男澤惠一・家系と先祖のBLOG

「先祖を知れば未来が見える」著者、日本家系調査会の男澤惠一が読者様の幸福を願って書いております。

先祖をたどる方法

2017年07月13日 | その他
家系調査には専門的な知識と長い経験が必要で、初めての方がチャレンジしてもうまくいくものではありません。今回はプロが行う家系調査の仕方を紹介いたします。

一 戸籍だけで数代をさかのぼる
家系調査の出発は戸籍取りからはじめます。これにより身近な先祖や一族の分布が分かります。
戸籍は、明治五年に「壬申戸籍法」が実施され、日本全国で作成されるようになりました。その後、戸主世代交代とともに順次継続され、今日にいたっています。現在は、前戸主の除籍簿などを八〇年間保存するのみで、八〇年を経過したものは廃棄処分され、閲覧および交付を受けることはできません。
代数にすると数代しかさかのぼることができません。代数は本家、分家の違い、親子の年齢差など、家系による世代交代のサイクルによって個別差が生じます。年々処分されますので、家系調査は後になればなるほど困難になります。北海道や離島、大都会に住んでいる人は、戸籍調査時期のわずかな違いでまったく分からなくなってしまう場合がありました。古老の口伝などがあればたどれる場合もありますが……。また都内の都市部等では、戦災や災害等の理由で役所の戸籍が消失している場合は、その上の先祖が判明しないこともありました。
戸籍で何が分かるかといいますと、氏名、性別、続柄、生年月日、没年月日、享年、記事(相続に関する事項など)が記載されています。日本の戸籍は世界一の優秀性を誇ると言われています。戸籍のない国もありますから数代さかのぼれるだけでもありがたいことです。
先祖代々一箇所に住んでいれば、一箇所の役所で調べられますが、移動している場合は新しい住所から順番にたどっていきます。戸籍の請求先が違う場合は、注意が必要です。旧住所で記されている場合は、新住所との関わりを調べ、最寄りの役所に戸籍の請求をします。
この場合、旧仮名使いを読める人は少ない昨今ですが、これも基礎知識として最低限必要なことです。

二 お墓、遺物、遺跡の調査
墓碑、記念碑、記念品、神社や寺の建造物、石灯篭、石棚、玉垣、鳥居、太鼓、棟札などに記されている、先祖の名字を求めて調査します。
特に墓碑は先祖を知る有力な手がかりです。何百年も経つと石が風化して見えなくなってしまいますが、チョークや墨で塗ってみて陰影がはっきりしたら、必ず写真を撮っておきます。接写ができる高性能のものがよいですが、後々の編集のため、デジタルカメラが便利です。
家系調査は最もプライバシーに関わることですから、調査すること自体に反対者が現れる可能性があります。そこで、まず手始めに、お墓に行くようにしています。お線香とお花を持参して、調査依頼者の先祖に挨拶することからはじめます。なぜなら、今までの経験からこうするとなぜか導かれるようにうまくいくのです。 家系の調査には、人間業を超えた神業的な体験が多くあります。後で考えると、なぜあれほど短時間で調査できたのか、不思議に思うことがあります。おそらく先祖は知ってほしいのでしょう。霊界があるか否かは証明できませんが、自分が先祖だったら、子孫に自分という存在を知ってほしいと思うに違いありません。

三 「本家」、「総本家」、および一族の調査
江戸時代の先祖調べは、代々住んでいた村や町の一族調査をしなければなりません。今と違い江戸時代は藩に分かれ、人々の移動は基本的には不可能でした。そのため、一〇代、三〇〇年にわたり同じ村に住んでいたという旧家も少なくありません。戸籍で出身地の村が分かると墓や菩提寺、本家、総本家を訪ね、伝承を伺い、過去帳などを調べることにより、先祖の足跡、命日や戒名などを知ることができます。事前に村の成り立ちや歴史を調べておけば、より深い調査が可能です。
問題は、本家がすでに都会に移動していて、そのことを知っている古老が村にいない場合に、本家をいかに探すかという難題が生じることです。もう一つは、墓が整理されていたり、移動していることが多い点です。その場合、調査がたいへん困難になることがあります。
四 「戒名」、「法名」について
各宗派にはそれぞれに特色があり、簡単に説明しますと基本的には「道号」+「戒名(法名)」+「位号」ですが、さらに道号の上に「院号」や「院殿号」が加わる場合があります。
たとえば、いかりや長介(本名:碇矢長一)さん(1931~2004)は「瑞雲院法道日長居士」という戒名です。道号の前の部分に「法」の字が入り、戒名に「日」の字が入るのは、日蓮宗で日蓮上人の法を受け継ぐ者という意味があります。
XジャパンのHIDE(本名:松本秀人)さん(1964~1998)は、「秀徳院釋慈音(しゅうとくいんしゃくじおん)」という彼らしい法名です。本名の「秀」の名は院号の一番、最初の字に現され、「慈音」は音楽で活躍した証しです。「釋」は釋号といって淨土真宗であることを物語っています。淨土真宗は、教えに戒めはありませんので戒名とは言わず法名といいます。
今の時代では、お布施の額によって戒名が決まるようなことが言われていますが、江戸時代以前の古い戒名に院号または院殿号があれば、かなり高貴な身分であったこと、また社会的貢献度が高かったことが分かります。もともとは天皇が譲位して移り住んだ御所を、○○院と名付けたことからはじまり、後に公家や武将たちも用いるようになりました。
「徳川禁令考」によると、百姓の法名に院号、居士号、大姉号などを新規に使うことは許されないが、これまで使用していた分については訂正する必要はないと、文化三年(一八〇六)に決定しています。
明治時代に入って、明治一三年七月に平民にも院殿大居士を使うことが許されました。それまでは戒名に院殿又は大居士をつけるのは、士分以上の有位の人に限られていましたが、平民でも国家に勲労があれば許されるようになりました。
「道号」はいわゆる「あざ名」で、雅号や俳号などが用いられたりします。一般的に誉号、釋号、日号が入り、誉号は浄土宗の僧侶や信者に用いられる漢字であり、「念仏者は人中の最勝人たる栄誉を担う者とする」という意味があります。また釋号は、浄土真宗では法名の上に釋尊の釋の字を用いています。日号は日蓮宗の信者に与えられる漢字で、女性には妙という字を用います。
「位号」は下から信士、信女、次に清信士、清信女、次に禅定門、禅定尼、次に居士、大姉という順になります。これらは○○様にあたる敬称です。
それぞれの意味としては、信士、信女は五つの戒律を守る清信の仏弟子に与えられる称号です。清信士、清信女は信士、信女と同じ意味ですが、清が入ることで位が高くなります。
禅定門、禅定尼は仏門に入って剃髪した者を指し、禅定門士、禅定門尼の略です。これに大の字が冠せられると、その上となります。
居士、大姉はもともと長者の意味があり、信仰心があり宗教活動に貢献する人に捧げられます。これに大の字が冠せられると最高位となります。
童子、童女は剃髪・得度をしていない男女で、法号として用いられる場合には年齢を表わすことが多く童子、童女は四、五歳から一五歳、幼子、幼女は三歳から七歳、孩児(がいし)は、二歳から三歳までを指します。


五 古文書の調査
江戸時代の日本人は、今日の私たちが想像する以上に教育水準が高く、文盲はほとんどいなかったと言われています。当時の教育水準は、おそらく世界一だったでしょう。そして、マメな国民性ですから大事なことをきちんと書いて残したのです。
先祖たちが残した地帳、名寄帳、宗門人別改帳、親族の系図、由緒書、家の古い記録や古文書などにより、江戸時代の調査をします。特に宗門人別改帳は今日の戸籍と国勢調査を合わせたようなものです。現代の国勢調査は五年(四年から変更済み)に一回ですが、当時はこれを毎年書き残しました。書式は時代や地域によって違いはありますが、高持百姓、水呑百姓、家持ち本町人、店借り町人の別なく記載されています。また、直系、傍系のほか奉公人なども記載されています。

六 図書館を利用する
大きな図書館に行きますと、名字の出自を表す『姓氏家系大辞典』、家紋の研究の『家紋大図鑑』や『日本紋章学』などがあります。名字はほとんど地名に由来していますので、『大日本地名辞典』などの辞典により、まずは基礎的な知識を得ます。
姓氏辞典を見ると、現在使われている名字に対する出自が記されていますが、戦国時代や南北朝時代は、一般的に系図はほとんど残っていないため、途中何代かは不詳というケースがあり、ルーツを特定するのは簡単ではありません。
また、日本に残っている家図集を調査します。一般的資料としては、『姓氏家系大辞典』、『尊卑分脈』、『系図纂要』、『群書系図部集』、『古代氏族系譜集成』、『寛永(寛政)重修諸家譜』、『宮廷公家系図集覧』、『古代豪族系図集覧』、『日本家紋総鑑』などがあります。これらの本は全国の県立図書館なら必ず備えています。
また、藩の系譜集は各々県立図書館でしか閲覧できないものが多く、市町村立図書館でしか閲覧できない旧家系図もあります。藩政資料については、尾張藩は名古屋市立蓬左文庫、加賀藩は加越能文庫など、特別に分けて設けている県も多いため、注意が必要です。

七 「名字」、「家紋」の調査
日本の名字は、「佐藤さん」や「鈴木さん」のように三百万以上の大姓から、わが家一軒しかないという珍しい姓まで、約二三万種類以上あると言われています。諸説あるのは同字異音の場合があるからです。また、同じ名字でも県や市町村が違うとまったく出自が違うことが多く、場合によっては同じ村内でも、系統が違うことも少なくありません。名字がどのように分布しているか、近隣の市町村に同じ名字がないか、どちらが数が多く、古いかなどを調べます。
次に家紋による調査ですが、一族が同族意識を持っている場合に限り同じ家紋を使用しており、戦国時代でも、すでに同族で違う家紋を使用する場合も多いのです。その中で名族意識が強く、江戸時代から明治にかけても同族意識が強い場合は同じ紋です。そのようなことを意識しながら、名字と家紋を掛け合わせて調査する必要があります。女紋や裏紋は調査の参考程度にしかなりません。 
※有名な一族の系図資料でも、完全に偽系図と判明しているものも少なくありません。江戸時代に作成した系図は、たいへん偽物が多く、特に「武田信玄公判入り系図」、「豊臣秀吉公判入り系図」、「馬場美濃守判入り系図」など、一見して偽物と分かるものもあります。

八 その他の文書の調査
旧家には先祖の由緒書(ゆいしょがき)や、家系のルーツ調査に関わる文書が残っている場合がありますが、ごく稀なケースです。しかし、昔の藩政文書や村の地方文書などは結構残っていますので、年貢や水争いなどの資料から、過去帳などで分かった先祖の名前を見つけ、昔の生活を類推することは可能です。地域によっては宗門人別改帳などが残っていることもあり、先祖の家族構成などを解明することができる場合も少なくありません。
しかし、膨大な文書資料の中から先祖に関する記録を見つけ出すことはたいへん根気のいる作業です。崩し字で書かれた古文書の解読にいたっては専門的知識が必要になってきます。昔は皆毛筆であり、崩し字がすべてと言っていいでしょう。その崩し方も地域によって、また藩の流儀によっても違いがあり、加えて書く人の癖がたいへん強く見受けられます。特に家文書は他人に見せる必要がないため、メモ的な字が多く調査員泣かせの文書もよく目にします。

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調査地の違い、情報の有無により、家系調査に要する金額が違ってきますので、直接お会いして状況をうかがいます。その日のうちに見積もりを出します。
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