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礼拝説教、聖書を読んで感じた事

イエス・キリストを信じる

2017-04-02 17:44:11 | 礼拝説教
2017/4/2礼拝説教
【テーマ】  使徒信条2
【説教題】 「イエス・キリストを信じる」
【聖書箇所】 マタイ16:13-17
16:13 さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」
16:14 彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」
16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
16:17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。

○ 前回は「父なる神」を見ましたが、今回は「イエス・キリスト」です。イエス・キリストとはどの様なお方でしょうか? 
 「われはそのひとり子、われらの主イエス・キリストを信ず。」を見てみましょう。

Ⅰ.そのお名前
A.イエスとは?
1.「イエス・キリスト」の「イエス」が名前で「キリスト」は名字と思っている人がわりといるそうです。
2.しかし、キリストは称号であり、太閤秀吉の太閤みたいなものです。太閤が称号、秀吉が名前です。旧約聖書に出てくるパロや新約聖書に出てくるカイザルも称号ですね。
3.イエスは名前ですが、ヘブル語の「ヨシュア」からきており、「ヤハウェ(主)は救いである」という意味があります。そして、当時この名前は「太郎」のように一般的だったのです。ちなみにイエス様の母マリヤという名前はヘブル語のミリアムです。マリヤもイエスも一般的な名前でした。

B.キリストとは?
1.「キリスト」はヘブル語の「メシヤ」です。日本語では「救い主」「救世主」と訳されています。メシヤというのはもともと「油注がれた者」という意味です。この油は「オリーブ油」です。王や祭司、預言者が就任する時にこのオリーブ油の中でも特別な香油を注ぐ習慣がありました。
2.「メシヤ」はユダヤ人がずっと待ち望んでいた人です。人々は、王であり、祭司であり、預言者であるメシヤを待ち望みました。その方が奴隷状態の彼らを救い出してくれると信じたのです。
3.その「メシヤ」(キリスト)がイエス様です。「イエス・キリスト」というのは「イエスは救い主」という意味で、「救い主イエス」などとも言えるのです。

Ⅱ.ひとり子
A.神のひとり子
1.「ひとり子」とは誰のひとり子なのでしょうか? ヨセフとマリヤ夫婦にはイエスを長男としてたくさんの子どもが誕生しています。ですからヨセフやマリヤのひとり子ではありません。イエスは神様のひとり子です。
2.イエスが神の子であることはクリスマスの時などによく語られます。この地上での戸籍上はヨセフとマリヤの子で、大工の子として育ったのですが、マリヤが聖霊によって身ごもったことが聖書に書かれています。
3.キリスト教でよく「三位一体」と言いますが、「三位」とは「三身」ではありません。人間的な三人ではないからです。神様はお一人なのにもかかわらず、三つの人格(?)をお持ちなのです。父なる神と子なる神・イエス、そして聖霊です。これは説明できないものです。

B.イエスは神
1.聖書にはイエス様の30才頃までのことはほとんど書かれていません。大工のヨセフの手伝いをし、ヨセフ亡き後も家族を支えてきたと思われます。そのイエスが30才頃、家を出て神の国の福音を語り始められました。
2.イエス様はただ語るだけではなく、病人を癒し、悪霊を追い出し、様々な奇跡を行われました。それによって人々はこのイエスが待ち望んだメシヤではないかと思いはじめたのです。しかし、今日のテキストにあるようにイエス様は「ヨセフのところのイエスちゃんじゃないか」くらいにしか思われなかったのです。イエス様の兄弟たちもわかっていませんでした。
3.イエス様の奇跡を見た人達はイエス様を偉大な預言者と思ったかも知れませんが、やはり人としてしか考えることはできませんでした。しかし、イエス様は癒しや奇跡を行うことでその全能性と、神の愛を示された、まさに神様なのです。

Ⅲ.われらの主
A.主
1.人々がイエスこそローマ帝国から解放をしてくれる方だと思っても、まだまだそのランクは人間でした。いくら最上級の人間の位に着けたとしても人間です。しかし、イエス様は神様です。
2.使徒信条で「主」というこの言葉は確かに人間世界でも「ご主人様」という自分の上に立つ人として呼ぶことができます。しかし、ユダヤ人は神様のことを「主」と呼んできました。つまり、イエス様は神様であることを言い表した言葉なのです。

B.何からの救い主なのか?
1.人々がローマ帝国からの救い主としてイエスを祭り上げようとしましたが、イエス様はそれは全く受け入れられませんでした。ユダはそういうイエス様につまずいたのですが、それでも、イエス様はそういう活動をされませんでした。
2.では、イエス様は何からの救い主かということですが、それはアダムとエバに遡ります。アダムとエバは神様との約束を破り、罪人と化しました。つまり、神様との関係が切れたのです。イエス様はその関係を回復するための救い主です。つまりローマ帝国からの救いではなく、罪の奴隷から解放する救い主なのです。
3.このイエス様を私たちも自分の罪からの救い主として信じることが神様の願いなのです。イエス・キリストを信じるだけで救われるという神様の計画が実現するのです。

★ 私たちはイエス様が神様のひとり子であり、つまり神様であり、私たちの罪からの救い主として信じるのです。ペテロの 「あなたは、生ける神の御子キリストです。」 をイエス様はほめられました。これが大事な告白です。
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