ヴァイオリンとフルートのRio

69歳、ヴァイオリンとフルートに取り組んでいます。

マスコミが好きなフレーズ二つ

2017年05月14日 19時39分09秒 | その他
 新聞よりもむしろテレビでよく聞くフレーズ、「知る権利」と「説明責任」。報道関係者がよく使います。前者は正義に基づく権利であり、後者は国民に課せられた当然の義務であると思っている方は思考回路がシンプル過ぎます。そもそもこんな言葉は日本語の語彙には無かった筈。

 まずは知る権利。行政の活動実態が知るべき対象になる例が多いように思います。伝統的な行政の姿勢は「知らしむべからず」であって、理解力の乏しい一般国民は詳細を知る必要は無いとされて来ました。戦後は米国などからもたらされた情報公開と言う考えが浸透したのか、「知る権利」が言われ始めたものと思います。

 情報を隠蔽している事が発覚すると、それを嗅ぎ付けた人から「知る権利」があるのだから言わなければならないと強要されます。しかしこの権利、法的根拠が有りませんから、応じる義務は有りません。情報公開だってすべてが対象とは限りませんし、一定の年限を経て忘れた頃に行なわれます。

 警察や検察で取り調べを受ける際でも、すべてを正直に話さなければばらないかと言うと不利な事は言わなくてもよい黙秘権が認められています。これは憲法で認められたもので、警察や検察でさえ知る権利を根拠に自白を強要する事は出来ません。従って、マスコミが「知る権利」を盾に取って強制的に言わせようとするのは憲法に反します。

 報道などで、容疑者と目された人に対し、報道陣から「何の責任も感じないのですか」などと遠慮も無く呼びかけるのは単なる罵声であって言葉の暴力そのもの。容疑者の段階で守られるべき推定無罪の大原則を無視し、マスコミが偉いと言う立場のおごりから発したものでとも見えます。

 もう一方の「説明責任」。閣僚などのスキャンダルが発覚した場合などに使われ、例えば野党やマスコミが追及の根拠として使います。「責任」にはいろいろな言葉がかぶせられますが、説明責任と言う言葉は以前は旧来の日本語には無かったと思います。「男は黙って・・・」の時代だったので言わなくてもよかったのかも知れません。これはウソ。

 これらのフレーズ、戦後のベビーブーム時代に生まれた私が義務教育および高等教育で習った記憶は全く無く、最近作られた造語と言う気がします。決してマスコミにアレルギーが有る訳ではありませんが、これらのフレーズはマスコミにとって極めて都合がよく、マスコミが自分の都合で勝手に作り上げた言葉のような気がします。やたら振り回すのはいかがなものかと。


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