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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

終末に向かってまっしぐら

2016-10-09 17:01:29 | 礼拝説教
2016/10/9礼拝説教
【テーマ】  世界宣教のために
【説教題】 「終末に向かってまっしぐら」
【聖書箇所】 ローマ15:22-29
 15:22 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを幾度も妨げられましたが、
15:23 今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりましたし、また、イスパニヤに行く場合は、あなたがたのところに立ち寄ることを多年希望していましたので
15:24 ──というのは、途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたとともにいて心を満たされてから、あなたがたに送られ、そこへ行きたいと望んでいるからです、──
15:25 ですが、今は、聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。
15:26 それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金することにしたからです。
15:27 彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。
15:28 それで、私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニヤに行くことにします。
15:29 あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています。

○ かつてマクレン先生が日本各地で宣教してくださったのですが、先生は「自分は宣教師だから特に難しいといわれる地域に行く」と言うようなことを言われたことをお聞きしました。先生は「私はここにキリスト教という宗教を伝えに来たのではありません。宗教であるなら、日本にはすでに仏教という立派な宗教があります。そうではなく、救い主であるイエス・キリストというお方を知っていただきたいのです」と言われたそうです。
 福音が届いてないところに福音を届ける働きは実に尊いですが、楽ではありません。

Ⅰ.イスパニヤ
A.イスパニアに行く計画
1.パウロは 15:23 今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりました と、言っています。福音宣教で働く場所が無いというのは凄い話です。それは当時のクリスチャン達が世界宣教を自分の重荷としていたからです。
2.韓国ではクリスチャン人口が30%ほどあるために、もう宣教する場所もなくなり、あちこちに教会があるので、日本に宣教に来ている人達が増えた、という話を聞いた時は驚きました。
3.福音宣教でもう働く場が無いなどということはあり得ない話です。救われていない人がいる限り、そこはいつも宣教地です。しかし、パウロがここまで言えたのは、東地中海地域の教会、クリスチャン達が宣教の意欲に燃えていたからです。そこで一緒にパウロも働かなくてもその地域の教会が、クリスチャンが伝道してくれるからです。

B.ローマ教会に行く計画
1.パウロはそこで、まだ伝えられていないところに行こうとしました。イスパニアです。 15:28 それで、私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニヤに行くことにします。 とあるように、彼の目的地は地の果てイスパニヤでした。
2.イスパニヤに行くためには、力のあるローマ教会からパウロを送り出してもらう必要があったのです。そうです。世界宣教、いやどんな伝道でも、一人の力ではできないことが多いのです。むしろ、キリストの体として教会が一体となって行うのです。
3.パウロはローマ教会の助けをいただくことによってまだ救われていない人達の国イスパニヤに救いをもたらすことができると期待したのです。パウロは見たことのないイスパニアに伝道に行くにはローマ教会の助けが必要だと考えて、その方向で計画を立てたわけです。

Ⅱ.ローマとエルサレム
A.ビジョン実現が遅れても
1.パウロはイエス様が来られるまでに全世界に福音を届ける働きをしたいと願っていたようです。その願いはまた私たちの願いでもあるべきです。パウロは世界宣教のために早くイスパニヤに行きたいと思っていました。
2.イスパニヤに行くためにローマにも行きたい、というパウロのビジョンがありましたが、このテキストにあるように、彼はその前にしなければならない大事な仕事がありました。エルサレムに献金を届けることでした。
3.彼は自分の大事なビジョンの実現が遅れても、エルサレムに自分が献金を届けるというのが大事であると思っていたのです。それは命がけのことでもあるのです。その原動力は聖霊の愛、エルサレム教会を愛していたからです。

B.ユダヤ人と異邦人の一致
1.エルサレム教会は世界で最初の教会でした。しかし、エルサレム教会は迫害のために弱くなっていました。むしろ、アンテオケ教会やアジア・ギリシャ地方にできた異邦人教会が強くなっていました。そこで、それらの教会がエルサレム教会を助けるために醵金したのです。
2.ユダヤ人教会から始まった世界宣教で異邦人が救われてきたのです。そこで、弱っているエルサレム教会を異邦人教会が助けるのは当然のこととパウロは考えたのです。そして、彼がその献金を届けるという、異邦人とユダヤ人の橋渡しをしているのです。
3.ローマ教会はパウロが導いた教会ではありませんから、そこに献金も訴えていませんが、ローマ教会にはユダヤ人クリスチャンと異邦人クリスチャンが混在し、それなりの問題を持っていたので、両者を愛によって一つにしたいというパウロの思いが伝わってきます。

● 私は旅行した時など、やはり教会を見つけると嬉しくなります。しかし、教会の無い地域を見ると「ここにも教会ができるといいなあ」と思います。田舎の方に行くと景色も美しくて「いいなあ。こんな所に住みたい」と思うのですが、教会が無いところが多いです。そこで、いつも自分がここに教会を造るとしたらどの様にするだろうか? と考えるのです。でも、恥ずかしながら、いつもそこで問題になるのは「お金」でした。集まる場所のためにも、管理費も色々お金がかかります。「これを助けてくれる母体となる教会をしっかりと形成しなくてはならない」と考えさせられたものです。マクレン先生のように日本の牧師が行けないようなところに先に行ってくださって宣教してくださった背景にはそれを自分のビジョンとしてマクレン先生を支えたアメリカの諸教会があったからです。それによって救われた人々。できた教会があるのです。

★ 世界宣教と終末は一つのことです。 マタイ24:14 この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。 と、イエス様が言われたことをパウロは大事にしたと思います。私たちもこの働きを自分の働きとしませんか。

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