に過ぎないのです。しかし、そのイエス様の羊に過ぎないペテロを牧者としてくださるのもイエス様だったのです。
3.私たちもキリストの弟子となったなら、ある一定の期間を経て成長し、次の羊の世話をする、牧する必要があるのです。自分の羊ではない、イエス様の羊があなたにも託されているはずです。

Ⅲ.私に従いなさい
A.ペテロは真の献身をした
1.さて、18節のイエス様の言葉はどういう意味なのでしょうか? あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。・・・ と、若い時は自分でできるが、歳をとるとなかなかそうはいかないという単なる老化のことを言っているのでしょうか?
2.ペテロは活動的でした。おっちょこちょいなくらい行動的でした。彼は自分にはイエス様を愛する愛が満ちていると思い込んでいましたし、イエス様のために命を捨ててでも働くと決めていました。
3.しかし、彼はあの「知らない」と三度言ったことから打ちひしがれていたのです。そこで復活のイエス様にお会いして彼は悔い改め、真の献身者となるのです。

B.ペテロは神の栄光を現した
1.続くイエス様の言葉、 しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」 21:19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。 と、人間的には嬉しくない内容です。が、真の献身をしたペテロが神の栄光を現すということです。
2.彼が意気込んで頑張っていた時は神様の栄光を現せなかったのですが、肉体的には衰えて、また精神的にも力みが無くなるのでしょうが、霊的には神に委ねる生き方ができるようになるのです。
3.聖霊のバプテスマを受けてからのペテロは大きく変化していることを私たちは知るのです。神に委ねて聖霊に満たされて生きる時、人間的にはよく見えなくても、神の栄光を現すことができるようになるのです。

★ イエス様がペテロに言われた 「わたしに従いなさい」 はあなたにも言われている言葉です。イエス様に従いましょう!
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