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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

感謝の祈りが湧いてくる

2017-03-21 06:41:06 | 礼拝説教
2017/3/19礼拝説教
【テーマ】  感謝の祈り
【説教題】 「感謝の祈りが湧いてくる」
【聖書箇所】 Ⅱテサロニケ1:3-12
  1:3 兄弟たち。あなたがたのことについて、私たちはいつも神に感謝しなければなりません。そうするのが当然なのです。なぜならあなたがたの信仰が目に見えて成長し、あなたがたすべての間で、ひとりひとりに相互の愛が増し加わっているからです。
1:4 それゆえ私たちは、神の諸教会の間で、あなたがたがすべての迫害と患難とに耐えながらその従順と信仰とを保っていることを、誇りとしています。
1:5 このことは、あなたがたを神の国にふさわしい者とするため、神の正しいさばきを示すしるしであって、あなたがたが苦しみを受けているのは、この神の国のためです。
1:6 つまり、あなたがたを苦しめる者には、報いとして苦しみを与え、
1:7 苦しめられているあなたがたには、私たちとともに、報いとして安息を与えてくださることは、神にとって正しいことなのです。そのことは、主イエスが、炎の中に、力ある御使いたちを従えて天から現れるときに起こります。
1:8 そのとき主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に報復されます。
1:9 そのような人々は、主の御顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰を受けるのです。
1:10 その日に、主イエスは来られて、ご自分の聖徒たちによって栄光を受け、信じたすべての者の──そうです。あなたがたに対する私たちの証言は、信じられたのです──感嘆の的となられます。
1:11 そのためにも、私たちはいつも、あなたがたのために祈っています。どうか、私たちの神が、あなたがたをお召しにふさわしい者にし、また御力によって、善を慕うあらゆる願いと信仰の働きとを全うしてくださいますように。
1:12 それは、私たちの神であり主であるイエス・キリストの恵みによって、主イエスの御名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主にあって栄光を受けるためです。


○ 今日は「感謝の祈り」というテーマで考えてみたいと思います。私たちは普段どういう「感謝の祈り」をしているでしょうか? 

Ⅰ.感謝の祈りをしている
A.どのような感謝の祈りだろうか?
1.食前の祈りで「この食事をありがとうございます」と祈ったり、欲しかった何かが与えられた時に「●●を与えてくださってありがとうございます」と、物質的な祝福に対して祈るということが多いのではないかと思います。
2.私たちが頻繁に感謝していることが私たちの関心事ということだと思います。癒しや奇跡的なことが起こって感謝するという場合もこうした何かが起こることを評価しているのであって、癒しや奇跡的なことが起こらないと感謝が無かったりするのです。

B.パウロが感謝していること
1.では、今日のテキストに見るパウロの感謝の祈りは何でしょうか? パウロは何よりもテサロニケの教会のクリスチャン達の間に恵みがあることを感謝しています。
2.3節で あなたがたの信仰が目に見えて成長し、あなたがたすべての間で、ひとりひとりに相互の愛が増し加わっている ことを感謝しています。それでパウロは4節、 それゆえ私たちは、神の諸教会の間で、あなたがたがすべての迫害と患難とに耐えながらその従順と信仰とを保っていることを、誇りとしています。 と言っています。

Ⅱ.パウロの感謝を分析
A.信仰の成長を感謝している
1.パウロの祈りを分析してみましょう。パウロが3節で感謝しているのは、彼らの信仰が成長している、継続していることです。救われたということはもちろん感謝なのですが、そこで留まらない、成長し続けることを見て感謝しているのです。
2.テサロニケの教会の良さは霊的成長をし続けていることです。 あなたがたの信仰が目に見えて成長し と言うように、見えるような成長があったので、パウロは感謝しています。見えるような成長、しかしそれは数量的なこととは限りません。

B.愛が増し加わっていることを感謝している
1.では、その感謝している「信仰の成長」とは何でしょうか? ここではテサロニケのクリスチャン達が神への愛はもちろんですが、クリスチャン同士互いの間の愛が増し加わっているという事実です。
2.単なる感情的な愛情では無く、イエス様が弟子達を愛したような愛でしょう。イエス様はユダさえも愛されたのです。ペテロと何ら変わりなく愛された、そのような愛がテサロニケ教会に増し加わっていたようです。

C.迫害に耐えていることを感謝している
1.テサロニケのクリスチャン達は迫害と患難にも耐えられるほど霊的に強くなったようです。4節でパウロは 誇りとしています と言っていますが、これはパウロがこのように立派な信仰を持った教会を自分が造ったのだと誇っているのではありません。また、テサロニケのクリスチャン達を誇っているのでもありません。
2.パウロが誇っているのは、彼らが神様に忠実に歩んで、迫害や患難という大変なことに耐えることができるようになった、その神の恵みに感謝し、神を誇っているのです。つまり福音を誇っているのです。

Ⅲ.パウロのとりなしの祈り
A.私たちの神が、あなたがたをお召しにふさわしい者にしてくださるように
1.続いてパウロはテサロニケ教会のために引き続き祈っていますが、そのとりなしの祈りの中身は、 私たちの神が、あなたがたをお召しにふさわしい者にし てくださるようにということです。
2.召しにふさわしくとは、キリストの弟子として忠実に信仰生活を送ることです。私たちがかってに弟子になったのではなく、神様が私たちを招いてくださった、召してくださったのです。ですから、その神様の思いにふさわしい者としていただくことです。

B.御力によって、善を慕うあらゆる願いと信仰の働きとを全うしてくださいますように
1.次にパウロが祈っているのが 御力によって、善を慕うあらゆる願いと信仰の働きとを全うしてくださいますように です。単に悪を行わないようにというだけでなく、進んで善を行うクリスチャンになることを祈っています。
2.しかし、それは自力でできるものではありません。聖霊の力によってということです。

C.主イエスの御名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主にあって栄光を受けるため
1.やはり何と言っても、人に栄光を求めるのでは無く、神様に栄光があるようにということです。クリスチャンの求めの最大のものは神様に栄光があるようにという願いであり、そのように生きることです。
2.神様に栄光を求めるというのは、クリスチャンがその口で常に神様をたたえ続けていることです。どんなに苦しい状態にあっても、迫害の中にあっても神様をたたえていることなのです。

● Ⅰテサロニケ5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。 の御言葉を実践してみましょう。感謝をし続けると感謝の言葉が出てくるようになります。そして、聖霊に満たされ続ける信仰生活を送れば、聖霊による感謝が満ち溢れ続けます。

★ 私たちも感謝の祈りをしたいと思います。それも自分にとって都合の良いことがあったからという感謝だけでなく、信仰の成長、愛の増し加わりを感謝したいと思います。

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