kebaneco日記

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憲法記念日に思うこと 憲法の章

2017年05月03日 | 折々の話題
あの滑舌の悪い首相が「憲法改正の機が熟した」などとと、とある会合で発言したらしい。ったく、どの機だよ、って感じ。憲法を守る義務を負っているのは、憲法を自ら制定した国民ではなく、国会議員だ。首相の口癖の「この際、はっきりと申し上げておきたい」をそっくりお返し申し上げたいでございます。改憲の機が熟したなんぞ、国会議員としての自らの義務を全く理解していないと公言してるのと同じことだっちゅ〜のよ、ったく。

そしたら今日は「2020年を新憲法で迎えたい」だと。だからさ、


そんなに憲法が作りたいなら、国有化した尖閣にでも移住してアベ国でも作ればぁ〜


たしか同じ日だったと思うけど、籾井前会長がいなくなって息を吹き返したNHKが、当時の国会議員が党派を超えて議論を尽くして9条を今のものにした様子を、新たに見つかった資料をもとに再現したり、昭和天皇が新しい憲法作りのために調査会を作って、国会の憲法調査会とは別に平和憲法作りに動いていたというような新情報を盛り込んだ番組を放送した。

終戦直後の国会議員の志の高さには頭が下がる。彼らと彼らを支えた意識の高い官僚がいてくれたおかげで、今の憲法が制定され・尊重され、その後の道筋ができた。だから曲がりなりにも日本は戦争に巻き込まれないで済んだ、のだと確信している。

あの当時真剣に議論した国会議員の爪の垢を煎じて飲ませても、絶対あのレベルにはなれないと確信が持てる今の国会議員が、「押し付けられた」の一点張りで日本国憲法を全とっかえしようとしているのには、断固反対だ。押し付けられた、よって改正すべき、といっている人たちは、基本的に大日本帝国憲法にはあったけど日本国憲法ではなくなったものを、もとに戻したい人たちでしょ。あたしたち戦後生まれにとっては、今の憲法は生まれたときからあたしたちのもの。今のを改悪するなんて許さん。それに、こないだのNHKの放送を見る限り、その唯一の改憲理由の「押し付けられた」だって怪しいものだ。


押し付けられたって言ってるのはどの口ですか?


それに、諸外国でも行われているので憲法改正は珍しいことではないと主張するけど、全とっかえしてる国なんてそうそうないと思う。現状にそぐわなくなった条文だけを改正している例しかあたしは知らない。エルドアンですら、憲法の条文単位での改正の国民投票したくらい(苦笑)。

それに、日本の法令の中にもなんども改正を経た法令はあるけど、それらだって全とっかえしたような改正を経た法令はないはず。それらの頂点に存在する憲法を、法令では条文ごと改正なのに全とっかえするなんて無謀の極み。憲法軽視も甚だしく、絶対反対だ(追記:どうやら一気に取っ替える戦略を自民党は放棄した模様)。

そして極めつけはあのお粗末で突っ込みどころ満載で、そもそも日本語のへんてこな自民党の改正憲法案。あれさ、日本語としておかしいことに気を取られているうちに、国民が主権者だと明記された部分がなくなっていたり、個人として尊重されるべき日本国民が、親兄弟と仲良くして互いに助け合えとか、余計な「道徳的指導」を国家から受けねばならない存在に成り下がっていたりする、とても危険なしろもの。国民の目をそらしておいて落とし穴をあっちこっちに仕掛けて、巧妙に国家権力を強大化しようとする意図が読み取れる。やっぱり独裁者としか仲良くなれない首相がやることは違うわぁ~、と妙に納得できて(しちゃいかんのだが)さらに反対。

そもそも、人間としておかしいざんしょ。自分たちは戦争放棄した日本という国で主権者として権利を謳歌してぬくぬく育って、さしたる能力もないくせに親の地盤を継いでセンセとか呼ばれていい気になっておきながら、自分たちの後の世代には日本を強大な国家権力が国民の良心の自由まで奪って、ふつ~に戦争する国にして渡そうとする、なんて。今の反知性的議員(世襲を多数含む)の右傾化には嫌悪感以外のなにものも感じない。親から地盤をもらったからって、戦前の親の軍国主義思想まで引き継ぐなよ、って感じ。

今の北朝鮮情勢だって、トランプが北朝鮮を攻撃したら一番最初に被害を被るのは日本なのに、どうしてトランプを止めようとしないのかマジで疑問。米艦護衛の既成事実作りに使ってエスカレーションさせてる場合なのかよ。プーチンが6カ国協議再開を提案したのに即座に「条件が揃ってない」って断るなよ。そういう一つ一つのことを見るにつけ、この人本当に戦争してみたいんだ、と恐ろしくなる。

しかもアメリカが日本を守ってくれたとしても(それ自体も怪しいけど)、日本の人口の1割以上が集中し政治・行政・経済活動の超中心である東京に何かが飛んでくる・落ちるだけで、日本という国がどれだけ打撃を受けることか、核弾頭もってなくても原発を攻撃するだけで同じ効果になるんだってこと、わかってないのではないかと、自分の身の周囲1メートル四方より先のことへの想像力の欠如の甚だしさに恐怖を感じる。

我が一族の安寧にとっての最大のリスクファクターは、「近くの独裁者」の北の将軍様なんかじゃななく、普通に戦争できる国になってみたいと思っているとしか考えられない、コンプレックスの塊の「うちの独裁者」、って気がする70回目の憲法記念日。戦争できる国が偉いのではなく、戦争ができてもしないでいられる国が尊いのだと、だれかヤツに教えてやってくれ。


独裁者になっていいのは、世界広しといえどもあたいだけよ


ということで、今日は猫たちと一緒に「あたらしい憲法のはなし」を読み直そうと思う。こういうことを書けた文部省がどうして今の文部科学省のような変わり果てた姿になったのか、党派を越えて憲法草案を議論した国会がどうしてアホの巣窟になったのか、国民として検証する必要はあっても、憲法を変える必要は露ほども感じませんな。目指すべきは、こういうこと(=あたらしい憲法のはなしの内容をそういう語り口で)を子供たちに語ることができる人間と、その人間が作る社会だなぁと思える。この冊子を知るに至った経緯はこちら。前回このことに触れたのはここ

そして第1章だけこちらに引用

一 憲法

 みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心をなさいました。ところでみなさんは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかゝわりのないことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまちがいです。
 國の仕事は、一日も休むことはできません。また、國を治めてゆく仕事のやりかたは、はっきりときめておかなければなりません。そのためには、いろ/\規則がいるのです。この規則はたくさんありますが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法です。
 國をどういうふうに治め、國の仕事をどういうふうにやってゆくかということをきめた、いちばん根本になっている規則が憲法です。もしみなさんの家の柱がなくなったとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま國を家にたとえると、ちょうど柱にあたるものが憲法です。もし憲法がなければ、國の中におゝぜいの人がいても、どうして國を治めてゆくかということがわかりません。それでどこの國でも、憲法をいちばん大事な規則として、これをたいせつに守ってゆくのです。國でいちばん大事な規則は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則ですから、これを國の「最高法規」というのです。
 ところがこの憲法には、いまおはなししたように、國の仕事のやりかたのほかに、もう一つ大事なことが書いてあるのです。それは國民の権利のことです。この権利のことは、あとでくわしくおはなししますから、こゝではたゞ、なぜそれが、國の仕事のやりかたをきめた規則と同じように大事であるか、ということだけをおはなししておきましょう。
 みなさんは日本國民のうちのひとりです。國民のひとり/\が、かしこくなり、強くならなければ、國民ぜんたいがかしこく、また、強くなれません。國の力のもとは、ひとり/\の國民にあります。そこで國は、この國民のひとり/\の力をはっきりとみとめて、しっかりと守ってゆくのです。そのために、國民のひとり/\に、いろ/\大事な権利があることを、憲法できめているのです。この國民の大事な権利のことを「基本的人権」というのです。これも憲法の中に書いてあるのです。
 そこでもういちど、憲法とはどういうものであるかということを申しておきます。憲法とは、國でいちばん大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中には、だいたい二つのことが記されています。その一つは、國の治めかた、國の仕事のやりかたをきめた規則です。もう一つは、國民のいちばん大事な権利、すなわち「基本的人権」をきめた規則です。このほかにまた憲法は、その必要により、いろ/\のことをきめることがあります。こんどの憲法にも、あとでおはなしするように、これからは戰爭をけっしてしないという、たいせつなことがきめられています。
 これまであった憲法は、明治二十二年にできたもので、これは明治天皇がおつくりになって、國民にあたえられたものです。しかし、こんどのあたらしい憲法は、日本國民がじぶんでつくったもので、日本國民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであります。この國民ぜんたいの意見を知るために、昭和二十一年四月十日に総選挙が行われ、あたらしい國民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法をつくったのです。それで、あたらしい憲法は、國民ぜんたいでつくったということになるのです。
 みなさんも日本國民のひとりです。そうすれば、この憲法は、みなさんのつくったものです。みなさんは、じぶんでつくったものを、大事になさるでしょう。こんどの憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたいのつくったものであり、國でいちばん大事な規則であるとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。
 みなさんが、何かゲームのために規則のようなものをきめるときに、みんないっしょに書いてしまっては、わかりにくいでしょう。國の規則もそれと同じで、一つ/\事柄にしたがって分けて書き、それに番号をつけて、第何條、第何條というように順々に記します。こんどの憲法は、第一條から第百三條まであります。そうしてそのほかに、前書が、いちばんはじめにつけてあります。これを「前文」といいます。
 この前文には、だれがこの憲法をつくったかということや、どんな考えでこの憲法の規則ができているかということなどが記されています。この前文というものは、二つのはたらきをするのです。その一つは、みなさんが憲法をよんで、その意味を知ろうとするときに、手びきになることです。つまりこんどの憲法は、この前文に記されたような考えからできたものですから、前文にある考えと、ちがったふうに考えてはならないということです。もう一つのはたらきは、これからさき、この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないということです。
 それなら、この前文の考えというのはなんでしょう。いちばん大事な考えが三つあります。それは、「民主主義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」です。「主義」という言葉をつかうと、なんだかむずかしくきこえますけれども、少しもむずかしく考えることはありません。主義というのは、正しいと思う、もののやりかたのことです。それでみなさんは、この三つのことを知らなければなりません。まず「民主主義」からおはなししましょう。
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