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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

あなたの目は明るいですか?

2015-10-05 06:44:48 | 礼拝説教
2015/10/4WS礼拝説教
【テーマ】  イエス様を迎える健全な心
【説教題】 「あなたの目は明るいですか?」
【聖書箇所】 マタイ6:22-24
6:22 からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るいが、
6:23 もし、目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう。それなら、もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなでしょう。
6:24 だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。

○ 「目は口ほどにものを言う」「目から鱗が落ちる」「目は心の鏡」等と「目」がつくことわざがあります。物言わぬ目がそれだけで十分語っていたり、目を見てその人の心が見抜けたりすることがあるわけです。イエス様も「目」は心の奥底を映し出していると言われています。

Ⅰ.健全な目が必要
A.清い目
1.目は心の窓です。実際、悪いことを考えている人の目が澄んでいて美しいことは無いと言います。私も教師時代、生徒の目を見て、「この子は何か問題をかかえている」とかいくらかわかるようになったものです。
2.ですから、澄んだ目をしている人はその心が清いのでしょう。前に世界一幸せな国はブータンらしいということでその話もしましたが、取材に行った方が、「ブータンの子どもたちの目は澄んでいた。日本の子どもたちの目は生き生きとしていない」と言っていました。
3.しかし、本当に清い目は、聖いお方がその心の王座にしっかりとお座りになっている人が持つことができます。心の王座に誰が座るかで人生は決まります。

B.清い心が欲しい
1.私は目が悪いです。少し前の検査で、右目は裸眼視力0.03でした。前が0.01だったので、「少し上がりましたね」と言われたものの、すごく嬉しいとは言えません。矯正すると0.6まで上がったので、これも前より少し上がったみたいです。
2.目が悪いと正しいものがわからないのです。私の目はちょっと特殊な目で、ひどい乱視と言った方がよいのかも知れません。あるはずの線が見えなかったり、無い影が見えたり、満月がドーナツに見えたり、正しくものを見ていないので困りものです。
3、それ以上に心の目が気になります。多くの人の心の目は悪くなっていると思うのです。お金自体は何もできない紙切れなのに、それが何でもできるように思ってしまう。まさに「お金は神様です」になっており、正しいことが見えなくなっているのです。お金に目がくらむと人間はどんどんダメになります。人間にとって何が最も大事なのかが見えなくなっていくのです。ですから、お金を持っても持ってももっと欲しいと思うのです。

Ⅱ.心の主人によって生き方が決まる
A.人のために生きる
1.なぜ、私たちは勉強するのでしょうか? 知識を増やして、自分はじめ、他の多くの人の役に立つことをするためです。自分の利益だけのために生きていると最終的に虚しくなります。
2.「テルマエロマエ」の映画の漫画原作者ヤマザキマリさんはローマなど海外に住んだことで色々な教養を身につけられたそうです。そこで、「世界平和を望むと口で言うのは簡単だけど、本当に望むなら教養から固めていくことが肝心」と言われていました。「教養」が大切だと。
3.リコーの創立者、市村清さんは「もうける商売ともうかる商売」ということを言っています。儲けよう儲けようと思ってする商売、儲けることを目的とした商売ではいけない、人を喜ばせよう、社会が明るくなるような仕事をしようと努力することによって、その結果気がついたら儲かっていたという商売で無ければ長続きしないと言うのです。松下幸之助さんも同じような精神でした。

B.何を心に取り込むか
1.私たちは脳に入っていない情報で考えること、動くことは無いのです。勉強するということは、より正しい考えを持ち、より良い行動がとれる人間になるためにしているのです。ですから、悪い情報がいっぱい入り込めば、悪い考え、悪い行動になります。反対に良い情報がいっぱい入っていれば、良い考え、良い行動になるのです。
2.そのように、心の王座に誰がいるのかで人の目は変わるのです。私たちの心の王座に誰を置くか、それが人生を左右するのです。つまり、心の王座に置くものによって私たちは支配され、私たちはそれに仕えることになるからです。
3.しかも、主人は一人なのです。何人もの主人に仕えることは出来ないのです。 6:24 だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。 とあるとおりです。神様に仕えるか、お金に仕えるか?

C.美しい心を
1.もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るい とありますが、心の中にあるものが目に現れるとしたら、心が悪ければ、目に出るだけで無く、その行動も当然悪い行動を共にするわけです。まさに目が暗ければ全身が暗いということです。
2.恋人、あるいは伴侶を選ぶとき、美人(ハンサム)だけれど心の汚い人を選ぶでしょうか? 心の美しい人を選ぶはずです。誰もが意識すべきは心の美しい人になることです。
3.人は心の美しい人になりたい、心が明るい人になりたいのではないでしょうか。それが心の王座をイエス様に明け渡すことでできるのです。

Ⅲ.目は受け入れる
A.良いものを見つめること
1.心の中にあるものが目に現れ、外に出てくると言ってきましたが、心の中に迎えるのも目です。 もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るい とは、健全な目は良いものを見るのです。そして良いものを取り込むのです。
2.人は見続けるもの、聞き続けるものが心に蓄えられ、結果それが出てくるのです。イエス様を見続けることが大事なのです。
3.赤ちゃんはお母さんを見つめます。そして、お母さんの笑顔をまねるというのです。赤ちゃんにとって良いものはお母さんの笑顔なのです。それさえ見ていればよいと言われます。

B.人を明るくするイエス様
1.赤ちゃんがお母さんの笑顔をまねるように、私たちもイエス様を見つめて生きるとイエス様のようになるというわけです。イエス様は「世界の光」ですから、イエス様を心に受け入れることは、私たちの心に真の光が点るのです。
2. もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなでしょう と、イエス様無しの心は暗いのです。イエス様は真の光ですから、私たち自身を明るくします。
3.知識だけでは人は変わり切りません。「愛」が人を動かす原動力です。イエス様を知るというのは単に知識を得ることではありません。イエス様は今も生きて、私たちを愛しておられるのです。その現実の神の愛を得るわけです。平安の王、イエス様は私たちの心を平安にし、人に対して愛を生み出すのです。

★ あなたの目は心の王座に誰を置いているかで決まります。美しい目であることを!

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