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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

週の初めの日の出来事

2016-03-28 06:59:42 | 礼拝説教
2016/3/27礼拝説教
【テーマ】  復活
【説教題】 「週の初めの日の出来事」
【聖書箇所】 ルカ24:1-12
  24:1 週の初めの日の明け方早く、女たちは、準備しておいた香料を持って墓に着いた。
24:2 見ると、石が墓からわきにころがしてあった。
24:3 入って見ると、主イエスのからだはなかった。
24:4 そのため女たちが途方にくれていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの近くに来た。
24:5 恐ろしくなって、地面に顔を伏せていると、その人たちはこう言った。「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。
24:6 ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。
24:7 人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない、と言われたでしょう。」
24:8 女たちはイエスのみことばを思い出した。
24:9 そして、墓から戻って、十一弟子とそのほかの人たち全部に、一部始終を報告した。
24:10 この女たちは、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤとであった。彼女たちといっしょにいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。
24:11 ところが使徒たちにはこの話はたわごとと思われたので、彼らは女たちを信用しなかった。
24:12 〔しかしペテロは、立ち上がると走って墓へ行き、かがんでのぞき込んだところ、亜麻布だけがあった。それで、この出来事に驚いて家に帰った。〕

○ いよいよ日曜日の朝の出来事です。

Ⅰ.驚き
A.夢だったらよいのに
1.「この失敗、問題、苦しみ、悲しみは夢だったらいいのに」と思ったことはありませんか? それ以上に「あのイエス様の十字架の出来事が夢であったらいいのに」と多くの人たちが思ったことでしょう。ここに登場する女性達も同じ思いだったと思います。
2.しかし、夢では無かったのです。イエス様をしっかり埋葬するために用意した香料は間違い無くそこにありました。重苦しく、辛い、悲しい気持ちを引きずりながら彼女たちは墓に向かいました。

B.石は取り除けられていた
1.彼女たちはせめて、イエス様の遺体を丁寧に葬りたいと思っていたのです。いよいよ最後のお別れの時としようとしていたのです。問題はあの墓の入り口の石をどのようにして取り除けるかでした。
2.墓に到着した女性達は驚きました。地震が起こり、天使が現れ、石が取り除けられ、兵士達は恐れて逃げ帰ってしまったのです。これだけでも驚いたのですが、墓の中にはイエス様の体が無いので、またもや驚きです。そして天使が現れてまたまた驚きです。

Ⅱ.喜び
A.イエス様の言葉は喜びを生む
1.様々な出来事に驚いた女達でしたが、さらに天使から「イエス様は生きている」と聞いて更に驚きました。実際にイエス様の遺体は無いのです。彼女たちはイエス様のよみがえりを信じました。それは一気に喜びとなりました。
2.天使の言ったことば 24:6 ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。 によって、彼女たちはイエス様の言葉を思い起こしたのです。イエス様の言葉は私たちを悲しみ、苦しみ、辛さから喜びに変えるのです。思い起こそうではありませんか。

B.復活の事実が喜びを生む
1.墓の前で喜ぶ人がいるでしょうか? この女達の喜びはどこから来たのですか? 十字架でイエス様が死んだのは事実です。しかし、そのイエス様が生きていると言う事実に出くわしたからです。復活は大きな喜びなのです。
2.別の福音書では復活されたイエス様とお会いしている事が書かれています。会えるのです。私たちも必ず復活のイエス様と会えるのです。今はそれを信仰によって希望を持たせていただき、その希望から喜びをいただくのです。

Ⅲ.宣教
A.「嬉しい」がもたらす宣教魂
1.喜びに満ちた女達は、イエス様の弟子たちのところに行って、見たこと、聞いたことを全部話したのです。嬉しいとき、私たちは黙っていることが難しいです。(私の教え子は、「先生、知ってる?」と聞いて来ました。「何を?何のことかわからないと知ってるとも、知らないとも言えないよ」と言うと、恥ずかしそうに「私の好きな人」と言うのです。「オー、好きな人ができたのか?」というと嬉しそうな顔をして「うん。誰だと思う?」と。嬉しくて言いたくてたまらないのです。これって宣教の基本かもしれません)
2.女達はこのことを真っ先に弟子たちに伝えに行きました。彼らこそこの復活の出来事、この福音を聞くべき人たちだからです。嬉しそうな顔をした女達の言葉に、復活を思ってもみなかった弟子たちは信じる気持ちにみちていったことでしょう。嬉しい顔は宣教の力です。

B.事実がもたらす宣教魂
1.伝え聞いた弟子たち、男というのは自分で確認しないと信じなところが多くあるようです。なかなか信用しないのです。そこで、ペテロは墓を見に行くのです。他の福音書にはヨハネも一緒に走って行きました。見て信じる、という信仰がまだまだ強いですね。
2.そうは言え、彼らも見に行ってくれたお陰で、女達の証言は正しいことを証明しました。ただ、この後次々弟子たちはイエス様に出会うのです。事実を体験した弟子たちは女達と同じく喜びに満ちました。その気持ちはイエス様を伝えたくてたまらなくなってしまうのした。

● 今日は週の初めの日です。もし、真っ暗な夜を過ごした方も、週の初めの日には復活の喜びをいただくのです。

★ 週の初めの日とは「日曜日」です。イエス様が復活されて大喜びの日です。今も、この復活されたイエス様は目には見えなくても、私たちのそばにいてくださいます。女の人たちが復活のイエス様を信じたように、皆さんも復活のイエス様を信じていますか?
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