男澤惠一・家系と先祖のBLOG

「先祖を知れば未来が見える」著者、日本家系調査会の男澤惠一が読者様の幸福を願って書いております。

よきサマリア人

2016年10月14日 | その他
ネットで見かけた聖書ルカによる福音書10章25節~36節のやんわりした訳文ですが・・・

「ある人が エルサレムという大きな都からエリコという町へと下っていく途中、追いはぎに襲われてしまいました。追いはぎは その人の持っているもの全部と着ていた服を剥ぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま 行ってしまいました。ある祭司がたまたまその道を下ってきましたが、息も絶え絶えのその人を見ると 道の向こう側を通っていってしまいました。それからしばらくして、レビ人もやってきましたが、その人を見るとやはり道の向こう側を通って行ってしまいました。しかし そのつぎにそこを通りかかったサマリア人は 倒れているその人を見ると、気の毒に思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして自分のロバに乗せ、宿屋に連れて行って、介抱しました。そしてその翌日、デナりオン銀貨2枚を取り出して、宿屋の主人に渡してこう言いました。この人を介抱してください。費用がもっとかかったら 帰りがけに払いますから。」

すこし注釈を加えると・・・サマリア人は口に出すのも憚りたくなるほど当時は嫌われていた人達でした。祭司というのは聖職者ですが、道端で大怪我をして倒れている人に対して「忙しいから」「関わりたくない」などと言ったかどうか知りませんが、結局、無視して行ってしまいました。しかしサマリア人はその人を助け介護し金まで出してあげました。つまり、神に仕える学者様より学も品もないサマリア人のほうが立派な事をしてるじゃないか!という話です。

このような話はよく聞く話です。宗教団体の偉い人、政治家の偉い人など、偉そうにしているけれど、けっこう血も涙もない人を見かけます。彼らがよく使うせりふは、「大義のため」とか「大善のために小善を捨てよ」とか「人情に流されてはならない」などと言います。

サマリア人は苦しんでいる人と共に居ました。虐げられた環境に居る者であるが故に、他人の苦しみも共感できたのです。他人の苦しみもわかる善きサマリア人でありたいものです。

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