Kei's Page

 
 世の中のニュースへの意見や、サムライの仕事はどういうものかなど、自分の興味あるものについて書いてるよん。

 空虚なファッション雑誌、

2017-02-12 | Weblog

 価値観は人それぞれある。
 今回はファッションバージョンでの「俺なり」のことについて。

 昔から俺はファッションには無頓着。
 大学のころ、オシャレに気を遣ってる近所の友達からもらったファッション雑誌数冊を、ロクに見ずに捨てたことがある(笑)。
 軽く見ても、「こんなジャンパーで5万円もするのか」とか、「こんな靴、もっと安いとこでは数千円であるのにこれも5万もすんのか」と、そういう見方で見てしまい、見てるのがアホらしくもなるからだ。

 ・・先日、ある会合でほぼ女性が集まるとこに、まあ、軽く立ち会う意味で(?)俺が参加するも、なんかメイク(化粧)とかの話になってよくわからんので、俺はそのへんにあった「ちょっとお高めの、いい服が載ってる雑誌」を手にとってその手持ち無沙汰をひとり解消してた。

 その雑誌に載ってる‟らるほらうれん”、‟へるめす”、‟るいすゔいとん”、‟かー(る)てぃあ”、など(笑)、アルファベットの羅列にも「なんだこりゃ」と思うくらい(笑)。
 ま、それくらいならまだ名の通ったブランド名だろうけど、それ以外にまともに読めないアルファベットやカタカナに圧倒される。

 かく言う俺も、「ブルガリ」だけは多少なりともこだわりがあったりするけど、まあ、ファッションやら小物やらブランドってのはそういう価値観、人それぞれの好みもあろう、そこはわかる。
 
 大昔にそういうことで俺なりにここにも書いてたけど ➙  コチラ 

 そこも、人それぞれの遊び心や興味でそろえていくのもいいけど、それにしてもそういう雑誌に載ってるようなモノは、遊び心を超えた額でもあり(笑)、「そこまでして、そこまでのモノを身に着けようと思わん」と思ってしまうとこもある。
 やはり本来は、身の丈に合った、自分の趣味嗜好にあったもので気持ちよく落ち着いて自分も使っていけるものであるべきとも思うし。

 トレンドだの流行りだのってのもどこの誰が決めてるか知らんけど、そういうコトバもそういう雑誌にはよく載ってる。

 ことごとくカタカナばっかで、イタリア料理の名前か、ヨーロッパのサッカー選手の名前か、ステゴサウルスみたいな太古の恐竜か、‟そんな雰囲気の”見てわからんカタカナが多く、ひらがなよりそういうカタカナがあれこれ載ってて、それがまた、ブランドの名前なのかそのモノの呼び方なのかオシャレ用語の形容詞なのかもわからん(笑)。

 ミリタリー調のカーキグリーン、って、要は「迷彩模様の深緑」ってことか?
 一体、何色のことなんだ?(笑)
 ミリタリーチック、でもなく、「ミリタリー調」って漢字で書いてるのはなんなん?(笑)
 普通に「深緑」って書いちゃダメなのか?(笑)そもそも、日本語でいう「深緑」で合ってるのか?(笑)違うのか?
 漢字で書きゃあ文字数も減らせていいやん、あえて長いカタカナで書いてる意味があるのか?

 と、これまた偏屈な俺は純粋にそう思ったり。
 一体なんのアピールか、なんの効果でそうしてるのか、まるでわからん。
 変にカッコつけて‟それらしく”書きたいのか、カタカナさえ使ってればそう見えるだろうから、という意図なのか(笑)。
 そうまるでわかってない日本在住の(笑)日本語を使う、日本人の俺がたまたまでも日本で売られているそういう雑誌を見ると突っ込みどころ満載で滑稽にも思えてくる。

 同じカタカナでも「パソコン」とか「メモリースティック」とか「クリック」とかならまだしも(笑)、そういう雑誌に載ってるカタカナは、イメージはできても漠然すぎてたり「日本語でいうところのナニ?」となる(笑)。
 それこそUSJとかの英語かぶれしている施設などの名前と一緒で、日本語のカタカナで書いてあっても意味がわからん。
 「ミニマルシック」とか「ヘリンボーン」とか、模様の形(?)のことか、ズボンなどのまた別の呼び方なのか、そこもわかってないと記事が理解できん(笑)。
 そういうのも調べようとも当然思わんし。

 マフラーは「マフラー」だけど、サスペンダーは「ブレイシーズ」というらしく、傘はわざわざ「アンブレラ」とされ、靴下は当然「ソックス」だし(笑)、ネクタイは「タイ」、ズボンは「パンツ」、と。
 その前後の文脈がないとそのコトバがどういうものを指すかもわからんくらいのものもあった。
 七文字くらいのカタカナばかりを、ただ「の」、「に」、「を」などで結んでる文なんかも多くあり、日本語のようで日本語でなく(笑)、一体何を書いてるんかわからん。
 モデルが載ってる写真についての記事だから、その写真の中のどこかのモノについて書いてるんだろうけど、それが何を指しててなんの説明かがわからん(笑)。「シルバー」って書いてたから、なにかしら銀色のものについてなんだろう、それならこのタイピンのことか?・・、いや、そんなタイピンについてこういう書き方は合わないな、とか(笑)。
 なんなんだ、このクイズみたいな記事は、と(笑)。
 読んでて変にアタマ使って疲れた(笑)。
 手持ち無沙汰だからと気軽に手に取ったファッション雑誌で、時間があるもんだからまじめに記事を読むとまさかそこまであれこれアタマを使うとは思わんかった(笑)。
 そういう、日本語なのに「日本語じゃない」記事を読むと、無用に疲れるし、「日本の雑誌なんだから変にカッコつけずに普通に日本語で書いてくれよ」と思ってしまう(笑)。

 「フォルム」やら「フィット感」、男モンか女モンかわからん「ユニセックス」とか(その程度ならまだ俺でもわかるか(笑))やら、靴磨きするとこも「シューシャインブース」とかわざわざカタカタで書いてたり、もうそういう記事でそう言ってるならそういうので世の中に通用するもんなんだろう、とこちらも割り切る(笑)。
 無用に文字数を増やすようにそういうふうな表記にあえてしているようにも思えて、不思議でもあった。

 モノの名前か説明の表現なのかブランドの名前かもわからん、その他いろいろカタカナが多すぎる。
 読んでる人はそんなカタカナをすべてわかって読んでるんだろうか、あるいは、ほぼ知ったかぶりで理解した気になって「そういうものかあ、なるほど」なんて自己満足で見るもんなんだろうか。
 その雑誌1冊に載ってるカタカナだけでも単語帳を作ってもいいくらいの数だ。
 でも、だからこそ、「それならそこまでせんでも普通に日本語で書いてくれよ」となってしまうんだが(笑)。

 さらには、やはり、スーツで20万とか35万とか、靴だけで15万とかで、冬もんだからコート20万、30万、ニット(セーターやろ?(笑))4万とか、グローブ(手袋やろ?)で2万とか、メガネだけで5万とか7万とか、その他シャツやらタイやらベストやらベルトやら写真に載ってるモデルが着てるのを合わせると総額70万くらいとか(笑)、ただただ見てて、「アホか」とも思う。
 で、そういう雑誌が1,000円弱くらいで売られている、と。
 どうせならそういう雑誌の価格も1万くらいにしたらいいやん、そういう経済的余裕がある人に見てもらうなら(笑)。

 時計も当然、いい(であろう)ものがたくさん載ってる。
 平気で数百万する額で。
 しかし、文字盤も銀、針も銀、周りがギラギラしてて、すぐ見て針が何時を指してるかわからん(笑)。
 そういうのにいろんな装飾やら金やらダイヤやら使ってて強引に値段をあげてるようにも感じたり(笑)。
 見るにも見にくくてまぶしくて、俺にはそういう時計の何がいいんだかわからん。
 それでいて、ホント、見て「何時かわからん、わかりにくい」なら、時計の意味がないやん、と。
 オシャレもそこまでくると、時計そのものの機能より、ただ派手さ、見た目で「人が見ているから」ということに意識や優越感を求めてこうなっちゃうのかな、って。
 それでそんだけ見にくくて高いんだから、そういうのを作る方も買う方も、その感覚がちょっとわからん(笑)。

 10年以上ぶりくらいにそういう雑誌も見たけど(笑)、もっと安くで同じようなカッコができそうでもあり、オシャレとかブランドってホント自己満足で自分の楽しみにしていくもんなんだろうなと思う。
 そういうのを身に着けることで自分もピリッとするだろうし、人からの見られ方も変わるだろう、それはそれで、「それなりの収入を得る人が」、「それなりの相手に見られる」ことで満たしていけるところであり、俺にとっては、そんなステータスや立場でそういうふうにやってくのも大変なんだろうなあ、とヒトゴトでそう感じるのが精一杯でもあった(笑)。
 それを手に入れるためのステータス、収入、すべてが形になって「それを身に着けられる自分」になる。

 でも、同じカネがあるならどう使うか、どこに使うかも人それぞれ。
 いい家具をそろえるのもひとつ、いいクルマを買うのもひとつ、旅行に使うのもひとつ。
 それでも、そのファッションや服などについては、俺個人が今回書いたように思うがゆえに、「なんかそこにそこまでカネ使うのはアホらしい」と思ってしまう。
 たとえば、周りがそう言うからってがんばってみても、やはり自分が納得せんまま「そういうもんなのかな」ってかんじでスーツなどに‟着られている”自分もマヌケだし、背伸びして七五三の子供ようになる方がカッコ悪くもあり。それならスタイリストの人をつけるか?・・そこまでして?・・(笑)
 
 ビジネスであれプライベートであれ、そんな雑誌に載ってる極端にいいモノ(というか、高いモノ)を求めて身に着けるのも、なんか自分にムリしてそうで、胸張って颯爽と街を歩くというより、汚れがつかないか、時計やカバンにも傷がつかないか、なんてソワソワして落ち着かなくなりそう(笑)。
 そういうのを気にせず普段から身に着けてラクに歩ける立場の人もいるだろうけど、そこも「格差」ってもんかもしれん。

 まあ、なんにせよ、やはりモノは、俺にとっては機能性重視でもあり、「そこまでしなくても・・」ってことにカネも手間も知識もいろいろ使うのは、よほど興味がないといずれにしても自分にムリがかかるだけでもある。
 カネ出して知識つけて、空回りしないようにコーディネートして、それで自分が落ち着かなくなっては本末転倒でもあるわけで。

 やはり身分相応に、自分が動きやすく気軽に着られる、ラクなものが自分の服の機能、使える服であろうな、とも改めて確認した(笑)。
 そんなことを、ちょっとセレブっぽい雑誌を見て思った庶民的な俺(笑)。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
«  みしゅー、 | トップ |  人の言い分、 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む