私が3日前に書いた短いエントリー「ブログもつながっている」に頂いたTBとコメントで色々考えさせて貰っています。
最初に、この記事の中でリンクを貼らせて頂いたAmOmEmは、MeMoMaの選挙期間中の別館だったそうで、9/7に書かれた「ホワイトバンド」という記事も、9/11の衆議院選挙の投票行動に一石を投じる目的で書かれていたということも含めて胸打たれたのだいうことを、先ずは補足致します。さらに、タイトルこそ「ホワイトバンド」であれ、それをきっかけにしてこの記事の中で語られていたのは、現政権の対イラク政策についてであったことも、蛇足ながら付け加えさせて頂きます。
その上で、今日は「ホワイトバンド」の方について語ります。何故なら頂いたTBもコメントも、日本の人々が選択したイラク政策そのものについてではなく、直接的に「ホワイトバンド」についてのものだったからです。
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まずnakaさんにTB頂いた記事を見に行って驚きました。その記事へのTB数とコメント数の多さに、です。多くのブロガー(或いは日本の人々)がこの運動に高い関心を寄せていることを改めて知らされます。
それから塩犬さんから「白いの。」というクエスターなら思わずニンマリしてしまうタイトルの記事へTB頂いて、コメント記入して参りました。今日のこの記事は塩犬さんのブログにコメントで書いてきたことを、少し言葉を加えて書き直すだけのものに過ぎません。
そしてCepterの旧スズシロさん、現中の人さんから、コメントで日本版ホワイトバンドの問題点をまとめたサイトのURLを教えて頂き、早速確認して参りました。
白い輪ゴムも白い紐も手に巻いたこともなければ、巻こうとも思わない私は、「ホワイトバンド」にはやはり完全にニュートラルな立場です。賛否両論がある問題を議論しようとしているのに、中立だと云うのではお話にならないかもしれませんが、私の論拠は明記しておきます。
日本版ホワイトバンドは、「3秒に1人、子どもが貧困から死んでいます。」というそのことを社会に啓発するために3つのアスタリスクが刻印されています。
そのバンドの購入費用の300円を誰が集め、何に使われているか、ということに私はあまり興味がありません。あたかも募金活動であるかのような広報方法を問題視したり、主催者の背景を追ってみようとも思いません。日本以外の国の活動と本質や狙いが意図的にずれていることも掘り下げは致しません。
私がむしろ問いたいのは、ホワイトバンドを購入して身に着けている、一人ひとりの心の内なのです。
まさか、100円玉3枚で、貧困で死にゆく子どもを救った気でいるのではないでしょう。
ならばその腕に巻いた白い輪ゴムに刻まれた、3つのアスタリスクの意味と向き合いながら、日々を過ごしてくれているのでしょうか?
飽食の日本にあって、食事の都度、自分の目の前にある食事と南の国で死にゆく子どもの食事との差を思ってくれているのでしょうか?
9/11の選挙のとき、自分の投じる一票に貧困で死にゆく子どもを救いたいという願いを果たして込めてはくれたのでしょうか?
ホワイトバンドとは、そういうものだと思うのです。
そういうものとして、日本の人々一人ひとりがホワイトバンドを身に着けていてくれるなら、100円玉3枚の行方やそれを集める団体の意図など、私には取るに足りないことだと思うのです。
万が一、それほど重い意味を意識せずに、流行のファッションを追うような感覚だけで多くの人々が身に着けているだけなのだとしたら、そのことの方が100円玉3枚の行方より、遥かに遥かに遥かに深刻な問題だと思うのです。
白い輪ゴムも白い紐も手に巻いたこともなければ、巻けるとも思えない私は、けれど大切な人と食事をしていて、食べきれずに残すものを前に胸が疼くのです。疼くことを言葉にしても意味はなく、そもそも胸を疼かせることにさえ意味はないのかもしれないという怖さを感じるのです。
「3秒に1人、子どもが貧困から死んでいます。」というそのことを刻印したバンドを腕に着けて日々を過ごす。そのことと自分の生活の距離を縮めようとして日々を生きるということと、人々が向き合ってくれるのか、或いはそんなことは期待さえできないのか・・・
私はそれに自分で答えを出すことができませんから、「中立」なのです。
その答えを出せるのは、ホワイトバンドを購入し身に着けている皆さん一人ひとりでしかないと思うのです。
最初に、この記事の中でリンクを貼らせて頂いたAmOmEmは、MeMoMaの選挙期間中の別館だったそうで、9/7に書かれた「ホワイトバンド」という記事も、9/11の衆議院選挙の投票行動に一石を投じる目的で書かれていたということも含めて胸打たれたのだいうことを、先ずは補足致します。さらに、タイトルこそ「ホワイトバンド」であれ、それをきっかけにしてこの記事の中で語られていたのは、現政権の対イラク政策についてであったことも、蛇足ながら付け加えさせて頂きます。
その上で、今日は「ホワイトバンド」の方について語ります。何故なら頂いたTBもコメントも、日本の人々が選択したイラク政策そのものについてではなく、直接的に「ホワイトバンド」についてのものだったからです。
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まずnakaさんにTB頂いた記事を見に行って驚きました。その記事へのTB数とコメント数の多さに、です。多くのブロガー(或いは日本の人々)がこの運動に高い関心を寄せていることを改めて知らされます。
それから塩犬さんから「白いの。」というクエスターなら思わずニンマリしてしまうタイトルの記事へTB頂いて、コメント記入して参りました。今日のこの記事は塩犬さんのブログにコメントで書いてきたことを、少し言葉を加えて書き直すだけのものに過ぎません。
そしてCepterの旧スズシロさん、現中の人さんから、コメントで日本版ホワイトバンドの問題点をまとめたサイトのURLを教えて頂き、早速確認して参りました。
白い輪ゴムも白い紐も手に巻いたこともなければ、巻こうとも思わない私は、「ホワイトバンド」にはやはり完全にニュートラルな立場です。賛否両論がある問題を議論しようとしているのに、中立だと云うのではお話にならないかもしれませんが、私の論拠は明記しておきます。
日本版ホワイトバンドは、「3秒に1人、子どもが貧困から死んでいます。」というそのことを社会に啓発するために3つのアスタリスクが刻印されています。
そのバンドの購入費用の300円を誰が集め、何に使われているか、ということに私はあまり興味がありません。あたかも募金活動であるかのような広報方法を問題視したり、主催者の背景を追ってみようとも思いません。日本以外の国の活動と本質や狙いが意図的にずれていることも掘り下げは致しません。
私がむしろ問いたいのは、ホワイトバンドを購入して身に着けている、一人ひとりの心の内なのです。
まさか、100円玉3枚で、貧困で死にゆく子どもを救った気でいるのではないでしょう。
ならばその腕に巻いた白い輪ゴムに刻まれた、3つのアスタリスクの意味と向き合いながら、日々を過ごしてくれているのでしょうか?
飽食の日本にあって、食事の都度、自分の目の前にある食事と南の国で死にゆく子どもの食事との差を思ってくれているのでしょうか?
9/11の選挙のとき、自分の投じる一票に貧困で死にゆく子どもを救いたいという願いを果たして込めてはくれたのでしょうか?
ホワイトバンドとは、そういうものだと思うのです。
そういうものとして、日本の人々一人ひとりがホワイトバンドを身に着けていてくれるなら、100円玉3枚の行方やそれを集める団体の意図など、私には取るに足りないことだと思うのです。
万が一、それほど重い意味を意識せずに、流行のファッションを追うような感覚だけで多くの人々が身に着けているだけなのだとしたら、そのことの方が100円玉3枚の行方より、遥かに遥かに遥かに深刻な問題だと思うのです。
白い輪ゴムも白い紐も手に巻いたこともなければ、巻けるとも思えない私は、けれど大切な人と食事をしていて、食べきれずに残すものを前に胸が疼くのです。疼くことを言葉にしても意味はなく、そもそも胸を疼かせることにさえ意味はないのかもしれないという怖さを感じるのです。
「3秒に1人、子どもが貧困から死んでいます。」というそのことを刻印したバンドを腕に着けて日々を過ごす。そのことと自分の生活の距離を縮めようとして日々を生きるということと、人々が向き合ってくれるのか、或いはそんなことは期待さえできないのか・・・
私はそれに自分で答えを出すことができませんから、「中立」なのです。
その答えを出せるのは、ホワイトバンドを購入し身に着けている皆さん一人ひとりでしかないと思うのです。













http://blog.livedoor.jp/tirorin/archives/50224344.html
最後に紹介されている映画、観たくなりました。
最近、観たいもの観なければならないもの、
読みたいもの、読まなければならないもの、が増えています。。。
このムーブメントは、単なる自分の良心を確認する作業になっているだけじゃないかと思ってしまうのです。
結局日本は物であふれ、情報であふれ、次の流行が来ればすぐそれに乗っかってしまう人種ですからね。
でも、それを「弄ぶ」ような商売はスマートじゃないのでキライです。
私は、ホワイトバンドについて、意識だの、収益だの、どうのこうのというよりも、
そういう「商売を思いつく心の卑しさ」が嫌いです。
企画した会社について非難するつもりではなく、「私はそういう商売はやりたくない(やらないようにしよう」と強く思うまでです。
儲かればなんでもいいという商売が成功するというのはなんだか悲しい気がします。
これはあくまでも私の考え方で、強要をしているわけではありません。
トラバありがとう。
お考えはよく理解できます。
JQさんへの記事のコメントは、話題の中心とは違うところを突いて来てしまい、失礼致しました。ここ数日私自身がずっと考えている言葉があったものですから、思わず反応してしまったのでした。
私はやっぱりホワイトバンド自体については、記事に書いた論拠以上の興味がないようです。