上総のRobin

Robinの写真日記

盛夏・北の鉄路(その3)夕張追憶

2017年08月12日 | 鉄道写真

42年の月日が経ち、再訪した街は深い緑に埋もれていくような印象でした。
そして、日本の発展に貢献した鉄路も遠からずそうなるのだという。


石勝線(夕張支線)清水沢-鹿ノ谷  ”日高色が来た” ご同行各位は残念がっていらっしゃった。
日高本線も復旧は難しそうですね。


鹿ノ谷駅で。ここから歩いて夕張鉄道の撮影にいった。駅の傍にある長いこ線橋は広いヤードを跨ぐ炭住への道であった。


在りし日の夕張鉄道若菜駅で。通りすがりでは痕跡はよくわかりませんでした。


清水沢駅 駅で紹介された旅館に泊まり込み、夕張線の撮影や録音をした。私にとっては青春駅。それなりに賑やかな駅前であった。
向かって左端に大夕張鉄道の駅があり、真ん中は広い貨物ヤード、長い跨線橋を渡って国鉄のホームがあった。
あくまでも石炭輸送がメインであった。今、面影は駅舎とホームだけ。


採炭盛りの頃から、現在に至るまでの写真が。往時の繁栄が偲ばれる。


百恵ちゃんが来る!いつの頃でしょうか。


三軸ボギーの大夕張鉄道の客車。乗ったなぁ。日没後だったのでよく憶えていませんが。


駅前のシャッター街。往時、自分と同じ年頃の学生がいっぱいいた。
”清水沢はちょっぴり都会で自由があった”。(上の写真から)


タラの粕漬の定食で空腹を満たした駅前食堂はどこだろう?
とにかく、学生には優しくしてくれた。
早い夕飯を食べようということになり、店に入ると今日はもうやっていないとのこと。
昔のことを聞くチャンスがなくなった。



紅葉山(現・新夕張)-沼ノ沢  夕張メロンの温室の向こうをD51が登ってきた。遠くに工事中の石勝線の高架が見えていました。


沼ノ沢駅で。追分機関区のギースルエジェクター機(煙突の形状に注意)。螺旋状のタブレット受け。通過する列車は機関助手がここへタブレットを投げ入れる。

栄枯盛衰は世の常ですが、凡そ半世紀を経て世の移り変わりの断片を垣間見たという印象でした。
以下に、改めて小生の記憶を共有させていただきます。

過ぎ去りし音の記憶 Ⅲ 【北炭・真谷地】-2010年6月20日

過ぎ去りし音の記憶 Ⅳ 【夕張鉄道最後の日】-2010年6月24日

過ぎ去りし音の記憶 Ⅴ 【爆走石炭列車】-2010年7月2日

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