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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

イエス様の教えた祈り

2017-03-26 16:17:52 | 礼拝説教
017/3/26礼拝説教
【テーマ】  祈りの構成
【説教題】 「イエス様の教えた祈り」
【聖書箇所】 マタイ6:9-13
  6:9 だから、こう祈りなさい。
  『天にいます私たちの父よ。
  御名があがめられますように。
6:10 御国が来ますように。
  みこころが天で行われるように地でも行われますように。
6:11 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。
6:12 私たちの負いめをお赦しください。
  私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。
6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕

○ 前に「主の祈り」を細かく解説しましたが、今回は1回で中心的なことをお話ししたいと思います。「主の祈り」を暗記しておられる方がほとんどだと思います。つまり、見なくても唱えることができるのですが、唱えれば良いものでしょうか? これは「主の祈り」と言うより「イエス様が弟子達のためにに教えた祈り」です。そして、この祈りは模範であって、このように祈ればそれで良いというものではありません。では、どの様に祈ることをイエス様が願われたのか見ていきましょう。今回、私は大きく「神を思う」事と「人を思う」ことに分けてお語りします。

Ⅰ.神を思う(愛する)
A.父なる神に呼びかける
1.祈りのはじめに「聖霊様」という人。また、「父なる神様、イエス様、聖霊様」と三位一体の神を呼ぶ方もいらしゃると聞きました。また、「イエス様」と呼びかける方もいらっしゃいます。
2.「イエス様」と呼びかけて、最後に「イエス様のお名前によってお祈りします」は本来おかしいです。イエス様が教えてくださった祈りは、「天の父」に呼びかけることです。
3.祈りの基本は、聖霊に助けられ(励まされ)て、イエスの御名によって、天の父なる神に祈るというものなのです。でも、神様はわかってくださいますので、「イエス様」と呼びかけても問題は無いと思いますが。
B.御名を崇める
1.私たちはすぐに願い事の祈りをしてしまいやすいのですが、イエス様は、「神様のお名前が崇められるように」という祈りを教えてくださいました。
2.崇めるとは「きわめて尊いものとして敬う」、「崇敬する」、「大事に扱う」という意味です。もちろん、「崇めます」と言えばよいというのではありません。神様を心から崇めるという「心」が必要なのです。
3.祈りの要素に「瞑想」がありますが、一般的瞑想と違うのは「神を思う」という点です。神を思うと、こんな自分を救っていただいたという感謝や、神様の偉大さ、愛の深さ、慰めの温かさなど色々な事が心にジーンと感じられてきます。そういったことが神を崇めることにつながります。

C.御国を求める
1.そしてイエス様は 御国が来ますように と祈ることを教えておられます。御国を求めるというのは、神の国、神の支配を求めることであり、自分自身が神の支配をそのまま受け入れることです。
2.神の国は「みこころ」のなるところです。それを地上にも求めるとはどういうことでしょうか? それは自分だけではなく、この地上が神の支配でが覆い尽くされることを願うことです。そして、全ての人が自らの意志で御心に従うようになることです。
3.御国と御心を求める祈りというのは、祈る自分がどれほど神を思っているかにかかります。神が何を求めておられるのか、その求めに自分は何をするのか、神の命令に完全に従いたいという思いで、神を思い祈るのです。

Ⅱ.人を思う(愛する)
A.日毎の糧を求める
1.「日毎の糧」というと食べ物ですが、これはイエス様が私たちの日常に関することを総称して言われたことです。食べ物だけではなく、着るもの、仕事等々日常に関することの祈りです。
2.ただ、私たちは多く自分のために祈りやすくなります。が、この祈りは決して自分のエゴ、都合のための祈りではありません。「私の」ではなく、「私たちの」であることを覚えましょう。私たちの祈りは常にまず他の方々のために祈るということが大事なのです。

B.負い目を赦す
1.神様に赦しを乞うのは大事なことです。私たちは赦されなくては生きていけない存在です。何しろ、私たちは罪深い者で、神に赦していただくことで、天国も神の恵みもいただけるからです。
2.そして、 私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました と、私たちが他の人を赦すというとても大事なことを祈るのです。これはまさに敵を愛するというイエス様の山上の説教で語られたことです。人間的には祈りたくない人のために祈るのです。それがイエス様の「愛」と繋がっているからです。

C.誘惑からの守り
1.試練を受けると信仰が成長します。ですから、神は私たちに楽ばかりさせないで試練を与えられます。その試練が大きすぎると大変ですが、神は絶対に不必要な試練は与えません。つまり、試練は絶対に私たちに必要なもので、神様の愛から来ているのです。
2.一方、悪魔は私たちを悪に誘惑します。そして、そこにはまり込むとなかなか抜け出られないばかりか、大事なもの、大事な人さえも失ってしまいます。悪から守られる秘訣は神を思うことですし、聖霊に助けられることです。
3.そして、他の人もそういう辛さの中で闘っているものです。ですから、自分もですが、他の人々も悪から守られますようにと祈ることです。

★ イエス様の教えてくださった祈りは、神を思うことであり、人を思うこと、神を愛し、人を愛することです。
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